「よくわからんが、これ、夢‥‥?」
宇田川 千鶴(
ja1613)が小首を傾げる。
「夢‥‥なんかなー」
亀山 淳紅(
ja2261)も不思議そうに。
レガ(jz0135)はそんな彼らを一瞥すると、酒瓶を持ち上げて呼びかけた。
「そんなところにいないで君らもこっちへ来い」
その姿に一同驚きはしたものの。
「夢ならえぇか‥‥武器も無いから戦えやんし」
「‥‥まぁ、夢なら何でもあり‥‥ってことでいいんかな? ほんなら御相伴にあずかりますわー」
あっさり切り替え、そちらへ向かった。
「大丈夫ですか〜?」
森林(
ja2378)が倒れている春苑 佳澄(jz0098)に近づく。
「とりあえず応急手当を‥‥」
生み出された葉の形のアウルが、佳澄の額に優しく染み込んでいく。安らかな寝息を立て始めたのを確認し、毛布をそっとかけてやった。
「これでいいですかね〜」
目が覚めたとき用にグラスに水を入れておく。あとはそっとしておこう。
「レガ!」
月詠 神削(
ja5265)が、ずびし! とレガを指さした。
「ん、君は見覚えがあるな」
レガはグラスを手に腰掛けたまま、神削を見上げる。一瞬、空気が緊迫した。
「──お前の酒の飲み方は、間違ってる!」
だが、あっという間に弛緩した。
「最高の酒を飲むなら、つまみにもこだわるべきだ! ‥‥というわけで俺はつまみを作るぞ」
「そやねぇ、空きっ腹に酒を入れるのはあかんし‥‥私も手伝うわ」
千鶴も立ち上がると、エプロンを(どこからか)取り出して身につけた。
「千鶴さんの手料理ー!」
「すぐ持ってくるから、待っとってな」
隣にいた鴉女 絢(
jb2708)にそう告げる。
「じゃ、私もそっちを手伝おうかな」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)も二人に付いて、奥へと消えていく。
「楽しみにしてるでー♪」
淳紅が手を振って彼らを見送った。
「初めまして、森林といいます」
レガに自己紹介した森林が、テーブルの上にレガ以外のものには見慣れた袋を並べていく。
「料理がくるまで、お菓子でもどうですか? 人間が普段食べてるのを持ってきたので、よかったらど〜ぞ〜」
「ほう、興味があるな」
レガはグラスをおくと、森林が開けたポテトチップスに手を伸ばす。
「どうですか〜?」
「‥‥悪くないな」
バリバリとむさぼった後、またグラスをぐいとあおり、あっという間に中身を空にした。
そこへすっ‥‥と日本酒の注がれたぐい飲みに梅干しが一差し。
「あちらの御客様からです」
いつの間にかGuildenstern(
jb2525)がレガの傍らに立っていた。彼が示した先で、猫柳 睛一郎(
jb2040)が片手をあげる。
「ご相席してもよろしゅうございますか」
二人ともまるで十年来の常連とそこのバーテン‥‥といった風情だが、さっき来たばかりである。
「おまたせ。つまみ持ってきたぞ」
神削は殻ごと焼いた帆立やステーキなどの焼き物、千鶴は魚介のマリネや揚げ物、ソフィアはイタリアンサラダや冷製のパスタを並べていく。
「わー、おいしそー!」
絢が歓声を上げる。
「こいつはすごい。アタシもいただいでいいんですかい?」
「もちろん。まだたくさん作ってるからね」
睛一郎にもソフィアが快く応じた。
Guildensternがさりげなく、一人一人に暖かいおしぼりを手渡していく。
「あ、それ冷たいのありますか」
神削はGuildensternから冷たいおしぼりをもらうと、まだ眠っている佳澄の額に載せてやった。
「これでよし、と。向こうは俺が見てるから、二人はゆっくりしてくれ」
「おおきにね。それならお言葉に甘えさせてもらうわ」
