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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/01/29


みんなの思い出



オープニング

「おい獅号、車じゃないのか?」
 駐車場で自分の荷物をトランクに放り込んでいた道倉 重利が驚きの声を上げた。
「ええ、これもトレーニングですから」
 声をかけられた男──獅号 了は、ランニングシューズのひもをしっかりと締めながら答える。

 一月──プロ野球選手はつかの間のオフを終え、各々が自主トレを敢行する季節だ。
 それは、アメリカ行きが決まっている獅号も同じ。
 先に現地へ入って気候風土に慣れておくのも選択肢の一つだったが、彼が選んだのは親しみのあるラークスメンバーとの合同トレーニングだった。
 マスコミにも場所を伏せ、某県山中での山籠もりトレーニングだ。

「あれだけ動いたあとでまだ走るのか。後々ばてても知らねぇぞ」
 こちらはすでに帰り支度を整えた芝丘 伸が、いつものように皮肉めいた口調でからかう。
「あの、獅号さん俺も‥‥」
 最年少の浅野 雪貴はおそるおそる同行しようと手を挙げるが。
「やめとけやめとけ。旅館まで何キロあると思ってるんだ?」
 芝丘にそう言われてたじろぐ。
「え? えーと‥‥」
「分からないけど、ハーフマラソンくらいじゃないか? 山道だから、時間はもうちょっとかかるだろうけどな」
「う。えーと、明日! 明日はご一緒します!」
 なにしろ目一杯とばしたあとなのだ。浅野は一歩後ずさって白旗をあげた。
「無理すんなよ」
 獅号はそう言って、穏やかに笑った。


「一人で行かせるのはちょっと心配なんだが‥‥大丈夫か?」
「平気ですよ。マスコミもこんなところまでこないだろうし」
「そっちはまあ、そうだろうが‥‥。天魔みたいなのがでる可能性だってあるだろう」
 道倉は心配顔を崩さずに言うが、獅号は軽く笑いとばす。
「この辺で天魔の出現例がないことくらいは、ちゃんと調べてますから大丈夫ですよ」
「そうはいってもなあ」
 渋い顔の道倉に、フォローを入れたのは芝丘だ。
「ま、こいつもアスリートの端くれなんだし、いざとなったら走って逃げながら救援呼ぶくらいは出来るでしょ」
「そういうことです」
「まあそれもそうか‥‥。だが、十分気をつけろよ。お前はどうも、自分の命よりも野球の方が大切だって本気で思ってそうな節があるからな」
「やだなあ、道倉さん。──当たり前でしょ」
 あっさりと認めてしまう。
「俺にとっては、この右腕が何より大切なんです。いざとなったら、心臓を抉られようが右腕は護りますよ」
 道倉はやれやれと肩をすくめた。
「縁起でもないこと言ってんじゃないよ。荷物は持ってってやるから、さっさと帰ってこい。上手い酒と温泉が待ってるからな」



 片側一車線の車道の端を、獅号は淡々と駆けていく。
 時折車がやってきては彼を追い抜いていくが、ほかは風の音くらいしかしない。
 周りを取り巻くのは自分が吐き出す白い息ばかり。

 心地の良い静けさを感じながら道を上り、また下っていく。

 比較的道幅の広い交差点の辺りで、三人の子供たちが向かい側からやってくるのが見えた。
 ひょろっと背が高いのと、ちっこいけどすばしっこそうなのと、ちょっと丸っこいやつと。
 皆同じユニフォーム姿。少年野球のチームメイトだろうか。
 なんとなく走る速度を落として子供たちを眺めていたら、向こうもこちらに気がついた。
 子供たちの一人が顔色を変えるのを見て、しまった、と思う。

 さりげなく視線をはずして脇を通り過ぎたが──。
 すぐに、足音が追ってきた。

「あのー‥‥」
「もしかして」
「獅号選手、ですよね?」
 ‥‥やれやれ。
 聞こえなかった振りをして走り去ることも出来たけれど。
 獅号はそうせず、立ち止まって振り返ったのだった。

「獅号選手、こんなところでなにしてるんですか?」
「秘密の特訓ですか?」
「アメリカにいったんじゃないんですか?」
 子供たちは突然有名人が目の前に現れたことに興奮した様子で、獅号に詰め寄る。直前まで周りを覆っていた静けさはあっという間に薄れて消えた。

