七人のメンバーが、山道を歩いている。
春苑 佳澄(jz0098)は、彼女を誘った強欲 萌音(
jb3493)や天風 静流(
ja0373)らと一緒にその中にいた。
今日は山でキャンプだ。
「大きい荷物は俺が持ってあがるよ〜」
星杜 焔(
ja5378)が小天使の翼を広げて、足場のあやしい場所をひとっ飛び。
(いつも元気な佳澄ちゃんがしょんぼりしていた‥‥これはほっとけないのだよ〜)
彼女が下を向いて斡旋所に帰ってきたとき、部屋の角から様子を見ていた焔であった。
「春苑さん、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」
黄昏ひりょ(
jb3452)も気遣う。
「あれから約二年、か」
佳澄は学園転入直前、天魔との戦いに乱入してひと騒動起こしたことがあった。アスハ・ロットハール(
ja8432)は静流とともに、その場に居合わせていた。
さらに言えば、あれはアスハ自身、初めての戦いでもあったのだ。
振り返れば、すでに懐かしくもある。
「で、こちらに来てから夢の進捗はどうか、な? 流石に無鉄砲に突っ込まなくなったとは思う、が」
「う、うー‥‥」
アスハの言葉がちょっと耳に痛い。
「あのときに比べれば、だいぶよくなっていると思うよ」
静流がフォローしたが、やはりどこか浮かない様子の佳澄であった。
●
「んっ‥‥やはり山の上は空気が違うな」
生駒 カコ(
jb9598)は見晴らしの良い場所に立ち、そよぐ風を吸い込んで胸を反らせた。
ほどよい運動といつもとは違う景色のおかげで、そうするだけですがすがしい気持ちになることができた。
(彼女も、そうだといいのだが)
「それじゃ、ごはんをつくろうか〜」
焔が嬉しそうに皆に呼びかけた。
「キャンプといえば! カレー! だね〜」
朗かな笑顔でバックパックから持参した食材を取り出していく。
「皮むきでも手伝う、か」
アスハがジャガイモの詰まった袋を取り上げる。
「私はテントの設営をしてこよう」
「あたいも行くっすよ!」
静流と萌音が離れていくのに、佳澄はついて行こうとするが。
「ハルソノは、こっちを頼む」
アスハが呼び止めた。彼はナイフの刃を持って、柄の部分を佳澄に向けている。
「えっ、と‥‥あの、あたし、料理は‥‥」
途端にしどろもどろの佳澄。アスハはなお促した。
「逃げてばかり、では先に進まん、ぞ?」
「う‥‥」
アスハはまっすぐに佳澄を見据えていた。対し、佳澄の目は泳ぐ。
気まずい沈黙がその場に居座りそうになったとき──。
「そのくらいでいいだろう」
カコがやんわりと二人の間に入り、佳澄の代わりにナイフを取り上げる。
アスハもそれ以上は言わなかった。。
「‥‥では、皮むきは僕とカコでやるとする、か」
佳澄は立派な春キャベツを洗っている。その隣で、アスハはカコと皮むきをしていた。
「‥‥結局は所詮道具、だよ」
アスハは手を動かしながら呟くように言う。
「何かを作るための、何かを守るための‥‥そして、何かを壊すための。何のために、など使い手の問題、だよ」
刃物の話、だろうか。
アスハは手元に視線を落としたまま、言葉を続ける。
「‥‥それは僕たちの存在も同じだと思うが、ね。天魔との戦いという視点だけで見るのか、特別な力として見るのか‥‥それだけなら、滋賀の彼らと何ら変わらん、よ」
「何のために‥‥」
佳澄は自分の手をみた。アスハはそんな彼女を横目で眺めて、小さく笑った。
「別に天魔だけが脅威でもないし、な‥‥そもそもアウルがあったところで料理がマトモにできるわけでもなし」
そう言うと、彼はだいぶ小さくなってしまったジャガイモをボウルに放ったのだった。
