「草刈りなんて本来の撃退士の仕事じゃないと思うけど」
「ふっ‥‥どんな依頼だろうと全力を尽くす所存」
疲れの見える笑顔を浮かべて出迎えた店長に、七種 戒(
ja1267)がクールに決める。
「‥‥君確か文化祭のときに来てたよね」
「何のことでしょうか頑張ります」
出店の入り口でたむろしたあげく土下座した出来事は忘却の彼方にそっと押しやった。
「何するのかと思ってきたら草刈りとか‥‥聞いてねぃんですの」
「まぁまぁつくちー‥‥! 少しずつ仲良くなっていつか割引券ゲットとか‥‥ではなくてだな」
十八 九十七(
ja4233)に思わず出てしまった本音を飲み込む戒。九十七は雑草の生い茂る空き地に目を向けた。
「まあ糞天魔もいるみたいですし、ここはド派手に一発、諸共吹き飛ばすという手もありですねぃ‥‥いえ、いっそここは‥‥」
だんだんと想像が加速し、九十七は徐々に声を潜めていく。
「ん‥‥季節としてはぎりぎりだな、早い所終わらせよう」
自前の造園道具をひとまず駐車場の隅に置いた〆垣 侘助(
ja4323)。
「ああそうだ店長、後で予算について相談させてくれ」
「ん、予算?」
「それによって平張りか目地張りか決まってくるからな」
何のことかわからず、店長は首を傾げるばかりであった。
●
「‥‥どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!」
空木 楽人(
jb1421)は空き地の有様に思わず叫んだ。
「天魔の情報も見たけど‥‥また、妙な天魔ね」
依頼について端末で確認しながら、月丘 結希(
jb1914)は眉根を寄せる。
「狐は分かるけど、カメムシなんてつくって何したいのよ‥‥」
「役に立つか分からないけど‥‥とりあえずタオルで顔、覆っておこうかな」
和泉早記(
ja8918)もほかのものも、タオルやバンダナで口元を隠す。戒や九十七は防護マスクで完全に顔を隠していた。ちょっと傍目に不気味だが、背に腹は代えられない。
「出来れば天魔は早々に排除したいところだな」
侘助が言った。楽人は頷くと、光纏する。
「みなさん、用意はいいですか?」
阻霊符を発動。すると、静かだった草むらが途端にざわめき始めた。
「草が多すぎて、姿を見つけるのは難易度高いな‥‥」
戒が草むらに向けて目を光らせ、耳をそばだてるが、狐は完全に草むらの中に隠れてしまっているし、他の天魔はどうやら小さすぎるようで、索敵の対象外だ。
「仕方ないね‥‥ある程度は先に刈ってしまわないと、俺たちも空き地に入れないし」
と、早記。
「よしっ、それじゃ頑張って綺麗に刈っちゃいましょう!」
楽人が長い柄に大きな刃を持つハルバードを顕現させる。
だがそれを振るう前に。
「つくちーそれは‥‥!」
「邪魔な草も、糞天魔も、焼き払ってやりますねぃ‥‥この、正義の業火(魔法攻撃)で!」
九十七が構えているのは、魔具の火炎放射器だ。
「ふむ。確かに抜くよりも燃やしてしまう方が効率はいいな」
侘助は表情を変えず。ただ若干の疑問が残るのは。
「魔具の炎で草は燃やせるんだったかな」
「まあ、試してみればいいんじゃないでしょうか?」
楽人は気楽な様子だ。
「へいへい、やっちゃっていいんですかねぃ?」
九十七はうずうずと、今にも引き金を引きそうだ。だが戒がそれを押しとどめた。
「周りに延焼したら大惨事だからな!?」
