某日、京都。
日本が誇る歴史深いこの都市に、今やその面影は薄い。
つい先日の大規模な天使の侵攻とともに生まれた結界は、範囲を狭くしたとは言っても今なお都市の中心部を覆い隠している。
今や封じられた都市──「封都」となったその中に残された人の数は決して少なくない。
今すぐに天使たちを退けることは叶わなくとも、彼らを一人でも多く助けたい──。その想いは多くの撃退士に共通したものであろう。
そして、そのチャンスは巡ってきた。
道を切り開くために。十二人の撃退士が、いま結界の内部に踏み込んだ。
●
「再びの京都‥‥か。こんなに早く訪れることになるとはね」
天風 静流(
ja0373)が戦いの爪痕も生々しい街を進みながら呟くように言った。
この作戦の参加者のほとんどは大規模戦を経験している。彼女のような感慨を抱いているものも多いはずだ。
「俺は封都の戦いの時には出遅れてたからなぁ」
そんな中、千堂 騏(
ja8900)は大規模戦には参加しておらず、結界の中にはいるのは初めてのことだ。
「ま、一歩遅れにはなったが、ここにありってのを見せてやるぜ。陽動なら派手なら派手なだけ良いだろ」
右手の拳を左手で受けながら、威勢のいい調子でそう言った。
「そうだな、派手に暴れようじゃねぇか」
「存分に暴れてやるぞ‥‥不不不‥‥」
騏に同調するマキナ(
ja7016)、それに日谷 月彦(
ja5877)。二人ともいつ敵がでてきても良いように臨戦態勢だ。
「作戦の初手、此処で躓く事は出来ませんね」
辺りを注意深く観察しながら、雫(
ja1894)。
「ああ、重大な作戦の第一歩だ。油断せずに行こうか」
彼女の言葉に頷きを返す静流。二人並ぶと結構な身長差だが、これで二人とも優秀な阿修羅である。その能力には遜色がない。
重大な作戦──百人規模の住民を救い出す救出作戦。
しかしここに集う彼らが、直接住民を救いに行くわけではない。
彼らの役目は、実際に救出に向かうメンバーたちが行動を起こしやすいようにする、陽動である。
多数のサーバントが徘徊する結界内において、明確な撃破目標があるわけでもなく、ただ時間いっぱい戦い続けるという過酷な任務だ。
(こいつはとんでもなくハードだな)
口慰みの電子タバコをくわえた綿貫 由太郎(
ja3564)の感想だ。
(いや、実際救出に突入する連中にくらべりゃバックアップがあるだけましか?)
しかし、バックアップは結界外で待機しているだけで、戦闘中は完全に彼らだけですべてをこなさなければならない。
実際にどれだけの敵を相手にすることになるのか──相手にすることが出来るのか、それすら現時点では不透明だ。
「耐え忍ぶ、それが今回の目的でしたね。ならば、耐え忍ぶのみ」
神埼 煉(
ja8082)の言葉は、今回の彼らの役割をよく表していると言えよう。
敵を倒すよりも、味方を護り、此方が倒れぬ戦いをする──ディバインナイトの本領発揮となる作戦だ。
東城 夜刀彦(
ja6047)の脳裏には、これまでに喪った人々の面影がある。学園に来る前も、来てからも。彼の手をすり抜けていった大切な命の面影。
(もう、誰も死なせたくない‥‥)
だからこそ、一人でも多く救うために。この作戦に志願したのだ。
「味方も住民も必ず護り通す!」
鳳 静矢(
ja3856)もまた、強い決意を抱いている。
救出対象の住民ばかりではない。この作戦には総勢で五十人近い撃退士が関わっている。そしてその中には、彼にとって大切な人も含まれている。