「キャベツ洗えたよ、星杜くん」
「ありがとう〜じゃあそのままサラダ作りをお願いするよ〜」
「えっ‥‥と」
佳澄はまた体を固くした。
「春苑さん、一緒にやりましょうか」
ひりょがさりげなく隣に立つ。焔は二人に向かって笑いかけた。「それじゃあね‥‥」
「こ、このくらいでいいかな?」
「もう少し細かい方がいいと思いますよ」
「わ、わかった!」
佳澄はひりょと二人で、水気を拭いたキャベツを手でちぎっていた。
「てっきり、包丁で切るのかと思ったけど‥‥」
「この方が繊維が破壊されないから、瑞々しくシャキシャキにしあがるんだよ〜」
刃物を使わずに作れる料理もあるということだ。
「俺も最初から何でも作れたわけじゃないんだ‥‥料理を始めた頃は失敗ばかりだったよ」
「星杜くんが‥‥?」
佳澄は何度も彼の手作り料理をごちそうになった経験がある。今だって、会話をしながらも彼の手元は淀むことがない。
「どうしてもいつも食べてた料理を再現したくってね‥‥」
焔は遠くを見るように目を細めた。
なんだって、最初の一歩は小さい。
(苦手意識、克服できるといいね)
熱心に手を動かす佳澄に、焔は心の中でエールを送った。
「キャンプファイヤーの準備をするっすよ!」
料理が一段落すると、萌音が待ってましたとばかりに手を挙げる。
「大きめの薪を集めてこないといけないな。とはいえ‥‥」
カコは考え込むような仕草をした。
「力仕事は遠慮したい。ぜひとも『体を動かすのが好きな人』に頼みたいんだが、どうだろう?」
片目でちらりと見やる。
佳澄は一拍遅れて、跳ねるように返事をした。
「うん、あたし、行ってくるよ!」
返事も待たずに駆け出す。カコが後ろ姿を見送っていると、アスハがつっついた。
「演技力はもう少し、だな」
「‥‥そうかな。まあ、適材適所ということだ」
目的は果たしたのだから問題はあるまい、とカコは苦笑した。
「いいと思いますよ。俺も、手伝ってきますね」
ひりょが二人にうなずいて、佳澄の後を追った。
佳澄は林の中に入って、骨組みとなる枯れ枝を探す。
「大きめのがいいよね‥‥これとかどうかな」
自分の背丈ほどもある枝がごろりと落ちている。抱えてみるとバランスが取りづらく、少々よろけた。
「こっち、持ちますよ」
ひりょが佳澄の肩から突き出た枝の先に手を添えた。
枝の両端をそれぞれ持って、来た道を戻る。
「あの‥‥今日って、あたしのため、なんだよね」
佳澄がぽつりと言った。
「なんだか、申し訳ないな‥‥」
皆といるときには隠れていた表情。やはりまだ少し、落ち込んでいるのだろうか。
「俺たちは一般の人に出来ないことが出来る。それゆえに敬遠される事も時にはある」
ひりょは笑った。
「俺も幼い頃そうだったから‥‥」
「ひりょくん‥‥」
その笑顔は少し悲しげで、佳澄の心根を映したかのようでもあった。
「こんな力があるばっかりに、と憎んだこともあった。でもな‥‥」
独白めいているからか、ひりょの口調は普段より少しばかり砕けている。
「俺達には俺達だからこそ出来ることもあると思うんだ。今後も辛いことはあるかもしれないけど」
「うん‥‥」
言葉の意味をかみしめるように、佳澄は神妙にうなずいた。
「俺の夢‥‥『笑顔が守れる存在』になりたいんだ」
ひりょの表情から沈んだものが消えた。
「そのために、この力を使いたい。もちろん春苑さんの笑顔も取り戻したいな」
林が切れて、太陽の光が二人を照らした。佳澄はどんな表情をしていただろう。
●
「ごはんができたよ〜」
キャンプファイヤーの骨組みも組み上がったころ、焔がお鍋のふたをおたまでガンガンと鳴らした。
「いただきまーす!」
七人の声が重なった。
「うん、おいしい!」
