「お帰りなさいませ、お嬢様。お坊ちゃま」
人工島へと足を踏み入れた隅野 花枝と楯岡 光人へ、執事服に身を包んだ金髪の青年が微笑を浮かべて恭しく礼をする。
「え、もう出し物始まってるの?」
花枝が言った途端に執事服は泡と消え、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)はいつも通りのラフな格好を露わにした。
「と、掴みは置いといて、ようこそウェルカム♪ 久遠ヶ原へ☆」
くだけた笑顔で花枝に近づいてハグをする。花枝は少々身体を強ばらせながらも受け入れた。
「今のマジックも撃退士の技なのですか?」
ジェンティアンは楯岡に頷く。
「興味がおありで?」
「──多少、ね」
「久遠ヶ原へようこそ、お二人さん」
楯岡とよく似た銀色の髪を持つ青年が声をかけた。
「俺は小田切ルビィ(
ja0841)。今日は一日ヨロシク頼むぜ!」
フランクな挨拶の後、二人に配ったのは手作りの小冊子。
「──んじゃ、先ずはコイツに目ェ通しておいてくれ」
「『文化祭MAP』?」
「久遠ヶ原はとにかくデケェから、事前に行先ピックアップして効率良く廻らねえとな?」
MAPは単に出店の位置を記しているだけではなく、評判のほども調査済み。
「飲食系・展示系・体験系‥‥何でもあるぜ?」
「春苑、進級試験ご苦労さん」
鐘田将太郎(
ja0114)が春苑 佳澄(jz0098)を労った。
「えへへ‥‥ありがとうございます。無事進級できました」
「そのことで頭がいっぱいだったんならしゃあねえ。今日はお前も隅野と楯岡さんと楽しめ。遠慮すんなって」
兄貴分として気安い笑顔を向けてやると、佳澄もいくらかほぐれた様子になった。
「私も文化祭は中々回れてないから一緒に楽しめればえぇね」
二人に向け、宇田川 千鶴(
ja1613)が穏やかに言った。隣では石田 神楽(
ja4485)が、にこにこと愛想良く笑っている。
「確かに、じっくり文化祭を回ることって稀ですよね。私ものんびりしましょうか」
草薙 雅(
jb1080)はやりとりを少し離れた位置から聞いていた。
(佳澄殿とデート気分で‥‥と行きたいが、花枝殿のエスコートが今日の本題。抑えておかねば)
別に佳澄殿の好感度を上げる為にやるんじゃないんだからね! とツンデレキャラみたいなことを頭の中で考えていたが、当の佳澄は雅のそんな様子に気づいてもいなかった。
「それじゃ行こうか。俺の部活の出店にもおいおい案内するよ」
黄昏ひりょ(
jb3452)が前に立ち、一行は騒々しくも賑やかな久遠ヶ原学園の文化祭へ足を踏み入れた。
●
「隅野さん、自分の年齢を覚えていないんだ‥‥」
六道 鈴音(
ja4192)は道すがら花枝と話していた。
「うん、でも、気にしなくていいからね!」
気丈に振る舞う花枝の様子を見て、「それじゃあ」と手を打った。
「今日のところは私と同い年ってことで!」
戸惑う花枝の肩に手を回した鈴音は、千鶴の方を見ていたずらっぽく笑う。
「その方が宇田川さんもオゴリやすいでしょ。後輩設定の方がさ」
千鶴は口に手をやって吹き出すのを抑えた。
「ふふ‥‥そうやね。何か欲しいのあったら遠慮なく言ってな?」
「え、でも」
「えぇから。六道さんもな」
「やった、じゃあ私焼きそば!」
ガッツポーズの鈴音。
「隅野さんも奢ってもらっちゃいなよ! 焼きそば以外でね」
そしたら交換できるでしょ、と笑う鈴音につられて、花枝は頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて‥‥食べ物系の出店、近くにありますか?」
「そうやね‥‥」
