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「さて、それじゃ始めようか」
男子生徒の自室に入り、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が言う。その言葉にうなずいたのはミルヤ・ラヤヤルヴィ(
ja0901)と鐘田将太郎(
ja0114)の二人だ。
なお、依頼者の男子学生はメガネなしではまっすぐ歩くことも怪しい状態のため、カギだけを預けて斡旋所待機である。
キッチンの捜索を始めた将太郎を背中に、ソフィアとミルヤは八畳間へ足を踏み入れた。
「七つも持ってて全部失くすとか、流石にちょっとお気楽すぎじゃないかな‥‥」
「いや、逆にすごいなー。きっと才能があるっ」
それぞれに異なる感想を口にしながら、二人はまず、部屋をざっと見回した。
「とりあえず今はメガネを探すのに専念しないとね。時間もないし」
男子学生の任務への出発時間を考慮すると、捜索に使えるのは一時間が限度。
「まずは、やっぱりベッドの下かな」
ここへ来る前にソフィアが依頼人の額に直接触れて引き出した情報によれば、昨晩は証言通り枕元にメガネを置いて眠ったようだ。それが見あたらなくなっているということは、ベッドの下あたりに落ちている可能性が高い。
「埃がすごそうだな。私がやろう」
マスクに加えゴム手袋まで装着したミルヤがソフィアを制すると、ベッドの脇に屈み込んだ。
「じゃあ、あたしは物陰を中心に‥‥」
ソフィアは家具の隙間をのぞき、怪しいものがないか確認してゆく。暗がりで見えないところはアウルの力で生み出された光球が照らした。
ミルヤも夜目を効かせてベッドの下を覗く。住人の意識が及んでいないのかそこはほとんど掃除された様子がなく、埃にまみれていた。
だが重装備のミルヤは気にすることなく手を突っ込み、中を探っていく。
「おっ?」
枕に近い方を探ると、固いものの感触。
そっと取り上げると、銀色のメタルフレームのメガネだった。
おそらく直前に失くしたものだろう。埃まみれではあるが、壊れてはいないようだ。まずは幸先よくひとつ目発見である。
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ソフィアが得た情報から、もう一か所メガネが落ちている可能性が高い、と判断されたのが風呂場だ。三日前、入浴中にメガネを紛失していたらしい。
風呂場の捜索を担当するのは月詠 神削(
ja5265)。つい先日旭川でガチ戦闘をこなしてきたばかりだ。その時の負傷が回復しきっていないせいか、ちょっと足元がおぼつかない。
それでも脱衣所は一通り調べたものの、メガネは見つからなかった。
となれば、残すは浴室である。入浴中に失くしたのなら、こちらにある可能性が高い。曇りガラスの戸を引くと、旅館並とはいかないまでも、なかなか広々としている。五、六人はまとめて入浴できそうだ。
浴槽内のお湯は抜かれている。排水構に引っかかっていないだろうか。確認しようと神削が浴室に足を踏み入れた。
そして、滑った。
積み上げてあった風呂桶に頭から突っ込み、ガラガラカポーンと音が響く。
「あ、やべ‥‥傷口開いた」
傷口を押さえ、神削は呻いた。
「メガネーメガネー探すのだーメネガーメネガー‥‥あれ?」
即興のフレーズを元気いっぱいに歌いながらレナ(
ja5022)が食堂へとやってきた。
六人ほどが席に着ける大きさのテーブルが四つ並べられているが、朝食の時間はそろそろ過ぎていることもあり、食事中のものはいない。
あまり物がなく、机の下くらいしか探す場所がなさそうである。
「いやいや、隅から隅までさがせばきっとどこかにあるはずなのだー」
「あら、女の子がどうして?」
カウンターの向こうから、エプロン姿のおばちゃんが声をかけてきた。