 正直、ちょっと煩い。
 だが、邪険に追い払うようなことはしない。ファンを大切にしろ、とは高校時代の恩師から撃退士にまで言われた言葉だ。
 それに、思い出すとお尻の辺りがむずがゆくなるからあまりしないが、自分だってこいつらくらいの頃は相手の迷惑なんて考えないただの野球バカだったのだ。

 獅号がいくつか質問に答えてから、トレーニング中だから、と言って立ち去ろうとすると、ちっこいのが素っ頓狂な声をあげた。
「あっ、サイン! サインしてください! ‥‥ユニフォームに!」
「それ、試合用だろ」
「‥‥ボク、ボール持ってるよ」
 背高がすぐツッコんで、丸っこいのがマイペースにバッグを漁り出す。
 きっとこいつら、いつもこんな感じなんだろうな。
 そんなことを考えながら、丸っこいのがやっと引っ張り出したやけにきれいな硬式の野球ボールを手に取って。それから。
 視線の先の違和感に、獅号は気付いた。
 木々の隙間から音もなく現れたそれは、人型の──異形であった。
 それが何者であるかなど知らない。だが、知らないからこそ明らかだ。
 あれは天魔だ。
「お前ら──声出すなよ」
 獅号は表情を引き締めて、子供たちをそっと促す。後ろを振り返った彼らはひっと息を呑んだ。
「俺が引きつけるから、先に逃げろ」
「引きつけるって──ダメだよ、獅号選手も逃げないと」
「そうだよ。ゲキタイシじゃないと天魔は倒せないんだよ」
「知ってるさ」
 困惑する子供たちに、敢えて笑顔を向けてやる。
「だが、これでもアスリートなんでな。逃げ足だったら自信はある。お前らがここから離れるくらいの時間は稼いでやる」
 そう言うと、ポケットから携帯電話を取り出して、一番近くにいたちっこいのに渡した。
「電話帳に『久遠ヶ原学園』っていうのが登録してある。間違えるなよ、クオンガハラ、だ。俺のことが全く見えなくなるくらい、十分に離れたら電話をかけろ。救けに来てくれってな」
 天魔の双眸がギョロリと動く。気付かれた。こちらへ来る。
「‥‥行こう」
 背高が言った。数歩後ずさってから、振り返り、駆け出す。
 携帯を手にしたちっこいのは獅号をちらちら見ながらも、やがては背高に従った。
 それを見て、獅号は子供たちとは反対側に駆け出す。位置関係を考えれば、天魔はこちらに来るはず──。
 だが、その目論見はあっさり崩れた。
 丸っこいのが、その場から動いていないのだ。
「ぼ、ボク‥‥」
 走っていった友人たちと獅号を交互に見比べて、立ち尽くしている。天魔は当然のごとく、そこへ向かっていく!
「あのバカ‥‥!」
 獅号はあわてて踵を返す。天魔が駆けてくる。足の速さは同じくらいか。
 子供のところへたどり着いたとき、天魔はもう側までやって来ていて、右手に持っていた棍棒のような武器を振り上げていた。標的は子供の方だ。
 咄嗟に右腕を伸ばす。迷っている暇などなかった。
 全力で子供を突き飛ばす。棍棒は振り下ろされる。
 そこに残っていたのは、獅号の右腕だ。
 命より大切だと言ったその右腕を、棍棒が強かに叩いた。

「し、しご‥‥」
「行け!」
 泣きそうな声を上げる子供に怒鳴りつける。それでやっと子供は立ち上がり、丸っこい身体を揺らしながら友人たちの向かった方へ去った。
 天魔は双眸をまたギョロリと動かして、獅号を見る。獅号は天魔を見据え、今度こそ駆けだした。

 熱を持った右腕から、絶えず痛みを感じながら。


リプレイ本文

「獅号せんしゅが、天魔に?!」
 その名前を聞いた新崎 ふゆみ(ja8965)は声を上げた。
 一度ならずの縁を持つ人物が、救けを待っている。となれば、一も二もない。
「ふゆみが、助けるよッ!」



