校舎の外にでると、肌を刺すような強い日光が一行を出迎えた。
「今年の夏は暑いね」
手のひらでそれを遮りながら、天風 静流(
ja0373)がしみじみ言う。
「確かにこう暑くては、ただ机に向かっても効率は落ちそうで御座るな‥‥」
「そうそう、そうなんですよ!」
エルリック・リバーフィルド(
ja0112)の言葉に、春苑 佳澄(jz0098)はこくこく頷く。
「勉強をしなくても良い訳ではないけれどね‥‥去年は土下座で何とかした猛者もいた様だが」
「うっ、それは‥‥」
静流の言葉に表情をひきつらせたが、後ろからエルレーン・バルハザード(
ja0889)が明るい声を響かせる。
「やあやあ、やっぱりべんきょーばっかだと頭がぱーんしちゃうよねっ‥‥おもいっきり身体動かしたら、きっとすっきりするよ(・∀・)!」
「まあ、確かに‥‥」
グレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)も訳知り顔で頷いた。
「テスト勉強が苦手な人ってのはいるだろうし、気分転換に身体を動かして、血の巡りをよくすればいいのよね」
(あたし自身はそんなに苦にならないんだけど‥‥)
あのまま部室に残って勉強を続けても良かったのだが、部屋を出ていく佳澄の表情に何となく手を差し伸べられたような気分になってついてきた彼女である。
「そうそ、試験勉強の息抜きってことで。難しく考えずにいきましょ♪」
グレイシアの肩越しに顔を出した雀原 麦子(
ja1553)は、何かクピクピやっている。
「あっ、麦子先輩‥‥ビール」
「うふふー、大丈夫よかすみん。このくらいはちょっと動けばすぐ汗で出ちゃうから」
●
さて、何をするかということであるが。
「──というわけで、水鉄砲での陣取り合戦的な模擬戦でーす☆」
蓮城 真緋呂(
jb6120)が明るく決定事項を皆に伝えた。
エルレーンは直前の戦闘で負傷していたが、これなら怪我が増えるということもなく楽しめるだろう。
「みずでっぽう、借りてきたよっ」
エルレーンとエルリックが人数分の水鉄砲を抱えて戻ってきた。
「中庭の使用申請、出してきたよ。閑話部の名前を使ったけど、よかったかな?」
「うん、ソフィアちゃんありがとう!」
私部員ってわけじゃないんだけど、と言うソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)に佳澄が笑顔を向ける。
「細かいルールはどうするの? ハンデとか」
「その辺りはざっくりでいいんじゃないかな。息抜きもかねてのものだしね」
みんなで話し合って決めたルールはこんな感じ。
・攻撃側が防御側の旗を狙う。旗が撃たれるか、どちらかのメンバーが全員脱落で決着。
・体に水が当たったら脱落。審判もいないので、自己申告制。
・スキルは攻撃スキル以外は使用可。
「よーし、がんばるぞ!」
「いきいきしてきたわね‥‥」
水鉄砲に水を満たして、早くも血の巡りが良くなってきた? 佳澄を見て、グレイシアは苦笑しつつ。
「まあ、こちらも正々堂々と戦うわよ」
彼女も結構燃えていた。
「ふっふっふ、手加減はしないわよ。私にはして欲しいけど!」
真緋呂が何とも一方的な台詞を言い残したところで、メンバーは二手に分かれた。
●
「さてと、まずは私たちからね」
水鉄砲をガンマンさながらくるくる回して、麦子がポーズを取る。
先攻のAチームは彼女のほか、ソフィア、グレイシア、真緋呂の四人。
「向こうは鬼道忍軍が二人か‥‥どんな作戦でくるかしら?」
真緋呂は遠くを見るが、Bチームのメンバーや旗は見えない。フィールドはL字型になっており、相手がいるはずの場所は張り出した校舎が視界を遮っていた。
「連携をとって、集中攻撃されないようにしないとだね」
「あたしは前衛のサポートに回るわよ」
ソフィアとグレイシアは頷きあう。全員水鉄砲を構え、互いの位置を確認しながら校舎の影を抜け出した。
「来たで御座るよ!」
