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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/05/04


みんなの思い出



オープニング

●???
「ほう、撃退士どもが、あの半月をな」
 窓際に佇む蝙蝠が事の仔細を伝えている。部屋の中の悪魔は、それを聞いて楽しげに口を歪めた。
「面白くなってきたではないか」
 蝙蝠が不安げな声を出す。
「ふん、わかっている。私は忠誠心が無いわけではないからな。私が預かっているものについても、一度様子を見て来よう」

 蝙蝠が窓から飛び立つのを見送って、悪魔はまた笑みを浮かべる。
「さて、まだまだ始まりですらないぞ、撃退士。──私を楽しませてくれよ」



「なー、ユウー?」
 六畳間の角っこに設置された二段ベッド。その下の段に寝っ転がってマンガを読んでいた少年が、手すりに頭を預けて携帯ゲームに没頭していた少年に声をかける。
 二人の外見はびっくりするほどそっくりだ。一卵性双生児――双子なのである。
 ご丁寧に服装までお揃いで、二人の外見的な違いは、ゲームをしている方――ユウの右手に赤い革製のブレスレットが巻かれているくらいのものであった。
「どーした、ナオ?」
 ユウはゲームから顔を上げない。
「いー天気だなー」
 ナオはベッドから降りると、窓際に置かれた勉強机に両手をついて、目を凝らして遠くを見る。
 北向きの窓の外は、雲ひとつない快晴だ。――だというのに。

 視界の先の方はまるでそこだけ世界が違うとでも言うように、今日も真っ黒な雲が覆い被さっていた。
「ずーっとだなー‥‥」
「なにが」
「あの雲」
「雲?」
 ユウはようやっとゲームから目を放す。
「‥‥そういえばそうだな。まーこっちは晴れてるんだからいーじゃん?」
 ユウの言葉に、しかしナオは不満気に口を尖らせた。
「母さんもさ、そう言うんだよ。まるで関係ないって顔でさ。でも、あっちって確か‥‥ばーちゃんちがあるんじゃなかったか?」
 そう言っても、ユウはピンとこない顔をしている。
「ばーちゃんちは千葉でしょ。こないだお墓参りに‥‥」
「だからぁ、そっちじゃなくって!」
 じれったいなあ、とナオは語気を強める。
「もういっこの‥‥ばーちゃんが二人いる方!」
 ばーちゃんが二人? なに言ってんのさ‥‥そう、答えようとして。

 唐突に頭に浮かぶ記憶。
 会うたび小さなお菓子をくれるしわしわの「おばあちゃん」と、背中がぴしっとしていて双子の頭をぐりぐり豪快に撫でてくる「ばーちゃん」。

 そうだ、ナオの言うとおり。
 二人のばーちゃんがいる家は、確かに。
 北の大きな川のさき、あの黒雲の下に、あった!

「最後に行ったのいつだっけ」
 ユウの言葉に、ナオがぱっと顔を輝かせる。
「思い出したか?」
「思い出したっていうか‥‥」
 忘れていたはずなどない。ユウは二人のばーちゃんのことが大好きだった。もちろん、ナオも。
 一度など、母親に黙って会いに行こうとして迷子になり、大騒ぎになったこともある。
 その事をふと思い出して――、本当に忘れていたのだということを知った。
「ナオは、覚えてたのか?」
 俺は忘れてたのに。悔しくてつい非難がましい声をだすと、ナオは首を振った。
「こないだ、急に思い出したんだ」
 その日、空に浮かぶ半球型のディアボロが撃退士たちによって破壊されていたことは彼には知る由もない。
「母さんは、思い出さないんだ。話しても、この子はなに言ってるの、ってそればっか。おかしくないか?」
「おかしい」
 ユウは力いっぱい頷く。
「そうだよ、あの雲だってヘンだよな。いつから出てるんだ?」
 ひとつが怪しくなると途端にすべてが怪しくなっていく。雲のことも、忘れていたことも。母さんが思い出さないということも。
「ばーちゃんたち、いまどうしてるのかな」
 疑念のあとに沸き上がって来たのは、不安だった。
 最後は何年前だっただろう。はっきり思い出せない。つまりそれくらい前から会っていないのだ。
「会いにいこうか」
 ナオがぽつりと言った。
「道、分かる?」
「‥‥多分、大丈夫!」
 失敗した時は、まだ小さかった。今はもう二人とも小学生だ。
 今度は迷子になったりしない。二人は頷きあった。 そうと決まれば善は急げだ。二人はお気に入りのリュックをひっつかみ、必要だと思ったものを入れていく。途中になっているゲームとマンガも忘れずに。携帯はまだ持たされていない。
 ばたばたとリビングへ出てみる。テーブルの上にはパートに出ている母さんがお昼を用意してくれている。うまい具合に、サンドイッチだった。
「お弁当にもってこうぜ」
 ナオがサンドイッチをラップに包みなおす。その間にユウが二人分の水筒に麦茶を満たした。
「あと、これも」
 棚に刺さっていた地図を引っ張り出す。埼玉県しか載ってない地図だったけど、無いよりいいか。

