空が、高い。
カーンと晴れた青空。白く輝く砂浜。そして海。
まさに季節は、夏!
その場にいるだけで気分が高揚するような、そんな浜辺にうら若き男女が集まっている。
となれば、もちろん今日は──。
特訓だ!!
●
「特訓前にはちゃんと準備運動からだな!」
千葉 真一(
ja0070)は準備運動に余念がない。
一方、女性陣はそれよりもまずスキンケアである。
(‥‥特訓‥ですね‥)
スポーティなタンキニに身を包んだ糸魚 小舟(
ja4477)は日焼け止めを塗りながら、集まっている人の多さにちょっと驚いている。
(‥‥あ‥、春苑さん‥‥)
その中に、以前の依頼で一緒になった春苑 佳澄(jz0098)の姿を認める。
「ちょっと、佳澄ちゃん! 日焼け止めはちゃんと塗ったの!?」
佳澄はさきほど初対面の挨拶を交わしたばかりの神埼 晶(
ja8085)と一緒だった。
「ほら、しっかり塗らなきゃダメだよ!」
少々強引に身体を引き寄せられて、背中にぺたぺた。
「今日はこれから太陽の下で猛特訓だからね!」
「うん、がんばろうね!」
(春苑さん‥元気そうでよかったです‥‥)
きゃいきゃい騒ぎながらも楽しげな様子に、小舟は目を細めた。
「ほら、二人とも。日焼け止めを塗ろう」
天風 静流(
ja0373)が一緒に来た神月 熾弦(
ja0358)とファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)に背中を向かせる。
「二人ともきれいな肌だから痛めるのも何だし」
「ふふ、それなら静流さんもですよね」
「じゃあ、静流さんの背中は私が!」
仲むつまじく日焼け止めを塗りあう美女三名。
(ふふ、今日は二人と一緒にたっぷり遊‥‥じゃなかった、特訓です♪)
学園指定の水着の上にパーカーを羽織った雫(
ja1894)が、日焼け止めをもってきょろきょろしている。
肌の弱い彼女は日焼け止めをしっかり塗らないといけない。
「ん、背中かな? 私が塗ってあげようかっ?」
そんな彼女に声をかけたのは、この特訓イベントの発案者でもある、潮崎 紘乃(jz0117)である。明るいイエローのビキニに、彼女もパーカーを羽織っている。
「あ、じゃあ‥‥お願いします」
とは言ったものの、雫はなかなかパーカーを脱ごうとしない。
「どうしたの?」
「その‥‥私、背中に傷があって‥‥」
珍しく口ごもる雫。紘乃は彼女がなにを言いたいのかを理解して、優しく微笑んだ。
「そっか。大丈夫だよ。‥‥うん、今なら私以外、こっち見てないから」
自分の身体で周りから彼女の背中が見えないように配慮してやりながら、手早く日焼け止めを塗りこんでいく。
「はい、良しっ。白くてきれいな肌だねーお姉さんうらやましいなっ。特訓、がんばってね!」
「‥‥ありがとうございました」
手を振ってその場を離れる紘乃に、雫はそっと礼を述べた。
砂浜のすぐそばに建てられたテント‥‥一日限りの海の家。
そこに生徒たちが集まる。走るものは鉄下駄を、組み手をしたいものには特訓用の武器もある。ギプスを借り受けるものもいるようだ。
だが、全員が特訓に向かったかというと、そうでもなかった。
「こんにちは! 今日も暑いですね〜!」
元気よく紘乃に声をかけてきたのは、露草 浮雲助(
ja5229)。にこにこと愛嬌のある笑顔を向けている。
「君はなにを持っていくの?」
彼も特訓グッズを借りにきたのだろうと思いきや、浮雲助は笑顔のまま首を振った。
「いいえ、僕の特訓はこれに決まりです!」
目線を追うと、すでに仕込みの完了したカレー鍋が。
「はい! しっかりお腹は空かせてきました!」
「うーん、このスパイシーな香り、美味しそうです! これが今日は食べ放題なんて! さらに焼きそば、かき氷まで!」
お皿から漂う匂いを嗅いで、浮雲助の笑顔が深くなる。
「それでは、いただきまーす!」
「特訓だよ!」
「特訓! なんてロマンある言葉!」
「特訓‥‥まさに素晴らしい言葉だなっ」
波打ち際に並び立つ三人の女性。
桐原 雅(
ja1822)、月子(
ja2648)、アルテナ=R=クラインミヒェル(
ja6701)である。
(いくつもの実戦で腕を磨いてきたけど、まだまだ師匠には遠く及ばない‥‥ここは基本に返って、基礎の反復練習をするんだよ)
白と濃藍のシンプルなワンピース水着に身を包んだ雅は、今日は一日ストイックにいく構え。
(特訓頑張ってスゲー必殺技を身につけてぐえへへへー‥‥カッコいいお姉さんになってモテモテだじぇー)
妄想全開の月子。ぴっちりウェットスーツで自慢の巨乳もばっちりくっきりだ。
(一に特訓、二に鍛錬、三に修行だ!)
