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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/07/22


みんなの思い出



オープニング

 春苑 佳澄(jz0098)の自室の引き出しには、綺麗な小刀がしまわれている。
 久遠ヶ原に来る前に、大好きな祖母から贈られたものだ。華美な装飾があるわけではないが、白木の鞘に納められ、上品な美しさを感じさせた。
 だが佳澄は、その小刀をしまいっぱなしにしている。同じように祖母に贈られた花のヘアピンは、毎日のようにつけているのに。

 梅雨空のある日、彼女は意を決して引き出しを開けた。
 逃げてばかりでは、先に進めない。
 そう言われたし、そう思った。だから、小刀を手にとり、そっと鞘から引き抜いた。

 ああん。ああん。
 幼子の泣き声が聞こえる。‥‥違う。これは自分の声だ。
 ごめんなさいと言いながら、声を涸らして泣いている、小さな自分。

 ──やっぱり、まだ耐えられないな‥‥。

 佳澄は小刀をしまった。
 きっと他人から見れば些細なこと。そんなことが昔にあった。もう十八になったのだし、前を向いて進めるようになっていいはずだと、自分でも思う。
 でも、それでも。刃物を持てば手が震えるし、万力で締められたみたいに胸が苦しくなってしまう。
 どうしてだろう? 考えても答えは出てこない。

 心に付いた傷は身体のそれよりもずっと癒えにくいということを、彼女はまだ理解していなかった。

「あたし、まだ子供なんだなあ」
 ベッドにごろりと寝転がって、天井を見上げる。
 撃退士になればヒーローになれると、思いこんでいた時期があった。
 だけどもちろん、そんな単純なものではなかったのだ。

 やりたいこと、できること、いくつもあるはずなのに、何もない。
 そんな風に、彼女の悩みはつきることがなかった。



 だからって、暗く沈んでばかりじゃしょうがない! そう考えるポジティブさを、佳澄は本質的に持っていた。
「こんにちは!」
 いつものように斡旋所に向かい、元気よく挨拶すると、応接用のソファから、聞き慣れない声で返事があった。
「こんにちは」
 背中程まである黒髪をうなじの所で束ねている少女だ。佳澄には見覚えがない。学園生だろうか?
「その子は依頼に来たのよ」
 背後から、紅茶を盆に乗せた潮崎 紘乃(jz0117)がやってきて、告げた。
「隅野 花枝(すみのはなえ)です」
 少女は名乗り、佳澄に微笑みかけた。そうすると、いくらか大人びて見えた容姿が、佳澄と同年代くらいに見えるようになった。

「私は、群馬出身なんです」
 伊勢崎市、知ってますか──何気ない問いの中に、すがるような色がかすかにあった。
 群馬県全体が、長い間悪魔の策略によって忘却されていたからだろう。伊勢崎市はゲートがあり、昨年末にようやく解放された土地だ。
 今は市の中心部から、すこしずつ復興が進んでいる。
「この間、天魔退治にいったな」
「本当!? 実は、私の依頼も天魔退治なの」
 飛び跳ねんばかりに歓迎されて、佳澄は少々面食らう。周りの空気に気が付いたのか、花枝はこほんと咳払いしてから、続けた。
「私の家は、結界の中にあってね。みんな気が付いたら、閉じこめられていた。私は助かったけど、近くに住んでいた人で無事だったのは、数えるくらい──」
 下を向く花枝に、掛ける言葉は見つからない。
「生き残った人たちは、私を含めて今は別の場所に住んでいます。でも、私はあそこに帰りたい。出来れば学校も、地元に通いたいんです」

 花枝は結界に囚われた頃の記憶が曖昧で、自分の年齢がはっきりしないのだという。 おそらく普通に暮らしていれば高校生以上であろうとは思うが、結界の中では学校は機能していなかったから、今は高校に通うための勉強をしているところだった。通えるようになるのは早くても次の春以降だろう。

