「忘れ物について、心当たりは?」
冴島 悠騎(
ja0302)が子供の捜索を依頼してきた母親に話を聞いている。
「それが‥‥今回は急な避難で、私も慌てていたので‥‥」
動揺し、今にも泣き出しそうに震える母親から、これ以上の情報を引き出すのは難しそうだ。
「黄昏の魔女が子供なんてあっという間に見つけちゃうんだから」
そんな母親を元気づけるように、フレイヤ(
ja0715)が声をかける。
胸を張って、いかにも自信満々に。
「‥‥だからそんな泣きそうな顔してないで、笑って待ってなさい、お母さん」
「う〜ん、人が取り残されてる以上、人命優先が当たり前だよね」
並木坂・マオ(
ja0317)の言うことはもっともだ。とはいえ、ディアボロも放っておくわけにはいかない。
「西側が苦戦だと? 仕方ない、‥‥悪いが、君も増援に向かってくれ!」
荻乃 杏(
ja8936)は急遽ディアボロ討伐の増援に回され、七人で向かうこととなった。
「忘れ物を取りに危ないところへ走っていくなんて元気だね」
因幡 良子(
ja8039)はそう言って笑う。
「凄く大事な物なんだろうね。意外と動物?」
ミシェル・ギルバート(
ja0205)が予想する。
「それなら小学校周辺とか‥‥自宅かな?」
「有望な将来、見るためにも無事連れて帰りたいね」
「もちろんだし!」
良子と二人、笑顔でうなずきあった。
「子供の足だけでそう遠くまでは行けないだろうし‥‥。昨日行ったっていう川辺にいるんじゃないか?」
月詠 神削(
ja5265)の予想はミシェルとは異なるが、ここでゆっくり議論をしている余裕はない。
七人は自分達のリスクが増えることは承知で、二手に分かれて捜索することにする。
「良子、僕のスマホと通話状態にしておくの」
九曜 昴(
ja0586)と良子がスマホを操作し、常時互いの状況を共有できるようにする。
速やかに双子を発見・救出し、速やかに撤退する──シンプルな作戦、のはずだった。
●
「ほう、忘れ物を取りにね‥‥勇敢なことだ」
うなずく男に向かって、ナオは得意げに右腕を見せる。
「誕生日のプレゼントに、もらったんだぜ!」
それは、青く染められた細長い革製のブレスレットだった。
「お揃いなんだよ」
ユウの右腕には、同じデザインの赤いブレスレットが巻かれている。
「ふむ‥‥命の危険を冒してまで取りに戻るということは、何か特別なアイテムなのか‥‥触らせてもらっても?」
「ちょっとだけだぞ」
翼をはやした男はナオから受け取ったそれをしげしげと眺めている。
●
神削、昴、フレイヤ、そしてマオの四名は昨日双子が遊んでいたという川辺までやってきた、が。
「いない‥‥か」
土手の上から川を見通し、神削が呟く。
念のために周辺の道も探したが、それらしき姿はどこにもなかった。
「次は畑ね‥‥急いで向かいましょう」
フレイヤが一行を促す。時間が惜しい。
だがそのとき、昴が声を上げた。
「待って‥‥向こうの班が、見つけたみたいなの」
「本当!?」
「なら、自宅の方にいたってことか」
マオは喜び、神削は安堵の息を吐く。その場の空気が弛緩しかけるのを、しかし昴は押しとどめた。
「でも、様子がおかしいの」
「まさか、ディアボロが?」
問いには答えず、スマホから漏れ聞こえる会話を聞き取る昴。
「‥‥とにかく、僕たちも向かうの」
険しい表情のまま、彼女は駆け出した。
●
双子の自宅へ向かった悠騎、良子、ミシェル。
