●2012/12/24 6:00PM
クリスマスイヴ。
クリスマスディナーを数ヶ月前から予約していた恋人同士が、シャンパン片手に向かい合って微笑み合う、そんな刻限。
あるいは、繁華街を彩るイルミネーションを肩を並べて眺め、「きれいだね」「君の方がきれいさ」と歯の浮くような台詞を言っていそうな、そんな刻限。
日本全国で、恋人同士が恋人らしく寄り添っている、きっとおそらくそんな夜に。
今日も仕事に励む撃退士たちが、確かにいた。
「今日は人間にとっては特別な日なんでしょ? なんに依頼受けるなんて‥‥勤勉だねぇー」
棒キャンディーを口の中でころころ転がしながら、フェンリア(
jb2793)が背中の小さな翼をパタパタと動かした。
何しろ悪魔であるから、人間のイベントであるクリスマスには特に興味がない。もっともである。
「ボクは今日も仕事ですからしてっ! いや忙しいな忙しい!」
そんなフェンリアの声に被さるように、黒瓜 ソラ(
ja4311)が大きな声を出す。
「あんまり忙しくて、今日がクリスマスだなんてすっかり忘れてましたよぅ!」
明るく元気に精一杯。そんなソラの様子を眺めつつ。
「まぁ、売れ残りのケーキが食べられれば私はそれで良いんだけどね?」
蒼唯 雛菊(
jb2584)がそう言った。獣のような尻尾をぴこぴこ動かす彼女また、悪魔である。
「いやほら、本当言うと私はイケメンとケーキ食べる予定だったんだけれどさ」
悪魔二人の物言いに、因幡 良子(
ja8039)が反論する。
「やっぱり世の為人の為動き回らないとだめだと撃退士としての使命に目覚めてさ。まあ、‥‥イケメンは何時でも会えるわけだしね」
「予定があったのに依頼に参加するなんて‥‥因幡先輩、すごいです!」
しかし、隣にいた春苑 佳澄(jz0098)が素直に感動するのを聞いて、ちょっと心が痛くなる。
彼女の脳裏に浮かんでいるのは、自室で煌々と光を放つPCのスクリーン。そう、彼女の言う『イケメン』の前にはある枕詞がつくのであった。
「‥‥ないてないよばか」
「え、なんですか?」
幸い、その声は佳澄には聞こえなかったようだ。
「クリスマス‥‥か。別に思い思い過ごせば良いと思うが」
天風 静流(
ja0373)は周りの異様な熱気を感じながら、そう呟く。
「そうだね。‥‥魔女にクリスマスがどうこう、っていうのも妙な話な気がしなくもないし」
頷いたのはソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)。彼女と彼女の師匠は、故郷では魔女と呼ばれていたらしい。
「私は元々聖夜を祝う習慣などなどなかった身ですし、当日に働くことに反発する気持ちもそれほど」
牧野 穂鳥(
ja2029)も同調する。彼女らは本日仕事をすることに、さして抵抗を感じていないようだ。
「クリスマスでも仕事だよ。寂しくなんて、ないよ!」
鈴木悠司(
ja0226)の明るい口調は、果たして強がりか、否か。
「‥‥うん、でもさ、こうやって美人のみんなに囲まれて過ごせるのは役得だよね」
今日は男女合わせて30名ほどの参加者がいるのだが、どういうわけか男性でただ一人この班に配属された悠司。
綺麗どころに囲まれれば、自然と気合いも入るというものである。
空は日が落ちて、周囲はすっかり暗い。
だが砂浜では、今日の討伐対象である大量のウィスプたちが色とりどりに輝いていた。赤、白、緑。
「カラフルで綺麗だよ〜。無害なら眺めていたいところだよ」
雛菊は犬のような格好で腰を下ろしてそれらを一望した後で。
