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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/02/27


みんなの思い出



オープニング

「うう、寒い‥‥寒い」
「お前、最近そればっかりだな」
 斡旋所の受付に座る潮崎 紘乃(jz0117)は、膝掛けの下に手を突っ込んで震えている。奥から上司の牧田が出てきて、苦笑がてらに湯気のでるカップを机に置いた。
「あ、ありがとうございます‥‥牧田さんはいいですよ。暖房近いですもん」
「俺は暑いくらいなんだがな」
 室内唯一の暖房器具は部屋の奥にあり、紘乃のところまでは残念ながら温風が届いてこないようであった。
「はあ‥‥早く春になりませんかね。野球も始まりませんし‥‥」
「始まったら今度は、お前はそればっかりになるな」
「そ、そんなことないでしょう?」
「いやあ、昨日はラークスが負けた、今日も負けた、ってそんな話ばかりじゃないか」
「そんなにしょっちゅう負けてません!」
 今この斡旋所には大きな依頼も入っていないこともあって、そんな雑談をしばらく二人で続けていると、入り口から一人の男が入ってきた。
 細身だがそこそこの長身で、色素の薄い茶髪に眼鏡をかけた男は、紘乃には見覚えがなかった。学生全員を覚えているわけではもちろんないが、少なくともこの斡旋所では見かけない顔だ。
 男は軽く周囲を見渡したあと、受付へつかつかと歩いてきた。
「失礼。シオザキ・ヒロノという女性はこちらに?」
「はあ‥‥潮崎は私ですが」
 わざわざ自分をたずねて来るような相手に心当たりはない。内心で首を捻りながら応じると、男は小さく息をついた。
「斡旋所があちこちにあるというのも、こういう時は困りものですね。やっと見つけました」
 それから、入り口の外に声をかけた。
「リョウ、見つけましたよ」
 すると、男よりさらに一回り体格のいい男が、入り口をくぐって入ってきた。
 サングラスをかけていたが、紘乃は一目見てそれが誰だか分かった。とはいえ一瞬信じられなかったので目をぱちくりさせたあと、叫んだ。
「し、獅号選手!?」
「ああ‥‥久しぶりだな」
 かつて紘乃の贔屓球団に所属し、現在はアメリカで活動している獅号 了(jz0252)はサングラスをはずすと、少し困ったような笑顔で右手を挙げた。



「まだ日本にいらっしゃったんですね。もうアメリカに向かわれたのかと‥‥」
「私も、そうするように何度もお伝えしたのですがね」
 眼鏡のエージェントが皮肉っぽくそう言ったが、獅号はどこ吹く風で出された茶に口を付けた。
「言葉が通じない国ってのは疲れるんだよ‥‥キャンプまでには戻るんだから、同じだろ」
「それで、今日はお仕事の依頼ですか? わざわざ‥‥」
 獅号は頷いた。
「どうせなら知ってる人間に頼んだ方が、いろいろ楽かと思ってな」
「おかげで学園内を歩き回らされる羽目になりましたけどね」
「うるさいよ」
 獅号はエージェントをにらみつける。その様子に紘乃は思わず吹き出してしまい、あわてて取り繕った。
「‥‥こほん。それで、内容は‥‥」
「ああ。人を捜して欲しいんだ」
「人捜し?」
「学生時代にすごくお世話になった人で‥‥どうしてか、連絡先が残ってないんだ」
 獅号は首を傾げながらも、詳細を話した。

