「まったく‥‥ユウ君ナオ君探すの二度目だぞ! いい加減にしろ!」
双子が通う小学校への道を経由するB班。フレイヤ(
ja0715)が拳を振り上げる。
「やっぱり、この前の子達だよね」
頷いたのはミシェル・G・癸乃(
ja0205)。
去年の夏頃、二人はディアボロ殲滅のためにこの地へ派遣され、やはり行方が分からなくなっていた双子を保護した。大変な思いをして。
だが、子供たちはまったく懲りていなかったらしい。
「まあショタ可愛いから許すけどね!」
フレイヤの言葉にミシェルは笑い、それからまた表情を引き締める。
「気持ちは分かるけど、ちょっと無茶しすぎなんだし‥‥早く見つけないとっ」
「そうね‥‥早いとこ見つけて、この黄昏の魔女がお説教をしてやるのだわ」
そんな彼女らの後ろを、ハッド(
jb3000)が頭を掻きながら付いてきていた。
「むむ〜‥‥ぐんま、ぐんまの〜‥‥」
その手に開かれているのは、図書館で借りてきた古い地図帳だ。
少し調べてみれば、「群馬」という地名を見つけることはさほど難しいことではなかった。
だが‥‥。
「んん〜まあ、ぐんまのことはよ〜わからんがのう」
ハッドは、一応は借りてきた地図帳を、あっさりと閉じた。
これ以上眺めていても意味がないと、何故かそう思ったのだ。
「ば〜ちゃんに会いたいとゆ〜思いは大切にしてやりたいの〜」
今はそれより、双子のことだ。ハッドは地図帳をしまい込むと、先行する二人に追いつこうと足を早めた。
●
「北は‥‥あっちですね」
行ける限り北へ直進するのはA班。久永・廻夢(
jb4114)が方位磁針を確認する。
「‥‥さあ、行こう」
水無瀬 快晴(
jb0745)が淡々と告げる。クインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)が眼鏡を煌めかせ、三人はひとまず駆けだした。
「ぐんま、か‥‥なにやら怪しい響きだね」
クインは依頼書を見ながら、ふむと唸る。
だがクインは、さして興味なさそうに依頼書をしまった。眼鏡に手をかけることさえせずに。
「双子の気配はあるかい?」
「いえ‥‥今のところ」
廻夢が周囲を見回しながら答える。直進する道はすぐに畑に遮られてしまったが、作物の背は低く、子供たちが隠れているということもない。
「‥‥双子をまずは見つけなきゃね」
「ああ、ディアボロに見つかる前に」
子供たちはなんの力も持たない。こちらが先に発見できなければ‥‥想像もしたくない結末が待っている。
中でも廻夢はせわしなく視線を左右に送り、双子が通った痕跡がないかを注意深く探していた。
彼も双子だ。だが、彼は一人だ。
魂を分け合った兄は、今はもういない。
「二人一緒に、帰らせてあげられるように」
かけがえのない半身を失うようなあの苦痛を、味わわせることだけはしたくない。
「‥‥急ぎましょう」
この辺りには双子も、敵の姿も見えない。三人は急ぎ、北に向かう。
●
地図上の最短ルートを行くC班。
「‥‥止まってくれ」
先頭を行く赤坂白秋(
ja7030)が後続を制止する。聴覚を研ぎ澄まし、物陰の向こうの音を聴きとる。
「足音が一つと‥‥何かを引きずるような音だ。双子じゃないな」
「となれば、天魔でしょうか」
システィーナ・デュクレイア(
jb4976)が問うと、白秋は頷いた。
「だろうな。ちょっと待ってろ‥‥」
白秋は身を低くしたままそっと物陰の外を覗く。避難警報によって人気の消えた通りに天魔の姿が確認できた。
「ナイトリザードが1、スライムが‥‥3、4匹ってとこか」
「ど、どうしましょう‥‥?」
久遠寺 渚(
jb0685)が不安そうに首を傾げる。
