「‥‥うぅん‥‥。‥‥どうするべきですかねぇ‥‥?」
月乃宮 恋音(
jb1221)は長い前髪の奥で眉根を寄せた。
「私は、見つけてあげたいよ」
体を乗り出すしたのは平地 千華(
jb5018)だ。
「バハムートテイマーとしては、他人事とは思えないもの」
「だがなあ。いなくなってしまったものを見つけるというのは意外と難しいもんだぞ」
風雅 哲心(
jb6008)は顎先を撫でつつ。千華はぐ、と唇をかんだ。それは彼女も承知していることではある。
だが彼にとっての小鳥は、自分にとってのヒリュウの様に無二の存在であったに違いない。そう考えたら、居ても立ってもいられない思いだった。
「でも、どうして逃げちゃったのかな?」
鏑木愛梨沙(
jb3903)の率直な疑問に、グレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)が応えるように口を開いた。
「小鳥っていうのは結構臆病な割に、急に羽ばたいて飛び回りたいことに駆られるのよね」
「そうなの?」
「前の学校では、情操教育がてら犬猫から兎・小鳥まであたし達が面倒見させられてたんだけど。小鳥に関しては結構ミスして逃げられたのが多数あって」
ばつが悪そうに目をそらす。
「それで、逃げた小鳥は?」
黄昏ひりょ(
jb3452)が尋ねると、グレイシアはさらに肩をすくめた。
「半数は外環境に怯えて戻ってきたりしたけど、残りは行方不明な結果ね」
「そうか‥‥でも、見つかったケースもあるってことだよね」
「‥‥ネットで調べた情報では、小鳥が逃げて三日目以降が発見の可能性が高くなるタイミング、ということですよぉ‥‥」
「三日目っていうと、丁度今日からだね!」
恋音の言葉に、千華が表情を明るくする。
「‥‥ただ、五日を過ぎても見つからないと、望みはかなり薄くなるみたいですねぇ‥‥」
「後々食い散らかされた跡を発見したりとかね」
グレイシアが付け加えると、一瞬の沈黙。
「もちろん全力は尽くすけど。覚悟はしておいた方がいいって話よ。あたしたちだけでもね」
「とにかく、やれることを精一杯やるしかないな」
「ああ。何もせずに諦めるのは俺の流儀に反するからな」
ひりょが言い、哲心が頷いた。
●
まず、依頼者の自宅を訪ねる。出迎えた母親が玄関から声を上げると、奥から少年が飛び出してきた。
「シロウは、みつかりましたか!?」
橋本空は、眼鏡をかけた利発そうな少年だった。彼は母親の横に並ぶと、希望に満ちた目でこちらを見上げてくる。
「まあ落ち着け。まだこれからだ」
「‥‥そのことでまずは、ご相談にあがったのですよぉ‥‥」
哲心が空をなだめ、恋音が母親に向けて言った。
メンバーはリビングに通された。マンションの一階にあるため、窓の外には庭もある。
(あ‥‥)
千華が窓際に鳥籠が置かれているのを見つけた。当然、今は中に何もいない。
「‥‥えぇと‥‥、‥‥まず、理解していただきたいのですがぁ‥‥」
恋音がゆっくりと話し始めた。
「そうですか‥‥」
「こちらも小鳥がみつかるよう全力を尽くす。だが、もしそれでも見つからなかった時の心の準備だけはしておいて欲しい。今回ばかりはちと特殊なんでな」
恋音の説明に答えたのは母親だった。哲心は空に向けて話しかけたが、彼は膝の上に固く握りこぶしをつくって、下を向いたままだ。
「‥‥空君‥‥」
恋音が心配そうに様子をうかがっても、彼は顔を上げなかった。
「チラシを作るので、メールの画像を使用してもいいですか?」
沈黙を遮るように口を開いたのは、ひりょだった。
(ここでいろいろ言っても空君にはわかってもらえないかも知れない)
