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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:9人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/08/08


みんなの思い出



オープニング

『さあ、九回の表ツーアウトランナー無し、マウンド上の獅号 了(しごう・りょう)、ゆっくりと足をあげて──第一球はストライク』
 ラジオのアナウンサーが淡々と告げている。
『変化球が膝元に決まりました。まだ余力は十分か。捕手のサインに頷いて、第二球──ストライク、ストレートは157キロ!』
 球速を伝えるときだけ、そのトーンが少しだけ上がった。
『表情一つ変えないマウンドの獅号。投球数は百球を超えていますが、その球威にはいささかの衰えもありません。さあ、今シーズンの──おっと早くも構えて、第三球‥‥投げました!』
 スピーカー越しに、わっと歓声が上がったのが聞こえた。
『空振り三振! 獅号、今日も見事な完封勝利! これで早くも今シーズンの十勝目に到達です!』

「よーしっ、さすが獅号! よくやったっ!」
 潮崎 紘乃(jz0117)は自室で一人きり、チームカラーのメガホンを振りあげてはしゃいだ声を上げた。
「はー、これでチームは連敗ストップ‥‥ホントに、どうしてこんなすごい投手がいながら優勝争いしてないのかなー。しかも噂じゃもう来年には‥‥」
 そこまで呟いて、紘乃はぶるるとかぶりを振った。
「やめ、やめ! 噂は噂だしっ。おっとそろそろヒーローインタビューだよね、もちろん‥‥」

『さて今日のヒーローはもちろんこの方、完封勝利の獅号了投手です! おめでとうございます』
『‥‥ありがとうございます』
『まず今のお気持ちをお聞かせください』
『‥‥まぁ、勝ててよかったです』

「いつもながら、淡々としたインタビューだなぁ」
 成績面だけでなく、外見の良さでもファンが多い獅号はTVなどの露出も多いが、いつもテンションが低めである。最近はその傾向が特に強くなったようだ。
 噂では、なかなか上位へ進出できないチームへの不満があるとか、あまりにも圧倒的な成績を残しているためもう日本ではやり尽くしてしまったという感覚があるのでは、などといわれていた。

 そんな調子ではあるがインタビューは進んでいく。

『さて、この後はいよいよオールスター戦ですね! 意気込みを‥‥』
 そこで、それまでマイクを向けられたとき意外はおとなしかった獅号が唐突に口を挟んだ。
『あ、ちょっといいですか』
『はい?』珍しいことにちょっと動揺しつつ、インタビュアーがマイクを向ける。
『俺、オールスター出ないんで。辞退します』
『はあ?』

「はああああああ!?」
 紘乃は絶叫した。
 もちろん、それは球場のファンも同様だろう。スピーカーからはマイクの声をかき消さんばかりの騒ぎになっている。

『あ、あの、どういうことでしょうか? どこか怪我とか‥‥』
『いや、別に。オールスターって言っても、そんなに対戦したい人もいないし』
 あまりにも大胆不敵なその物言いに、インタビュアーが今度こそ絶句する。
『みんなわかってると思うけど、今年のオフは俺、忙しいんで。オールスター休みの間に、ちょっと片づけときたいことがあるんですよ』
 球場のざわめきは収まらない。

『じゃ、そういうことで。後半戦には戻ってきますんで、よろしく』

 獅号は一方的にそう言うと、ざわめく観衆と声のないインタビュアーを置き去りにしていってしまった。

「どういうことなの‥‥?」
 もちろん、聞いていた紘乃も置き去りである。



「おい、了! 今のはまずいぜ」
 ロッカールームに戻ってきた獅号に、がたいのいい男が顔をしかめつつ声をかけた。
 この試合でマスクをかぶっていた道倉 重利(みちくら・しげとし)だ。
「休むなら休むで、ちょっと肩が、とか言えばいいのによ。下手すりゃ後半戦の出場停止、おまけが付くかもしれないぜ」
「構いませんよ、それくらい」
 了は平然としている。
「それより悪いんですけど、重利さんもオールスター、辞退してもらいますんで」
「!? どういうことだ?」
「バックは自分が面倒みてるクラブチームを呼ぶにしても、キャッチャーはそうはいきませんから」
 重利は困惑する。
「おまえ‥‥なに考えてるんだ?」