 現地に降り立った彼らはまず、救急隊に連絡を取った。
「車両の手配はできたわ。そっちはどう?」
 ケイ・リヒャルト(ja0004)の声に、小松  菜花(jb0728)が残念そうに首を振った。
「ヘリは‥‥飛ばないって‥‥」
 彼女はドクターヘリを呼ぼうとしたのだが、そちらは日没後は飛ばないのが原則であった。
 空はすでに薄暗い。もう何分もしないうちに日は完全に落ちてしまうだろう。
「とにかく、まずは子供たちか獅号か、どちらかでも見つけちまわないとな」
 森田直也(jb0002)の言葉に皆うなずき、街灯の明かりが照らす車道を走りだした。



 まず発見したのは、子供たち。
 彼らは固まって無人の物置に隠れていたが、ケイが今は子供が持っている獅号の携帯にかけながら探し、最後は森林(ja2378)が索敵スキルで見つけた。
「大丈夫? 助けに来たよ!」
 見つけたとたん、桜花(jb0392)が飛び出していく。
 三人の子供たちはおびえたように身を寄せ合っていて、桜花の姿を見ても安堵した様子はない。
 だが、ひとまず怪我も見あたらない。メンバーは頷きあった。
「それじゃ、そちらはよろしくお願いしちゃいますよぉ☆」
 三善 千種(jb0872)がそれだけ言って、あとは予め決めていたとおりに。

 直也、ケイ、桜花の三人を残し、残りは獅号を捜索するため、さらに先へと向かった。

「し、獅号選手‥‥は?」
「彼の許にも仲間が向かったわ」
 ケイが落ち着いた声で言う。
「さあ、ここはまだ危険よ。もう少し先に救急車両を待機させてあるから、そこまで移動しましょう」
「で、でも‥‥」
「獅号選手は私の友達が助ける、君たちは私が守るから、安心してね」
 桜花がにっこりと笑顔で言う。顔を見合わせる子供たち。表情はまだ不安げだ。
 ケイが叱咤する。
「獅号選手、貴方達の為に頑張ってくれたんでしょ?」
 獅号は今も天魔から逃げ続けているはずだ。一切の対抗手段なしで。
 それは彼らのためだ。どう考えたって、そうだ。
「今度は貴方達ががんばらないでどうするの?!」
 子供たちがはっと顔色を変えた。
「──うん、ボク、行くよ」
 最初にそう言ったのは、一番丸っこい体格の子供だった。
 怖くなくなったのではないだろう。怖さに立ち向かう覚悟を持ったのだ。
 残りの子供たちも引っ張られるようにして、立ち上がる。
「偉いよ、みんな!」
 桜花に頭を撫でられて、照れたように、ちょっとだけ笑った。
「よし、行こう。なあに安心しろ、鬼は俺たちが叩きのめしてやる」
 直也はぐっと右腕を持ち上げて、力強くポーズを取った。



 獅号はまだ、走っていた。
 呼吸がつらい。天魔は淡々と、しかし執拗に獅号を追い続けている。
 右腕が熱い。出血もしているようだ。早く専門医に見せなくては。
 子供たちは、もう保護されたのだろうか。
 せめてあいつらがどうなったかだけでも、分かればいいのに。

 足がもつれそうになる。さしもの身体も限界が近い。もう何分も逃げ続けられない。
 間に合わないのか。
 鬼の姿が大きくなってきた。
 もう、覚悟を決めなければいけないのか。

 振りあげられた棍棒が、街灯の淡い光を浴びて鈍く輝く。その奥に、白い光の固まりが見えて──。
 ばきん。大きな音が響いて、棍棒があらぬ方向へ振り下ろされた。
「大丈夫ですか!」
 若い男性の声が聞こえる。
 ああ、間に合ったのか。


 森林の放った和弓の一撃が、鬼の動きを止めた。
「いたの‥‥、ストレイシオン高速召喚‥‥術式展開、能力開放、我が戦友を護れ‥‥」
 菜花の喚び声に応え、闇から浮き上がるようにして暗青の竜が姿を現す。
 一直線に鬼へと向かうのはふゆみ。
「こっちへ来いッ! ふゆみが相手してあげるっ☆ミ」
 そう叫ぶなり、懐から何か取り出して投げつけた。それは狙い通りに鬼の顔面を捉え、炸裂する。
 購買で手に入るおいしいいちごオレがサーモンピンクの中身をぶちまけた。もちろん何のダメージもない。だが天魔にも屈辱を感じる心があるのか、それとも単に刺激を感じたからそうしただけか、鬼は振り返ってふゆみを見た。
「やーいやーい! ばーかばーか★」
 おしりペンペンだ。
 何が癇に障ったのかは分からないが、鬼は狙いを彼女に切り替えた様だった。ふゆみは刀を構える。
「その人は英雄なの。‥‥だから鬼の相手にふさわしくないの。鬼の相手は撃退士なの」
 菜花もまた銃を手に続いた。

