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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/03/13


みんなの思い出



オープニング

 久遠ヶ原学園の斡旋所に学生でないものが来るということは、少なくとも潮崎 紘乃(jz0117)が働いている斡旋所においては、多くもないが珍しいことでもない。依頼は電話やメールで持ち込まれることが多いとはいえ、職員につながりのある撃退庁の人間や、フリーランスで活動している撃退士が直接やって来ることはままあるからだ。
 だから、フリーランスの撃退士、羽生 丈文が久々に斡旋所に姿を現したときも、紘乃は特に驚いたりはしなかった。先日のように、仕事を持ってきたのだろうと思ったからだ。
「お久しぶりです、羽生さん。牧田さんなら奥に──」
 だからいつも話をしにいく上司に取り次ごうとしたのだが、丈文はいや、と言って首を振った。
「少し、話がしたくてね。──時間をもらえるかな」
「私、ですか?」
 紘乃は頷く丈文を見て初めて戸惑った。まさか自分を口説こうというのではないだろう。それだけはあり得ないと言うことを、彼女は知っている。
 丈文は真剣な面もちだ。紘乃はちらと時計を見て、言った。
「あと十分ほどでお昼に出られますから、少し待っていてもらえますか?」



 二人は学園内の食堂へやってきた。すでに学生の昼休みは過ぎているため、巨大食堂は閑散としている。窓際の一角に、向かい合って腰を下ろした。
「ここは久しぶりだな──」
 窓の外をまぶしそうに眺めながら、丈文はぽつりとつぶやき、それきり黙った。
 紘乃は何を口にしていいのか迷う。
 丈文は以前から度々斡旋所へ出入りしていたため、紘乃も何度も言葉を交わした事があるし、親しいというほどではないにしても、知り合ってから長いので、それなりに知っている相手だ。
 この半年あまりの間、彼がどういう境遇におかれ、その結果どうなったのか──そのこともよく知っていた。
「──伊緒が、」
 気まずい沈黙の後で、丈文は呟くようにその名を口にした。紘乃は心臓を軽く掴まれたような気がした。
 秋山 伊緒は、丈文の恋人だった。写真を見せてもらったことがある。髪の毛がふわふわしていて、守ってあげたくなるような童顔で──丈文の隣に寄り添って、安心しきった笑顔を浮かべていたのを覚えている。
 だが彼女は、シュトラッサーとなった。望んでそうなったのだ。そして三名の撃退士に重傷を負わせ、丈文を連れ去り、半年に渡って監禁した。
「伊緒が死んでから、どうにも力が湧いてこなくてね」
 丈文は自嘲するように笑う。
 そう、彼女はもうこの世にいない。丈文と学園の撃退士たちによってすでに斃されている。その顛末は、紘乃も報告書を通して知っていた。
「あの時一緒に死ねていたら──なんて、つい思ってしまう」
「羽生さん」
 紘乃は強い声を出した。そうしなければいけない、そんな不安を感じて。
「心配しなくても、今更後を追ったりしないよ」
 丈文は片手をあげてそう言った。力のこもっていない声だ。
「俺を助けてくれたみんなの手前もあるしな。ただ、どうにも、前を向く気持ちになれないんだ。ずっと虚ろな心と向き合って、後悔をして──そんな一日しか送れない自分が、嫌になってくる」
 少しだけ、熱のある言葉だった。自分への怒り、だろうか。
「失礼だけど、潮崎さんも、その。恋人を亡くされているだろう?」
 ああ、それで自分のところへきたのか。紘乃はようやく合点がいった。でも。
「恋人じゃなくて、婚約者です。お見合いをして、何度かお話をして──それだけの関係でしたから」
 申し訳なさそうに微笑む。
「だから、亡くなったと聞かされたときも──驚いたし、悲しかったけれど、でもきっと羽生さんが今抱いているような感情はありませんでした」
「そう、なのか」
「お力になれなくてごめんなさい」
 紘乃が頭を下げると、丈文は取り繕ったような笑顔を浮かべた。
「いや、こちらこそ不躾なことを聞いてすまない。それに、話したら少し楽になったような気がするよ」
 本当にそうなのだろうか。弱々しく笑う丈文を見ていて、紘乃はひとつ、考えが浮かんだ。
「そうだ、学生に話を聞いてみるのはどうでしょう」
「学生に?」
「ええ。学園にはいろんな人がいますから。羽生さんが参考になるお話もきっと聞けるんじゃないかしら?」
 たとえそうならなかったとしても。
 一人で閉じこもって悩んでいるよりは、たくさんの人と触れあっているほうがきっといいはずだ。
「じゃ、斡旋所へ戻りましょうか」
 こんな時は、きっと少し強引にしてあげた方がいい。紘乃は丈文を引っ張るようにして、食堂を後にしたのだった。