「俺は、真剣勝負がしたいんですよ」
「どうせ来年にはアメリカへ行くんだろう。そこで存分にやればいい」
「わかってないなあ、重利さん」
 了はややオーバーに手を広げて見せた。
「もっと身近に、もっと手強そうな奴らがいるじゃないですか」
「‥‥おまえ、まさか?」
 ようやく思い至った重利に、了は子供のような笑顔を向けた。

「一般人で最強クラスの俺が、あいつら相手にどこまでやれるか──重利さんだって、知りたいでしょ?」




 翌日。
 斡旋所に出勤してきた紘乃は、彼の真意を知ることになる。

 獅号了の所属球団・茨城ラークスからの依頼が届いていたのだ。

「当球団所属の投手・獅号了と貴学園所属の学生とで真剣勝負をしてほしい。マスコミに知られたくないので対戦場所は貴学園のグラウンドにて行いたい」

 要約するとそういうことだった。


リプレイ本文

「えーっ?! 獅号選手?!」
 新崎 ふゆみ(ja8965)は飛び上がらんばかりだったという。
「ふゆみでも知ってるよー! ‥‥あぁん、そんな有名人と会えるなんてー!」

 獅号 了。TVの向こうの有名人。だが、今日の彼は挑戦者。

 撃退士──アウルによって常人の及ばぬ身体能力を持つ彼らに、プロ選手としてのプライドを賭けて挑みくる。


 ならば応えてみせるのが礼儀。

 事前の準備も余念なく、九人の男女が迎え打つ。


 さて、対決の結果は、如何に。


●一番・六道 鈴音(ja4192)

 空は晴れ。風は穏やか。絶好の野球日和である。

「一流のプロって、何があってもファン第一、そんな人だと私は思うんです」
 先頭バッター・鈴音は打席を慣らしつつ、マスクをかぶった道倉 重利に聞こえるよう呟く。
「オールスターを辞退した獅号投手はそこが欠けています。私は、そんな獅号投手の目を覚ましてあげたいんです!!」
 バットを構える。

「さぁ、こい!!」


 獅号はサインに頷いた後、腰に構えたグラブを顔のあたりまで引き上げる。ゆったりとした動作で足をあげ──体を沈み込ませる。
 腰から腕の先までが一体となってしなり、力を余すことなくその指先、そしてボールへと。

 解き放たれる。

 第一球は、ストレート。
 鈴音はぴくりとも動かずに、それを見送った。
 道倉が、手早く次のサインを送る。
 続いては、カーブ。これも見逃し、あっというまにツーストライク。
 三球目、シュート。今度はバットを出してきた。
 鈍い音がし、ファウルボール。
 またカーブ。先ほどから、コースは全部ぎりぎりだ。
 だが鈴音はこれもとらえる。今度はライトに鋭い打球が飛ぶが、これもファウルだ。
 五球目、六球目、これも全てカットした。

「貴方の球は軽いのよ。それじゃ私は打ち取れない」
 獅号に向かって、大胆にも言い放つ。といっても実は授業でのソフトボールくらいしか経験のない彼女である。プロの球についていけるのは、撃退士の動体視力の賜物であった。
「私のバットには私のファンの想いが詰まっているんだ!」
 繰り返すが、彼女は授業のソフトボールしか経験はない。

 七球目。
「ファンの想いを力に変える、それが一流のプロよ!」
 狙い球のストレート。腰の回転を意識して、鋭く振り抜く。
 叩きつけるバッティングで、ボールは獅号の足下へ飛んだ!

 獅号が足を出して関係者をヒヤリとさせるが、幸い当たることはなかったようだ。
 打球はセンターへと抜けていった。


●二番・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

 続いて打席に向かうのは、人懐っこい笑顔の少年。
「僕らと戦うためにオールスターを蹴っとばすとは‥‥最高ですね。大好きですよ、そう言うアツいアツい熱血馬鹿は!」
 こちらは獅号に好感を抱いたようだ。
「野球は素人の僕達で良ければ、全身全霊でお相手しましょう!」

 ひときわ小柄なエイルズレトラだが、打席に入るとセンター方向へバットの先端を突きあげた。
 予告ホームランの体勢である。
「キャッチャーさん、僕をただの非力な子供だと思ってるでしょう? お見せしましょう、僕たち撃退士の、本当の力を」
 バットを高々と構え、自信満々だ。
「かっとばせー、エイルズくーん!」
 ふゆみがエールを送っている。