 その人物──長内 昇は、獅号の二学年先輩だという。
「俺が高校に入ったとき、野球部のキャプテンだった人だ。俺はその──入部当初、周りとあまり折り合いが良くなくてな。退部寸前までいったこともある」
「た、退部!?」
 ファンの立場から長く見ていた紘乃にも、獅号には確かに人付き合いの悪そうなイメージがあるが、その話は初耳だ。
「そのとき、俺を説得してくれたのが長内先輩だった。それからも何かにつけて面倒を見てくれてな。先輩は卒業後、野球部のない会社に就職したんだが、そのあともよく様子を見に来てくれた」
「もしそのとき本当に退部してたら‥‥」
「野球を辞めてたかは分からないが、少なくとも今の位置にはいなかっただろうな」
「だ、大恩人じゃないですか!」
 紘乃は思わず語気を強める。獅号も頷いた。
「ああ、俺もそう思ってる──思ってたんだ。当時は悩み事を相談できる唯一の人だったし、プロ入りが決まったときは両親より先に電話を入れたよ。‥‥けど、な」
 獅号が顔を伏せた。
「気がついたら、連絡を取らなくなってた。どうしてか、分からないが‥‥そもそも、存在自体を忘れてた‥‥まるで思い出すこともしなくなってたんだ」
 それを聞いて、紘乃ははっとした。ちょうど昨年から、斡旋所ではそんな事件をいくつも扱っていたからだ。
 覚えていて当然のことを、当たり前のように忘れている。それを唐突に思い出す。それは彼女の知る限り、一つの事が原因だった。
「去年の夏くらいかな。急に思い出したんだ。あわてて電話帳を探したんだけど、残ってなくてさ。アメリカ行きのことも、相談どころか報告もしてない」
 紘乃はおそるおそる聞いた。
「あの、その方って、出身は」
「ん? ああ。群馬県だって聞いたな。覚えてる限りじゃ、最後に連絡したときは実家に戻って、家業の手伝いをしてるって話だったと思う」
 獅号は答えたあとで、より表情を引き締めて紘乃を見た。
「なんか、群馬は戦いがあったとか言うだろ。今無事なのか、消息を調べて欲しいんだ。出来れば日本を発つ前に直接会って、挨拶したい。悪いけど、頼めるか」
 紘乃は胸を抉られるような思いでその声を聞いていた。



「見つけた‥‥」
 獅号が帰ったあと、紘乃は作業用のPCでいくつかの資料を調べた。目当てのものはすぐ見つかった──見つかってしまった。
 長内 昇は、獅号の記憶にあったとおり、群馬県伊勢崎市の住民だった。そして、伊勢崎市の行方不明者一覧の名簿の中にその名前ははっきりと刻まれていたのだった。
 遺体が見つかっていないから、死亡と断言は出来ない。だが、すでに市が解放されている現在でも行方不明のままなのだ。楽観できる要素はなにもなかった。
「どうする。お前が伝えるのか」
 画面を後ろからのぞき込みつつ、牧田が言った。
「‥‥」
「無理か」
 紘乃はうつむいたまま。
「少し、時間をください‥‥」
「そうは言ってもな。向こうも予定があるんだろうが」
 獅号のチームもキャンプインが間近で、獅号も近日中には日本を発たなければいけないとのことだった。
「学生に頼むか」
 動かない紘乃の背中に向けて、牧田。
「家の場所は分かっているし、遺品になるものを探して渡すなりするのもいいかもしれん」
 市内にはまだディアボロが出現する。調査となれば撃退士の出番だ。
「それでいいか?」
 牧田が聞くと、紘乃は一度鼻をすすってから顔を上げた。
「シーズンイン直前で、こんなの‥‥影響が出ないといいんですけど」
「そんなタマにも見えなかったがな。そのあたりは、学生に期待するしかないだろう」


リプレイ本文

「獅号殿、で御座るか? ‥‥去年、野球チームの応援に行った際には、おられたで御座ろうか」
 エルリック・リバーフィルド(ja0112)がかくりと首を傾げると、橋場 アトリアーナ(ja1403)が答えた。
「あのときは、もう獅号はアメリカに行っていたから‥‥エリーとは、会ってないはずですの」
「ふむ、そうで御座ったか‥‥。アトリは何度か?」
「ん。獅号とは、野球勝負したり‥‥友達ですの」
 そのときの光景を思い浮かべて。
「友達だから、ちゃんと事実を伝えてあげたいの」

