駆けつけた撃退士たちが見たものは、報告にあったサーバントの他に、二つの人影。
一人はどうやら町の住人だ。避難警報は出ていたはずだが、逃げ遅れがいたらしい。
「私たちは撃退士です! 落ち着いて避難してください!」
沙 月子(
ja1773)がこんな時のためにと持参した拡声器が早速役に立つ。声を聞いた若者があわててこちらへ駆け出すのが見えた。
サーバントもこちらに気づく。ミノタウロスが一体、骸骨兵士は──七体。報告よりも一体少ない。
よく見れば、すでに一体動かぬ骨の固まりとなっている。
傍らに立っている赤黒い肌に緑の髪を持つその姿に、何人かはぴんときた。
以前、この地域であった戦闘の報告書を思い出したのだ。
「あの方は‥‥悪魔‥‥?」
エリス・K・マクミラン(
ja0016)が、そっと呟く。
「サーバントと悪魔が一緒に‥‥一体どういうことでしょうか」
想定していなかった事態に、首を傾げる。
「うむ、初任務から住民救出とは中々重大な任務であるな!」
若者を保護した雪風 時雨(
jb1445)は、ひとつ満足げにうなずいたあとで。
「ところで先輩方に聞きたいが、あそこで張り切っている御仁は何であろうか?」
「あれは‥‥悪魔ですよ。悪魔レガです」
軽く尋ねる時雨だが、鈴代 征治(
ja1305)の口調は重い。
「前情報にはあったかな?」
「聞いていませんよ‥‥」
蘇芳出雲(
ja0612)も緊張した面もちで悪魔を見つめた。
「つまり今回は『ババを引いた』というものであるな。うむ、奥が深い!」
時雨だけがどこかずれた反応である。
「あれが‥‥悪魔。私の父を冥魔に落とした存在‥‥」
一方で、征治の言葉を聞いた姫宮 うらら(
ja4932)は、薙刀を握る両手に力を込める。
彼女にとって、悪魔は自らの在り方を決定づけた存在。
(討てるならば、この身が裂かれて無残に散ろうとも‥‥)
それこそが、彼女の宿願。だが。
「どうやら、サーバントと戦っているようですし──こちらも、まずは任務を優先ですねー」
澄野・絣(
ja1044)のそんな言葉が、彼女を押しとどめる。
自分たちの任務は、サーバントを撃破して住民を守ることだ。
「悪魔に対して思うところがあるのかも知れませんが‥‥まずは、私たちの任務を果たしましょう」
エリスの言葉に、うららは頷いた。
「Tick Tack‥‥おいで、ヴィネー」
カシモラル=ファウスト(
jb0689)が左目に浮かんだ時計の文字盤が午前五時を指し示す。
そして現れたのは、猛る獅子の如き鬣を持つ竜。
彼女にとっては、悪魔などどうでもいい。自らの芸術──彼女の身のうちの「殺意」を表現することのみが、関心事項だ。
「レガ!」
戦場へと駆け込んでくる征治らに、レガはゆっくりと向き直った。
「こちらは、サーバントの撃破が目的です──あなたに干渉するつもりはありません」
「今回、お前との戦闘の意志はない! 手を出さずそこで見ていろ!」
エリスと征治の言葉を聞き、レガは不敵に笑う。
「ほう、手を出すな、か‥‥。面白い。お手並み拝見といこう」
そういうと、隙をついて斬り込んできたミノタウロスの一撃を躱し、背後に回ると足で征治たちに向かって蹴り出してきた!
「せいぜい楽しませてくれ」
どうやら悪魔の方も、サーバントと撃退士をまとめて相手にするつもりはないようだ。
警戒は解かないままに、メンバーはサーバントに集中をする。
レガによって押し出されてきたミノタウロスは、そのまま正面にいた出雲に向かって斧を振るう。
対して出雲は「旋」の動きでその一撃を受け流す。舞を舞うが如き流麗な動きは、剣戟の音すら響かせない。
そこへすかさず征治が迫り、斧槍を突き出す。切っ先がミノタウロスの二の腕を捉え、牛頭の巨人は鼻息荒く征治を見据えた。
(今日のメンバーでは俺が一番実戦経験が多い──こいつは抑える!)
