「お久しぶりですっ。お花見のアルバイトの時以来ですねー」
御守 陸(
ja6074)が明るい声で店長たちに挨拶する。
「君かあ。久しぶりだね」
「お元気でしたか?」
「うんまあ、死なない程度には」
当時と変わらず激務を続けているらしい店長に、陸は苦笑する。
「しかし、今度は幽霊か‥‥。このコンビニはつくづく騒動に縁があるね」
「結構話題に事欠きませんよね〜」
高峰 彩香(
ja5000)の言葉に、森林(
ja2378)は朗らかに同意した。
「幽霊って言うけど、どうせ天魔でしょ。なんか情緒ないわね」
月丘 結希(
jb1914)はつまらなそうに言い放つ。だが永連 璃遠(
ja2142)はまだ分からない、とばかりに首を振った。
「もしかしたら、本当に幽霊かも‥‥?」
「そんなわけ、ないだろう」
否定したのは、蒸姫 ギア(
jb4049)だ。
「おおかた天魔の仕業だろうけど、変な噂で人界が騒がしくなるの、ギア嫌だから‥‥この事件も、万能蒸気の力で解決してみせるよ」
自信満々に頷くと、店長に事件のあった広場を案内するように言うのだった。
「ここが現場だけど‥‥日中はなんてことないんだよね」
「へえ、ちゃんと管理してるのね」
「素敵な芝生ですね〜」
結希は満足そうに広場を見回す。森林は芝生をひと撫でして笑顔を浮かべた。
ギアが熱心に店長に聞き込みをしている。
「その人影が、薄ぼんやりと立っていたのはどの辺り?」
「この辺だったかなあ‥‥。姿よりも先に、音が聞こえてきたんだよ」
「音か‥‥どんな感じの音だったか、似た音があれば教えてもらえると助かる」
「最初は、風の音かと思ったんだけどね。でも後から考えると、あの女幽霊のうなり声だったのかも」
店長が何気なく幽霊と口にすると、璃遠が興味深そうに口を挟んだ。
「店長さんは、幽霊だと思ってるんですか?」
「さあねえ‥‥見た目、いかにもって感じではあったけど」
「冥魔は魂を糧にするっていうんだから、霊魂はあると思うけど‥‥悪魔のアンタなら何か知ってる?」
「ギア、ちゃんと覚えてる」
結希に問われ、こっくりと頷くギア。
「特定の地形や条件が揃った場合、怪現象に見えることもあるって。──この間TVでやってたから!」
胸を張って披露したのは──先日のバラエティ特番で得た知識だった。
「そういうこと聞いてるんじゃ‥‥」
「だから‥‥本物なんて事は、絶対ないんだからなっ」
「あとは、公園のカップルの話も聞けるといいんだけど」
「すみませんが、私もお客さんからの又聞きなので‥‥」
彩香がモブ子の方を見て言ったが、彼女は目を伏せて首を振った。
「ちょっと検索して見るわ。ほかにも情報があるかも知れないし」
結希は端末を取り出した。
「ひどいと思わない? あんな人気のない公園に誘われたら普通期待するっつーの」
いくつかのブログやコミュニティを当たってみた結果、連絡が付いたのは殴り合ったカップルの女性の方だった。
「なのに幽霊なんか出て、それで気がついたらアイツいなくなっててさ。なんかよく分かんないのに襲われてボコボコにされたし。百倍返しにしてやったけど。それで病院で問いつめたら被害者は俺だとか言ってんの。マジ最悪。その場でフッてやったっつーの」
「何に襲われたかよく分からない?」
ギアが問うと、女性はばつが悪そうに頭を掻いた。
「あーうん。なんか最初に一発殴られてさ。カッとなっちゃって‥‥よく覚えてないっつーか」
「殴られる前に、何か音を聞いたりは‥‥」
「音‥‥うん、聞いたな。風が吹いてたから、木の葉が揺れてるのかと思ったけど‥‥いや、違うな。音が聞こえてから風が吹いたのかも。生暖かくて、気持ち悪い風だった」