 獅号 了(jz0252)の捜し人、長内 昇が暮らしていたはずの家は、つい最近まで結界の中だった。
「生存は絶望的‥‥ですか」
 リアン(jb8788)は片眼鏡の奥の目を閉じて首を振った。
「それでも、この目で確かめるまでは信用できませんね。私は」
「絶望的な状況でも、僅かな希望でも‥‥それで双方が救われるならば‥‥」
 ルティス・バルト(jb7567)も、整った顔を憂いげにゆがめて呟く。



「今頃、皆は調査中かな」
 天羽 伊都(jb2199)はただ一人、群馬県内ではないとある町中を歩いていた。
「ちょっと大怪我しちゃったんで今回は戦闘に関わる可能性があるのは遠慮するしかないね‥‥その分別の切り口から皆と同じく獅号さんにきちんと報告できるようバックアップするよ!」
 彼が向かっているのは、長内が高校卒業後一時期勤めていたという会社だ。
(長内さんが獅号さんのことをどんな風に思っていたのか‥‥空白の時間を少しでも埋めてあげられるように)
「その人の歴史を辿る‥‥これはこれで面白い‥‥じゃなくて気持ちを汲まないと」
 伊都はまだ痛みの残る体を叱咤して、目的地を目指す。



 先をいくエルリックと、大きめのリュックサックを背中にしょったエルレーン・バルハザード(ja0889)が足を止めたのを見て、後続の三人は息を潜めた。
 遠くの空に、いくつかの黒い点が浮いている。少し目を凝らすと、それはドラゴンフライの群だった。
 彼らが固唾を飲んで見守っていると、群はこちらとは逆方向に向かって飛び去っていく。
 エルリックが手招きし、一行はまた歩き出した。

「‥‥静かですね」
 周りに敵の姿がないことを確認して、リアンが言った。

 伊勢崎の町は、手ひどく破壊されているということはなかった。今彼らが歩いている一帯の建物は、多くは原形を留めている。
 だが一方で、この町には気配というものがない。人間ばかりではない。生き物の気配がほとんどないのだ。
 町の風景も良く目を凝らせば、所々民家の石壁は崩れ、アスファルトはひび割れていた。
 一言で形容すれば──ここは廃墟だ。
 生き残った人も皆無というわけではなく、彼らは今県外にいて故郷へと帰る時を待っている。
 だが、かつてここに暮らしていたはずの人たちの多くは‥‥。

 ルティスはポケットからたばこを取り出すと、一本くわえて火を点けた。喉の奥へと煙が染み渡るのを感じてから息を吐くと、紫煙が揺らめいて空へと昇っていく。
「こうも命は儚いのか‥‥」
 煙が広がり消えていくのを見届けて、彼は静かに呟いた。


「ここ‥‥で、御座るな」
 小さな店舗が建ち並ぶ通りの一軒の前に立ち、エルリックは手にした地図と見比べる。
 店舗兼住宅の一階部分は大きく開けていて、膝ほどの高さの台にグリーンのシートが掛けられている。
 エルレーンは頭上に掲げられた看板に目をやった。
「長‥‥青果、店」
 古ぼけた看板は、読みとれる部分も含めて文字がすっかりかすれてしまっていた。
「生命探知の反応は、なし」
 ひととき意識を集中させたルティスが閉じていた目を開き、淡々と事実を告げる。
「今ここには、俺たち以外には誰もいないよ‥‥残念だけどね」
 アトリアーナが端末で店舗を写真に収めると、シャッター音がやけに空虚に響いた。

「それでは、上がらせていただきましょうか。何か形になるものを探さなくては」
 リアンの言葉に、ルティスは呟く。
「何だか絶望的なのを決めつけてしまうようで心苦しいけれど、ね‥‥」
「私も、まだ納得したわけではありませんよ」
 この作業は、報告を待っている獅号の為にも必要なものなのだ。