「伊勢崎市は今もディアボロが残っているのよね。でも、討伐は順調に進んでいるし、町の再整備も始まっているわ。来年の春には公共機能はかなり回復するんじゃないかしら?」
「でも、うちの周りは、手をつけられていません」
 紘乃が手元の資料を繰りながらいうと、花枝はここぞとばかりに身を乗り出してきた。
「生きてる人が少ないから、後回しにされているんです」
「それは──」
 仕方がない、という言葉を紘乃は飲み込んだ。
 物事には優先順位がある。再び人の暮らす町にするために、まずは役所などの公共施設や、中心になる地域から手をつけるのは、作業する側からすれば当然だ。人手だって潤沢にあるわけではない。
 だが、当事者にそんなことを言ったからといって納得してくれるとは思えない。というよりも、納得できないから、わざわざ出向いてきたのだろう。
「噂を聞いたんです‥‥中心地から追いやられたディアボロがうちの周りに集まって、根城にしてるって」
 花枝の声が震えた。
「これ以上、まだ町を壊されるのなんて、私、耐えられなくて‥‥」
「花枝ちゃん‥‥」
「お金、少しですけど集めてきました。私たちの町から、ディアボロを追い出してください。お願いします」
 そう言って、頭を下げる。
 紘乃より先に、佳澄が口を開いた。
「あたし、行きたいです‥‥行かせて下さい」
 いつになく、真剣な眼差しだ。
「いいの? 依頼人の前でなんだけど、あんまり割のいいお仕事じゃないわよ」
 紘乃は敢えてそう聞いた。それでたじろぐような娘じゃないことは、知っているけれど。
「困ってる人を、助けてあげたいんです‥‥あたしに、出来ることで」
 その答えに、紘乃は満足げに微笑む。
「それじゃ、私も出来ることをして来なきゃ。佳澄ちゃん一人で行かせるわけにはいかないしね?」
「そ、そんなの分かってます!」
 そこですぐむくれちゃうところがまだまだだなあ、と紘乃は思ったが、口には出さずにおく。
「隅野さん、依頼は受理します。どこまでの成果が出せるかは分かりませんが、受ける以上は学園として全力を尽くします」
「よろしくお願いします‥‥!」
 花枝は深く、強く頭を下げた。佳澄はその姿を見て、また気持ちを強くする。

 ──あたしには戦う力がある。得意だなんて言えないけど、間違いなくそれはあるんだから。

 今は、出来ることを、全力で頑張ろう。
 それがいろんな人の為になる。それだけはきっと、間違っていないはずだから。


リプレイ本文

 鐘田将太郎(ja0114)は窓際で思い耽っていた。
(二年ぶりか‥‥)
 同行者の一人、春苑 佳澄(jz0098)と以前に顔を合わせたのは、彼女が学園に来て初めての戦闘依頼だった。一緒に戦うのはそれ以来だ。
 まだ戦いに不慣れだった佳澄に対し、将太郎はずいぶんと厳しく接した自覚がある。
 窓の外を見るとも無しにしていると、ガラガラと扉が開く音がして、件の少女が入ってくる。
 さて、どう思われているのか──。
 しかし将太郎の心配をよそに、彼女は懐かしい姿を見つけるなり、飛びつかんばかりに駆け寄ってきたのだ。
「鐘田先輩! お久しぶりです!」
「おっ、と‥‥。春苑、久しぶりだな」
 再会の挨拶を口にしながら、将太郎は気持ちがほぐれていくのを感じていた。

