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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/10


みんなの思い出



オープニング

「ええと、だからね。群馬はいまどうなってるか分からなくて、危険なのよ」

 その日、斡旋所職員・潮崎 紘乃(jz0117)は、受付に張り付いた二人の来客の対応に四苦八苦していた。
「だって、言ったよ!」「言ったよ!」
 彼らはお揃いのつば付き帽子をかぶって、お揃いの服を着てカウンターを見上げている。訴えかける声までそっくりだった。
「一緒に探しに行ってくれるって、言った!」
「母さんにちゃんと言えばいいって、言った!」
「勇矢くん、それはね‥‥」
「ユウは、こっち!」
 紘乃が男の子の一人に話しかけると、彼は憤然として隣を指さした。
「ご、ごめんね尚矢くん。〜〜あーもう‥‥」
 頭を抱える。何しろ目の前の二人の子供は、顔立ちまでそっくりなのだった。

「でもお母さん、本当にいいんですか?」
 双子を説得することを諦めた紘乃は、矛先を彼らの後ろに控えていた母親に向ける。
「群馬県は、おそらく‥‥いえ、間違いなく悪魔の支配下にあります。そんなところに大事なお子さんを‥‥」
「もちろん、行かせなくてすむならそうしたいのですけど」
 母親は、弱々しく笑った。
「この子たち、言い出したら聞かないんです。前みたいに勝手に飛び出して行かれるくらいなら、いっそ最初からみなさんと一緒に行かせてしまった方が安全じゃないかしらって」
 彼らが持ち前のやんちゃな行動力によって危険な目にあったのはすでに一度ではない。
「それに‥‥私、少し負い目があるんです」
 そう言って少し、目を伏せる。
「この子たちが群馬のことを‥‥祖母たちのことを思い出したあとも、私はずっと、思い出せなかったから」
「それは‥‥」
 紘乃は言葉に詰まった。子供たちの祖母は、彼女にとって実の母親なのだ。
 それを、人々から群馬を隠していた結界が本当に薄くなるまで、思い出せなかった。彼女は母親のことを忘れていたのだ。
「だから祖母たちのことに関しては、出来るだけこの子たちのことを汲んであげたいんです」
「?」
 肩に手を置かれて、双子は不思議そうに母親を見上げている。
「でも、本当に危険なんですよ」
「もちろん、県内の捜索すべてにこの子たちを連れてけなんて言いません。ちょっと様子を見せてあげて欲しいんです。本当に危険だって分かれば、もうわがままも言わないと思いますし、ね?」
「いい子にしてるよ!」「してるよ!」
「祖母宅があるのは伊勢崎市です。埼玉側から入ればすぐ近くですし、家の周辺がどうなっているかを確認できれば十分ですから‥‥お願いします」
 母親にまで熱心に頼み込まれて、紘乃は額に手をやるのだった。



「ふふん、ようやく、ようやくだ。退屈な日々ともこれで──」
 血のように赤黒く装飾された室内で、レガ(jz0135)は遠足の日を待ちわびる子供のように胸を躍らせている。

 この世界へとやってきて、彼を待っていたものは平穏だった。支配地を脅かすものはなく、魂の収穫も順調。
 だが安寧の日々は、刺激を好む彼にとっては逆に苦痛でさえあったのだ。

