立ち入り禁止エリアの外に、今日の任務にあたるメンバーが集まっている。
「ほぉ、俺が生まれる一年前に埋めたのか‥‥」
依頼書を再確認して興味深そうにつぶやいたのは蔵九 月秋(
ja1016)。
「過去から、現在宛の気持ち、ちゃんと届くといいなぁ‥‥」
願いを込めて、天音 みらい(
ja6376)が言う。
叶うかどうかは、自分たち次第だ。
今回の依頼の目的は、依頼者自身が埋めたカプセルを掘り出してくること、それが第一。
彼の親友の埋めたカプセルを見つけることは必須ではない。だが。
「プラスアルファの仕事をしてこそ、プロってものでしょう?」
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の言葉に、反論するものはいない。
「同じ撃退士としてのよしみもあります。タイムカプセルを掘り出して、少しでも無念を晴らしてあげたいじゃないですか」
ゲートコア破壊の為に戦って死んだという男の、カプセルは遺品のひとつともいえるだろう。
「想い出、か‥‥俺には分からないけれど、きっと大事なものなんだろうね」
少し離れた位置で煙草をくゆらせる真野 恭哉(
ja6378)は、ほかのメンバーよりはいくらか冷めた態度に見える。周囲と距離を置いていた過去がそうさせているのだろうか。
「記憶は、尊いもの。それが形にあるのなら、せめてその手に返してあげたいです」
そう言う夏野 雪(
ja6883)の背には、いつも背負っている大盾がない。今日はなるべく敵に見つからないよう進む隠密作戦。そのため、目立つ大盾は預けてきてあるのだ。
「‥‥私は盾。今度こそ、守ってみせる」
だが、盾の一族としての精神は変わらない。
「‥‥行きましょう」
強い決意を秘めて、皆に出発を促した。
人の気配の消えた町──建物などはさほど損壊が見られない。
電気の供給をカットされ、信号機すら灯りの消えたそこは異常なまでの静謐に包まれている。
今はまだ姿の見えないディアボロに警戒しつつ、八人は四人ずつ二班に分かれて探索を開始した。
●A班は公園から
「よし、こっちだ」
聴覚を研ぎすまして動くもの、すなわちディアボロの気配を探りつつ、月秋が同行者を先導する。
「さあて、ドンパチもいいが埋まっているカプセルが怖がって隠れないようにしないとな」
ニヤつきながら、足取りも口も軽やかに進む。
字見 与一(
ja6541)がそのすぐ後を。
彼らからきっちり二メートルの距離をとって、月水鏡 那雨夜(
ja0356)がついていく。
「もう少し、近づきませんか?」
「男の人‥‥怖い、から‥‥」
雪の言葉に、ぽつりと一言。
依頼者の実家前を通るが、素通りする。危険度も低く、場所もはっきりしている依頼者のカプセルは後回しにして、もう一つのカプセルの捜索に時間を割くというのが彼らの作戦だった。
公園までは一度の接敵もなく到着した。公園内も、ざっと見た限りではディアボロの気配はない。
「あの木、ですね」
依頼者から借りた公園を写した写真の中で、二人の少年が一本のイチョウによじ登ってポーズを取っている。雪は写真と照らし併せて、一本のイチョウを指し示した。
「ところで、実際に掘り出すのは誰がやるんですか? 一応、道具は持ってきましたけど」
与一がそう言った途端、
「じゃ、俺は敵が来ないか見張ってるから。頼んだぜ」
さっさと背を向ける月秋。
「あれ?」
与一の目が泳ぎ、那雨夜と目があった。と思ったら、いきなりアサルトライフルを突きつけられた。
「に゛ょおっ!?」
奇声を上げる与一。
「近づくと‥‥撃つかも‥‥」
「わ、分かりましたからそれ降ろして!」
メンバーでは雪も道具を持っていたが、彼女は四人の中では唯一前衛に立てる能力を持っており、発掘に集中させるわけにもいかない。
「仕方ないですね‥‥やりますか」
与一は腕をまくると、イチョウの根元にかがみこんだ。
●B班は小高い丘を登る
残りの四名はさらに先行し、シイの大木があるという丘への道を進んでいた。
エイルズレトラが遁甲して少し先をいき、ディアボロの姿がないことを確認してから他の面々を招き寄せる。
(ぬっきあーし、さっしあーし)
御子柴 天花(
ja7025)が、足音を殺して彼の元へ真っ先に近づく。
続いてみらい、最後尾から恭哉が続いた。
エリアの中心に近づくにつれ、徐々にディアボロの気配も色濃くなってくる。一行はできるだけ敵をやり過ごしながら慎重に進んだ。敵の集団に見つかって立ち往生する羽目になるのに比べたら、この方が結果的には早く目的地に着くはずだ。
件のシイは、丘のてっぺんにまさにシンボルとしてそびえるように生えていた。
「やれやれ‥‥たまには肉体労働もいいものなのかな?」