共に戦うわけではないが、陽動班の作戦の正否が彼らをも護ることにつながっているのだ。
京都駅が見えてきた。
あの中には多数の救出対象と、それを監視しているサーバントたちがいるはずだ。
だが、それらは他の班に任せるべき事。彼らは彼らの仕事がある。
「それでは、始めましょうか」
機嶋 結(
ja0725)が淡々と告げる。彼女にはこの作戦に何の感慨もない。まさに仕事は仕事として、こなすのみ。
「ええ。行きましょう」
二丁拳銃を手にした田村 ケイ(
ja0582)もまた、淡々と答えた。
無表情のその下に、決意と覚悟を秘めて。
より効率よく陽動を行うため、ここで十二人は六人ずつ二班に分かれた。
●phase 1
「回復がミーナの役割ダナ! 任せロ!」
一行の最後尾についたミーナ テルミット(
ja4760)が元気よく声をかける。
A班は彼女の他、雫、結、由太郎、騏、夜刀彦で構成されていた。
今回はサーバント戦である。カオスレートが反発する阿修羅、鬼道忍軍が多くいる中で、他者回復が使える彼女の存在は非常に重要である。
特に、まだ実戦経験の少ない騏や、ジョブの性質として耐久力の高くない鬼道忍軍である夜刀彦にとっては命綱だ。
路地の向こうに、数体の腐骸兵と一体のヴォーパルバニーの姿が見える。
こちらが阻霊符を発動しているため、向こうも侵入者がいること自体には警戒しているのだろう。だが、瓦礫などを利用してうまくここまで来たため、自分たちの位置までは気づかれていないようだ。
一行は目線を交わしうなずきあうと、一斉に行動を開始した。
まず素早く動いたのは雫だ。オートマチックの照準を腐骸兵にあわせ、引鉄を引く。襲撃を知らせる轟音と共に相手の頭蓋がはじけた。
元々死体であるが故か、敵はその状態でも動いてこちらを向いたが、すかさず由太郎が追撃を放つとその場に崩れ落ちた。
ヴォーパルバニーはともかく、腐骸兵の動きは鈍い。こちらの存在を感知し、のそのそと向かってくる。そこへメンバーは遠距離攻撃を集中させた。
「この鈍さなら、逃げ撃ちで対応できるな!」
他のメンバーが長射程の銃や弓で攻撃する中、騏は苦無を投じている。自然、一歩前にでる形になるが、彼の言うとおり腐骸兵は騏のヒット・アンド・アウェイについてこられなかった。
だが、敵は腐骸兵ばかりではない。
ヴォーパルバニーが迫ってくる。騏はパイルバンカーを顕現させるとカウンターの姿勢をとるが、巨大ウサギは彼を飛び越えて行ってしまった。
その先にいたのは夜刀彦。
「くっ‥‥!」
跳躍からの鋭い一撃を躱しきれず、その身をはじき飛ばされてしまう。
回復役のミーナを前線に出せない以上、チームで壁役がこなせるのは結一人。これでは、夜刀彦たちを攻撃目標にされずに済ますのは難しいだろう。
バカに出来ないダメージを受けた夜刀彦だが、すぐに起きあがると気合いを入れ直す。体内をアウルが駆け巡り、夜刀彦の体を軽くすると共に、いくらか負傷が回復した。
背中を見せたヴォーパルバニーを騏が撃破。さらに腐骸兵の一体をミーナが弓で沈めた。
先手をとれたこともあり、腐骸兵にはまともに攻撃されることもなく敵の一団を撃破できた。
「さあ、移動しましょう」
結の声で、六人は東に向かって移動を始める。
今の戦いはほんの呼び水。剣戟の音を聞いて、これから彼らの元にはさらに敵が集まってくるはずだ。
●
「道を開けろ!」
静矢の大技・紫鳳翔が道をふさぐ腐骸兵たちを吹き飛ばす。
彼らB班も、緒戦をほとんど被害なく終え、東への転進を始めていた。
