「現場は採石場で敵の動きもそれ程速くない‥‥ええ、演習にはもってこいですね」
結城 馨(
ja0037)がうなずく。
実戦であるには違いないが、立地的に周辺への被害を考慮する必要もなく、敵もそれほどの脅威とはいえない今回のような依頼は、戦闘に馴れるにはちょうどいい。
春苑 佳澄(jz0098)の表情はやや硬い。斡旋所から借り受けた、遠距離武器が封入されたヒヒイロカネを握りしめて、ちょっと緊張しているようだ。
そんな彼女の元へ、御伽 燦華(
ja9773)がつつっと身を寄せた。
「ちょっと緊張しちゃって‥‥。少しお話してもいいですか?」
「え? うん、もちろん!」
佳澄が応えると、燦華は安心したような笑みを浮かべる。
「私は戦闘自体が初めてなんですよ。だから、遠距離攻撃が当たるかどうか私も不安で‥‥」
「そうなんだ。じゃあ、今日は一緒に頑張ろうね!」
硬い表情が少しほぐれた。
「実は俺も今回が初めての戦闘依頼なんだ!」
会話に加わってきたのは、姫路 ほむら(
ja5415)だ。
(わぁ、すっごいきれいな子だぁ)
佳澄が思わず感心するほど、整った顔立ちの美少年である。
「足引っ張らないように、精一杯頑張るのでよろしくお願いします! 動き方とかは、寮でお世話になってる先輩に少し習ってきました」
「ゆずも、ねぇさまに基本をおさらいしてもらってきたよー」
天月 楪(
ja4449)がそう言いながら、メンバーの手に一つずつ何かおいていく。
佳澄が手の中を見てみると、キャンディーが一粒。
「あめちゃんなめて、リラーックス、だよ」
楪はにっこりと、人好きのする笑顔を見せた。
一行は採石場へと足を踏み入れる。
当然だがすでに人払いはすんでおり、人気はない。あちこち白い岩壁がむき出しになっている。
そんななんとなくもの寂しさを感じる風景の中に、明らかに異質な赤い光をたたえた雲のような物体が、所々に漂っていた。
あれが今回の敵、ボミングスピリットのようだ。
「よーっしゃ、頑張りますか!」
松原 ニドル(
ja1259)が気合いを入れる。
「松原くんも、よろしくお願いします!」
佳澄が頭を下げる。
「そこまで『熟練だ任せろー!』って腕前でもねえけど、俺の教えられることでよかったら喜んで、って感じだぜ」
「‥‥あたしも他人に教えられるほどの実力者かっていうとあれだけど、後輩を導くのも、大事な仕事よね」
藍 星露(
ja5127)が佳澄に微笑みかける。
「藍先輩、よろしくお願いします!」
「‥‥あら、でもあたしたちって同学年なのよね」
「‥‥えっ?」
小学生に間違われることもある佳澄と、高校生ながら既婚者で母親(秘密だが)でもある星露。並んでいるところをみても、正直同学年には‥‥見えなかった。
●まずはじっくり見てみよう
「いよいよ初戦闘ですか‥‥。大丈夫きっとできます」
燦華が自分に言い聞かせるように呟く。緊張したように見せていたのは佳澄を安心させるための演技、というだけでもないようだ。
「さて今の実力でどこまでやれますか‥‥」
光纏するとともに、頭に巻いたバンダナの色が水色から警戒色の赤に染まった。
「じゃあ、あたしは前衛に出て、敵を引きつけるわね」
「俺も行きます!」
星露とほむらが飛び出していく。
「春苑おねぇさんは、さいしょはみんなが攻撃するのをみててねー」
思わずついていきそうになった佳澄を、楪がやんわりと押しとどめる。
「どう攻撃してるか。どう狙いを定めているかを見ておくとよいですよ」
馨も光纏し、佳澄に助言を投げかけつつ漂う敵に視線をとばした。
「十二体もいると、教えるときに混乱すっかもしれないしな。半分くらいに減らすか」
足下をしっかりと確保して、ニドルが弓の弦を引き絞る。
先に飛び出した星露へ向かって、二匹のスピリットがまとまって向かってくる。報告通り、動きは鈍い。
そこへニドルたちの攻撃が一斉に飛来し、敵を穿つ。一匹があっさりと地面に墜ちていく。
もう一匹も楪の射撃を受けたものの生き残り、星露に迫る。一瞬その身が膨れ上がったかと思うと、溜めたものを吐き出すようにして火炎弾を放出してきた!