リプレイ本文

「八重咲堂 夕刻(jb1033)と申します‥‥貴方が、羽生丈文さん?」
 丈文に声をかけてきた、柔和な物腰の初老の男性──夕刻は軽く頭を下げ、彼をベンチへと誘う。

「ココアはお嫌いですか?」
 夕刻は缶ココアを手渡す。甘いものはリラックスさせる効果があるんですよ、とまずひと口。
 晴れた午後だが、吹き抜ける風はまだ冷たい。二人はしばらく無言で、ちびちびとココアを飲んでいた。

「‥‥つまらない話ですが」
 やがて、夕刻が口を開いた。
「‥‥貴方と状況は違いますが‥‥、私も‥‥恋人を失いました。天魔による襲撃でね」
 丈文は視線だけを夕刻へと向ける。
「少しのすれ違いで、離れていたときでした。私は追いかけたのですが‥‥間に合いませんでした。悔やんでも悔やみきれない」
 語る表情に変化はない。穏やかな笑み──だが、ただ笑っているだけではない。齢を重ねたからこそ見せることが出来る、様々な感情を内包した笑みだ。
「復讐や死も考えました、しかし周囲の反対により‥‥結局、私は私のなすべき事を優先しました‥‥がむしゃらに生きましたね」
 遠い日々を思い返すようにして、夕刻は空を見た。丈文はそんな彼を、迷い子の様に見つめている。
「私は月日や周りの影響で、傷を癒されました‥‥しかし忘れたわけではありません。無理に忘れずとも良い、彼女はいつか辿りつく先で必ず待っていてくださるはず。私は私のできることを、私のような想いをする人を増やさないために‥‥残りの人生を費やします」
 その為に撃退士になったのだと、そこまで語って夕刻は一つ息をつく。
「‥‥貴方はまだお若い、貴方が生きている理由を、生き残った理由を、時間をかけて沢山悩むといいでしょう」
 その間にも、沢山の経験をして。いつかは答えを得ることもできるはず。
「いつか向こうに行けたら‥‥土産話としてお話しするのもいいでしょうね‥‥きっと語りきれないお話になる」
 無言で話を聞いていた丈文が口を開いた。
「伊緒は‥‥俺を待っていてくれるでしょうか」
「私はそう信じていますよ」
 返事は、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。夕刻は立ち上がった。
「冷えてしまいましたね」
 缶に残ったココアを飲み干して、ゴミ箱に。
「さあ、行きましょう。仲間がご馳走を用意してくれているようですよ」



 あちらです、と夕刻に示された扉の手前に、人影一つ。
「久しぶりなのさぁね」
 九十九(ja1149)が丈文には見馴れない二本の弦が張られた楽器──二胡を手に待っていた。
「私は先に行っています」
 夕刻は会釈して、扉の先へ。九十九は別の扉を示した。
「今日は撃退士としてではなく、楽士として‥‥伝えたいことがあるのさね」

 誰もいない教室は、穏やかに陽が射し込んでいる。
 九十九は丈文を座らせると、自身も椅子に腰掛けた。
 二胡を膝に乗せ、弓を当てて軽く引き、音を確かめる。

「‥‥遥かを想う歌」

 静かに。
 緩やかに。
 音は連なって音楽となり、想いを紡ぎ始める。

 曲は緩やかで、情念を込めて響いた。九十九が指先を動かすと、それに合わせて音色も優しくビブラートする。

(大切な人を喪ったことが無い自分では、羽生さんの気持ちを本当に理解することはできない)
 自分に出来る、今彼に必要なこと。
 九十九は一心に弓を動かし、二胡を奏でる。
 丈文は目を閉じて聞いている。

