●コンビニ出店中!
文化祭を興味深そうに見渡しながら歩いていたサガ=リーヴァレスト(
jb0805)は、学園のはずれに作られた出店にふと目を留めた。
手書きの看板には「コンビニ・ハッピーストア、限定出店中!」との文字。
中でも彼が気になったのは、「コンビニ店員体験コーナー」というものだった。
「せっかくだ、普通の仕事を体験してみるのもいいだろう」
独りごち、店内へと入っていった。
「いらっしゃいませ!」
サガが中に入ると、カウンターから元気のいい挨拶が。
店員体験中の雪室 チルル(
ja0220)である。
「失礼、店員体験というのをやってみたいのだが‥‥」
そこへサガが声をかけると、隣の店長が答える。。
「じゃあ、裏へ来てくれるかい? モブ子、雪室さんをよろしく」
店長はモブ子に声をかけると、サガを伴ってバックルームへ。
「準備いいかい?」
そこでは、武田 美月(
ja4394)と地領院 夢(
jb0762)がエプロンを締め終えたところだった。
「はいっ! 大丈夫です!」
「私も、用意できました」
「じゃあ、レジの方に行って説明を受けてね」
二人を見送ると、店長はロッカーから真新しいエプロンを取り出した。
「サガくんもこれ、付けてもらえるかな」
それは『ハッピーストア』とロゴの入った薄ピンク色のエプロン。
「む──了解した」
あまり隠密行動には向かない色だな、とつい考えながらそれを受け取るサガである。
「ねえねえ! このボタンは何なの?」
チルルはレジを興味深そうに眺め回し、隣にきたモブ子にいろいろ質問している。
「そこを押すとバックルームでチャイムが鳴ります。私や店長が裏にいる時に何かあったら押してください」
「わかったわ! じゃあこれは?」
「それは──」
そんなやりとりをする二人の元へ、美月と夢が合流する。
「店員さんの格好とか初めて、嬉しいなっ」
エプロンの裾を持ち上げて、夢がにこにこする。
「私も、アルバイトとか初めて! どんなことするのか楽しみかも」
「将来実際にアルバイトをするときの参考になるといいわね」
美月とチルルも、夢に同意する。
そこへエプロンを身につけたサガも店長と一緒にやってきた。
「さて‥‥せっかく四人もいるし、まずはレジと陳列を分担して体験してもらおうかな」
「えっと‥‥賞味期限が近いものを前に置いたらいいのかな?」
「おっ、地領院さん、言われなくてもわかるなんてさすがだね」
店長に誉められて、夢ははにかむような笑顔を浮かべる。
「余ったら、勿体ないですもんね」
「そうだね。──うん、それで袋のしわをきれいにして並べれば完璧かな」
「こう、ですか?」
「いい感じ。その調子でこの箱の分を並べてくれるかな?」
「はい、わかりました」
夢が箱へとかがむのを見て、店長はもう一人のところへ。
サガはおにぎりを順番に並べていた。
「これが真っ当な仕事か‥‥」
今まで彼にとっての仕事といえば、闇の中で手を血で汚すような裏稼業ばかりだった。
それがアウルに目醒め、きっかけを得たことでこうして日の当たる世界へと来ることになったのだ。
感慨深く考えていると、不意に背後から声がした。
「調子はどうだい?」
「!」
反射的にからだが動く。流れるような動作で声をかけた店長の背後に回り込むと、その腕をとってねじ上げた!
