最初に天魔を目撃したという球団職員は、少女に連れて目撃現場に来ていた。
「ここがちょうど死角になっててなあ。俺はよく来るんだ」
「へえ、何しに?」
「あ!? ああまあそれはいいんだ。とにかく今日もこうちょっと‥‥来てみたら、暗闇からわあっと出てきてな」
「大丈夫だったの!?」
「びっくりして腰が抜けた以外はな。で、あっちへ飛んでいった」
職員が指した方向を、少女は黒いおさげを揺らして見やった。
「わかった、ありがとう。次も襲われないとは限らないし、解決するまでは部屋に戻っていてね!」
周りに天魔がいないことを確認するとそう言い残し、示された方へ向かって駆けていく。
職員は愛想笑いで見送った。
「サボってたってのは‥‥ばれてない、よな?」
「試合楽しみにしてる人も多いだろうし、ガンバらないと」
アタシだって、チケット取った格闘イベントが中止になったらイカシンだもんね! と自分の気持ちを重ね合わせて、並木坂・マオ(
ja0317)は気合いを入れていた。
●
猿型天魔を目撃したという女性職員二名は、情報を確認しに来た撃退士に事情を説明していた。
「正面広場に?」
「そうなの。いくら北関東だからって、球場に猿がでるなんてびっくりして‥‥」
「近づこうとしたら、物陰をすーっとすり抜けたもんだから、天魔だーっ、って」
「よく見たら、羽も生えてたし!」
長い髪を後ろで束ねた美少年風の撃退士に向けてまくし立てる。
「なるほど。よくわかりました」
一通り情報を聞き終えると、撃退士は礼を言って事務所からでていった。
「かっこいい子だったねー。撃退士ってみんなあんななのかな」
「‥‥ていうか、女の子だったよね?」
「え、うそ?」
「天魔の特徴からすると自然公園が一番潜んでいそうだが‥‥思い込みは禁物、か」
職員は外に出ないよう通達されているため人気がなくなっている廊下を礼野 智美(
ja3600)は歩く。
「目撃地点近くに潜伏している可能性は高いし、やはり最初は広場から見ていこう」
方針を固めた智美は足を早めた。
●
開場時間前の広場は入り口が閉じられ中には入ってこれないのだが、柵の隙間から中を伺うことは出来る。
「なんかいつもと様子が違うな‥‥?」
下位に甘んじるチームとはいえ熱心なファンはいるもので、すでにこの時間から球場の側に張り付いているものがいるのだった。
レプリカユニフォームをばっちり着込んだ青年が広場の様子を見ようと柵を覗き込むと、どういうわけか金髪ツインテの女の子と目があった。
女の子はぱたぱた駆け寄ってきて、にっこり微笑む。
「シアイ前のアンゼンテンケン中なので、ちょっとこの場から離れてもらってもいいですかー☆(ゝ∀・)」
「え、は、はい」
応援に人生を捧げるあまり女性に接する機会が乏しい青年はちょっとキョドりながら返事をする。
「開場時間になったら、また来てねっ☆ミ」
手を振る女の子に微妙な半笑いで答えつつ、その場を離れた。
「入り口にいたヒト、離れてもらったよっ☆ミ」
「ありがと、新崎さん」
戻ってきた新崎 ふゆみ(
ja8965)を蓮城 真緋呂(
jb6120)が労った。
「それじゃ、仕事を始めるとしましょうか」
「ヤタイの人たちがお店出す前に、アンゼンカクニンしないとねっ」
二人は手分けして広場を歩く。
広場というだけあって見通しは悪くないが、チームが連戦中のため屋台は設置されたままになっている。そういったものの影などに天魔が隠れている可能性はある。
ふたりとも、光纏はしてなかった。一般人を装い、出来るだけ警戒していない風を見せていると──。
「キィッ」
耳障りな甲高い音が後ろから。直後、真緋呂の左横をかすめるように何かがすり抜けた。