 この一時、丈文と伊緒が共に過ごした時間を、幸せな時間を彼が思い出せるように。

 そして、彼が何を喪い、何をその手に残しているのか、そのことが確認できるように。

 静かな教室を、旋律が満たしていく。


 曲が終わり、余韻が掻き消えてから、九十九はゆっくりと口を開いた。
「‥‥彼女は羽生さんと出逢えて幸せだったと思うさね」
 だからこそ、自らを責め悲しむより、彼女と共に生きた時間を幸せだったと言えるように。
 彼女との出会いを、感謝できるように。
「なんだか、もの悲しい曲だな」
 演奏の礼を述べてから、丈文はそう感想を口にした。
「‥‥伊緒に、会いたくなった」
 窓の外を見やる。旋律の消えた彼方に、その姿を探し求めているのだろうか。



「やあ、来たね」
 九十九と丈文が扉をくぐると、龍崎海(ja0565)が出迎えた。
「君か」
「使徒との戦いには参加したから、無視するのもどうかと思ってね」
 海は丈文を奥へと誘う。
 会議用のテーブルをつなげてあるそこには、カセットコンロの上で鍋が火にかけられていた。
「賑やかな場所で美味い飯でも食べれば、いい気分転換にならないかな?」

 鍋が煮上がる前に話をしよう、と前置きして、海はおもむろに語り出す。
「撃退士になる前から人の死を見てはいるからか、割り切れちゃうんだよね」
 医療に縁の深い彼ならではの意見だ。
「感覚としては、遠い場所に引っ越していったって感じかなぁ。よく比喩として使われる、星になったとか天に行ったとかが刷り込まれちゃってるのかも」
「遠い場所、か‥‥」
「実際に大切な人が亡くなったら、相手の人が自分を想ってくれているなら、その場所で待っててくれると思うかな」
 今は行けない、遠い場所。本当に、待っていてくれるだろうか。
 顔を上げると、夕刻が無言で頷いた。
「大切な人を殺されたという理由で『復讐』を唱えて、戦う人もいますよね」
 おずおずと、佐藤 七佳(ja0030)が口を挟んだ。
「でも、あたしは‥‥そのことに違和感があるんです」
 聞かせてほしい、と丈文は椅子に座り直した。

「天魔が人を下に見るのは、彼らにとって人間が家畜や植物に等しい存在だから‥‥ゲートを牧場や農園と考えて、人に恐怖を与えることを飼料を与えることと考えれば同じ、ですよね」
 時折丈文を窺うようにしながら、七佳は言葉を続ける。
「人は、家畜に愛情を持って接するとか‥‥よく、『良い話』みたいに言われますけど、家畜側からすれば『いずれ殺される』事に何ら変わりはないです」
「天魔も人も、やっていることは同じだと?」
「命の価値は平等なんていいつつ、結局のところ多くの人間は、無意識的に『人間以外』を『奪っても構わない相手』と考えているんです」
 今日自分たちが食べる肉も魚も野菜も、そうやって奪ったあげくにここにある。
「復讐を唱えて天魔の命を奪うことが許されるなら、奪ってきた家畜や天魔から復讐だと言われたとき、受け入れなければいけなくなるのではないでしょうか?」
 丈文は鍋の下で揺れる火をじっと見つめて聞いている。
「天魔を殺すことを『正義』だと言う人もいます。でも、人間が家畜にしていることを考えれば、単純に天魔を『悪』だと言う資格はないと思います」
「正義と悪、か」
 言葉を噛み締めるように、丈文が口を開いた。
「‥‥難しいな。以前だったら、先輩面して君に何か言ってやることもできたかもしれないが」
「いえ‥‥話が少しずれてしまいました」
 七佳は恥ずかしそうに俯いた。
「あたしたちはせめて、奪った命に恥じないよう精一杯生きるのが、義務だと思います。奪われた側から見れば、これもエゴなのかもしれないけど‥‥」
 彼女もまた、迷いがあるのだろう。何かを護るためだとしても、命を奪い続けることに。
 それでも‥‥だからこそ、精一杯に。
「ああ」
 丈文は、微かに顎を動かした。
 七佳の言は正しい。生きているものは、生きなければいけない。
 だが、心からそう思えるだけの力が、まだ彼には足らない。