並べかけだったおにぎりが、ばらばらと棚から落ちて散らばる。
「い、痛いよサガくん‥‥」
店長の声で、はっと我に返った。
「すまない、慣れていないので‥‥」
「人が後ろに立つのが?」
解放された腕を回しながら、店長は首を傾げた。
「お客さんにはやらないようにね」
おにぎりを拾いながら注意を受けて、サガはうなだれた。
「──なんという難しい仕事だ」
「え、そうかな?」
「お会計はあわせて‥‥えっと、いくらだっけ?」
「あわてずに。画面に出ていますよ」
「あ、ここね!」
お客さん相手に悪戦苦闘するチルルを、モブ子がサポートしている。
「ありがとうございましたー!」
美月は笑顔で挨拶。
「やっぱり、基本は笑顔だよねっ♪」
「やあ、遊びに来たよ」
そう言ってやってきたのは、高峰 彩香(
ja5000)。
「彩香さん、いらっしゃいませ」
過去依頼で一度ならずコンビニを助けた彼女は、モブ子や店長ともすっかり顔なじみだ。
「手伝いとかすることが多かったけど、今日は楽しませてもらうよ」
「というと、大食いですか?」
モブ子が問うと、彩香は苦笑する。
「あんまり食べ過ぎると後が気になっちゃいそうだから、気軽に食べられる方をってね」
試食コーナーを示した。
コーナーへと向かう彩香の後ろ姿を、美月が羨ましそうに見ている。
「試食の商品も一杯種類があるわね! 全部覚えられるのかな?」
チルルは興味深そうに。
「お二人も、あとで試食してみるといいですよ」
モブ子はそう言ったが、美月はぶんぶんと首を振った。
「確かに行きたいところ‥‥だけども! ほら、秋だったじゃん」
声を潜める。
「ほら‥‥食欲の、っていうじゃん」
「あー」
食べ物がおいしい季節は、女性にとっては悩ましい季節でもある。
「だから‥‥と、とにかくそういうことなんだってば!」
「さて‥‥どうせなら全部試食してみたいかな」
彩香はお菓子類は後回しにして、まずはおにぎりからぱくつきはじめた。
そんな彼女のとなりでは、華成 希沙良(
ja7204)も試食を楽しんでいる。
「‥‥ん‥見た目‥通りの‥美味しさ‥ですね‥‥」
見た目に惹かれて手に取ったデザートをひと匙掬って口に入れ、ゆったりと味わう。
「‥‥こっちは‥もう少し‥アクセント‥が‥欲しいかも‥‥」
別の一品は、悪くはないがもう少し。『ご意見をどうぞ』と用紙があったので、そちらにさらさらと意見を書いたりもする。
「‥‥? ‥‥なんだか‥騒がしい‥ですね‥‥」
入り口の方が、なにやら賑やかになっていた。
店の入り口で、学ラン姿の二人がヤンキー座りをしている。
「‥‥人多くなってきてね? 今からなんかあんの?」
小野友真(
ja6901)は眉間にしわをよせ、缶コーラの栓をプシュッと開けた。
「さあ? にしてももうすぐクリスマスとかまじありえなくね?」
七種 戒(
ja1267)もしかめっ面をしつつ、口にくわえたシガレットチョコをポキリと噛む。
‥‥コンビニ前に時々いる不良少年ごっこだろうか。
「うわもうクリスマス時期か、早くね?」
「‥‥爆破じゃね?」
戒の口からは不穏な言葉も。彼女らを知らない人たちは、目を合わせずにその場を通り過ぎていった。
「二人とも何してるんですかぁ?」
だが、三善 千種(
jb0872)は二人の前できょとんとする。
「千種ちゃん、見てわかるやろ。今日の俺らは不良や」
友真の言葉に、戒もうんうんと頷く。
「今日はあまり話しかけない方がいいのだ──」
だがどや顔でそう語る二人に、千種は容赦のない一言を。
「ほへぇ、二人とも悪っぽく装ってるんですかぁ?」
「わ、悪っぽくじゃねえし悪だし!?」
あっさり動揺する戒。千種はさらにくるりとターンを決めて、追い打ち。