 あとは、母さんが帰ってきた時に心配しないように、書き置きを残す。
「‥‥なんてったっけ」
「えーっと‥‥ぐんま?」「そうそう、群馬だよな!」
 まるで喉にかかった小骨が取れたよう。上機嫌でメモ帳に書き込むと、二人は意気揚々と飛び出していった。



「それで、書き置きにはなんと?」
 電話応対する潮崎 紘乃(jz0117)が尋ねると、受話器の向こうで母親は困惑した声を出した。
「それが‥‥『ぐんまのばーちゃんちにいってくる』と」
「ぐんま、ですか‥‥」
「祖母宅というと、千葉に夫の実家があるだけですし――そもそもぐんまなんて、聞いたことないので。ふざけているだけだ、とは思うんですけど、心配で。ごめんなさい、過保護な親で」
「とんでもないです」
 書き置きを残して姿を消したという双子は、昨年悪魔に誘拐されかかっている。過敏になるのも無理はない。
「実は‥‥群馬、という地名が確かにあるという訴えが、撃退士を中心に数件上がっているんです。皆一様に、埼玉県の北部――利根川の向こうにそれはあると」
 紘乃自身、そんな土地は聞いたことがない。だがその声は確かにある。
「それと、これはまだ未確認なので、落ち着いて聞いていただきたいのですが」
 声を潜める。
「丁度、お住まいから北の方に複数のディアボロらしき影が確認されていると」
 じきに避難警報が出るかもしれない。
「そんな、じゃあうちの子は!」
「大丈夫です。すぐに撃退士を手配します」
 努めて冷静に、力強い声を。そう意識して、紘乃は告げる。
「お子さんたちは、すぐ見つかります。彼らがきっと見つけてくれますから。だからどうか落ち着いて、待っていてくださいねっ」


リプレイ本文

「まったく‥‥ユウ君ナオ君探すの二度目だぞ! いい加減にしろ!」
 双子が通う小学校への道を経由するB班。フレイヤ(ja0715)が拳を振り上げる。
「やっぱり、この前の子達だよね」
 頷いたのはミシェル・G・癸乃(ja0205)。
 去年の夏頃、二人はディアボロ殲滅のためにこの地へ派遣され、やはり行方が分からなくなっていた双子を保護した。大変な思いをして。
 だが、子供たちはまったく懲りていなかったらしい。
「まあショタ可愛いから許すけどね!」
 フレイヤの言葉にミシェルは笑い、それからまた表情を引き締める。
「気持ちは分かるけど、ちょっと無茶しすぎなんだし‥‥早く見つけないとっ」
「そうね‥‥早いとこ見つけて、この黄昏の魔女がお説教をしてやるのだわ」
 そんな彼女らの後ろを、ハッド(jb3000)が頭を掻きながら付いてきていた。
「むむ〜‥‥ぐんま、ぐんまの〜‥‥」
 その手に開かれているのは、図書館で借りてきた古い地図帳だ。