 言葉が途切れて、沈黙が場を支配しそうになったとき。
「みなさんは、一日が終わるとき、なんて言ってお別れします?」
 出し抜けに、藤咲千尋(ja8564)が明るい声を響かせた。
「わたしは、『また明日ね!!』って。今は友達も恋人も撃退士だから、明日も今日と同じように会えるとは限らないって、分かってるけど」
 精一杯に声を張って。
「分かってるからこそ、言っちゃうの。そう言ったら明日もちゃんと会えるような気がするし! ‥‥気がするだけ、かもしれないけど」
 弱気はすぐに隠して、表情を引き締めた。
 
「伊緒さんのことは、報告書を読みました。『丈文さんの気持ち、わかりますよ』なんて、とても言えないです‥‥でも」
 丈文と目が合った。
「伊緒さんの気持ちは少し分かるような気がします」
「‥‥伊緒の?」
「わたしの彼氏さん、わたしより強くて、危ない依頼にも行ってるから。待ってる人の気持ちは、少しは分かるつもり‥‥です」
 右手が無意識に動いて、左手の小指を、そっと撫でる。
「いってらっしゃいって言うことしか出来ないのは歯痒くて、背中を見送るだけじゃなくて、すぐ隣で、同じ視点で、同じモノを見ていられたらって‥‥そう願う気持ちはわたしにもあって」
 近しい背中は、まだ遠い。だけど道筋はある。千尋には、努力することが出来る。
 伊緒はそれすら出来なかった。
「だから、シュトラッサーになっちゃったのは間違ってたかもしれないけど、伊緒さんの願い、それ自体は間違いなんかじゃなかったって思ってたいです」
「俺と、同じモノを‥‥」
 千尋は頷く。きっとそうだと、想いを込めて。
「伊緒さんが丈文さんを大切に思っていたことは本当だって信じていたいです」
「そうか‥‥」
 丈文は背もたれに一度深く体を預けた。椅子はギィと音を立てる。
「ありがとう。伊緒の気持ちが、少し分かった気がするよ」
 本当の気持ちは、本人にしか分からないのだとしても‥‥千尋が語った想いには嘘はない。使徒となって死んだ伊緒の心に寄り添い、信じたいと言ってくれた彼女の気持ちが、丈文にはありがたく思えた。

「羽生様。私は、無理に前向きになる必要は無いと思いますの」
 千尋に笑いかけた丈文の笑顔は、まだ固い。香月 沙紅良(jb3092)はそんな彼に向かって柔らかく語りかける。
「大切に想う気持ちが強ければ強いほど、哀しみも深う御座いましょう。傷ついた心を癒すには、時が必要だと存じます」
 姿勢良く椅子に腰掛けて、滔々と。
「生きていれば‥‥何時か立ち上がれる時も来るのではないでしょうか‥‥彼女が好きだった貴方に戻れる日が、きっと何時か」
「‥‥手厳しいな」
「励ます言葉がなく、申し訳御座いませんけれど‥‥」
 少しだけ、沙紅良は眉根を寄せた。
「いや。それより、君の話も聞かせてくれ」

「幸いにも、私の家族は健在で御座いますし、恋人や許婚といった方もおりません。ですので『喪った気持ち』は、正直私には分からないので御座います」
 ですが、と沙紅良はそっと目を伏せる。
「今の世、何時喪う立場になるのか‥‥若しくは私が命を落とし、近しい者が『喪った者』になるのか、其れは予測できないことで御座います」
 隣で千尋が神妙な顔で聞いている。天魔がはびこるこの世界。まして、ここにいる者たちは皆、撃退士だ。
「素直に、怖いと思います」
 ネガティヴな感情。しかし沙紅良はきっぱりと言い切った。
「こういう気持ちは、無理に取り繕っても意味が御座いません故。喪う事も、喪われることも、共に怖いです。大切な人の傍に‥‥居ることが出来なくなるなんて、考えたくも御座いません」
 そう、首を振って。
「天魔がもたらす永遠など‥‥本物では御座いませんから」

「そういえば、最初に恋人はいないと言っていたけど」
 大切な人とは、誰なのだろう。
 そう聞くと、沙紅良はぽっと顔を赤らめた。
「‥‥少しだけ、特別に想う人はおります」
 照れた表情は一瞬で、またすぐに毅然とした態度を取り戻す。
「彼を喪いたくないと‥‥近頃思うようになりました。その為には、私も強くならねばと。‥‥決して死を寄せ付けない為に」
 彼女や千尋の、喪わないための戦いは、これからなのだ。 