 獅号が選んだのはストレート。本塁打狙いならば思わず手がでる絶妙のコースへ。
 だがエイルズレトラは素早く構えを切り替えた。

 三塁線へのセーフティバントだ。

 ボールは勢いなく転がる。獅号が素早くマウンドを駆け降りて、素手で掴みとった。
 最短動作で一塁へ。だが、彼はすでにベースを手中にしていた。
「ブラフか。やられたな」
 獅号にさして悔しそうな様子はない。

 相手を欺くためには、失敗は許されない。見事一発で決めたのは、「奇術師」を名乗る彼の面目躍如だった。


●三番・月臣 朔羅(ja0820)

「差し詰め、野球版道場破りといった所かしら」
 朔羅は左打席へ立つ。
「ならば──真剣勝負と行きましょうか」
 天魔を前にしたのと変わらない、真剣な目つき。

 バットを短く持ち、コースを突いてくるボールを的確にカットしていく。
「私、貴方の事を良く知らないもの。もっと、良く見せてちょうだい?」
(ここまで本気、とはね)
 身体能力を頼みに振り回して来るのであれば、如何ようにも対処は出来ると踏んでいたのだが。
(まあいい、なら根気勝負だ)
 道倉のサインに、獅号は表情を変えずに頷いた。

 十球目。打球はバックネットへ飛んだ。
 全球コースぎりぎりに投じる獅号も獅号なら、それを全てカットする朔羅も朔羅だ。

 ここで朔羅がタイムを要請した。

 一度下がってヘルメットを交換する。
 そして、そのまま右打席に入った。
「実は両利きなの。ごめんなさいね?」

 十一球目は、膝元を狙うシンカー。
 だが、打席の途中で左右を変えるという奇策の効果か、僅かばかり甘く入った。
 鋭い打球が一塁線を襲い、ボールは外野を転々。
 二人の走者が生還し、朔羅も二塁を陥れた。


●四番・氷雨 静(ja4221)

 朔羅が再びタイムをかけた。

 打席へ向かう静の元に駆け寄って、耳元でささやく。
「‥‥私が気付いた事は以上。後は任せたわよ」
「はい」
 情報を伝え、二塁ベースへ戻っていった。

「よろしくお願いします」
 四番を打つのは、愛らしい外見の小柄な少女。
 だが騙されてはいけない、彼女はメンバーの中でも特に周到な準備を経て今日を迎えたのだ。

 野球部を訪ねての稽古、ネットでの情報収集etc‥‥。
 今日も、これまでの対決を注意深く観察していた。

 だが、柔らかな表情の彼女を一目見ただけでは、その裏の努力までは読みとれない。


 ファウルで粘った七球目。静が口を開いた。
「撃退士の四番とど真ん中のストレートで勝負してみませんか?」
(今度は、心理戦か)
 やれることは、すべてやる。まさに全力勝負だ。
「‥‥オールスターを逃して、悔しくはないのですか?」
 さらに揺さぶってくる。
 可愛い顔して、なかなか食えないな──内心舌を巻く道倉だが、一つだけ。
「それは違うぜ──捕手ってのはな、投手に必要とされるのが一番の幸せなんだ」

 そして次の球。
(ストレート)
 ボールの握りを瞬間的に捉えて球種を見極める。
 だがミートする直前、ボールは僅かに外角へ滑った。
 リリースポイントをずらすことで、ほんの少しだけシュートをかけたのだ。
「くっ」
 芯をはずされながらも、バットを操る。打球は三遊間を破った。
 朔羅は三塁へ。

「直球狙いなら引っかかるかと思ったけど、上手く運ばれたな」
「変化球なら、ソフトボールの方が凄いですから」
 獅号の言葉に、一塁上で冷静に返す静。
「なるほど、な」

(撃退士の走力なら、まず刺されることはないはず)
 静は次の塁を狙う。


●五番・新崎 ふゆみ

「ふゆみ、がんばっちゃうんだからねー!」
 バットをぶんぶん振り回しながら、威勢良く右打席へ。
「ちょっと疲れてきた頃に、どかーんとやっちゃうよ!」

 獅号の足が上がると同時に、静がスタートを切った、が。

 次の瞬間、獅号の身体は一塁を向いている。
 牽制球。完全に飛び出してしまっていた。
(それなら!)
 二塁へと走る。
 ボールが送られ、野手が待ちかまえる。
 静はそのまま突っ込み──直前でジャンプした!
 呆気にとられた野手を飛び越え、二塁上へ着地。
 タッチはされていない。セーフだ。