「内容は聞かせてもらったよ」
 黛 アイリ(jb1291)が天風 静流(ja0373)と並んで、佳澄に声を掛けた。
「割に合わない仕事というのも、偶にはいいだろう。安請け合いばかりでは困るけれどね」
「えへへ‥‥」
 静流の口調に責めるような色はない。佳澄は少しだけばつが悪そうに笑った。
「昔、お父様のいる会社でも、アンリと同じ位の子がなけなしのお金で依頼をしてきたことがあるであります」
 この中では最年少のアンリエッタ・アルタイル(jb8090)が、はきはきした口調で言う。
「お金を受け取っているなら仕事はきちんとやるであります」
「復興に優先順位が付くなら、それをわたし達が補うだけ。やってみよう」
「うん、頑張ろうね!」
 身体全体で頷いてみせる佳澄の肩を、将太郎がぽんと叩く。
「あれから随分経つが、少しは実力付いてきたか? この依頼で拝見させてもらうぜ」
「む、見てて下さい、あのときとは違いますからね!」
「‥‥無理は禁物で頼むよ」
 ころころと表情を変える佳澄の背中に、アイリが言葉を投げかけた。

 金鞍 馬頭鬼(ja2735)の心には、以前の依頼での失敗がしこりのように残っている。不足していたのは力か、心か。はたまた両方か。
(自分が出来る事をやろう‥‥)
 人の輪の中で笑う少女と、奇しくも同じ意思を刻む。
 この依頼が無事に終われば、少しは心も晴れるだろうか。



 群馬県伊勢崎市、中央からはやや北西に離れた辺り。
 等間隔に並ぶ住宅は、遠目にはさほど荒れていないように見える。
 だが近づいてみれば、荒廃ぶりは明らかだった。草木は野放図に伸び、アスファルトの道はひび割れている。崩れかけている家屋も珍しくなかった。
「こりゃ、ひどいな」
「人が人として機能していない場所は、荒みますから」
 周囲を見回す将太郎に、東條 雅也(jb9625)が答えた。
「早くここも解放しないといけませんね」
 もちろん、それが最初の一歩にすぎないことを、彼は知っている。
 そして、それこそが自分の仕事だ。

 一車線の細い道を進むと、やがてY字路が見えてきた。道に挟まれた家は他よりも一回り大きく、屋敷といっていい。
「‥‥いやがったな」
 向坂 玲治(ja6214)が投げ捨てるように言った。
 左の道に、複数のリザードがたむろしている。屋敷を警護しているかのようだ。
「大きいのがいますね」雅也は半分崩れた塀の奥を覗いた。「あれがリーダーでしょうか」
 馬頭鬼はぎらつく目で敵を見据え、両手を組み合わせる。
「サクっとぶっ飛ばして終いだ、さっそく始めようぜ」
「待って」
 アイリが声を発した。「右にもいる」

 Y字路の右には、天使のようなフォルムの、半透明の体を持った天魔が二体、ふわふわと浮かんでいた。
「あんなの、この辺りに出たのか?」
 嶺 光太郎(jb8405)が訝しんだ。
 この地域でのディアボロのデータは、斡旋所から渡されていた。リザードはその中に記載されていたが、あのような天魔は記されていない。
「‥‥まあいいや」
 今はとにかく、依頼を果たすことにした。

 玲治は光纏すると、半透明の天魔──エンジェルスライムを指し示した。
「あいつの足止めは俺がやろう」
「わたしも行く。みんなはリザードの相手に専念して」
 アイリが彼の隣に並び、他の仲間達を見渡した。
「佳澄も、いい?」
「うん、わかった!」

「それにしてもでっかいトカゲなのです。きっちり倒してアンリもプロとして仕事が出来る事を証明するのであります」
 自分の倍はありそうだ。アンリエッタは意気込む。
「群馬は徐々に復興しつつあるっていうのに、順番待ちの間に壊されちゃ大変だ」
 右腕に炎のオーラを纏った将太郎もリザードを見据えた。
「さあ、追い出しといこうぜ!」



 リーダーがこちらに気づいて何事か叫び、屋敷の奥からばらばらとリザードが飛び出してくる。弓を持つ物もいるようだ。
 静流は背丈ほどもある弓を構え、引き絞る。
 放たれたアウルの矢はリーダーの頭めがけて飛ぶが、すぐ近くにいた剣装備のリザードが射線に割り込んできて、身代わりに受けた。
「いきなり将を叩くのは難しいか‥‥ならば数を減らす」
 前線に向かう人数を見て、静流はそのまま弓を構え続ける。