「拙者は、周囲を警戒しておくで御座るよ」
「ん‥‥何かあったらすぐ、呼ぶの」
 エルリックとアトリアーナは視線を交わしあい、ひと時分かれた。


 店舗の奥は居間と台所に続いていた。
「長内さんの部屋は、上かなあ?」
 エルレーンが階段を見つけて、上を覗いた。

 店舗もそうだったが、室内に荒れた様子はなかった。おおむね整頓されているが、そこここに雑然とした様子も残っている。
 人が暮らしていた跡──だがそんな気配を、ほとんど均等に薄く積もった白い埃が打ち消していた。
 長い間、ここには誰も立ち入っていないのだ。




「長内か。確かに俺ン所に居たな。確か一、二年で辞めちまったと思ったが」
 ようやっとその言葉を聞いて、伊都はため息をつきたい気分だった。
 長内の元職場自体はすぐにみつかったものの、退職したのが十年近く前ということもあり、なかなか彼を覚えているという人がいなかったのだ。
「長内さんの当時関わった物、話、何でも構いません。ボクに教えてもらえませんか?」
 伊都の言葉に、中年の男は無精ひげの残る顎をジョリジョリと撫でさすりながら思案顔をする。
「そうだな‥‥働きっぷりは良かったと思うぜ。確か親父さんが体を悪くして、それで家業を継ぐとか言って辞めたんだったな」
「他には‥‥」
「んー、‥‥ああ、そうだ。高校の後輩にすごいのが居るんだってンで、よく話してたっけな。ほら、アレだよ。プロ野球の‥‥」
「獅号選手、ですか?」
「そうそう。それ」
 男はニッと笑った。
「プロ入りが決まったときなんかは大騒ぎしてたな。自慢の後輩だったんだろなあ」
 しばらく懐かしそうに目を細めた後、男は何気なく伊都に聞いてきた。
「それで、あいつ今どうしてるンだって?」


「ここで聞けることはこんなものか」
 伊都は今し方出てきた建物を振り返った。
「後は、獅号さんたちの通っていた高校かな。何か思い出の品でもあるといいんだけど」
 言いつつ端末で経路を調べ、彼は顔をしかめた。
「結構遠いなあ‥‥あんまり歩き過ぎて、傷口開かないといいけど‥‥」
 そんな風に独りごちつつ、その場を後にした。



 長内の自室は二階の一番奥にあった。窓の外は商店街の通りが見える。
 一階同様、うっすらと埃がつもった部屋。
 机の上にグローブが置かれているのを見つけて、エルレーンはそちらに向かう。
 手に取ろうとして、その脇の写真立てが目に入った。
 二人の男性が写っている。背の高い一人は見覚えがある。
「獅号せんしゅ‥‥」
 だいぶ見た目が若いが、間違いないだろう。となると、もう一人が長内昇だろうか。
 写真の中で、二人はくつろいだ笑顔を浮かべている。
「意外と、野球関連の品物は多くないね」
 ルティスは室内を見渡す。彼が見つけたのは、ベッドの脇に無造作に落ちていた野球のボールだ。
「何か書かれているね」
 取り上げてみると、硬球にはマジックでなにやら走り書きされていた。
「サインボール、かな? 誰のものだろう‥‥」

 ぎし、ぎし、と階段がきしむ音が聞こえて、リアンとアトリアーナが上がってきた。
「下にはご家族のアルバムがありましたよ」
「何か、見つかりましたか」
「ああ、これなんだけど‥‥」
 ルティスが二人に硬球を見せようとしたとき、窓の外から声が聞こえた。
「! エリー?」
 アトリアーナが真っ先に反応し、窓際へ飛びつく。
 窓の外で、エルリックが武器を顕現しているのが見えた。その先には、複数のディアボロの姿。
 窓枠に手を掛ける。長らく閉めきりだった窓は抵抗するかのようにきしんだが、彼女は強引に開ききった。
 そして身を乗り出すと、ためらわずに外へと飛び出した。
 敵はリザードファイターが三体。
「前に出ますの。援護を」
「承知に御座る、主様!」
 眼前に着地したアトリアーナに、エルリックは弾んだ声で返事をした。