「可愛い二人には似合ってませんね☆ 残念な感じのオーラだけがただよってますよぉ」
「残念って言うな!」
びしっと指さされて戒は涙目。
「‥‥えっ、俺も残念オーラ‥‥なん‥‥?」
一括りにされた友真はがっくりうなだれた。
「大食いコンテスト、参加者受付中〜。賞品もございますよー」
並木坂・マオ(
ja0317)はSVが参加者を募るその横を通り過ぎつつ。
「う〜ん、豪華(?)賞品には心惹かれるものがあるけど、アタシ、食べる量は普通なんだよね。それに──」
こっそり横腹を摘んでみる。むにっとした弾力が感じられた。
「ち、ちょっとヤバいかも」
これは決して不摂生のせいではない。学園や寮のご飯がおいしいのがいけないのだ──。自己弁護完了。
「でもでも、ここまで来たからには食べないで帰れるわけがない!」
文化祭の盛り上げにだって一役買わなくては。
「せっかく新聞部に所属してるんだし、イベントの様子をまとめて次の号に載せるのもいいかも」
動機付けもばっちりだ。
「とゆーわけで、新商品をいろいろ味見してみたいなっと。これからの季節はやっぱり肉まんだよね!」
完璧なる理論武装で、マオは試食コーナーへと向かった。
彼女は明日、体重計に乗るのだろうか──。
「ふん、人間はやはり面白い事を考えるものだな」
コンビニ出店へと向かうギィネシアヌ(
ja5565)は、ニヒルに呟く。
(コンビニのカレーも結構おいしいんだよなー‥‥食べ放題とか素晴らしいイベントだぜ!)
カレー大好きな彼女は、大食いコンテストのメニューにカツカレーを見つけてやる気十分。服装もインドサリーを着用という気合いの入れようだ。
「戒先輩に友真君‥‥何やってるんだぜ‥‥」
だが、入り口前でヤンキー座り続行中の二人を見て軽く脱力。
「こんなところで騒いでたら他の人の迷惑なのだぜ?」
魔族(自称)の女の子に常識的なお説教をされる二人(しかも戒は年上)。
「いやそのそーゆーお年頃っていうか‥‥すいません」
「つい白熱してもーて‥‥ごめん」
「悪いんだけど、あまり長時間そこにいられると──」
そこへ、店長も顔を出してきた。なんだなんだと野次馬も集まり始めている。
「くっこーなったら‥‥戒、いくで!」
「おっ、おう!?」
「ありがとうございました!」
レジを終えて去っていくお客さんに笑顔でお礼を言う夢。
「店員さんも大変なんだね‥‥」
体験して初めてわかる苦労というものもある。今度からお店に行ったときは、自分も笑顔でお礼を言おうと心に決めた。
そんな彼女がふと入り口の方へと目を向けると‥‥。
「あ、あれ? お説教?‥‥え?! 土下座?!」
「この度はご迷惑をおかけし、誠に‥‥」
「今後は身を慎んで‥‥」
友真と戒は店長に向かって平伏していた。
「戒、角度が足りてへん‥‥!」
隣の様子をちら見して、すかさず指導をする友真。
ちなみに、彼はこれで進級しました。※実話
「コレがMVPの実力か‥‥!」
床に穴を開けんばかりに額をこすりつける友真に土下座の神髄を学ぶ戒。‥‥書いといてなんですが土下座の神髄って何でしょうね。
「あれ? さっきの二人が説教されてる」
千種は店内からふとその様子に目を留めたものの、
「まぁ、気にしないでいいですねっ」
とあっさりスルーした。
「全く、二人とも困ったものなのだぜ」
「すみません‥‥」
「と、ところで! ギィネちゃんその服どしたん? 超可愛いな」
友真は流れを変えようと、ギィネシアヌの服装に目をつける。
「ん? これは今日の大食いに合わせて着てきたのだ」
「大食い大会!? えーな! 戒、俺らも参加するでー」
「よし、迷惑かけたお詫びにだな」
テンションをあげる友真に、戒も笑顔で頷いた。
●大食いスタート!
