「えーっ?! 獅号選手?!」
新崎 ふゆみ(
ja8965)は飛び上がらんばかりだったという。
「ふゆみでも知ってるよー! ‥‥あぁん、そんな有名人と会えるなんてー!」
獅号 了。TVの向こうの有名人。だが、今日の彼は挑戦者。
撃退士──アウルによって常人の及ばぬ身体能力を持つ彼らに、プロ選手としてのプライドを賭けて挑みくる。
ならば応えてみせるのが礼儀。
事前の準備も余念なく、九人の男女が迎え打つ。
さて、対決の結果は、如何に。
●一番・六道 鈴音(
ja4192)
空は晴れ。風は穏やか。絶好の野球日和である。
「一流のプロって、何があってもファン第一、そんな人だと私は思うんです」
先頭バッター・鈴音は打席を慣らしつつ、マスクをかぶった道倉 重利に聞こえるよう呟く。
「オールスターを辞退した獅号投手はそこが欠けています。私は、そんな獅号投手の目を覚ましてあげたいんです!!」
バットを構える。
「さぁ、こい!!」
獅号はサインに頷いた後、腰に構えたグラブを顔のあたりまで引き上げる。ゆったりとした動作で足をあげ──体を沈み込ませる。
腰から腕の先までが一体となってしなり、力を余すことなくその指先、そしてボールへと。
解き放たれる。
第一球は、ストレート。
鈴音はぴくりとも動かずに、それを見送った。
道倉が、手早く次のサインを送る。
続いては、カーブ。これも見逃し、あっというまにツーストライク。
三球目、シュート。今度はバットを出してきた。
鈍い音がし、ファウルボール。
またカーブ。先ほどから、コースは全部ぎりぎりだ。
だが鈴音はこれもとらえる。今度はライトに鋭い打球が飛ぶが、これもファウルだ。
五球目、六球目、これも全てカットした。
「貴方の球は軽いのよ。それじゃ私は打ち取れない」
獅号に向かって、大胆にも言い放つ。といっても実は授業でのソフトボールくらいしか経験のない彼女である。プロの球についていけるのは、撃退士の動体視力の賜物であった。
「私のバットには私のファンの想いが詰まっているんだ!」
繰り返すが、彼女は授業のソフトボールしか経験はない。
七球目。
「ファンの想いを力に変える、それが一流のプロよ!」
狙い球のストレート。腰の回転を意識して、鋭く振り抜く。
叩きつけるバッティングで、ボールは獅号の足下へ飛んだ!
獅号が足を出して関係者をヒヤリとさせるが、幸い当たることはなかったようだ。
打球はセンターへと抜けていった。
●二番・エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)
続いて打席に向かうのは、人懐っこい笑顔の少年。
「僕らと戦うためにオールスターを蹴っとばすとは‥‥最高ですね。大好きですよ、そう言うアツいアツい熱血馬鹿は!」
こちらは獅号に好感を抱いたようだ。
「野球は素人の僕達で良ければ、全身全霊でお相手しましょう!」
ひときわ小柄なエイルズレトラだが、打席に入るとセンター方向へバットの先端を突きあげた。
予告ホームランの体勢である。
「キャッチャーさん、僕をただの非力な子供だと思ってるでしょう? お見せしましょう、僕たち撃退士の、本当の力を」
バットを高々と構え、自信満々だ。
「かっとばせー、エイルズくーん!」
ふゆみがエールを送っている。
獅号が選んだのはストレート。本塁打狙いならば思わず手がでる絶妙のコースへ。
だがエイルズレトラは素早く構えを切り替えた。
三塁線へのセーフティバントだ。
ボールは勢いなく転がる。獅号が素早くマウンドを駆け降りて、素手で掴みとった。
最短動作で一塁へ。だが、彼はすでにベースを手中にしていた。
