「この建物を壊すんだな!」
Y字路の先に建つ屋敷を見上げて、エイドリアン(
jc0273)が言った。
「撃退士は壊すことが得意‥‥ふむ」
黛 アイリ(
jb1291)は、春苑 佳澄(jz0098)から、依頼を受けた時の様子を聞いていた。
「何か言った方が良かったかなあ?」
「否定はしないけどね、ブレイカーだもの」
アイリは特に気にしない風で答える。
「敵は出るかはわからんが、警戒しておくに越した事もないのだろう」
隣に並んだ天風 静流(
ja0373)が周囲を見渡し、アイリも顔を上げた。
「そうだね。解体作業の音や埃に紛れて襲ってこないとも限らない、皆も気をつけて」
アリーネ ジルベルト(
jb8556)が佳澄達に追いついてきた。
「はじめまして。私はこれが初依頼です」
「そうなんだ、よろしくね!」
アリーネは佳澄に笑いかけた。
「いろいろ教えて下さいね、春苑先輩」
「! うん、任せて!」
本来は同学年のアリーネに頼りにされて、佳澄は胸を張る。
さらに、そこへ神龍寺 鈴歌(
jb9935)が突撃してきた。
「えへへ〜、佳澄さんよろしくですよぉ〜♪」
「わっ!? えへへ、鈴歌ちゃんもよろしくね!」
抱きついた鈴歌の頭を撫でて、今日はお姉さん気分の佳澄であった。
●
「さて、始めようか。事故がないようにしないといけないね」
「俺は周囲を警戒していよう。敵が出たら知らせる」
由野宮 雅(
ja4909)は静流達にそう告げ、敷地から出て行く。
「復興のお手伝い、頑張っちゃうのですぅ〜♪ ‥‥でも」
鈴歌は屋敷を見上げた。
「ここに今まで過ごした方の思い出が詰まっているのですねぇ〜‥‥」
今は見るべくもないが、壊してしまうのはほんの少し、心苦しい。
「そうだね〜」
星杜 焔(
ja5378)が鈴歌の隣に並んだ。
「でも、ここを壊すことが町の復興につながるなら、やらないとね‥‥」
それが、花枝達残された人々が故郷へ帰る道筋をつけることにつながる。町の再生のために、破壊が必要とされているのだ。
鈴歌も覚悟を決めたように、うんと頷いた。
「まずは、この辺から崩していこうか〜」
土木作業の経験のある焔が立ったのは、前回戦闘があった道路に面した敷地だ。
先の戦闘ではエリアの狭さが戦いにくさにつながっていた面もあった。片側から集中して壊して広さを確保していけば、今日戦闘になったとしても戦いやすいはずだ。
「塀も崩してしまった方がいいよね‥‥」
そう言って、自身もこの為に用意してきたバトルシャベルを顕現した。
「V兵器なら殴るだけでも十分か‥‥?」
静流が顕現したのは手を保護するバンド‥‥のような武器である。
「家を殴って壊す、ってよく考えると結構スゴいですよね」
そう言う佳澄はいつもの三節棍を持っている。
「私は、これで壊そうと思います」
アリーネは両刃の大剣を手にした。
重機を使わない時点でどれだってスゴい。
「よーし、頑張りましょうね、静流さん、アリーネちゃん!」
エイドリアンは屋根の上に降り立った。瓦葺きの屋根は建物の老朽ぶりに比べるとまだしも立派に見える。
「瓦とかもったいないような気がするんだけども」
先日TVで見たリフォーム番組の影響か、そんなことを考える。といって大事に残したところで使い道も思い浮かばない。
「ま、いっか」
さくっと切り替え、瓦を剥がし始めた。
「スキルを使うから、皆少し離れて」
アイリは周りに声を掛け、ハルバードを振るう。光の軌道が柱を力強くたたくと、太い柱にメキリと亀裂が走った。
「こっち側、もう崩れますよ〜」
「おう!」
焔が屋根の上のエイドリアンに呼びかける。屋敷は早々に建物としての形を失いつつあった。