どうやらこの食堂でご飯を作っているおばちゃんのようである。女子学生は入れないはずのここで彼女を見れば、驚くのも無理はない。
だが、斡旋所の依頼でメガネを探しにきたと伝えると、おばちゃんはすぐに得心顔になる。
「ああ、またあの子? よく失くすわねえ。ここでも忘れていって、おばちゃんが預かったこともあるのよ」
なんと、依頼者は常習犯であった。
残念ながら、今はメガネのお預かりはないらしい。しかしおばちゃん曰く、「まああの子なら、一個くらい転がしてあるかもしれないわね」とのこと。
その言葉にレナは俄然やる気を出す。
「探すのだ! 探すのだ! 隅から隅まで探すのだ!」
腕まくりのポーズをしつつ、本格的な探索を開始した。
「男子寮‥‥埃とかすごそう‥‥偏見かな?」
洗濯室へ向かう道明寺 詩愛(
ja3388)の手には箒とちりとりが握られている。
洗濯室の扉を開けると、奥で一人の男子がほとんど下着に近い格好でマンガを読んでいた。乾燥機を回しているようだ。
「お邪魔してもよろしいでしょうか?」
詩愛が一歩中に入り遠慮がちに声をかけると、男子生徒はいすから飛び上がった。
「はっ!? ‥‥え? なに?」
まさか寮内で女の子の声を聞くとは思ってなかったのだろう、軽いパニック状態である。
依頼のことを伝えたが、果たして耳に入っているのか、
「え! あ、ああ、どうぞどうぞ! 俺、もう終わったから!」
男子は大慌てで(まだ稼働中の)乾燥機の扉を強引に開けると、洗濯物を紙袋にしまいこみ、そそくさと出ていった。
「別に、出ていっていただく必要はなかったんですけど‥‥」
とはいえ呼び戻すというのも変な話なので、結局気にせずに捜索を始めるのであった。
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「たく、しょうがねぇメガネ君だな‥‥」
キッチンの食器棚を漁りながら、将太郎はため息をつく。七つもあって全部失くすとは、さすがに失くしすぎだ。
食器棚を探し終え、続けてゴミ箱の中を覗く。さらには電子レンジの中に炊飯ジャーの中まで覗いてみるもそれらしき物は見あたらない。
次は冷蔵庫の中だ。それほどものは入っていない。ドアポケットにはペットボトルの水、マヨネーズ、ケチャップ、それから焼き海苔の缶が入っていた。
「‥‥んん?」
違和感を感じて、海苔の缶を取り出してみる。
軽く振ると、カラコロと固形物の当たる音がした。
ふたをはずしてみると、長方形の黒い箱。中には、黒いセルフレームのメガネが収まっていた。
「見つけた‥‥けど、何でこんなところに?」
将太郎は首をひねる。ともあれ、これで二つ目だ。
「おぅ。視界が赤い」
神削は先ほどの転倒で開いてしまった傷口を押さえながら、それでもメガネの捜索を続けていた。
幸い、出血自体はたいしたことはない。ただ、もともと血が足りていない状態だったため、ふらつき度合いが増している。おまけに転倒したとき頭を打ったらしく、後頭部がずきずきと痛んだ。
浴槽の中を注意深く、特に排水構の付近をチェックする。メガネは見あたらない。
「となると、洗い場か」
そうつぶやいて顔を上げたとき、強烈な立ちくらみが神削をおそった。
ひざをついてしまう。思った以上に体力が失われているようだ。
だが、弱音は吐けない。ここにメガネが落ちている確率は極めて高いのだ。
這いずるようにして洗い場へ向かう。視界がぼやけてきた。時間も限られている以上、気を失っている暇はない。
メガネを探し出す。そのことにだけ集中して、目線を動かす。
そしてついに、壁際で光を反射する何かを見つけた。
手を伸ばしつかみとると、それはつるの部分だけがプラスチック製の黄色のメガネだった。
「見つけた‥‥」
身体から力が抜け、彼はその場に突っ伏してしまう。
そう、すでに彼の身体は限界だった。メガネを見つけだす、ただその想いだけが彼を突き動かしていたのだ!
