「布団型のディアボロ、で御座るか‥‥?」
緊急の応援依頼を受け取って、エルリック・リバーフィルド(
ja0112)はかくりと首を傾げたという。
「この時期は確かに、まだ布団から出辛くはあるで御座るが」
はてさて何を思って作られたのやら。
とにもかくにも時間が惜しい。一行は春苑 佳澄(jz0098)が待つ現場へ向かった。
●
鬼定 璃遊(
ja0537)と稲葉 璃々乃(
jb9278)は通りの先でぴょんぴょん跳ねているオフトンの群を見、それから顔を見合わせた。
「可愛いんだか、不気味なんだか」
少々呆れ顔で呟く璃遊とは対照的に、璃々乃は目をキラキラさせている。
「もぞもぞ動くオフトン! これは、大金チャンス?」
花柄オフトン、クマさんオフトン‥‥いろいろ可愛いフトンカバーを着せたら。
「貴方を心地よい眠りにいざなう自立型ゆるキャラオフトン! いいかも!」
「ディアボロだけどな」
「そうだったよ、リュー! 残念ながら成敗だね!」
璃々乃は璃遊に向けて気合いを入れて見せた。
「‥‥何とまあ、面妖だのう」
はぐれ悪魔・小田切 翠蓮(
jb2728)の目から見てもどうやらそうらしい。一方、もう一人のはぐれ悪魔、ファウスト(
jb8866)は思わせぶりに顔をしかめた。
「同じ悪魔だから分かる‥‥」
避難エリアの外側に残っている野次馬に向け。
「アレは非常に危険だ! 貴様ら今すぐそこから離れろ!」
少々大げさに手を振って、彼らを下がらせる。わざわざ顕現した蝙蝠のような暗闇色の翼がその言葉に信憑性を与えたらしく、いくらかは戸惑いながらもそこから去っていく。
(このくらい脅かしておけば、連中からディアボロに近づくようなことはあるまい)
実はファウストだってこんなディアボロは知らないのだが、まあ嘘も方便という奴であった。
「みなさん、来てくれたんですね!」
佳澄がやってきて、手短に情報を伝える。
「やられた撃退士はほっこりしてて悲壮感より満足感が漂ってるけど」
山と積まれた戦闘不能の撃退士たちを見て璃遊が言ったが、次には自分たちもそうなるかもしれないのだ。
「極楽極楽〜♪ 等と言いながら、本当に極楽に逝ってしまわぬ様に気を引き締めて掛からんとな」
翠蓮も片目の眼光鋭く頷く。
「こんなことと知ってたら、昨日はまとめサイト巡回も日参のMMOチャットも封印して20時には寝たのに! って赤ちゃんか!」
平素であれば昼夜を問わず睡眠がお友達の璃々乃が、セルフツッコミしつつちょっと不安そうなところへ、レグルス・グラウシード(
ja8064)が缶コーヒーを差し出した。
「よかったらどうぞ(*´∀`)つ」
「あ、ありがとー!」
●
「こんな危険なところにいられるか‥‥俺は後衛に戻らせてもらう!」
などと米田 一機(
jb7387)が口にしたから‥‥という理由ではなく、作戦として一行は前衛と後衛に分かれた。
「お兄ちゃん起こし隊として頑張ります!」
「ジジイの手荒い起こし方が嫌なら、寝るな」
一機、璃々乃、ファウストが後衛として、万が一眠ってしまうものがでた場合の対処にあたることに。
佳澄は一機に言われ、前衛に。
前衛は横一列、商店街の道幅いっぱいに広がって後衛への突破を防ごうという作戦である。
あれ、でも微妙に端っこに隙間が出来ているような‥‥?