 今、この地を隠していたものは取り去られた。
 人間たちは取り戻しにくるだろうか? いや、来るに違いない。
 そう、あの撃退士というものたちならば。


 コンコン、と乾いたノックの音がして、扉が開く。
「レガ様、報告のお時間です」
 束ねた白髪を背中に流した、和装の老婆が書類を持って現れた。

「近頃、領内の治安が悪化しつつあるようです。ディアボロが少し増えすぎですね」
 支配地内部の様子をつぶさに報告する老婆の言葉を、レガはつまらなさそうに聞いている。
「このままでは、無駄な死人がでるかも知れませんよ。引き締めをはかられた方が──」
「そんなことはいい。撃退士は来ていないのか」
 ついに我慢できなくなったレガが遮って声を上げると、老婆は困ったように眉根を下げた。
「そんなこと、ではありませんよ。あなた様はこの地の支配者なのですから」
「多少荒れたところで問題あるまい。どうせもう大して生きてはいないのだ」
「多くはなくとも、生存者は居ますよ。彼らから確実に『収穫』を得ることが、あなた様のお仕事でございましょうに」
 まるで若者を諭すかのように。老婆はあくまでも柔らかい物腰だった。
 だがそれが気に入らないのか、レガは表情を険しくする。
「──ヴァニタス風情が、私に口答えするのかね」
 そのようにすごまれても、老婆はたおやかな笑みを崩さなかった。
「私のことが気に入らないのでしたら、どうぞこの首お刎ねくださいませ。もとよりあなた様にいただいたのですもの、惜しくはございませんよ」
 レガは氷のような視線をまっすぐに老婆に、その皺深い笑みの奥へと注ぐ。

 しばらくそうしていたが、結局折れたのはレガの方だった。
「おまえをヴァニタスにしたのは失敗だった。‥‥張り合いがなさ過ぎる」
「あらあら」
 老婆はころころと笑った。
「領内のことは分かった。近いうちに様子を見に行こう。だが外敵の警戒をするのも重要だろう」
「結界内に撃退士の姿はありません。いくらここが県境から近いといっても、そうすぐには来ませんよ」
「むぅ‥‥では結界の外はどうだ」
 レガが口をとがらせる。
「さあ。私にお命じになられたのは『この地を守ること』ですから、外のことは存じ上げません。とはいえ結界外にもディアボロはたくさん居ますから、おいそれとは入ってこられないでしょうねえ」
「ふむ‥‥」
 つまらん、とばかりに顔を伏せたレガに、老婆は微笑みかける。
「報告は以上です。お茶を淹れましょうか?」
「ん、ああ、そうだな‥‥おまえの茶は美味い。とびきりのものを淹れてくれ」
「まあ‥‥でしたら、とっておきの玉露をお持ちしましょうね」
 老婆が一礼して立ち去るのを、レガはじっと見送った。
 扉が音を立てて閉められたのを確認する。
「よし」
 壁を見やった。


 十分ほど経って、再び扉がノックされる。
「お待たせしました」
 湯気の立つ湯呑みを盆に乗せて現れた老婆が見たものは、無人の室内。

「まったく‥‥困った主様だこと」
 机の上に置かれた紙切れには、『偵察任務だ』とだけ記されていた。


リプレイ本文

 埼玉県の北には群馬県がある。

 それは誰もが当たり前に知っていて、当たり前のように忘れていたこと。



 サイレントウォークによって気配を減じた鑑夜 翠月(jb0681)、雁鉄 静寂(jb3365)。さらにマキナ・ベルヴェルク(ja0067)が先行して状況を確認しつつ進む。

 群馬に入る橋を渡ってすぐに、民家が建ち並んでいるのが見えた、が。
「これは‥‥」
「荒れていますね」
 静寂が顔をしかめ、マキナが淡々と呟く。
 住宅の庭は荒れ放題に荒れ、門は傾ぎ、窓ガラスは割れていた。
 かつて田畑であったと思われる場所は土が渇ききり、雑草が無法に伸びている。道路のアスファルトも所々ひび割れて放置されていた。車両で来ていたら進行に難儀しただろう。
 静寂がデジカメでその様子を写真に収める。翠月は通話状態のままにしてあるスマホへと告げた。
「ディアボロも‥‥生存者の気配もありません。先に進みます」