携帯電話が鳴った。部屋を捜索中のソフィアからだ。
「いまのところふたつ見つかってるけど、そっちはどう?」
「ああ、こちらもひとつ、見つかったぞ‥‥ぐっ」
しゃべった途端に開いた傷口がうずく。
「? どうかした?」
「いや‥‥気にしないでくれ」
ソフィアは怪訝そうな反応を返しながらも、そのまま通話は終わった。
「時間がない‥‥俺の救助に人員を割く余裕はないからな」
神削は壁によりかかると、満足そうな笑みをかべる。
「どうやらここまでだ‥‥。あとは頼んだぜ‥‥みんな‥‥メガネを、全部‥‥」
そして、月詠 神削は目を閉じたのだった。
「なんか呻いてたけど‥‥大丈夫かな」
携帯電話をしまいながら、ソフィアはつぶやいた。
自室の捜索は半分以上終わり、ミルヤは食堂のヘルプに向かっている。残り時間もまだ三十分以上と余裕がある。ひとりでもこの部屋の捜索は完了できるだろう。
「あと、ありそうな場所は‥‥」
物陰はほとんど捜索済みだ。ソフィアの視線は、衣類が積み上げられ小さな山となっている一角に向けられた。
近づいて、一番上にのっかっているタオルらしきものをつまみ上げる。どうやら洗濯済みではあるようだ。
「うーん、ならいいか」
脇に座り込むと、洗濯物の山の検分を始める。ジャケットやズボンに混じって下着も出てくるが、特に反応を示すこともなく取り上げ、別の場所にまた積み上げていく。
片方だけの靴下を取り上げたとき、その下からプラスチックの棒が伸びていた。注意深く引っ張りだしてみると、いじわる女教師がかけていそうな赤いつり目のメガネが。
「これ‥‥あの依頼者がかけるのかな」
はなはだ疑問だが、依頼者の自室から見つかった以上は彼の所持品で間違いないだろう。これで四つ目である。
「調子はどう?」
「おお、いいところに来たのだ」
ミルヤが食堂へはいるなり、駆け寄ってきたレナがミルヤを奥へと引っ張っていく。
「おばちゃんが、朝ごはんが残ってるから食べさせてくれるそうなのだ! ミルヤさんも一緒に食べるのだ!」
「はあ?」
カウンターの方を見ると、エプロン姿のおばちゃんが笑顔で手招きしていた。
「うーん、まあいいか。まだ時間あるし、ちょっと休憩ってことで」
ほどなくして、二人分のトレイに朝食のメニューが用意された。ご飯に味噌汁、焼き魚に玉子。小鉢はほうれん草のおひたしである。
それぞれトレイを持ってテーブルへと運び、仲良く向かい合って席に着く。
食事を始める前に、ミルヤがレナにメガネの捜索状況をたずねたが、レナは首を振った。
「隅から隅まで探したけど、みつからないのだー」
「食堂にはないのかもね‥‥あ、割り箸とってくれる?」
箸立てがミルヤから少し離れた位置にあったので、レナにとってもらおうとする。
が、箸がいっぱいに入りすぎているのか、うまく取り出すことができない。よく見ると、中央の部分がへこんでいる。
箸立てを引き寄せて覗き込むと、ハーフリムの緑のメガネが割り箸に囲まれて収まっていた。
「これは‥‥気づかないところだったわね」
食事休憩が功を奏した形になって、これで五個目となった。
洗濯室には詩愛の姿が‥‥見えない。
いないのではない。彼女は三台ある洗濯乾燥機の隙間に身体を滑り込ませ、その裏側をチェックしている最中であった。
「こういうときには小さい体が便利ですね」
蛍光灯の光が届かない場所では、彼女自身が光をまとって周囲を照らした。
「メガネがあったら光が反射するかもしれないですし」
手が届かない狭い隙間は箒を使って怪しい物を掻きだしていく。しかし残念ながら、出てくるのは埃ばかりであった。
それらをちりとりに収め、たまったらゴミ袋へとまとめてゆく。