聞かれた千鶴は少し思案して、隣を見る。
「どの辺にあったやろか、神楽さん」
「さっき通ってきた中に見かけましたから、少し戻りましょうか」
*
「あ、青のりもっとかけてっ! 紅ショウガも!」
「んー、もうちょっと辛みが欲しいかな。調味料ある?」
鈴音が店員に容赦ない要求を浴びせる横で、ジェンティアンはもらった激辛調味料をこれでもかと振りかけて、花枝の目を丸くさせていた。
「私の分まで持っていただくのは、なんだか恐縮ですね」
「お客様なんやから、気にせんでえぇよ」
軽く頭を下げる楯岡に、千鶴はやんわりと笑う。この場の代金は千鶴と神楽が全員分支払っていた。
●
いくつかの出店を楽しんだ一行は、ひりょに連れられて校舎を後にする。
「学校の中に森が‥‥」
「見えたよ。あそこが俺が所属する部活、『ローゼンクロイツ』だ」
ひりょの示す先に、ひっそりと洋館が建っていた。
「ここはミスコン参加者の自己アピールとか、応援演説を張り出す会場なんだ」
「ミスコンかあ。学園祭っぽいですね!」
花枝は展示物へと近づいてひとつひとつ眺めた。
「黄昏君、そこは?」
「いやここは‥‥」
ひりょはさっきから同じ場所に立ち、花枝から見えないようにしている。佳澄が反対側から覗き込んだ。
「あっ、ひりょくんのコメントが書いてあるね!」
それを聞いた花枝は、にんまり笑う。
「へぇ‥‥かわいい子だけど、どういうご関係ですか?」
見上げられて、ひりょは観念した。
「えっと‥‥俺の彼女、です」
喫茶スペースで、ひりょが全員に紅茶とケーキを振る舞った。
「彼女が淹れてくれた紅茶の方がずっと美味しいけど、今回は勘弁ということで」
「いつも淹れてもらってるんだ?」
花枝がすかさず聞いて、ひりょは顔を赤くした。
「や、彼女が出してる別の出店で振る舞ってもらったから‥‥確かに最近、無性に飲みたくなるときはあるけど」
「付き合い始めなんだ? 経緯は?」
意外に食いついてくる花枝。ひりょは紅茶に関するのろけ話をたっぷり披露する羽目になった。
「なんだか照れくさくなってきた‥‥」
「ふふ、ひりょくん、ごちそうさま!」
佳澄も楽しそうに話を聞いていた。
*
「鐘田先輩は、オススメありますか?」
佳澄に見上げられた将太郎はんー、と首を捻る。
「‥‥食い物系しか思いつかねえな」
鈴音が手を叩く。
「いいこと考えた! 射的やりにいこうよ」
「何か理由が?」
楯岡が聞くと、鈴音は神楽の腕をとる。
「石田さんがいれば景品取り放題だよ」
名指しされた神楽は苦笑しつつ。
「確かに動かない的なら外すことはないと思いますが‥‥」
「なるほど、それは是非見てみたいですね」
「なんというか、全力で止められそうなんですよね」
さて、久遠ヶ原でスナイパーをフリーにさせる射的屋はあるだろうか‥‥。
●
ジェンティアンは自信に満ちた足取りで先をゆく。
「♪
繋いでいこう どこまでも‥‥」
鼻歌を口ずさみながら楽しげにお祭りに沸く校舎を練り歩いていると、花枝が近づいてきた。
「もしかして、花火大会で歌ってた人じゃないですか?」
ジェンティアンは花枝に振り返ると、にっこり笑う。
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」
「はい、すごく素敵でした!」
*
「拙者が招待する出店はこちらにござる」
雅が招いた部室には、『お菓子は正義!つまりお菓子部!』と看板がかかっていた。
「こちらは喫茶店ですが‥‥お菓子の歴史についての研究発表も展示されているのでござる」
中へ入ると和装の少女が出迎えて深々と頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいませ」