彼女の提案で、まずは外周をぐるっと刈ってしまおう、ということになった。
●
結希が端末を操作する。すでに光纏した彼女の眼前には端末画面が立体的に映し出され、電子の輝きを放っていた。
「あの辺かしら」
プログラムスタート。電子化されていても、それは歴とした陰陽術だ。
発動位置を調整された刃は草の根を滑るように進み、広範囲の草を一度に断ち切った。
「ひー君、見ててよ!」「きゅ!」
召喚したヒリュウが背後で見守る中、楽人は斧槍を振りかぶる。
バハムートテイマーにとって、召喚獣はただ応援してくれるだけの存在ではない。彼らは力を授け合い、共有するのだ。
草むらに向けて刃を叩きつけるように振るうと、ざっくりと大量の草が刈り取れた。
「よし、まずはいい感じかな」
早記もまた、鎌はひとまず脇に置いて魔法書を片手に。
他のメンバーからは少し距離をとり、念じ生み出すのは炎の珠。
草むらで炸裂した魔法の炎は草を焼くことはしないが、着弾の中心部は地面が抉れ、草は根本から吹き飛ばされた。
「あれは‥‥!」
少しだけ視界が開けた所に、報告にあった狐の姿を発見する。どうやら攻撃の余波を喰らったようで、若干よろめきながら草むらの中へと再び逃げ込もうとした。
そこへ素早く侘助が駆け込む。
「逃がさん」
大鋏を振るい、衝撃波を叩きつける。狐はギャンと声をあげて弾き飛ばされ、動かなくなった。
「まず一匹か」
最低でも後二匹はいるとの報告だ。
「何コレちょうカッコイイんですけど!?」
斡旋所から貸し出されたエンジン式草刈り機に、戒はご満悦だった。
教わったとおりにアクセルをあけてスターターを引く。ダルダルと低い音を唸らせて草刈り機が振動を始めた。
「刈高は40mm位が抜きやすくていいな」
「お? わかった庭師殿、頑張ってみる‥‥!」
戒は侘助に返事して、高速回転する丸い刃を草の根に近づけていく。騒々しい音を立てながら、草刈り機は好調にその仕事を果たし始めた。
「おお、これすごいな!」
ぶぃんぶぃんいいながら、みるみる草が刈り取られていく。戒は(マスクで見えないが)満面の笑顔で刃を振るっていった。
●
外周を刈る、と口にするのは一言。だが、空き地は結構な面積である。
「これ、結構ハードですね‥‥」
楽人がふうと息をつく。相棒のひー君は召喚時間がとっくに過ぎてしまっており、先に帰宅?済みである。
一方、早記は鎌を片手に黙々と作業をこなしていた。
こういった地道な作業が苦にならない性質なのか、周りの様子も気にせず中腰で草を刈り続ける。
「あ、テントウムシ」
時々天魔ではない本物の虫を見つけては和んだりして。
「ねえ、火を使うみたいだから離れた方がいいわよ」
見かねた結希に呼ばれて、ようやく早記は顔を上げた。
「つーわけでつくちー、待たせたな」
「九十七ちゃんの正義の業火(魔法攻撃)タイムの始まりってことですねぃ?」
ゆらりと前に出た九十七が、改めて火炎放射器を顕現させる。コンビニに頼んでバケツに水も用意してもらい、もしもの時の備えも万全。
九十七は踊るように身体を揺らし、放射口を草むらに。
(燃やせ! 燃やせ!)
耳に嵌め込まれたイヤホンから、レゲエ調の音楽が彼女の心情を盛り上げる。燃やせ! 燃やせ!
「糞天魔ごと、燃やし尽くしてやりやがりますの‥‥ヒャッ ハ ア アアアアアア!」
引き金を引くと同時に、ゴオと炎が吹き出した!