B班には静流、月彦、マキナと三人の阿修羅がいる。火力はかなりのものであり、先手をとれている今は優位に戦闘を進めていた。
そこへ響く、狼の遠吠え。グレイウルフだ。
路地向こうから、二匹。さらに瓦礫となった家屋を飛び越え、二匹のグレイウルフが飛び出してくる。そのうち一匹は、そのまま前衛にいた煉へ襲いかかった。
だが、狙いを逸らすべく放ったケイの射撃が敵にたたらを踏ませ、その隙に素早く側面に回り込んだ煉が横腹に拳を叩き込む。ギャン、と声を上げて灰狼が飛び退いた。
「お前たちの相手は私だ!」
静矢も前線に立ち、大太刀を構えて別の二匹に立ちふさがる。
煉と静矢、二人が壁役を務め、後ろから残りのメンバーが火力をつぎ込む。敵も瞬く間に二匹が沈んだ。
だが、ここは敵地。敵戦力に終わりはない。
「背後から来てるわ!」
ケイが注意を喚起する。複数の灰狼や腐骸兵の姿が見える。
「さすがに、数が多いか」
顧みた静流は呟く。つと目を閉じ、呼吸を整える。
外式「鬼心」。体内に秘めた力の開放。
膂力を増した弓の一射は直近にいた灰狼の半身を削り取り、一撃で活動を停止させた。
彼女の身から溢れ出る殺気を受けてか、他の灰狼が進撃の足を止める。だが、より下等なサーバントである腐骸兵にはそんな警戒心は存在しないようで、かまわず距離を詰めてくる。
「不不不‥‥さあ、喰らえ」
不吉な笑みを浮かべ、彼らを迎えるのは月彦。
構えた護符から現れた光球が腐骸兵の片腕を吹き飛ばした。
静矢たちの前からも敵の姿はなくならない。腐骸兵がゆっくりと近づいてくるのを追い越して、ヴォーパルバニーも迫ってきていた。
「こいつはどうだ!」
巨大ウサギの背後へ向かって、マキナが何かを投げ込んだ。
一瞬のタイムラグを挟んで響く破裂音。聴力に優れているというウサギ対策に、爆竹を持ち込んでいたのだ。
狙い通りか、巨大ウサギの動きが一瞬止まる。静矢が駆け込んで大太刀を振るった。
一撃で仕留めるには至らなかったが、マキナの追撃で巨大ウサギは地に伏した。
一方、煉の眼前にはグレイウルフ。
彼の背後には、今は後方の敵に対処しているメンバーがいる。
「行かせません。貴方の相手は私です」
ここを抜かせるわけには行かない。煉はゆったりとしたフォームながら、油断なく敵を見据える。
灰狼が飛びかかってくる。鋭く伸びた爪が煉の頬をかすめ、赤い一筋が走る。
だが彼はものともせず、攻撃を受け流しざまに灰狼の足を取り、投げ飛ばす。
さらに追撃。敵も反撃してくるが、スキルによって防御力を強化していることもあり、さほどの痛手にはならない。そのまま仕留めた。
「行かせないと言った筈」
動かなくなった敵を鋭い目つきで見下ろす煉。
彼自身の傷はまだ浅い。だが彼には自らを回復する術はなく、此方には他者を癒せるものもいない。
それでも、彼は前線に立ち続ける。それが役目である故に。
●
「ユタロウ、大丈夫カ?」
「ああ、悪いね」
ミーナのライトヒールが由太郎を癒す。負傷の軽くなった由太郎は再び銃を構え、敵陣に向かっていく。
戦闘を始めて、どれだけの時間が経っただろう。もう突撃班は行動を開始しているはずだ。陽動は上手くいっているのだろうか?
彼らの周囲に、敵の姿は途切れない。だが、群がってくるのは雑魚ばかりだ。
あるいはこちらの動きを読まれ、京都駅をがちがちに固められていたら──。
そうなれば、ここで自分たちがどれだけ奮戦しようと、作戦は失敗だ。
一匹のグレイウルフが騏に飛びかかる。騏は凶悪な牙を生やした口元に、敢えてその手を突っ込んだ!
