「なんだか最近不思議な依頼が多いですよねー? 何かあるのでしょうかー?」
櫟 諏訪(
ja1215)は首を傾げる。
立て続けに出された一連の依頼に、違和感を感じずにはいられない。
とはいえ人命もかかっているという以上、失敗が許されないのは確かだ。
「救いますよ、何がなんでも」
清清 清(
ja3434)が確かな決意を口にした。
大通りをまっすぐ進む、などという愚は犯さない。市街地である以上、脇にそれる方法はいくらでもある。
一行は敵に捕捉されないよう、注意深く接近していった。
綿貫 由太郎(
ja3564)が道の角から覗き込む、その視線の先にサーバントが整然と並んでいる。
「あのサーバントども、おっさんたちを待ち受けてた‥‥のか?」
むしろ別の何かに備えていたという方がしっくりくる。
その様子は「はぐれ」などとは明らかに違う。確かな意志が感じられた。
「まあむこうさんの都合とかこっちにはあんま関係ないかもだけどなー」
飄々としたその態度は、どこか達観しているようにも見える。
「やれやれ、統率のとれた相手は厄介だな」
クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)もその光景を見ながら呟く。
「まあ、どんな敵だろうと叩き潰すだけだ」
彼もまた、由太郎とは違った意味で達観していた。
「それじゃあ、仕掛けるよ」
魔法書を開き、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)が皆を見渡す。
精神を集中させ、厳かな詠唱を。
「‥‥貫け、電気石の矢よ。トルマリン・アロー!」
生み出された雷が矢のような軌道を引いて、シーホースの一体に命中した。
それを合図に、全員が一斉に飛び出す。
「亡霊騎士にタツノオトシゴか、サーバントってのはバリエーション豊かだな」
軽口を叩きながら由太郎がショットガンをぶっ放し、諏訪も雷を浴びたシーホースに向け拳銃の引き金を引く。
クジョウと清は前衛に飛び出す。
光纏した清を取り巻く珠のうち、左脹脛の土星が茶色の輝きを放った。
戦いを遠くから観察するものが一人。
「あら‥‥期待していたのとは違う方たちが来てしまったわ」
秋山伊緒は襲撃者の姿をみとめ、ほんの少し驚いたような顔をする。
「でも‥‥たったの五人」
その表情に、動揺は見られない。
「退屈しのぎにはなるかしら。ほら、お相手してあげなさい?」
敵の対応は素早く、正確だった。
清が彗星を放つ直前、統率された動作で素早く散開し、降りそそぐ星をほとんど躱してしまう。
さらにクジョウが接近して鞭をふるうが、シーホースはその巨体に似合わぬ俊敏さでこれも回避した。
攻撃の後には、反撃がやってくる。
シーホースが吐きだした火炎のブレスが清を、クジョウを襲う。
清は北風と太陽の盾で守り、クジョウは転がるようにしてブレスを回避した。
それだけでは終わらない。シーホースは五体いるのだ。
別の一体が急接近し、由太郎に狙いを定める。
狙いを逸らさせるべく射撃を放つが及ばず、灼熱の火炎が彼を襲った。
「ぐあっ‥‥!」
身体の火を何とか消し止めると、自身に応急手当を施す。すべての傷は癒しきれないが、ないよりましだ。
シーホースは互いの距離をあけ、五人を一カ所に囲い込むように動く。諏訪やグラルスは距離をとろうとするが、前衛の人数が足りておらず、完全に敵の射程から逃れることができない。
「大きければいい、というものでもないでしょう」
清の土星が再び光を放ち、数体のシーホースの動きを止める。
そこへグラルスのトルマリン・アローが炸裂し、ようやく一体のシーホースを撃破した。