「コンビニ大食い大会〜まずは弁当部門! みなさん、用意はいいですかー?」
参加者の前にはすでに一皿目の弁当がおかれ、後は合図を待つばかり。
「えっデザートじゃ‥‥?」
友真とギィネシアヌに引っ張られ、戒も気が付けば弁当部門に参加していた。
しかも、二人と同様に目の前にはカツカレーが用意されている。
「今日はカレーを限界まで食いまくるぜ!」
「‥‥わーカレーオイシソウダナー‥‥」
「時間は三十分‥‥それじゃ用意、スタート!」
「カレー大好き〜」
参加者の一人星杜 焔(
ja5378)も、カツカレーを食べまくる。
彼にとってすべての食べ物の評価基準は三つしかない。不味いか、美味しいか、とても美味しいかだ。
食べただけでレシピが判るほど鋭敏な舌を持つ彼だが、コンビニカレーだって十分美味しくいただけるのである。
快調に皿を重ねていく彼を、影からのぞき込む一人の男。
「くくく‥‥こんな好機を逃す手はないな」
ラグナ・グラウシード(
ja3538)は暗い笑みを浮かべていた。
彼にとって、焔は長い間自分を騙していた許されざる男なのだ。
その手には某激辛調味料が。
「思い知るがいい‥‥私の怒りを!!」
ラグナは調味料の蓋を全開にすると、次に焔へ出される皿へと中身をこっそりぶちまけた!
逆うら‥‥復讐の鬼と化したラグナ。狙い通り常識を超えた激辛カレーが焔の前に配膳される。
「さあ‥‥情けない姿をさらせ!」
そのままあっさり激辛カレーを口にする焔。彼の動きが一瞬、止まった。
だが。
「味に変化が‥‥まあいいや美味しいな〜」
それだけで後は元通り、美味しそうに笑顔で食事続行。
「‥‥あ、あれ?」
焔は辛いものには耐性があったようだ。
「く‥‥見ていろ星杜、次は必ず!」
アニメの悪役よろしく捨てぜりふを残すラグナ。彼の復讐は、いつか完結するのであろうか。
「甘口とか‥‥ないですかそうですよね」
戒はなんだかんだで健気にカレーを頬張っている。
「みんな頑張ってくださいねぇ。あ、こぼしたりはめっですよ☆」
大食いに励むメンバーの前で、千種がポンポンを振って応援。どこかで借りてきたのか、衣装もしっかりチアリーダーだった。
杉 桜一郎(
jb0811)は中華幕の内弁当をメインに挑戦中。
「結構揚げ物が多いなあ‥‥」
お寺の跡取り息子でもある彼は、精進料理のようなあっさりとしたものが好みのようだ。
だが、コンビニ弁当に揚げ物が入っていない、ということはほとんどない。
それでも頑張って食べ続ける彼だが、手を休めた際に誤って箸を落としてしまった。
「あっ──」
「大丈夫か? 気を付けろよ」
拾ってくれた隣の人はなぜか高身長の銀髪イケメンだった。
「ありがとうございます──」
「バカだな。落とした箸を使うことないだろ」
イケメンは笑って、新しい割り箸を取ってくれた。
「ほら。もう落とすんじゃないぞ──大食い、頑張れよな」
「は、はい。ボク、一生懸命頑張って食べます」
桜一郎は、なぜか頬を染めて頷いた。
「これは何?」
試食コーナーで、彩香がサンドイッチを手に取った。
「新発売のBLTサンドです。ベーコンがB、レタスがL」
「それに、トマトでTだね」
「はい、BLTです」
「‥‥これもなかなかだね。さて、そろそろお菓子の方にいこうかな」
彼女にとっては、まだまだこれからが本番である。
もちろん、大食いもこれからが本番である。
「苦しくなってきたな‥‥ここはさっき買ったとろけるチーズで!」
友真は直前に購入したトッピングで気分を変える作戦に出た──が、数分後には自らのチョイスに欠陥があったことを思い知らされる。
「‥‥チーズ美味しいけど、重くなるな‥‥」
一方ギィネシアヌは、完璧な対策をもって臨んでいた。
水は飲まない。大食いとなれば水はそのまま胃を圧迫してしまい、マイナスだ。