 少し調べてみれば、「群馬」という地名を見つけることはさほど難しいことではなかった。
 だが‥‥。
「んん〜まあ、ぐんまのことはよ〜わからんがのう」
 ハッドは、一応は借りてきた地図帳を、あっさりと閉じた。
 これ以上眺めていても意味がないと、何故かそう思ったのだ。
「ば〜ちゃんに会いたいとゆ〜思いは大切にしてやりたいの〜」
 今はそれより、双子のことだ。ハッドは地図帳をしまい込むと、先行する二人に追いつこうと足を早めた。



「北は‥‥あっちですね」
 行ける限り北へ直進するのはA班。久永・廻夢(jb4114)が方位磁針を確認する。
「‥‥さあ、行こう」
 水無瀬 快晴(jb0745)が淡々と告げる。クインV・リヒテンシュタイン(ja8087)が眼鏡を煌めかせ、三人はひとまず駆けだした。

「ぐんま、か‥‥なにやら怪しい響きだね」
 クインは依頼書を見ながら、ふむと唸る。
 だがクインは、さして興味なさそうに依頼書をしまった。眼鏡に手をかけることさえせずに。
「双子の気配はあるかい?」
「いえ‥‥今のところ」
 廻夢が周囲を見回しながら答える。直進する道はすぐに畑に遮られてしまったが、作物の背は低く、子供たちが隠れているということもない。
「‥‥双子をまずは見つけなきゃね」
「ああ、ディアボロに見つかる前に」
 子供たちはなんの力も持たない。こちらが先に発見できなければ‥‥想像もしたくない結末が待っている。
 中でも廻夢はせわしなく視線を左右に送り、双子が通った痕跡がないかを注意深く探していた。
 彼も双子だ。だが、彼は一人だ。
 魂を分け合った兄は、今はもういない。
「二人一緒に、帰らせてあげられるように」
 かけがえのない半身を失うようなあの苦痛を、味わわせることだけはしたくない。
「‥‥急ぎましょう」
 この辺りには双子も、敵の姿も見えない。三人は急ぎ、北に向かう。



 地図上の最短ルートを行くC班。
「‥‥止まってくれ」
 先頭を行く赤坂白秋(ja7030)が後続を制止する。聴覚を研ぎ澄まし、物陰の向こうの音を聴きとる。
「足音が一つと‥‥何かを引きずるような音だ。双子じゃないな」
「となれば、天魔でしょうか」
 システィーナ・デュクレイア(jb4976)が問うと、白秋は頷いた。
「だろうな。ちょっと待ってろ‥‥」
 白秋は身を低くしたままそっと物陰の外を覗く。避難警報によって人気の消えた通りに天魔の姿が確認できた。
「ナイトリザードが1、スライムが‥‥3、4匹ってとこか」
「ど、どうしましょう‥‥?」
 久遠寺 渚(jb0685)が不安そうに首を傾げる。
「瞬殺ってわけには行かないだろうしな‥‥迂回しよう」
 地図を取り出し、白秋が別ルートを急ぎ策定する。システィーナは自分の地図に天魔の情報を書き込み、自分たちが進むルートに沿ってラインを引いていく。
 こうしておけば、帰り道の危険は減らせるはずだ。

「それにしても‥‥すごい行動力ですね」
「双子のことか?」
「あ、は、はい‥‥」
 ぽつりと呟いたところに振り向かれ、渚が顔を赤くする。白秋はそれを見てニッと笑った。
「ガキ共が会いたがってる奴がいて、それを阻むのが天魔だってんなら──救い、そして叶えてやらなきゃな」
「まずは何としてでも、二人を無事に保護いたしましょう」
 システィーナが続き、渚はこくこくと頷いた。
 一方、エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)は熱心に手元の地図を覗き込んでいる。
「グンマ、僕の聞いたことがない言葉、僕が知らない土地──」
 その手にあるのは、渚が持ってきた「群馬県の地図」だった。彼女の実家にあった古い地図帳からコピーしてきたものだ。
 だが、今のところそれに関心を抱いているのはエリアス一人といって良かった。渚でさえ、探索が始まってからは見ようともしていない。
「ずいぶん精密な地図だなあ‥‥本当に、『想像上の土地』なのかな? それとも、あの雲の下にそれはあるのかな?」
 エリアスは北の先を覆う黒雲をまっすぐ見据える。
「ああ、世界にはまだ知らないことがたっくさんある‥‥分からないままなんてガマンできない!」
 ひょっとしたら、彼は忘れていないのかもしれない。ただ「知らない」だけで。