「沙羅ちゃんだ!」
水無月沙羅(
ja0670)に向け、佳澄が手を振った。沙羅は微笑むと、一行を手招きする。
「ちょうどパイが焼けたところです。皆さん、どうぞ」
沙羅の手で、アツアツのアップルパイとブラウニーが供された。
「たいしたおもてなしが出来なくて申し訳ありません」
全員にお菓子が行き渡った後、花枝の側で沙羅は深々と頭を下げる。
「いえ、そんな! これすごく美味しいですよ!」
パイにフォークを入れると、さくっと気持ちいい音がする。それでいて、中はしっとりだ。
「こんなの食べたことないけど、なんだか懐かしい味がします‥‥」
感想を言うと、沙羅は表情を和らげた。
「こぇ、ほんとに美味し‥‥んぐ、水‥‥」
佳澄が目を白黒させていると、鈴音が隣にやってきた。
「はい、コーラ」
「ぐ、あぃがとうごぁいます」
口の中をむぐむぐさせながらお礼を言う佳澄。
「私、ずっと前から春苑さんとゆっくり話してみたかったんだよね」
「あたしとですか?」
意外そうな顔をする佳澄。
「春苑さんは退魔士の家系なんでしょ? 私もそんな感じ」
少し境遇が似ているのよね、と鈴音は小さく笑う。
かつて伝わっていた退魔術の多くは、天魔には有効ではないとされた。佳澄の家もそうだ。
「だから、アウルの素養がある私ががんばらないとね」
佳澄の肩を軽くたたき、鈴音はまたいつもの明るい様子に戻った。
「なんか他人事の気がしなくてね。まぁ、お互いがんばろって事で」
「‥‥はい、がんばりましょう」
佳澄も、笑顔を返した。
「誰もが知っているお菓子が生まれるまでにも‥‥様々なドラマがあるものなのですね」
展示を眺めた雅はうんうんと頷くと、佳澄と花枝に振り返る。
そして、右手を振り上げた。
「今の若者にはもっとチャレンジ精神を持って欲しい。限界を決めずに諦めずに頑張れ!」
雅の熱弁を二人は目をぱちくりさせて聞いている。
「‥‥だから、現状の自分に満足せずいろんな事に挑戦して成長して欲しい! ──のでござる」
雅は、小さなチョコクッキーをそれぞれの右手におく。
そして、佳澄にささやいた。
「拙者は、もう『ひよっこ』はいいだろうと思うのでござる」
「‥‥ふふ。先輩、ありがとうございます」
佳澄は笑ってクッキーを齧った。
●
「そう言えば、隅野さんたちが来ると聞いて、友達がぜひ寄って欲しいって言ってたんだ」
ひりょが再び先導する。
「いらっしゃいませ〜、調子はいかがですかぁ〜?」
たどり着いた教室で出迎えたのは、ピンクのナース服に身を包んだ神ヶ島 鈴歌(
jb9935)であった。
「やあ、来たよ」
「はぅ、黄昏さん遊びに来て下さってありがとうございますぅ〜♪」
いつも通りのほんわか笑顔だ。
「鈴歌ちゃん、その格好は‥‥?」
佳澄が聞くと、嬉しそうにくるりと回ってみせる。
「料理屋『蛍』の、出店は、コスプレ喫茶なのですぅ〜♪」
*
「光人お兄ちゃん、お待ちどうさまですぅ〜♪」
「お兄ちゃん?」
飲み物を運んできた鈴歌が楯岡をそう呼んだので、周りの疑念の目が彼へと飛んだ。
「どうも、この間からそういうことになったようです」
楯岡は動じる様子もなく、鈴歌に礼を言ってカップを受け取り、口に運んだ。
「ところで」千鶴が話題を変えた。「楯岡さんは、撃退士に興味があるん?」
それは何気ない質問だったが、楯岡は動きを止めた。
「そう見えますか?」
「‥‥そうやね」
予想外に冷ややかな眼差しに見据えられて、千鶴はつと緊張する。
「同じ銀髪やからかな。少し、気になったんよ」
千鶴の銀髪はアウルの顕現とともに変化したものだ。
撃退士ではなく、日本人の名を持つ楯岡のそれは、何故‥‥?