星露は武器を前面に構えてそれをはじく。
「‥‥確かに、威力は高めみたいね」
だが、きちんと受けたことでそれほどの深手にはならない。
「大丈夫ですか!?」
必要なら回復を、とほむらがやってくるが。
「ええ、大丈夫よ‥‥っ!」
返事をしつつ、反撃の衝撃波を放つ。光纏が翼竜のオーラとなってスピリットを呑み込んだ。
「Of this I prayeth remedy for God's sake,as it please you,and for the Queen's soul's sake.」
馨が詠唱とともに十字を切る。石版から浮かび上がった石の礫が一直線に飛んでいって敵を捉える。
「んー次はこんな感じでどうだっ」
その隣では燦華がスクロールを用いていろいろ試しながら攻撃を仕掛けているが、こちらはなかなか直撃とはいかないようだ。
その様子を見て、馨が顔を近づけた。
「撃つタイミングで敵の位置を狙っても相手が移動してしまえば当たらないので、動きをよく見て狙いましょう。移動した先を狙うと言えばよいでしょうか‥‥いいですか」
二言三言燦華に告げた後、再び一体のスピリットに向けて呪文を詠唱する。
「For God's sake,Sir Justice,think of me,for I have none to help me save God.」
生まれた石の礫は、スピリットの脇をかすめて消えてしまうが。
「今です」
馨の合図で、燦華が追撃する。指示通りに放たれた光弾が馨の初撃を躱したスピリットを捉え、その身を爆散させた。
「やった、燦華ちゃん!」
見ていた佳澄も拍手である。
「一番基本的なことは、射線と仲間が重ならないように、だな。誤射ったら笑えないっしょ」
ニドルが基礎に則った美しい姿勢で矢を放つ。その立ち姿に、佳澄は感嘆のため息を漏らした。
楪も佳澄が見えやすいように構えつつ、スピリットを撃ち落としていく。
星露やほむらが敵を引きつけ、他のメンバーが攻撃を集中する、という形でボミングスピリットの数を順調に減らしていく。
おそらく、本来は支援型のサーバントなのだろう。地上から攻撃をしてくる敵が他にもいればもっと面倒だったかもしれないが、単体では難しい相手ではなかった。
「そろそろ、実践演習と行きましょうか」
敵の数も減ったところで、馨が周囲に呼びかける。
「は、はい!」
いよいよ実践。佳澄の声が、また少し緊張で跳ねた。
●弓を使ってみよう
佳澄が弓を顕現させた。さきほどのニドルの姿を思い返しながら、ぎこちなく構える。
「松原くん、どう狙えばいいの?」
「そーだなァ‥‥距離がある分、撃ってから相手に当たるまで、タイムラグがあるよな? その間に相手が移動しちまうと、おのずとはずれちまうから‥‥」
身振りを交えて説明するニドル。
「相手の進路を予測して撃つ、みたいな気持ちでいくと、当たりやすくなると思うよ」
「弓でも銃でも魔法でも、そこは同じですね」
馨が補足する。その横では燦華がふんふんと頷きながらメモを取っていた。
佳澄が狙いを定める。
「やっ!」
気合いとともに放たれた矢は、放物線を描いて‥‥スピリットたちの遙か上を越えていった。
「ちょっと力が強すぎるな」
ニドルが力加減などを指導する。
「春苑さん、がんばって!」
燦華の応援を受けて、二射目。
鋭く飛んだ矢が、今度は狙い通りスピリットの一匹を射抜いた!
