「ようこそ久遠ヶ原へ。ひさしぶりね、獅号さん」
「おー! 了なんだぞー! 約束どおり遊びに来てくれたんだな!」
六道 鈴音(
ja4192)と彪姫 千代(
jb0742)らの出迎えに、獅号 了(jz0252)も相好を崩した。
「久しぶりだな。元気にしてたか?」
「おー! 俺ものすごく元気にしてたぞー!」
緑の短髪をくしゃりとされて、千代は嬉しそうに答える。
「それにしても、サボリの手伝いなんて‥‥獅号さんもいい大人なのに‥‥」
鈴音が少し呆れたように言うと、獅号は手を振って否定する。
「仕事をしないってんじゃない。スケジュールを考慮してくれってことさ」
「まあひさしぶりの日本だし、気持ちはわからないでもない」
「だろ?」
子供っぽい笑みを浮かべた獅号の横から、威勢のいい声が響いた。
「獅号殿、お主の願い、確かに聞き届けたのである。後は我輩たちに任せるが良い!」
「うおっ‥‥ちょ、近くねえか?」
早速その肉体美を無駄にアピールするマクセル・オールウェル(
jb2672)の迫力に、獅号は一歩後ずさった。
が、マクセルは気にしない。「どこへ行きたいであるか?」と続けた。
「そうだな。飛行機で身体が固まっちまったし、ジムで運動でもしたいところだな」
「ジムであるか‥‥我輩は滅多に行かぬであるな。修行に適した山林・海辺であれば案内できるのであるが」
マクセル曰く、彼の肉体は大自然の荒波に揉まれたり巨岩を受け止めたりして育まれているらしい。(あと学園の体育施設も使ってます)
「怪我できないし、それはちょっとなあ」
「うむ‥‥だが心配は無用。仲間たちがしっかりリサーチ済みである!!」
「というわけで、これですよぉ」
彼の言葉を受けて獅号に紙を手渡したのは三善 千種(
jb0872)。
「今日の目的地です☆」
地図に記されていたのは、関東の近場にある温泉宿だった。
「温泉‥‥温泉もいいが‥‥また移動するのか?」
「しのごの言わないの!」
なおも渋る獅号に、鈴音がぴしゃりと言った。
「獅号さんの行きたいところじゃ、敵に行き先を読まれちゃうんじゃないの?」
マネージャーの顔が頭に浮かんだのか、ぐっと言葉に詰まった獅号に鈴音は畳みかける。
「ココは私達のお☆も☆て☆な☆しを受けるべきなのよ」
「わかったわかった、じゃあよろしく頼むよ」
胸を張る鈴音に、獅号は頷いて見せたのだった。
「よし、そうと決まれば出発するか」
「その前に了、服着替えるんだぞー! 後で返してもらえばいーんだぞー!」
「服を?」
「おー、了は目立つからなー‥‥」
千代が取り出したのは、なぜか『うさぎの着ぐるみ』だった。
「え? いや‥‥え?」
「かわいー姿になれば目立たないんだぞー!」
「いや逆に目立たねえ?」
戸惑う獅号だが、千代は本気のようである。まあ目立っても獅号だってばれなきゃいいんだしね。
「えっと、ぬいだ服は、私に貸してほしいの」
そう言ったのは、エルレーン・バルハザード(
ja0889)。
「な、なんでだ?」
「うふふ‥‥こうするの!」
にっこり笑うとエルレーンは獅号そっくりに姿を変えて見せた。顔ばかりか体格までもが変化したが、服装はそのままなので制服がはちきれそうになる。
「ね? 服をかえて、私がおとりになればばれないんだよ」
ついでに声も変わっていないのでなんとも奇妙な情景になった。
「分かったから一回戻ってくれるか‥‥」
獅号はげんなりした顔で言った。
●
公衆トイレから獅号(着ぐるみ)が出てきた。
「おー、了かわいーんだぞー!」
千代は素直に喜んでいるが、鈴音などは隣で笑いをこらえている。
「なあ、他にないのか?」
「替えの服を用意するっていうのは考えてなかったので、それで我慢してくださいねぇ」
着ぐるみ(獅号)は肩を落とした。
「それじゃあ、私もきがえてくるねっ」
獅号からジャケットなど服を受け取り、エルレーンはいそいそとトイレに消えていった。
個室に入り、自分の服を脱いでから改めて獅号に変身するエルレーン。
アスリートな肉体を眺めて大興奮だ!└(^o^└ )┘
「ああっ、こ、こんななっちゃってるのぅ‥‥すごいぃ‥‥(*´Д`)」
何がって? きっとつむじの位置とかだね!