がぁん、と派手な音がして灰狼の頭がはじけ飛ぶ。
「へっ、どうだ!」
パイルバンカーを装着した右手を突き上げ、鬨の声を上げる。開戦前の決意通り、少しでも派手に暴れるしかない。
(敵の増援は‥‥)
蛍丸に魔法の波動を乗せて敵と斬り結びながら、結は周囲を警戒する。天使どもが自分たちのことを認識しているのならば、もう行動があってもいいころだ。
「来ました」
路地の向こうからでもわかる熱気。増援として予想されていた、中位サーバントの一体。
炎の巨人、イフリートだ。
強敵の出現は、相手が陽動にかかっていることの証明でもある。
だが喜んではいられない。これからその強敵と戦わなければならないのだから。
フランベルジェを構えた雫が飛び出す。イフリートの周りにはグレイウルフの姿も見える。密集している今はチャンスだ。
アウルを武器に一点集中させ、その力を残さず敵へ。三日月状のアウルがイフリートばかりか背後のグレイウルフまでも巻き込み、灰狼はあえなくかりそめの命を散らす。
だが、イフリートは止まらなかった。いかにカオスレートの相反する阿修羅の攻撃とはいえ、一撃で沈めることができるほど、巨人は柔ではない。
大技を放った直後の雫を、イフリートの拳がねらう。
「雫さん」
すかさず結が、彼女の前に防壁陣を展開した。
阿修羅の攻撃は、天使に対して強力に作用する。それは逆もまた然りだ。
振りおろされた拳を、とっさに大剣で受け止める。衝撃が彼女の細い身体を揺らすが、結の援護もあって深手は免れた。
夜刀彦がアウルの力で生み出した土塊を叩きつけ、敵を散らす。由太郎も回避射撃で援護して、二人をイフリートから離れさせる。
「出し惜しみして休憩前にリタイヤとか本末転倒だからねぇ」
距離をとった隙に、由太郎がスキルの入れ替えを行っている。
「そうですね‥‥」
そこで結は気づく。蛍丸の刀身にのせていた魔法の力が消え失せていることに。
「これは──」
視線を上空に飛ばす。思った以上に近くに、そいつが迫っている。
ファイアレーベンだ!
大鴉の魔法封じは、そこまで範囲が広くはない。いざ魔法が封じられた段階で気づくのでは、遅い。
ましてイフリート対策に気を取られたことで、この場は完全に後手に回った。
大鴉が突っ込んでくる。ミーナが離れた位置から矢を放つが当たらない。雫が頭上を見上げると、くちばしの奥に炎を溜め込んでいるのが分かった。
「散開を!」
夜刀彦が号令するのと大鴉が巨大な火球を吐き出すのは、ほぼ同時だった。
●
ほぼ時を同じくして、B班の元にも敵の増援が現れていた。
A班との違いは、集中攻撃が上手く決まってイフリートを撃破できたことだ。
「不不‥‥どうだ、痛いか‥‥不不不‥‥」
倒れ伏す巨人にとどめを刺したのは月彦。
大上段に構えた鎚を豪快に脳天に振りおろした一撃だった。
「ファイアレーベンよ、気をつけて!」
ケイが叫ぶ。
北の空から現れた黒い影に、遠距離武器を持っているものが一斉に射撃を浴びせた。しかし大鴉は巧みに旋回してこれらを躱してしまう。
大鴉とはまだ距離があり、静矢の持ってきていた手裏剣ではまだ射程が足りない。地上にも敵は残っており、彼は大太刀でグレイウルフと渡り合っていた。
敵の突撃を落ち着いて躱し、返す刀で屠る。
そこへ唐突に飛来する蒼い焔。
躱しきれないと判断した静矢は本能的に武器で弾こうとしたが、魔法の光はそのまま武器をすり抜けて静矢を捉えた。
「ぐっ、これは‥‥」
気を巡らせて受けた傷を回復させながら、攻撃の先を見据える。