「瞬殺ってわけには行かないだろうしな‥‥迂回しよう」
地図を取り出し、白秋が別ルートを急ぎ策定する。システィーナは自分の地図に天魔の情報を書き込み、自分たちが進むルートに沿ってラインを引いていく。
こうしておけば、帰り道の危険は減らせるはずだ。
「それにしても‥‥すごい行動力ですね」
「双子のことか?」
「あ、は、はい‥‥」
ぽつりと呟いたところに振り向かれ、渚が顔を赤くする。白秋はそれを見てニッと笑った。
「ガキ共が会いたがってる奴がいて、それを阻むのが天魔だってんなら──救い、そして叶えてやらなきゃな」
「まずは何としてでも、二人を無事に保護いたしましょう」
システィーナが続き、渚はこくこくと頷いた。
一方、エリアス・ロプコヴィッツ(
ja8792)は熱心に手元の地図を覗き込んでいる。
「グンマ、僕の聞いたことがない言葉、僕が知らない土地──」
その手にあるのは、渚が持ってきた「群馬県の地図」だった。彼女の実家にあった古い地図帳からコピーしてきたものだ。
だが、今のところそれに関心を抱いているのはエリアス一人といって良かった。渚でさえ、探索が始まってからは見ようともしていない。
「ずいぶん精密な地図だなあ‥‥本当に、『想像上の土地』なのかな? それとも、あの雲の下にそれはあるのかな?」
エリアスは北の先を覆う黒雲をまっすぐ見据える。
「ああ、世界にはまだ知らないことがたっくさんある‥‥分からないままなんてガマンできない!」
ひょっとしたら、彼は忘れていないのかもしれない。ただ「知らない」だけで。
●
結論を言えば、双子は三つのルートのどこにもいなかった。
彼らはすでに川にたどり着いていて──川縁でのんきにお昼ご飯を食べていたのだ。
最初にたどり着いたC班、中でも川向こうを気にしていたエリアスが彼らを見つけた。
残りの班のもの達も連絡を受けて安堵し、敵を避けつつ、急ぎ合流を目指す。
●
双子はまるで事態を理解していないようで、血相を変えて飛んできた彼らを不思議そうに見ていた。
「でぃあぼろなんていなかったけどなー?」「なー」
あっけらかんとしたものだった。
「疲れていませんか? 甘いものは元気が出ますよ」
システィーナが二人にいちごオレとバナナオレを差し出す。「どちらがいいですか?」と聞くと、二人は声をそろえて「バナナ!」と返答した。
「ごめんなさい、一つずつしか用意が‥‥」
「いーよ、半分こするから」
双子の片方がそう言って、さっと左手のバナナオレをもらっていった。
やがて、B班が一行に合流してきた。
「ユウ君ナオ君、私たちのことは覚えてる?」
フレイヤに問いかけられ、双子は顔を見合わせる。先に思い出したのはナオの方。
「悪魔のおっちゃんと写真撮ってたねーちゃんだ!」
「しゃ、写真?」
聞いていた渚がきょとんとする。フレイヤはにんまりと怪しげな笑みを浮かべた。
「渋メンダンディ悪魔とのツーショットはばっちり保存済みなのだわ。後で渚ちゃんにも見せてあげるわねってそうじゃなかった」
前にでると、視線を子供たちに合わせる。
「いくら七歳だからって、お母さんに相談もなく勝手にどっか行くのは悪いことよ。
‥‥お母さんも、私だって心配しちゃうんだからやめて」
腕を伸ばし、双子をまとめて掻き抱く。
「行きたいところがあるなら一緒に行ってあげるから、ね? 魔女との約束よ」
「お婆ちゃんのこと、心配だったのかもしれないけど」
フレイヤの腕に抱かれて神妙にしている双子たち。ミシェルも続いた。
「同じように、お母さんたちもすっごく心配してたんだよ。だから、約束!」
ミシェルの細い小指に、子供たちのまだ小さな指が、そっと絡んだ。
さすがに反省したのか、大人しくなった双子の前に続いて立つのは。