とにかく特訓大好きなアルテナは今日も鎧をフル装備。。周りのほとんどが水着・気温すでに三十度オーバーの浜辺でその格好はすでに何かの罰ゲ‥‥修行のようにも見える。
想いはさまざま、三人はそれぞれに特訓へと駆けだした。
●
「よし、それじゃ200Mダッシュ三十本いくわよ!」
「うん、晶ちゃん!」
「よろしくお願いしますー」
準備運動を終え、やる気満々の晶と一緒にいるのは佳澄、そして紫ノ宮莉音(
ja6473)。
三人横一列に並び、砂浜を駆ける。
一本走り抜けたら、短いインターバルをあけてすかさずもう一本。いったりきたりを繰り返し、ものの三十分ほどで駆け終えてしまった。
「熱中症対策に、こまめな水分補給も忘れずにね」
晶がスポーツドリンクのふたを開ける。
「やっぱり、集中的に鍛えてはるんですねー」
同じく一息つきながら、莉音が感心したようにそう言った。普段こなしているものとは違う種類のトレーニングが新鮮なようだ。
「こういう地道な基礎訓練に耐えたという経験が自信につながり、ピンチに陥ったときの心の支えになるのよ!」
得意げに胸を張る晶。
傍で聞いていた佳澄も同意しようとするが、不意に背後から誰かに腕を掴まれた。
「?」
「ちょっとこっちへ」
もにゅん。背中から肩に掛けて、異様に柔らかい何かの感触。
「え? あ、あの、どなたですか?」
振り返ることもままならぬまま、佳澄は引きずられていった。
「よし、休憩終わり! それじゃ次は──あれ、佳澄ちゃんは?」
「別の特訓、探しにいったんかなー?」
視点を変えて、海。
「ぷあっ」
深さを増している一角から浮かび上がってきたのは、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)。
彼女の特訓は、潜水だ。水中での動き方や肺活量を鍛える目的。
「ある程度は目標や目的をはっきりさせておかないと効果薄そうだもんね」
ただし、彼女はもともと、泳ぎは得意なほう。特訓とは言いつつも、その実遊んでいるのに近いのだが。
小麦色の肌に、白のホルターネックビキニがよく映える。燦々と照りつける太陽の下で泳ぐ彼女の姿に見惚れるものこそあれ、咎めるものなどいるはずもない。
彼女の故郷とはまた違うが、久遠ヶ原の海も美しい。今日は彼女にとって、心を休める一日となるだろう。
大谷 知夏(
ja0041)も潜水に励んでいる。
浮かび上がってきた知夏の手には銛が、そしてその先では魚がぴちぴちと跳ねている。彼女は泳いでいる魚を狙っていたのだ。
海中で回遊魚を狙うというのは、確かに簡単なことではない。悪くない特訓である。
「この調子でたくさん穫って、海の家で調理してもらうっすよー♪ 食べ放題も、楽しみっすー!」
特訓よりも食材採取が主眼におかれている様にも見えるが‥‥。
「あくまで、特訓の一環っす!」
とは、本人の主張である。
緋伝 璃狗(
ja0014)は地下足袋に鉄下駄を装備し、一人砂浜ダッシュを黙々と。
なお、彼は褌装備です。漢!