引かぬ覚悟で、征治は武器を構えなおした。
出雲と征治がミノタウロスを抑えている隙に、エリスたち残りのメンバーは骸骨兵士を掃討する。
「さあ、我の初戦闘、とくと見よ!」
スレイプニルを召喚した時雨は、アサルトライフルを敵の群に向かって撃ち込んだ。
それを呼び水として、エリスとうららが骸骨兵士たちに突っ込んでいく。
まずは弓を持つ骸骨を先に倒してしまいたいところだが、敵も陣形をくんで後衛を守る形だ。
「ならば、まずは突破を!」
うららの声に呼応するように、エリスが最前線で気を練り始める。彼女の手元には小さな魔法陣。
身動きのとれないエリスを狙おうと近寄る骸骨兵は、うららが蹴散らす。別の一体には月子が『咎釘』の力で足止めを。
「援護に感謝します‥‥」
数秒生まれる隙を埋めてもらったエリスは、間近の一体に狙いを定める。その右手には練り上げた気が黒い炎となって燃えていた。
骸骨兵士に重い一撃を叩きつける。赤い魔法陣が浮かび上がった後、黒炎が爆ぜた。
「ほう」
レガが感心したような声を出す。先ほどレガがそうしたように、エリスは一撃で骸骨兵士を砕いて見せたのだった。
だが骸骨兵士はまだ六体。弓を持つ二体は、後方の二人を狙う。絣に、月子だ。
前衛が抑えている間にやっかいな後衛からつぶす。作戦は向こうも同じらしい。
風切り音一つ。月子は避けきれず、魔装を裂かれた二の腕から血が滴る。
だが彼女は、傷口を指でなぞると笑みを浮かべた。
「この程度の攻撃では、私の心に響きませんね」
負傷したにもかかわらず、穏やかに、深く笑う。
「あら‥‥、みんな暴れたいのね」
手にした魔法書をひとつ、撫でて。
「それじゃあ、行きなさい」
放たれた魔法は、うららが空けた射線を縫って骸骨兵士を貫いた。
「私を退屈させないでください」
どこまでも深い笑みを刻んで。
「うららさん、右からきます!」
後方から戦況を見渡す絣の声が飛ぶ。前衛が囲まれないように、後衛のメンバーは声でも支援していた。
時雨はスレイプニルを使役し、前衛の骸骨兵士を蹴り飛ばさせる。彼の隣にたつカシモラルは、自らヴィネーと呼ぶ竜に向かって淡々と告げた。
「さあ、ショータイムよ」
竜は応じて咆哮し、力を込めたブレスを放つ。弓を持つ骸骨兵士が一体、物言わぬしゃれこうべとなった。
並び立つ二頭の竜の姿は、壮観であった。
戦いはすすみ、敵の数は順調に減っていく。回復役がいないこともあってメンバーは皆なにかしら負傷していたが、展開は間違いなく撃退士たちへ傾いていた。
ミノタウロスは出雲と征治が巧みに抑えている。骸骨兵士たちもすでに弓を持つものは倒れ、残りは三体。数の上でも差がつき始めている。
「‥‥これはもう、決まりか」
冒頭の言葉通り、手出しはせずに戦況を見ていたレガだったが、ゆらりと体を起こした。
今なお戦闘が続く、その中心へとむかって、右手を差し上げる。
その動きに、月子が気づいた。
(──何か、)
それより先は、頭で考えるよりも体が動いた。
戦場に少々場違いな甲高いホイッスルの音が響きわたる。
戦っていたものたちは一瞬手を止め、──レガを見た。
なにか異変があるとするならば、悪魔の動きとしか思えないのだから。
果たして、レガは笑っていた。右手がこちらに向いている。
指先から火花が生じ──戦いの中心で炸裂した。
白い煙が立ちこめる。レガの放った爆発は、残っていた骸骨兵士たちをまとめて吹き飛ばした。
狙いは撃退士たちのいた位置よりわずかばかり、骸骨兵士よりに振られていたらしい。月子の警鐘もあって、前線で渡り合っていたものたちはかろうじて難を逃れていた。
だが、警戒していなければ巻き込まれていただろう。
「貴様、何のつもりだ!」
激昂したのは出雲だ。悪魔に向かって敢然と言い放ち、手にしていた大鎌を突きつける。