「わっ、当たった!」
「おーっ、やったじゃん、グッジョブ!」
佳澄だけでなく、指導にあたったニドルまで、一緒になって大喜びである。
「弓の場合、銃の引き金を引いて撃てる手軽さと違って、番えて・引いて・射るの動作が必要だから、ちょいと慣れないとなんだよな」
「ちょっと、難しそう‥‥?」
「でもその分、弦を引く強さで威力や距離を調整できたり、まっすぐ直線で射るとか、上空めがけて放物線で射るとか、わりと細やかな動きができるんだぜ。あと銃声がない分、攻撃音が静かってのも特徴だな」
弓の特性について語るニドルの言葉を、真剣な面もちで聞く佳澄。
「弓をびしって使えるようになったら、かっこいいな‥‥」
未来の自分を想像しているようである。
●銃を使ってみよう
「ゆずがねぇさまに教わったこと、やくにたつといいなー」
銃の使い方を教えてくれるのは、楪。
初めて銃を手にした佳澄に、まずは基本的な構えから。
「きき手で銃を持って、はんたいの手でつつむみたいにささえるのがさいしょのうちは一番安定するんじゃないかなー? 反動もおさえやすいし」
楪自身も構えて見せながら、おっとりと優しい口調で説明する。
「でも無理におさえようとすると狙いが下にそれるんだよー」
実際にスピリットに向けて銃弾を放つ。言葉通り、無理に力を入れた状態で放った射撃は敵のやや下を抜けていったようだ。
「片足ひいてー、重心まえでー‥‥」
今度は佳澄の構えを微調整。
「拳法の半身? っていう構えににてるんだよー」
「あ、それちょっと分かりやすいかも」
別に佳澄は拳法の心得があるわけではないが、近接戦の経験は多少ある分伝わりやすかったようだ。
先ほどニドルや馨に教わった要領で、スピリットに狙いを定める。
ふわふわ漂うスピリットの進行方向を予測して‥‥。
引き金を引く。銃声とともに、狙い通りに敵がはじけた。見事、一発で命中だ。
「春苑おねぇさん、おめでとー」
「楪くん、ありがとう!」
佳澄は満面の笑みを浮かべ、楪に礼を言った。
●いろいろ使ってみよう
「石版、使ってみます?」
「わあ、いいんですか?」
購買で普通には買えない武器を使わせてくれるという馨。
落とさないように、と丁寧に受け取った佳澄のそばへ、燦華がやってきた。
「どちらがよりかっこよく敵を倒すか勝負ですよ!」
「よ、よーし!」
同じ魔法系の武器だし、いい勝負かも?
‥‥などと思ってはみたものの。
いくら実戦が初めてとはいえ、魔法攻撃が本職のダアトである燦華に阿修羅の佳澄がかなうはずもなく、がっくりうなだれる姿をさらす羽目になった。
「春苑さんの攻撃も、ちゃんと当たってましたよ!」
燦華は励ましてくれたが‥‥。
やっぱり、魔法は向いてないな、と思う佳澄であった。
「いろいろ持ってきたので、使ってみてください!」
ほむらは佳澄に、様々な武器を差し出した。
「投げ斧に、長い数珠に、これは‥‥絵本?」
なんだかユニークな武器が多い。
「専門外でも、遠距離武器は持っておくと何かと便利ですよ」
興味深そうに武器をさわる佳澄に、ほむらが解説する。
「たとえば遠距離攻撃系の方を護る必要があるとき、射程のある武器を持っていないと攻撃に参加できませんよね」
佳澄は絵本を手に取ると、狙いを定めてページを開いてみる。するとそこから紙に描かれた炎が飛び出して飛んでいったが、スピリットはひょろりと避けてしまった。
「命中率では本職に劣りますから、スカることも予測しておくといいですよ。それでも攻撃することでこちらに気を向けさせて、他の仲間にその隙を突かせることもできるんです」
「さっきの、結城先輩と燦華ちゃんみたいなやつだね!」