「出たわね!」
正面に降り立ったのは報告通りの羽が生えた猿、フェアリーモンキーだ。右前方の屋台の上にももう一匹いる。
正面の猿は真緋呂にお尻を向けて、なにやら小馬鹿にしたような態度だ。思わず行ってはたいてやりたい気分にさらされるが、何とか我慢する。
「たーっ!」
すると横合いから華麗なキック炸裂! ──と思いきや、猿は素早く身を翻してその一撃を回避した。
「むむっ、躱すとは‥‥!」
奇襲失敗のふゆみは阻霊符を発動する。その顔は、なぜか今日もひょっとこのお面で隠されていた。
( ゜3°)<セーギのミカタ★ひょっとこ仮面(マスク)参・上☆ミ
しゃきーん!(謎のポーズ)
猿はというと、ふゆみを見て小首を傾げた後、キャッキャと笑っていた。
「あーっ、バカにしてる(*´Д`)!」
しかし笑う猿の背後、虚空から突如植物の蔓が鋭く伸びて猿を打ち据えた。
「ギャッ!」
「油断大敵ね!」
蜃気楼で姿を隠した真緋呂は誰にも見えない笑みを浮かべる。
「ブッコロ☆(*´∀`)!」
動きを止めた猿に、ふゆみが襲いかかってしとめた。
「もう一匹は?」
「あ、あそこ!」
屋台の上にいた猿はその間にも移動していて、今は広場中央に立つ時計の鉄棒をするすると上っていた。
真緋呂は弓に持ち替えて猿をねらうが、気配を察したのか身軽な動きでアウルの矢を躱す。
そしててっぺんへと到達すると、羽を広げて滑空し、そのまま球場の方へと流れていく。
「まずい!」
見失ったらまた面倒なことになる。ふゆみも真緋呂もそれぞれ足まわりを強化して猿を追いかけようとするが──。
突然、猿が壁にでもぶつかったかのように動きを止め、地面に落ちた。
「いいタイミングだったな」
球場側から出てきた智美が手を動かすと、猿を絡め取っているワイヤーが光をはじいてきらりと光った。
「猿は三匹いるという話でした」
「てことは、もう一匹いるのね。でもここには‥‥」
智美の話を聞いて、真緋呂は改めて広場を見渡す。
「もう見られるところはダイタイ見たんだよっ☆ミ」
「そうか‥‥では、俺はもう一度事務所のほうを見て来ます。暗所はあちらにもたくさんあるし」
「他に索敵が必要な場所というと‥‥グラウンドかしら」
「ふゆみも一緒に行くねっ☆ミ」
他の仲間たちに連絡を入れてから、三人はまた二手に分かれた。
●
球場に隣接した自然公園は入り口が別にあり、普段はチケットを持っていない人でも入ることが出来る。そのため、試合のない日でも割と人がいることが多い。
──のだが、今日の公園は閑散として人の気配がなかった。
(変ねえ。今日は試合もある日なのに)
小さな娘を連れて早めにやってきた母親は、散策道を歩きながら首を傾げた。
しばらく行くと、人の声。
「かくれんぼは終わりですよー、出てきてくださーい」
「かくれんぼ?」
娘が反応した。声の方を見ると、長い黒髪の少女が周囲を見回しながら歩いている。
こちらに気がつくと、駆け寄ってきた。今時には珍しく凛々しい太眉の少女だ。
「あ、いま閉鎖中ですよ。これから公園のメンテナンスがはじまりますので」
「あら、そうなの?」
もしかしたら張り紙でも見逃しただろうか。
「舞ちゃん、時間まで外で‥‥」
「かくれんぼ、してるの?」
娘は地面に顔をこすりつけんばかりに屈み込んで、木の上を覗き込んでいる。
「舞ちゃん?」
「──下がって!」
近づこうとした母親を、少女が急に険しい声で押しのける。
枝の重なり合った暗がりに、赤い光がいくつか浮かんでいた。それが天魔の眼光なのだと気がついたのは、全てが終わってからだった。
三匹の蝙蝠がそこから飛び出してくる。一番近くで、娘がきょとんと大きな目を見開いている──。