友真と同じく販売コーナーで購入したレモンジュースを僅かずつ口に含むか、キュウリの漬け物で口の中をリフレッシュさせながら、他の弁当には目もくれずひたすらカレーだけを食べ続ける。
「俺の限界はまだ、こんなものじゃないのである!」
「星杜君はカツカレーに何か恨みでもあるのかな‥‥」
焔の食べっぷりを見ながら、若杉 英斗(
ja4230)は感嘆する。
「ふん、あんな裏切り者のことなど‥‥!」
だが、隣にいるラグナが憤慨するのを聞いて苦笑した。
「へぇ、おでんの新商品かぁ」
早速試食してみると、ほんわりと出汁の利いたつゆが身体に染み渡っていった。
「あったまるなぁ」
そう言いつつも、英斗は物足りない思いを抱く。
(俺の凍えた心が温まるような新商品はないかなぁ‥‥)
どんなに温かい料理も、彼の心の隙間までは塞いでくれないのであった。涙。
「コンテスト‥‥白熱してますね」
牧野 穂鳥(
ja2029)は喧噪を横目に見つつ。
今日は冬のコンビニスイーツのチェックにやってきた。
「一応、女子ですので‥‥」
しっかり吟味して、買って帰れるものがあったら友人の分も買っていこうと考えていた。
と、そこへ。
「店員体験、楽しかったわ! 帰る前に、クリスマスケーキを予約していこうかな」
チルルの元気な声が届いて、穂鳥ははたと気づく。
「そういえば、もうクリスマスなんですね」
せっかくだから、自分もケーキを予約していこうかと考えながら、華やかなPOPが飾られた一角へ向かう。
チルルの声は、英斗の耳にまで届いた。
「クリスマスケーキ‥‥だと!?」
「‥‥チーズケーキ‥が‥ベース‥の‥‥クリスマスケーキ‥は‥ないで‥しょうか‥‥?」
希沙良がたずねると、モブ子がパンフレットを示した。
「あります。これがレアタイプのもので、こちらは焼いたものですね」
「ケーキ、試食させてもらっても良いでしょうか?」
穂鳥に向かっては頷いて。
「遠慮なくどうぞ」
「‥‥ん‥この‥チーズケーキ‥美味しい‥です‥ね‥‥」
希沙良はお気に入りを見つけたようだ。穂鳥も早速小皿に手を伸ばした。
その光景に、英斗は立ち尽くす。
(確かに、一緒に食べる人がいれば心も温まるだろう──だが、そんな人がいればそもそも心は凍えていない‥‥)
なぜか自分の周囲にだけ、びょうと寒風が吹き荒れているのが感じられる。
「ラグナさん、そういえば12月は誕生日でしたよね」
「!?」
ラグナはびく、と身を震わせた。
そう、彼の誕生日は12月25日。クリスマ‥‥あっと全部言うと彼、鬼神になるらしいんでやめときますね。
「ああ‥‥そうだ。いつも一人だがな‥‥」
「誕生日ケーキ、予約しときましょうか? 俺がお祝いしますよ」
共通の悩みを抱える二人は、がっしりと握手を交わしたのだった。
猛然とカレーを食べ進んでいた焔は、二人の声にふと、顔を上げる。
(ご馳走作ってお祝いしたかった‥‥な)
テーブルからあふれるほどの料理を作って。みんなで囲んで食べてもらったなら、どんなにか温かくて、楽しい時になっただろう。
だけど、もうそれは叶わない。少なくとも、その場に自分がいることは。
カレーの辛さではない何かで、鼻の奥がつんとした。
「はい、それまで! 時間で〜す」
そのとき、終了の号令がかかった。
「弁当部門優勝は‥‥僅差でしたが、ギィネシアヌさん! おめでとうございます〜!」
「ふははは、やったのだぜー!」
思わず飛び上がったギィネシアヌだが、衆人環視の中であることを思い出すとポーズを決めた。
「ふ‥‥この程度、俺には造作もないことなのである」
「ギィネちゃん、やったなー‥‥」
「おめでとう、ネア‥‥」
友真と戒の二人も傍らで撃沈しながら祝福していた。
「優勝賞品は、この冬新発売‥‥の予定がコストが合わずに中止になったカレーパン! どうぞお受け取りください〜」
また食べ物(しかもカレー)かよ、という周りのツッコミをよそに、ギィネシアヌは笑顔で受け取った。
(思う存分カレーが食べられて満足なのだぜ!)
