「ちょ!? なに、これ‥‥連れてきたい場所ってここ?」
「ドレス着てお姫様だっこ‥‥って‥‥」
まさかと思うけど、と栗原 ひなこ(
ja3001)は如月 敦志(
ja0941)のことをみる。
「な? 面白そうなイベントだろ?」
「むりむりむりーっ!!!」
悲鳴が響いた。
●
「あれ、アトリちゃんに戒さん!?」
ひなこのやや不満そうな顔は、偶然知り合いを見つけた驚きに取って代わられた。
「二人も参加してたんだ? どっちが走るの?」
「ボクですの」
橋場 アトリアーナ(
ja1403)はそう言うと、急にによっとした笑いを浮かべた。
「二人の愛の力に負けないよう、ボクもがんばりますのー」
語尾がわざとらしい。からかわれているのだとは分かっても、ひなこは顔を赤くしてしまった。
アトリアーナと七種 戒(
ja1267)を除けば、他は男女のカップルばかり‥‥と思ったら、小麦色の肌をした美女が一人。
(わあ、オリエンタルなおねーさん‥‥)
思わず見惚れた。
(オゥ‥‥わかっちゃいたけどやっぱカポーばっかか)
アティーヤ・ミランダ(
ja8923)は参加者を見渡して絶望の淵に立っていた。
「なんだよー、寂しくなんかないもんね!」
カップルの中心でアイを叫ぶ。涙目で。
「だ、大丈夫大丈夫!」
ひなこがハンカチを差し出してくれた。
●レーススタート!
「わっほー(*´Д`)だーりんと一緒! だーりんと一緒★ミ」
ドレスに身を包みテンションアゲアゲ↑の新崎 ふゆみ(
ja8965)を、黒のタキシードで決めたレグルス・グラウシード(
ja8064)はうっとりと見つめていた。
係員にスタートを促され、はっと我に返る。
「よ、よし。ふゆみちゃん、僕がばっちり──」
抱えて走るよ、と言い終わる前に。
ふゆみがレグルスをお姫様抱っこしていた。
「──あれ?」
「うふふー、だーりん! ふゆみってば、走るの早いんだから!」
「よーし‥‥だーりん、れっつらごー★ミ」
スタートするなり猛ダッシュ! ルールもないし、アウルも全開。
「お、重くない?」
「全然! だーりん、ふゆみ、ちょー早いでしょ(*´Д`)」
双子山を快調に登り切り、バズーカ妨害エリア。
「ふゆみちゃん、あそこ!」
「がおおおおおおおおっ( ゜д゜)!!」
レグルスが示した場所へ向けふゆみが猛々しく吼えると怯むバズーカ要員。射撃が止んだ隙に、ふゆみは一気にエリアを駆け抜けた。
カップルの連係プレイに、観客も大いに沸く。
飛び石はときどき落ちそうになったりしながらも渡りきった二人の前に現れたのは、天国と地獄の扉。
「だーりん、どっちがいいかなあ‥‥右? 左?」
二人顔を近づけ、ぽそぽそ相談。意を決して、右の扉へ飛び込む。
バリバリと派手な音を立てて扉は破れる。ふゆみが踏みしめたのは、それまでと変わらぬしっかりとした固い地面。どうやら当たりだ。
ふゆみは最後までレグルスをしっかりとお姫様抱っこしたまま、笑顔でゴールしたのだった。
●
第二走者はアティーヤ。で、パートナーは?
「うんうん、マーメイドラインのドレスが似合ってるねー。あとで写真一枚い〜い?」
「はあ、もう好きにして‥‥」
自らはタキシードに身を包み、潮崎 紘乃(jz0117)を抱っこしてご満悦。
「おねーさんの男装も格好イイね!」
「お、ありがとー!」
今はまだ応援気分のひなこに笑顔を返したら、いざスタート!