瓦礫の向こうに、古めかしい武者鎧に身を包んだそいつが、こちらに向かって弓を構えている。
サーバント級では群を抜いてやっかいな存在‥‥サブラヒナイトが腐骸兵を従えてそこにいた。
●
炸裂した火炎弾で空気まで焼かれている。
おかげで息を吸うと熱い。
熱にその身を焦がされながら、由太郎が飛び去ろうとする大鴉に狙いを定める。
「飛んでる敵をたたき落とすのは俺らの役目だろ‥‥!」
活性化したばかりのスキルで速射すると、元から防御力も生命力も低い大鴉はあっさりと地に落ちた。
「ミンナ、大丈夫カ?」
ミーナが駆け寄ってくる。彼女と騏は位置的に離れていたため火炎弾に巻き込まれなかった。
「ええ、こちらは」
「俺も、何とか‥‥」
結はまだその場にしっかりと立っていたし、夜刀彦も軽い負傷ではないもののすぐに起きあがった。
だが一人、雫の返事がない。
直前にイフリートの一撃を受けて生命力を削られていた彼女は、火炎弾の直撃をこらえられなかった。倒れ伏したまま、動かない。
ミーナが雫の元に向かう間に、イフリートが再び迫ってくる。
雫がもう一撃受ければ、少なくともこの戦闘中の回復は難しくなる。そうさせないために、結が敵の前に立って引きつけにかかる。狙い通り振りおろされた拳を躱し、逆にその拳を押さえつけるように刀を叩きつけた。
「今です、さあ!」
彼女の号令に、まず由太郎が反応。リボルバーから迸るアウルの弾丸が、巨人の右目を穿った。
騏も距離を詰めつつ、苦無で援護する。その間に夜刀彦が背後へ回った。
「やらせるものか‥‥!」
強い決意をもって、一閃。
巨人はついに膝をつき、そのまま横倒しになったのだった。
「シズク、しっかりしロ!」
ミーナが彼女自身よりもさらに小柄な少女を抱きかかえる。雫は気を失っていたが、声に反応するかのようにしてかすかにまぶたが動いた。
傷は浅くないが、どうにもならないほど深いわけでもないようだ。
ヒールを施す。ミーナから雫へとアウルの光が渡り、傷ついた身体を優しく癒した。
「‥‥う、ここは」
幸いにして、彼女は意識を取り戻した。すぐには状況が理解できず、自分を抱えているミーナの大きな瞳をぼんやりのぞき込む。
「ここはまだ戦場だ! 戦えるか?」
だが、様子に気づいた騏の声を聞いて、意識をはっきりとさせた。
「ええ、大丈夫です」
起きあがる雫をミーナが心配そうに見やるが、その足取りはしっかりしている。再び光纏し、武器を顕現させた彼女はもういつもの様子に戻っていた。
●
前線で戦い続ける静矢の携帯が音を鳴らした。
突入前に設定しておいたアラームだ。作戦開始から五十分が経過したことを知らせていた。
「あと十分──頃合いか、退路を作って撤退しよう」
結界外まで敵を引きつけながら後退すればフェイズ1の作戦時間である一時間にはちょうどいいだろう。
「おらおら、どけってんだ!」
マキナが斧槍を構えて退路方向をふさぐ腐骸兵に突撃する。サブラヒナイト等強敵は北側に集中して現れており、逆に南側は元から付近を徘徊していたと思われるサーバントがほとんどだ。彼の攻撃力なら反撃は最低限で撃破していくことができた。
マキナのすぐ後を、ケイが銃弾をばらまきながらついていく。月彦、静流がそれに続く。
静矢と共に、煉が殿につこうとする。
だがそこへ、サブラヒナイトの矢が飛来。煉は躱しきれず、身体に傷を増やした。
「神埼さん、前へ! 後ろは私が引き受ける!」
同じように前線に立ち続けた二人だが、自己回復がある分、静矢の方はだいぶ余裕がある。対して煉はかなり負傷が蓄積しており、これ以上攻撃を受けるのは危険だ。