洗濯室はさほど広くはない。洗剤などがしまわれている棚も含めて手が届く範囲はすべて調べたように思われるが、メガネは見つかっていなかった。
一方でゴミ袋は満杯になり、埃っぽかった洗濯室は見違えるほどきれいになっている。
「ここには落ちてないのかしら」
時間も押し迫っている。携帯電話を取り出して連絡を取ってみると、部屋と食堂からは応答があったものの、風呂場の神削だけなぜかつながらない。
「そういえば、怪我が残っていると言っていましたし‥‥心配ですね」
風呂場の様子を見に行くことに決め、詩愛はゴミ袋をもって洗濯室へ出ていった。
・余談1 風呂場でメガネを握りしめて眠っていた神削は詩愛に治療してもらって事なきを得ました
・余談2 洗濯室はこの後しばらくの間、「かわいい女の子が掃除をしてくれたスポット」として男子寮生が無駄に集まるようになりました
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詩愛と神削が部屋の方へ戻ってくると、食堂を捜索していたレナもすでに戻っていた。
「お帰り。いまちょうど、六つ目が見つかったところだよ」
洗面所から出てきたミルヤの手には、一昔前のガリ勉君がつけていそうな丸い瓶底メガネがあった。
「くそーっ、水タンクの中まで覗いたのに‥‥」
続いて将太郎もトイレから出てきたが、こちらは空振りだったようだ。
六人がかりで一時間、探せる場所はあらかた探したが、あと一つが出てこない。
「残念だけど、時間切れね」
依頼人の予定もある以上、あまり引っ張るわけにも行かない。まあ六つも見つかれば、当面何とかなるだろう。メンバーは捜索を切り上げ、依頼人の待つ斡旋所へと向かった。
「良かったー、これで任務にいけるよ。ありがとう」
六つのメガネを渡された依頼人は笑顔で礼を言うと、メタルフレームのメガネを取り上げてかけた。
「‥‥女の子が多かったんだね‥‥普段から掃除しとくんだった」
ようやく参加者の顔をまともに見た彼は、ショックを受けていた。
「女の子関係なしに、部屋の掃除はした方がいいよ。物が乱雑に置かれてるとメガネが紛れ込んだりして分からなくなったりするしね」
「うっ」
ソフィアの言葉に、さらにダメージを受ける。
「次失くして受付の子にまたケシカランことしたらアレがソレしちゃうぞ」とミルヤ。
「いっそメガネの魔装をつくるっていうのはどうだ? 光纏したら出てくるようにすれば、ここまで焦ることはないだろう」と神削。
「小物入れなどを使って、ちゃんと置き場を決めておけば、失くすことも減るはずですよ」と詩愛。
「そうだな。置き場所を決めるか、制服のポケットに入れとくか‥‥」
メンバーの助言を神妙に聞いていた依頼人だったが、将太郎の言葉に動きを止めた。
「制服の‥‥あっ」
「どうしたのだ?」
レナの問いには答えず、上着の中に手を入れる。
「忘れてた‥‥」
そして取り出されたのは、青いセルフレームのメガネ。
「まさか、それが七つ目か?」
「もしものときに、って制服の内ポケにいれてたの、すっかり忘れてた! いやあ、ごめんごめん」
依頼人はそう言うとたははと笑い、メンバーは全員ずっこけた。
とまれ、メンバーは見事な役割分担で無事すべてのメガネを探し出すことに成功したのだった。
・余談3
「はっ! でもこれでメガネが七つそろったのだ!」
突然レナが大声を出す。
「七つのメガネを集めると伝説のメガネ龍が現れて願いを叶えてくれるとかそういうことがあるかもしれないのだ!」
レナは期待に満ちたまなざしで依頼人を見つめる。
「‥‥ごめんなさい」
「ショボンなのだ‥‥」