だが、敵の動きに乱れはない。シーホースの倒れた穴を埋めるかのように、幽霊騎士が大剣を担いで迫ってきた。
(こんなにも統率された動きをとるというのは、やはり‥‥)
徐々に押され気味になっていることを感じながら、グラルスは周囲にも視線をとばす。その目に新たな敵の姿は映らない。だが、いるはずだ。
「さぁ、暗くなっても仕方ないですよっ。笑いましょう笑いましょうっ!」
清が、メンバーを勇気づけるように、敢えて明るい声を出す。
まだ策は成されていない。
逆転の一手は、すぐ近くに。
●
時間はわずかばかり巻き戻る。
「静かに息を潜め、吐息だけで無言歌を歌いましょう‥‥やねー♪」
周囲を注意深く観察しながら、亀山 淳紅(
ja2261)は一人、細い道を進む。
「背後から‥‥なんて、ほんまは騎士相手にやることちゃうんやけどねー。まぁそれも戦略のうち。背中の傷は騎士の恥! やっけー?」
音で気づかれることの無いように。ほとんど口の中だけで呟きながら慎重に、しかし素早く歩みを進めていく。
何しろ単独行動だ。ここで敵に発見されることがあれば、作戦の成否どころか、彼自身の身の安全も危うくなる。
横道を進み、大通りのすぐ脇へ。
(よし、間に合った‥‥)
まさに戦闘は始まるところだった。
場所も想定通り、敵の陣型の背後を突ける位置だ。
だが、まだすぐには飛び出さない。
「‥‥そちらの状況は?」
ハンズフリー状態にした携帯電話に向かって、声をかける。
『配置についたわよォ』
スピーカーからは、特徴のある言葉遣いで返事があった。
(あとはタイミング、やねー)
味方は五体のシーホースを相手に、押し込まれ気味のようだ。
すぐにでも飛び出したくなる気持ちをぐっとこらえる。まだ、完全に虚をつける態勢ではない。
(まだか‥‥)
焦れる。
(まだか──)
シーホースの一体が倒れる。その穴を埋めるようにして、幽霊騎士たちが動き出した。
こちらに、完全に背中を見せて。
「よし、いくで!」
鋭く合図して、淳紅は路地を飛び出した。
その声をスピーカー越しに聞き、黒百合(
ja0422)はゆらり、立ち上がる。
「さてェ‥‥楽しい楽しい戦いの御時間だわぁ‥‥♪」
上機嫌に呟く彼女がいるのは、雑居ビルの屋上。
彼女はフェンスの上にすらりと立っていた。眼下ではいままさに淳紅が奇襲を仕掛け、幽霊騎士の一体を魔法の餌食にしている。
そして彼女は、何もない空に向かってその身を倒した。
地面と身体が水平になる。だが、落下はしない。
彼女の両足は、そのままフェンスに密着していた。
駆け出す。ビルの壁面を、猛スピードで、駆け降りる。
「あはははァ! 急降下爆撃ィ! 急降下爆撃ィ! 地獄へのヘルダイバーと逝きましょうかァァァァ!」
歓喜の叫びが、空を斬り裂く。
●
轟音とともに風が吹き抜けた直後、じわじわと狭まる包囲の圧力が、不意にゆるんだ。
槍を手にした幽霊騎士が棒立ちになっている。
「‥‥来たか」
クジョウが視線を送ったその先に、淳紅の姿があった。
さらに、突撃ラッパのように高らかな声が響く。
敵が認めたときには、もう遅い。
地面に降り立った黒百合は、シーホースを一直線に射程に捉えていた。
「何か企みごとをした連中がいるとさァ、」
地面からぬばぁ、と現れたのは、腐泥と血液で創られた巨大な腕。
「私はそいつを思いっきりぶち壊したくなるのよォ!」
腕はシーホースに向かって降りおろされた後、消滅したが、その腐泥を浴びたものをその場から動けなくする。
しかし幽霊騎士の一体が彼女に迫り、大剣を横薙ぎに払う。躱すタイミングを逃し、黒百合の華奢な身体はあっけなく両断された──かに、見えた。
