「元々ミミズは畑などの土壌をよくするはずなのだがな‥‥‥‥」
ミミズが潜むという畑の惨状を目の当たりにして、雨下 鄭理(
ja4779)がそう言った。
畑はミミズが無軌道に走り回ったおかげであちこちがでたらめに盛り上がり、そこかしこに穴があいている。確かに土は軟らかくなっているだろうが、いちど整地しなければ農作業はできないだろう。
「本来なら良い土つくるはずなのにねえ。害虫になったら仕方ない、退治しないとね」
木ノ宮 幸穂(
ja4004)も鄭理の言葉に同調する。
一方、御影 蓮也(
ja0709)は穴だらけの畑をみて軽い既視感を覚えていた。
「以前、土竜とは戦ったけど今度はミミズとは‥‥色んな種類がいるものだね」
「畑を荒らすなんて、農家だったあたしが許さないんだからね〜」
「食べ物を作る畑を荒らすなんて許せないんだよ!」
フューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(
ja0380)とミーミル・クロノア(
ja6338)はすでに闘志満々だ。
「あの、これ、渡しておきますね」
二人の元へ三神 美佳(
ja1395)がやってきて、通常は車に備え付ける発煙筒を手渡していく。熱と光を発するので、ミミズをおびき出すのに役立つはずだ。
彼女と鄭理が持っていた分をあわせて、発煙筒は全員分に足りた。
「さてと、あたしはどうしたら‥‥」
これが撃退士としての初依頼となる仔神・傀竜(
ja0753)がまごまごしていると、美佳がやってきて彼にも発煙筒を手渡す。
「私たちは畑の外から戦うのがいいと思います‥‥。そうすれば、ミミズの的になりにくいですから」
「その方がいいわね。‥‥美佳ちゃん、しっかりしてるのねぇ」
傀竜は大学部、美佳はまだ小等部ではあるが、実戦経験は美佳の方がはるかに上である。彼女の的確な助言にしたがい、傀竜は間接攻撃ができる護符を活性化させた。
「では、自分からいこう」
光纏し、深い赤のオーラを身に纏った鄭理が畑へと足を踏み入れる。
各個撃破ができるよう、先行して囮となる。危険な役割だが、彼はそれを厭わない。
「──『自分』は人形。大地を見つめ、蒼空を繕う、幽世の人形」
小さくつぶやいて自己暗示をかけ、穴を避けて数歩進む。反応がなければ発煙筒に火をつけることを考えなければいけない。
だが、それは無用の心配だった。程なく微細な振動が感じられ、足下の土が盛り上がる。
鄭理が一歩後方に跳んだ直後、土をまき散らして巨大ミミズが姿を現した。
「映画やゲームに出てくるのより、気持ち悪いですね‥‥」
畑の外で警戒していた雫(
ja1894)が、率直な感想を述べた。
赤黒い体躯は全体的にぬめぬめてらてらとした粘液に覆われている上、腕も足もない紐状の生き物がうねうねと動くさまは何とも不気味だ。おまけに身長112cmの彼女では両腕でも抱え込めないであろう太さである。
「あたし、こういう虫系って苦手なのよねぇ‥‥」
傀竜も敵のグロテスクな外見に顔をしかめ、ついでにシナを作った。相手が虫系なら彼はオネエ系である。
「さくさくっと倒しちゃいましょう」
ともあれ、戦闘開始である。
「行け。笑隼っ」
畑の外から幸穂が和弓を構え、気合いとともに引き放つ。放たれたアウルの矢が隼を形作り、しかしながら人間の笑い声のような音を立てつつミミズにヒット。体表をえぐり、体液が飛び散る。
鄭理も、メンバーの攻撃の邪魔にならないよう移動しながら、忍刀で切りつける。さらに畑の外からミーミルが苦無で続くも、軟体動物のように見えるミミズの身体は思った以上に硬く、思うようなダメージにならない。
ならば、と美佳がその手に炎の塊を生み出す。すると、ミミズはびくりと震えるような反応を見せた。
「えいっ」
炎を飛ばすも、ミミズは見かけによらない俊敏な動きで別の穴をあけ、土中に戻っていってしまった。
熱か、光か。いずれを恐れたのかは分からないまでも、天魔とはいえミミズ本来の生態に近いものを持っているのは間違いないようだ。