男ならその行動で、背中で示す。
全力を尽くす、その姿勢をわかってもらえなければ、どんな言葉も空虚なだけだ。
「シロウ君がいたペットショップも教えてもらえますか?」
千華が続くと、母親ははいと頷いてリビングを出ていった。
「ちゃんと記録が残っているといいわね」
とグレイシア。
●
「ペットショップというのは初めて行ったけれど、大きいのや小さくて可愛いのや、いろいろな動物がいたわね。びっくりしちゃった」
愛梨沙は少々興奮した様子だ。
「小鳥については結局、新しい特徴はわからなかったわね」
「でも種類と年齢は教えてもらえたからね。これを元にチラシを作ろう」
不満そうなグレイシアに言ってからひりょはPCを起動させる。
「‥‥そちらは黄昏先輩にお願いしますぅ‥‥。‥‥私は、ネットに貰った情報を登録しておきますねぇ‥‥」
「よろしく、月乃宮さん」
「俺は現場に戻って探索に当たろう。空からも探せば見つけやすいかもしれん」
「私も行きます! ヒリュウなら、狭いところや高いところも探せます」
哲心と千華はすぐに出て行く。
「小鳥の写真、一枚貰っておいていいかな?」
愛梨沙はひりょから印刷した小鳥の画像を受け取ると、二人について出て行った。
●
翌日。
小学校の放課後、ひりょは空を伴って彼のクラスメイトの家を回っていた。
空の小鳥のことを知っていたものも知らなかったものも皆、空を励ましてくれ、チラシを受け取ってくれたが、有力な情報は出てこなかった。
「疲れたかい?」
「‥‥少し」
マンション近くの公園のベンチに腰を下ろして、一息つく。
「今日は歩き回ったものな。空君のクラスの子は大体回ったし、残りは俺が配るから、空君は家に戻るといいよ」
ひりょは笑いかける。空はひりょが手にしているチラシの束を見た。
「それ、今日ぜんぶ配るんですか」
「ああ、早い方がいいからね」
グレイシアやほかのメンバーと手分けしているとはいえ、結構な量だ。
ひりょが立ち上がったとき、上空から黒い影が降りてきた。
「ん、驚かせたか」
哲心は翼をしまうと、空の頭に手を置く。
「風雅さん、何か進展は?」
ひりょが訊ねたが、哲心は首を振った。
「小鳥っていうのは臆病だな。意思を飛ばしても、逃げていってしまうのがほとんどだ‥‥まあ、もう少しやってみるさ」
「俺も、もう少し回ってみます。今度は西の方を重点的に‥‥」
「いくらか引き受けよう」
哲心にチラシを渡して、ひりょは振り返る。
「じゃあ空君、気をつけて帰ってね」
歩き去る二人の背中を、空はしばらくじっと見つめていた。
●
小鳥の失踪から五日目。
『恋音、なにか情報あった?』
「‥‥これといったものは来ていないですねぇ‥‥」
通話口の向こうにいるグレイシアへの返事が、どうしても苦みを含んだものになる。
『そう‥‥とにかくこっちは今日もチラシを持って回ってみるわ』
「‥‥はい、お願いしますぅ‥‥」
通話は切れた。
ネット以外でも、ここまで有力な情報は入っていない。
(‥‥どこか近くで保護されているのでなければ‥‥)
つらい報告をしなければいけなくなるかもしれない。恋音は一人、ため息をついた。
(この数日でこんな感じの白い小鳥さんが人間のお家から出てきたハズなんだけど‥‥)
大きく印刷された小鳥の写真を見せながら、愛梨沙は宿り木のツバメに向けて意思を飛ばす。
「あっ‥‥」
だがツバメは急にせわしなく頭を動かすと飛び去っていってしまった。
「上手くいかないな‥‥」
昨日からずっとこの調子だ。『意思疎通』は確かにメッセージを届けているはずだが、相手がそれを理解してくれるかどうかはまた別の問題ということらしい。
「とにかく、探せるだけ探してみよう」