「そうだ春苑さん、先日はハイキングお疲れさま」
作業は順調、敵の姿も今はない。となれば雑談の余裕も生まれるというものだ。黄昏ひりょ(
jb3452)は大きなハンマーをふるいながら、隣の佳澄に声を掛けた。
「皆を先導したんだってね?」
「いっぱい助けてもらっちゃったけどね」
「あ、そういや‥‥あいつから何か聞かされたり‥‥しなかったよね?」
ひりょの念押しするような質問に、佳澄はちょっとたじろぐ。
「う、うん! 大丈夫だよ!」
──やっぱり、何か言ったな。
ひりょは佳澄の態度で確信した。
「帰ったら聞き出さないと──ね、っと!」
黒いオーラを漂わせながらふるった槌がクリティカルヒットして、軒先の岩を粉々に砕いた。
「来たぞ」
緊張感を孕んだ雅の声は唐突に。だが驚く者はない。
「あいつ、やっぱりまた来たか」
通りの向こうに音もなく現れたその姿を、アイリは見据えた。
●
銀仮面はエンジェルスライムを三体そばに侍らせていた。
「今回は様子見ですませる気じゃなさそう‥‥だね」
アイリの言葉通り、銀仮面はスライムと同じ速度でこちらへ向かってくる。右手には長尺のランス、左手には盾。
「突撃とかしてきそうだね〜」
焔が注意喚起する。
解体作業のために散らばっていた仲間は一度集まった。スライムの状態異常を考慮して、アイリと焔が聖なる刻印を使う。まずは接近して戦うことになるものからだ。
「佳澄、遠距離の武器はある?」
「ピストルなら‥‥」
「よし、じゃあ春苑さんは距離をとって援護を頼むよ」
「わ、わかった!」
彼らが準備を整える間も敵は待ってはくれない。接近しつつある相手に雅が弓で動きを牽制する。
特殊抵抗を強化してもらった鈴歌は大鎌を構えて飛び出す。
「スライムはお任せするですぅ〜‥‥銀仮面さん‥‥私のお相手お願いしますねぇ〜」
並んだスライムの脇を抜けて接近した銀仮面に向かう。
正面で、相対した。
人間のような佇まいではあるものの、人間らしさは薄く見える敵。
仮面の奥には、何が隠されているのだろうか。
静流は自分たちで半分ほど崩した建物の屋根へとのぼり、力を解放すべく意識を集中させる。
そうしながら、俯瞰の位置で敵の様子を見た。
「少ないな」
総数で四体、ただし銀仮面の実力は知れない。
早いところ、銀仮面に集中できる態勢を作ってしまわなければ。そのためにも、まずはスライムを片づけてしまうべきだろう。
屋根の上で足場を固め、弓を引き絞った。
アリーネは魔法剣を手に前線に立っていた。スライムが空中を漂うように迫ってくる。
その触手に強力な幻惑の毒が仕込まれていることは、アイリからすでに聞いていた。
「防御はマズイ‥‥バッドステータスを喰らう。だが、私には回避する力はないし‥‥」
初実戦のアリーネは逡巡する。
そうする間にもスライムは彼女へ迫るが、そこへ静流の放ったアウルの矢が飛来し、間近にいた一体が派手に弾け飛んだ。
はっと目を見張ったのは一瞬。
「アリーネちゃん、まだ!」
後方から佳澄の声が飛んだ。身体の半分ほどを失ったスライムは、それでも蠢いてアリーネに触手を伸ばす。
覚悟は決まった。
「防御がダメなら、攻めるのみっ!!」
アリーネは触手を払い、踏み込んだ。無意識に気合いを吐きつつ、ヒエムスを一閃させる。切り裂かれたスライムはベシャリと力なく地面に落ちて、動かなくなる。
「はあっ‥‥」
その様子に一度だけ大きく息をついて、アリーネは武器を構えなおした。
エイドリアンは上空を飛翔していた。ひりょに付与された韋駄天の効果で普段より体も軽い。