敵の姿が見えなくなった。鄭理は発煙筒に点火し、いましがたミミズが潜っていった穴に向かって投げ込む。
その直後、またしても鄭理の足下が盛り上がった。現れたミミズには幸穂につけられた傷がなく、別の個体のようだ。
鄭理はこの一撃もかわしたが、やや不意をつかれたこともあり反撃の態勢をとれない。
「俺が行く」
刀を構え、蓮也が畑に入った。
ミミズに接近し、攻撃を仕掛けるが──。
「うっ」
足を保護するため補強された安全靴が、柔らかい地面に予想以上に沈み込む。うまく姿勢をとれず、有効打を与えられない。
そこへ、フューリが畑の外から突っ込んできた。
「農家なめるなっ! くらえ、あたしの全力攻撃っ」
ブドウ農家出身の彼女は柔らかい地面をものともせずミミズに隣接すると、ナックルダスターを装着した右手で‥‥
なんと、ミミズの頭(とおぼしき部分)を鷲掴みにした。
さらに腕力にものをいわせてミミズを腕の中に抱え込むと、体を反らせて巨大ミミズを土中から引っこ抜いた!
「でやあっ!」
気合い一閃、とどめはサイドスラムの要領でミミズを地面に叩きつける。プロレスだったら3カウント間違いなしの大技だ。
‥‥が、この戦いに関していえば最後の叩きつけは余計だった。なにしろ下はマットではなく、軟らかい土である。ミミズはたたきつけられた直後、そのままの勢いで土の中に潜っていってしまった。
しとめきれずに舌打ちをしながら立ち上がるフューリ、そんな彼女の背後の土が不自然な盛り上がりを見せたのはその直後である。
「フューリお姉ちゃん、足下!」
畑の外から戦場を見渡している美佳が声を飛ばす。だがフューリの反応は一歩遅れた。
ミミズの強襲をかわしきれず、振り向きざまガードした腕に浅くない傷を負う。
「任せろ!」
蓮也がミミズの背後に回り込み、今度は足下をしっかり確認してから一撃を放つ。
ミミズの背に打刀が食い込む。が、やはりそれほど深くは刃が入らない。
「刃が通り難いならっ‥‥」
蓮也は片足を振り上げ、刃の背に向かってブーツでの蹴りをたたき込んだ。追加の圧力が刃にかかり、ミミズの下半分を切断する。
しかしその直後、残ったミミズの上半分が蓮也に向かって白い粘液を噴出してきた。
予想外の攻撃に、蓮也は粘液をまともに浴びてしまう。
「くそっ、目に入った」
幸いというべきか、粘液は多少の刺激性があるものの、そこまで強力な毒性はなかった。ミミズの上半分も美佳が魔法で撃破。しかし蓮也は一時的に行動不能となる。
誰も立っていない畑の一カ所から煙とともに土が盛り上がり、ミミズが一匹飛び出してきた。発煙筒が効果を発揮したらしい。
「あたしに任せるんだよ!」
ミーミルが畑に足を踏み入れた途端、まるで待ちかまえていたかのように足下から別のミミズが出現する。
回避できない、と悟った彼女は覚悟を決めた。
打刀を構えると、ばっくりと開かれた口に向かって自分から飛び込んだのだ。
相手の勢いを利用して刀を押し込み、ミミズの身体の中程までを真っ二つに斬り裂いた。
「食べ物の恨みはおそろしいんだよっ」
動かなくなったミミズからミーミルが顔を抜き出す。彼女自身負傷した上、ミミズの体液がべっとりと身体を汚していたが、彼女は満足げにそう言ったのだった。
また別のミミズが、雫の足下から出現する。
雫は落ち着いてその一撃をかわすも、着地の瞬間、右足にだけ土の感触を感じることができなかった。
「えっ‥‥!」
がくんと体勢を崩す。足下は確認していたのだが、不運にも穴の上に薄く土がかかっており、たまたま落とし穴のようになっていたところに片足が乗ってしまったのだ。
ミミズの先端が、まるで蛇が鎌首をもたげるかのように、動きの止まってしまった雫に向く。
「雫さん!」
美佳が叫び、周囲に緊急事態を告げる。幸穂がすかさず矢の一撃を放ってミミズの動きを止め、美佳自身も魔法の一撃を敵に放った。
どうやら魔法攻撃の方が効果が高いようで、ミミズはまさしく虫の息となる。
そこへ、とどめとばかりに傀竜が護符の一撃を見舞うと、ミミズははじけ飛び、動かなくなった。
「ふぅ‥‥よかった」
(少しはお姉さんとしての威厳も示せたかしら?)