 その間に、朔羅が三塁からホームを踏んでいた。

「ソフトの経験しかないんなら、牽制に引っかかるかなとは思ったが‥‥。やられたよ」
 獅号は心なしか楽しそうだ。


 改めて、打者に向き直る。
「うふふっ、ふゆみはぁー、こーう見えてもぉ‥‥小学校の時、ソフト部だったんだからね!」
 大声で獅号に話しかけるふゆみ。
「狙うはぁー、ホームラーン!」
 力強いスイングで、低めの球を二球ファウルした。

 ‥‥が、実は彼女の狙いは別にあった。

 大物狙いと見せかけて、確実に転がして出塁するつもりなのだ。
 最後の一球は、バントする。そう決めていた。

 しかし、投じられたのはストレート。それも、ふゆみの顔付近の高さだ。
 バントの構えをしていたふゆみはバットを当てに行くが、ボールの下側に当たってしまった。
 力なく打ち上がった打球はキャッチャーミットへ。
「さすがに、何度も引っかかるわけにはいかないな」
 硬球は未経験というのもマイナスに働いたか。ふゆみは捕飛に倒れてしまった。


●六番・常磐木 万寿(ja4472)

「せっかくの機会だ、真剣に楽しませてもらおう」
 一礼してから左打席に入る万寿。

 かつては野球部への入部を考えたこともあった彼にとって、プロの選手は一目置く存在だ。

 初球、内角へのクロスファイアが見事に決まった。
「さすがに速いな。見ていて小気味良い」
 実際に打席に立って見ればまた違う迫力。

 二球目はスライダーだ。
 スイングする。鋭く滑り、食い込んでくる変化球をしっかりと目で追い、バットに捉える。
 ファウルになったが、打球は鋭い軌跡を残してスタンドへ入った。
(変化球にも対応できる)

 確信し、長打を狙う。

 粘って七球目。再びスライダーが来た。
 ボール半分甘い。

 右中間に狙いを定め、振り抜いた。

「‥‥くっ」
 打球が上がるが、万寿は下を向く。
 絶好球と思うあまり、僅かに力が入ったか。

 高く上がったが伸びはなく、ライトフライに倒れた。

 タッチアップした静が三塁へ進む。


●七番・田中 匡弘(ja6801)

 続いては、何とも珍妙なシルエットの持ち主。
「七番バッター。とってもアフロな大学生、田中匡弘がお相手しますよ」
 パチリとウインク。
 鳥の巣の如きその頭の上に、ヘルメットがちょこんと鎮座していた。

「いや‥‥それ、落ちるだろ」


 撃退士だし大丈夫だろう、ということでヘルメットは外して打席に立つことに。
「ふゆみがついてるよぅ、ファイトファイトー!」
 ベンチからの応援に、笑顔で応えるアフロマン。

「凄い球を投げますね‥‥俺よりずっと撃退士らしいかもしれません」
 初球を見送り、素直に感心する匡弘。
 とはいえ、彼もただのアフロマンではない。
 カウント2ー2からの五球目、シュートを捉えた打球は二遊間を抜けていった!
 
 静がゆっくりとホームを踏み、四点目。


 先の塁は空いている。
「撃退士の盗塁なんて滅多に味わえるものではありませんよ」
 当然次の塁を狙った彼は、次打者の初球に見事盗塁を決めて見せた。


●八番・ジョーン ブラックハーツ(ja9387)

「悪いが、売られた喧嘩は買う主義だ。相手の土俵でも、必ず勝つ」
 力強く宣言して、打席に向かう。

 野球は未経験だが、事前にバッティングマシーンで体感180キロの速球を打ちこんで来た。速球なら打つ自信がある。

 問題は、いかに狙い球を投げさせるかだ。

「ここで勝ったら、彼は今後なにを目標にするんだろうな‥‥」
 呟きながら打席に入る。
 道倉はなにも応えない。

 初球、匡弘が盗塁を決めた。ベンチが沸き立つ。

「自慢のストレートを打ち返されたら、彼も自分の足りないところを探すんじゃないか?」
 ジョーンはささやき戦術を続行する。
 しかし反応はない。二球目はカーブ。これで追い込まれた。