「料理作るの好きだから、専念でもいいんだけど‥‥日本だとまだまだ飲める年齢じゃないからね。せっかくだからこっちも楽しまないと」
再び奥へと消えていく神削に礼を言って、千鶴とソフィアも皆に合流した。
「お酒は初めてだけど‥‥どんな味かなー」
注がれた日本酒を見つめ、絢はちょっと不安げに、しかし目を爛々と輝かせる。
おそるおそる、といった体で口を付ける。透明の液体がするりと彼女の口から喉へと滑っていく。
「──ぷは」
軽く口を付けた程度、だったが。
「なんだか暑くなってきたような‥‥?」
早くもちょっと顔が赤い。
「え、これ現地まで行かんと買えん限定酒‥‥」
千鶴は絢が選んできた酒のボトルを見て驚く。
一方、淳紅はちょっと渋い顔で。
「自分は日本酒はちょっと‥‥甘いカクテルとかあったらええんやけど」
「私がご用意致しましょう」
Guildensternが申し出た。
「皆様もご希望が御座いましたらどうぞご遠慮なく。なんなりとお好みのものをご用意致します」
「じゃあ、私はワインをもらおうかな」
「俺は初めてなので、いろいろ試してみたいですね‥‥」
ソフィアと森林にも酒が行き渡り、本格的な酒宴が始まった。
●五分後‥‥
すっかり上機嫌になった絢はおつまみを運んできた千鶴にべたべたと絡んでいた。
「千鶴さんのおつまみおいしー! 結婚してー!」
「はいおおきにね。ほらそんなにくっつくと料理がこぼれてまうよ」
さらりとあしらわれても、気にした様子もなくけらけらと笑っているかと思えば。
「やっぱ暑い。脱ぐ」
言うなりおもむろに服を脱ぎだす。‥‥あ、まだ上着だけなんでそんなガタッとかしなくていいですよ。
酔いの廻りが早いのは淳紅もそうで、かなりテンションが高い。
「レガちゃん、カラオケあるー?」
敵の悪魔をちゃん付けである。
「カラオケ‥‥?」
「カラオケでしたら、こちらに機材が御座います」
さりげなく準備万端なGuildenstern。
「おっナイスやギルちゃん! レガちゃんなんか知ってる曲あるー? デュエットしよーや!」
遠慮なしにレガの腕をつかみ、マイクの元へと連れ出した。
「このお酒、色がきれいですね〜。飲みやすいですし結構グイグイいけます」
マイペースな森林はGuildensternが用意してくれたカクテル(森林をイメージしたのか、深い緑色だった)を飲みつつ、つまみを頬張っていた。
●二十分後‥‥
「はい、ピザが焼けたよ。他にもリクエストがあるなら言ってね」
「こっちはパスタを油で揚げてみた。これも酒にあうと思うぞ」
ソフィアと神削が続々と料理を運んでくる。もちろん続々と消費されていく。
「そこでこうさりげなく『上に部屋を取ってあるんだ‥‥』と、鍵を出しますのが地上でご婦人を口説く一連の流れでして」
睛一郎はレガに「人間界の流儀」について講釈を行っていた。
「そんなことで釣れるのか?」
「嘘だと思うんなら試してご覧なさい。成功したらアタシのお陰ですよ」
「失敗したら?」
「それは鍛錬が足りない所為ってもんです」
顔をしかめるレガに、睛一郎は破顔した。
「はぁ、これおいしいわぁ。まさかこんなところで飲めるとは‥‥」
千鶴はぐい飲みを空にして、ほうとため息をつく。落ち着いた様子はいつもとさして変わらないが、頬はほんのり上気していた。
「このお酒もおいしいですね〜。あ、同じのをもう一杯もらえますか〜?」
森林はマイペースで飲み続けている‥‥。
●四十分後‥‥
「ん‥‥」
佳澄が目を覚ました。
起きあがると、額にのっていたおしぼりがぱさりと落ちる。身体には毛布も掛けられていた。
「あ、春苑さん起きましたか〜」
「あれ、森林先輩?」
森林が気付いて近づいてくる。いつもと同じようににこにこ微笑んでいるが、少しお酒の匂いがした。
