「こちらです」
潮崎 紘乃(jz0117)に先導されてラークスのメンバーがやってきたのは、学園の来客用応接室である。
出迎えるのは、六人の学生たち。
「また会う機会があるとは思っていませんでしたよ」
先頭で入ってきた道倉に向かって右手を差し出したのは、常磐木 万寿(
ja4472)。
彼は以前、撃退士に挑戦するためやってきた道倉、獅号と対戦した経験があった。
「今回も面倒をかけるな。そちらは確か、了にファンの大切さを訴えたお嬢さんだったな?」
万寿と握手を交わした道倉は、六道 鈴音(
ja4192)にも声を掛けた。
「はい、お久しぶりです!」
彼女もまた、獅号と対戦した撃退士の一人だ。
獅号はといえば、ぎこちない表情で道倉の後に立っている。背後にいる浅野と芝丘のことが気にかかっているのだろう。
その二人はといえば、露骨に顔に出してはいないものの、上機嫌でないことは一目瞭然だった。
撃退士──獅号がやたらと肩入れする彼らが生活する学園にきたのは、偏に先輩である道倉に連れてこられたからである。
紘乃は仕事へ戻り、全員が一通り挨拶をすませたところで、道倉の元へと寄ってくるものがいた。天道 冥(
ja9937)だ。
袖を引いて注意を向けると、ぽつりと一言。
「野球は好き?」
そう聞いた。
「うん? そうだな、好きだから続けてこられたんだろうなあ」
「そう」
道倉の答えを聞くと、今度は隣の芝丘へ、同じ問い。
「そりゃあ、もちろん」
続いて浅野。
「好きか嫌いかってことなら‥‥やっぱり好き、かな」
そして最後に、獅号の元へ。
「好きも嫌いもないよ。俺には野球しかないからな」
四者四様の答えを聞いた冥は、やはり「そう」とだけ言ってその場を離れた。
「それじゃ、ここからしばらくは三人別々にお話を伺いましょう」
鈴音の言葉に、浅野がきょとんとする。
「別の部屋を用意してますので‥‥こちらへ‥‥」
そんな彼を、Lime Sis(
ja0916)が応接室の外へと連れていく。
「芝丘さんは、俺と行きましょう」
芝丘は万寿が部屋から連れ出した。
「私も、浅野選手の方に行きますね」
部屋を出ようとした鈴音に、道倉が。
「俺はフリーでいいのか?」
「ああーっと‥‥」
そういえば、彼をどうするのか決めていない。
「それじゃ、一足先にボクの店に来てもらうのはどうです?」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が助け舟を出した。
「ん、店?」
「気に入ってくれるといいな☆」
「‥‥俺は?」
部屋に残されたのは、獅号の他に二人。
無表情で彼を見つめる冥と、
「よろしくお願いしますー」
目を細めてなつっこい笑顔を浮かべる木南平弥(
ja2513)だった。
●
「──俺が気に入らないのは、あいつらがもっとやれるはずなのに、そうしないってことだ。他人を僻んでる暇があるなら、その間にもっと努力すればいい」
「なるほど」
平弥は適度に相づちを打ちながら、獅号に言葉を紡がせていく。
「最後のシーズンってことで焦る気持ちもわかります。せやけど、チームの雰囲気が悪ければ勝てる試合も勝てませんよ」
「そりゃ、わかっちゃいるが‥‥」
「最後だからこそ、『このチームで頑張ってきて良かった』と思えるシーズンにしたらええんとちゃいます?」
平弥の言葉が正論であることは、獅号も理解してはいるのだろう。
「ほな、俺は一旦失礼します」
平弥が席を立つ。
「あと、よろしゅうにな」
「わかった」
冥に声をかけ、彼は部屋を後にした。
これで二人きり。
無表情の冥に顔を向けられ、獅号は困ったような顔をした。
「あー‥‥お前もいったらどうだ? 伸‥‥芝丘は子供、好きだぞ」