「獅号さん大丈夫ですかぁ?」
 鬼をすり抜け、獅号のもとへと駆け寄ったのは千種。次いで白衣に身を包んだ地領院 徒歩(ja0689)がやってくる。
「待たせたなここから先は、」
「私たちにお任せください☆」
 颯爽とポーズを決めた徒歩だったが、台詞を千種にとられて一瞬所在なさげに立ち尽くした。
「どうしましたかぁ?」
「い、いや何でもない‥‥治療を始める」
 問われてはっと我に返り、獅号へと近づく。
「‥‥お前は?」
「無免許医だ」
 その返答に、獅号はぎょっとして千種の方を見た。
「傷は地領院さんに治してもらってくださいねぇ、鬼を倒したら救急も呼びますから」
「大丈夫だろうな」
「これで引退したら奴らの一生のトラウマだ。憧れの自覚あるならここは任せてじっとしてろ」
 子供を引き合いに出されては、獅号もおとなしくするしかない。
「大事に扱ってくれよ。この右腕は俺の商売道具──命よりも大切なものなんだからな」
 その言葉に、徒歩は頷いた。
「命よりも大事なものはある。それは俺が神託級に断言しよう。だがそんなことは関係ない! 俺がいるからには選手生命も夢も希望も聖域級に死にはしないのだから!」
 高らかに宣言すると、呆気にとられる獅号の腕をとり治療を始めるのだった。

「大きいな‥‥」
 鬼の威容を眺め、森林が呟く。隆々とした肉体はいかにも頑強そうだ。
「敵はパワータイプ‥‥棍棒で殴りかかる鬼らしい鬼‥‥」
 菜花がライトブレットを撃ち放ち、光弾が治療に当たっている徒歩たちと鬼を引き離す。そこへふゆみが飛びかかった。
「ええーいッ!」
 振り下ろされる攻撃を、しかし鬼は機敏に身を捻って躱した。反撃がくる!
 森林がすかさず援護を図るが、及ばない。横薙ぎにされた棍棒を受けて、ふゆみは弾き飛ばされる。
「新崎さん!」
 だが、彼女はすぐに起きあがる。
 倒れている暇なんかない。自分が止まれば、鬼はまた向こうへ行ってしまう。
「獅号せんしゅはアメリカに行くんだ‥‥」
 天魔なんかに、止めさせるものか。
 肩口に血が滲む。ストレイシオンの防御効果があってもこの威力。それでもふゆみは鬼に見せつけるようにして、気丈に叫んだ。
「全力出すッ‥‥こんなケガ、ちっとも痛くないッ!!」


「患部の固定完了。あとは専門医に見せるまで、動かさないことだ」
 治療を終えた徒歩は獅号から身体を離すと、救急キットをしまい込む。
「すごいな‥‥痛みが消えた」
 先ほどまでの熱がすっかり消えた右腕をまじまじと眺め、獅号は驚く。徒歩の回復スキルのお陰だ。
 だが、まだ安心はできない。アスリートの腕は精密機械だ。本当に彼のパフォーマンスが落ちていないかどうかを知るには、やはり専門医の診察が必要だろう。
「よし、三善さん。こちらの処理は終わった。あとはこの事件を海を渡る英雄の武勇伝として書き加えるだけ、だ」
「了解ですよぉ☆」
 治療中無防備になる二人を護っていた千種が鬼のもとへ。徒歩は盾を顕現し、獅号を引き続き護衛する。