「大丈夫なのです!」
その柔らかい喉笛を食いちぎらんと飛びかかった牙を受け止めたのは、赤い髪の女の子だった。
細剣を果敢に構える女の子は、足元から立ち上る青い螺旋の光に包まれている。
「きれー‥‥」
ぺったりと尻もちをついた娘が、放心したように呟くのが聞こえた。
「早く、今のうちになのです!」
メリー(
jb3287)は背後の母親を鋭く呼んだ。彼女が娘の元に駆け寄ってくるのを認識すると、改めて姿を見せた天魔に向き直る。
「こっちなのです! メリーの方に来るのです!」
蝙蝠どもを呼び、母娘から遠ざかる。ねらい通り、三匹の蝙蝠はひとまとまりになってメリーを追ってきた。
「六道さん、お願いするのです!」
「任せて!」
メリー同様光纏した六道 鈴音(
ja4192)は手のひらを敵に向け、メリーを巻き込まないように距離を測る。
「深淵の眠りに沈みなさい!」
生み出された黒い霧が蝙蝠どもをまとめて包む。眠ると同時に飛行能力を奪われた相手はばたばたと地面に落ちた。
「このまま一気に行くわよ」
間をおかず、鈴音は集中する。かっと目を見開き、右手を振り上げた。
「ケシズミにしてやるわ!」
蝙蝠どもの中心から龍が天に昇るかのごとき火柱が立ち上がった。炎はごうと音を立てて吹き荒れ、やがて天魔の命と共に消え去った。
「あ、あの‥‥ありがとうございました」
二人が戦闘態勢をとくと、母親がおずおずと話しかけてきた。
「怪我はしてないですか?」
「ええ、おかげさまで私も、娘も」
それを聞いて、メリーはにっこりと微笑む。
「なら、よかったのです!」
「とりあえず、安全なところまでお送りしますね」
鈴音が言った。倒した敵は報告にあった数にはまだ足りない。
「はい‥‥あの、今日って試合は行われるんでしょうか?」
「大丈夫です!」
母親の問いに力強く頷く鈴音。「私だって前売り券買ってたんですから!」
「?」
「とにかく、一秒でも早く天‥‥メンテナンスを終わらせます!」
だから安心して待っててください、と胸を叩いてみせるのだった。
●
「さすがに、グラウンドの中にはいないか‥‥」
周りを確認しながらスタンドの入場口を抜ける二人の耳に、端末から声が割り込んできた。
『こちら礼野。裏口近くで天魔と遭遇、応援頼みます!』
二人はすぐさま駆けだした。
智美は球場の外周で敵を追っていた。
彼女のすぐ後ろから蝙蝠が追いかけてきている。注目効果で自分をねらう敵は放置し、数メートル先を逃げる猿を見失うまいとする。
背後から苦無を投げるが、猿は背中に目があるかのような動きで際どく躱した。まっすぐ走らず壁や障害物を駆使して飛び跳ね、時に滑空する。なかなかねらいが定まらない。
だがそんな追いかけっこも、長くは続かなかった。
( ゜3°)<やあやあ★我こそはひょっとこ仮面☆ミ
進行方向から出てきたふゆみがポーズを決めて、猿の動きを阻害する。猿は素早く方向転換しようとしたが、誰もいないかに見えるそこには真緋呂が待ちかまえていた。
真緋呂は大剣を振り抜き、猿の羽を斬りとばす。最大の武器である機動力を奪われた天魔に、もはや道は残されていなかった。
「これで、残すはあと一匹」
ヴァンパイアバットを仕留めた智美は、肩口に出来た小さな傷を確認しながらそう呟く。
「でも、そろそろ広場で屋台の準備が始まる時間ね」
真緋呂は時計を見た。
●
正面広場にはマオがいた。屋台の準備はすでに始まっている。
「もし天魔を目にしたら、まずは逃げることを最優先! すぐにアタシ達を呼んでね!」
万が一があっても自分が側にいれば対処できるだろう。