 結論を言えば、双子は三つのルートのどこにもいなかった。
 彼らはすでに川にたどり着いていて──川縁でのんきにお昼ご飯を食べていたのだ。

 最初にたどり着いたC班、中でも川向こうを気にしていたエリアスが彼らを見つけた。
 残りの班のもの達も連絡を受けて安堵し、敵を避けつつ、急ぎ合流を目指す。



 双子はまるで事態を理解していないようで、血相を変えて飛んできた彼らを不思議そうに見ていた。
「でぃあぼろなんていなかったけどなー?」「なー」
 あっけらかんとしたものだった。
「疲れていませんか? 甘いものは元気が出ますよ」
 システィーナが二人にいちごオレとバナナオレを差し出す。「どちらがいいですか?」と聞くと、二人は声をそろえて「バナナ!」と返答した。
「ごめんなさい、一つずつしか用意が‥‥」
「いーよ、半分こするから」
 双子の片方がそう言って、さっと左手のバナナオレをもらっていった。


 やがて、B班が一行に合流してきた。

「ユウ君ナオ君、私たちのことは覚えてる?」
 フレイヤに問いかけられ、双子は顔を見合わせる。先に思い出したのはナオの方。
「悪魔のおっちゃんと写真撮ってたねーちゃんだ!」
「しゃ、写真?」
 聞いていた渚がきょとんとする。フレイヤはにんまりと怪しげな笑みを浮かべた。
「渋メンダンディ悪魔とのツーショットはばっちり保存済みなのだわ。後で渚ちゃんにも見せてあげるわねってそうじゃなかった」
 前にでると、視線を子供たちに合わせる。
「いくら七歳だからって、お母さんに相談もなく勝手にどっか行くのは悪いことよ。
 ‥‥お母さんも、私だって心配しちゃうんだからやめて」
 腕を伸ばし、双子をまとめて掻き抱く。
「行きたいところがあるなら一緒に行ってあげるから、ね? 魔女との約束よ」
「お婆ちゃんのこと、心配だったのかもしれないけど」
 フレイヤの腕に抱かれて神妙にしている双子たち。ミシェルも続いた。
「同じように、お母さんたちもすっごく心配してたんだよ。だから、約束!」
 ミシェルの細い小指に、子供たちのまだ小さな指が、そっと絡んだ。

 さすがに反省したのか、大人しくなった双子の前に続いて立つのは。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。
 王である!」
 ハッドが名乗りを上げると、子供たちはあっという間に元気を取り戻し、目を輝かせて彼にまとわりつく。
「王様なの、すげー!」「どこの王様?」
「その王冠、ホンモノか?」「なんていう国?」
 ハッドは満足そうに頷きながら、用意していたポテチを取り出して彼らに与える。
「くれるのか! 王様いいやつだな!」
「じゃあ代わりに、お昼のサンドイッチの残りあげるよ」
 あっという間に砕けた雰囲気ができあがった。