レガは余裕の笑みを崩さない。
「手伝ってやったのではないか」
「ぬけぬけと‥‥!」
いつもは穏やかで丁寧な口調で語る出雲だが、レガに対しては敵愾心を隠そうともしない。
ここで悪魔に手を出せばどんなことになるのか、わからないわけではない。だが、彼が生来持つまっすぐな気質が、自らを引かせることを許さないのだ。
レガは悠然と出雲を見据える。手を出してくるのを待っているかのようだ。
そこへ、柔らかな声が差し込まれた。
「優先順位を見失ってはいけませんよー。まずはお仕事を片づけましょう」
絣がやってきて、出雲を制したのだ。
彼女は落ち着いた物腰のまま、レガと出雲の間にすっと立った。
「ふん、女の方が状況が見えているではないか」
「なんだと!?」
憤慨する出雲に、レガは顎をしゃくって見せた。
「雑魚は散らしてやったが、でかいのがまだ残っているぞ?」
そう、ミノタウロスはまだ健在なのだ。
レガはまた、傍観の体に戻るようだ。出雲は最後に一度、レガを睨みつけると、戦線へと戻っていった。
レガの一撃で、骸骨兵士が一掃されたのは確かだ。
ただ一頭となったミノタウロスは、それでも怯むことなく斧を振るう。その表情は怒りに染められていた。
征治が瞬時に顕現させた盾でその斧を受け止める。今日何度か味わった脳天を揺さぶられるような衝撃は、しかし今度はこなかった。再召喚されたカシモラルのストレイシオン=ヴィネーの力だ。
死角へと回ったエリスが、練気法陣で力をためる。骸骨兵士を一撃で吹き飛ばした技が、巨人の脇腹を深く抉った。
ミノタウロスの動きが止まる。メンバーはそこへ攻撃を集中させた。
最後は、一度も引くことなく渡り合った征治。
「これで‥‥、吹き飛べっ!!」
全体重を乗せた斧槍の一撃が、正面からミノタウロスを突く。
牛頭の巨人は言葉通りに数メートル吹き飛び、そして動かなくなったのだった。
パン、パン、と緩やかに手が打ち鳴らされる。
「中々見事な手並みだった‥‥おかげで私は少々暇を持て余してしまったがね」
レガはゆっくりと、撃退士たちに近づいてくる。
「どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」
それを止めたのは、月子の一言だ。
狂気の笑みを納めた彼女は、淡々と問う。
レガはその真っ直ぐな視線につかの間目を合わせた。
「ちょっとした退屈しのぎだ、と答えておこう」
「あなたは助けたと思っていないのでしょうが、住民の方を助けてくれてありがとうございました」
月子がそういうと、その後ろで時雨が大仰に頷いた。
「うむ、市民の救出にご協力頂いたこと、我からも礼を言おう!」
二人の礼の言葉を聞いたレガは、くつくつと肩を揺すって笑った。
「感謝の言葉を述べる横で、憎しみのような感情を隠しもせずにこちらを見ている──やはり、お前たちは面白いな」
レガが見やったのは、うららだ。
「退屈しのぎにと、言いましたね」
努めて感情を抑えた声で、彼女は言う。
「戯れにと。退屈しのぎにと。あなた方悪魔はその様な理由で人を殺め、人を堕とすのですか?」
レガはしばし思案した後、答えた。
「──そうだ、と言ったら?」
ぎり、と歯を食いしばる音が聞こえる。
そのとき、悪魔と撃退士の境界線に、一本の発煙筒が投げ込まれた。
「時雨さん!」
「よし!」
声に併せて時雨が再召喚したスレイプニルが、ブレスを放ち道を穿って粉塵を巻き上げる。
「なにが面白いのかわかりませんが、こっちは全然面白くないです。失礼しますっ」
煙の向こうから、征治の声が聞こえた。
「急いで撤退しましょう!」
征治が促して、メンバーは走り出す。だが。
「その様に逃げると、追いたくなるではないか」
数十メートルと行かないうちに、煙からレガが飛び出してきた!