空虚な手応えとともに騎士が斬り裂いたものは、一着の男子用制服。
「あはははァ‥‥! 私はここよォ!」
空蝉を用いた彼女は未だ朦朧としているもう一体の騎士の影に身を隠して追撃を振り切ると、スネークバイトを構えてシーホースの群に飛び込んでいった。
「さて、一気に倒し切りますよー!」
流れが変わったことをいち早く察した諏訪が、動きを止めなかったシーホースめがけてストライクショットを放つ。
「その隙は見逃せないだろ、普通」
由太郎は弱った一体に狙いを定め、的確な射撃でとどめを刺した。
「あら‥‥困りましたね」
伊緒は瞬く間に一変した戦況を眺め、小首を傾げる。
「もっと簡単に終わるかと思いましたのに‥‥主様のサーバントも大したことございませんのね」
彼女の手には武器。使徒となる前、ほんの少し前までは、ピアノの鍵盤を叩くことしか知らなかったその指が引鉄に掛かっている。
「実戦に慣れることも必要ですし‥‥少し、お手伝いしましょうか」
●
クジョウのアークソニックがシーホースを薙ぎ払い、また一体の敵が活動を停止する。
「これなら、いけそうですねー?」
シーホースは残り一体。
諏訪の言葉通り、状況は確実に撃退士たちに傾いていた。
残ったシーホースが距離を詰め、ブレスを吐き出そうとする。
だがその兆候を捉えた黒百合が右手をふるうと、指輪から伸びた極細の流体金属がその口を絡めとる。
馬の手綱を取るかのごとく操って、ブレスはあらぬ方向へと散らされた。
敵中を縦横無尽に駆け回る黒百合。
だがそのとき、長距離から放たれた一撃が彼女を襲った。
あるいは放たれたのが実弾であったなら、彼女であれば避けることは可能であったかもしれない。だが、魔法のそれは勝手が違った。
「黒百合さん!」
はじき飛ばされた少女の元に、清が回復をしようと駆け寄る。
幸い、意識を失うほどのダメージではなかったようだが、けして軽い負傷ではない。
「やはり、裏で操っている敵がいたみたいだね。でなければここまでしっかりした動きはとれないもの」
グラルスは落ち着いた口調で、大通りの向こうに現れた女性を見やった。
銃口をこちらに向けた女性が、微笑みをたたえて立っている。
シュトラッサー秋山伊緒。彼女に直接関わったものはここにはいないが、報告書でその姿は知っていた。
銃口が青く輝くと、再び魔法弾が放たれる。だが今度は狙いが定まらず、誰もいない地面を穿った。
「ま、依頼はサーバントの殲滅だからな。嬢ちゃんの相手は余裕があったらだねぇ」
今回の依頼では、シュトラッサーは「いるかもしれない」というだけで、こちらの戦力もあくまでサーバントに対抗できるものでしかない。由太郎の言葉はもっともだ。
「できればシュトラッサーとは戦いたくないですけど、どちらにせよこいつらは倒さないといけないですしねー」
諏訪もそれに同意する。相手も距離を詰めてくる気配は今のところない。ならば、目の前の敵に専念するのが得策だ。
「最初は当たったのに、なかなか難しいわね?」
伊緒は表情を変えぬまま、魔法弾を打ち込んでくる。
黒百合に回復を施した清が狙われているようだ。彼は今のところ回避に徹しているが、一撃でも受ければダメージはバカにならない。
「ここに来るなんて、余程暇なんでしょうね‥‥」
「俺が行こう‥‥牽制して引きつける」
クジョウが飛び出し、伊緒との距離を詰め始めた。
(‥‥まあ、力の差って奴は如何ともし難い。だが、なにもしないってよりかはマシだろうさ)
力ある者は力無き者の為に。
相手が誰であろうと、彼の信念は揺るがない。
「Canta! ‘Requiem’.」
淳紅の歌声が響き、幽霊騎士を死霊の手が抑え込む。
「んーおっさん弓はあんま扱った事ねーんだけどなぁ」