「‥‥いまいち物足りないな」
鉄下駄だけでは、もともと自己鍛錬好きな彼には物足りないようだ。
辺りを見回すと、真一がタイヤを引いてランニングしているのが目に入った。
「俺もタイヤを繋いで走ってみるか」
早速海の家でタイヤを借り受け、腰に繋いで再びダッシュ。
「‥‥これはなかなかだな」
しばらくタイヤ引きを行った後、さらに見回す。浅瀬の方には雅の姿が。
彼女は下半身が海に浸かる状態で海中ランニングを敢行していた。
「あれは良さそうだ」
表情は変わらないが、呟きにはほんの少しだけ楽しげな色が混じる。璃狗はタイヤをはずすと、海に向かっていった。
●
そう言えば、連れ去られた佳澄はというと──。
砂浜の隅で一人の女性と向き合っていた。
「よく来たな! 私はアーレイ・バーグ(
ja0276)だ!」
どどん。何かの効果音が聞こえる。
「あっ、はじめまして。春苑佳澄って言います」
効果音なんかなかった。
「これより魔法抵抗の実地訓練を行う! 貴様のために特別にダメージが入らない魔法を用意した!」
やたらミリタリーなノリのアーレイ。
「わぁ、わざわざありがとうございます!」
素直に喜ぶ佳澄。
とりあえず、同学年には見えない。
確かに、多くの阿修羅にとって防御面、特に魔法への抵抗力を身につけることは重要な課題の一つだが‥‥。
「では行くぞ!」
アーレイが右手を振りあげると、突如空間がゆがむ。そこから現れたのは──無数の触手だった!
「わぁっ、な、なんですかこれ!?」
佳澄は驚いている間に触手に身体を絡めとられてしまう。
「貴様はその拘束をふりほどくだけだ! 実に簡単な訓練だろう?」
「で、でもこれなんかぬるぬるして──ひゃう!?」
言われるまでもなく抜け出そうとする佳澄だが、上手く行かない。ねとつく触手に身体を撫で回され、思わず変な声がでた。
「どうした! まさか貴様触手に絡みつかれて喜ぶ淫乱○○○か? 貴様の(いろいろ略) パパとママが泣いてるぞ!」
口汚くののしるアーレイ。実に楽しそうだ。
※『異界の呼び手』で今回触手がでてきたのは何かの偶然あるいは必然的なものであり、普段の依頼で使っても触手はでません。安心してお使いください。
●
「びーち‥‥それはヘブン‥‥」
久我 常久(
ja7273)は砂浜にどっかりと腰を下ろして至福の表情を浮かべていた。
「ここに来てよかった‥‥」
視線の先ではたくさんの水着女性がひたむきに特訓に励んでいる。‥‥男性は見えないことになっている。
海の家から紘乃が出てきて、常久の元までやってきた。
「焼きそばどうぞ。‥‥久我さんも、少しは特訓したら?」
「ワシは特訓なんかせんぞー。見る専門じゃ〜」
焼きそばを受け取りつつ、堂々と言い放つ常久。ここまでくると逆に清々しいかもしれない。──もっとも、紘乃がそう思えるはずもなく、思わず胸元を手で隠した。
「それにワシコレでも鍛えてるからな〜」
大きなお腹をぽんぽんとたたく常久。
「えー‥‥」
「あ? そんな風に見えないってか?」
思わず漏れた本音に、常久がにやりと口角をつり上げる。
焼きそばをそっと脇に置くと──。
「このぷりちーぼでぃが目にはいらねぇかああああ!!!」
上着を脱ぎ捨て、上半身剥き出しで紘乃に迫った!