「し、資料しゃしんっ」
端末掲げて自分(獅号)をパシャリ。
このとき着替えのどの段階であったかも、写真がなんの資料に使われるのかということも、敢えて触れないことにしておきたい。^o^)┐
※なお悲報
『変化の術』でコピーできるのは目に見える範囲だけなので、あそことかそことかはエルレーンの想像の模様‥‥
●
「何か寒気がするんだが」
「おー? 着ぐるみ着てるのに、了は寒がりなのかー?」
「むしろお前は寒くないのか」
「おー! 俺全然寒くないんだぞー!」
そんな噛み合ってるのかいないのかいまいち分からない会話をしていると、エルレーンが出てきた。服装も合わせると、見た目には先ほどまでの獅号の姿と寸分変わらない。
「これでばっちりなのっ」
ただし、声だけは違ったままなのだが。
「ふむ‥‥しかし、既に結構注目を集めているであるな‥‥」
なんだか遠巻きに視線を多く受けて、マクセル。
うさぎ+獅号? という組み合わせもなかなかだが、彼自身も割と立っているだけで衆目を集める外見である。
「我輩、どこにでもいるごく普通の天使であるのに、どうしてこうも目を引くであろうか‥‥」
至極心外である、とばかりに嘆いた。
「まあよい、そろそろ頃合いであるな」
マクセルが辺りを探るように見回した、そのとき。
「フハハハハ! プロと聞いて現れたが笑止! 我の身体を見よ!」
学園生なら割とどこかでみた白と青の服を身にまとい、輝くような天使の微笑みと鍛え抜かれた肉体を持ったあの男は──ギメル(二重線) 違った! ギメ=ルサー=ダイ(
jb2663)!
豪快なダブルバイセップスを披露しながら現れたギメは、フロントリラックスへとポーズを移しながら獅号‥‥の姿をしたエルレーンへ近づいていく。
だが、その前に割って立ったのがマクセルだ。
「さすがの肉体であるな、ギメル‥‥もといギメ殿」
マクセルはギメが持つはちきれんばかりの背中の筋肉を眺めつつ、自身もサイドチェストでそれとなくアピール。
「ほう、やるではないか。ではコレはどうだ──!」
ニヤリとしたギメはアドミナブル・アンド・サイからサイド・トライセップスへと移行。全身を余すところ無く見せつける。
だがマクセルも負けてはいない。ラットスプレッドのポーズで逆三角形の背中を存分にアピールした後は、こちらもサイド・トライセップスへ。
互いを認めるように、ニヤリと笑う。
流れる汗が陽光にきらめき、それさえも輝く演出となった。
二人のマッスル・パーティー‥‥筋肉の競演は瞬く間に周囲の注目を引き、人が集まっていく。
獅号(着ぐるみ)は人だかりの奥に目をやって唸った。
「げっ」
「どうしたんですか?」
「‥‥もう来やがった」
鈴音が聞くと、ひっそり指が動いた。先を辿ってみると、人だかりの中に少し神経質そうな眼鏡の男の姿があった。
「あれが、タケウチさんですか」
「つけられては無かったはずなんだが‥‥」