炎は生い茂る草に襲いかかり、生み出した圧でなびかせる。
なびかせるが‥‥。
「ヒャッハアアアア‥‥ア?」
火はつかない。
炎を当てる場所を変えてみても、立ち位置を変えてみても。
火は、つかなかった。
「ど う い う こ と ですの」
だって、取扱説明書にも書いてありますよ、燃え移ったりしないって。
そこへ、ガサガサと一際大きな音が九十七から離れるようにして聞こえてくる。
「む、狐か」
「シオン君!」
侘助が即座に動き、回り込んで退路をふさごうとする。楽人はストレイシオンを召喚すると、召炎霊符の炎を音のしたあたりに撃ち込んだ。
草をかき分ける音はなお続き、ついには一角から狐が飛び出してきた。
九十七の炎を浴びたらしい狐は弱っていた。そのまま走り去ろうとするが、早記がその姿を射程に収めている。
「二匹目、逃がさずにすみましたね」
狙い澄ました雷撃が狐を捉え、彼は安堵したような笑みを浮かべた。
●
焼却作戦は失敗に終わったため、メンバーは再び草刈りに精を出す。
戒が操るエンジン式草刈り機は貴重な戦力だったが、なんだか様子がおかしい。振動が緩くなったかと思ったら‥‥止まってしまった。
もう一度スターターを引いてみるが、反応がない。燃料はまだ入っているはずだ。
こういう時は‥‥。
「叩いたら直るって田舎のばっちゃ言ってた」
直伝の技、斜め45度!
ガツンと叩いてから再始動すると、モーターが再びうなりをあげた。
「さすがは私‥‥って、おおお?」
モーター音が、なんだか激しい。
「やっぱりひー君がいたときの方がはかどったなあ」
ハルバードで草刈り中の楽人。綺麗に刈るにはコツがいるらしく、上手くいったり、いかなかったり。
「もう少しこう、手首を‥‥」
試行錯誤している彼の背後から響いてくるモーター音。
「うおお危険が危ない!?」
「え? ‥‥うわ!?」
草を刈り散らしながら突進してくる戒‥‥その回転する刃をすんでの所で躱す。
「空木氏すまぬ! 草刈りに事故は付き物ぉぉ‥‥!」
謝罪の言葉を発しつつ、暴走する草刈り機に引っ張られて戒は彼方へと走り去っていく。
「び、びっくりした‥‥」
もう少しで彼のいろんな所まで刈り上げられる所であった。どこかって? どこでしょうね。
草刈りの済んだ範囲が広くなってくると、新たな敵が出現し始めた。地面から唐突に顔を出してくるもぐら型だ。
「もぐらを叩くなら、ハンマーがお約束よね?」
結希が顕現させたのは、炎熱の鉄槌。
ゲームセンターよろしく、顔を出したところを狙ってハンマーを打ち下ろす。炎の如き魔法の槌頭がモグラを的確に捉えた。
「‥‥頭蓋粉砕になるからゲームと違ってグロいのが欠点だけど」
一方、暴走草刈り機を大人しくさせた戒はピコピコハンマーでもぐらと退治していた。
「もぐら叩きは明鏡止水の心意気でだな‥‥そこォ!」
ピコッ。
結希の攻撃と違ってえらく可愛らしい音が響く。ちゃんとダメージはいってますのでご安心ください。
「‥‥しかし、結構穴凹になっちまってますねぃ」
もぐらが穴を開けまくっているのもあるが、依頼にはあまりボコボコにしないように、とあったことを九十七は思い出す。
だが、侘助は特に気にするでもなく。
「どうせ整地するからな。むしろ耕す手間が省けてちょうどいい」
「‥‥そういうことなら、九十七ちゃんも気にせずグレネード弾でお手伝いしますの、ええ」
あ、なんだか悪い顔になった。
●
作業開始から数時間。
「‥‥あれ、終わり?」
周辺の草を刈り終えた早記が顔を上げる。もう草が伸びている場所はどこにもない。
空き地を埋め尽くしていた雑草は、撃退士によって見事に刈り取られたのだった。ついでに、潜んでいた天魔も。
狐型は、報告通り三匹。もぐらが五匹。蜂とカメムシは‥‥正確な数は不明。
「小さすぎる天魔っていうのも、やっかいね。気をつけようにも限界があるし」
「もぐらと一緒にカメムシを叩き潰したときは、お花畑が見えた‥‥な」