今度はもう少し上空から様子を見ようと、愛梨沙は勢いをつけてその場を飛び立った。
「グレイシアさん、結果は‥‥」
小さな動物病院から出てきたグレイシアにひりょが問いかける。
だが彼女の仕草だけで、答えはわかってしまった。
「これでもう、周辺のペットショップや動物病院はあらかた回ってしまったわね」
「成果はなし、か‥‥」
迷い鳥を保護しているところはいくつかあったが、いずれも写真の小鳥とは似つかないものだった。
「とにかく、一度戻ろう」
「‥‥そうね」
ひりょに頷きを返しながら、グレイシアは空をみる。
既にその際は茜がかかり、一日の終わりが近いことを告げていた。
連絡役である恋音のもとに、全員が集う。その空気は重い。
二日あまりにわたって出来る限りの手を尽くしたが、小鳥を発見することは出来なかった。あとはチラシやネットの効果で、どこかで保護されているとの情報が入ってくることを願うしかないが、それははっきりいって運の領域だ。
「あたし達にできるのは、ここまでかもね」
グレイシアが呟くように言った。
「‥‥とにかく明日、一度母親と空君に経過を報告するのがいいと思いますねぇ‥‥」
打てる手はすべて打ったのだ。無駄に時間を引き延ばすことが少年の為になるとも思えなかった。
「‥‥私、もう一度探しに行ってくるよ」
千華が何かを振り払うようにして顔を上げた。
「難しいかもしれないけど。もしかしたら、見つかるかもしれないし。‥‥行ってくる」
誰からの返事も待たずに、彼女は出て行く。それを見て、哲心がふむと唸った。
「街灯もあるし、今日は月が明るいしな。万が一まだ外を飛んでいるようなら、見つけることは出来るかもしれん」
「空から探せば、昼よりも見つけやすいかもしれないね」
愛梨沙と頷きあうと、二人もまた出て行く。
「‥‥ペットショップなら、まだ営業しているところもあるよな」
「範囲は広げておくに越したことはないわね」
「‥‥私も、手伝いますぅ‥‥」
ひりょたち三人も、わずかに残ったチラシを手に。少しでも可能性を広げる努力を続けに行った。
夜の公園。月明かりと街灯を頼りに、千華は白い影を探す。
「シロウ君、どこにいるの?」
すでに召喚術は使い切り、彼女は一人きりだ。
「空君が寂しがってるよ。ねえ、帰っておいでよ‥‥」
そうしていると、まるで自分が本当に一人にされたかのような錯覚を覚える。
ヒリュウはまた明日になれば、彼女の元に現れる。だが少年の小鳥は呼べども呼べども帰ってはこない。
五日目の夜が更けていく。
●
「やっぱり、見つかりませんか‥‥」
恋音たちから報告を受けた母親は頬に手を当て、ふうとひとつ息を吐いた。
下を向いている空に目を向ける。
「納得がいったでしょう? 撃退士の方がこれだけしてくださっても見つからなかったのだから」
その言い様はつまり、これ以上の依頼の継続を望まないということだ。
「‥‥サイトの方は、継続して確認してください‥‥。‥‥二週間以上経ってから見つかった例も、中にはありますのでぇ‥‥」
「ええ‥‥あら」
電話が鳴っている。母親はその場を離れた。
空と、六人がその場に残される。
「‥‥すまなかったな。力になれなくて」
「見つけてあげられなくて、ごめんなさい」
哲心は身を屈め、愛梨沙は空の隣に腰掛けて、それぞれ謝罪の言葉を投げる。
空は首を振った。
「ぼくが逃がしちゃったから‥‥いけないんです」
顔は下に向けたまま、絞り出すように口にする。
「シロウはもう、しんじゃったのかな」
「そんな‥‥」
そんなことない、と言ってあげていいのだろうか。中途半端な希望は、彼を余計に苦しめることになりはしないだろうか。