恭哉が道具を手に根元を掘り返しはじめたちょうどそのタイミングで、周辺からディアボロが姿を現す。オーガーはいないが、そこそこの数だ。
道中なら敵を避けることはできても、発掘作業中はそうはいかない。
恭哉をそのまま発掘に従事させ、他の三人が彼を守る陣形をとった。
「発掘作業の時間を稼ぎましょう!」
エイルズレトラが苦無の一撃でデーモンバットを蹴散らす。
「わーかってるってー。へいへい、かかってこないならあたいから行くよー!」
わかってない。
天花は猪突猛進、大太刀を構えてグールの群につっこんでいく。
「盾にはなれないが、時間稼ぎくらい‥‥!」
忍術書を手にみらいが言葉を紡ぐと、生み出された光球が飛びかかろうとしたグールドックをはじきとばした。
ディアボロの一体一体はさほど強くないが、戦闘の音に引かれて後続が集まってくる。
恭哉は依頼者が埋めた当時小学生であったことを考えてあまり深くまで掘り返さず、手早く作業を進めているが、カプセルはまだ見つからない。
●成果なく
「公園は、はずれ、ね‥‥」
腰を上げて雪がつぶやいた。
「B級映画じゃねぇんだから、もっと連れて来いよ‥‥ったく張り合いのねぇ」
そういう月秋の足下には、数体のディアボロが斃れている。この周辺にはそもそもさほど数がいなかったのか、発掘中に襲ってくるディアボロもわずかなものだった。
那雨夜が雪のそばへ近づき、持参していたスポーツドリンクを手渡す。
「水分補給は大事‥‥」
雪が礼を言って受け取ると、那雨夜は続いて男性陣二人を見やり、おもむろにドリンクを投げた。
「おっと」
「わっ」
驚きつつも、キャッチする月秋と与一。
作業中も含めて二メートルの距離は頑なに守られていたが、彼女なりの気づかいを感じて、二人は那雨夜に礼を述べた。
A班は公園を離れ、依頼者の親友の実家へ向かう。
候補地の中でもっとも危険度が高いエリアだ。
●移動したいが‥‥
B班も丘での発掘はすでに見切りをつけ、次の目的地である小学校へ向かおうとしていた。
だが、見晴らしのよい丘の上で作業し、戦闘もこなした彼らはディアボロに目を付けられてしまっている。
敵は強くないとはいえ、絶えることなく、時には集団で現れる相手にメンバーは苦労していた。
「どうだーっ」
グールに大太刀を一閃させた天花はポーズを決めるが、彼女もすでにあちこちに負傷している。
メンバーを分けたこともあり、普段は後方援護役のダアトであるみらいなども敵前にさらされている。チームで無傷なのは、発掘担当だった恭哉だけだ。
その恭哉も、今はピストルを片手に戦闘に加わっている。
戦闘が続けば傷が増えるだけでなく、時間も過ぎていく。日が暮れるまでにカプセルを見つけださなければ、依頼達成は困難になってしまう。
「くっ‥‥こっちです!」
苦無でグールドッグを足止めし、エイルズレトラが声を上げる。
事前に周辺の地図は頭に入れてある。チームの先導役として、少しでも戦闘を避ける道を見つけだそうとしている。
「悪いけど、イチイチ構っていられるほど暇じゃないんだよね」
恭哉は腰のガンベルトからリボルバーを抜き放ち、追いすがるグールドッグの足を早撃ちで吹き飛ばすと、エイルズレトラの後を追った。みらいもすぐに続く。天花は眼前の敵にとどめを刺してから踵を返した。
●A班、迫る脅威
親友宅には、依頼者が語っていたとおり目印となるような大きな木はなかった。
メンバーが庭に立ち入るなり、塀を越えてデーモンバットが襲いかかる。那雨夜が素早くライフルを構え、撃ち落とした。
「あれは‥‥!」
道に向こうを見やって、雪が息をのむ。グールを従えるようにしてこちらへ向かってくる一体の巨人。明らかに他のディアボロとは格が違う気配を漂わせている。オーガーだ。
すでにこちらの存在を気づかれているうえ、ここが目的地である以上作業が終わるまでは後退するわけにもいかない。
「ハッハー、良いぞ楽しくなってきた」
真っ先に交戦の意志を示したのは月秋だ。
「トリガーハッピーに行こうぜ!」
オーガーに先制の一撃を撃ち放つなり、彼は駆けだした。
「対応します。今は作業を!」
それを見て雪もオーガーへと向かう。不自然なまでに盛り上がった体躯の一撃を受け止められるのは、彼女しかいない。
那雨夜が庭に残って発掘をはじめた与一を護衛、与一は発掘に専念する。
目印はない以上、片端から掘り返していく他はない。服の袖を土で汚しながらも、与一は手を動かし続けた。
オーガーにただ攻撃しただけでは効果が薄い、と判断した月秋は、無謀にも距離を詰めていく。
目や指先など、弱点になりそうな場所をねらって発砲するが、相手もただ立っているだけではないため、なかなか効果的な一撃にならない。
「それなら──」