 ふゆみは森林と菜花の援護を受け、鬼と果敢に渡り合う。彼女の振るう弥生姫と鬼の棍棒が競り合って火花を散らす。
 右肩の痛みが、すっと軽くなった。徒歩のヒールだ。
 続いて、鬼の周囲の空気がにわかに澱み、砂塵が舞い上がった。背中の先で構えているのは千種。
 鬼が咆哮し、振り返る。千種を睨みつけ、そちらへ向かっていこうと──しかし、かなわない。
 彼女の放った八卦石縛風が、鬼を石の帳に閉じこめようとしているのだ。
「石になって私に見とれてください、鬼にも愛されるアイドルですっ☆」
 鬼に向かって可愛くポーズを取ってみせる千種。鬼はなお咆哮する。──歓声を上げているわけではないと思うが。
「今が好機です!」
 森林が梓弓を構え、身動きのとれなくなった鬼へと魔法の一撃を放つ。
「粉々に‥‥砕いてあげるの‥‥」
 菜花もまた、笑みを浮かべて攻撃を加える。さらにふゆみが一撃を加えたとき、鬼が再び動き出した。自らを石に変えた千種へと、一直線に。
 振り下ろされた棍棒を、なんと千種は身体で受けた!
「アイドルも体を張ってなんぼです☆」
 にっこり笑顔で受け止めて。
 再びの石化の砂塵が、鬼を今度こそ物言わぬ石の骸に変えたのだった。


「獅号せんしゅっ☆ 大丈夫だった?」
 呆然と見ていた獅号のもとへ、ふゆみが駆け寄った。
「ああ、俺は‥‥お前たちの方こそ、平気か」
「私たちの力は、獅号さんなら知ってますよね☆」
 千種もそう言って、笑顔を向ける。徒歩が彼女にも治療を施す。
「知ってはいたつもりだが‥‥こうやって間近で見ると、やっぱりすごいな」
 アウルの光を受けて回復した千種を見て、獅号は唸った。

「もう終わりなの‥‥つまらないの」
 菜花は動かない石くれと化した鬼を眺めて呟く。
 周囲に他の敵の気配はない。彼女の言うとおり、ここでの戦闘はもう終わりのようだ。
「そうだ、あいつらは!?」
「子供達は他の人達が保護していますのでご安心下さい」
 はっと声を上げた獅号を、森林が落ち着かせる。
「あの少年たちを救ったのは間違いなく獅号さんだ。それは、我が魔眼が保証しよう」
 徒歩が言ったそのとき、携帯電話が音を鳴らした。
「噂をすればだな」
 どうやら相手は子供たちの護衛班のようだ。
 通話を開始して数秒で、徒歩の顔色が変わった。

「鬼が出た──二匹だと!?」



 護衛班の正面に二匹の鬼が、ゆらり、ゆらりと。
 獲物は、子供たちか。

 車両を待機させている場所までは、まだ遠い。
「大丈夫、大丈夫だよ」
 桜花が子供たちに呼びかける。彼らはまた、足をすくませている。
「子供を頼むぜ! 俺が囮になる!」
 直也が飛び出す。桜花もケイも、子供たちを護るように前に立ち、武器を構えた。

 二匹の鬼が直也に殺到する。立て続けに振り下ろされる棍棒を躱し、剣を振り抜く。
 手応えはあった。だが、鬼は動きを止めない。
「止まりなさい──!」
 ケイが足を狙う。桜花も同じ敵を狙うが、それでも。
 鬼は棍棒を振り抜いた。
「ぐあっ!」
 直也は呻いた。一撃が重い。何発も受けることはできない威力だ。
 ここには回復役もいない。獅号のもとへ向かった味方が駆けつけるまで、時間を稼げるか? それとも──。
 判断は一瞬。子供たちの視線を背中に感じて。
「やるぜ‥‥倒しきる! 援護を頼む!」
 死中に活を求める。今こそまさに、そのときだ。

 体が全ての痛みから解き放たれた。

 心なしか、動きも軽くなる。剣を振るう。棍棒を振るわれる。何も感じない。血しぶきが飛ぶ。これはどっちのだ?
 鬼の眉間から血がはじけるのが見えた。敵が倒れる。よし、あと一匹。
 さらに剣を振るう。鬼が咆哮する。痛がっているのか。俺は痛くない。そのまま倒れちまえ。
 しつこいな。もう一撃だ。今度こそ、これで。

 唐突に、感覚が戻ってきた。
「あっ、くそ‥‥!」
 まだ鬼は立っている。せめて、せめてもう一撃──。

 直也は、前のめりに倒れた。


 倒しきれなかった。
 鬼の一体が棍棒を構えなおす。迎え撃つのはインフィルトレイターが二人。
 桜花もケイも、退くことはしない。当たり前だ。後ろで子供たちがおびえているのに。
 自分たちが弱気を見せるなんて、そんなわけにはいかない。