一番彼にとって優しい言葉はなんだろう。それを見つけてあげたくて、全員が口を開けないでいた。
そこへバタバタと足音がして、母親が走り込んできた。
「あの‥‥空と同じクラスの、広田さんから電話で‥‥白い鳥が家の前を横切って飛ぶのをみたって、今」
「!」
空を含めた全員が、顔を上げた。
●
「場所は!?」
「確か、公園の先だ。そんなに遠くなかったはず」
ひりょが記憶を引っ張り出す。それを聞いた頃には、千華は玄関に向かっていた。
哲心と愛梨沙は窓を開け、翼を顕現して庭から飛び出す。
「もしかしたら、戻ってくるかも知れない。月乃宮さんはここを」
「ひりょ、早く!」
「‥‥お願いしますよぉ‥‥」
グレイシアに急かされて、ひりょもすぐに玄関から出て行った。
全力疾走で公園を抜ける。広い大通りにでた先。
「‥‥いた!」
千華の視線の先に見える小さな点。低空を切るように飛ぶそれは、紛うことなき白い鳥。
すかさずヒリュウを呼び出し、先行させる。自身は端末で、メンバーに場所を伝えた。
真っ先に追いついてきたのは哲心と愛梨沙だ。
「シロウ君!」
愛梨沙が呼びかける。
「空君が探してる! 一緒に帰ろう?」
哲心も同じようにして意思を飛ばすが、小鳥は疲労か困惑か、何度も進行方向を変える。
「あっ!」「車道に──」
千華とは反対方向から出てきたひりょとグレイシアがそれを見るなり、車道へ出て車を一時、押しとどめる。
「怯えさせたくなかったけど、‥‥ごめん!」
迷う時間はない。千華のヒリュウが超音波を発すると、小鳥はびくりと体を震わせて動きを止め、落ちていく。
地面に落ちる前、追いついた愛梨沙の手の中に受け止められた。
「大丈夫?」
車道から出てきた愛梨沙の元に、皆駆け寄った。
「うん、ちゃんと生きてるよ──でも」
逃げ出さないように両手で包んだ中で、白い小鳥はしっかりと呼吸をしている。それでも愛梨沙は浮かない顔をしていた。
「この子‥‥」
真っ白い羽は、写真とそっくりだ。だが‥‥。
「嘴の色、‥‥違うね」
覗き込んだグレイシアが、写真を思い起こす。あの鳥は、もっとはっきりした黄色の嘴を持っていたはずだった。
そこへ、空が追いついてくる。息を切らせて駆け寄ってきた少年に、愛梨沙はそっと手の中の小鳥を見せた。
「シロウじゃ‥‥ないです」
空は泣き笑いのような顔で、そう言った。
●
保護した小鳥は近くの動物病院に預かってもらった。警察へ連絡をして、飼い主が名乗り出るのを待つことになった。
「残念、だったね」
千華が言うと、空はうつむき加減のまま、答えた。
「でも、あの小鳥も、迷子だったんですよね‥‥だから、よかったです」
「うん‥‥そうだね」
「小鳥は、どうして逃げたのかな」
しばらく無言で歩いたあとで、ふと空が顔を上げた。
「きっと羽ばたいて飛んでみたかったんじゃないかな、空を」
そう答えたのは愛梨沙だ。
「シロウも同じよ、きっと」
グレイシアが空の肩に手をおく。
そう、きっと同じだ。彼の小鳥も、同じようにどこかで保護されていると、今なら思える。
「だからさ、あんたが世話した思い出は、例え離れても受け継ぐと思うわよ」
励ましの言葉がすっと口をついた。
空は答えなかったが、その目は高く、遠くを見つめていた。
●
一週間後、依頼者から斡旋所に手紙が届いた。
そこにはシロウはまだ見つかっていないこと、保護した小鳥は飼い主の名乗りがなく、自分が飼うことを考えていることが記されていた。
シロウのかわりにはできないけど、みなさんのおかげでたすかった命だから、
ぼくがちゃんとそだててあげたいと思っています。
同封された写真には、嘴の色が薄い白い鳥。
文末は、ありがとうございましたと記されていた。