捜索開始地点から遠いこの場所を最初に選んだその判断は正しかった。
そこにいるのは、捜索対象の双子に間違いない。
だが、一緒にいる男は何者か。
双子同様、逃げ遅れた住民──ではないことは、その背中の翼が物語っている。
知性のあることを伺わせる立ち姿が、ディアボロなどではないことも示していた。
となれば──。
「ふむ、君たちは?」
青いひものようなものをもてあそびながら、先に声をかけてきたのは男の方だった。
「その子たちを、迎えにきたのよ」
一歩前にでて、悠騎が答えた。
「あなたは? 他に逃げ遅れがいるとは聞いてないのだけれど」
「見てわからないかね?」
男は翼をばさりと揺らしてみせる。
「私は、悪魔だよ」
あっさりと、そう答えた。
背筋が沸き立つ。ヴァニタスでもない、本物の悪魔が目の前にいる。
「名前を聞いてもいいかな」
ミシェルが問う。会話に応じてもらえるうちに、できるだけ情報を引き出しておきたい。
「レガ、だ」
「悪魔──レガ」
良子が反復して呟く言葉が、スマホの向こうへと送られていく。
走りながら昴が状況を伝えると。メンバーの間に緊張が走った。
神削が自分のスマホを取り出し、本隊へ連絡をする。
「向こうも状況が落ち着き次第、救援を出してくれるみたいだ」
だが逆に言えば、本隊もすぐに人を割けるほど余裕のある状況ではないということでもある。
「埼玉は私の故郷なの。悪魔なんかの好きにはさせないわよ」
フレイヤの今の姿からは想像も及ばないが、彼女も子供の頃は両親と一緒に畑を耕して暮らしていた。
固い決意を秘めて、今はとにかく、駆ける。
「その子たちをどうするつもりか聞いてもいい? なんで殺してないのかも気になるところなんだけど」
「物騒なことを言うな。悪魔は人間を見たら片端から殺すとでも思っているのかね?」
悠騎の言葉に、レガはおどけたような声で答える。
「まあ、そういう輩もいないわけではないがね。‥‥この子どもたちを見たまえ。全く同じ外見だろう? 彼らが言うには、魂を共有しているのだそうだ。実に興味深いと思ってね」
レガが双子の肩に手を置いた。
「私の城に招待して、詳しく調べてみたいと思っていたところだ」
「観察が目的だってんなら、二人を解放して退いてくれないかな?」
「少し違うな」
レガの右手がゆっくりと動いて、双子の肩から、頭へと移動する。
「たとえば、一心同体だという彼らのうち、片方の頭がふいに爆ぜたら──もう一人はどうなるだろうか?」
「!」
その言葉に、三人は身を固くするが。
「まあ、それは最後だ。ここではやらないよ」
レガは不敵な笑みを浮かべたまま、手をそっと離した。
通りの向こうに新たな四名の姿を見て取りながら。
昴と神削が、警戒しながらも悪魔の方へと近づいていく。
「‥‥このおじさんに何か言われた?」
昴は双子に話しかけた後、ちらりと悪魔を見やる。
「あ‥‥お兄さんの方がよかった‥‥かな?」
「若くはないことは自覚してるさ。好きに呼ぶといい」
レガは泰然と笑みを浮かべている。
神削はさらに近づいて、双子たちの目の前で腰を屈めた。当然、悪魔もすぐ手が届く場所だ。
悪魔がこちらを見ていることを確認すると、双子に向かって両手を開いてみせる。
「見てて」
いったん手を閉じ、また開く。
「あっ?」「おー!」
するとそこには、小さなお菓子がのっていた。双子に一つずつ手渡してやると、元気のよいお礼の言葉が返ってきた。
(ちょっと、渋メンキタコレ!)