●おかげさまで盛況です
店員体験も後半戦。
「うん、結構覚えてるもんだな」
久瀬 悠人(
jb0684)は短期だがコンビニバイトの経験がある。そのおかげで、いざレジを前にすると身体は動いてくれた。
ただ、ハッピーストアとは別の系列なので、ところどころ違うルールはある。
「モブ子さん、こういうときは‥‥」
「まず先にこのボタンを押してから操作してください」
きっと商品陳列などでも悠人の知らないルールがあるだろう。その時はまた彼女に聞こうと思いつつ。
「ていうか、モブ子って愛称でいいのかアンタ」
「そう呼んでください」
時駆 白兎(
jb0657)もレジ操作について一通り教えてもらう。
「‥‥大体覚えました」
小学生でありながら、経理関連には慣れた身である。特徴的なレジの操作さえ覚えてしまえば、後は大した問題ではない。
それに、コンビニの仕事はやることは多いものの、必ずどこかにマニュアルが用意されている。用はどこに手順があるかを把握すればいいのだ。合理的に考える事のできる白兎からすればそれは造作もないことといえるだろう。
「しかし、もっと効率よくできそうなものですね」
マニュアルをぱらぱらとめくりながら白兎はつぶやき、メモ帳を取り出した。
「へぇ、ここがコンビニなんだ」
文化祭見物中に友人とはぐれ、一人歩いていた龍騎(
jb0719)。
箱入り育ちの彼ではあるが、コンビニくらいは知っている。
「‥‥何の店かは知らないケド」
あれ、結構筋金入りですね。
興味にかられて店内に足を踏み入れると、つんとカレーの匂いがした。
「すごい匂い‥‥カレーの店?」
そんな龍騎に向かって、レジから威勢のいい声がかかる。
「らっしゃーせー!」
「??」
レジには店員体験中の鴉乃宮 歌音(
ja0427)が立っていた。
「いま、なんて言ったの?」
にこりと笑顔の歌音に、龍騎がたずねる。
「いらっしゃいませ、を熟練のコンビニ店員が言うとこういう挨拶になります」
さらりととんでもないことを言う歌音。横にいた悠人がそれを聞いて笑う。
「ははっ、確かに俺が以前働いたとこでもそんな感じの人いましたね」
「へぇ、そうなんだ」
「──って、信じるのかよ‥‥」
あっさり納得した龍騎に悠人は唖然とするが、当の本人はどこ吹く風で店内を見回した。
「売ってるもの、見てみよ。じゃあ、またね」
すたすたとその場を離れるその背に向かって、歌音はまた威勢良く。
「あじゅじゅしたー!」
と叫んだ。
「‥‥ちなみに、極めると『っしたー』になるらしい」
「俺が教わったのは、『あーざーしたーっ』でしたね‥‥」
挨拶もいろいろあるもの‥‥と言っていいのだろうか。
「新商品だって‥‥旧商品知らないケド。食べてもいいの?」
龍騎が向かった試食コーナーは、沢山の人で賑わっている。
「むっ、このデザート美味しい‥‥これは記事になりそう!」
新聞部の取材も兼ねてるから、とマオはとりあえず横腹の事は忘れて食べていた。
「寒がりの身としては、温かいものも十二分に魅力的です‥‥」
穂鳥も様々な商品を口にしては時折店長やモブ子にセールスポイントを聞いたりしている。
桜木 真里(
ja5827)と嵯峨野 楓(
ja8257)も二人でがっつり試食しに。
「試食と聞いて! タダでいろいろ食べれるのは素晴らしいよねー、タダ最高!」
「デザートに力を入れてるみたいだから楽しみだな」
できれば全種類制覇を、と目論む二人。真里は一カ所で食べ過ぎないように、と気を付けはするものの‥‥。
「‥‥もう一個食べちゃおう」
甘い物好きの彼はなかなかそこから立ち去れないのだった。当然、楓もつきあうことになるわけだが。
「カロリー? さて何のことかな‥‥あっ中華まん! ショコラまんとかおやつっぽいのもあるねぇ」
彼女もすでにリミッター解除状態のようであった。
●大食い後半戦!