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。
王である!」
ハッドが名乗りを上げると、子供たちはあっという間に元気を取り戻し、目を輝かせて彼にまとわりつく。
「王様なの、すげー!」「どこの王様?」
「その王冠、ホンモノか?」「なんていう国?」
ハッドは満足そうに頷きながら、用意していたポテチを取り出して彼らに与える。
「くれるのか! 王様いいやつだな!」
「じゃあ代わりに、お昼のサンドイッチの残りあげるよ」
あっという間に砕けた雰囲気ができあがった。
「グンマって、どんなところなの?」
エリアスが熱心に双子を質問責めにしている。そこへ、クインたち残る三人も合流してきた。
「さてと、子供たちを安全な所に連れて行かなくてはね」
「待って! まだ彼らにグンマの話を聞いている所なんだ」
エリアスがクインに告げる。クインはああ、と応じた。
「それは確かに‥‥いや、今はそれどころじゃないんじゃないのかな」
一度了解し、それを否定して、それからまたはたと疑問を抱く。
「ぐんま‥‥全く気にならない。それは、どうしてだろう?」
ハッドや渚が用意してきた地図も、今は誰も開いてすらいない。
気にならない、ということが気になる。クインは混乱する。
「みんな、何かおかしいね。まるで魔法にかかっているみたいだ」
エリアスは不思議そうにしている。「あの雲のことも、さっきから誰も気にしてないよ」
「雲?」
「そう言えば‥‥」
指し示されて、皆思い出したようにそちらを見やる。
眼前では利根川が曲がりくねりながら水を下流へと押しやっている。黒雲は、その先に広がっている。
調査するはずの白秋も、持っているデジタルカメラで雲を撮ろうともしない。いや‥‥出来ない?
「みんな同じ反応だ‥‥」
クインは額を抑える。眼鏡は煌めかない。
「明らかにおかしな雲なのに、何故僕らは気にならないんだろう。
っと今はそんな場合じゃ‥‥まただ!」
靄のかかった思考をはっきりさせたくて頭を振るが、そうするとせっかく生まれた疑念ごと飛んでいってしまうのだ。
「ヘンな雲だよな」「向こうに行こうとしたけど、行けないんだ」
双子は、あの雲を自然に意識できている。渚が彼らに尋ねた。
「お二人が『ぐんま』を意識し始めたのは何時頃でしょう」
出来れば、正確な日時が知りたい。
ユウは今日の午前中、ナオに指摘されて思い出したと言った。そしてナオは、しばらく考えた後、ある日付を口にした。それは──。
「やっぱり、『あの』ディアボロが撃破された後‥‥」
あの日、栃木県の西の端で。空に浮かぶ半月のディアボロを苦労して苦労して撃破したその直後、仲間の数人が唐突に「ぐんま」という言葉を口にし始めたことを、渚は思い出す。
ナオが「ぐんま」を意識したのは、まさにその直後だったのだ。
「‥‥そうすると、あのディアボロが記憶を封じてたのでしょうか? それとも、認識障害?」
半月ディアボロの撃破が、何かのトリガーになっていたことは間違いない。
「ねえ、二人はこの辺で半月の月、見なかった?」
ミシェルが聞くと、双子は顔を見合わせる。
「半月は見なかったけど──」
「まんまるお月さまなら、見たよ!」
今度は、撃退士達が顔を見合わせた。
●
双子に案内されて、川を幾らか下流に下る。すると、それは確かにあった。
川の上、十メートルほどの高さに浮かぶ、丸い水晶のような物体。
「報告にあったものとは、違いますね」
廻夢が見上げて言う。
「でも、間違いないと思います‥‥おそらくは、『あれ』と同じ種類のもの。破壊すれば、私たちにも記憶が戻るのかも知れません!」