 光太郎は翼を広げ上空へと飛んだ。屋敷を俯瞰し、敵の位置を探る。
「塀の向こうに剣持ちが四、弓が三!」
「了解」
 眼下のアイリが応じ、塀の向こうへと狙いを付けた。
 彼女の作り出した彗星群が空気を震わせて落ちた。彗星は風化が進んだ塀をたやすく砕き、その向こうにいた三体のリザードをも巻き込む。
「結構数がいるな‥‥面倒くせえ」
 その様子を見ながら光太郎はつぶやくが、ふと逆の道路を見たときに気がついた。

 スライムが浮遊しつつ近づいてくる、そのさらに奥。
 西洋の城館ならばともかく、日本の住宅街には全く不似合いな西洋甲冑が、路地の角のひっそりと立っていた。
「あれも、天魔‥‥か?」
 やはり、情報にはないタイプだ。すでに戦闘が始まっているというのに動き出す気配もなく、こちらを観察するかのように佇んでいる。
 気にはなるが、すでに戦闘中だ。彼の元へも矢が飛来した。
「っと‥‥まあ、とりあえずこっちからか」
 間一髪で躱した光太郎は、再び武器を構えなおした。

 地上ではアンリエッタが双銃からアウルを迸らせてリザードを狙う。二足歩行でこちらに相対する敵の腹を狙い、確実にダメージを与えていく。
 彼女の脇を雅也、馬頭鬼がすり抜けていく。雅也はリーダーを狙うべく屋敷へと向かうが、道幅が狭く槍を構えて迫る相手をやり過ごない。
 馬頭鬼は道幅の狭さを利用した。アイリがすでに阻霊符を発動していたので、敵の動きも地形に制約される。雅也と武器を交えていた相手の横腹に回り込むと、気合いを込めてアウルを穿つ。衝撃はその奥にいたもう一体を巻き込んだ。

 将太郎は道の奥へと走りながら狙いを定めた。
「こっちに来やがれ、トカゲ野郎共!」
 派手に叫びながら飛び上がり、リザードのあご面へ向けて華麗な跳び蹴りを決めた。
「引きつけてる間に、邪魔な奴らを頼むぜ」
 仲間に向けて見得を切る将太郎に、リザード達が敵意の視線を向ける。それ自体は狙い通りだ。
 蹴り飛ばした相手の反撃を躱す。次いで右から槍の一撃。リザードの後ろから、さらに別の槍が突き通ってくる。おまけに矢も飛んできた。
 一つ一つは将太郎からすれば取るに足らない威力だが、数が多い。
「っと、効き過ぎたか!」
 彼の攻撃は注目を集めすぎてしまったようだ。さらに槍持ちを回り込んで、数体の剣持ちリザードが将太郎の空いた左側面を狙って突っ込んでくる。
 が、それよりも早くそこに立つ味方の影。
「先輩、援護します!」
 佳澄が棍を構えて、リザードを牽制していた。
「春苑か‥‥無理すんなよ」
 がむしゃらに走るばかりだった二年前からの成長を感じ、将太郎は口の端をほころばせた。