「ぎゃあああ! み、見せなくていいですからっ!」
たまらず紘乃は退散。常久は再び水着ウォッチングへ。
「鍛えてる若者ってのは、眩しいね〜」
目を細める常久。
それは、ただのエロ目線とはちょっと違う。
「若者が生死をかけて頑張らないといけないなんてよ」
本当なら、それは大人の役目なのだ。
「っと、そんなシリアスぶってもなぁ」
彼の呟きは誰の耳にも届かず、砂に吸い込まれていった。
紘乃が海の家まで戻ってくると、職員とは別の女性の姿があった。
「調理場、お借りしてます」
青い水着の上に白いエプロンを身につけた、道明寺 詩愛(
ja3388)である。
「へぇ、なにを作ってるの?」
「これです」
クーラーボックスから取り出したのは、トマトをはじめとした夏野菜にビネガーや赤唐辛子などで作ったスペインの冷製スープ・ガスパチョだ。
「冷水で締めたパスタにこれをかけて‥‥」
見た目にも涼しげな冷製パスタが完成した。
「味見してもいいかな?」
一皿受け取って、早速一口。
「うん、酸味と辛みがいいわね!」
「ふふ、良かったです」
「これ、きっと人気でるよ‥‥って、なにしてるの?」
紘乃の目の前で、詩愛はおもむろにゴーグルとゴム手袋を装着し始めている。
「皆の期待は裏切れませんから」
取り出したるは、ドクロのキーチェーンがついた怪しげな瓶。
「精神修行になるかもしれませんよ?」
とりあえず、もう味見はやめておいた方がいいと悟る紘乃であった。
「さてと‥‥鍛え直さなきゃな」
クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)は一人、波打ち際に立っている。
嘗ての失敗。原因はいろいろあるはずだ。だが、彼はその理由を、自分自身の隙であったと考える。
それ故、今日は一人でひたすらに修行に明け暮れるつもりであった。
浜に戻ってきた佳澄が、クジョウの姿に気づく。
だがクジョウのほうは佳澄に気づく様子はなく、鞭を構えて集中していた。
大きな波が不意に生まれる。自分に襲いかかる波を、クジョウは鞭を振るって打ち砕いた。
佳澄は声をかけずにその場を離れようとしたのだが。
「やあ春苑、お前も特訓組かぁ」
そんな彼女のさらに背後から、雨宮 歩(
ja3810)が現れた。
「こんにちは! 歩先輩もいらしてたんですね」
「組み手をするなら、どうだぁ? ボクが相手をしてやるよぉ」
歩の指し示したあたりで、複数の生徒が模擬戦を行っているようだ。
「ホントですか? 是非お願いします!」
その声で、クジョウが振り返った。
「ん、佳澄いたのか」
「あ、アルファルド先輩、こんにちは‥‥ごめんなさい、うるさかったですか?」
「いや‥‥」
「みんなで組み手やってるみたいなんですけど、先輩もよかったらどうですか?」
クジョウはつと考える。
「‥‥まあ、やるか?」
一人でやるつもりではあったが、誘われたものを断るということもない。
「えへへ、お手柔らかにお願いしますね!」
佳澄は笑顔になり、先をゆく歩に追いつこうと駆け出す。その後を、クジョウはゆっくりとついていった。
「ありがとうございました」
「ああ、いい特訓だったなっ」
ひと試合終えた雫とアルテナが挨拶を交わしている。アルテナはほとんど休みも取らずに動き回っているようだ。
雫も多くの相手と手合わせし、充実した特訓をこなしていた。
その向こうでは、歩と佳澄が手合わせ中。
佳澄は棍を持っているが、歩は徒手空拳。
だが直線的な佳澄の動きは読まれ、足技主体の歩のトリッキーな動きに翻弄されていた。
渾身の突きを躱されて、一瞬相手を見失う。
「あ、わっ!?」
と思ったら、足を掬われた。
横倒しになった次の瞬間、首筋に手刀が。
勝負あり、である。
「中々やるじゃないか、お前も」
歩が倒れた佳澄に手をさしのべた。
「ま、ボクもお前もまだまだ未熟だけどねぇ。もっと強くなろうじゃないか、お互い」
ここは先輩の面目躍如、か。
「さて、ボクは別の相手を探すかぁ」
一礼する佳澄に、軽く手を振って背を向ける歩。
「じゃあ、あたしは‥‥」
「よければ次は私とどうかな?」
声をかけてきたのは、鳳 静矢(
ja3856)だった。
●
一方そのころ。
雅は先ほど同様海中に下半身を沈めた状態で、鋭い蹴りの動作を繰り返している。
「‥‥ふっ!」
軸足でしっかりと地を掴み、水の抵抗をものともせずに蹴りあげる!