 後続のメンバーにも、荒れ果てた町の様子はすぐに視界に入ってきていた。君田 夢野(ja0561)は双子に訊ねる。
「で、どの方向に進めばいいか分かるか?」
「んーとね、あっち!」
 ナオが即答して指をさしたが、あまりにもふわっとした回答に苦笑する。古いものとはいえ地図を用意してきておいて正解だった。
「ばーちゃんたち、元気かな」
「心配?」
 佐藤 七佳(ja0030)が聞くと、ユウは明るい顔を彼女に向けた。
「ばーちゃんは、元々すっごい元気だから、あんまり。でもおばあちゃんはよくネコんでたから、ちょっと心配」
「お婆ちゃんたち大好きなんだ」
 ミシェル・G・癸乃(ja0205)が彼の頭を優しく撫でた。
「うん、約束だし、行こう!」
「‥‥」
 その様子を、獅堂 遥(ja0190)は遠巻きに見ている。
(命というものの重さはまだわからないのかな。なくしてまで得たいものならばいいのですが)
 かつては自分自身が、理解していなかったと思う。
(私は彼に出会えてそれを知った)
 出会わなければ、今も思っていただろう。自分の命などどうでもいいと。
 無邪気に死地に踏み込む彼らに、同族嫌悪のような苦い気持ちが拭えない。
(彼らは、得るのか亡くすのか)
 対応を任せておいてよかったと思う。自分では、酷いことしか言えなかっただろうから。

「止まってくださいですの」
 スマホからの声に耳を傾けていた橋場 アトリアーナ(ja1403)が注意喚起する。
 声を潜めて見やった先を、ドラゴンフライの一団が飛び回っている。偵察組が発見してくれたおかげでやり過ごせそうだ。
「ここから先は悪魔の手下がウジャウジャだ。騒いだり勝手にどこか行ったりしたら、瞬く間に八つ裂きだ。それが嫌なら、静かにしててな?」
 夢野がすこしだけ脅かすような声色で言う。
「‥‥君たちに何かあると、おかーさんがとても悲しむ。‥‥だから、いい子にして言うことは守って」
 アトリアーナが付け加えると、双子はうんうんと頷いた。
「言うこと」「守るよ!」
 ちゃんと声を潜めている。夢野は微笑んだ。
「ま、いざという時は俺達が君達を護ってあげるさ」

(叔父様‥‥この先にいるのかな)
 県内に入るとき渡った橋は、ミシェルが先日悪魔と対峙した橋でもある。その懸念は全員に伝えてあった。



 目の前の敵が動かないことを確認して、翠月は小さく息を吐いた。
 細い路地を進む中で壁をすり抜け現れたディアボロと鉢合わせしたが、幸いにも一体だけで、後続はないようだ。
「これまで見た敵とは、少し違いますね」
 道中で見かけた敵は爬虫類をモチーフにしたようなものが多かったが、これは巨大な目玉に翼が生えたかのような、いかにも「造られた」といった外見をしている。
「とにかく、気をつけて進みましょう」

「ここに居た人達は、どうなってしまったのでしょう」
 翠月はいくつかの民家に目をやる。生存者どころか、遺体もその痕跡も見あたらない。
「消えてしまったというわけではないですよね」
「ここで殺されたのでなければ、連れ去られたと考えるのが妥当、かと」
 マキナが冷静な所感を述べた。
 ではどこへ──その答えは、じき彼女らの目の前に示される。
 路地を抜けたあたりで、目の前の景色が揺らいでいることに気がついた。立ち上る陽炎が壁のように続いて道を遮っている。
「これは‥‥結界」
 静寂が忌々しげに呟いた。