渚が珍しく強い声を出した。みんなに注目され、「あ、その‥‥」と赤くなって小さくなる。
「要は、あれをぶっ壊せばいいってことか」
白秋がぱちんと拳を打ち付ける。
「周囲に敵の姿はなし‥‥近づいてみましょうか」
と、システィーナ。
「おっと、それは少し待ってもらおう」
応えた声は、その場の誰のものでもなかった。
皆が身を固くし、警戒する。フレイヤは双子を引き寄せ、ミシェルは一歩、前に出た。
二人は──双子を含めれば四人は、その声をすでに知っていたからだ。
「あそこ!」
エリアスが黒雲の満ちた方角を示す。
「悪魔のおっちゃんだ!」
双子が無邪気に指差す先で、レガ(jz0135)は不敵な笑みを浮かべて立っていた。
レガは一人だったが、傍らにディアボロを一体引き連れていた。彼の身長ほどもある大きな四つ足で、外見は犬──神社にいる狛犬のようだった。
レガは狛犬とともに、ゆっくりと歩みを進めてくる。
「記憶を封じられたままで、その球の重要性に気づいたか。たいしたものだ」
「ずいぶん、大切なもんみたいだな。なら何であんなとこに浮かべとく?」
問うたのは白秋だ。
「そもそもこの地を知らぬものは、あれを意識しないからな。ディアボロなど置いたら逆に目立ってしまうのだ」
意外にも、レガは素直に答えた。
「だが、先日誰かがへまをしたせいで、そうも言っていられなくなった。私も様子を見に来たのだが──君たちの方がわずかばかり到着が早かったようだな」
「あんたのアイデアじゃねぇな、これ」
「もちろんだとも。私はしがない中間管理職さ」
二人のやり取りを聞きながら、快晴は周囲に目配せする。ゆっくりと一歩、足を後ろへ下げるが。
「逃げるのかね? それは果たして賢明といえるかな」
レガはその動きを目ざとく捕まえた。
「私も戦いたいのは山々なのですが」システィーナが答える。「今はこの人数ですし少々疲れていますので、お互い満足な戦いが出来ないと思います」
まして護衛対象もいる。全力で戦うのはまた次の機会に、と彼女は訴える。
「ふむ。だが見ての通り、今ならこちらも手薄だ。目的を果たすには絶好の機会だと思うがね」
「どういう‥‥つもりだ?」
「どう捉えるかは君たちの自由だ。だが日を改めるというなら、こちらも相応の対処をせざるを得なくてね」
泰然とした態度を崩さないレガ。一行との間に緊張が走る。
「あの‥‥レガさん!」
沈黙を破ったのは、フレイヤだった。神妙な顔つきで、手を挙げる。
「なにかな」
「今度腐った本を描く時の登場人物にレガさんを出してもいいですか!?」
‥‥‥‥。
それまでの空気との温度差に、全員動くに動けなかった。
「よくわからんが、好きにしたまえ」
「よっしゃ言質取った! あっもう今さらやっぱなしとか聞けませんから!」
フレイヤ、ガッツポーズ。
その時──レガの傍らに控えていた狛犬が、突然動き出した。川縁を疾走し、ジャンプする。その先には、「半球型」が。
狛犬はそのまま巨大な口を開き、球をくわえ込んでしまう。その瞬間、地上から放たれた雷が球を捉えた。
狛犬が着地する。球はその口にすっぽりと収まっていた。
「むむ、惜しいの〜」
唸ったのは、ハッドである。やり取りの間気配を隠し、半球への一撃を狙ったのだが、果たして効果はあっただろうか。
「ふふふ、そこまでサービスをするつもりはないな」
レガは肩を揺すって笑っている。
「! 後ろから──」
ドラゴンフライにナイトリザードの一団が、メンバーの後方、退路を塞ぐような形で展開を始めていた。
「さあ、聞かせてもらおう。戦うか、逃げるか?」
まるでポーカーのベットを問うような調子で、レガが言う。
双子は事態についていけないといった様子で、不思議そうに周囲を見回していた。
──続く