「来たよ‥‥フトンが!」
璃遊が叫ぶ。その言葉通り、オフトンの群が思いの外機敏な動きでこちらに向かってきていた。
(全員が同時に捕まる訳にはいかぬで御座ろうな)
璃遊や翠蓮がオフトンに向かっていくのを見て、エルリックは突撃を控えた。一組のオフトンが彼女をも取り込もうと向かってくるが、最初の突撃を躱した後はじりじりと距離をとる。
鬼道忍軍である彼女にとって回避は得意技である。敵に囲まれない限りは時間を稼げるだろう。
一方、レグルスは突撃も回避もせず、迫るオフトンを待ち受けた。
その手には、商店街に設置されていた共用の消火器のホースが。
「よし、今だ!」
レバーを握り込むと、消火剤が勢いよく飛び出して正面に迫っていたオフトンに襲いかかった。
「これなら、挟まれても気持ち悪くて眠れません!」
得意満面のレグルス。ふかふかオフトンもあっという間にびしょびしょになったはず。
消火剤の噴射が終わる。オフトンは‥‥まだぴんぴんしていた。
「あ、あれ?」
消火剤の雫がオフトンからぽたぽた垂れてはいるものの、水分が中までしみこんだ様子は全くない。外見はオフトンでも、やっぱりディアボロなのだ。
オフトンは一度体を犬のように震わせた後、前後から彼を取り込んだ。
翠蓮は一足先にオフトンの中。
「──おおぅ。この温もりと柔らかさ‥‥正に極楽だのう〜」
しっかり頭までオフトンを被って、その感触を確かめていた。うむ、これはまさしく高級羽毛布団の肌触り。
「一組お持ち帰りしたいのう。──だが、これもお役目。致し方あるまいて」
誘惑を辛うじて押しのけて、その手に陰陽の札を顕す。ボン、と小さな炸裂音がして、オフトンはあえなく弾け飛んだ。
「ひい、ふう‥‥やれやれ、後12体も居るとはのう。中々に骨が折れそうだ」
普通の布団同様に動かなくなったオフトンから起きあがった翠蓮は、寝乱れた着物の前を軽く合わせて、次を狙う。
「動物の姿ですらないのが敵だなんて思わなかったな」
璃遊はオフトンの中。本当、いろんな奴が居るものである。
彼女の耳にはイヤフォンが嵌められていて、激しいメタルサウンドがガンガンに鳴り響いていた。
(これなら眠くならないだろ。‥‥しかし)
オフトンの中は絶妙の温度に調整されている。
(厚着してるのに‥‥ちっとも寝苦しくないな)
思わず身を委ねてみたい衝動に駆られる。いけないいけない、そんな場合じゃない、けど。
(対策してるし‥‥少しくらい‥‥)
あ、まずいですよこれ。
そのころ、一機はハンディカラオケ片手に一人リサイタルの真っ最中だった。
「〜♪ 〜〜♪」
やたら上手いが、別に美声を披露したいわけではなくてこれも睡眠対策である。
しかし璃遊がオフトンの中で動きを止めたことに気づくと、一機は歌うのを止めた。
璃遊の取り込まれているオフトンに近づく。最初は足の方に回ろうかと思ったが、
「よく考えたら靴履いたままだしな」
というわけで、頭の方へ。
オフトンをめくると、璃遊の両目はすっかり閉じていた。イヤフォンからジャカジャカ音漏れがしているが、もはや聞こえていないようで安らかに寝息を立てている。
「女子なら‥‥これかな?」
取り出したるは猫槍「エノコロ」‥‥猫じゃらし状の穂先を持つ武器である。
エノコロの先を璃遊の鼻先へそっと近づけ、こしょこしょ。
「ん‥‥ふ」
こしょこしょ。こしょこしょ。
「ふ‥‥ふぁ」
こしょこしょこしょこしょ。
「ふぁ、はっくしょん!」
璃遊は盛大にくしゃみをすると、掛け布団を跳ね上げ起きた。
「え、あたし‥‥寝てた?」
こっくりと一機が頷く。
跳ね上げられた掛け布団が即座に璃遊を取り込み直そうとするが、璃遊はバトルシザーズで布──皮と言うべきかもしれないが──を切り裂くと、足で蹴り飛ばして完全にフトンの外にでた。
「大丈夫だと思ったんだけどな‥‥助かったよ」
寝顔を見られた事もあってか、少し照れくさそうに一機に礼を言う璃遊であった。
消火剤付きオフトンに取り込まれたレグルスだったが、辛くも脱出に成功していた。
「予定ほど気持ち悪くなかったですね‥‥」