「グンマって、どんなところなの?」
 エリアスが熱心に双子を質問責めにしている。そこへ、クインたち残る三人も合流してきた。

「さてと、子供たちを安全な所に連れて行かなくてはね」
「待って! まだ彼らにグンマの話を聞いている所なんだ」
 エリアスがクインに告げる。クインはああ、と応じた。
「それは確かに‥‥いや、今はそれどころじゃないんじゃないのかな」
 一度了解し、それを否定して、それからまたはたと疑問を抱く。
「ぐんま‥‥全く気にならない。それは、どうしてだろう?」
 ハッドや渚が用意してきた地図も、今は誰も開いてすらいない。
 気にならない、ということが気になる。クインは混乱する。
「みんな、何かおかしいね。まるで魔法にかかっているみたいだ」
 エリアスは不思議そうにしている。「あの雲のことも、さっきから誰も気にしてないよ」
「雲?」
「そう言えば‥‥」
 指し示されて、皆思い出したようにそちらを見やる。
 眼前では利根川が曲がりくねりながら水を下流へと押しやっている。黒雲は、その先に広がっている。
 調査するはずの白秋も、持っているデジタルカメラで雲を撮ろうともしない。いや‥‥出来ない?
「みんな同じ反応だ‥‥」
 クインは額を抑える。眼鏡は煌めかない。
「明らかにおかしな雲なのに、何故僕らは気にならないんだろう。
 っと今はそんな場合じゃ‥‥まただ!」
 靄のかかった思考をはっきりさせたくて頭を振るが、そうするとせっかく生まれた疑念ごと飛んでいってしまうのだ。
「ヘンな雲だよな」「向こうに行こうとしたけど、行けないんだ」
 双子は、あの雲を自然に意識できている。渚が彼らに尋ねた。
「お二人が『ぐんま』を意識し始めたのは何時頃でしょう」
 出来れば、正確な日時が知りたい。
 ユウは今日の午前中、ナオに指摘されて思い出したと言った。そしてナオは、しばらく考えた後、ある日付を口にした。それは──。
「やっぱり、『あの』ディアボロが撃破された後‥‥」
 あの日、栃木県の西の端で。空に浮かぶ半月のディアボロを苦労して苦労して撃破したその直後、仲間の数人が唐突に「ぐんま」という言葉を口にし始めたことを、渚は思い出す。
 ナオが「ぐんま」を意識したのは、まさにその直後だったのだ。
「‥‥そうすると、あのディアボロが記憶を封じてたのでしょうか? それとも、認識障害?」
 半月ディアボロの撃破が、何かのトリガーになっていたことは間違いない。
「ねえ、二人はこの辺で半月の月、見なかった?」
 ミシェルが聞くと、双子は顔を見合わせる。
「半月は見なかったけど──」
「まんまるお月さまなら、見たよ!」
 今度は、撃退士達が顔を見合わせた。



 双子に案内されて、川を幾らか下流に下る。すると、それは確かにあった。
 川の上、十メートルほどの高さに浮かぶ、丸い水晶のような物体。
「報告にあったものとは、違いますね」
 廻夢が見上げて言う。
「でも、間違いないと思います‥‥おそらくは、『あれ』と同じ種類のもの。破壊すれば、私たちにも記憶が戻るのかも知れません!」
 渚が珍しく強い声を出した。みんなに注目され、「あ、その‥‥」と赤くなって小さくなる。
「要は、あれをぶっ壊せばいいってことか」
 白秋がぱちんと拳を打ち付ける。
「周囲に敵の姿はなし‥‥近づいてみましょうか」
 と、システィーナ。
「おっと、それは少し待ってもらおう」
 応えた声は、その場の誰のものでもなかった。
 皆が身を固くし、警戒する。フレイヤは双子を引き寄せ、ミシェルは一歩、前に出た。
 二人は──双子を含めれば四人は、その声をすでに知っていたからだ。
「あそこ!」
 エリアスが黒雲の満ちた方角を示す。
「悪魔のおっちゃんだ!」
 双子が無邪気に指差す先で、レガ(jz0135)は不敵な笑みを浮かべて立っていた。