 足を止めた三名に後続が様子を伺いながら追いついてくる。その理由は彼らにもすぐに察せられた。
 ここより先は、本格的な支配領域──ゲートがあるのだ。
「ばーちゃん家は、まだ先かな?」
 夢野が双子に確認する。七佳からもらったおにぎりを頬張っていた二人は、こくこくと頷いた。
 時間は経過しているが、警戒しながら慎重に進んでいたこともあり中心部はまだ先だ。
「とにかく、今回の調査はここまでですね」
 遥が双子に目をやりながら言った。
 一般人を結界内に同行させるわけにはいかない。
「そうですね‥‥」
「待って。何か‥‥聞こえますの」
 双子の様子を見ながら七佳が同意を示したとき、アトリアーナが耳をそばだてた、その直後。
「見つけたぞ撃退士!」
 赤銅の肌を持つ男が、背中の翼で滑空しながら突っ込んできた!
「っ‥‥下がってろ!」
 背中の双子に声を掛け、夢野が手のひらを男に向ける。生み出された無音の空間に向け、男は痛烈な蹴りを放った。
「ぐぅっ‥‥」
 打撃音は響かなかったが、衝撃は夢野の体を揺らす。男はくるりと身を翻して着地した。
「ほう、受けたか」
 男──悪魔レガ(jz0135)は愉快そうに声を上げた。
「叔父様!」その姿に、ミシェルが最初に口を開く。「‥‥覚えてる?」
 じーっと見られて、レガは口の端をつり上げる。
「悪魔のおっちゃんだ」「よく会うな!」
 双子も無邪気にそう言ったが、そちらには一瞥をくれただけだった。肩を大きくぐるりと回し、両手を合わせる。
「さあ、やろうか」
「待ってください」
 遥が口を挟んだ。
「今回、私たちは調査に来ただけです。ゲートがあり、そこに貴方がいるのであれば改めて戦闘依頼は出る可能性はあります‥‥今回よりは戦い甲斐はあるかと」
「君には悪いが、私はもう待ちきれないのだ」
「レガ、お前は弱者に手を出さないと聞き及んでいる。敵に頼み事をするのも変な話だが、お前のその高潔さに免じて、この二人と送り届けるものにだけは手を出さないでいてもらえないか?」
「どこで聞いたのか知らないが‥‥私は自分を高潔だなどと思ったことはないぞ」
 夢野の言葉には、笑みを浮かべたままで首を傾げた。
「双子絶対見逃す約束しなきゃ‥‥戦わない! いいでしょ?」
 だがミシェルがそう言って自分の武器をしまって見せると、つと考える顔をした。
「‥‥ふむ。ならば残るものが倒れずにいる間は、逃げるものは追わない。これでいいだろう」
「これ以上は是非に及ばず、でしょう」
「‥‥ここは抑える。二人と、集めた情報をお願い」
 マキナが夢野を促す。アトリアーナは自分のデジカメを七佳に手渡した。
「本音を言えば、お前とは闘りあってみたかったな」
 夢野はゆっくりと双子の位置まで下がった。
「が、悪いがここでサヨナラだ。‥‥よっと、暴れるなよ?」
 双子を抱え上げると、背を向け駆け出す。その後ろを七佳がついていった。
「さあ、来たまえ」
 レガは愉悦の表情で、構えた。

 初撃を譲る形になったのはレガの油断があったかもしれない。
 まず静寂が銃で、次いで翠月が魔法書で遠距離から攻撃を仕掛ける。レガは銃撃はそのまま、魔法は障壁のようなものを作り出して受け止めた。
「叔父様! 手合わせ、お願いだしっ」
 ミシェルが元気のいい声を響かせ、レガにまっすぐに突っ込む。ナックルでの一撃の後、レガの目がこちらを向いたのを察して即座に横に飛ぶ。
 空いた正面に立つのはアトリアーナ。
「‥‥喰らえ、ですの」
 レガではなく地面に向けて武器を突き立てる。地面から双頭の獣が現れて牙を剥いた。
「やるではないか!」
 レガは歓喜の咆哮とともに反撃に移る。アトリアーナに鉄拳を振るい、そのままの流れで左手を上げた。
 狙われたのは翠月だ。
 ミシェルが止めようとするが、距離が開いてしまったため間に合わない。放たれた光線が、翠月の左肩を容赦なく灼いた。
「あうっ‥‥!」
 頭を揺さぶられる衝撃。
 アトリアーナも重い一撃を受けたが、その場に踏みとどまった。彼女の背後では、遥が一心にアウルを練り上げている。
(今なら悪魔一体のみ‥‥雑魚が集まってくるまえに、この場を収める)
 ワイヤーを鋭く繰って、レガを引きずり倒そうとする。ミシェルが横から攻撃して気を逸らした中で放った渾身の一撃。
 だが、糸はレガにかからなかった。
「躱す‥‥!?」
「こざかしいな」
 遥は目を見開き、レガはニィと口を歪める。その手が差し上げられようと。
「まだですよ」
 背後からの声。
 レガを包囲する位置に立ったマキナの一撃が放たれると、黒焔の鎖が悪魔をがんじがらめに絡め取った。
「チャンス、だしっ!」
 動きを止めたレガに、四方から攻撃が叩き込まれた。