「あとは、カオスレートもありますね。丁度今回はサーバントが相手ですから、佳澄さんの命中力は上昇している筈です。逆に向こうの命中力も上昇中ですから、被ダメージには注意が必要ですけど」
ほむらが一通りレクチャーを終えると、佳澄は心底感心したようで、目を丸くした。
「ほむらくん、すごいね! そんなに詳しいなんて」
「先輩に、いろいろ教わってきましたから」
そう答えつつも、うれしそうにほむらは笑った。
ちなみに、その後佳澄はそっと燦華の元へ身を寄せて、
「メモ取ってたの、あとでちょっと見せてね?」
とお願いしたとかしないとか。
●他にもあります、遠距離攻撃
最後は、星露が佳澄に助言する。
「春苑さんは、あたしと同じ阿修羅よね」
「はい」
「なら武器を使わなくても、スキルで対応する手段もあるわよ」
ちょうど近づいてきたスピリットに向かって、星露は今日二発目の『即興曲・ワイバーン』を放って見せた。
中国拳法仕込みの遠当ての技が、上空のスピリットをはじき飛ばす。
「こんな風にね」
「か、かっこいい!」
ちなみに今の技の元になったスキルは、佳澄でももう少しがんばれば習得可能である。
「阿修羅は攻撃に特化してる分、防御・回避が苦手だし。受け防御に向かない飛び道具系の魔具を使うと、反撃が怖いから」
星露の言葉に、佳澄が大きく頷く。
「受け防御値が高い接近戦武器のまま遠距離攻撃できる方が、便利かも」
「なるほど‥‥」
「もし飛び道具を使うなら、射程が長い方がいいわ。反撃され難いから」
先輩阿修羅(同学年だが)ならではの助言は、佳澄も大いに参考になったようだった。
●お疲れさまでした
採石場に現れたスピリットはきれいに退治された。これで任務は完了である。
ほむらが、前線に立っていた自身と星露の傷を癒す。
「ごめんなさい、あたしが教えてもらいながらやってたから‥‥」
佳澄は詫びたが、それでも負傷は軽い。馨も救急箱を用意してきていたが、必要なかったようだ。
「今日は、本当にありがとうございました!」
「皆さんありがとうございました!」
佳澄と、一緒にレクチャーを受けていた燦華がみんなに礼を言う。
「燦華ちゃんも、応援してくれたり、ありがとうございました!」
彼女のおかげで、佳澄もだいぶ緊張がほぐれていたようだ。
「少しは役に立ったか?」
「はい、とっても!」
ニドルの言葉に、佳澄は即答した。
「それで、春苑おねぇさんはどの武器が気に入ったの?」
「うーん、どれも魅力があって、迷うんだけど‥‥」
楪の質問には、上を見上げて考える。
「しばらくは、銃を使おうかな。すぐに実戦で使うには、やっぱり扱いやすい武器の方がいいかなって。楪くん、また機会があったら教えてね。よろしくお願いします!」
佳澄は笑顔を見せた後、楪に向かってぺこりと頭を下げた。
「‥‥でも、松原くんみたいにかっこよく弓が使えるようにもなりたいし、魔法系の武器も一つくらいは、って思うし‥‥。結城先輩やほむらくんが見せてくれたような武器は手に入れるのが大変そうだけど」
「アイテムは、強化して使うのもお勧めだよ」
ほむらが追加で助言する。
「そうかぁ、購買で売ってる武器でも、強化すれば‥‥。あっ、それに藍さんが言ってたスキルも習得しなきゃ! うぅ、お金足りるかなぁ‥‥」
「いっぱい依頼に入らなきゃだねー」
楪が言うと、佳澄は大きく頷いた。
「そうだね。今日はいっぱいお世話になっちゃったけど、今度一緒になったときはあたしもお役に立って見せます。よし、がんばるぞ!」
決意も新たに、拳を振りあげる。
さてさて彼女の次の舞台は、どんなものになるのだろうか。