 レガは一人だったが、傍らにディアボロを一体引き連れていた。彼の身長ほどもある大きな四つ足で、外見は犬──神社にいる狛犬のようだった。
 レガは狛犬とともに、ゆっくりと歩みを進めてくる。
「記憶を封じられたままで、その球の重要性に気づいたか。たいしたものだ」
「ずいぶん、大切なもんみたいだな。なら何であんなとこに浮かべとく?」
 問うたのは白秋だ。
「そもそもこの地を知らぬものは、あれを意識しないからな。ディアボロなど置いたら逆に目立ってしまうのだ」
 意外にも、レガは素直に答えた。
「だが、先日誰かがへまをしたせいで、そうも言っていられなくなった。私も様子を見に来たのだが──君たちの方がわずかばかり到着が早かったようだな」
「あんたのアイデアじゃねぇな、これ」
「もちろんだとも。私はしがない中間管理職さ」
 二人のやり取りを聞きながら、快晴は周囲に目配せする。ゆっくりと一歩、足を後ろへ下げるが。
「逃げるのかね? それは果たして賢明といえるかな」
 レガはその動きを目ざとく捕まえた。
「私も戦いたいのは山々なのですが」システィーナが答える。「今はこの人数ですし少々疲れていますので、お互い満足な戦いが出来ないと思います」
 まして護衛対象もいる。全力で戦うのはまた次の機会に、と彼女は訴える。
「ふむ。だが見ての通り、今ならこちらも手薄だ。目的を果たすには絶好の機会だと思うがね」
「どういう‥‥つもりだ?」
「どう捉えるかは君たちの自由だ。だが日を改めるというなら、こちらも相応の対処をせざるを得なくてね」
 泰然とした態度を崩さないレガ。一行との間に緊張が走る。

「あの‥‥レガさん!」
 沈黙を破ったのは、フレイヤだった。神妙な顔つきで、手を挙げる。
「なにかな」
「今度腐った本を描く時の登場人物にレガさんを出してもいいですか!?」

 ‥‥‥‥。

 それまでの空気との温度差に、全員動くに動けなかった。
「よくわからんが、好きにしたまえ」
「よっしゃ言質取った! あっもう今さらやっぱなしとか聞けませんから!」
 フレイヤ、ガッツポーズ。
 その時──レガの傍らに控えていた狛犬が、突然動き出した。川縁を疾走し、ジャンプする。その先には、「半球型」が。
 狛犬はそのまま巨大な口を開き、球をくわえ込んでしまう。その瞬間、地上から放たれた雷が球を捉えた。
 狛犬が着地する。球はその口にすっぽりと収まっていた。
「むむ、惜しいの〜」
 唸ったのは、ハッドである。やり取りの間気配を隠し、半球への一撃を狙ったのだが、果たして効果はあっただろうか。
「ふふふ、そこまでサービスをするつもりはないな」
 レガは肩を揺すって笑っている。
「! 後ろから──」
 ドラゴンフライにナイトリザードの一団が、メンバーの後方、退路を塞ぐような形で展開を始めていた。

「さあ、聞かせてもらおう。戦うか、逃げるか?」
 まるでポーカーのベットを問うような調子で、レガが言う。

 双子は事態についていけないといった様子で、不思議そうに周囲を見回していた。


──続く


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 未到の結界士・久遠寺 渚(jb0685)
重体: −
面白かった!:5人

ラッキーガール・
ミシェル・G・癸乃(ja0205)

大学部4年130組 女 阿修羅
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
時代を動かす男・
赤坂白秋(ja7030)

大学部9年146組 男 インフィルトレイター
眼鏡は世界を救う・
クインV・リヒテンシュタイン(ja8087)

大学部3年165組 男 ダアト
新世界への扉・
エリアス・ロプコヴィッツ(ja8792)

大学部1年194組 男 ダアト
未到の結界士・
久遠寺 渚(jb0685)

卒業 女 陰陽師
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
我が輩は王である・
ハッド(jb3000)

大学部3年23組 男 ナイトウォーカー
庇護するは鋼の翼・
久永・廻夢(jb4114)

大学部3年223組 男 ディバインナイト
お姉ちゃんの様な・
システィーナ・デュクレイア(jb4976)

大学部8年196組 女 阿修羅