 レガの身体を鮮血が覆う。紛れもない彼自身の血だ。
 だが未だ膝をついてはいない。マキナがさらなる追撃を放とうと身構えた時。
「‥‥やってくれたな」
 絞り出すような声とともに、レガの瞳に光が戻り、彼を縛っていた鎖がかき消える。
 マキナが反応するより早く腕が伸び、彼女の胸ぐらを掴んだ。そのまま掴み上げられて、反対側にいたアトリアーナに体ごと叩きつけられる。
「あうっ」
 体が軋む嫌な音が聞こえた。
 レガはそのまま飛ぶように地を蹴って遥の元へ。右足を一閃させ、彼女にも痛撃を与える。
 ふぅふぅと荒く息をつくレガ。
「回復している‥‥?」
 距離をとっている静寂からは、悪魔の体が淡く発光しているのがよく見えた。
 レガが次に目を向けたのは、ミシェル。距離を詰めて鋭い攻撃を立て続けに繰り出してくる。その動きは先ほどよりも明らかに速い。
 右の鉄拳を躱したと思ったら、すぐに蹴りが飛んできた。まともに貰い、ミシェルは崩れ落ちる。
(まだ動く‥‥動け‥‥アタシの身体!)
 遠ざかる意識を手放すまいと、胸の鍵を痛いほどに握った。
「止まってください‥‥!」
 遥がワイヤーをかける。だが気を引きはしたものの動きは止まらない。
「こざかしいと言ったぞ!」
 反撃を躱すことができず、遥は弾き飛ばされてそのまま動かなくなった。
「獅堂さん!」
 静寂が叫ぶ。少しでもレガの勢いを押しとどめようと射撃を続けると、呼応する動きはレガの背後から。
「ぐぬ‥‥」
 わき腹を打たれてレガが呻く。打ったマキナの髪は金色に染まり、彼女が『奥の手』を発動していることを示していた。
 さらに。
「‥‥まだ、終わらないっ!」
 アトリアーナが続く。翠月によって幾ばくかの傷を癒された彼女もまた、勝負を掛けた連撃を放つ。
 一撃、二撃。三撃目を放ったところでレガのカウンターを貰った。
 がくがくと膝が震える。気力を振り絞って何とか立ち続けるが、体が言うことを聞かない。
 翠月がその隙を埋めようと魔法を放つ。レガは忌々しげに顔を向けると反撃の光線を放った。
 起死回生を狙って再び死牙を撃つアトリアーナ。しかし躱されたところで気力も底をつき、倒れる。
 マキナも最後の攻撃とばかりに大技を狙うが、不発に。
「‥‥ここまでですか」
 光纏が解け、どこか達観したような表情で意識を手放した。

 残ったのは静寂にミシェル。

 レガも傷だらけだ。頭からも胸からも大量に血を流している。淡い光もいつしか収まり、動きも落ちてきているように見える。
 あるいは、次の一撃で倒れるかもしれない。
「その魂撃ち抜かせてもらいます」
 静寂は覚悟を決めた。レガが右手を差し上げる。
「させないし!」
 ミシェルがその手にとりつく。その隙に静寂は二度、引き金を引いた。
 レガはぐらつく。だが倒れなかった。
 左手から光線が放たれて彼女を灼く。静寂は銃を取り落とし、膝から崩れた。
 腕から離れて距離をとろうとするミシェルを、レガは逃がさなかった。頭を掴み、宙づりにする。
「ずいぶん成長したではないか、ミシェル」
 その名を呼び、にやりと笑って。
 鳩尾に強烈な一撃を叩き込んだ。
「あ‥‥ぐっ」
 臓器が潰され、血が逆流する。頭から手が離されると、彼女はそのまま地面に落ちた。
「その痛みを覚えていられたなら、また来るがいい」
 レガは、すでに視線を遠くに向けていた。