璃遠に向かって答えつつ、女性は盛んに首をひねっていた。
「状況はほぼ同じ‥‥だけど結果が異なりますね」
「一人で遭遇すると暗闇、二人だと殴り合い‥‥幻惑の能力持ち、ってところかしら」
「店長さんは、強烈な眠気に襲われたとも言ってましたね〜」
話を聞き終え、証言を整理する。結希の推論に森林が付け加えると、彩香も考える仕草をした。
「複数の状態異常を使い分ける天魔‥‥だとしたら厄介だね。もしかしたら同一犯じゃないのかも」
そこまで言って、だが彼女はぐしぐしと前髪を乱暴にかき上げる。
「まあ、あたしは考えるのは苦手なんだけどさ‥‥」
「もっと証言が得られればよかったんだけど‥‥事前に調べられるのはこんなところかしらね」
「となると、いよいよ張り込みですね!」
璃遠はなんだかうきうきと楽しそうだった。
●
夜のコンビニ前。
「懐中電灯、買ってきたわよ」
店から出てきた結希が、璃遠にも懐中電灯を手渡す。二人はコンビニと公園、それぞれの場所で囮役を務めることになっていた。
「こう言う時には必須と聞いた、はい、あんパンと牛乳」
続いて出てきたギアは、残りの三名に『張り込みの必須アイテム』を手渡していく。
「みんな、気をつけてね」
見送りに出てきた店長が心配そうに声をかける。陸がいつもの人好きのする笑顔を彼に向ける。
「‥‥もう大丈夫ですよ、すぐ片づけますから‥‥」
店長から視線を外したその瞬間、笑顔は消えた。光纏と共に、彼は冷徹な戦士に変わる。
「それじゃ──行ってきます」
●
「すぐ隣にお店があるとは言っても、奥の方は結構暗いんだな‥‥」
コンビニ脇の広場で璃遠は一人、柔らかい芝生の上を歩いている。暗さもそうだが、人の気配のなさが『それっぽい』雰囲気を醸し出していた。まだ深夜というほどの時間ではないのだが。
「確か、この辺だっけ」
昼間、店長が示した辺りに腰を下ろして空を見上げる。月は明るかったが、星はそれほど多くは見えなかった。
「さて、何が出てくるのかな?」
ドキドキと期待に近い感情が心を揺らしているのを自覚しつつも、璃遠は油断なく視線を巡らしながら、時を待つ。
その様子を、外周花壇の陰に潜んで森林とギアが見つめていた。
「実際、どっちなんでしょうね〜」
「‥‥本物なんて事は、絶対無いんだからなっ」
まだ幾らか余裕を含んでいる森林の言葉をギアは強い口調で否定して、あんパンをむしゃりと食べた。
「むぐむぐ‥‥この世に蒸気の力で究明できない物なんて何もない‥‥こっ、怖いからそう言ってるんじゃ、無いんだからなっ」
あからさまに顔を背けるギアを森林は微笑ましく眺めていたが、璃遠の方を確認した途端、表情を引き締めた。
「動きがあったようです」
璃遠の耳には風が鳴っているような、あるいは女性が呻いているような音がはっきりと届いていた。なるほど、店長の言っていたとおりだ。
夜目を効かせてこちらを見張っているはずの森林たちに向けてサインを送り、音の発信源を探す。
「出たな‥‥!」
程なくして、前方にぼんやりと浮かぶ薄青い光。その中に現れた女。
距離が詰まり次第攻撃を仕掛けようと、携えた刀に手をかける。
だがその時、彼に届いていたすべての光が消えた。
街灯も店の灯りも、夜空に浮かぶ月さえも。
仲間たちの気配すら感じられなくなり、璃遠は結希から渡された懐中電灯のスイッチを入れる。
「!?」
だが、光は点らない。
すべてが闇の今璃遠に意識できるのは、眼前の幽霊女の姿と体にまとわりつく温い風。
持ってきてあったペンライトは──携帯品を探ろうとしたとき、女の口が開くのが見えた。
オアァアアアン!
