「ふふふ‥‥」
まだ薄暗い夜明け前。可視原 一九(
jb0967)は油の煮えたぎる鍋を前に笑みを浮かべていた。
「子供達が狙われ、命奪われる未来‥‥か。悲しいものだな」
鍋をのぞき込みながら、誰にともなく呟いている。
「変えねばなるまい、運命を調律する者として──この、僕が」
──ピピピピッ。
「おっと、時間だ」
そんな脳内設定を口にしていたら、タイマーが音を鳴らした。
鍋から取り上げる唐揚げはいい色だ。
大きめのバスケットは、すでに色とりどりのおかずで埋まりつつあった。
●
「ガキの遠足の御守りねェ‥‥そんな事までやんだな撃退士ってのは」
保育園へやってきた長門 一護(
jb1011)は、案内された中庭へ向かう。
そこには、今日一緒になる子供達と、他のメンバーがすでに集まっていた。
中庭はざわざわと騒がしい。子供達も出発前でテンションが高いのだろう。遊具で遊んでいる者達もいる。
「これで全員、やねぇ。ほな、皆に集まってもらおうか」
大和田 みちる(
jb0664)の言葉に、末松 愛(
ja0486)がうなずいた。
「よしみんな、集合ー!」
愛や、引率の保育士が呼びかけて、園児達が集まってくる。
「ん‥‥全員?」
一護は首を傾げる。
自分に、みちる、愛がいて、壁際には一九と、シャノン・クロフォード(
jb1000)も立っていた。
それに、春苑 佳澄(jz0098)を加えて、六人。
確か今日、撃退士は七人だったはず‥‥。
見回すと、園児達の中に混じって、頭一つ大きな人影が。
「おっ、集合かかったみたいや。みんな、行こか!」
廿九日 神無(
jb1012)は早くも園児達に溶け込んで、一緒に遊んでいたのだった。
「四人ずつにちゃんと分かれた? 今日はこの班でみんな動いてもらうからな」
と、愛。
「このブザーが鳴ったら、緊急事態だ。出来るだけみんなで一カ所に集まるように。間違っても一人で離れたりするなよ」
携帯ブザーを示しながらの一九に、子供達が元気良く返事を返す。
「でも、心配はいらんよ」
みちるは、たおやかな笑みを浮かべたまま、光纏した。
はらはらと舞い落ちる鮮やかな紅の光が彼女を包む。
「怖い天魔が現れても、うちらがやっつけたげるからな」
「きれいー」
「お姉ちゃん、かっこいいね!」
子供達から、歓声が上がった。
「今日はよろしくお願いします‥‥!」
「はい、よろしくお願いします」
ずいぶん緊張した様子の保育士に、シャノンは淡々と挨拶を返す。
(ただのハイキングで敵地に乗り込む兵隊みたいな空気はどうなの‥‥)
二十人の子供達に、七人の撃退士。ちょっと遠出をするだけなのに、ずいぶんな警戒であるように思える。
(あたしはあくまであたしの為──撃退士のとして経験が積めれば、それでいい)
●
森の中のハイキングコースを、子供達の明るい歌声が進んでいく。
保育士と愛を先頭に、四人ずつに分けた子供達を二列に並べ、中程にシャノンと一九、脇にみちると神無。最後尾に一護と佳澄。
歌を歌おう、はみんなのアイデア。一護は保育園で習う童謡をいくつか覚えてきていたし、一九は手製の歌詞カードを作ってきていた。
「なんで僕がこんな子供みたいなこと‥‥」
そう言いつつも、子供達が歌詞カードを手に「この歌知ってる!」などとワイワイ盛り上がるのを見てちょっとうれしそうである。
一護も皆と一緒に歌う。周りが女性や子供ばかりなので、一人だけ野太い声が混じることになるが、気にしない。子供達にも受けているようだ。
「一護くん、すっかりみんなと仲良しだね!」
隣を歩く佳澄がそう言うと、
「あん? 精神年齢が同じだから仲が良いってか?」
「そ、そう言う意味じゃないよ」