ひたむきな彼女に応えるものは、今は水しぶきだけであった。
「頑張ろうと思っていた時期が私にもありました」
ほんの数時間前の決意はどこへやら、月子は砂浜の上でだるーんとなっていた。
「いえ違います。これはダラダラする特訓です」
ごろごろー。
「あくまで特訓であってサボってるわけじゃないよ」
だらだらー。
そこへ、大きな波がざっぱーんとやってきた。
「あれー」
波にさらわれた月子はそのままぷかぷかしている‥‥。
「大漁っすー♪ 大漁っすー♪」
代わりに(?)銛を担いだ知夏が沖から帰還。
たらいの中には、結構な量の魚が収められていた。
「早速海の家で調理してもらうっすよ!」
取れたての魚をその場でいただく贅沢に、知夏の口中は早くも涎でいっぱいだ!
●
再び組み手会場。
手合わせを終えた静矢と佳澄が海を眺めながら会話している。
「なるほど、おばあちゃんの流派を復興するために、か」
「はい、そのためにも、まずは学園で一番の撃退士になるのが目標なんです!」
力強く宣言する佳澄。「なぜ強くなりたいか?」という静矢の問いに、彼女は迷いなくそう答えたのだった。
「実は私も、学園一の撃退士になることが目標なんだ」
「えっ‥‥じゃ、じゃあ、ライバルですね!」
もっとも、今し方の手合わせではこてんぱんにされたばかりなのだが。
「そうなるかな」
笑顔を浮かべた静矢だが、ふと表情を引き締める。
「‥‥強くなるのは悪いことじゃない。しかし何の為に戦うかを忘れたら力は悲劇しか生まない」
「鳳先輩‥‥?」
「おばあちゃんを‥‥人を大事に思う気持ちを忘れずにね」
そう言って、優しく頭を撫でる。
護るため、失わぬ為に強くなる。
静矢の想いは、佳澄に届いただろうか。
続いて佳澄が出会ったのは‥‥。
「ん、君は‥‥」
「グラウシード先輩! お久しぶりです!」
ブーメランタイプの水着でびしっと決めた、ラグナ・グラウシード(
ja3538)だった。
二人の出会いは、佳澄が学園に転入する直前のこと。
そのときのことを思い出して、ちょっと照れくさそうな佳澄である。
ここでさらりと「水着姿かわいいな」とでも言えば、何かのフラグでもたちそうなものだが‥‥。
悲しいかな、そんな甲斐性あったら「非モテ騎士」なんて呼ばれるはずもないのだ。
「春苑殿は真摯なのだな‥‥いいぞ、その特訓、つきあってやろう!」
佳澄の話を聞いて、ラグナは快くそう答えた。
二人で組み手を始めようかと、そこへ。
「私も一緒に特訓して良いかなぁ?」
ひょっこりと現れたのは、蓮華 ひむろ(
ja5412)だ。
桃色のリボンとフリルが可愛らしい水着を身につけた、可愛らしい女の子。
(この人がラグナね。聞いてたとおり、面白そうな人!)
さてその思考まで可愛らしいのかどうか。
「空飛ぶ天魔は数多い‥‥慣れねばならんぞ、春苑殿!」
鍛え上げた肉体に神々しい天使の翼を生やしたラグナが、ふわりと宙を舞う。
そして大剣を構えて──。
「消し飛べ、リア充どもッ!」
「ひゃあっ!」
世にいる全てのリア充への怨念を乗せ、リア充滅殺剣が炸裂する!