「俺たちも‥‥」
 あとに続こうとしたルティスだったが、頭上に気配を感じた。
 天井から、染み出すようにしてゲル状の物体が落ちてくる。スライムが二体、相次いで現れた。
「透過能力か!」
 スライムの一体はベッドの上に、もう一体は床に落ちた。撃退士を認識したのか、体の一部を頭のようにもたげてこちらに向ける。
「貴様‥‥ここを荒らすのは許さん」
 丁寧な物腰を一変させて、リアンが言い放った。それと同時にベッドの一体に接近する。
 その手に雷の刃を出現させて、スライムに叩きつける。一瞬だけ火花が散り、敵の体が収縮して動きを止める。
 ルティスは床のもう一体を見据え、自身の周囲に無数の蝶を作り出した。アウルの蝶は彼の指示に従ってスライムを取り囲んだ。
「暴れ回らせるわけにはいかないね」
 呆然と動きを止めるスライムを、ルティスは表情を変えずに見下ろした。

 室内に現れた敵をリアンとルティスが抑えるのを見て、エルレーンは窓の外へと身を踊らせる。
「はうぅーっ!」
 アトリアーナを彼女を討とうと集まっていた敵にめがけ、エルレーンの範囲攻撃が炸裂した。
 ディアボロは体勢を崩されながらも、なおこちらに向かおうとしてくる。主の去った地で野良と化した彼らに残されたのは、破壊衝動ばかりであろうか。
「じゃまなんだよぉ‥‥とっととしんぢゃえ、悪い天魔ッ!」
 エルレーンは苛烈に叫び、薙刀を手に突進していった。


 程なくしてディアボロは一掃された。彼らは改めて室内を見聞し、持ち帰ると決めたものをエルレーンのリュックに詰めていく。
「あとは、なんと言ってこれを獅号さんに渡すか、か」
「遺品、と言ってしまって、良いものなのでしょうか‥‥」
 ルティスとリアンは顔を見合わせる。彼らはこのあと、ゲート跡や生存者が集められていた辺りも捜索する心づもりではあった。だが、そういった場所にはすでに何度か調査が入っている。新たな発見の可能性は、ここよりもずっと低い。
「それは、獅号せんしゅが決めたらいいと思うの」
 エルレーンが言った。
「私たちは、じじつを伝えて‥‥それで、形見か、預かりものかは、獅号せんしゅが決めたらいいんだよ」
 そう言う彼女の胸元で、赤い雫型のペンダントが揺れて光った。彼女にとっての、形見の品だった。



 翌日、久遠ヶ原にて彼らは再び集まった。
「皆、無事で帰ってきて良かったですよ」
 前日は一人別行動だった伊都も合流し、指定された一室へと向かう。

 獅号了はすでにその部屋にいて、彼らを待っていた。

「‥‥野球のとき以来ですの」
 アトリアーナが声を掛けると、獅号はいくらか表情を和らげ返事をした。
 それでも、アトリアーナやエルレーンの記憶にあるものよりも、ずっと固い。
「少し、期待したんだけどな」
 ほんの少し、口元に笑いを浮かべて獅号は言う。
「お前たちなら、先輩を連れてきてくれるんじゃないかって」
 ルティスやリアンはそれを聞いて小さく目を伏せた。結局あの後も、前向きな情報は何一つ手に入らなかったからだ。
 アトリアーナが、獅号の目をしっかりと見据えたまま、告げる。
「‥‥調べてきた、聞いてほしいのですの」