「これお水です〜」
「あ、ありがとうございます」
「春苑さん、気がついたのか」
森林は左手に持っていたグラスを佳澄に手渡す。そこへ神削もやって来た。
「食べられそうなら、何か持ってくるけど。まずは水を飲んで、体内のアルコールを薄めるべきだな」
佳澄が頷いて、グラスに口を付けるのを見て神削は安心するが。
「あれ?」
ふと見ると、事前に森林が用意していた水の入ったグラスは、まだ傍らに置かれたままだった。
「ひっく」
「まさかそれ──」
「あ、間違えました〜。それはお酒です〜」
森林がにこやかに微笑んだまま、あっさりそう言った。
「え、ちょっ!?」
「まあまあ〜これは夢みたいですし、楽しんだらいいと思いますよ〜」
そう言って、自分のグラスも空にしてからからと笑う。
「‥‥森林さん、実はすごく酔ってません?」
「酔ってませんよ〜お酒のおかわり貰ってきますね〜」
「よっしゃ、お次はこれやでー♪」
ぐいっとカクテルを飲み干した淳紅がどこからか取り出したものは。
「なんだ、それは」
「んふふ、レガちゃん興味ある? これはメイドさんセットや!」
ばばーん。
「じゃんけん勝負して、負けたら一枚ずつ着てくねん! じゃんけんわかるー?」
「‥‥いや。ところでその服は女物ではないのか」
「実際にやって見せた方がえーかなー」
質問を無視する淳紅の顔はとっくに真っ赤だ。そして。
「私が相手になるよ!」
立ち上がった絢の顔も真っ赤だった。
五分後。
「君の負けだよ淳紅君!」
勝者・絢は高笑い。
「三連敗とは‥‥不覚や」
そう言うわりには一切のためらいもなくメイドさんセットを着用する淳紅。
「さあ淳紅君にはメイドさんして貰わなくちゃ。私はお酒が飲みたい!」
「ははーっ」
‥‥ちょっと違う気がするが、淳紅は絢のグラスに恭しく酒を注いだ。
「とまあこんな感じや。次は自分とレガちゃんで勝負や!」
「むぅ‥‥だがその衣装は‥‥」
あまり乗り気ではなさそうなレガだったがそのとき、誰かがテーブルをだんと叩いた。
「おぅおぅ勝負しねぇたア情けねぇ。お前さんの肝っ玉はなにか? 蚤の金玉八ツ割にしたっ位しかねえのかい?」
睛一郎だった。目が据わっている。手にしたグラスに残っているのは、レガの酒だった。
「なんだと?」
レガに睨みつけられても、一歩も引かず。べらんめぇ口調でまくし立てる。
「怖がらせてぇってんなら、肝の据わったところ見せてみろってんでい」
「そこまで言われて引き下がるわけにはいかんな‥‥」
ゆらりと立ち上がるレガ。ああこの人もやっぱり酔ってるんですね。
じゃんけん勝負! 淳紅 vs レガ
「さっきとは違うで‥‥本気で勝ちにいく!」
じゃんけん! <ちょき ぐー>
「って、あれェ?」
「ふふふ‥‥」
「くっ、まだこれからや!」
・
・
・
その後は拮抗した展開になり、二勝二敗。
「これで‥‥決める!」
じゃんけん! <ぱー ぐー>
「いよっしゃああああ!」
「なっ‥‥バカな!?」
ガッツポーズの淳紅。がっくりと膝をつくレガ。
「さあ、このヘッドドレスをつけてもらうでぇ‥‥」
「よくわからんが、屈辱だ!」
かくして、レガ@メイドさん完成。
「──とてもよくお似合いでございます」
Guildensternが眼鏡をくいと持ち上げて言った。
「さーて、メイドのレガちゃんにお酌してもらうでー♪」
差し出されたグラスに、ちょっとぷるぷるしながらレガが酒を注いだ。色が変化するあのお酒だ。
ぐいと一気にあおる。色は‥‥狙ったように、赤かった。
「お、おお‥‥これは」
突如淳紅は光纏し、右手を突き上げた。身体を包む紅い光は、いつもよりも強く輝いている。
「もしかして自分、進化するん?」
腹の底から力が湧き上がってくる。高まるオーラが紅く、紅く光を放ち──。