「空の下で食べるとひと味違うな」
「やっぱりカレーだね〜」
まずは焔特製のカレーを存分に味わう。
「サラダは、春苑さんも手伝ったんですよ」
ひりょがそう言ったのを皮切りに、春キャベツのサラダにも箸が伸びた。
「あたしは、キャベツちぎっただけですけど‥‥」
そうは言っても気になるらしく、上目遣いで静流をみた。「ど、どうですか?」
「ああ、美味しいよ」
静流が答えると、佳澄は照れたように笑うのだった。
「おかわり、まだあるよ〜」
「残っているなら、もらおうか」
「カコちゃん、よく食べるねえ」
焔に向かって皿を出すカコを佳澄が目をまん丸にして見つめている。
アスハが深い紺に染まりつつある空を見上げた。「いい頃合い、だな」
「おっ、やるっすか? いよいよっすね!」
萌音が待ちきれないといった様子で周りを見る。「火はどこっすかね?」
「俺がつけるよ〜」
カレーも完売となった焔がキャンプファイヤーの骨組みに近づき、光纏した。
その手から生み出された『トーチ』の炎が火種となる。かまどの火もこの力だった。
骨組みの中へ移されたそれは周囲の小枝を燃やし、やがて太い薪へと燃え移り大きな炎となった。
炎の周りに皆で寄り添うように座り、とりとめのない話をする。
萌音が不意に肩を揺らして笑った。
「いやあ‥‥人間してるっすジブン!」
萌音は炎を見やる。
「あたいは悪魔っすから、人間様よりフツーに風当たりキツイっす。‥‥バケモノと陰口されることもままあるっす」
言葉に感情はこもらない。金の瞳が炎に照らされてゆらゆら揺れている。
佳澄は撃退士だが、人間だ。先日の体験がショックだったのは、そうした扱いを受けることがまだ少ないことの裏返しでもある。
撃退士である以前に悪魔である萌音の日常は佳澄には想像しきれないだろう。
「でも、あたいのコトを受け入れてくれた人間様もいるっすよ」
萌音は佳澄を見た。顔の半分が光から遠ざかったが、声は明るくなった。
「悪魔にもイロイロいるっす。トーゼンっすけど人間様にも」
人格は種族では決まらないのだ。
「いつか戦いがゼンブ終わったら」
萌音は言う。
「あたいは店を持ちたいっすね。お食事できる骨董品屋さんを開きたいっすよ!
‥‥なーんてちょっと欲張りすぎっすかね?」
「いいと思うよ〜」
「はい、素敵だと思います!」
焔が答え、佳澄も同調した。萌音は「そうっすか?」と照れ気味にはにかんだ。
「俺はね‥‥」
今度は焔が自らを語る。
「実は今でも殆ど戦闘には参加してないんだ」
「そうなの?」
目を見開く佳澄に、焔は頷く。「何をしてここまできたかというとね‥‥」
いくつかの体験を、語って聞かせる。ショウで夢を届けたり‥‥思い出の味を求める子に料理を作ったり。
戦うばかりが、アウルの力ではない。焔はその体現者だ。今日使って見せたスキルも、戦闘以外に応用の利くものばかりだった。
そんな彼だから、戦いの後のことも考えている。
「天魔の被害で家を失った子供達。彼らが幸せに暮らせる場所を‥‥って目標があるよ」
全部である必要はない。自分の腕の中に収まる範囲だけでも。
悲しむことすら忘れてしまうような、悲しい子供が一人でも減るように。それが焔の願いだった。
「戦いが終わっても、戦後処理もあるだろうし、すぐに平穏が訪れるとは考えにくいね」
かわって静流が口を開いた。
「私は特に明確な目標は決まっていないが‥‥」
そう言いながらも、静流の態度は泰然として、揺らぎなく見える。
「戦いが終わっても、この力と付き合っていくと思うよ。どういう形になるかは、分からないがね」
「みんな、結構しっかりと夢や目標があるんだな」
学園に来て日が浅いカコは、そこまでのものはまだ持っていない。