佳澄は何とか飛んで避け、代わりに大量の砂が巻きあがった。
「な、なんだか今すごく怖かったんですけど!?」
「まだまだ!」
なおも振りかぶるラグナ。しかし側面からひむろがねらいを定める。
「騎士は硬いから大丈夫だよねぇ?」
ストライクショットを放つと──。
「へぐっ!?」
うわ、描写したくないところに当たりました。
あれ、模擬戦用とか関係ないです。
あわれ、墜落するラグナ。
「だ、大丈夫ですか?」
心配する佳澄をよそに、ひむろは水鉄砲で追撃。
「ぐわ、ちょ、鼻にはibwja」
「あはは、面白ーい」
もだえるラグナ。反応を楽しむひむろ。
佳澄はそんな二人をみてあたふたするばかりだった。
そんな光景を雀原 麦子(
ja1553)が遠くから見つめていた。
(一気にバーンと強くなりたいとか日々の訓練が足りてない証拠)
名前にちなんでか、雀柄の特徴的なビキニを身につけている。
(とはいえ、特訓で新しい力に目覚めるとかいうシュチュは嫌いじゃないし‥‥)
麦子は意味深な笑みを浮かべている。
(ちょっとだけ、協力してあげよう)
お灸の意味も込めて、少しきつめに。
●
さて、海の家は人が増えて書き入れ時。
「うーんこのかき氷の見た目の涼しさ! たまりませんねー!」
浮雲助は最初からずっといた。ずっと食べてる。
「あっ、カレーをおかわりっすよ! カキ氷もお願いするっす!」
先ほど海から戻ってきた知夏もものすごい勢いでお皿を積み重ねていく。さっき穫ってきた魚の姿が見えないけど、まさかもう‥‥?
菊開 すみれ(
ja6392)はカウンターにずずいと腕を乗せ。
「わたし、メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ」
何かの呪文をつぶやいた。
「えっと──ああ」
一瞬ぽかんとするも、理解する紘乃。ただ。
「ごめんね、今日はラーメンはないのよ」
「な、何だってーーーーー!」
がっくりうなだれるすみれ。
うん、海の家ってラーメンあるイメージですよね。でも今回はありません。
「あら‥‥今日は私もパスタなんですよね」
ラーメン研究会・詩愛がちょっと申し訳なさそうに言った。
泳ぎからあがったソフィアも海の家の料理を満喫している。
「いつもは作る側だけど、たまには食べる方を楽しませてもらおうかなっと」
目に入ってきたのは、詩愛が作った冷製パスタだ。
「へえ、おいしそうだね」
さて、食べてみようかと思ったのだが。
にこにことこちらを見ている詩愛の後ろで、紘乃が何とも微妙な表情を向けているのが目に入った。
「‥‥?」
「お腹すいたっ」
そこへ、佳澄がやってきた。
「食べなきゃ修行も続かないですよ? 春苑さんもどうぞ」
「わあ、おいしそう!」
何の疑いもなく、詩愛から皿を受け取って、一口。
「!!!!!」
顔が真っ赤に染まり、汗が噴き出すその瞬間を、ソフィアは間近で見た。
「んー! んー!」
何とか吐き出さずに飲み込もうと奮闘している。
「血の池地獄・冷式‥‥」
詩愛の呟きは、悪魔のささやきに聞こえた。
「あ、全部がこうじゃありませんから、どうぞ」
「え‥‥」
さて、ソフィアの持つ皿は果たして‥‥。
「よっしゃ、もうひと頑張りいこうか!」
休憩を終え、真一が海の家を飛び出していく。
「みんな元気、若いなぁ」
お皿を片づけながら、何故か教職員目線でそれを見送る詩愛。
──彼女の背後では、佳澄を含め数人の生徒がいまだ悶絶していた。
●
ほかの人たちよりもやや遅れて、佳澄も海の家を後にする。
次はなにをしようかとそのとき、背後から殺気が。
「たあっ!」
「わっ!?」
すんでのところで避ける。跳ねるようにして二歩、三歩。
振り返ると、水着姿に何故か仮面をかぶった珍妙な格好の女性が刀を構えていた。
「ふふ、よく避けたわね!」