「まぁ、潰すけどね」
ニヤリと笑う。
「どうせ誰かがやらねばならない仕事です、せっかくですので経験値をプレゼントとしていただきましょう」
穂鳥も敵をしっかりと見据え、光纏した。
「春苑ちゃんは阿修羅さんだよね?」
良子に問われ、佳澄はこくとうなずく。
「じゃあ、緑と白を優先的に叩いて貰おうかな。幻惑怖いから、不用意に緑に接近しちゃだめだよー」
佳澄がはいと返事してピストルを顕現させたのを確認すると、良子はほかのメンバーにも声をかける。
「緑に挑む人で、抵抗不安な人は聖なる刻印あるからね。‥‥鈴木君と、蒼唯ちゃんかな?」
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準備を万端に整え、いよいよ戦闘開始。
静流と佳澄が並んで銃を構え、開戦の号砲を鳴らした。
何しろ敵の数は多く、今は狙いを定める必要もない。
静流の銃弾の直撃を受けたホワイトウィスプが早速その身を四散させ、白い光をまき散らす。
「さぁ、一杯倒してお仕事終わらせますよぅ!」
スナイパーライフルを携えたソラはほかのメンバーから少し離れた位置で、スコープを覗き込み、引き金を引く。
「数が多いからどんどん倒していくよ」
「ええ、まずは減らしてしまいましょう」
二人のダアトがスキルを発動。ソフィアは強く輝く火球を、穂鳥は炎の蔦で編んだ鞠状の籠を生み出した。
それぞれ敵が密集している地点を狙い、撃ち出す。二人の強力な魔力が着弾点でそれぞれ炸裂し、散った炎がウィスプを巻き込む。何体かのレッドウィスプが一拍おいて爆発し、その周囲にいたホワイトが光の粒になった。
その光を浴びながら、悠司が、雛菊が突っ込んでいく。
「纏めて吹っ飛ばす! ダークブロウ!!」
全身をバネのように使って雛菊が大剣を振るい、ウィスプを言葉通りに吹き飛ばした。
他班でも戦闘が始まり、あちこちで光が弾け飛ぶ。赤、白、緑。
闇の翼で空を舞うフェンリアは、ウィスプが集う直上でそれを見ていた。
「どーせならもっと痛そうにしてくれたらいいのにねぇ」
戦闘前の気だるさはどこかへと消え、加虐に満ちた笑みをたたえて。
一団の端を漂うホワイトを標的に定めると、一気に降下。
「オラッ! 精々綺麗に散らしてみろ、あたしが楽しめるようにさ!」
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悠司はナックルダスターを装備した右手でグリーンを殴りつけると、そのままの勢いで一歩横に大きく跳んだ。反撃に吐き出された幻惑の霧は、彼の元いた位置を覆ったのみ。
良子がつけてくれた刻印は効果時間が長くないのが難点だ。今はもう、自分で気をつけなくてはならない。
その良子は弓での魔法攻撃で、レッドの生命力を計っていた。
「どのくらいで自爆すんのかねー」
自爆+密集している敵、とくれば、連鎖は狙ってみたいところだ。
緋籠女を使い切った穂鳥は果敢に飛び出し、新たにセットしたスキルを放つ。
「──地の底の池でも真似て見せようか」
声に応えてウィスプどもの直下に生まれ咲くのは牡丹の花。やがてそれらは煮えたぎる地獄の池となり、炎を吹き上げた。
「!」
穂鳥の目の前にいたレッドが一瞬、光を強く放ち、爆発する。
「牧野ちゃん!」
「平気です、これくらいなら」
緊急障壁でダメージを抑えた穂鳥は良子の呼びかけに頷いてみせた。
「先ほどまでの攻撃と合わせると‥‥自爆するらしいタイミングが見えてきましたね」
ウィスプの一体一体は、大した強さではない。ただ、とにかく数が多い。