礼を言う雫に手を振りながら、傀竜はそっと胸をなで下ろした。
「何匹倒した‥‥?」
「三匹だよ」
一時的にミミズが姿を消した。メンバーは現状を確認する。
「報告では五匹前後と言ってましたから‥‥まだ残っているはず、ですよね」
「五匹と決まった訳ではないから、あと二匹倒しても油断はできないけどね」
美佳の言葉答える蓮也だが、粘液を浴びた目がまだ回復しきっていないらしく、しきりに顔を拭っている。
「ああ。このまま自分が囮を続けて‥‥」
「──! 雨下さん!」
ふと息を切った鄭理に、幸穂が短い警告を飛ばす。
足下の土が盛り上がる。これまでと違うのは、さらに鄭理の立っている前後もまとめて土がうねり出したことだ。
ミミズが飛び出してくる。
鄭理が跳び、足下からの直撃はかわす。だが、立て続けに背後から別のミミズが飛び出してきた。そこだけ明らかに本来のミミズとは異なる鋭利な牙が、彼の背中を引き裂いた。
「二匹同時?」
「まだくる!」
二匹のミミズのすぐ近くから、また別の一匹が飛び出してきた。
「大きい‥‥!」
「親玉か?」
そいつはほかのミミズに比べてまた一回り巨大で、体色も赤というよりはドス黒いといった方が正しい。
都合三体の巨大ミミズが畑の一角でうねうねとそびえ立つ。
しかし敵が密集している状況は、集中攻撃のチャンスでもあった。
幸穂が光の隼を、美佳が灼熱の火球を飛ばす。その隙に接近したのは雫。
「ミミズなら益虫らしく畑を耕していて下さい」
直近のミミズに向かって大剣を振り抜くと、放たれたアウルが三日月の軌道を描いて飛び、背後のミミズまで巻き込んだ。
そしてミミズを挟んで反対側にはようやく目が見えるようになった蓮也が身構えていた。
「並んだ‥‥でかいのを撃つ! 退避してくれ」
めいっぱいのアウルを武器に乗せて振り抜く。放たれた黒い光が三匹のミミズをまとめて飲み込んだ。
そして残ったのは最後に現れたひときわ巨大なミミズ一匹。だが、ダメージが大きいのは明らかだ。
先端部がうねり、撃退士のいない方を向いた。
「アストラルヴァンガードで、農家でかつ格闘家なのがあたしっ! 絶対に逃がさないんだからっ!」
フューリがそれを察知して、すかさず駆け込んでくる。メタルレガースが装着された足は輝き、星のように瞬いている。
彼女が巨大ミミズに隣接したまさにそのとき、輝きは頂点に達した。
「あたしの一撃でふっとべ!」
ひらめく軌道を残した一撃が巨大ミミズを捉え、宣言通りに吹っ飛ばした。
数メートル飛んで落ちたミミズはまだゆるゆると動いていたものの、残りのメンバーの集中攻撃によって動かなくなったのだった。
●
「もう出てこないかな?」
「そのようだな」
その後、囮役のメンバーで畑の隅まで歩いて回り、いくつかの穴に発煙筒を投げ込んでみたりしたものの、それ以上新たなミミズが出てくる気配はなかった。
結局、畑に潜んでいた巨大ミミズは六匹ということになる。
「何とかなるもの‥‥ね。皆で力を合わせれば♪」
傀竜が手をたたき、それを合図にしたかのように一同の空気がゆっくりと弛緩した。
「今回の事件に似たような古い映画が在りましたけど、映画に出てくるような大きさで無くてよかったです」