「それでは、大食いコンテスト、デザート部門の開幕です〜。それでは用意、スタート!」
SVの合図で幕が上がる。
「ただで飲み食いできるってのなら、参加しない理由はない」
シュークリームにロールケーキ、それにプリン・ア・ラ・モード。三種類のデザートを前に、龍崎海(
ja0565)は至福の表情だ。
「デザートだけ大量購入って普段できないから、デザートだけでお腹一杯にしたいってたまに思うんだよねぇ」
海はスプーンでプリンを豪快に掬うと、口に放り込む。
「むぐ‥‥味も美味しいが、心おきなく、スプーンで掬って食べれるのって気持ちいいなぁ」
何しろ、今日は時間一杯おかわりし放題なのだ。
「どのデザートも美味しくて沢山食べられるね!」
滅炎 雷(
ja4615)は三種のデザートを代わる代わるに口にして、その味を楽しんでいた。
デザートに力を入れている、というだけあって、どのデザートもなかなかの出来だ。
「やるからには優勝を目指すつもり‥‥だけど、やっぱり楽しまないとね」
そういいながらも、なかなかの食べっぷりである。
デザートの部にはラグナの姿もあった。焔への意地悪に失敗した憂さ晴らしではあったが。
「‥‥うん、だがうまいな。これはこれで」
実は甘党のラグナ。美味しいデザートが、少しでも彼の心を和らげてくれるといいのですが。
もう一人、天風 静流(
ja0373)もこちらに参加していた。
彼女はマイペースで食べ続けていく。
「早さも求められるだろうが、急ぎすぎても一杯一杯になるだけだしね」
時折水で適度に口の中をリフレッシュしつつ、それでも手はほとんど休めない。
「クリームは、後々胃にくるものがあるな‥‥」
それに、よく噛んで食べていたら早々に満腹してしまいそうだ。
「飲めるものは、飲んだ方がいいのかもしれない」
クリームの類は、噛まなくても問題なさそうだ。プリンもいけるだろうか。
「‥‥よし」
静流は新たなシュークリームに手を伸ばした。
「ありがとうございましたぁ!」
店員体験中の千種は商品を購入してくれたお客さんへ、爽やかな笑顔をプレゼント。
「笑顔が私の売りですからねっ☆」
その横では、白兎が淡々と商品を袋に詰めている。
「──ありがとうございました」
依頼ならともかく、金にならない場所で営業スマイルなどするつもりはない。彼の主義は徹底していた。
彩香は当初の目的通り試食全種目制覇を達成し、店長を驚愕させていた。
「全部となると量もなかなかあったと思うけど‥‥」
ひょっとして大食いに出たら優勝候補だったんじゃないだろうか、と思ったが、そこは口に出さずに飲み込んだ。
「こっちは当日の楽しみにもさせてもらうよ」
クリスマスケーキの予約票を示す彩香。もちろん、しっかり試食済みの上での予約であった。
「‥‥うん、私は、これに決めました」
たっぷり迷っていた穂鳥も決心し、予約票を書き始める。
「買わなかった分も、味の方は友達皆に伝えますので‥‥売り上げアップに貢献できるといいですけれども」
「助かります。是非お願いします」
モブ子は穂鳥に向かって丁寧に頭を下げた。
「おっ、クリスマスケーキも種類があるな‥‥!」
甘いものを存分に食べてご機嫌な真里は、クリスマスケーキも嬉々として試食する。
一方、楓はクリスマスコーナーに来た途端、テンションダウン。
「よし、予約しよう」
唐突に。
「ワンホール独り占めとか勝ち組だろ‥‥?」
死んだ目で言葉を吐く楓の様子を見た真里。
「嵯峨野が良ければ、クリスマス俺と一緒に遊んでくれないかな」