「へっ、うるせェよ」
慌てる佳澄に、一護は豪快に笑い飛ばした。
一九が準備してきたカードの歌を一通り歌ってしまった後は、みちるがアニメの主題歌や童謡を歌ってみせる。
知っている者は一緒に歌い、知らない者も彼女の澄んだソプラノの歌声に目を細めていた。
トラブルもなく進む道。
ただ、二十人も子供がいれば、言うことを聞かない子というものも多少は出てくるというもので。
男の子が一人、隙を狙って、そっと列から離れていく。
そのまま駆けだそうと‥‥。
「おぉっと。どこへ行こうってんだ?」
しかし、最後尾から一護が園児達をしっかり見守っていた。
「あ、くそ。はなせよぉ」
首根っこを抑えられて、じたばたとする。
「はいはい、言うこと聞かない子はお姉ちゃんと手をつないで歩こうねー」
シャノンが近づいて男の子の手をさっと取り、列に戻す。
「列を乱した子は、罰として一人で歌ってもらおうかな?」
愛の言葉に「じょ、じょーだんだろー?」とうろたえて、園児達から笑いが。
「じゃあ、みんなの前で、ごめんなさい、な?」
「うー‥‥ごめん、なさい‥‥」
「へへっ、よし!」
謝罪の言葉を聞いて、愛はニカッと笑顔を見せた。
●
結局行きは何事もなく、目的地の広場へと到着した。
「時間もちょうどええし、ここでお弁当やねえ」
みちるが言うと、周りから歓声が上がる。
出発前に分けた園児四人の班に撃退士達がつく。それぞれ設置してある木製のテーブルに陣取ったり、芝生のうえにシートを引いて座ったり。
「いただきまーす!」
楽しいお弁当の時間。
「お姉ちゃんのおべんとう、てづくり?」
「これ、俺と兄ちゃん達の合作!」
弁当箱をのぞき込んで聞いてきた子に答える愛。
いつでも元気で明るい愛だが、兄について語るときには、自然とその笑顔が深くなる。
「あたしのは、おかーさんがつくってくれたのー」
「どれどれ‥‥うわぁ、手が込んでるな!」
見せあいっこしたり、好きなおかずを教えあったり。
依頼で来た以上、今日一日の付き合いでしかない。顔を覚える努力も、緊急時に困らないため‥‥そうは言っても、やっぱり仲良く、楽しくしたい。
「ほら、おべんとがほっぺについてしまってるよ」
おにぎりにかぶりつく男の子の頬を、みちるは微笑みながら拭ってあげる。
元気のよい子供達と触れ合うのは、楽しい。
「お姉さんのたまごやき、きれー」
「食べてみる? 関西風の味付けやけど」
出汁のきいた故郷の味を、子供達にもお裾分けする。
一九が早朝から頑張って作ったたくさんのおかずは、皆の注目を集めていた。
「すごいな、これひとりで食べるのかー?」
「そんなわけないだろう」
ぶっきらぼうに答えを返す一九。
「‥‥ハイキング、その、お弁当わけっこしたり、するものだろう」
「じゃあ、もらっていいの?」
目を輝かせる子供達に、頷こうと。
「おっ、一つもらうぜ」
そこへ一護がやってきて、唐揚げと卵焼きを一つずつ、両手でひょいと摘んでいく。
どうやら彼は、自分で用意した弁当はとっくに平らげてしまったようだ。
「旨いじゃねェか。ごちそうさん」
「あ、ああ‥‥」
一護はひらひらと手を振って、他のグループの方へ向かっていった。
子供達も集まって、おかずに手を伸ばす。
(別に変なことはしてない、してないんだ)
こんなの自分のキャラじゃない、と頭の隅では考えながらも、おかずが減っていくのが嬉しい一九である。
手作りお弁当を用意しなかった者達ももちろんいる。
一護もそうだったし、シャノンや神無、佳澄もそうだ。
「あたしは別に料理できない訳じゃ‥‥ちょっと作る時間がなかっただけ」
「そうなんですね。あたしはぜんぜんできなくて」