「クリオネ見たいな外見しやがって‥‥人気取ろうたってブームは過ぎてるんだぜ」
 玲治はエンジェルスライムの前に立つと、指をくいと曲げて挑発する。スライムどもはそれこそ水族館の水槽にいるかの如く漂い、玲治の声を聞いているのか定かでない。一体は彼の脇をすり抜け、銃を構えているアイリの方へ流れていった。
 眼前の相手から触手が伸ばされた。玲治は槍を振ってそれを払う。威力は大したことはないが、一瞬電撃のような痺れる感触があった。
「何か持ってやがるな‥‥」
 しかし、動きを阻害されるには至らない。反撃とばかり、彼は一度体を沈み込ませる。
「覚悟しろよ。俺の一撃は痛ぇからな」
 槍を振りかぶり、膂力でもって叩きつける。天使の片翼がちぎれ飛び、地面に落ちてどろどろと形を失った。
 だが、本体はまだ宙を漂っている。
 玲治は舌打ちし、もう一発お見舞いしてやろうと槍を構え直す。
 そのとき後方から殺気を感じた。
 咄嗟に身を引き、振るった槍に鋭い衝撃が加わって鈍い音がした。
 見れば、こちらへ銃口を向けて呆然と立っているのはアイリだ。
「あ、れ‥‥わたし」
(幻惑か!)
 アイリに大丈夫か、と声をかける。我に返っていたアイリは頷いた。
「ごめん」
「気にすんな。それより、こいつらを抑えなきゃな」
 メンバーでも上位の抵抗力を持つ彼女でも防げないことがあるほどの能力だ。
 リザードの相手をしている仲間たちの方へ向かわせるわけには行かない。
(それにしても)
 アイリは気を強く持つように意識しながら、表情の伺えない敵を見る。
(思った以上に手応えがない。こいつら、ディアボロじゃないのか?)



 リザードリーダーは初期位置から動かず、なにやら声を上げながらほかのリザードに檄を飛ばしていた。将太郎に殺到していたもの達も少しずつ我に返っている。
 弓を持つ三体は紅い翼の光太郎を狙う。鋭い矢が立て続けに降りかかり、そのうちの一本が彼の肩口に突き立った。
「‥‥そうだ、こっち狙っとけ」
 痛みに顔をしかめながら、不規則な機動で残りの矢を躱す。地上と違い、彼の動きを遮る物はいない。そのまま塀を越えて敵に迫る。
「‥‥あの辺か」
 静流の先制攻撃をかばったリザードに狙いを付ける。自分に矢を当てたリザードもおまけだ。
 炎が地上を舐めるように直進してリザードを巻き込んだ。

 雅也はリザード二体を相手取っていた。リーダーは今少し先にいる。
 正面からの剣を右で受け流し、返しの左で斬りつける。相手は怯んだが、その隙を埋めるように左から槍が伸びて彼のわき腹をかすめ斬り裂いた。
「‥‥結局、俺はどこにいても変わらないってことか」
 つい、自嘲気味な笑みとともに独り言が漏れた。
 突っ込んでいって斬りつける。それだけだ。彼はハーフだが、悪魔として暮らしていた時期がある。その頃と、やっていることはなにも変わらない。

 体の痛みは増している。何か手がなければ、突破できないかもしれない──。

 後方から盾を構えて突っ込んでくるものがあった。
 彼──馬頭鬼は雅也の左にいたリザードを強襲してリザードの右手首を叩き、槍を取り落とさせた。
 そしてそのまま背後に回り、腕を強引に捻りあげる。敵の体を盾とした馬頭鬼は銃を顕現すると、雅也の正面にいたリザードの頭を打ち抜いた。
 馬頭鬼は無言のまま、雅也に先を示した。行け、と。
 雅也も頷きだけを返し、そこを抜けた。

 やっていることは変わらない。変わったのは立場だ。人間の為に戦うと決意した、かつてとは違う心根で、自分に出来る事をする。今の心境を、彼はこう評した。
「悪くない気分だな‥‥割と」


 後方から弓の射撃を続けていた静流は、敵の陣容を見て取って呟く。
「‥‥頃合いか」
 リーダーを護衛する敵も、その前でこちらを押しとどめる敵ももはや十分ではない。
 左からリザードを迂回し、リーダーを目指す。
「佳澄君」
「静流さん‥‥はい!」
 前衛を張っていた佳澄に促すと、彼女は縄を解かれた犬のように駆けだした。

 リーダーの周囲には残り二体の剣持ちリザード。そのうち一体は、光太郎の援護を受けた雅也が斬り合っている。
 逆側の一体のもとに佳澄がたどり着き、棍を薙ぎ払って相手の動きを止めた。
 リーダーは憤慨したように地団駄を踏んだ。大剣を振り上げて佳澄を叩き潰そうとする。
 だが、入れ替わるように静流が現れた。
「手間を掛けさせてくれたな」
 薙刀をすらりと構え、泰然とした姿は一瞬。
 虹色の光跡を描く連撃が目にも留まらぬ早さで相手を滅多打ちにした。