甲高い叫び声が、璃遠の意識を一瞬で奪い去った。
森林はハンドサインを確認した時点で阻霊符を発動していた。
「ホントに足がないんですね‥‥」
姿を現した幽霊女を目を凝らして見つめたが、それが果たして何者であるかまでは分からない。
公園に向かった別班を呼び戻そうと端末を操作したが、どういうわけかコール音が鳴るばかりで連絡が取れない。そうこうしているうち、璃遠がその場に崩れるようにして倒れた。
「くっ」
距離をとっていたことが幸いしたのか、自分自身にはなんの変調もない。だがこれ以上は待てないと森林は端末をしまい、その手に和弓を顕現する。
首元の勾玉が発する赤い光に誘われるように、女幽霊がこちらを向いた。
その隙をついてギアが翔扇を投げつける。潜行して背後をとった彼の一撃は、女の背中を容赦なく切り裂いた。
女はゆらと揺らめき、ギアを振り返る──長い前髪が後ろに流れると、いっぱいに見開かれた目が血走り、口は頬の中程まで裂けていた!
「こっ、怖くなんて、ないんだからなっ!?」
凄みを増した女幽霊の背中に、しかし唐突に一枚の葉っぱがにょきりと生えた。
森林が放った共鳴草である。
「攻撃が当たる以上、幽霊なんかじゃありません‥‥倒してしまいましょう」
「当たり前だ‥‥万能蒸気の力、思い知れ!」
二人は挟撃の体勢を維持しつつ、髪を振り乱す敵に向かって武器を構えた。
●
その少し前。
まったく人気を感じない夜の公園を、結希は一人で歩いていた。陸と彩香は彼女から距離をとってついてきているはずではあったが。
「確かに、何かでてもおかしくない雰囲気ではあるわね‥‥」
ジ、ジ、と点滅を繰り返す街灯に目をやって、小さく呟く。
ウゥウン‥‥。
「来たわね」
無風の公園内に風がうねるような音が聞こえてきた。結希は手にしていた懐中電灯のスイッチを入れ、後続の二人に光でアピールする。
「お出ましみたいだね」
ナイトビジョン越しに光を確認した彩香が潜めた声で言う。
「さて、実際のところはどうなのかな、と‥‥」
陸はライフルを構えて油断なく周辺を観察する。
「見えた‥‥!」
耳栓をしていることもあってか声は陸の耳まで届かなかったが、結希の視線の先に薄ぼんやりと浮かぶ足のない女の姿が確かに見えた。
すかさずライフルのスコープで、女の首筋──喉に狙いを定める。
いよいよ引き金を引こうとしたその瞬間。マナーモードにしてあった携帯が振動した。
「‥‥!」
撃ち出されたアウルの弾丸が女の体に紅い華を咲かせる。
「やっぱり、天魔の仕業だよね」
物理攻撃が通用する幽霊というものもないだろう。彩香はそう判断して飛び出していく。
「待ってください!」
陸は叫び、再び女をライフルで狙う。
先ほどの一撃はわずかに狙いがそれていた。着弾は鎖骨の辺り。つまり、まだ喉はつぶれていないのだ。
女が口を開くのが見えた。
それを見て、結希は身構える。囮として立ってはいるものの、精一杯の抵抗をするつもりだった。
だがそこで初めて気づく。いつしか吹いていた生暖かい風が、手足を縛る鎖のごとく体にまとわりついていることに。
(くっ、集中が‥‥)
音だけでは無かったのだと彼女が気づいたときには、そこから逃れる手段は残されていなかった。
脳天を揺さぶられる声を浴びて、意識が塗りつぶされていく。
結希がゆっくりと振り返った。彩香は彼女の顔面を見て、息を呑む。
そこには目も鼻も口も──結希を形作っていたすべてのパーツが存在しなくなっていたからだ。
かつて結希だったのっぺらぼうが手をかざす。はっきりとした敵意を感じて、彩香は剣を構えた。
身を沈め、一気に斬りかかろうとした時──眼前を、アウルの弾丸が通過する。
アルミ缶を思い切り踏みつぶしたような音が響き、見れば女幽霊が喉をかきむしっていた。
陸の狙撃が、今度こそ正確にそこを貫いたのだ。
ギャロロロロオォン!