「大丈夫。あっちは仲間が引きつけてくれるわよ」
「ウシシシー俺たちは隠れんぼなんだぞー」
千代がそう言うと、彼のそばからひょこりと黒い兎が現れて獅号の周りを回った。
「? 何をしたんだ?」
「シーッ」
ニッと笑って人差し指を口に当てると、千代は獅号の手を引く。
「それじゃ、後はよろしく」
鈴音は盛り上がりを見せる筋肉祭りに生温かい視線を送ってから、そっとその場を離れた。
「あれは‥‥」
アルバートは筋肉に挟まれて立っている獅号(偽)を遠くから眺めていた。マクセルとギメが次々ポージングを繰り出して衆目をさらう中、ただ腕組みして立っているだけの彼も目をはずしがたい存在感がある。
と、横から声がかかった。
「獅号さんのところのタチバナさんですねぇ、お話は伺ってますよぉ」
「‥‥タケウチ、です。あなたは?」
「ちょっと頼まれたもの、です☆」
「リョウが雇った撃退士ということですか‥‥」
笑顔で隣に立った千種を、アルバートは胡散臭そうに見下ろした。
「人も集まってますし、ドンパチやって目立って、マスコミに出たらまずいですよね。穏便にいきましょう」
「そうしたいのは山々ですが‥‥目立たせているのはあなたたちでは?」
アルバートが筋肉祭りを見やると、千種はにこやかに手を振る。
「あ、そこの筋肉天使さん達は他人です。ええ、他人です」
ひどいよこのJK。
「入った仕事をドタキャンというのも評判が落ちそうですが、そこはタケウチさんの腕の見せ所ですよ☆ 私の方からもフォローしておきますので」
「フォロー?」
首を傾げるアルバートに、千種は携帯端末を示して見せた。
「伝手があるということですか? ふむ‥‥」
考え込む仕草。どうやら効果がありそうだ。
「とりあえず、あっちの筋肉さんたちもなんとかしてきますね」
「待ってください、もう少し具体的に‥‥」
アルバートの呼びかけを遮って、周りが湧いた。
思わずそちらに目を向ける。
「ふぬぅうううう!」
「はあああああ!」
\マクセル&ギメ、迫力のモスト・マスキュラー!/
「‥‥はっ!?」
彼が我に返ったときには、千種の姿は見えなくなっていた。
『えっ!? ラークスの為って‥‥ちょっと、三善さん!?』
「よろしくお願いしますねぇ」
ほとんど言いたいことだけを一方的に伝えて千種は電話を切った。
「では、私も温泉で合流しますよぉ」
筋肉祭りはどうするの?
「さあ? 知らないです☆」
足取り軽やかに駆け去る千種であった。
●
「ぬはああああ!」
\マクセルのサイドトライセップス!/
「なんの‥‥これでどうだあああ!」
\ギメのダブルバイセップス・バック!/
てなかんじで、筋肉祭りは盛り上がりまくっていた。
獅号の姿を借りたエルレーンはその光景に、ふと新たな気持ちが沸き上がりそうな気配を感じる。
(今までマッチョはきょうみなかったけど‥‥)
もしかして、新たなる目醒めが彼女に訪れるのであろうか?(ダイスロール!)