「‥‥て、ちょい待て。なにこの痛快なりゆきコース。ゴールさせる気あんの?」
双子山を抜けたらゴムボールの雨あられ。
「こりゃダメだ。さっさと切り抜けよう」
一般人の紘乃にボールが当たらないように気をつけながら進む。
続いては池と飛び石だ。ぴょんぴょん軽快に飛んでいくが‥‥。
「あっ、ダメ!」
軽快すぎて飛び石のないところへ飛んでしまった! 思わず悲鳴を上げた紘乃がアティーヤの首筋にしがみつく。
──が、アティーヤは何事もなく着地、もとい着水した。水上歩行に観客もどよめく。
「び、び、びっくりした!」
「さすがにドレスで水浸しにはできないよねー」
目を見開いた紘乃に、ちょっとばかし意地悪く微笑みかけた。
最後は二つの扉だが‥‥。
「ハズレの先は‥‥どーせ泥水とかでしょー?」
まだ参加者にはわからない。とりあえず、水上歩行はそのまま継続。
「それ以外だったらヤだなー‥‥助けて、独身の神様!」
祈りとともに飛び込んだ!
軽い衝撃の後目を開くと、予想通り足元には水が張られていた。
「ハズレだったけどセーフ! ありがとう独身の神様!」
歓喜とともに、上を見上げた瞬間──。
頭上から大量の白い粉が落とされて、二人は粉まみれにされたのだった。
●
「すごく綺麗だよ」
「ありがと。真里も格好良いよ」
桜木 真里(
ja5827)と嵯峨野 楓(
ja8257)は微笑みを交わす。
(他の人に見られたくないくらいはね)
思わず心に浮かんだ感情に真里は苦笑した。
抱え上げて、真里は内心驚く。プリンセスドレスのふんわりとした感触と、彼女の予想以上の軽さに。
「頑張ろうね」
「ふふっ‥‥うん」
そっと額にキスをすると、楓はくすぐったそうにして、はにかんだ笑みを浮かべた。
「片手を離すから、しっかり掴まって」
双子山の一つ目を中腹まで駆け上がり、真里はアウルを集中する。
直後、轟音。
双子山のてっぺんは、炸裂掌の魔力によって削り取られていた。
観客が唖然とする中、標高の低くなった山を悠然と通過するカップル。
飛び石は慎重にクリアしたせいで少々時間を使った。
「どっちにする?」
「右かなー」
扉を前に、行き先を相談する二人。
「じゃあ俺は左だね」
立ち止まり、それぞれ構えた。
放たれるふたつの魔法。真里のライトニングは左の扉。楓の蝶剣舞は右の扉。
──行き先じゃなくて、壊す扉の相談だった。
どかーん、と派手な音を立てて扉はそろって破られる。この頃になると、唖然としているのは主催者だけで観客は大喜び。
やんやの喝采を受け、ゴールするダアトカップル。歓声に紛れて、真里は楓の耳元にそっとささやいた。
「好きだよ」
その言葉がどんな歓声よりも深く彼女の耳に届いたことは、言うまでもない。
※コースを修復しますのでしばらくお待ちください※
●
「うん、可愛いな‥‥申し込んで良かった‥‥」
「も、もぅ!! 何言ってるかなぁ‥‥! って、子供っぽく‥‥見えない‥‥?」
「そのドレス姿なら子供っぽいって言う奴はいないさ」
大胆に肩を出したひなこのドレス姿を見て、敦志は満足げに微笑む。
(敦志くんも、格好いいなぁ‥‥)
タキシード姿の彼氏に見とれていると、抱え上げられる。
「さてっと、俺たちの番か。しっかり掴まっておいてくれよ?」
「う、うん‥‥」
もうここまで来たら、覚悟を決めるしかないけれど。
「でも一言相談してくれてもいいじゃない! ばかーっ」
「悪かった、‥‥けど掴むのは髪じゃねぇ」
頭をぐいぐい引っ張られつつ、スタート。
「‥‥って、おい! なんでお前等撃ってくんの!」
「許せあちゅし、これも戦国のならい‥‥」
「愛に障害は付き物ですの」
なぜかバズーカ要員が戒とアトリアーナに。戒の精密狙撃が敦志の毛こ‥‥頭を正確に狙う! 敦志はウィンドウォールでなんとか躱して先へ向かった。