「次の球は‥‥ストレートな気がするな」
 すると、道倉が唐突に返事を返した。
「じゃあ、ストレートだ」

 じゃんけんで「パーを出す」と宣言して、本当にパーを出す人はどれだけいるだろう?
(しまった‥‥)
 球種を絞り込むはずが、逆に混乱させられてしまった。

 投じられたのは、ストレート──に、見えた。
 振りにいくが、数m手前でボールはかくんと軌道を変えた。フォークだ。
 懸命にボールを追うも当てるのが精一杯、打球は力なくファーストの正面へ。

 匡弘は三塁へ進んだが、ジョーンは塁に残れなかった。


「すまん、上手く行かなかった」
「‥‥問題ないの」
 詫びるジョーンに淡々と応え、ラストバッターが打席に向かった。


●九番・橋場 アトリアーナ(ja1403)

「‥‥こんな機会、めったにないの。‥‥楽しむの」
 左打席に立つ。

(心理戦あり、奇襲あり‥‥さて、最後はどう来る?)
 道倉も油断ない。

 ボールの後、二球目。内角を突いたストレートを振り抜く。
 鋭い打球はファウル。スタンドを飛び越え、場外に消えていった。
「‥‥武器に比べたら、バットは軽すぎるの」
 華奢な外見ながら、普段から重量武器を振り回す彼女だ。
(最後の最後でパワーヒッターか)
 打球を見送り、道倉は思考する。
(小細工はもうなさそうだ──お前はどうしたい?)

 出されたサインに、獅号は一発で頷いた。


 1ー1、バッティングカウント。

 ストレートが唸りをあげる。内角高めへ、やや釣り気味に。

 アトリアーナは、無言。
 軸足を踏み込み、腰を回し、フルスイング。

 バットの芯がボールを、捉えた。


 高く、高く。打ち上がるボールの行く先を、全員の目が追う。
 青空に吸い込まれるのではと思うほど、高く。

 センターがフェンスに張り付く。

 やがて落ちてきたボールは──そのグラブの中へと収まった。




 アトリアーナは一礼し、悔しそうにとぼとぼと打席を出る。

「ぁ──っぶなかったあ!」
 その背中越しに聞こえた大きな声は、誰のものか。
「なあ! なあ!」
 声が近づく。振り向くと、マウンドを降りた獅号が一直線に彼女の元へ駆けてきていた。

「お前、すごいな! あんなに完璧に捉えられたの、記憶にないぜ」
 これまでの印象とは全く違う笑顔を浮かべ、握手を求めてきた。
 戸惑いつつもアトリアーナが応じると、獅号は目を丸くする。
「見た目だけじゃなくてホントに細いんだな! どういう仕組みだ? ちょっと触っていいか?」
「えっ‥‥?」
 握手した手を離さないまま、左手で肩をつかもうとしてくる。

「こら。相手は女の子だぞ」
 道倉がそれを阻止した。
「だって、重利さんも気になるでしょ?」
 引っ張られながらも抗議する獅号。

「あーすまんな‥‥こいつ、普段はこんな感じなんだ」
 ぽかんとするアトリアーナに、道倉は苦笑混じりで詫びるのだった。



「空振り全然奪れなかったしなぁ。今日は俺の負けかな」
「あら、本当によい斬れ味だったわよ。アメリカでは、この調子で千人斬りくらいしてきて頂戴?」
「真剣勝負、楽しかったよ。ファンを大切に、頑張ってくれ」
 朔羅と万寿が獅号に握手を求め、それをきっかけに他のメンバーも彼の周りに集まる。
「折角の機会ですし、是非お願いしたいんですよ」
 匡弘たちがサインをねだっている。獅号も上機嫌でそれに応えていた。



「次は撃退士でも捉えられない凄いボールを身につけて、また来るからな」
 獅号は高らかに、再戦宣言。
 アトリアーナに指を突きつけ。
「絶対、三振にとってやるからな!」
「‥‥絶対、ホームラン打ってみせるの」
 どちらも負けじと目を合わせる。

 そして最後は、相好を崩した。


「‥‥じゃ、またな!」


依頼結果