(‥‥ううん、ガチムチすぎるのはちょっとなの)
あら、残念。
‥‥などとやっていると、突然虚空から無数の腕が現れる。
それは迷うことなく彼女を掴みにかかった。
「!」
危うく声を発しそうになりながら飛びすさる。
「その身のこなし、やはりリョウではありませんね」
着地した彼女にアルバートの冷静な声がかけられた。側にはもう一人、撃退士らしき男がいる。
「細かい仕草に違和感を感じていましたが‥‥鬼道忍軍、でしょう。あなたは」
こうなればもう声を抑えている必要もない。エルレーンはアルバートに訴える。
「ね、ねえ! ‥‥ちょっとぐらい獅号さんの希望をとおしてあげてもいいじゃないっ」
「希望は聞いています。スケジュールは彼の言い分も含めて作成したものです。言うほど無茶なものではありませんよ」
やりとりの向こうで、筋肉祭りは続いている。\サイドチェスト! サイドチェスト!/
「ふだん一生懸命がんばってて、やっとさとがえりしたんでしょ。
おやすみさせてあげようよ。撃退士がついてるんだよ、ぼでぃがーどカンペキだよ」
「ボディガードは私が請け負っている仕事です。簡単に他人に任せるわけには‥‥」
\ダブルバイセップス! フロントだ! バックだ!/
「だめなら‥‥私、ここであばれちゃおうかなあ」
エルレーンの変身は継続中だ。
「いいの? ○スポに『獅号、謎の奇行!?』ってかかれても」
「落ち着いてください、そんなことをしたら困るのは彼です‥‥って近い! 近いですよ!?」
「ぬああああああ!」
「フハハハハハハ!」
いつのまにか筋肉がアルバートの間近に迫っていた。
「さあエルレーン殿、あと一押しである! 我輩は応援するのであるーっ!」
渾身のモスト・マスキュラーでエルレーンを鼓舞する筋肉。もといマクセル。
その横でまた別の筋肉、もといギメも満点の笑顔と共に肉体を誇示し続けていた。
「見よ、この至高の肉体を!」
「はうーっ!」
「分かった分かりましたからとりあえずちょっと離れてくれませんか暑苦しい!」
今にも吶喊しそうなエルレーンとW筋肉に迫られて、半ばなし崩し的にアルバートは折れたのだった。
●
かぽーん。
「混浴だからって、一緒に入る必要はないんじゃないのか?」
「どこから敵が襲ってくるか分からないからね。密着護衛よ」
露天の広い浴場で、獅号のすぐ隣に腰を下ろした鈴音はそう言って彼を見上げた。
「女子高生に女子大生と一緒に温泉なんて、なかなかないでしょうから楽しんでくださいねぇ」
途中で合流した千種が反対側に入ってきて、獅号は少し照れたように目線を動かした。
ちなみに水着はちゃんと着てますのでご安心ください。
「おー! 俺も一緒に温泉なんだぞー!」
「っと‥‥ははっ」
バシャバシャと水しぶきをあげながら千代が獅号に飛びついてくる。まるで屈託のないその様子に、獅号もくつろいだ笑いを浮かべた。
「あー‥‥なんか帰ってきたって感じがするな‥‥」
「そう? まだ和食も食べてないじゃない」
「温泉の後、ご飯なんだぞー!」
「もちろん、それも楽しみだけどな。こうのんびりすると、気持ちが落ち着くだろ」
肩までつかって空を見上げている獅号を、鈴音が上から覗き込んだ。
「ん?」
「せっかくだから、背中くらい流してあげるわよ。ほら!」
温泉からあがった四人は、食事処へ向かいつつ。(浴衣に着替えたので、獅号は着ぐるみから解放されました)
「体動かすなら、俺トレーニングセット持ってるんだぞ! トレーニングだぞ!」
「キャッチボールなら私が付き合いますよぉ☆」
和気藹々と休日モードであった。
(そういえば、追っ手が来るかと思ったけど来ないわね‥‥)
辺りを伺っていた鈴音の端末が鳴動した。
●
「おやすみ楽しんでね、っと‥‥」
メッセージを送り終えたエルレーンの背後では。
「では、我輩も温泉に合流であるな! 獅号殿と筋トレ合戦をするのである!」
「ほほう‥‥なにやら楽しそうではないか」
マクセルとギメがそんな会話を繰り広げていた。
「とりあえず、居場所だけでも教えてもらえますかね‥‥」
筋肉にあてられて憔悴した様子のアルバート。
(この人、いつも獅号さんといっしょにいるんだよね)
エルレーンはそんな彼を見てひらめいた。
「つまりこれは‥‥!」
彼女の脳の腐った部分が、瞬時に右とか左とか、そんな計算をはじき出す。
ガチムチマッチョに目覚めなかった代わりに、彼女は新たな方程式を手に入れたのだった。
●
こうして、獅号の帰国初日はめでたく完全オフとなった。
突然の予定変更を某斡旋所職員が涙目で関係各所へ連絡したものの、大きなニュースとしてマスコミを騒がせた。
アルバートはドタキャン事件を逆手に獅号の奔放な性格を売り込み、マスコミ業界ではお騒がせアスリートとしての地位を確立したようだが、それはまた別の話である。