「ブラフか。やられたな」
獅号にさして悔しそうな様子はない。
相手を欺くためには、失敗は許されない。見事一発で決めたのは、「奇術師」を名乗る彼の面目躍如だった。
●三番・月臣 朔羅(
ja0820)
「差し詰め、野球版道場破りといった所かしら」
朔羅は左打席へ立つ。
「ならば──真剣勝負と行きましょうか」
天魔を前にしたのと変わらない、真剣な目つき。
バットを短く持ち、コースを突いてくるボールを的確にカットしていく。
「私、貴方の事を良く知らないもの。もっと、良く見せてちょうだい?」
(ここまで本気、とはね)
身体能力を頼みに振り回して来るのであれば、如何ようにも対処は出来ると踏んでいたのだが。
(まあいい、なら根気勝負だ)
道倉のサインに、獅号は表情を変えずに頷いた。
十球目。打球はバックネットへ飛んだ。
全球コースぎりぎりに投じる獅号も獅号なら、それを全てカットする朔羅も朔羅だ。
ここで朔羅がタイムを要請した。
一度下がってヘルメットを交換する。
そして、そのまま右打席に入った。
「実は両利きなの。ごめんなさいね?」
十一球目は、膝元を狙うシンカー。
だが、打席の途中で左右を変えるという奇策の効果か、僅かばかり甘く入った。
鋭い打球が一塁線を襲い、ボールは外野を転々。
二人の走者が生還し、朔羅も二塁を陥れた。
●四番・氷雨 静(
ja4221)
朔羅が再びタイムをかけた。
打席へ向かう静の元に駆け寄って、耳元でささやく。
「‥‥私が気付いた事は以上。後は任せたわよ」
「はい」
情報を伝え、二塁ベースへ戻っていった。
「よろしくお願いします」
四番を打つのは、愛らしい外見の小柄な少女。
だが騙されてはいけない、彼女はメンバーの中でも特に周到な準備を経て今日を迎えたのだ。
野球部を訪ねての稽古、ネットでの情報収集etc‥‥。
今日も、これまでの対決を注意深く観察していた。
だが、柔らかな表情の彼女を一目見ただけでは、その裏の努力までは読みとれない。
ファウルで粘った七球目。静が口を開いた。
「撃退士の四番とど真ん中のストレートで勝負してみませんか?」
(今度は、心理戦か)
やれることは、すべてやる。まさに全力勝負だ。
「‥‥オールスターを逃して、悔しくはないのですか?」
さらに揺さぶってくる。
可愛い顔して、なかなか食えないな──内心舌を巻く道倉だが、一つだけ。
「それは違うぜ──捕手ってのはな、投手に必要とされるのが一番の幸せなんだ」
そして次の球。
(ストレート)
ボールの握りを瞬間的に捉えて球種を見極める。
だがミートする直前、ボールは僅かに外角へ滑った。
リリースポイントをずらすことで、ほんの少しだけシュートをかけたのだ。
「くっ」
芯をはずされながらも、バットを操る。打球は三遊間を破った。
朔羅は三塁へ。
「直球狙いなら引っかかるかと思ったけど、上手く運ばれたな」
「変化球なら、ソフトボールの方が凄いですから」
獅号の言葉に、一塁上で冷静に返す静。
「なるほど、な」
(撃退士の走力なら、まず刺されることはないはず)
静は次の塁を狙う。
●五番・新崎 ふゆみ
「ふゆみ、がんばっちゃうんだからねー!」
バットをぶんぶん振り回しながら、威勢良く右打席へ。
「ちょっと疲れてきた頃に、どかーんとやっちゃうよ!」
獅号の足が上がると同時に、静がスタートを切った、が。
次の瞬間、獅号の身体は一塁を向いている。
牽制球。完全に飛び出してしまっていた。
(それなら!)
二塁へと走る。
ボールが送られ、野手が待ちかまえる。
静はそのまま突っ込み──直前でジャンプした!