「だ、誰ですか?」
雀の柄のビキニ。わからないひとはちょっと上の方を読み返してみるといい。
「問答無用!」
再び襲いかかる。その剣先は鋭く、疾い。
佳澄は避けるので精一杯だ。
否、ギリギリのところで当たらないよう、調整されている。佳澄にはそうと気づくこともできないほど、二人の力量には差があった。
「ほらほら、反撃してごらん!」
「ううーっ!」
襲撃者の挑発が、佳澄の何かに火をつけた。度胸だけなら、すでにある。
「やあっ!」
反撃は、予期せぬタイミングで。
仮面越しに、額にクリティカルヒットした。
「あたーっ!?」
「ごっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
ぱかーんと、いい音だった。
思わずうずくまる襲撃者。
「う、ぐぐぐ‥‥」
「あの‥‥?」
「ふ、ははは! なかなかいい攻撃だった!」
痛みをこらえて、立ち上がり。
「これからも精進しなさい!」
ちょうどスキルも切れた頃合い。言い残して、走り去った。
「今のひと‥‥どこかで会ったような?」
●
ビーチバレー用に二面のコートが作られている。
「行きますよー」
サーブはファティナ。受けるのは静流。養成ギプスを身につけ、動きを制限されながらの特訓バレーだ。
静流が受けた球を、トスするのは佳澄。
「天風先輩!」
「はぁっ!」
制約をものともせず、強烈なスパイク。
「ふっ!」
それを受けたのは熾弦だ。彼女もギプス装備ながら、巧みな動きでボールを打ち上げる。
ファティナがトスを上げる──と見せかけて、ツーアタック!
意表を突かれた佳澄が反応できず、1ポイントだ。
「勝っても負けても恨みっこなしですよ!」
流れる汗を拭いつつ、楽しそうに声を出した。
もう一面では、すみれと小舟のペアが真一とアルテナのペアと対戦していた。
通りがかりに誘われたアルテナは当初特訓中だからと参加を渋っていたが、これも状況判断と連携を養う特訓だと聞かされた途端目を輝かせて参加を志願してきたらしい。
「チャンスだ、千葉殿!」
「よっしゃ、まかせろ!」
広くあいた中央を狙って、渾身のスパイク。だがそれは相手チームの読み通り。
「まだまだですね!」
すみれが飛びついてボールを拾い上げた。
「‥‥菊開さん」
鉄下駄を履いた小舟が追いつき、きれいなトスをすみれに返す。
「背の高さが決定的な差でないことを教えてあげます!」
身長差は跳躍力でカバーだ。
真一もアルテナも飛びつくが、すみれのスパイクはその間を抜けて砂浜を叩いた。
(それにしても、この水着‥‥)
すみれは周りの視線が気にかかる。友達に無理矢理渡された水着は、胸元が大胆に開いたデザインだった。
おまけに、飛び跳ねると揺れるのだ。そりゃもう、揺れる。
今も、どこからか歓声が聞こえたような気がする。
小舟は今日も微笑みをたたえている。
彼女をよく知らない人ならば、そこそこ楽しそうに見えるだろう。少しだけ知っている人ならば、いつもと同じに見えるだろう。
(‥‥たくさんの方とご一緒できて‥‥とてもうれしいです‥‥)
その心根は、本人にしかわからないのかもしれない。今は、まだ。
そういえばすっかり忘れてたけど、今日は教職員もいるのです。
もっとも、こちらは片隅に集まってすっかり宴会モードですが。
すでにアルコールの栓もあけられ、ほろ酔い加減。
「ん‥‥君は生徒じゃないのかね?」
「ま、ま、細かいことは言いっこなし♪」
「ふむ‥‥ま、二十歳過ぎているならいいか」
ちゃっかり麦子が混ざっている。海で飲むビールはまた、格別だ。
赤く染まった額は、ちょっと痛いけれど。
ところでビーチバレーに参加している男性は真一ひとり。本人が意識しているかは別として、端から見たらちょっとしたハーレム状態である。非モテ騎士さん、出番ですよ!