「え?」
その言葉で、楓の目に生気が戻った。
「‥‥どう、かな?」
「あっうん! 私でいいなら喜んで! 寧ろ是非っ」
(どうせ引き籠ってホモォしながらリア充氏ねするだけだし)
そんな思考はさておき楓が笑顔で応えると、真里も安心したような笑顔になった。
それから二人で試食して、ケーキをひとつ、予約する。二人のお気に入りはショートケーキ。好みもぴったり一致した。
「なんだか楽しみになってきたよ。誘い受けてくれてありがとう」
「私も久々に楽しみ〜。こっちこそ、ありがとね」
少し先の日を思って、共に笑う二人であった。
そんなほんわか青春風景もありつつ、デザート大食いも終盤戦。
「同じクリームでも、カスタードの濃厚さに生クリームのふわふわ感‥‥どちらも捨てがたい」
シュークリームとロールケーキを食べ比べつつ、海のペースはまだまだ衰えない。
だが、問題はあった。
「シュークリーム、他から噴出さないように素早く食べるのって難しいなぁ」
そう、気を付けないとせっかくのクリームがこぼれてしまうのだ。
海をはじめ、皆が苦労したこのポイントをもっとも華麗にクリアしたのが静流だった。
クリームを噛まずに飲む、という戦術は、クリームとシュー皮を別々に食べることにつながる。その結果、こぼすことをほとんど気にせずに食べることができたのだった。
「もうダメ、食べきれないよ〜」
果たしていくつ食べたのか、新しいセットを前に雷がついに根を上げたそのとき、終了の号令がかかった。
「はい、そこまで〜!」
「デザート部門の勝者は‥‥天風静流さんです! おめでとうございます〜!」
満腹のお腹をさすっていた雷だったが、視線の先にクリスマスコーナーがあることに気づく。
「ケーキも見てみようかな。気に入ったら予約しようっと」
試食となれば別腹‥‥なのだろうか。
静流への賞品はやはり、未発売となったお菓子の詰め合わせだった。
「それにしても、見事なスタイルですねぇ。こんなに食べちゃって、大丈夫ですか?」
SVの失礼なインタビューにも、静流は涼しい顔だ。
「確かに‥‥体重を気にしている人がこういう催しに参加したら後日体重計に乗るのが怖そうだね。
私は依頼で前線に出ることが多い分、体を動かす方だから大して気にもならないな」
つい先ほどまで大食いに参加していたとは思えないほどクールに言い切った。
この日からしばらくの間、戦闘依頼にやたら女生徒の姿が増えたという噂だが、それはまた別の話。
白兎がSVを呼び止めた。
「これ、この店のマニュアルの改善案です」
メモを渡されたSVはさっと目を通し、ほうと唸った。
「いい着眼点だね。使えるよ‥‥君、仕事できそうだね」
そう言われても白兎は表情一つ変えない。
「僕は、高いですよ」
「え、記事にしてくれるのかい?」
新聞部の次の号に載せるというマオの申し出に、店長は目を輝かせる。
「少しはお店の宣伝になるかな?」
「そりゃもう! 助かるよ」
大喜びの店長を見れば、取材と称して少々食べ過ぎた感のあるマオもその甲斐があったというものだ。
「こんなイベントやるコンビニなんて面白いし、ガンバってね!」
こうして久遠ヶ原のコンビニ限定出店は幕を下ろした。
今回は学園内に簡易出店をしたが本来のお店があるのは人工島のはずれである。
「ケーキ予約してくれた人、ちゃんと取りにこれるかな?」
「配達とかも考えた方がいいかもしれませんね‥‥」
文化祭が終わっても、またのご来店をお待ちしております。