フェイズ2が残っていることを考えれば、ここまで来て離脱者を出すことは出来ない。
体力の減っているものを守る陣形をとって、B班は戦場から後退した。
●interval
B班が無事結界外に出てしばらくしないうちに、A班も戦場から離脱した。
「‥‥無事だったか‥‥」
「おう、そっちもな!」
お互いの無事を確認しあう。みな負傷はしているものの、戦闘不能となったものはどちらの班からも出なかった。
「ふう、こいつは想像以上にハードだな‥‥」
陣地に用意された椅子に腰掛け、由太郎が息をつく。早速電子タバコを取り出して口にくわえた。
ほかのものもめいめいに休む姿勢になり、救急箱で自らの怪我の応急治療をはじめたり、パンやおにぎりなど、携帯食料を持っているものは簡単な食事をとる。
「余分に持ってきたから、よかったら食べてくれ」
静矢はテーブルの上に自らの持ち込んだ食料を並べていた。
この場以外で、回復が望める場所はない。食事もいわば、作戦の一環だ。
●
「さて‥‥きっちり休んだらもうひと踏ん張りしないとな」
ひとつ伸びをして、由太郎が椅子から立ち上がった。
一時間のインターバル。作戦全体の中では短くない時間だ。
だが、傷ついた身体を癒すにはあまりに短い。補給部隊の手助けがあっても、全員が万全に戻るとはいかなかった。
別班の動きはどうなっているだろう。光信機で連絡を取るにしても、長時間のやりとりは難しい。少し声を聞く程度がやっとだ。
今は自分たちに与えられた任務をこなすほかはない。残り三十分、全力で敵を引きつける。
決意新たに、再び彼らは結界内に──戦場に、その身を投じる。
●Phase2
この時間の目的は、今まさに救出作戦が行われているはずの京都駅へ、敵増援を向かわせないこと。
全ては無理だとしても、その何割かでもいい。傷を負わせるだけでもいい。その割合が大きくなるだけ、別班の行動は楽になる。
定められた時間、戦場に立ち続けること──それが、捕らわれてる住民の命を護ることにつながると信じて、メンバーは武器を振るい続ける。
陽動班内での班分けはフェイズ1と同じ。離脱者が出なかったこともあり、六人ずつ二班編成で戦いを再開した。
「いたわ‥‥!」
遠目からでも目立つ鎧姿。そしてその上空を舞う大鴉。ケイが大声で注意喚起するまでもなく、全員がその姿を認識する。
そして敵も、こちらを捕捉したようだ。
ざわり。周囲からも敵の気配が色濃くなる。グレイウルフも腐骸兵も、数が多くなればやっかいな存在だ。
サブラヒナイトが、牽制の矢を放ってくる。真正面からの射撃は散開して避けた。
「こいつ、落ちやがれ!」
マキナが、ケイが、遠距離からファイアレーベンを狙う。大鴉が回避行動をとる隙に、ほかのメンバーが距離を詰める。
長射程の攻撃を持つサブラヒナイトの元まで一気に詰め寄りたいが、敵もそれを阻止しようとするくらいの思考はあるようだ。下位サーバントが壁になるように現れて一行を押しとどめた。
だが、それはこちらの狙い通りでもある。
敵が陽動班の対処に力を入れれば入れるほど、駅は手薄になるのだから。
前半同様、静矢と煉が最前線に立つ。
残り三十分。限界までの、消耗戦だ。
●
A班もまた同様に、サブラヒナイト率いるサーバント部隊を相手取っていた。
結を壁役に立てながら、陣形を組んで一体ずつ敵を倒す。
サブラヒナイトは下位サーバントを指揮することに主眼をおいているのか、自身は距離を保っている。弓や銃の遠距離攻撃か、思い切って駆ければ届かない距離ではないが、一撃で倒すのは難しいだろうし、突出するのは危険だ。