「確かに、こちらの社会では目立ちますね」
前髪を数本摘んで、そう、彼は言った。
「だからと言って、私は撃退士にはなれません。自分と違うものへの、野次馬的な興味ですよ。気に障りましたか?」
千鶴は首を振った。「なら、ええんやけど」
「平和な日常というのもいいものです」
神楽はお茶をすすりながら、二人のやりとりを笑顔で眺めていた。
小さく呟く。
「私の勘違いなら、良いのですがね」
●
「よし、次はウチの部活へご招待だ」
ルビィが一行を連れてきたのは『エクストリーム新聞部』。
「出店は『アニマルまんじゅう』。自分で作るんだぜ」
まずは手本を見せるからな、とルビィ。数分後‥‥。
怪しげな香り のする キリン型 のおまんじゅう が完成した!
「‥‥こんな感じだ、皆もやってみてくれ」
鼻を押さえながらルビィが言って、皆でおまんじゅうづくり。
「鐘田先輩、それなんですか?」
「ヤギ‥‥のつもりだが、上手くいかねえな」
思い通りの造形にするのは結構難しく、将太郎は頭を掻いた。
「僕のはトラだね。うん、なかなか芸術性のある顔立ちになったんじゃないかな」
ジェンティアンはなんとも言えない表情のおまんじゅうを前に満足げに頷いている。
「カエルが出来たけど、私のも異臭が‥‥うわっ!?」
花枝のおまんじゅうの横を、ひりょが作ったヒョウが駆け抜けていった。
「まさかおまんじゅうが動き出すとは‥‥」
「これもアウルの力が成せる業‥‥ということですか?」
「さあ‥‥どうやろ?」
呆然とするひりょの横で、楯岡は真面目に千鶴に質問していた。
*
「お二人さん、こちらへどうぞ」
ルビィが花枝と楯岡を呼んだ。ちなみに彼は二度目の挑戦で「キラキラと輝くスズメ型のおまんじゅう」を完成させて称賛を浴びていた。
部室の一角が整理され、証明が設置されている。
「急ごしらえの撮影館だが、記念にコスプレ撮影ってのはどうだ?」
鈴歌に話を付けて借りてきたらしい、いくつかの衣装を腕に乗せて、ルビィはニヤリと笑った。
「私もですか」
「せっかくだから、撮ってもらいませんか?」
花枝が楯岡の袖を引いた。
「そんなに緊張すんなって。‥‥んじゃ、いくぜ? ──はいチーズ」
少しだけ豪華な衣装に身を包んだ二人をとらえて、シャッターが音を立てた。
*
「まだ少し時間あるわね。次はどこへ行こうか」
「食い物系なら、次は俺が奢るぜ。遠慮なく言ってくれ」
「占いやお化け屋敷なんかも、面白そうなのがあったよ」
「学園の施設なんかも、立ち入り可能なところは案内するよ?」
日が暮れる頃まで、様々な出店を巡った。花枝はずっと愉しそうにしていた。
●
すっかり日も落ちた。
「──とまぁ、ウチの学園祭はこんなカンジだが‥‥ちったあ楽しんで貰えたかい?」
ルビィの言葉に、花枝は全身で頷いた。
「ええ、とっても!」
「隅野、学校は勉強だけじゃねえ。こういったお祭り感覚の行事もあるんだ。運動会とか、修学旅行もな」
将太郎が言った。
「学校に通えるようになったら、思いっきり友達と楽しめるといいな」
花枝は気を付けをした。
「今日は、ありがとうございました。学生ってこんな感じなんだなって、よくわかった気がします」
「来年も来てくれよな」
「はい、きっと!」
「復興が落ち着いたら、またイベント事が出来たらえぇね」
千鶴は楯岡にも向けて言う。
「ここまで派手でなくてもえぇと思う、小さなお祭りとか」
「何かあれば私たちも力に成れると思いますよ」
神楽が付け足した。
「ええ。そのときは是非、皆さんも遊びに来て下さい」
楯岡は神楽と同じように微笑を浮かべている。
ジェンティアンが一歩進み出た。
「久遠ヶ原の元気の光を持って帰ってね☆」
ライトヒールの光が、花枝と楯岡を照らす。二人を応援する光だ。
「苦しいときや辛いとき、お菓子はいつでも元気を与えてくれるでござる!」
雅の激励も受けて、二人は島を後にした。
伊勢崎市の復興は道半ば。
今日の楽しさが、先へ進む活力になればいいと、皆願っていた。
春はまだ遠い。しかし時は着実に刻まれるのだ。