「ひなこの方は大丈夫か? さっきボール当たってない?」
「あたしは平気だけど、大丈夫?」
「なんの、まだまだ‥‥っと!」
飛び石の最中、一瞬ふらつく様子に心配そうなひなこ。
(あたし、重いかな‥‥)
女の子にありがちな不安を抱きつつ、せめても、とヒールをかけてみる。
「どうかな?」
回復スキルは負傷を癒すものであって疲労を回復するものではない。それでも。
「ああ、サンキューな! 元気出た」
敦志の言葉も本当だ。
恋人の励ましは、何にも勝る力があるのだから。
勢いを取り戻した敦志はひなことともに突き進む。
「さて、どうする?」
「敦志君、右に行って!」
「お? おう!」
実は、直前に破壊された装置の修理が応急だったため、仕掛けの一端が見えていたのだ。注意深く観察していたひなこのお手柄である。
「ゴールっと‥‥鍛えてるけどダアトにはきついぜ」
「敦志くん、お疲れさま!」
ひなこはレースのハンカチで、彼の額の汗を優しく拭き取った。
(敦志くんって、思ってたより大きかったんだなあ‥‥)
抱えられている最中の安心感と距離の近さを思い出しつつ、そっと表情を盗み見る。
顔が赤くなってしまうのは、レースの余韻が残ってるということにして。
●
「お兄ちゃん、重くない?」
「あやかは鳥みたいに軽いよ、やろうと思えば片手でも運べるから」
(でも、胸はもう少し欲しいんだけど‥‥)
美森 仁也(
jb2552)の返事に、美森 あやか(
jb1451)は内心でほんのちょっとだけ不満を漏らす。
「落としたりしないからな。大事な俺のお姫様」
お兄ちゃんと呼ばれはするが、歴とした恋人同士。仁也の言葉に頷いて、あやかは嬉しそうに微笑む。
結婚前にドレスを着ると婚期が遅れるなんて話もあるが、気にしない。相手はもう、決まっているのだから。
あやかは仁也の腕の中。
(町内のイベントなら、もう少し難度を下げた方が‥‥)
コースを眺めて一般人にはちょっと無理なコース設定だと、胸の内で納得する。
(でも、そのおかげでお兄ちゃんと一緒にイベント参加出来るんですもの)
今、仁也は普段の物静かな青年の姿ではなく、銀髪をなびかせる悪魔本来の姿をさらしている。
事前に確認したものの少々不安はあったが、観客も特に驚くでもなく受け入れているようだ。イベントが盛り上がっているからということもあるだろう。
仁也がゴムボールを銃で撃ち落とすと、歓声が湧いた。
撃ち漏らしがあったならコメットで‥‥と思ったが、どうやらそんな必要もなさそうだ。あやかは仁也の首にしっかりと腕を回し、存分に恋人の横顔を見つめていた。
飛び石は、悪魔の翼で池ごとひとっ飛び。
残すは二つの扉のみ。
「さあお姫様、お望みは?」
芝居がかった口調で仁也が聞くと、あやかはくすりと笑って、指さした。
「──あっち!」
仁也は頷き、あとは迷うことなく、右の扉へ。
二人の辿りつく先は、もちろん真っ赤なバージンロードだった。
●
「‥‥やるからには、一番ですの。戒ねーさま、しっかり掴まってるのですの」
アトリアーナはミニタイプのドレスを選び、気合い十分。
そんな彼女に抱かれた戒はタキシード姿できりりと決めていた。
「ふ、私の凛々しさに惚れるなよ!」
双子山は頂上まで駆けあがると、下りは一気にジャンプ! ドレスの裾がひらめいて歓声があがるが、気にしない。
バズーカエリアでは、敦志&ひなこが待ちかまえていた。
「おー! ガンバレよー! それとさっきのお返しなー」
笑顔で応援‥‥だけのはずはなく、二人ともバズーカを構えている。
「戒さんくらえー! きーよずみ〜っw」
「かけ声に異議あぶぇっ」
顔に当たった。
「戒ねーさまバリア! ですの」
アトリアーナは戒を前面に押し出し、自身の身を護るという斬新なアイデアで駆け抜けた。容赦ない。