「春苑君、前に出過ぎている。周りをよく見るんだ」
「はい、天風先輩!」
迂闊に飛び出すと敵に囲まれてしまう。性格的に突出しがちな佳澄は並んで戦う静流が孤立しないように指示を与える。
一方、巨大な大剣を全身でもって振り回す雛菊も、仲間から離れてしまいやすい。気がつくと囲まれている状況がたびたび起こることになる。
「飛ぶの苦手だから、空に逃げる手は使えないんだよね」
とは本人の弁。
今もまた、隣にいる佳澄との間に数体のウィスプが入り込んでしまっていた。
とにかく合流しようと、目の前のホワイトを斬りとばす。すると、その先にはグリーンが。
「あ、まずい」
もわんと吐き出された霧の中に、飛び込む格好になってしまった。
「雛菊ちゃん! 大丈夫?」
グリーンをピストルで撃ち抜き、佳澄が雛菊に声をかける。雛菊がそちらを見ると‥‥。
それはそれはおいしそうな肉の塊があった。
「にくーっ!」
「わあぁぁあっ?!」
血の滴りそうなレア肉=佳澄に飛びかかる雛菊。あっという間にマウントポジション。
「い、痛いよ雛菊ちゃん!」
「ひふ、ひふー(にく、にくー)うまうま」
佳澄の腕に噛みついて、もごもごいう雛菊。幻惑効果で本気なので、結構痛いです。
「雛菊さん、しっかり!」
悠司が駆け寄って、佳澄から雛菊を引き離す。肩を揺すってみるが、くるりとこちらを向いた雛菊はまだ目が据わっている。
「お菓子!」
「えっ」
悠司のことも食べ物に見えたのだろうか。
にんまりと笑って悠司に近づく雛菊。
彼も食べられてしまうのだろうかっ!?
そのとき、後方からソフィアの放ったアウルの火炎が雛菊の背後を通り過ぎ、一体のホワイトウィスプが光になった。
「ん、あれ?」
今にも悠司にかぶりつかんとしていた彼女はその光にさらされて、目をぱちくりさせる。
「お菓子、なくなっちゃったよ。‥‥そう言えばまだ戦闘中だったっけ」
そう言って悠司を解放した雛菊は大剣を顕現し直すと、再びウィスプの群に突っ込んでいった。
「助かった‥‥」
食べられずにすんだ(?)悠司は胸をなで下ろした。
そんな前線のどたばたをスコープ越しに見ながら、ソラは引き金を引き続ける。
「‥‥静かだなぁ」
同じ戦場にいるとはいえ、距離をとっているため戦いの喧噪がなんだか遠い。直接耳に響くのは自らの放つ銃声のみだ。
「撃退士としてがんばらなくては! ‥‥はぁ」
声を張り上げてはみても、寂しいものは寂しい。
ライフルを構え直すと、首筋に当たった金具からひんやりと冷たさが伝わってきた。
頼りになる相棒の無機質さが、今日ばかりはすこし、恨めしい。
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時間が進み、敵の数もずいぶん減ってきた。
しかしこちらの被害も決して軽くはない。良子はすでに回復スキルを使い切っている。
「私たちマジ撃退士のカガミだよねー‥‥」
ウィスプの吐きだした火炎を受けて火傷を負った額を抑えながら、良子が言う。
「みんながどっかでキャッキャウフフしてるときにこんな怪我までして天魔退治とか!」
前線を抜けてふらふら漂ってきたレッドをライトニングロッドで殴りつける。
「くらえぼっちの怨念‥‥じゃねえ。イケメンとケーキ食べられなかった恨み!」
嘘は言っていない。目を閉じればイケメンは何時だって同じ(一枚絵の)笑顔で微笑みかけてくれるのだから。
「この湧き上がる力の源泉は決してぼっちの怨念じゃない。ここ大事」
こくり、と頷く良子。