 彼女たちが伝えたのは、包み隠さぬ事実だった。

 長内は行方不明であること。群馬の戦いは大きなものだったこと。獅号が彼を忘れていたのは、群馬を支配していた悪魔の策略によるものだったこと。

 それらを、アトリアーナが現地で撮影してきた映像も使いながら、丁寧に獅号に伝えていく。

「残念ですが‥‥長内さんの身柄は見つかっていません」
 今回の捜索でも成果がなかったことを、リアンは正直に伝える。
「大きな戦いは、終わったけど‥‥今も戻ってこない人は、たくさんいますの」
「そう、か」
 下を向いた獅号に、エルレーンが紙袋を手渡した。
「‥‥これ、獅号せんしゅがもってたらいいの」
 そこには現地で見つけた思い出の品が入っている。
「形見にしろ、ってことか‥‥?」
「大事そーなものだったから、廃墟から持ってきてあげただけだよ」
 エルレーンは否定も肯定もしない。
「また会える時が来たら。その時に渡したげればいいの。そんな機会はもうないんだって、獅号せんしゅが思うのなら‥‥その人の思い出、として、大事に持ってたらいいと思うんだよ」
 
 獅号は紙袋の中を探り、一つ一つ取り出しては眺める。
 ルティスが見つけた硬球を取り出すと、獅号は笑った。
「これ、覚えてるな‥‥プロ入りが決まってすぐに、俺が書いたんだ。一番最初に‥‥」
 慣れてないから、下手なもんだろ。かすれ気味のサインを見ながら、呟くように言う。
「今じゃ値打ちもんだぜ、これ」
 どうして。
「どうして‥‥」

 獅号は押し黙った。

 万感の想いが込められたその問いに、答えを返せるものはいない。

「‥‥ボクにも、今は会えない人がいますの」
 答える代わりに、アトリアーナは自分の想いを告げる。
「とても、辛かったけど‥‥ここで逃げたら死んだ後でも会えない気がして」
 戦い続ける道を、彼女は選んだ。
 いつかまたどこかで会ったとき、胸を張って頑張ったと言えるように。
「‥‥只、走り続けることを選んだのは、思いの外悪くなかったですの」
 エルリックが無言でアトリアーナに体を寄せた。その存在を感じながら、彼女はそう言った。
 獅号にも同じように感じてほしいと願いながら。


「長内さんは獅号さんのこと、本当に大切に想っていたみたいですね」
 伊都は、職場や学校で集めてきた長内の様子を獅号に語った。
「だからこそ、そうしたものも残っていたのだと思います」
 リアンは紙袋を見やって頷いた。
「きっと、それらを通して‥‥今も獅号様のことを見守っていらっしゃるのでないでしょうか」
「‥‥そうかも、な」
 獅号は顔を上げ、微笑んだ。その表情はようやく幾ばくか、晴れやかになったようであった。



「世話になったな。持ってきてもらったものは、一緒にアメリカまで持って行くことにするよ」
 獅号は一人一人に握手を求めた。
「全部納得いった訳じゃないが‥‥お前たちの気持ちは、伝わったからな」
「長内さんに良い所、見せてあげて下さいね」
「ああ」
 ルティスの言葉にはしっかりと頷いて見せた。

「獅号さん頑張ってくださいね! ボクらの依頼終わりの楽しみの一つでも作ってもらわないとボクら報われないっすよ」
 伊都は冗談めかしてそんなことを言った。ウイニングボールなり、何か記念品でも‥‥。
「ははっ、いいぜ。その代わり‥‥」
 獅号は笑って応じた後、指を一つ立てた。
「俺からも一つ頼みがある」

 伊勢崎市は、まだ一般人の立ち入りに制限がある。
「あの辺をキレイにしといてくれ。今度は、俺が自分で見に行きたい」


 獅号は久遠ヶ原を去っていった。
 秋にはまた来るからな、と言い残して。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
 無傷のドラゴンスレイヤー・橋場・R・アトリアーナ(ja1403)
重体: −
面白かった!:2人

銀と金の輪舞曲・
エルリック・R・橋場(ja0112)

大学部4年118組 女 鬼道忍軍
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
黒焔の牙爪・
天羽 伊都(jb2199)

大学部1年128組 男 ルインズブレイド
優しさに潜む影・
ルティス・バルト(jb7567)

大学部6年118組 男 アストラルヴァンガード
明けの六芒星・
リアン(jb8788)

大学部7年36組 男 アカシックレコーダー:タイプB