どうも、子供の相手が苦手のようである。
だが冥はお構いなしに口を開く。
「皆に謝った方がいい」
「俺が、か?」
獅号の言葉に、冥はこくん、とうなずいた。
「普通の人と化物を比較するのは良くない」
抑揚なく発された言葉。
「化物?」
「施設にいたとき近くをうろついていた天魔を追い払ったらそう言われた」
冥は光纏した。同時に顕現した身の丈を上回る大剣を、易々と振るってみせる。
「だから冥は化物」
失望も自嘲もこもらない。ただ認識している事実として。
撃退士を──自らを、化物だと言ったのだ。
「獅号、力に目覚めて夢を諦めてしまった人がいることはわかって欲しい」
アウルに目覚めれば、超人的な力を得る──だがその力を、競技の中で使うことはできない。
「それは、分かってるつもりだ。俺だって少しは勉強したからな」
獅号はそう言うと、頭をガリガリと掻いた。
「わかった、そんな目で見るな。‥‥謝ればいいんだろ。子供にまで面倒かけて肩肘張っても、仕方ないしな」
「それがいい」
「言っとくが。俺は撃退士を化物だ、なんて思っちゃいないぞ。まぁ、大した奴らだとは思うけどな。ただ、お前は──」
「?」
「もう少し、子供なら子供らしい顔をしてくれ。こう、にーっと笑うとか、がーっと怒るとか。子供ってのはそういうもんだろ」
「ライムちゃん、か。俺のこと知ってる? 高校時代は結構有名だったんだぜ」
「すみません‥‥野球の知識は‥‥姉のマンガくらいしかなくて‥‥」
「‥‥さすがに小学生くらいじゃもうわかんないか」
「あの‥‥一応、高校生‥‥です」
「え!? あ、ゴメン!」
浅野と言葉を交わすLime。幼く見える自覚はあっても、面と向かって言われてしまうとやはりちょっと凹む。
そこへ、室外から鳴り響く音。
「ぶ。これ、俺の応援歌じゃんか」
入ってきたのは、ラジカセを抱えた鈴音だった。ラークスのユニフォーム姿(背番号は道倉)だ。
「‥‥君、気合い入ってるね」
「獅号投手との対戦以来、ラークスを応援してます!」
「ところで‥‥道倉さんから、先日のやりとりについて聞きましたが‥‥」
「うっ」
それまで打ち解けた雰囲気で会話が続いていたが、Limeの言葉に浅野はさすがに渋い顔をした。
「多分‥‥本心から出ている言葉ではないのだと思いますが‥‥」
「そりゃあ、さ」
ばつが悪そうに下を向く。
「最近の獅号さんって、こっちを見てないっていうか‥‥俺は一軍に残れるかどうか、ってところなのに、どんどん高い目標ばかり挙げて‥‥しまいには撃退士、だからさあ‥‥あ」
思わず口をふさぐ浅野だが、Limeはそれには構わず。
「言葉の内にある真意は伝わりづらく‥‥外を飾る害意は伝わりやすい物ですから‥‥」
「でも今はポジションも違うし‥‥」
「疎遠気味になったっていうても、師弟関係ってのはそう簡単に途切れるものやないと思うんです」
少し前に合流した平弥がタイミング良く会話に割って入った。
「ポジションが離れても、同じチームの一員。また、昔みたいに信じ合ってみればいいと思いますよ」
ゆっくりと、うなずく浅野。あとは、獅号次第か。
鈴音が時計を見た。
「さ、そろそろみんなの所に行きましょうか」
「そういえば、ゆっきーは最近夏バテ気味ですか?」
「へっ?」
「春先より身体の開きが早くなってますよ。だからボールの見際めがコンマ数秒早くなって、そのせいでボール球に手を出すことが最近多い気がしたから‥‥」
「それ、どこの解説者が言ってたの?」
「最近ネット裏観戦したときの感想です」
「君、ホント気合い入ってるねぇ」
「ファンですから!」
呆れたような声を出しながらも、浅野は楽しそうに笑った。