呆気にとられた野手を飛び越え、二塁上へ着地。
タッチはされていない。セーフだ。
その間に、朔羅が三塁からホームを踏んでいた。
「ソフトの経験しかないんなら、牽制に引っかかるかなとは思ったが‥‥。やられたよ」
獅号は心なしか楽しそうだ。
改めて、打者に向き直る。
「うふふっ、ふゆみはぁー、こーう見えてもぉ‥‥小学校の時、ソフト部だったんだからね!」
大声で獅号に話しかけるふゆみ。
「狙うはぁー、ホームラーン!」
力強いスイングで、低めの球を二球ファウルした。
‥‥が、実は彼女の狙いは別にあった。
大物狙いと見せかけて、確実に転がして出塁するつもりなのだ。
最後の一球は、バントする。そう決めていた。
しかし、投じられたのはストレート。それも、ふゆみの顔付近の高さだ。
バントの構えをしていたふゆみはバットを当てに行くが、ボールの下側に当たってしまった。
力なく打ち上がった打球はキャッチャーミットへ。
「さすがに、何度も引っかかるわけにはいかないな」
硬球は未経験というのもマイナスに働いたか。ふゆみは捕飛に倒れてしまった。
●六番・常磐木 万寿(
ja4472)
「せっかくの機会だ、真剣に楽しませてもらおう」
一礼してから左打席に入る万寿。
かつては野球部への入部を考えたこともあった彼にとって、プロの選手は一目置く存在だ。
初球、内角へのクロスファイアが見事に決まった。
「さすがに速いな。見ていて小気味良い」
実際に打席に立って見ればまた違う迫力。
二球目はスライダーだ。
スイングする。鋭く滑り、食い込んでくる変化球をしっかりと目で追い、バットに捉える。
ファウルになったが、打球は鋭い軌跡を残してスタンドへ入った。
(変化球にも対応できる)
確信し、長打を狙う。
粘って七球目。再びスライダーが来た。
ボール半分甘い。
右中間に狙いを定め、振り抜いた。
「‥‥くっ」
打球が上がるが、万寿は下を向く。
絶好球と思うあまり、僅かに力が入ったか。
高く上がったが伸びはなく、ライトフライに倒れた。
タッチアップした静が三塁へ進む。
●七番・田中 匡弘(
ja6801)
続いては、何とも珍妙なシルエットの持ち主。
「七番バッター。とってもアフロな大学生、田中匡弘がお相手しますよ」
パチリとウインク。
鳥の巣の如きその頭の上に、ヘルメットがちょこんと鎮座していた。
「いや‥‥それ、落ちるだろ」
撃退士だし大丈夫だろう、ということでヘルメットは外して打席に立つことに。
「ふゆみがついてるよぅ、ファイトファイトー!」
ベンチからの応援に、笑顔で応えるアフロマン。
「凄い球を投げますね‥‥俺よりずっと撃退士らしいかもしれません」
初球を見送り、素直に感心する匡弘。
とはいえ、彼もただのアフロマンではない。
カウント2ー2からの五球目、シュートを捉えた打球は二遊間を抜けていった!
静がゆっくりとホームを踏み、四点目。
先の塁は空いている。
「撃退士の盗塁なんて滅多に味わえるものではありませんよ」
当然次の塁を狙った彼は、次打者の初球に見事盗塁を決めて見せた。
●八番・ジョーン ブラックハーツ(
ja9387)
「悪いが、売られた喧嘩は買う主義だ。相手の土俵でも、必ず勝つ」
力強く宣言して、打席に向かう。
野球は未経験だが、事前にバッティングマシーンで体感180キロの速球を打ちこんで来た。速球なら打つ自信がある。
問題は、いかに狙い球を投げさせるかだ。
「ここで勝ったら、彼は今後なにを目標にするんだろうな‥‥」
呟きながら打席に入る。
道倉はなにも応えない。
初球、匡弘が盗塁を決めた。ベンチが沸き立つ。
「自慢のストレートを打ち返されたら、彼も自分の足りないところを探すんじゃないか?」
ジョーンはささやき戦術を続行する。
しかし反応はない。二球目はカーブ。これで追い込まれた。
「次の球は‥‥ストレートな気がするな」
すると、道倉が唐突に返事を返した。
「じゃあ、ストレートだ」
じゃんけんで「パーを出す」と宣言して、本当にパーを出す人はどれだけいるだろう?