フレイヤは悪魔の風貌を一目見るなり、別方向に盛り上がっていた。
まさかのどストライク。
「結婚を前提にお付き合いして下さい!」
なりふり構わぬ黄昏の喪女‥‥もとい魔女、二十歳。
「‥‥?」
「じゃ、じゃあせめて写真撮ってもいいかしら?」
少々強引に、悪魔とのツーショットをゲットした。
「いいか、この手にコインがあるだろ‥‥」
神削は双子を相手に手品を見せている。双子は予想通り、興味津々。悪魔もこちらを見ていることは確認済みだ。
「ほら、消えた」
「すげー!」「どこ行ったの?」
双子は目を丸くする。悪魔の表情は変わらない。
「へへ、それはね‥‥」
ポケットを探る神削。
だが、あるはずのコインが探り出せない。
「あ、あれ?」
「その頭の上にのっているのはなにかな?」
唐突に、レガが口を挟む。いつの間にか、コインは神削の頭の上に移動していた。
「君は手先が器用なようだな。ま、私ほどじゃないがね」
(やられた‥‥!)
即興でできることでは、限界があったか。
「さて‥‥もういいかね?」
レガがぱん、と手をたたいた。
「私はこの子たちに、私の城を案内してあげなければいかんのでね」
「行くなんて、言ってないけどな?」
「でも、おもしろそうだよね」
双子は暢気なものだが、連れて行かれて無事で済むとは思えない。
「待って」
昴が呼びかける。
「随分、双子に興味があるみたいだけど‥‥双子なんて、人間界には一杯‥‥とまでは言わないけど、そこそこいるの」
「そうそう、珍しいものじゃないよ?」
良子がうんうんと頷く。
「ここは交渉と行かない‥‥かな? 双子より希有な存在を教えてあげるの、だから、その子達を返してほしいの」
「ほう、双子より希有な存在、か」
レガは興味のある素振りを見せたものの。
「情報だけではだめだな。今ここへ連れてくるなら考えよう」
「じゃあ、あたし達撃退士の情報もつけるってのはどうだろう?」
そう言ったのはマオだ。
「この地に展開している戦力とか──」
ニヤリと笑ってみせたものの、レガは首を振った。
「生憎と、そういう情報は働き者のコウモリがせっせと集めてくるのでね。私には必要ない」
なんとか穏便にことを運びたい──だが、糸口を見つけられない。
ついに、ミシェルが核心を口にする。
「こっちも無用な戦闘は避けたいし‥‥双子を返してくれればそれでいい。でも連れてくなら、止めないといけない」
「私と戦うと?」
「俺たちだけじゃない。じき応援がくる」
神削の言葉は半分正しい。
本隊から救援が出たとの知らせは、まだ来ていない。
「子供二人の為に大勢の撃退士と戦闘って、お互い損が大きくない?」
ハッタリと見抜かれないよう、ミシェルはしっかりとレガの目を見据える。
レガはその視線をしっかりと受け止め──。
「面白い」
そう答えた。
「空腹は最高のスパイス、なんて言葉、ご存じ?」
フレイヤは、たしなめるように。
「ちょっと戦うのを我慢してみなさいよ。感じたこともないような、楽しい戦いをあげるから」
「我慢なら、散々したさ‥‥あの雲の下で、な」
「雲‥‥?」
「もう、待つ理由はない」
レガが姿勢を低くする。
「来るのなら、相手をしよう。来ないのなら、子供らと共に去る。選ぶがいい」
そして、沈黙。
前に出たのは、マオだ。
「あなたを満足させることができたら、双子ちゃんだけは無傷で返してくれない?」
大きく両手を広げて構える。そのまま組み合えば、力比べの態勢だ。
ジリジリと距離を詰める。
あと二メートル。
しかしそのとき、横からミシェルが突っ込んできた!