大丈夫、たとえ怨念にとらわれてしまったとしても、イケメンは同じ(一枚絵の)笑顔で微笑みかけてくれるさ。
メンバーは徐々に、残った敵を中央に追い込みつつあった。特に、自爆能力をもつレッドだ。
はぐれたホワイトは穂鳥が確実に撃破し、グリーンはフェンリアが空から潰す。
「いっぱい連鎖で綺麗だなー狙い! アブハチトラズ!」
「連鎖で自爆してくれたら気持ちよさそうだけど‥‥上手くいくかな」
ソラとソフィアが射程を活かし、群れているレッドに適度なダメージを与えていく。どの程度削れば自爆するのかは、ここまでの戦いで良子や穂鳥が調査済みだ。
「よし、みんな気をつけてくれ」
頃合いを見て静流が警告し、雷桜を一度、大きく振るう。
直後、放たれた神速の突きは、蒼白い光を伴って直近のレッドをとらえる。ただし、威力は加減されていた。
群の中へと弾き飛ばされたレッドウィスプは、狙い通りにそこで光を強くし、爆発する。
それは隣のレッドを巻き込み、巻き込まれたレッドはやはり爆発。
「おや‥‥随分と大きい花火になったものだな」
連鎖が広がっていく。ボン、ボン、ボン、と赤い光が音を立てて散り、巻き込まれたホワイトウィスプたちが高く弾き飛ばされた後、細かい光の粒子をきらきらと散らした。
「まるで雪のようですね‥‥」
白い光のシャワーを見上げ、穂鳥が感嘆する。
「これもホワイトクリスマス‥‥でしょうか」
「すごく綺麗だねぇ‥‥うん。寂しくなんて、ないよ!」
同じように光を見上げ、悠司が笑顔で頷いた。
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「ふぅ、終わり‥‥かな?」
雛菊が辺りを見渡す。自分たちに割り振られたエリアからはすっかりウィスプの姿が消え、砂浜はすっかり暗くなっている。
「さて、この後は?」
「せっかくだし、皆でご飯食べにいこうか」
そう言ったのは、良子である。
「ぼっち同士集まってご飯ってのもそう悪いもんじゃないよね」
「あれ? 因幡先輩はお相手がいるんじゃ‥‥」
「‥‥いいから」
首を傾げた佳澄は口をふさがれた。
「祝勝会とかそんなんですか」
「お疲れさまも兼ねて、だね」
フェンリアとソフィアが言うと、穂鳥が自身の携帯電話を示した。
「実は、そう思ってお店は予約しておきました」
「牧野ちゃんナイス!」
良子はぐっとサムズアップ。
「よーし、とりあえずビール! かな」
「ボクはお酒とか飲めませんが、その分食べますよっ」
悠司もソラも、楽しげに宣言する。
寒風吹き荒ぶ砂浜を、皆で肩寄せ合って後にする。
「俺、こんなクリスマスなら普通よりうれしいかも」
何しろ両手に花どころではないのだから、悠司の言葉はもっともだ。
「持ち込みOKなら、ピザを焼いてこようかな」
「ソフィアちゃん、ピザなんて作れるんだ」
「うん、料理は趣味だからね」
「ひょっとしたら、厨房を貸してくださるかもしれません‥‥聞いてみましょうか」
ソフィアと佳澄のやりとりを聞いて、穂鳥が携帯を取り出す。
「飲めや歌えやの大騒ぎー‥‥美味しいのいっぱい食べたい」
「ケーキ♪ ケーキ♪ あと、にくー! レアーッ!」
悪魔っ娘二人もそれぞれなりに楽しそうに。雛菊の声に佳澄と悠司が一瞬びくりとしたのはご愛敬。
(まあ、こういうのも良いだろう。皆が楽しければそれで良し、と)
静流も落ち着いた笑みを浮かべて、一緒に道を行く。
聖夜の予定は、天魔退治。
みんなであちこち怪我を負ったまま、そのあとは祝勝会。
特定の相手がいなくたって、十分楽しい夜でした。
メリークリスマス。これからも、よろしくお願いします。