鈴歌が銀仮面を左手──解体作業によっていくらか開けた場所へ誘導しようとしている。スライムの前線にはアリーネが立ち、雅と佳澄、そして静流が援護している。ひりょや焔も前線に合流しようとしつつあった。
エイドリアン自身は、それらのどれとも違う動きをしていた。敵の背後を取るのだ。
「皆よく抑えてくれてるな」
こちらが狙われる可能性も考えたが、今のところ上空にまで目を向けてくる様子はない。
弓は先にしまい込み、ひと飛び、敵の陣容の向こう側へと。
「くっ‥‥!」
鋭い突きが鈴歌の頬のすぐ脇をかすめ、元からある傷跡の上に新しい赤い筋を作る。
スライムの数は多くないとは言え、掃討はすぐには終わらない。結果的に彼女は今、ただ一人で銀仮面に当たっているも同然だった。
ステップを使ってまだ崩れていない塀の影へと身体を差し込む。銀仮面の二撃目は、その塀を軽々突き崩して向こう側の鈴歌を弾き飛ばした。
「神龍寺さん!」
ひりょが彼女を呼ぶ。なんとなれば、戦闘域外へと彼女を避難させなければ──。
「まだ‥‥大丈夫ですよぉ〜」
だが、鈴歌は立ち上がる。今ここを離れるわけにはいかない。
銀仮面は彼女のすぐ間近にあって、見上げればその姿は逆光の中で黒い塔のようにそびえている。
今度こそ鈴歌を串刺しにしようするその動きが、唐突に押しとどめられた。
銀仮面の首のあたりに、鉛灰色の布が巻き付いている。先端に錘が仕込まれた布槍は甲冑の継ぎ目にしっかりと食い込んでいた。
「待たせたな!」
無事敵の後方へと降り立ったエイドリアンが潜めていた声を解き放ち、これが好機と鈴歌は大鎌を薙ぎ払う。
くわあん、と甲高い音がして、銀仮面の動きが止まった。
静流の二射目はまたしても正確に放たれて、スライムの翼面を削り取った。アリーネがそいつを抑えにかかる。
敵のもう一体は逃れるようにして奥へと進み、佳澄のいる方まで流れてきた。
佳澄も焔から刻印を受けているとは言え、油断は出来ないと銃把を握る手に力を込める。が、触手が彼女に届くよりも早く、ひりょがその前に割り込んだ。
「俺の目の前で大事な友達を傷つけさせないよ!」
武器の柄で触手を絡め取ると、電撃を流されたかのような痺れが這い上がってくる。しかしひりょは気を強く持って抵抗した。
その隙に、シャインセイバーに持ち替えた雅が敵の胴体を払う。スライムは深く斬り裂かれてよろめいた。
「面倒な敵は悉くを持って潰す」
ひやりと冷気を孕む声で雅は言い、ひりょとともにスライムを追いつめていった。
アイリが刻印を仲間に打ち終えた頃にはすでに敵味方は入り乱れていて、コメットを撃つ隙間はなかった。そこで、動きを止めていた銀仮面に向かい銃撃する。
それで目を覚ましたわけではないだろうが、立ち尽くしていた銀仮面が再び動き出す。布を通してエイドリアンとつながったまま、強引に上半身を回した。
「うぉおおっ!?」
彼は手を離さなかったが、その結果遠心力で空中に投げ出された。半分崩した家屋につっこみ、解体の進捗を進めることに。
自由を取り戻した銀仮面は槍を構えなおす。一瞬の間のあと、突撃。
至近距離の鈴歌は躱す手段がない。身構えた彼女を──光の羽が覆い隠して護った。
「お待たせだよ〜」
身代わりに攻撃を受け止めた焔は、懐からなにやら取り出し銀仮面に素早く投げつけた。それは敵の顔面に当たって砕け、中身の液体をまき散らす。
久遠ヶ原で取り扱っている香水はさわやかな香りが売りらしかったが、一瓶いっぺんに解放されたときの臭いは決してさわやかになどならないことを全員が知った。
銀仮面が動きを止めることはなかったが、注意を引くことは出来たようだ。敵は標的を鈴歌から焔に切り替え、槍先を向けた。