「それにしても‥‥いろんな屋台があるなー」
球場へ来る人たちのおなかのニーズも満たすために、最近は屋台の種類も多彩になっている。看板を見るだけでおなかが空いてきそうだ。
形態も設置型の屋台ばかりでなく、ワゴン車を改造した移動式の屋台もあった。マオはそんな屋台の一つに近づき、準備していた男に声を掛けた。一通りの注意を伝えると、ズイと身体を寄せる。
「──それで、今日のオススメは?」
おいおい。
「お、撃退士の姉ちゃんも気になるかい?」
屋台の男もまんざらではない様子で笑い、ワゴン車の側面の窓に手を掛けた。
「うちは丼ものだ。素材にもこだわってるんだぜ。オススメといったら──」
がらがらと窓を引き上げると、キッチンになっている内部がさらされた。何かのタレのいい匂いが漂ってくる──その奥に、赤い眼光。
「ん?」
「危ない!」
マオが男を引き倒す。最後のヴァンパイアバットが暗がりから飛び出してきた。
蝙蝠はマオの背中をかすめて飛び上がり、そのまま逃げ去ろうとする。
「させるかっ、『にゃおー拳』!」
素早く体勢を立て直したマオは右足を振り抜く。青白い光の波動が放たれて、蝙蝠を錐揉みにした。
動きを止めて地面に落ちる敵へとすかさず迫り、とどめを放つ。周りが呆然と見守る中、マオはふう、と額の汗を拭った。
「んー‥‥まあ、結果オーライって事で!」
●
芝丘はユニフォーム姿でベンチに腰を下ろしていた。
手にした端末に光がともり、着信を告げる。耳を押しつけると、涼やかな女性の声が聞こえてきた。
『私達の仕事は終わりました』
それを聞き、詰めた息を吐き出す。
「そうか‥‥」
『次は芝丘さんの仕事、しっかり魅せてくださいね?』
「‥‥ああ、任せろ。席は用意させるから、よかったら試合を見ていってくれ」
微笑みを含んだ声に、力強く返事をして、通話を切った。
「ありがとうよ、ヒーローたち」
芝丘は呟いて、それから首を傾げた。
「いや‥‥ヒロインたち、か?」
●
試合開始が近づいて、球場内は何事とも無かったかのように準備が進められている。
「ぬふ、芝丘とかゆうおぢさんのおかげで、依頼のホウシューが思ったよかオイシかったんだよっ(*´Д`)」
安全になった球場を見渡して、ふゆみはほくほく顔だ。
「せっかくだし、応援してあげよっ☆ミ」
「久しぶりの球場観戦‥‥今日は勝ってもらわなくちゃ!」
鈴音を先頭に用意された席へ向かうと、先ほどの母娘の姿があった。
母親は鈴音たちを見るや立ち上がり、深々と礼をする。
「主人が無理を言ったそうで‥‥ご迷惑をおかけしました」
「ご主人‥‥です?」
メリーがきょとんとした。
「お父さんの仕事の応援、かぁ」
話を聞いたマオはへへ、と照れくさそうに笑った。
「なんかいいよねー。憧れるっていうか」
そう言って芝丘の娘を見る。
「あ、選手が出てくるのですよ!」
メリーが球場を示すと、彼女に懐いて張り付いていた娘もそちらを見た。
ラークスの選手たちがコールを受けてベンチから出てくる。芝丘は二番・セカンドだ。
「パパはー?」
「ほら、あそこよ」
真緋呂が教えてやる。芝丘はラインを越える手前で、足を止めてこちらを見た。
家族と、今日の試合を守ったヒロインたちへ。
ぐっと握り拳を突き上げて見せた。
「娘さんにいいとこみせてよ!」
「頑張れお父さん!」
「メリーのお兄ちゃん程では無いのですけど、頑張るお父さんも格好良いのです!」
撃退士としての今日の戦いは終わり、彼女たちもいち観客となって、球場へ集ったたくさんの人たちと共に試合の興奮に身を沈めていく。
彼女たちの名前が今日のニュースで語られることはないが、その足跡は試合の結果となって残されたのだった。