「私は‥‥私に何ができるのか。それさえまだわかっていないからな」
「でも、カコちゃんもしっかりして見えるよね。堂々としてるっていうか‥‥」
「そうかな?」
年上のはずの佳澄に見上げられる。
道が見えていない、という点では自分も彼女とさして変わらないな、とカコは思った。
「まずは戦いを終わらせないとな。出来る限り、誰も欠けさせることなく」
今はっきり言えることはそれだけだ。
(‥‥さて。私には何が出来るかな)
炎の先に、答えのきっかけくらいは転がっている気がして、カコはしばらくそこを見つめていた。
「俺の夢は──」
「笑顔が守れる存在、だね」
佳澄がひりょの代わりに言ってしまった。笑いが起きて、ひりょは少々くすぐったそうにしている。
アスハはそんな喧噪からは少し離れて、アルコールの缶を傾けていた。
「今を悩んで、未来を悩んで、こうして皆で騒いで‥‥撃退士など、所詮は肩書き、だな」
炎の向こうで笑いあっている彼らは、彼らでしかない。
そして自分も、自分でしかない。
「‥‥壊すしか能のない僕は、誰かの為に、誰かを壊していくのだろう、な」
今までも‥‥これからも。
「守るのも壊すのも、人の意志、か」
呟いた言葉は、炎に吸い込まれて消えた。
●
キャンプファイヤーの炎も消えようとしている。
一人になった佳澄が名残火を見ながら膝を抱えていると、隣から声がした。
「まだ、悩んでいるかい?」
「天風先輩‥‥えへへ」
静流は隣に腰を下ろす。
「春苑君‥‥いや、今回は佳澄と呼ぼうか。君はどうしたい?」
思いがけず名前で呼びかけられたことに驚いて、佳澄は静流を見た。
消えかけの明かりに照らされたその表情は、いつもよりどこか優しい。
「どうしたいのかな‥‥悩んでます」
佳澄の声に、悲観的なものはなかった。
「何でも出来るんだって、分かったから‥‥」
これまでがむしゃらに進むだけだった彼女は、今日初めて、自分の前に沢山の道があることに気づいたのかもしれない。
「今は沢山悩むといい‥‥こういうのは若い人の特権だよ」
「ひとつしか違いませんよ、あたしたち」
静流が佳澄の頭に手を置くと、佳澄は静流の肩に顔を寄せ、くすくすと笑った。
「それじゃ、お休みなさい。えっと‥‥静流、さん」
「ああ、お休み」
そして夜が更けていった。
●
「おはようございます!」
明けて朝。佳澄の弾けるような挨拶が皆を出迎えた。
「もやもやは吹っ切れたっすか?」
「吹っ切れては、いないんですけど‥‥」
佳澄は全員に向かって、一度大きく頭を下げた。
「みなさん、ありがとうございました! 昨日一日で、いろんな事に気づけたような‥‥そんな気がします」
顔を上げた佳澄の笑顔は、静流や焔がよく見知っているものだった。
「元気になって、よかったよ〜」
「星杜くんもありがとう! お料理も‥‥ちょっと挑戦してみようかな、って思えたよ‥‥刃物は、これから慣れなきゃだけど」
言いながら、ちらりとアスハを見る。
「そうだ、な」
「苦手なこととの付き合い方は大きく二つ。努力と工夫で以て克服するか、仲間との助け合いで乗り越えるか、どちらかだ。持論だが」
ニヤリとするアスハの横で、カコが言う。
「俺も頼るのは下手な方だけど」
ひりょは佳澄につられるようにして笑顔を浮かべている。
「それでも支えてくれる仲間がいたから、安心して背中を預けられたんだ‥‥多少でも、春苑さんのそういう支えの一人になれたらいいな、って思ってます」
「うん‥‥よろしくね!」
「さて、片づけをして、撤収、だな」
アスハの号令で、めいめいが下山の準備を始める。
「今日は昨日より、いい天気だな」
カコがふと見上げた空は、どこまでも青く広がっていた。