銀仮面はその外見通り堅固な防御力を持ち、また攻撃力も並のサーバントに比べれば十分強力であった。
「できれば使いたくはなかったけど‥‥」
アリーネは口中で呟き、そして叫んだ。「目覚めろ、私の中の悪魔の血!」
ディバインナイトでありながら、冥魔の力でもって立ち向かう。逆襲の攻撃は、焔が身を呈す。
一方で、九人の撃退士相手に優位を保てるほど強力かと言われれば、そんなこともなかった。何度か見せた突撃は狭い路地で使われたら厄介だったかも知れないが、解体作業のおかげで、味方が一列に並ばないよう位置取りを工夫することも出来た。
(逃げる気配は‥‥ないか)
弓での援護を続けながら、静流は言い表せない違和感を感じていた。
集中攻撃を受けて、銀仮面の甲冑はうすら汚れて、その動きは止まり掛けている。
改めて背後に回ったエイドリアンが布槍を叩きつけると、ついに兜がひしゃげて鎧から外れ落ちた。
声もなく──それが銀仮面の最期だったようで、鎧から下も突然つながりを失って、がらがらと音を立てて、崩れた。
甲冑の中は、がらんどうだった。
●
「はぁ〜、終わった‥‥」
「アリーネちゃん、お疲れさま!」
初陣を飾ったアリーネを佳澄が労う。
「春苑さん、怪我はない?」
ひりょは佳澄を気遣った。
「あたしは、今日ずっと後ろにいたもん。ひりょくんの方こそ、怪我してる」
「俺は大丈夫だよ、これくらい」
自分で治せるからね、とひりょは安堵したように笑った。
前線で長く戦った鈴歌はアイリの治療を受けていた。
「よし、と。結構怪我があったけど、これで全快かな」
「えへへ〜、頑張っちゃったのですぅ〜」
いつもどおり、おっとりとした様子で朗らかに笑っていた。
ほかの者も、アイリのスキルで負傷は残らなかった。
雅はポケットから煙草を取り出すと、なれた手つきで火をつけた。深く吸い込み、深く吐き出す。白い煙がゆっくりと空へ立ち上っていく。
ちょうど一本吸い終わるほどのタイミングで、エイドリアンが明るい声を上げた。
「よし、それじゃ再開しようか!」
そもそもの依頼である民家の解体は、まだ終わっていない。
「建物はちゃんと壊してから渡した方が業者も楽だろうしね〜」
焔も再びシャベルを顕現する。
「なぁ。天井、ウィングクロスボウでぶち抜いて良い?」
戦いが終わった気楽さか、エイドリアンは茶目っ気のある様子でそんなことを言った。
●
依頼を無事終えた後、一行は依頼者である楯岡と花枝に面会した。佳澄以外は初対面になる。
「ありがとうございます、皆さん。わざわざ報告にまで来て下さるなんて」
花枝はそう言って、一人一人と握手を交わした。
「気にしないで。こちらとしても、あなた達とは会ってみたかったし」
アイリは楯岡を見た。銀髪の青年は悠然とそこに立っている。
「あなたは、ここの出身ではないと聞いたけれど」
「ええ。ですが彼女の境遇に思うところがありましてね」
「サーバントの出現を、予想していた?」
「たまたまですよ。根拠はありません」
アイリの質問を涼やかに躱していく。静流はそれとなく彼を見たが、当然、負傷しているような様子もなかった。
(たまたま、か‥‥確かにね)
アイリの抱く印象にしても同じだ。
(気になるな。もちろん、『根拠はない』けれど)
鈴歌は、花枝より一歩引いた位置にいる楯岡のところまで近づいて、少々強引に握手をした。
「またいつでも呼んで下さいねぇ〜♪」
そう言って、離れようとしたとき。何かを嗅いだ。香水の匂いのような‥‥。
それはとてもとても微かで、もう一度嗅ごうとしたときにはもう消えていた。
「‥‥まさか、ですよねぇ〜‥‥?」
すでにこちらから視線をはずした楯岡を、鈴歌は密かにもう一度、見上げた。