「膝ですか」
「ああ、もう三回メスが入ってる」
万寿の言葉に、芝丘は右膝を軽くさすって見せた。
二人は校舎の外で、ベンチに腰掛けて会話をしていた。
時折二人のそばを他の学生が通り抜けていく。
「大学は結局、ほとんどリハビリだけしてたような物だったな‥‥」
「苦労してるんですね」
万寿が言うと、芝丘はニヤリと笑った。
「君も、いろいろと経験してそうだな。学生にしては、ずいぶん落ち着いてる」
「はは、まぁ、ここへ来るまではいろいろありましたよ」
万寿もまた、様々な変遷を経て学園へとやってきた。天魔とアウルに関わる諸々がなければ、野球部に入って夢を追う人生もあるいはあったかもしれない。
お互いいろいろと苦労をしてきたせいか、二人は共感できることも多かった。
「撃退士といっても、なにがそう変わるわけでもないんだな‥‥」
万寿の話を聞き、学生たちの姿を見て、彼の心にも何か変化があったようだ。
鈴音たち四人が万寿らを見つけ、手をあげて近づいてくる。
「ようユキ、そうやって歩いてくるとまだ学生に見えるな」
「伸さん、俺もう高卒五年目ですよ‥‥」
「身体的に優れた方が勝つ‥‥というのであれば‥‥試合をする必要はなくなってしまいます‥‥」
芝丘の隣で、Limeが訥々と自らの想いを語る。
「積み重ねてきたはずの‥‥努力と‥‥経験からの技術は‥‥たかが身体能力だけにかなわないものでしょうか‥‥?」
その言葉は、彼女の実体験からもたらされたものでもある。
アウルの力を持たない達人との手合わせ。そして、天魔との戦い。
立場は逆だが、技術や知恵を振り絞れば身体能力に差があってもやり合えるという好例だ。
「俺も先日獅号投手と対戦したけど、ライトフライでしたからね」
万寿が言うと、芝丘は苦笑した。
「外野に飛ばすっていうだけでもすごいよ。あいつもある意味、規格外だからな」
「でも、芝丘選手は高校時代とはいえ、獅号投手から本塁打を打ったことがあるんでしょう。すごいですよ」
と、万寿。
「努力した実力があるのだから、メンバーと一致団結して、チームの勝利に貢献して欲しいと思います」
「俺はきっと、今のチームは芝丘さんたちが支えないといけないんだと思います」
「俺たちが?」
平弥が言うと、芝丘と浅野が不思議そうな顔をする。だが、Limeはそれに同意した。
「チームワークとは‥‥全員が‥‥『私が勝たせる』と思う事だ‥‥ってマンガに‥‥」
「あいつに任せっきりじゃだめって事か‥‥」
「それで娘さんが大きくなって、活躍してる獅号さんを見たときに『おれはずっとあいつを支えて、一緒に戦ってきた』なんて事を言えればいいと思いませんか?」
「それも、悪くないかもな」
平弥の言葉に芝丘がふっと和らいだのは、娘の事を思ったからか。
「ご家族の話、聞かせてくださいよ」
「ああ、娘の写真、見るか?」
「わあっ、私も見たいです!」
万寿に向かってスマホを取り出した芝丘に、鈴音も顔を近づけた。
●
二人が案内されたのは、「Darts Bar【Black Hat】」。ジェラルドが経営する大人のバーだった。
「やあ、いらっしゃい☆」
中に入るとジェラルドが柔らかい微笑みをたたえて一行を出迎えた。
「よう、来たな」
道倉もカウンター席から手を振る。
さらにその奥には、獅号と冥の姿もすでにあった。
席に着いた面々に、ジェラルドが慣れた手つきで飲み物を用意していく。
「未成年の飲酒は未成年者飲酒禁止法1条1項で禁じられています‥‥」
「もちろん、きみたちにはノンアルコールだよ」
生真面目に呟くLimeたち未成年者の前には、冥が飲んでいるのと同じ、オレンジジュースが。
「これ、学園のラークスファンの寄せ書きです!」