さらに距離を詰める月秋。オーガーが腕を振るい捕まえにかかるが、紙一重でそれを躱し、背後へ。
住宅の塀のうえに一息で飛び乗り、アクロバティックな動きで反転すると、巨人の肩の上に飛び乗った。
「ジャイアントキリングだ、木偶の坊‥‥寝てろ!」
相手が状況を把握するより早く、右目に銃口を押し当て、引鉄を引いた。放たれたアウルが巨人の眼球を破壊し、血が吹き出す。
だが、オーガーの動きは止まらなかった。
眼球の奥にあるはずの脳を破壊するには至らなかったのだ。巨人は脳すら筋肉で護られているのかもしれない。
月秋がその事実を理解し、新たな行動を起こすまで、相手は待ってくれなかった。
腕をとられた、と思った次の瞬間には、身体が宙を舞い、そのまま向かいの住宅の塀に突っ込んでいる。石壁があっけなく崩れて月秋を飲み込んだ。
右目を破壊された巨人の怒りは収まらず、崩れた石壁へと向かう。月秋は動かない。気絶しているのだ。
石壁の前に立ったオーガーが右腕を振りあげたとき、雪が走り込んできた。
具現化させたシールドを構え、両腕でその一撃を受け止める。
「ぐぅっ‥‥!」
盾越しに骨を砕かれたのではと思うほどの衝撃。天界よりの属性を持つ彼女は、ディアボロ相手ではダメージが増幅されてしまう。
だが、引くわけにはいかない。
これ以上、揺らぐわけにはいかない。
「来てみろ‥‥! 全て、私が止めてやる!」
治癒の力で自らを奮い立たせ、雪はシールドを構えなおした。
●B班、ようやくたどり着き‥‥
小学校へたどり着いたB班。A班から発見の連絡はまだ来ない。
依頼者から託された写真には、植樹直後の貧弱な桜の木しか写ってはいない。しかし、同じ場所にそびえている桜は立派なものだった。冥魔の侵攻にも折られることなく、今は緑の葉を繁らせている。
そこそこ広い校庭には、何体かのディアボロの姿がある。だが幸運なことに数は少なく、オーガーの姿も見えない。
「急いで探しましょう」
エイルズレトラと恭哉の二人が桜の周辺を掘り返しはじめる。
「よっしゃー、校庭のでぃあぼろはあたいにおまかせー」
「う、うちも行きます‥‥!」
天花が喜々として敵に突っ込んでいく。みらいがフォローすることで、陽動の形となった。
そして、五分後。
恭哉が、土の下に固い感触を見つけた。
注意して掘り出すと、ゲームの宝箱のようなしゃれたデザインの小物入れが。
「これか‥‥!」
「ふたりとも、見つかりましたよ!」
エイルズレトラが校庭の二人に呼びかける。彼女らが戻ってくるのを確認して、携帯電話を取り出した。
オーガーの襲撃で危機的状況にあったA班もこの連絡で離脱を開始。戦闘不能状態だった月秋も雪の最後の回復でなんとか持ち直し、オーガーの追跡を振り切ることに成功したのだった。
エリアから脱出する前に、メンバーは合流して依頼者の実家へ向かう。中心部と違って敵の気配はほとんどない。依頼者の指示した通りの場所を掘り返すと、程なくしてカプセルは見つかった。といっても、こちらのカプセルは贈答用のお茶の空き缶だが。
「これで、ちゃんと届くといいね!」
二つのカプセルを見つめ、みらいが笑顔を浮かべる。
「ふう‥‥なんとかなりましたね」
与一もうなずくと、那雨夜にもらったスポーツドリンクの残りを飲みほした。
あとはここから脱出し、依頼者にカプセルを届ければ依頼は完了だ。
●託された想い
「まさか、本当にあいつの分も見つけてくれるなんて‥‥」
依頼者・西ノ江はふたつのタイムカプセルを受け取り、笑顔を浮かべた。
「一応、中身を確認しますね」
西ノ江はそういうと、小物入れのふたを開く。
外箱は凝っているのに、中身はシンプルに折り畳まれたノートの切れ端がふたつと、おそらく当時流行ったのだろう、ホログラム仕様のカードが一枚。
紙切れを一つ取り上げて、中を覗く。
「これは、あいつ自身への手紙でした。書いてあることは、予想通りでしたけど」
西ノ江は再び紙を畳むと、小箱へ戻した。
「あいつの夢は、ヒーローになることでした。その話は何度も聞かされたので、よく覚えてます」
過去を懐かしむかのように、目を細める。
「手紙には──二十年後の俺は、ヒーローになっているか? なってるなら、今度はスーパーヒーローを目指せ。約束だ──そう書かれていました。撃退士になる前から、あいつは私にはヒーローでしたけど、スーパーヒーローにはなれなかったな‥‥死んじまいましたからね」
彼はメンバーを見渡し、言った。
「もし重荷でなかったら、あいつの想いを引き継いでもらえないでしょうか。あいつと同じ、撃退士であるみなさんなら、それができると‥‥思うんです」
その言葉に、メンバーがなにを思ったのかは、ここには記すまい。
答えは、彼らそれぞれの心の中にあればいいのだから。