「やあっ!」
レガの横腹に向かって、掌底を放つ。
「おお?」
予想外だったのか、レガはその一撃をまともに受けた。
ダメージはほとんどないだろう、だがその身は後方に流れた。
悪魔と双子の間に、距離ができる。
そこへすかさず昴が駆け込み、双子を両脇にかっ攫う。
レガは当然、昴の方へ身体を向ける。だが、その足は動かなかった。
「行かせないわよ」
フレイヤの召還した異界の呼び手が、悪魔の足をがっちりと掴んでいたのだ。
「走って!」
悠騎がスタンエッジを放ちながら、昴へ叫ぶ。
電撃を浴びながら、レガはひるまずに右手をあげる。指先が走り出した昴へと向けられ──。
光線が放たれる瞬間、良子が射線に割り込んだ。シールドを展開し、悪魔からの一撃をはじこうとする。
光と熱。
光線は良子の右肩を、容赦なく貫いていた。
「ね、姉ちゃん、なんか光ったぞ?」
昴の脇に挟まれたナオが声を上げる。
「‥‥黙ってるの」
昴は振り返らない。足も止めない。
味方を信じ、逃げると決めたのだから。
衝動を押し殺して、今は走る。
瞬く間に赤く染まった肩を押さえてそれでも昴を追って駆け出す良子。
彼女を追わせることは、ミシェルとマオがさせなかった。
「面倒なのオワリ! アッチで遊ぼ?」
「そこまで言うなら、楽しませてくれよ!」
マオが大胆にもレガの左腕に飛びつく。
手首をとって足を首にかけ、十字固めを狙う、が。
レガは事もなく、マオを組み付かせたまま腕を振るった。その先にはミシェルが。
「わっ!」「あうっ」
二人まとめてはじきとばされ、民家の塀を崩すことになった。
レガが一人になったところへ、神削が「弐式《烈波・破軍》」を放つ。いつか軍勢すらも打ち破る、その思いで練り上げた技。
だがレガは、避ける素振りも見せなかった。
「先ほどの小手先の技よりは、よほど良いがな──」
地を蹴り、距離をとっていた神削に一気に接近する。フレイヤが再び拘束しようとするも、レガは翼を巧みに操って風に乗って躱した。
神削、フレイヤ、そして悠騎を一気に視界にとらえ。
「爆発というなら、これくらいはやってみせろ!」
指先から放たれた火花が、三人の中心で炸裂した。
「くっ‥‥」
瓦礫に埋もれ、悠騎は呻く。
撤退の指示をしなければ。双子と共に逃げた二人は、もう十分に距離を稼いだはずだ。
だが、声が出ない。身体も動かない。
視界の先で、フレイヤが倒れている。気を失っているのだろうか。
(月詠君は──)
安否すら知ることもできぬまま、彼女の意識もまた、闇に落ちた。
「たかが子供二人を助けるために、何故ここまでする?」
「子供を、見捨てられるかよ‥‥」
レガの問いに答えたのは、神削だった。
片膝をつき、短剣を支えとしながら、何とか意識を保っている。
「あたし達は、撃退士。命を助けるのは、当たり前だよ」
壊れた石塀から、マオも這い起きてくる。
「そのために、自らの命を諦めるのか?」
「生きることを、諦めてなんかない」
ミシェルも痛む身体を押さえながら、しかし力強く言い放つ。
「帰るって、約束したし!」
「ふ、‥‥ははは! おまえ達は、面白いな!」
レガは額を押さえて高らかに笑い声をあげた。
「無知と無謀と矛盾に満ちた答えだ。幼いと断じてしまってもいいが──」
レガは笑みを浮かべたまま、再び戦闘態勢をとった。
「今しばらく、探ってみるのも悪くない‥‥さあ、もっと私を楽しませろ!」
●
脇目もふらずに駆けた昴が本隊と合流する。
「この子達、お願いするの」
双子を撃退士の一人に預け、すぐに踵を返そうとする。
そこへ、遅れて良子がたどり着いた。
「良かった、これで任務は達成ね‥‥」
右肩から血に濡れたその姿。軽い負傷でないのは一目瞭然だった。
「すぐに回復を」
「私よりも──」
「戦える人は、急いでついてきてほしいの」
昴は良子の言葉を引き継ぐと、返事を待つことなく再び駆け出した。
そうして、舞い戻った先。
そこに、すでに悪魔の姿はなかった。
五人は皆意識なく倒れていたが、幸いにして死者も重傷者もいなかった。
皆がその理由に惑う中、アスファルトを削って書かれたメッセージが発見される。
『撃退士とは、興味深きものどもよ』
悪魔レガの言葉であろう事は、疑いようもなかった。