 技を撃ち終え、体勢を崩しながら静流は敵の姿を見る。
 リーダーは両腕をもがれた無惨な姿で、しかしまだそこに立っていた。瀕死には違いないが、息がある。
 喉から絞るような音を出すと、後ずさろうと。しかしそこにはすでに人がいた。
 気配を隠して接近していたアンリエッタである。
 彼女はリーダーのわき腹に向け、待ちかねたように右パンチを繰り出した。
 動きを止めた相手の正面へと回り込む。身長差のおかげで、彼女はすっぽりと懐に入り込んだ。
 渾身の左アッパーが顎を打ち抜き、リーダーをK.O.する。

「武器を持っているとはいえ二足歩行など、折角の爬虫類型の利点を潰してしまう行為。甘いのであります!」

 拳を突き上げ、アンリエッタは高らかに勝ち誇るのだった。


 統率者を失った残りのリザード達の動きは、明らかに変わった。
「ここからは殲滅戦だな」
 馬頭鬼は残党の中の残党と化したリザードを見据え、腰を屈めた。
「悪いが、ウサを晴らさせてもらうぜ!」
 猛然とタックルしてマウントを取ると、一心不乱に武器を振るい始めた。


 玲治とアイリの足下では、もはや動かぬゲル状物質と化した天魔が道路を汚していた。
「向こうもじき終わりそうだね。回復の準備をしておいた方がいいかな」
 アイリは仲間の方を見たが、玲治はスライムのいた道の先を見据えていた。
 天魔の死骸を踏み越えてその先へ向かう。
 そこには、光太郎が見つけた銀仮面が、そのままの姿勢でそこに立っていた。
 玲治は声が届く場所まで近づいた。
「お前は何者だ? 天界勢力の偵察か?」
 明らかにリザードの仲間ではない。スライムも含めてだ。

 仮面はなにも答えない。
 ただふわりと地面から浮き上がると、音もなく後退していった。



「終わりましたね」
 ディアボロの死骸が多数横たわる一角は、静寂を取り戻していた。
「これで、この辺も本格的に復興が始まるといいんだがな」
 将太郎はメガネの位置をなおしながら言う。
「ああ‥‥だが」
 玲治の表情は晴れやかなものではなかった。
「さっきの奴、写真撮っておいたぜ。斡旋所にも報告した方がいいだろうな‥‥面倒くせえけど」
 光太郎が戦闘に加わらず去っていった銀仮面の姿を端末で確認している。

「まったく、あっちを叩けがこっちが出てくるか‥‥。もう一波乱、ありそうな気がするぜ」
「余り大事にならないで欲しいけど」
 玲治が言い、アイリが息を吐いた。


 果たしてこの地域に人々が戻るのはいつのことになるのだろう。
 初夏の日差しだけは高らかに降り注ぐ中で、そんなことを思うのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: いつか道標に・鐘田将太郎(ja0114)
 崩れずの光翼・向坂 玲治(ja6214)
 銀狐の見据える先・黛 アイリ(jb1291)
重体: −
面白かった!:6人

いつか道標に・
鐘田将太郎(ja0114)

大学部6年4組 男 阿修羅
撃退士・
天風 静流(ja0373)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
金鞍 馬頭鬼(ja2735)

大学部6年75組 男 アーティスト
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
銀狐の見据える先・
黛 アイリ(jb1291)

大学部1年43組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
アンリエッタ・アルタイル(jb8090)

中等部1年2組 女 ナイトウォーカー
無気力ナイト・
嶺 光太郎(jb8405)

大学部4年98組 男 鬼道忍軍
撃退士・
東條 雅也(jb9625)

大学部3年143組 男 ルインズブレイド