ぽしょん。
いかにも「失敗しました」的な音が響いて、消えた。
そして淳紅は、右手を突き上げたポーズのまま、ソファの上にぶっ倒れたのだった。
「ね、ね、‥‥楽しかった? 自分はね、とっても楽しかった‥‥」
淳紅はうわ言のように呟いている。
レガがその様子を眺めていると、千鶴が側へ。
「人間界ではこんな風に皆で酒飲んでわいわい楽しむ宴会ってのがあるんよ」
「その度にこの格好をするものがいるのか?」
「それはまあ‥‥いろいろやけど」
レガのメイド姿に苦笑しつつ。
「私の周りでは、こんなに騒がしく酒を飲むことは無いな‥‥ん、酒がないではないか。まあ、飲め」
レガはそう言うと、グラスに酒を注いで千鶴に手渡した。
「おおきに‥‥」
「私も飲みたいー!」
受け取ったはいいが、飲んでも大丈夫だろうか。迷っていると絢がにゅっと現れて、レガにグラスをつきだした。
「おお、遠慮するな」
レガが酒を注ぐと、絢はためらわずえいやと飲んだ。
「あははー、変な味ー!」
平然としている。千鶴は改めて手の中の酒をみた。
「どんな味か、興味はあるし‥‥」
気をつけて飲めば大丈夫だろうか。
思い切って、くいと飲んでみる。さわやかな喉ごしで、意外に美味しい。
続けてもう一口。今度は先ほどよりも甘みを強く感じた。
「‥‥不思議なお酒やねぇ」
すべて飲み干して千鶴は笑顔で感想を言い、グラスをテーブルにことりとおいて──。
その笑顔のまま、ひっくり返ったのだった。
●
「よし、完成だ!」
神削は一人厨房で、額に浮かんだ汗を拭った。
「酒の締めといえばラーメンだからな」
渾身の野菜炒め載せラーメンが見るからに美味しそうな湯気を立てている。さっそく盆に載せて、皆の元へと向かった。
そこは何というか、惨状だった。
飲んで飲まれたなれの果て。
一人ソファに沈む淳紅。仰向けに気絶している千鶴の上には、絢が覆い被さっている。ちなみに絢のYシャツは第二ボタンまではだけていた。
森林と佳澄も折り重なるようにして眠っていたし、睛一郎とレガは床の上。サイコロとお椀が転がっていた。レガはメイド服のままだった。
ただ一人、ソフィアだけが落ち着いた様子でおつまみの残りを食べていた。彼女は途中からソフトドリンクに切り替えていたようだ。
と、横から声が。
「皆様呼吸は正常ですので、問題はないでしょう」
Guildensternが空いたお皿を持って立っていた。
「あーっと‥‥ラーメン、食べます?」
三人だけで、ラーメンをすする。
「そういえば、お酒飲んでなかったね」
「ん、ああ。俺は飲まないぞ」
ソフィアが思いだしたように言い、神削は頷いた。
彼の実家には、彼が生まれた年に作られたワインが眠っているという。
「生涯最初に飲む酒は、それって決めてるんだよ」
またラーメンをすすって。
「‥‥ま、少し酒飲みたい気分ではあるが」
ぽつりと呟く。
そんな気分になることは、誰だってある。たとえば──誰かが死んだとき。
「でしたら、これを」
Guildensternが、すっとカクテルグラスを差し出した。
「ノンアルコールです。気分だけでも」
「‥‥ありがとう」
●
明くる朝。それぞれの場所で、目を覚ます。
「酒は飲んでも飲まれるな、か‥‥」
森林は教訓を胸に刻み込んだという。
「なんやだるいわぁ‥‥」
体を起こした千鶴は首を傾げる。二日酔いのような鈍い気だるさだ。
「でも、良い夢やったわ」
身を切る寒さに思わず布団をかき寄せながら、微笑む。
(お礼、言えへんかったなあ)
夢とはいえ、とても楽しい時間だった。目覚めた今も、名残があるほどに。
(とりあえず、感謝しとこうか)
どこかで目を覚ました悪魔も、同じように思ってくれているだろうか。