(‥‥う)
 茫漠とした意識の中で、静寂は誰かの気配を感じた。
 うつ伏せに倒れていた自分の身体を、仰向けに直してくれているらしい。
 苦労して目を開くと、着物の裾らしきものが。
(誰‥‥?)
 暖かい微笑みを見たような気がする。その正体を知る前に、再び意識が途切れた。



 双子を抱えて逃走を図った夢野と七佳だが、思うようには距離を稼げていなかった。彼ら二人だけでは、敵から完璧に身を隠して進むというのは難しい。
 ガーゼで傷口を拭うだけの応急処理をした七佳が、一点を見据えて動きを止めた。

「ふふふ、まだこんなところにいたのかね」
 全身を血に染めたレガが、彼らに追いついてきていた。

「皆は‥‥どうしたんだ?」
 双子を両腕に抱えたまま、夢野が問う。
「胸の躍る戦いだったよ。だが、私はまだ満足していない」
 夢野と七佳を順番に見る。
「君たちも強そうだ。もうひと勝負といこうではないか」
 どうやら、逃がしてはくれないらしい。夢野が双子を降ろそうと屈む。
「レガ様。その辺になさいませ」
 そこへ穏やかだが凛とした声が聞こえてくる。
 状況に不釣り合いな上品な佇まいの白髪の老婆が、悪魔に向かってすたすたと歩いてきていた。
「椿か」
 その名にどきりとする。跳ねた心臓をさらに叩くように、夢野の腕の中の双子がばたつき始めた。
「あっ!」「おばあちゃんだ!」
 その声に老婆は顔を動かして──目を見開いた。
「ユウちゃんにナオちゃん‥‥?」
「おばあちゃん!」
 双子が降ろしてほしいとばかりにばたばたと動くが、夢野は動けない。
「あなたは、小野 椿さんですか?」
 七佳が訊ねると、老婆は向き直って答えた。
「‥‥はい」
「この子たちの祖母‥‥なら、何故レガと一緒に?」
 夢野には、もの悲しい笑みを返すのみ。
「あなたたち、向こうに倒れていた子たちのお仲間ね? 傷の酷い人もいたから、早めに助けを呼んであげてくださいな‥‥レガ様?」
 もう一度見上げられて、レガは顎を掻いた。
「ふん、興が殺がれたな」
 それだけ言って、あっさりと背を向ける。続こうとした椿に、七佳がもう一度声を掛けた。
「この子たちのひいおばあちゃんは、今‥‥?」
 椿は足を止めた。
「私の母は、結界の中にいます。あなたたちの助けを待っていますよ」
 言い残して今度こそ、背を向け去っていく。

 降ろせ降ろせと言う双子の声が、夢野の耳朶をむなしく打っていた。 


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: 撃退士・マキナ・ベルヴェルク(ja0067)
   <レガに<終焉ノ刹那>を用い特攻を仕掛けた>という理由により『重体』となる
 ラッキーガール・ミシェル・G・癸乃(ja0205)
   <レガに最後まで喰らいついた>という理由により『重体』となる
面白かった!:3人

Defender of the Society・
佐藤 七佳(ja0030)

大学部3年61組 女 ディバインナイト
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
双月に捧ぐ誓い・
獅堂 遥(ja0190)

大学部4年93組 女 阿修羅
ラッキーガール・
ミシェル・G・癸乃(ja0205)

大学部4年130組 女 阿修羅
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
朧雪を掴む・
雁鉄 静寂(jb3365)

卒業 女 ナイトウォーカー