(しまった‥‥)
球種を絞り込むはずが、逆に混乱させられてしまった。
投じられたのは、ストレート──に、見えた。
振りにいくが、数m手前でボールはかくんと軌道を変えた。フォークだ。
懸命にボールを追うも当てるのが精一杯、打球は力なくファーストの正面へ。
匡弘は三塁へ進んだが、ジョーンは塁に残れなかった。
「すまん、上手く行かなかった」
「‥‥問題ないの」
詫びるジョーンに淡々と応え、ラストバッターが打席に向かった。
●九番・橋場 アトリアーナ(
ja1403)
「‥‥こんな機会、めったにないの。‥‥楽しむの」
左打席に立つ。
(心理戦あり、奇襲あり‥‥さて、最後はどう来る?)
道倉も油断ない。
ボールの後、二球目。内角を突いたストレートを振り抜く。
鋭い打球はファウル。スタンドを飛び越え、場外に消えていった。
「‥‥武器に比べたら、バットは軽すぎるの」
華奢な外見ながら、普段から重量武器を振り回す彼女だ。
(最後の最後でパワーヒッターか)
打球を見送り、道倉は思考する。
(小細工はもうなさそうだ──お前はどうしたい?)
出されたサインに、獅号は一発で頷いた。
1ー1、バッティングカウント。
ストレートが唸りをあげる。内角高めへ、やや釣り気味に。
アトリアーナは、無言。
軸足を踏み込み、腰を回し、フルスイング。
バットの芯がボールを、捉えた。
高く、高く。打ち上がるボールの行く先を、全員の目が追う。
青空に吸い込まれるのではと思うほど、高く。
センターがフェンスに張り付く。
やがて落ちてきたボールは──そのグラブの中へと収まった。
●
アトリアーナは一礼し、悔しそうにとぼとぼと打席を出る。
「ぁ──っぶなかったあ!」
その背中越しに聞こえた大きな声は、誰のものか。
「なあ! なあ!」
声が近づく。振り向くと、マウンドを降りた獅号が一直線に彼女の元へ駆けてきていた。
「お前、すごいな! あんなに完璧に捉えられたの、記憶にないぜ」
これまでの印象とは全く違う笑顔を浮かべ、握手を求めてきた。
戸惑いつつもアトリアーナが応じると、獅号は目を丸くする。
「見た目だけじゃなくてホントに細いんだな! どういう仕組みだ? ちょっと触っていいか?」
「えっ‥‥?」
握手した手を離さないまま、左手で肩をつかもうとしてくる。
「こら。相手は女の子だぞ」
道倉がそれを阻止した。
「だって、重利さんも気になるでしょ?」
引っ張られながらも抗議する獅号。
「あーすまんな‥‥こいつ、普段はこんな感じなんだ」
ぽかんとするアトリアーナに、道倉は苦笑混じりで詫びるのだった。
●
「空振り全然奪れなかったしなぁ。今日は俺の負けかな」
「あら、本当によい斬れ味だったわよ。アメリカでは、この調子で千人斬りくらいしてきて頂戴?」
「真剣勝負、楽しかったよ。ファンを大切に、頑張ってくれ」
朔羅と万寿が獅号に握手を求め、それをきっかけに他のメンバーも彼の周りに集まる。
「折角の機会ですし、是非お願いしたいんですよ」
匡弘たちがサインをねだっている。獅号も上機嫌でそれに応えていた。
「次は撃退士でも捉えられない凄いボールを身につけて、また来るからな」
獅号は高らかに、再戦宣言。
アトリアーナに指を突きつけ。
「絶対、三振にとってやるからな!」
「‥‥絶対、ホームラン打ってみせるの」
どちらも負けじと目を合わせる。
そして最後は、相好を崩した。
「‥‥じゃ、またな!」