結希の言葉に、戒がこくりと頷く。防護マスクすら突き抜けてきたあの臭気は、何か魔法の効果でもあったのだろうか。
「みなさん、飲み物どうぞ! お店の冷蔵庫に入れといてもらったので、よく冷えてますよ」
「やあ、みんなお疲れさま」
楽人と一緒に、店長がやってきた。
「‥‥結構、ボコボコだねぇ」
荒れた地面を見て、ちょっと困った顔になるが。
「まだ途中だ。ひと息入れたら耕して、小石は取り除いてトンボをかける」
飲み物を口にしながら、侘助が告げる。
「整地が終わったら芝を張る。そこまでやって今日の作業は終了だ」
「ん‥‥芝?」
覚えのない単語に、首を傾げる店長。
彼らへの依頼は、草刈りと天魔退治。現状で依頼は十分果たされている。
「どうせなら、軽く整備するところまでやりたいなって」
「もちろん、許可が下りればですけど‥‥」
だが楽人と早記が口々に言うのを聞いて、店長は目を丸くした。
「いやむしろものすごく助かるけど‥‥いいの?」
答える代わりに、侘助がメンバーに声をかけた。
「さて、再開するか。不明なことは俺に聞いてくれ」
●
侘助が用意してきた道具でもって、荒れた土を耕し、均し、踏み固める。
「七種、少し勾配がつくように均すんだ」
「えっ、平らにすればいいんじゃ?」
「その方が水捌けがよくなる」
そのあとは、芝張りだ。マット状になっている芝を一定間隔で並べていく。
「結構隙間空いてるけど」
「予算の都合だ。芝が育てば埋まる」
冒頭で侘助が言っていた目地張りという張り方である。
「芝を敷いたら目地に土を入れる。なるべく均等にな」
「こんな感じかな」
専門知識のある侘助の指示の元、全員で取り組む。
「こんなものだろう‥‥水を止めてくれ」
「了解ですの」
散水を終えた侘助が九十七に声をかけた。
「これで、芝張りも終了ですね!」
楽人が嬉しそうに一つ手を叩く。
途中からシフトの明けたモブ子も手伝って、それでも空はだいぶ色づく頃合いだった。
「後は、余ったところに各自植物を植えていこう」
「庭師殿、それは?」
「ボーチュラカだ。水やりも必要ないし、世話も手間いらずだ」
興味深そうにのぞき込む戒に、侘助が解説をしている。
「僕は、ガーベラを持ってきました」
楽人もまた、空き地の外周に株分けされた花を植えていく。
「花言葉は『希望』や『我慢強さ』だそうです」
綺麗になって生き返った空き地に、これからの希望を乗せて。
●
「いやあ、ここまでやってくれるなんて思ってなかったよ。本当にありがとう!」
「芝が確りと根付くにはまだ時間がかかる。暫くは上を歩かないように」
店長の感謝の言葉を聞いても、侘助はにこりともしない。
「水やりは朝晩たっぷりと‥‥何か困ったことがあったら呼んでくれ」
手入れ方法をさらさらとメモに書き、店長に手渡した。
「天魔も退治してもらったし、報酬は少し上乗せしておくからね。空木君には飲み物代もね」
もともとジュースくらいはおごるつもりだったし、と店長。
「さて、これで後はこの空き地を何に使うか何だよなあ‥‥」
結局はそこだ。
「空き地には土管‥‥も浪漫だけど」
早記はそんなことを言いつつも、頭をひねる。
「何か植えるなら食物がいいな。小さなビニールハウス建てて果物狩りできます、とか‥‥」
「訓練用の広場にするっていうのはどうかしら」
結希は久遠ヶ原ならではのアイデアを。
「訓練すればお腹が空くし、喉も渇くわ。コンビニが傍にあれば便利だと思うけど」
「なるほど‥‥問題は学園からここまでわざわざ訓練しに来る人がいるかってことかな」
「遠いですからね、ここ」
頷きあう店長とモブ子。
「流行らなくても責任はとらないわよ。‥‥というか、学生に案出させてないで少しは自分で考えたらどうなの?」
「うぐっ、すみません‥‥」
空き地は芝生と花の広場へと生まれ変わる。
ここでこの先何が行われるか‥‥いずれにしても、コンビニはその隣にひっそりと建っているだろう。
また、その存在を思い出していただけますように。ご来店をお待ちしています。