二つの扉が迫ってくる。
「リア、どっちにする?」
「左から行きますの」
左「から」ってなんだろう‥‥と戒が考えていると、扉を目前にアトリアーナは急ブレーキ。
「戒ねーさまヘッドバッド‥‥ですの!」
「て、ちょぉおお!?」
なんと扉に向かって戒を叩きつけるという荒業だ。ホント容赦ない。
扉の先は、ハズレだった。戒の上に無情にも白い粉が降りかかる。
「げほっ、げほ」
「こっちはハズレでしたの‥‥なら」
左がダメなら、右である。
「待て姉様じつはか弱いんアッー!」
悲鳴と破壊音がまとまって響いた。
●
最終走者は麻生 遊夜(
ja1838)と樋渡・沙耶(
ja0770)。
(ウェディング衣装は何回か見たけど、やっぱり綺麗であるな)
遊夜は満足げに頷いた後で恭しく手を差し出した。
「ではお手をどうぞ、お嬢様」
沙耶はこくんと首を動かす。
「相変わらず軽いやね。食生活が心配であるよ」
(やるからには絶対に離さん‥‥親父殿との決闘前哨戦、これくらいは軽くこなせねぇと)
軽口の裏で決意を固める遊夜。
そんな彼に身を任せる沙耶はいつもの無表情‥‥の様に見えて、その頬はわずかばかり赤みを強くしていた。
双子山を気合いで走り抜け、バズーカエリア。
(ま、沙耶さんに当たらなきゃどうでも良いや)
遊夜は弾道を予測しながらも、敢えてすべて躱そうとはせず。受け流し、叩き返しながら進む。
「HAHAHA、この程度じゃ止まらんぜよー」
「さて‥‥どっちに行きますかね、沙耶さん?」
最後の障害を前に尋ねるが、沙耶はやんわり首を振る。
「‥‥遊夜さんにお任せします」
「ふむ。俺としては右‥‥かな」
恋人と一緒なら、粉まみれになるのも悪くはない‥‥と一瞬考えて。
「いやいや。沙耶さんのそんな姿を公衆の面前にさらすわけにはいかんよな」
とはいえ、最後は運勝負。覚悟を決めて飛び込んだ。
視界良好。
あとはゴールへ一直線だ。
赤絨毯の上をひた走る二人。すべて障害はクリアした。──はずだったが。
「ゆぅぅうやぁぁあああああ!」
なぜかここだけ最後の障害・七種 戒。
「貴様ばっかモテおってええ!!」
カーペットを掴んで引っ張るが、遊夜は落ち着いて体勢を整えるとさくっとフィニッシュした。
「モテるもなにも、俺は沙耶さん一筋ぜよ」
そう言って、腕の中の恋人に微笑みかける。沙耶の頬がほんの少し、赤みを増した。
「あれ‥‥どういうこと?」
妨害のつもりが見せつけられて、戒は呆然と立ち尽くした。
●結果発表!
「えーまずパフォーマンス賞は、桜木真里さん・嵯峨野楓さん! 主催者泣かせの派手な演出で観客を魅了してくださいました!」
司会のひび割れたマイクで紹介された二人は笑顔で手を振る。
「みんなもいろんなやり方でクリアしてて、感心したなあ」
真里はのほほんとそんなことを言った。
「そして優勝者は──」
テープ録音のドラムロールが流れる。
「如月敦志さん・栗原ひなこさんでーす!」
「えっ、あたし達?」
「みなさん僅差でしたが、遅れた区間がなかったことが大きかったですね。おめでとうございます!」
二組には代表して真里と敦志にそれぞれ賞金が贈られた。
拍手を受けて、照れつつも笑顔を浮かべるひなこ。そんな彼女を敦志は‥‥。
「ちょ、えっ!? 嘘っ」
周りに見せつけるようにして、もう一度ひなこをお姫様抱っこする。
喝采が一際大きくなって、それはいつしか一定のリズムを刻むようになって──。
「〜〜っ」
勢いに押されたひなこが敦志の頬にキスすると、この日一番の歓声が沸き上がった。
●
「みんなで一緒に、写真とろっ☆ミ」
ふゆみが仲間たちに呼びかける。今日という日を盛り上げた七組の新郎新婦たちが、カメラの前に。楽しい思い出が、また一ページ。
二人だけの記念撮影も、もちろん忘れずに。