「はうぅ‥‥」
しかしそのころラグナはアルコールを抱えて砂浜でべたーんとなっていた。
「変なかっこ、面白ーい♪」
酔いつぶれた彼をひむろが激写していた。
ガッシャーンと大きな音を立てて、アルテナが倒れた。
「いかん、熱中症だ!」
とたんに周りがざわめく。彼女は休息をいっさいとらず、特訓に明け暮れていたのだった。
騒ぎに気づいて、璃狗がスポーツ飲料を持って駆けつけてきた。
「だれかあおいでやってくれ」
一緒に持ってきていたうちわを手近なものに預け、アルテナの身体をゆっくりと起こす。
「水分は一気に取るなよ、少しずつだ」
幸い、彼女の症状は軽いものだったようだ。
●
波のひときわ高い場所で、雅は特訓の仕上げをしていた。
襲いくる大波に向かって脚を振り抜く。波は見事に二つに割れた。
「これくらい出来なくちゃ、天魔は捉えられないもんね」
ひと息ついて、ようやく気づく。
太陽は、そろそろ沈む頃合いだった。
(海って心がキラキラする。やっぱり、ちょっと落ち込んでたかなー)
莉音は一人、波間にたゆたう。
戦いの中で、力不足を痛感することがある。作戦は成果を収めたのだから、それでいい。そう思って割り切ろうとしても、やはり簡単にはいかないものだ。
(しばらく忙しくしてたけど、夏休みには家族と過ごそう‥‥)
莉音は京都出身だ。彼の故郷は今、天使の支配下にある。家族が難を逃れたことが不幸中の幸いだった。
穏やかな波の音を聞きながら、遠い家族に、想いを馳せる。
「うふふ、えいっ、えいっ」
「きゃ! シヅルさん、やりましたね?」
波打ち際で熾弦とファティナが戯れている。
水面が夕陽をうけてきらきら輝く。まるで、二人が輝いているかのようだ。
見ていた静流はカメラを取り出す。
美しい思い出を一枚、パシャリ。
●
「さて、そろそろお開きかなっ」
紘乃が生徒たちを呼び集める。
「ごちそうさまでした! とってもおいしかったです!」
「あ、浮雲助君ごめんね、手伝ってもらっちゃったり」
彼は生徒が多く集まった時間は海の家を手伝っていたが、それ以外の時間は宣言通り、ほぼ食べていた。
「こちらこそ、こんな機会を与えてくれてありがとうございます!」
大満足、にこにこ笑顔の浮雲助である。
知夏も海から戻ってからはずっと食べていたようだ。
「ふぅー、もう食べられないっすよ‥‥というか、動けないっす! どなたか、知夏を運んでくださいっすよ! 置いていかないでくださいっす!」
長椅子の上で手足をばたばたさせていた。
「ふわぁ‥‥んん‥‥」
「おい、佳澄大丈夫か?」
「ん‥‥先輩、次は負けませんから‥‥」
佳澄はすっかり眠そうだ。クジョウの呼びかけにも、夢見心地の返事が返ってくるばかり。
「お、眠いのか? ワシがおぶっていってやろうか?」
常久はなんだか手つきが怪しい。すかさず紘乃が割り込んだ。
「はーい、佳澄ちゃんは私が責任もって連れていきますから。久我さんは元気が余っているなら、テントの片づけ手伝ってくださいね!」
「なにィ!?」
紘乃に背負われて、佳澄はすっかり夢の中。
「特訓、うまくいったのかな?」
単純な力や、戦闘技術。そればかりではない。
たくさんの人に出会い、交遊を深めた。それだって、彼女の大切な力になるはず。
今はまだ気づかなくとも、きっと。
太陽は眠りに就き、明るい月が浜辺を去る彼らを見送っていた。
●
ぷかり、ぷかり。暗闇の海に浮かぶ二つの小山。
‥‥ではなく、それは月子の巨乳だった。
「はっ、気づいたら夜!?」
だらだら特訓中、波にさらわれた彼女はそのままずっとぷかぷかしていたらしい。
あわてて浜に戻るが──。
「既に誰も居ないでござる」
これが世に言う「置いてけぼり」である。
一人きりの月子を、月ばかりが見下ろしていた。