雫が冷静に感想を述べる。確かに、全長十メートル越えのミミズなどが潜んでいたらとてもじゃないが戦力が足りなかっただろう。
「それにしても、ひどい有様だな‥‥‥‥」
改めて畑を見渡し、鄭理がつぶやくように言った。もともと穴だらけではあったが、主戦場となったあたりを中心にさらに穴が増え、畑というよりは工事現場か発掘現場か、といった状態になっている。
これを畑の持ち主である老夫婦だけで使えるようにするのはなかなか骨の折れる作業だろう。
「穴だけでも埋めていくか」
そう言ったのは蓮也である。
依頼内容からいえば天魔を退治すればそれで問題はないのだが、同じように思っていたのは彼だけではなかった。
「それじゃあ、依頼人のおじいちゃんにお願いして、農具を借りてきましょう‥‥発煙筒も回収しなければいけないですし」
美佳が続く。皆戦闘後で疲労しており、何名かは負傷し、おまけにミミズの粘液を浴びてベトベトのものも居たが、その提案に反対するものはいなかった。
「いやあ、そこまでしてもらわなくても‥‥怪我をしてる人もいるじゃないか」
依頼者は討伐が完了したことを聞くと大いに喜んだが、整地のために農具を借りたいという撃退士たちの申し出に驚いた表情を浮かべた。
「気にする必要はない」
鄭理がさらりと答えるが、彼の受けた傷が実は一番深いものである。
「あたしたちは撃退士だからね。応急処置もしたし、このくらいはすぐ治るよ」
フューリが遠慮はいらないとばかりに笑顔でいうと、依頼者もようやくうなずいた。
「そうかい、それじゃあお願いしようか‥‥ああ、もちろん私たちも行くよ。もう危険はないんだろう?」
それから、依頼者夫婦を含めた全員で荒れた畑の穴埋めや整地、発煙筒の回収などを行った。そこそこの広さがある畑とはいえ、人数をかけて行ったこともあり、一時間も過ぎる頃には穴は埋まり、平らにならされた畑の姿が戻ってくる。
「‥‥ミミズがいた土壌は養分も高いっていうし、肥沃な土壌にはなったんじゃない‥‥か‥‥と。耕す手間も省けたと思えば」
蓮也の言葉は実際その通りで、ミミズが出現する前は放置されていたためすっかり固い土になってしまっていたのが、今ではすっかり柔らかくなっている。
「良い作物が育つといいな」
ならした土をひと掴みして、幸穂。
「そうだね、ここまでしてもらったからには、おいしい野菜を育てなくては」
依頼者も汗を拭いながら、笑顔でそう言った。
「あの‥‥がんばって、ください」
「ああ、うまく育ったら、またみんなを招待したいな。今度は、仕事抜きで。とれたての野菜をごちそうするよ」
遠慮がちに激励する美佳は、頭をくしゃりと撫でられた。
「さあみなさん、お家にいらして下さい。自家製野菜はまだ無いけれど、お夕飯をごちそうしますから」
依頼者の妻が唐突にそんなことを言い出す。
「いや、こちらは八人もいるし‥‥ご迷惑では」
「ああ、妻は料理を作るのが大好きでね‥‥子供たちが出ていってからは、食材が余って仕方ないと毎日嘆いているんだ。君たちが迷惑でなければ、食べていってくれ」
「お風呂も沸かしてますから、是非入っていって下さい」
「お風呂はありがたいんだよー!」
汚れが一番ひどいミーミルが歓声を上げ、メンバーはその夜老夫婦の歓待をたっぷりと受けたのだった。