「さあ、話も一通り出たところで、鍋もいい具合だ」
 海が立ち上がり、鍋のふたを開けた。
 海は適当に見繕った取り皿を丈文に手渡す。
「食べながら‥‥折角だから、二人がいつ出会い、どんな風に過ごしてきたのか話してくれないかな」
「俺と、伊緒のか?」
「無理強いはしないけどね」
 丈文と伊緒について、ここにいる誰もが報告書に載っている程度の事しか知らない。
「大した話はないさ。俺たちは──」
 前置き通りの他愛ない恋人たちの物語。それを六人に向けて、丈文は語った。
 ひとつひとつ、思い出を整理するようだった。



「食後に、軽く運動といかないか?」
 鍋の中身もあらかた片づいた辺りで、海は丈文を外へと連れ出した。
 グラウンドの一角へ出たところで、丈文に模擬戦用の剣を放る。
「こっちのエゴで心中を邪魔したわけだし、俺に思うことがないわけじゃないだろ」
 自身もまた模擬戦用の槍を構えながら、海はそう言った。
「最後は、身体でぶつけろってことか」
 丈文は具合を確かめるように、ぶんと剣を振る。
「‥‥手荒くなるぞ。いいのか?」
「こっちも本気で行くけどね」
 海が答えるなり、丈文は一気に距離を詰めてきた。鋭い斬撃が海の肩を打つ。海も負けじと槍を突き出し、攻撃後で体勢の乱れた丈文を捉えた。

 カン、カンと、武器を打ち合う高い音が響いている。
 ほかの面々もいつしかグラウンドへ降りてきて、模擬戦の様子を眺めていた。
「夢中になって戦うのもいいでしょう‥‥時間もまた、貴方を癒してくれる」
 自分にとって仕事がそうであったように。夕刻は剣を振るう若者を、目を細めて見つめている。
「実際、お部屋にいらした時より随分顔色がよくなられたのでは御座いませんでしょうか」
「そうかも!!」
 沙紅良の言葉に、千尋が嬉しそうに同意する。
 鋭い気合いと共に打ち込みを見せる丈文からは、当初の陰鬱さはだいぶ薄れてきているように見えた。
 その様子を見ながら、七佳も考える。
(いつか、あたしの疑問にも答えがでるのかしら‥‥)
 戦場で未だ見出だせずにいる問いへの明確な答えを得ることは、今日も出来なかった。
 あるいは、もう少し時が経って──再び同じ会話を交わしたなら、今度は違う言葉が聞けるのだろうか。


 模擬戦は、海が終始優勢のままに終わった。
 グラウンドに座り込み、海に手当を受けながら、丈文は詰めた息と一緒に想いを吐露する。
「‥‥伊緒は、一人きりだった。だから、せめて俺がついていってやらなくちゃと、そう思った」
 けれど、と丈文は観戦していた面々を見やった。
「そういうことじゃ、ないのかもしれないな」

「なあ、さっきの曲、よかったらもう一度聞かせてくれないか」
 丈文が九十九にリクエストした。
 九十九が二胡を構えると、やがて想起の音色は、再びゆっくりと弾き鳴らされる。

「‥‥少し、違って聞こえる」
 同じ旋律でも、聞く者の心が動けば、響きも変わる。

 今日一日の語らいで、すべてを変えることは到底出来ないのだとしても。
 彼の心のベクトルを変えることは、出来たのかもしれない。

 早春の午後の風が旋律を運び、聞く者の耳を優しく撫でていく。
 丈文は曲が終わるまで、穏やかに目を閉じていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 歴戦勇士・龍崎海(ja0565)
 輝く未来の訪れ願う・櫟 千尋(ja8564)
重体: −
面白かった!:7人

Defender of the Society・
佐藤 七佳(ja0030)

大学部3年61組 女 ディバインナイト
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
輝く未来の訪れ願う・
櫟 千尋(ja8564)

大学部4年228組 女 インフィルトレイター
黄昏に華を抱く・
八重咲堂 夕刻(jb1033)

大学部8年228組 男 ナイトウォーカー
シューティング・スター・
香月 沙紅良(jb3092)

大学部3年185組 女 インフィルトレイター