壁走りで校舎に張り付いたエルリックが警告を発する。正面前方に麦子、その背後にソフィアとグレイシア。真緋呂の姿は見えない。
「麦子先輩、覚悟!」
「来たわねかすみん!」
防衛側では佳澄が真っ先に飛び出していくが、麦子の反撃にあって慌てて横へ飛んだ。
転がるようにして植え込みのそばへ逃げるが‥‥。
「あっ、そっちはダメで御座る!」
エルリックが声に合わせるように真緋呂が飛び出してきた。
佳澄は水鉄砲を向けようとするが、真緋呂は一気に懐にまで飛び込み、右足一閃。
「あっ!?」
‥‥と思ったときには、佳澄の手から水鉄砲が弾き飛ばされ、からからと乾いた音を立てて地面を滑っていく。
「いつから水鉄砲が安全だと錯覚していた?」
ニンマリと笑う真緋呂。ゆっくりと銃口を佳澄に向ける。その奥ではソフィアも射線を合わせていた。
「うあー、びしょびしょ‥‥」
「ふふ、涼しいでしょ?」
前後から下着に染みるほど水を浴びて、佳澄はアウト。
「むむ、しかしまだこれからで御座る」
高所を確保しているエルリックが視線を送るのはエルレーンだ。前にでて相手を待ち受ける彼女は右手を上に差し上げて声を張った。
「ふっふっふ‥‥へんしーん!」
ドロンとばかりに変化の術。
┌(┌ ^o^)┐カサカサ
「えっ‥‥」
何これ。
┌(┌ ^o^)┐ホモォ・・・・
あっけにとられるAチームへ突撃する┌(┌ ^o^)┐‥‥エルレーン。
「くっ、この!」
真緋呂の射撃はするりと躱す。重体中と侮るなかれ、彼女の回避力は参加者中No.1だ!
エルレーンは地べたをカサカサ這い回る。人間は足下の視界が見えにくいという弱点を利用した、歴とした作戦なんですよこれ。
「そーれ、ぴゅー☆」
エルリックと連携し上下からの射撃を浴びせると、麦子のTシャツが水を吸った。
「あらら、私、アウト〜」
あっさり認めて麦子は退場していく。
グレイシアは麦子を撃った射線を辿り、頭上のエルリックを狙うが‥‥。
「残念、はずれで御座る」声は全く想定外の位置から。
「しまっ‥‥」
分身をその場に残して、すでに彼女は地上に下りていた。背中に水を浴びて、グレイシアもアウト。
「この調子でいくで御座るよ!」
「夏のイベントでほきゅうした萌えが、私をかそくさせるのっ!」
「これは‥‥結構ピンチかもね」
ウィンドウォールで水を散らしながら、エルレーンとエルリックの忍軍コンビに相対するソフィア。
だが彼女が二人を引きつける間に、真緋呂が旗を目指していた。
「ソフィアさん、もう少しがんばって!」
足の裏に発生させた磁場によって、真緋呂は滑るように進む。旗の防衛には静流が当たっていた。
放たれた一撃を何とか躱すが、足がもつれそうになる。そんな真緋呂を静流は冷静に捉え、第二射。
水流が一直線に真緋呂に‥‥到達する直前、顕現した扇によって防がれた。
「何の! まだセーフ!」
確かに「体に当たったらアウト」のルールなので、まだセーフだ。
だが静流の銃口は真緋呂を捉え続けている‥‥次はない。
射程はギリギリ、勝負は一発。扇を戻し、両手で水鉄砲を構え。
「いけーっ!」
引き金を引く。
日射しをきらきらはじく水の一糸が、見事旗のど真ん中を貫いた。
「すまない、守りきれなかったよ」
真緋呂たちがハイタッチを交わすのを横目に、静流たちも集まる。
「なんの、今度はこちらの番で御座るよ!」
「しょうりを目指して、がんばろうねっ」
「そ、そうですね‥‥」
エルリックの隣で頷くエルレーンは、まだ┌(┌ ^o^)┐のままである‥‥。
●
「まだまだ、いくよっ」┌(┌ ^o^)┐カサカサ
Bチーム攻撃の口火を切って突撃するエルレーン。一番に角を回って、敵陣を目指す。
当然、待ち受ける面々に集中砲火を浴びるが、しぶとく地面を這いずり回り、びょんっと後ろにジャンプして避ける。
「なんなの、この生き物?」
普通の人間には不可能なほど姿勢が低いため、なかなか狙いが定まらない。