ただの消火剤ではオフトンの保温効果を遮るまではいかなかったらしい。それでもオフトンの体にはまだ消火剤が残っていたのだが、レグルスの方も服や魔装をしっかり着込んでいるのであまり感じなかった。
脱出できたのは、単純に彼の力‥‥日頃から健康優良児を地で行く生活だったのが効を奏したのかもしれない。
だが彼のオフトン対策はまだ終わりではない。
「それなら‥‥次はこれです!」
手にしたのは物干し竿であった。寮から拝借してきたらしい。
オフトンに取り込まれる寸前、レグルスは竿を体と垂直に立てた。
竿をつっかい棒にして、完全に取り込まれない様にする作戦である。
「すきま風が吹き込んできて寒い‥‥こんなんじゃ僕を眠らせられませんよ!」
再び得意げなレグルス。
オフトンは完全にレグルスを取り込めない事を嫌がるかのように、端っこをじたじたと動かす。
(あ、ちょっと可愛い)
そんなことを思うのもつかの間。
オフトンは両端で竿を包み込むようにすると、体をひねった。
ベキッ。
いともあっけなく、竿が折れた。
何度も言うが、こんななりでもディアボロなのである。
オフトンが再びレグルスに覆い被さってくる。その動作がなんだか嬉しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。
「む、止まったな」
前衛の様子を伺っていたファウストが、翠蓮の入ったオフトンを見て言った。‥‥そして言うなり魔法を撃ち放った。
魔法は地面を穿ち、オフトンははじけてゴロゴロ転がった。もちろんダメージはほぼなかったようだが、その拍子に翠蓮が吐き出されてやっぱりゴロゴロ転がった。
「起きたか」
「起きた‥‥が、もう少し優しく起こしてくれんかの」
着物の泥を払いつつ、翠蓮がファウストに向き直る。
「どうせなら、うら若き乙女に起こしてもらいたいのう‥‥」
「それなら、次は私が起こします!」
はいはい、と璃々乃が手を挙げた。
「どんな起こし方が良いですか? 妹、幼なじみ、‥‥息子のお嫁さんとか?」
バリエーション豊富な璃々乃の提案に翠蓮はむう、と唸って考える。だが答える前に、ファウストが口を挟んだ。
「‥‥どうやら、そんな余裕はなくなってきたようだぞ」
「え?」
璃々乃はあたりを見回した。
●
エルリックは前方に捉えたオフトンの攻撃を回避し続けていたが──。
「くっ、後ろから!?」
いつの間にか後方に現れた別のオフトンが彼女を捉えようとする。それは何とか避けたものの、体勢を整える前に正面のオフトンが再び突っ込んでくると、ついに躱しきれなくなった。
掛け布団と敷き布団に挟まれて、エルリックは地面に転がされる。だがふかふかオフトンのおかげでさしたる衝撃もない。
「おお、これは‥‥」
あっという間に足下までじんわりあったかくなる。
(気合いで起きて──いられるで御座ろうか?)
とりあえず、頬を抓ってみようとするエルリックである。
璃々乃が見回すどこにも、オフトンの姿があった。
「どうやら、囲まれたようだな」
とファウスト。
前方に固まっていたはずのオフトンの群が、いつしか彼らを包囲するように広がっていたのだ。
こうなれば、もう前衛も後衛もない。
新たなオフトンが向かってきて、二人をそれぞれに取り込んだ。
「ふむなるほど、これは中々‥‥」
ファウストは冷静にオフトンの感触を確かめていた。
悪魔としても割と高齢な部類に入る彼の朝は早い。
「‥‥これを作った悪魔は日本贔屓だな‥‥ベッドじゃないし」
一人得心顔で頷いているが‥‥。
「おっといかん」
ついオフトンの中で時間を過ごしそうになったが、そこはしっかり抵抗して大鎌で掛け布団を切り裂き、脱出した。
「ぎゃー! ぎゃあああ!」
璃々乃はオフトンの中で暴れまくっていた。
「なんかでかいしコレ!」
本来二人用サイズのオフトンに一人で取り込まれ、がむしゃらにもがいても上手く抜け出せない。
(あ、攻撃すればいいのか)
右拳に阻霊符を握りしめて渾身のストレートを放つと、オフトンは錐揉み回転しながら太陽へと吸い込まれていく。きらーん。
「どうだーうえへへへ‥‥」
璃々乃は夢見心地で呟くのだった。ちなみに現実では阻霊符で殴ってもダメージにならないぞ!