とはいえ、チャンスを狙わないわけではない。
上空を舞うファイアレーベンが、急降下して距離を詰めてくる。火炎弾を放つつもりなのだ。
だが、距離を詰めるということは、こちらからの攻撃も当たりやすくなるということだ。
先ほどのように、不意をつかれたわけでもない。
一斉射撃を受け、口腔に溜めた炎を吐き出すことなく大鴉は落ちた。
周囲から大鴉の姿が消え、封じられていた魔法攻撃が解放される。
メンバーの中に、魔法に秀でたものはいない。だが──。
「‥‥チャンスですね」
結がサブラヒナイトを見据える。相手が物理防御に特化している以上、魔法攻撃は有効だ。
蛍丸を振るう。長く戦い続け、先ほどから義手義足が悲鳴を上げている。だが、これが仕事である以上、彼女に退くつもりはない。
魔力を帯びた光の波動が放たれて、一直線にサブラヒナイトへと向かう。頑強な武者鎧をすり抜けて、本体に直にダメージを与えた。
しかし、それだけではサブラヒナイトは倒れない。すでに命と呼べるものは持たないサーバントであるが故に、苦悶の表情を浮かべることさえなく、弓を構える。
狙われたのは結ではない。雫が接近しつつあったのだ。
フェイズ1で一度は倒れかけた彼女は、今とて無傷ではない。直撃を受ければ、今度こそ起きあがれないかもしれない。だが。
「私は私の務めを果たしましょう。この剣に掛けて‥‥天使共!!」
彼女の務め‥‥阿修羅である以上、アタッカーだ。
蒼焔をまとった矢が放たれる。身を屈め、瓦礫に身を隠してそれを躱す。
そして飛び出せば、もう敵は目前だ。
体内のアウルを全て込める覚悟で、大剣をひらめかせる!
「はあっ!」
気合い一閃。
物理攻撃を半減するフィールドをものともせず、その一撃はサブラヒナイトの身体に深々と喰い込み、斬り裂いたのだった。
サブラヒナイトが斃れると、敵の動きがにわかに乱れた。
勢いに乗じて、下位サーバントを蹴散らしていく。
「さあ、移動しましょう」
飯綱落としでヴォーパルバニーを仕留めた夜刀彦が、息を整えつつそう言った。
この場の敵を片づければ終わり、ではないのだ。
まだ時間はある。さらなる敵を引きつけるため、A班は移動を再開した。
●
一方、B班は苦戦を強いられていた。
サブラヒナイト、ファイアレーベンに加え、イフリートまで現れたからである。
イフリートの吐き出した火炎が襲いかかる。全員は躱しきれず、月彦が痛手を負う。
もっとも、これだけ戦いが続いている中で、無傷のものなどいるはずもない。こちらには回復役がいないのも、じわじわと負担となってくる。
「消えろ!」
先ほどからうるさく飛び回っている大鴉に、隙をついて一気に接近する静矢。手裏剣の一撃がヒットし、ようやく大鴉はおとなしくなった。
イフリートには、煉が肉薄する。
彼はそもそも、フェイズ1の負傷が回復しきっていない。加えてフェイズ2でも壁役を担っている。残された生命力は少ない。
敵の攻撃を受けることはできない。引きつけ、躱し続ける。
「耐え忍ぶ‥‥それだけです」
イフリートが拳を突き出してくる。ギリギリのところで身を沈めて躱し、そのまま側面へ。
相手がついてくると見るや、手近な瓦礫を駆けあがって跳躍し、背後へと回り込んで見せた。
敵を見失って混乱する巨人へと、月彦が迫る。
斧槍を振りかぶり、イフリートへと通打を与える。
だが、相手は怯まなかった。
ぐぉん。風を切る音がいやに耳に残る。
そう思った瞬間、はね飛ばされた。
「ぐ‥‥はっ」