口先ではそうでもその実器用に梓弓を取り回す由太郎が、遠くから魔法の一撃をそこへ見舞った。劇的な違いがあるわけではないが、やはり魔法攻撃の方がいくらかは効果的なようだ。
別の一体が槍を構えて突進してくる、その前には諏訪が立ちはだかった。
「ちょっと大変ですけど、少しくらいなら前で戦えるのですよー‥‥?」
狙撃者用に改良したプレートメイルと巧みな体捌きで、ダメージを最低限に抑える。
グラルスは、残ったシーホースに狙いを定め。
「そろそろ終わらせよう。‥‥黒玉の渦よ、すべてを呑み込め。ジェット・ヴォーテクス!」
詠唱とともに生まれた漆黒の風の渦が、敵を呑み込み、そのまま喰らった。
伊緒はクジョウが飛び出してくるのを見るや、あっさりと狙いを彼に切り替えた。
だが武器の性能か彼女の腕前の問題か、距離が近づいても回避は十分可能だ。
もうそろそろ、言葉も届く距離。
「貴様の男は何処に居る?」
彼らしい、ストレートな問いかけだった。
声をかけられたのは予想外だったのだろうか、伊緒は攻撃の手を止めて答えを返してきた。
「丈文さんを知っているの? 彼なら私と一緒よ。本当は二人だけで居たいけれど、なかなかそうもいかないのが残念ね」
「‥‥何故堕ちる? その男の為か?」
そう聞くと、伊緒は心底不思議そうな顔をした。
「堕ちてなんかいないわ。私たち‥‥むしろ、昇ったのよ」
その瞳に狂気の光は見えない。それが逆に、決定的な溝であるかのように感じられる。
「あら‥‥まずいわね」
クジョウの背後で、金属の崩れる音が響く。油断無く使徒を見つめる彼が振り返ることはないが、幽霊騎士の一体が斃れたのだろうということはわかった。
「おしゃべりはおしまい。これ以上好きにさせたら怒られてしまうわ」
「!」
伊緒が一気に距離を詰めてくる。その動きは、疾い。
だが、元々戦士であった訳ではない彼女の動きは、注意してみれば読みやすい。
振り抜かれた右腕を躱す。反撃するならば、いましかない。
天使を討つために凝縮させた聖なる力を、白焔に乗せて、叩きつける!
「あああっ!」
確かな手応え。
クジョウの一撃は、伊緒の左肩を抉っていた。
「痛‥‥痛い、‥‥丈文さん‥‥」
鮮血の溢れる肩を抑え、呆然と呟く。
だが、それは一瞬。
「よくも‥‥やったなあっ!」
初めて見せる怒りの表情。クジョウが意識できたのは、それだけだった。
「がはっ‥‥」
膝をつく。体内から急速に血が抜けていく。
自己回復を。頭の片隅で、なんとかそう思考する。だが、それだけだ。
(どんな状態であろうとも、倒れこむわけには‥‥)
彼の意志に、しかし肉体は追いつかず、クジョウは前のめりに倒れた。
「戦いの場にでるというのは、怖いものね」
伊緒は意識を閉ざしたクジョウを見下ろす。
「今日は、ここまでにしておきましょう」
残った幽霊騎士も時間の問題と判断し、伊緒はそこから後退した。
グラルスの魔法の一撃が、幽霊騎士にとどめを刺した。
周囲から敵の気配が一掃される。
清、そして由太郎が倒れたままのクジョウの元へ駆ける。二人とも回復スキルは使いきってしまったが、最低限の応急手当だけでも施しておいた方がいいだろう。
「‥‥それにしても、友達も近くに色々駆り出されているみたいやねぇ‥‥何かまた動いてるもんでもあるんかなぁ」
淳紅は辺りを見渡しながら、顔をしかめた。
戦略的に重要とも思えない旧支配エリアで掃討戦。相手は使徒が指揮するサーバント部隊。
何とか任務は果たしたものの、その意図は見えないままだ。
大きな戦いに結びつかなければいい。だけど、もしそうなってしまったときは──。
彼の懸念への答えには、今しばらくの時が必要になる。