 数拍の対峙と、直也の蛮勇はしかし、確実に時の流れをつないだ。


 桜花が打刀を手に、鬼へと仕掛けようとしたとき。聞こえてきたものがある。
 足音だ。
 車道の向こうから、駆けてくる人影。街灯に照らされて輝く金のツインテール。
 ふゆみだった。獅号を発見した位置からここまで全力で駆け戻ってきたのだ。
 桜花と鬼の間に割り入り、掌底で鬼を弾き飛ばす。
「ふゆみにこんな力があるのはッ! きっと、誰かを守れってカミサマが言ってるからなんだ!」
 肩で激しく息をしながら、ふゆみは叫ぶ。子供たちが、彼女を見ている。
 鬼が向き直る。弥生姫を構えて、力強く。
「だから戦う! ふゆみは‥‥負けないッ!」

 仲間が続々と戻ってくる。森林が、千種が、菜花が。
 そして鬼の咆哮は、断末魔へと変わったのだった。



「怖かったよね! ごめんね、ごめんなさい‥‥」
 敵の気配が消えて、感極まったのは桜花だった。
 子供たちを三人一抱えにして抱きしめ、涙を流す。子供たちはといえば、目を白黒させていた。
「よく、頑張ったわね」
 ケイも微笑む。戦闘中、彼らを安全な場所まで退避させる余裕はなかった。もしパニックを起こされていたら、もっと悲惨な結果になっていたかもしれない。

「大丈夫だったか」
 徒歩は獅号を守りながら、遅れて合流した。全員が一所に集まった。
「よう、無事だな」
 獅号は子供たちを見て、ようやく安堵の顔になった。一方子供たちは、固定された獅号の右腕を見て、泣きそうに顔を歪める。
「そんな顔するな」
 獅号は左手で、子供たちの頭をぽんぽんと叩いた。

「救急車‥‥来たの。獅号さんが乗るの‥‥」
「──正直俺よりも、先に乗った方が良さそうな奴がいるんだが‥‥」
 菜花に促された獅号が視線を向けたのは、直也である。
 徒歩が回復スキルを使い切って、何とか歩けるレベルには回復したものの、まだ傷だらけだ。
 見た目の負傷具合でいったら、明らかに獅号より上である。
「平気だよ。俺たちのケガは、ほっとけば治るんだからな」
 直也は笑った。ちょっとひきつった笑顔であった。

 救急車に乗り込んだ獅号に、森林が声をかけた。
「これからも、野球でのご活躍を祈っています〜」
「アメリカでの活躍楽しみにしてますよぉ、子供たちと一緒に☆」
 千種も続く。それはきっと、定められた未来のはずだ。
 獅号が左腕をあげるのが見えた。

「あとは‥‥祈るだけなの‥‥」
 救急車が走り去り、菜花の呟きが残された。



 数日後。
 獅号の移籍先として噂されていたアメリカの球団が、コメントを発表した。
『我々はリョウ・シゴウを心から歓迎する。開幕には間に合わないかもしれないが‥‥必ず彼はここに来て、旋風を巻き起こしてくれるだろう』
『命を賭して子供たちを救った彼に敬意を表するとともに‥‥彼を救ってくれたブレイカーたちに、心からの謝意を述べる。ありがとう』

 命よりも大切なものは、確かに護られた。
 あとは、春を待つばかりだ。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ひょっとこ仮面参上☆ミ・新崎 ふゆみ(ja8965)
 命の掬い手・森田直也(jb0002)
重体: −
面白かった!:3人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
遥かな高みを目指す者・
地領院 徒歩(ja0689)

大学部4年7組 男 アストラルヴァンガード
優しき翠・
森林(ja2378)

大学部5年88組 男 インフィルトレイター
ひょっとこ仮面参上☆ミ・
新崎 ふゆみ(ja8965)

大学部2年141組 女 阿修羅
命の掬い手・
森田直也(jb0002)

大学部8年1組 男 阿修羅
肉欲の虜・
桜花(jb0392)

大学部2年129組 女 インフィルトレイター
V兵器探究者・
小松  菜花(jb0728)

中等部2年1組 女 バハムートテイマー
目指せアイドル始球式☆・
三善 千種(jb0872)

大学部2年63組 女 陰陽師