絶好調のエルレーンだったが、そこへ彼女を包むように霧が発生する。
「はれぇ‥‥?」
頭の芯が甘く鈍り、急速に意識が遠くなる。
┌(┌ ^o^)┐ホモ‥‥ォ‥‥
└(└ x x)┘コテン
ソフィアのスリープミストに捕まって、┌(┌ ^o^)┐は退治された。
ふう、と一つ息をつくソフィア。だが直後、霧をかいくぐって佳澄が飛び出してくる。
「前にこれでやられたもん!」
バトルロイヤルでこの霧に思い切り飛び込んだことを、彼女はちゃんと覚えていた。
霧の範囲外を回り込んでソフィアに迫るが、至近距離の一撃を彼女は辛くも回避する。
「ああっ、惜しい!」
「そう簡単にはやられないよ」
瞬時に視界を巡らせ、状況を確認するソフィア。後方からグレイシアが近づいてくるが、相手チームのほかのメンバーの姿は見えない。
ならば、と佳澄に反撃を仕掛けようとした瞬間、ひんやりとした感触。
「えっ‥‥」
健康的な小麦色のわき腹を水が流れ落ちていた。
位置的に、撃ったとしたらグレイシアしかいない。だが彼女は味方のはず──。
「ふふふ、油断大敵で御座るな」
グレイシアがエルリックの声でしゃべった、と思った次には姿も彼女のものになる。変化の術だ。
変化を解いたエルリックは積極的に動き回って囮になりつつ、自身も旗を目指す。
「行かせないっ!」
「おおっ!?」
真緋呂が接近し、掌中に生んだ風の力を解放する。突風が吹き荒れ、エルリックは体勢を崩した。
そこへ、グレイシア(本物)が狙いを定める。
「勝手にあたしの姿を使ったお返しよね」
側方からの射撃を回避しきれず、エルリックも退場に。
「きゃっ!?」
「えへへ、やった!」
と彼方を見れば、真緋呂のワンピースが水を吸っていた。どうやら仕留めたのは佳澄だ。
「手加減してっていったのにー‥‥ちょっと涼しいけど」
防衛側で前線に残るのはグレイシアのみに。攻撃側は佳澄、さらに静流も回り込んで彼女に迫る。
グレイシアは奮闘して佳澄を退場させたが、静流に水を浴びせられた。
これで1対1。
「よくここまでたどり着いたわね」
旗の前には、麦子が仁王立ちしていた。
それ以上口にせず、麦子は腰溜めに水鉄砲を構える。
それを見て静流もまた、同じように。
全員が固唾を呑んで見守る、数瞬の沈黙。
上空で鳥がひとつ、啼いた。
その声を合図として、両者が一斉に動く。二つの水流が交差した。
「うぐぐ‥‥やーらーれーたー‥‥」
先に反応を示したのは麦子だった。右手を上げて大げさに呻くと、その場にばったりと倒れ込む。
「やったー‥‥なの?」
「勝利で御座るか?」
エルレーンとエルリックが身を乗り出すが‥‥。
「いや、私もやられたよ」
苦笑しつつ振り返る静流の肩もまた濡れて、肌色が透けて見えていた。
●
水鉄砲戦が終わった後には、ちょっとした余興が。
佳澄が、静流に稽古を付けて欲しいと頼んだのである。
模擬戦用の棍を構え、慎重に距離を測る佳澄。対して静流は一見悠然としていた。普段長物を好んで使うこともあり、武器は佳澄と同じ棍だ。
「たぁーっ!」
佳澄が飛び込む。勢いよく数合打ち合うと、乾いた音が午後の中庭によく響いた。
しばらく佳澄に打たせていた静流が反撃に。相手をいなしてから、無言の気合いでもって連撃をたたき込む。
胴を狙った一撃目こそ佳澄は何とか受けたが、次いで二撃、三撃と続くとすぐ捌ききれなくなり、最後は肩口に突きを受けて吹き飛んだ。
「ちょっと、大丈夫?」
グレイシアが駆け寄り、佳澄を治療する。
「すまない、加減したつもりだったが‥‥」
「いえ、お相手ありがとうございました! ‥‥たた」
光纏を解いた静流に向かって、やっぱり天風先輩は強いですね、と佳澄は嬉しそうに笑った。
「実戦ばかり出ているからね。依頼で学園を空けていることも少なくな‥‥うわっ!?」
「きゃっ!」
「うひゃ!」
そこへ突然大量の水が浴びせかけられ、三人をびしょ濡れにする。
「どう? 涼しいでしょ♪」
犯人は麦子。右手にホース、左手にビール。‥‥それ、何本目?