強烈な一撃を浴び、月彦は瓦礫につっこんだ。
その間にイフリートへ接近してきたのは、静流だ。
練り上げた気をその体内に溜めて、炎の巨人に飛びかかる。
光纏の光が彼女の身体から爆発するように溢れ。
振りおろされた斬撃が、巨人の半身をずたずたに斬り裂いた。
巨人は虫の息。さらに別方向からすかさず衝撃波が放たれ、その活動を停止させる。
「不不‥‥どうだ‥‥」
放ったのは月彦だった。
だが彼の体力もすでに限界を迎え、ほどなく意識を失ったのだった。
そして煉も、彼とほぼ時を同じくして膝をつく。
強力な一撃を受けることなく壁役として責務を果たしてきていたが、積み重なった小さな負傷がついに限界を超えたのだ。
「日谷、神埼! しっかりしろ!」
マキナが意識を失った二人を抱え、物陰へと寝かせる。他者を癒せるものはここにはいない。時間まで、こうしておくほかはない。
「近寄るんじゃないわよこの屑ども」
ケイが言い捨て、グレイウルフを銃弾で追い払う。
「‥‥きりが無いな」
静流の額にも汗が浮かぶ。
静矢も前線で大太刀を振るい続けているが、彼も自己回復は前半で使いきっており、もう負傷を回復するすべはない。
大物を斃したとはいえ、敵はまだまだ迫る。残り時間を確認している余裕はない。作戦時間終了を知らせるアラームがなるまで、四人で戦い抜くほかはないのだ。
●
A班もまた新たな一団を相手に、戦い続けている。
「う、おっ‥‥!」
由太郎の上に、グレイウルフがのしかかり、凶悪な牙を喉元にむける。
押し倒されたとき、リボルバーを離さずにすんだのは僥倖だった。こちらの喉笛を噛みきられる前に口元に銃口をねじ込み、頭を吹き飛ばす。
「ふぅ、危ない危ない」
土埃を払いながら、いつも通り飄々とした態度で起きあがったが、その実限界が近づいている。
「ユタロウ、大丈夫カ!?」
ミーナが声をかける。だが、彼女に傷を癒す力はもう残されていない。全て使いきってしまった。
あとできることは弓での援護要員くらいだ。
そんな彼女にも、背後から新手の灰狼が迫る。
「危ねぇ!」
だが飛びかかる前に、横から突進してきた騏がパイルバンカーでそいつを豪快にはじき飛ばした。
「お? ハヤト、感謝するゾ!」
「へっ、助けられてばっかりなんて訳にもいかねぇからな!」
ミーナが腕時計を確認する。そう、彼女にはもう一つ役割があった。タイムキーパーだ。
首から下げていたホイッスルを口にくわえ、思い切り吹き鳴らす。
ピリリリリリリッ‥‥!
甲高い音が戦場に響きわたった。
「撤退スル時は素早く撤退する! メリハリしっかりしていくゾ!」
彼女の号令で、A班は撤退を開始する。
サーバントはある程度は追いかけてきたものの、ある程度のところで踵を返し、こちらを深追いはしてこなかった。
●
A班に続きB班も、無事結界外に撤退を完了する。
戦闘不能となった二名は、マキナが両脇に抱えて戻ってきた。
「なんとか、なったか」
静矢が感慨深そうに言う。
当初の目的通り、フェイズ1で一時間、フェイズ2で三十分間の陽動戦闘をこなした。戦闘不能者はでたが、二人とも何日も引きずるような重症ではない。
目的は十分に果たしたといえるだろう。
「私達に出来るのは此処までみたいですね」
雫がそう言うと、静かに光纏を解いた。
「作り上げた機を十分使って多くの人を助けてください」
結界の向こうへ、思いをとばす。
あとは、今まさに結界内で作戦を遂行しているはずの彼らに託すのみ。
陽動で生まれた一分一秒が、囚われている人々の命を救うことにつながると信じて。
朗報を、待つ。