喉を破られた女幽霊は濁った咆哮をあげる。結希がそれに合わせて炎の玉を投げつけてきたが、彩香は冷静にそれを躱した。
改めて見やれば、それはのっぺらぼうなどではなく確かに結希だった。彩香は自分自身も一瞬幻惑にとらわれていたことを知る。
だが、もう惑わされはしない。女幽霊の元へ距離を詰めると、炎の斬撃を見せ餌にして風の斬撃をたたき込む。狙いはもちろん喉だ。
「‥‥‥‥!」
ついに濁った声すら出なくなった。
「幽霊騒動は今日で終わりだよ」
女幽霊──そう思われていた天魔に向けて剣を突きつけると、背後から怒気をはらんだ声が響く。
「よくもやってくれたじゃない」
正気を取り戻した結希が端末を持った手を天魔に向けていた。映し出された画面上でプログラムが走り、女の体を五芒星が包む。
すると、女天魔はたちどころに石となり──それで限界だったのだろう、ぼろぼろとその場に崩れて動かなくなった。
「ふん、幽霊の彫像とはいかなかったわね」
石の山となった天魔を見て、結希は面白くもないけど、と鼻を鳴らした。
●
「先ほど着信がありました。広場の方も心配です‥‥急ぎましょう」
陸に促され、三人はコンビニへの道を駆け戻る。
やがてコンビニの寂しげな灯りが見えてきたが、広場は静かだった。
「みなさん、無事ですか!?」
陸が声をかけ、結希が懐中電灯で照らすと、浮かび上がってきたのは森林の笑顔だった。
「あ、無事でしたか〜。これから応援に行こうと思っていたところだったんですよ」
「幽霊の正体見たり、彼オバマ‥‥不思議な事など無いんだからなっ!」
隣では少々間違った格言を引用しつつ、ギアがつんとそっぽを向いている。
足下には、天魔の死骸が横たわっていた。
●
一行は広場で店長に事情を説明しがてら、処理班が到着するのを待つ。
「この芝生、やっぱり気持ちいいですね〜。被害が出なくてよかったです〜」
「はは、これからもよかったら寝そべりにおいで。いつでも歓迎だからね」
懸案がなくなって、思う存分芝生に寝そべる森林に店長は笑いかけた。
「それにしても、ここは本当によく天魔がでるよね」
「そうですね〜‥‥アメフラシに襲われたり‥‥」
「ここの草を刈ったときもいろいろいたしね」
彩香たちが以前を思い返すようにすると、ギアもうんうんと頷いた。
「ギアはあの公園で、芋虫型天魔と戦ったよ」
それを聞いて、璃遠は意地悪な笑みを浮かべた。
「今回のは天魔でしたけど、もしかしたらここ、何か憑いてるんじゃないですか‥‥?」
「やめてくれ‥‥」
店長はやれやれとため息をつく。
「でもほら‥‥あの光は何でしょう?」
璃遠が示した方を見ると、光が一つゆらゆらとさまよっているような‥‥。
「あ、店長ここでしたか」
なんて、それはモブ子が持っていた懐中電灯の光でした。店長に恨めしそうに見られて、璃遠はごめんなさいと笑った。
「心臓に悪いな‥‥それで、どうしたの?」
店長も笑っていたが、次の瞬間その笑顔は凍り付くことになる。
「夜勤の柳下さんから電話で、体調悪いから今日休ませてくれと」
「えっ、きょ、今日!?」
「今日です」
「って、もうシフトの時間じゃないか!」
店長は文字通り飛び上がった。
「代わりを見つけないと帰れなくなる‥‥! み、みんな今日はお疲れさま!」
店長はこけつまろびつ店へと走っていった。
「相変わらず大変そうですね‥‥」
「幽霊話より目先のシフトか‥‥ホント、情緒無いわね」
陸は心配そうにその背を見送り、結希は肩をすくめるのだった。