ぼかん、と音がして隣のフトンがフットンだ。(あっ、言っちゃった)
「けほ、とりあえず拙者は燃えなかったようで良かったで御座るが‥‥」
緋炎の忍術書を片手に、無事脱出したエルリック。見ると近くにこんもり山となって動かないオフトンが。なんだか寝言も聞こえてくる。
「世話を焼かせる‥‥起きろ!」
そこへファウストが魔法を放つ。爆風に吹き飛ばされたオフトンから、璃々乃が転げ落ちてきた。
「よっ、と。大丈夫で御座るか?」
「は、はれ‥‥あれ、夢?」
エルリックに抱え上げられて、璃々乃は目をぱちくりさせた。
佳澄がオフトンから脱出してあたりを見回すと、すっかり陣形も何もなくなっていた。
「米田くん、どうなったの?」
とりあえず近くにいた一機に状況を確認しようと近づく、が。
「佳澄ちゃん、危ない!」
「え?」
一機が右手を伸ばし、佳澄を押しのけようとする。後方から迫っていたオフトンを視認する間もなく、佳澄は一機ごとその中に押し込められた。
オフトンの中で、二人はまとめて魔法のように暖かい空気にさらされる。
「‥‥ねむ」
じゃ、なかった!
抵抗に成功し、佳澄はぱちっと目を開ける。そういえば、一機はどうなっただろう?
自分を助けようとしてくれた彼の事を思い出したとき、胸元で何かがもぞと動いた。
目線をおろすと──、一機は佳澄の胸に思いっきり顔を埋めてまどろんでいた。
「‥‥固い枕だな‥‥」
むにゃむにゃと呟く。
もちろんこれは狙ってこうしたわけではなくて、不可抗りょ
「うひゃああああ!?」
ばっちーん。と、音が響く。本日唯一の物理ダメージです。
「おお、いい音で御座るな」
「響いたね!」
エルリックと璃々乃が見ている中、一機が布団から転がり出てきた。
「ご、ごめん、思いっきりはたいちゃった!」
続いて佳澄がオフトンを跳ね上げて出てきて、彼を抱き起こす。
「な、何がどうなったの‥‥?」
佳澄の近くにいたことに、なんの下心もなかった訳ではないけれど。
一機は状況を理解しきれず、ただ呆然と呟くのだった。
「大きいのは二人で攻撃した方がいいみたいだね‥‥ああはならないように注意が必要だけど」
「うむ‥‥」
璃遊が言うと、近くにいた翠蓮が頷いた。
「しかし、この齢で同衾‥‥することになるとはの」
心なしかぽっと顔を赤らめているようだった。
残るは大きいオフトンが数体ばかり。
一行は陣形を組み直し、オフトンとの最後の戦いに挑んでいくのだった。
●
戦い終わって。
「恐ろしい敵でした」
商店街の通りに横たわるオフトンの群を見ながら、レグルスは感慨深く呟いた。
「もし、毛布もセットできたら‥‥僕たちは敗北していたでしょう」
↑真顔
ファウストもまた、敗れ去ったオフトンディアボロに向けて勝ち誇る。
「素晴らしい寝心地ではあった。だが、貴様らには『枕』が足りん!」
↑真顔
今日の戦いは撃退士の勝利に終わった。
だがいつか──枕と毛布をも兼ね備えた、進化したオフトンディアボロが現れたとき。
そのときこそ、真の戦いの始まりなのかもしれない。
〜眠ってはいけない久遠ヶ原24時 第一部 完