佳澄は疑わなかったが、シャノンのそれは言い訳。
いや、実際出来ないわけではない。──ただちょっと殺人的な腕前であるというだけで。
「ごちそーさま! 自然の中で食べるとまた違うんやな」
神無はコンビニのおにぎりを食べ終わって両手を合わせた。
彼の場合、コンビニの食べ物だって嫌いじゃない。むしろ好きなのだ。
「ねぇ、もっとおはなし、して?」
学園に来る前に過ごしていたサーカスの話題は、子供達にも好評だった。
「そうやな、それもええけど‥‥」
周りも食事が一段落ついたころ。
「よーし、ならちょっとえぇモン見せたろかな!」
立ち上がって、子供達を少しばかり遠ざける。
「おいで! ヒリュウ!」
呼びかけると、朱色の体を持った小さな竜が、彼の肩越しに姿を見せた。
わあっと歓声が上がり、他の班でお弁当を食べていた子供達も、何事かとよってくる。
神無が腕を回すのに合わせ、ヒリュウはくるりと一回転してみせた。
そうやって少しの間パフォーマンスさせた後、ヒリュウを上空へとあげる。
ついでに、広場の周辺の様子も確認しておこうというわけだ。
空を舞うヒリュウと視覚を共有すると、高いところからの視界が重なって見えた。
「‥‥ん、アレは狐さんか?」
木々の切れ目から広場を囲むようにして、するすると動く狐らしき姿が見える。
一匹、二匹‥‥そして三匹目。
狐が、大きな樹木をするりと『通り抜けた』。
緊張が走る。
「みんな気ぃ付け! 敵さんかもや!」
ブザーを鳴らし、メンバーを呼び寄せた。
●
子供達は保育士が一カ所に集めた。皆不安そうな顔で、撃退士を見つめている。
「怖くないから、絶対に守るから」
みちるが子供の頭をぽんぽんと優しくたたいて勇気づける。
光纏したシャノンを見上げているのは、ついさっき脱走を計った男の子。
「お姉ちゃん達に任せれば、大丈夫」
そう言ってやると、神妙な顔で頷いた。
森の中の狐が、徐々に距離を詰めてくる。
やがて、そのときは来た。前方から三匹、一度に飛び出す!
「ギタギタにしてやらァ!」
一護が喜々として正面の一匹を迎え打つ。愛も弓で一射後、メタルレガースで接近戦だ。
「佳澄、手前も来い! ガキ共を守るんだろ? ならやるしかねぇ!」
「うん、一護くん!」
もう一匹は、佳澄が請け負う。前衛の阿修羅三人で、ちょうど同数。
これなら抑えきれるだろう、と一九は援護に徹しようとする、その矢先。
別方向、左右からさらに一匹ずつ飛び出してくる。
こうなれば、自分が抑えるしかない!
「見るな! 怖かったら耳と目塞いでしゃがんでろ!」
言い捨て、大鎌を構えて右からの一匹へと向かう。
(‥‥そうや。目をつむっとき)
一九の言葉にみんな従ってくれればいい。みちるは心からそう思った。
本当の戦いはアニメとは違う。撃退士も、ただのヒーローではいられない。
怖がらせたくない。天魔のことも、自分達も。
左から現れた一匹には、シャノン。
「──こっちよ、こっち!」
抜き身の刀を構え、狐を挑発するが、攻撃に踏み出せない。
初めての実戦。天魔を目の当たりにしても、それでも。
攻撃すれば、目の前の存在は傷つくことになる。そう思ったら、体が動かないのだ。
ついに狐がシャノンを捉え、肩を斬り裂かれる。
傷つきたくない、でも、傷つけたくない。
呼吸ばかりが速くなる。
再び狐が襲いかかる、その横腹を、銃弾が一発貫いた。
「クロフォード先輩!」
様子に気づいた佳澄が彼女を援護したのだ。
さらに、神無のヒリュウが狐に飛びかかり、動きを抑える。
「シャノンねーちゃん、大丈夫か!?」
後方の彼を見やると、子供達が視界にはいる。
見られている、と思ったら、体が動いた。