ホースから吹き出す水流が日射しを浴びて、虹を作り出していた。
「この後はクールダウンってことで、プールに行こうか。申請も出してあるしね」
「みんな濡れちゃってるしね!」
ソフィアが準備の良いところを見せ、真緋呂が歓声を上げる。
「やれやれ‥‥」
静流は自分同様に滴をぽたぽたとたらす佳澄とグレイシアに笑いかけると、彼女らに続くのだった。
●
「さあ、暑さを忘れて泳ぐわよっ」
ビキニ姿の麦子がいの一番に水面へダイブすると、派手な水しぶきがあがった。
「はぁー、気持ち良いで御座るなー‥‥」
エルリックは浮き輪を用意して、のんびりぷかぷか。
「最後にすっきりと、だね」
ソフィアは白のホルターネックビキニに身を包み、水中をたゆたう様に泳ぐ。
「天風先輩、一緒に泳ぎま‥‥うきゃっ!?」
先にプールに入って静流を誘おうとした佳澄は突然足を引っ張られて水中に引きずり込まれる。
「えへ☆ 驚いた?」
浮いてきた真緋呂がいたずらっぽく笑った。
「さっきのお返しだよ!」
「むぅ、やったなあ!」
佳澄が反撃とばかりに飛びかかり、きゃあきゃあと楽しげな嬌声と水音が響く。
「うんうん、みんな可愛いわね〜♪」
レーンの反対側まで泳いだ麦子はプールサイドに腰掛けて、女の子たちのそんな姿も満喫していた。
みんなが思い思いに楽しむ中、エルレーンだけは少し様子が違った。
「‥‥うぐぐ、でかいからってぇ‥‥ギギギグヤヂイ┌(┌ ^o^#)┐」
彼女の視線は、仲間たちの胸元に注がれていた。たとえば青いビキニの真緋呂は体の線は細いが、胸はしっかりとボリュームがある。
ほかの面々もみな、女性ながらにうらやま憎い! と思えるほどの「ボイン」であった。‥‥例外もいるけど、エルレーンの目には入らないらしい。
というか彼女、ずっと┌(┌ ^o^)┐のままである。もう今日はこれで通すつもりらしい。
「うぐぐ、ひきちぎってやるぅ‥‥┌(┌ ^o^#)┐」
物騒なことを呟きつつ、水に飛び込む。
┌(┌ ^o^)┐バシャバシャ
┌(┌ ^o^)┐バシャバシャバシャバシャ
┌(┌ ^o^)┐バシャバsyブクブクブク‥‥‥‥
しばらく盛大に水しぶきを上げていた彼女は、数メートルも進まずにその場に沈んでいったのだった。
●
「うーん、楽しかった!」
佳澄は晴れ晴れと伸びをする。夕方になっても暑さは一向に治まらないが、その表情から切迫したものは消えていた。
「たまにはこういう息抜きも大事よね♪」
佳澄と肩を組んで、麦子も上機嫌。もっとも、それは右手の缶ビールのせいかもしれないが。
そこへ、グレイシアが一言。
「もう遅くなってきたし、そろそろ解散よね‥‥勉強はどうするの?」
「えっ‥‥」
佳澄の濡れ髪から汗のように水が一筋、たらり。
正直、いっぱい動いて疲れたし、寮に戻ったらすぐ寝てしまいそうな気配が‥‥。
「だ、大丈夫! ‥‥きっと」
元気はあっても根拠はない、そんな叫びがこだまする。
さて、試験の結果はいかに。