それを見て、うららが足を止める。
「時を稼ぎます。その間にみなさんは撤退を」
リボンを解き、薙刀を構えて仁王立ちに。
「ほう、いい度胸だ!」
「姫宮うらら、獅子となりて参ります‥‥!」
疾風の如き勢いで迫るレガの鉄拳を、うららは避けようともしなかった。
受ける技も持たぬままに、その一撃を正面からくらったのだ。
一歩、二歩と後ずさる。だが、彼女は倒れなかった。
のけぞった体を起こすと、力のこもった視線でレガを見返す。
倒れてなど、やるものか。
その強い覚悟が、ぎらつく光となって両眼からあふれる。
「見上げたものだ」
レガは立ち止まり、右腕をあげる。
「ならば、これはどうだ?」
うららは動かない。
彼女は負傷をしていないのではない。体内に激しく巡らせたアウルによって、痛みを感じないようにしているだけだ。すでに肉体は限界を超え、もう一撃受ければ、スキルが切れた後で無事にすむ保証などどこにもなかった。
悪魔の右腕から放たれた光線が、一直線にうららを襲う。
が、彼女の眼前でそれは防がれた。
「ぐううっ‥‥!」
立ちふさがったのは、征治だった。うららとは違い、シールドを構えはしたものの、魔法の熱は容赦なく彼を灼く。
ミノタウロス戦でのダメージも蓄積している。だがそれでも、根性で彼は耐えきった。
「逃げるのではないのか?」
嘲笑を含むようなレガの問い。征治が答えるのを待たず、再び右腕を振るおうとする。
そこへ、矢が一射、射かけられた。足下を穿ったアウルの矢に、レガは動きを止めてそちらを見た。
絣が弓を構えて立っていた。
「お友達になりたい、というなら笛の一つも吹いて差し上げようと思いましたが‥‥これ以上私の仲間を傷つけるというなら次は当てる気で行きますよー」
穏やかな口調でありながら毅然とした態度で、つがえた矢の切っ先をレガへと向けた。
「そちらが先に納めてくれませんか‥‥こちらはなにぶん臆病なので」
出雲もまた武器を構え、前に立つ。
戦いが避けられないのなら、命をも賭す覚悟。だが──。
「──いいだろう」
しばしの沈黙の後、レガが答えた。
「退屈しのぎは十分だ。この辺にしておくとしよう」
戦いの構えを解いた後で、レガは付け加える。
「今から君たちを叩き潰したところで、これ以上の楽しみはないだろうからな」
その言葉に、出雲は歯噛みする。
「‥‥あまり人間を舐めるなよ、悪魔」
「いずれ貴方に肉薄する撃退士が現れるかも知れません。それは私達か、別の撃退士かも知れませんが」
エリスの言葉に、レガはにやりと笑った。
「期待させてもらおう。──さあ、行きたまえ。後ろから撃ったりはしないさ」
●
「本物の悪魔さん、初めて見ました」
帰り道。月子が思い出したように、ぽつりと言った。
「うむ。我自身が未熟ゆえに相手が出来なかったが──、一流となったときに縁があったなら、そのときは堂々と戦いたいものだな!」
時雨は高笑い。
「今はまだ、時ではない──それだけのことよ」
カシモラルもそう言うと、帽子を目深にかぶった。
「住民の方も、みなさんも、無事でよかったですねー」
絣の背には、うららが背負われている。
スキルが切れるなり気を失った彼女の安らかな寝息が、絣の肩を優しくくすぐっていた。