何も考えずに、脈動する刀に引かれるように──。
「先輩、お怪我は‥‥」
佳澄が近づき、シャノンを気遣う。
「‥‥平気、よ」
荒い息を調えながら、それだけ、答えた。
一九もまた、初実戦だ。
外見は動物とそう変わらないが、牙を剥き、爪をギラリと光らせて襲いくる敵の姿は。
怖い。
頭で妄想していた設定など、持ち出す余裕はない。生身と生身。本当の自分でしか、天魔には立ち向かえない。
だけど。
「ウオオオオオッ! 絶対! 絶対絶対そこを! 動くんじゃねェぞオオオ!!」
自分の後ろには、二十一人の戦えない人たちがいて。
自分に戦う力があるのは、妄想じゃない。
足が震えても、目が涙で霞んでも、それだけは本当のことだから。
スキルを使い果たした一九は、大鎌を必死で振るう。
子供達の方にだけは行かせないようにと、最後は、それだけ。
気づいたときには、目の前の敵は動かなくなっていた。
「はあっ、はあっ‥‥!」
興奮のあまり、傷の痛みにさえ、彼女はしばらく気付けずにいた。
一方、前衛の愛と一護。
佳澄が後方支援に下がったことで、一時的に二対三になる。
「痛っ‥‥このーっ!」
二匹同時に狙われて、ひっかき傷をもらう愛。
反撃は、一匹を捉えるのが精一杯だ。
「このっ、ちょこまかと!」
一護も鈎爪を振るって奮闘しているが、敵もなかなかすばしこい。
手負いの一匹が二人の間をすり抜けて、先へ。
当然そこには、子供達がいる。
(怪我なんてさせねぇ、絶対に守ってやる!)
振り返り、追おうとする一護。
だが数メートル先で、天魔の体は唐突に爆ぜた。
「後ろからでも、甘くみんといて!」
みちるの援護が間に合ったのだ。
神無のヒリュウと佳澄も再び前衛に合流し、一気の攻勢へ。
「これで、最後!」
愛が豪快な回し蹴りで天魔をはじき飛ばし、
「よっしゃァ、止めだ!」
一護の痛烈な一撃で見事最後の一匹を仕留めたのだった。
●
帰り道。
疲れた子供はおぶったり、手を引いたりして来た道を戻る。
「愛ちゃんは、怪我大丈夫?」
佳澄が、子供を背負っている愛へ声をかける。
「へーき。俺、これでも撃退士だから! それに、怪我だったら一護の方がひどいぞ」
「へっ、こんなのたいしたこたぁねェさ」
笑う一護。その背でも、安らかな寝息が聞こえている。
シャノンが手を引いているのは、行きと同じ男の子。だけど当初のやんちゃっぷりは影を潜め、おとなしい。
男の子は行きの時よりもやけにしっかりと、手を握り返してくる。
小さな手は、ずいぶんと熱く感じられた。
●
一行は無事、出発地の保育園へとたどり着いた。
「ありがとうございました」
引率の保育士が、深々と礼をする。
「怪我人がなくて、よかったです」
みちるが挨拶を返し、これで依頼は終わり。
立ち去ろうとしたそこへ、女の子が一人、駆け寄って。
「おねーちゃん、ありがとう。かっこよかった!」
にっこり、笑った。
それが合図のように、子供達がまた集まってくる。
「またサーカスのおはなし、しにきてね?」
「おべんと、おいしかった!」
神無や、一九のところにも。
「げきたいしさん、ステキだった!」
「また、あそびにこいよなー」
「‥‥まってる、ね」
愛にも、シャノンにも、一護にも。
子供達が口々に、お礼を言いにやってくる。
怖い思いも、したけれど。
きっと今日という日は、思い出深い日になったのだ。
●
「あーあ、つまんねー仕事だったぜ!」
子供達と別れて、一護は首をぱきぽき鳴らす。
「次はもっと強ェのと喧嘩してぇなぁ」
言葉遣いは不満げ、でも。
「一護くん、顔が笑ってるよ?」
「うるせェよ」
撃退士たちの間に、穏やかな笑いが広がっていった。