鈴音が差し出した色紙には、様々な筆致で短い応援メッセージが書き込まれていた。
「今年こそプレーオフに進出してくださいね!」
代表して、道倉に手渡す。
「わざわざ集めてくれたのか」
四人は顔を突き合わせ、色紙を覗き込む。
「やっぱり、ファンの声ってのはいいですね‥‥」
浅野がしみじみという。すぐ隣に獅号がいるが気にならないようだ。
「そうだな。だが、けじめも大事だ。なあ、了?」
道倉に促された獅号は、冥のことをちらりと見やると、渋々といった表情ながら浅野と芝丘に向き直る。
「あー‥‥その。こないだ、というか最近ちょっと言葉が過ぎてた。‥‥悪かった」
頭を下げると、照れくさそうにそっぽを向いた。
「え、そ、それなら、俺だって!」
まさか獅号に謝られるとは思ってなかったのか、浅野があわてて頭を下げ返す。
「俺は、別に謝ることはないぜ」
そう言い放った芝丘だったが。
「だけどまあ、僻むのはやめにするさ。俺だって、勝利が欲しいからな」
「いい雰囲気だね。是非、悔いの無い戦いを☆」
ジェラルドが最後に振る舞うのは、プースカフェというカクテル。
数種類のスピリッツやリキュールを、バースプーンを使って慎重にグラスに流し込む。すると、それぞれに比重の違う酒は混ざらずに積み重なり、色彩豊かな見た目にも美しいドリンクとなるのだ。
「カクテルはいろんなお酒の特徴を生かして美味しくなる‥‥人間関係やチームプレイと一緒ですね」
ジェラルドは誰にともなく言葉を紡ぐ。
「撃退士だって同じです。戦いが上手な人、正義感に優れている人、誰かを守れる人‥‥彼らも一人では大した成果は残せません。なぜなら‥‥持ち味は混ざり合って、なお良いものになる事があるから。どんなに美味しいスピリッツも、他のお酒と出会うことでもっと美味しくなる。逆に、知られていないリキュールが、カクテルというチームを驚くほどステキにする‥‥だから僕はカクテルが好きです☆」
言葉が終わる頃には、虹よりも多彩なカクテルが完成していた。
「きれいやねぇ」
平弥が細い目をさらに細める。
「こんなお酒なら‥‥未成年でも‥‥楽しめます」
Limeもうなずいた。
「そうだ、ユニフォームにサインもらえませんか?」
空気が和んだところで、鈴音がおねだりした。
「こっちは潮崎さんの分ね」
「潮崎?」
出された色紙を受け取りながら、芝丘が首を傾げる。
「さっき皆さんを案内してきた職員さんです。かなりのラークスファンですよ」
万寿が補足した。
その後、ジェラルドの用意した色紙に全員で書き込んだ。
中央部分は、わざと空白にされている。
「シーズンが終わったら、ぜひ打ち上げに来てください。その時に、ここにメッセージを入れましょう」
それはきっと、アメリカへ旅立つことになる獅号への贈り物になるのだろう。
●
「世話になったな」
夕暮れ時。明日も試合を控える選手たちは長居するわけにもいかず、学園を後にする。
並んだ四人の元へ冥が近づき、最初と同じように道倉の袖を引いた。
「ん?」
冥は手招きをする。道倉が屈んで目線を合わせると、冥は他の選手たちも同様に屈ませた。
顔を近づけると、ためらうことなく道倉のほっぺにキス。
「おっ」
続いて浅野、芝丘、獅号へも。
「勝利のおまじないって本に書いてあった」
相変わらず無表情の冥。だが四人は顔を見合わせると、照れくさそうに笑った。
「ファンに夢、見せてくださいね」
「ああ、任せとけ」
鈴音の言葉に、右腕を突き上げてみせる獅号。
道倉を先頭に、獅号、浅野、そして芝丘。その順番は変わらない。
だが、その距離は明らかに縮まっていて。
夕陽を受けて去りゆく彼らはまるで一つの球のように、まとまった影になっていたのだった。