「いぇーい飲み会だー!」
「飲み会なんだね!」
大狗 のとう(
ja3056)と真野 縁(
ja3294)のテンションは入店前から高かった。
「このメンバーでってのも珍しいな!」
のとうは集まった面々を見渡し、いっししし、と笑顔を綻ばせた。
「楽しくなりそうだっ」
●
席に通されると、星杜 焔(
ja5378)がさりげなく、「飲み放題コースで」と注文する。<ザル
「いっししし、俺は最初は何飲もうかな〜。やっぱカシオレかな!」
「縁もカシオレなんだね! あと唐揚げとポテトとサラダはシーザーと大根と、チーズボールに焼き鳥全種と(続く)」
「食べ放題コース‥‥は、ないのね残念」
怒濤の勢いで注文を入れまくる縁の様子に何かを感じた砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)は思わずそう言った。
「あっ、唐揚げって辛いのもあるんだね。じゃあそれも。後キムチかな。お酒は‥‥これ辛口? じゃあそれで」
「俺も日本酒にしよう。ここって旬の野菜の天ぷらがウリなんだろ? それも頼もうぜ」
鐘田将太郎(
ja0114)が後に続いた。
「苺の梅酒があるね‥‥俺それにしよう〜」
「苺の梅酒!?」
焔がメニューを眺めて呟くと、春苑 佳澄(jz0098)が食いついてきた。
「ブランドものの苺をブレンドした梅酒だよ〜俺苺好きなんだ〜」
「美味しそう‥‥あたしもそれにしよっと」
「あのぉ‥‥私は牛乳でお願いしますぅ‥‥」
唯一未成年の月乃宮 恋音(
jb1221)は素直にノンアルコールを選択する。
*
まず飲み物が運ばれてきた。
「それじゃ、乾杯しようか〜‥‥佳澄ちゃん」
焔はグラスを手に取ると、佳澄の方を見て乾杯の音頭を促した。
「え、あたし?」
ちょっとの戸惑い。視線が注がれている。
「細かいことは省いて‥‥ね?」
ジェンティアンが笑いかけた。
神界に行ったものも、行かなかったものも、戦わなかったわけではない。
「大きかろうが小さかろうが‥‥大変なのは変わりないんだからさ」
佳澄はちょっと下を向いて、それから「えっと‥‥じゃあ」とグラスを持ち上げた。
全員がそれに倣う。
「皆さん、お疲れさまでした! かんぱーーーいっ!」
「「かんぱーーい!!」」
皆がそれぞれグラスを重ね、小気味よい音が響いた。
「お疲れさまだよ〜」
焔は苺色の酒をグラス半分ほど一息に飲むと、穏やかな笑顔で言った。
「これからどんどんいい世界になるといいねぇ」
「ぷはー 美味! なんだね!」
縁は満面の笑みを浮かべた。ちなみに今日のお通しは‥‥あれ小鉢がすでに空だぞ。
「料理はまだかな! まだかな!?」
「お、おぉ‥‥それでしたらぁ‥‥」
恋音が手荷物を探る。
「持ち込み可と伺いましたのでぇ‥‥」
おつまみにもなりますからどうぞ、とテーブルに置かれたのは、チーズとブラックペッパーのクッキー。縁は早速一枚とった。
「むむ! これは‥‥美味しいんだね!」
「あ、本当に甘くないね。これはいいな、ありがとう」
「い、いえぇ‥‥」
ジェンティアンに礼を言われて恋音は赤面した。
「料理きたよ〜」
「おおっ、どれも美味そうなのなー!」
「辛いのはこっちね」
ジェンティアンは普通のものより赤みが強い唐揚げを一つ口に放り込むと、「ふむ」と唸って何やら取り出した。
「それって‥‥」
「ふっふっふ‥‥何でも美味しく(注・ジェンティアン視点)いただける魔法のソースさ」
メガネきらーん。
「おっと下手に手を出すと変な汗でるZO☆」
料理が届くそばから縁は驚異の吸引力であっという間に消し去っていく。
「待つのだ縁! 俺も食べたいのな!」
「ん、んん!! のと! それは縁のチーズボールなんだよ!」
皿を挟んでにらみ合う二人。
「勝負は一瞬! 目を離せば終わり‥‥」
キンと張りつめる緊張感。互いを警戒する二人の動きは止まり、頬を伝う汗だけが時の経過を告げる──。
「あっ! がくえんちょーの髪がずれた!」
きゅぴーん、縁が後ろを指さす。
「なにっ、まさか噂は本当だっただと‥‥!?」
思わず振り返るのとう、だがしかしそれはフェイクだった!
「うに‥‥いただきぃー!!」
「あーーーっ!?」
首を戻したときには、皿の上のチーズボールは残らず縁の胃袋へ吸い取られていたのだった。
「そのぉ‥‥また注文すれば、よいのではないでしょうかぁ‥‥?」
恋音が冷静なツッコミを入れたが、のとうはうなだれたまま首を振る。
「そういう問題ではないのだ。この一瞬は、ある意味戦なのだ‥‥!」
「これが勝利の味‥‥なんて!」
「お、おぉ‥‥そうなのですかぁ‥‥」
勝ち誇る縁を呆然と見る恋音であった。
「よっ、春苑もお疲れさん」
将太郎は佳澄にグラスを差し向けた。グラスが合わさりカチンと透明な音が鳴る。
「元気にしてたか? ‥‥前より成長したように見えるぜ」
佳澄は喜ぶよりも顔を曇らせる。
「そう、見えますか?」
「ああ。初めて会ったときは無鉄砲な子だと思ってたが、いろんな経験積んで落ち着いてきたんじゃないか」
それは彼の本心だろう。
初めて将太郎とともに依頼に臨んだとき──もう五年も前のことだ──を思い出して、佳澄は何ともいえない顔をした。
「何か悩みでもあるのか?」
俺で良ければ話を聞くぜ──と振られると、佳澄はえいやとグラスをあおった。
それから、自分の中の葛藤を話し始めた。
*
「俺らが学園に来て強くなったのか、強い人は最初から強かったのか‥‥か」
それはな、と将太郎は唇を酒で湿らせる。
「誰だって最初は初心者かつ、弱いモンだ。強くなるために努力したり、修行したりして強くなるモンだ。そうだろ?」
「でも‥‥鐘田先輩は、最初から強くて、頼りになりましたよ?」
「そりゃ、俺の方が先にここへ来てた、ってだけの話だろ」
本来の俺は努力派だぜ? と将太郎は笑う。
「依頼こなしたり、大規模戦を戦ったり‥‥春苑だって、前より強くなってるだろ」
「それは、多少は‥‥」
「うにうに、みーんな時間の流れを感じるんだねー」
「縁の見た目からは全く感じられないけどな‥‥」
口を挟んだのは縁とのとうだった。
「見た目なんて幻想だー!」
縁の高らかな主張。「そう! 久遠ヶ原ならね! なんて!」
まあそれはそれとして。縁は梅酒をちみちみついばみながら続けた。
「縁は知らなかった事を沢山知ったんだよー、知識 の 強さ 手に入れた! てってれー!」
自分でファンファーレを口ずさみ、佳澄に笑顔を向ける。
「昔できなかった事が少しでもできてるならそうなんじゃないかなー。うに、というか戦場に立てるならきっともう強いんだね!
自分の弱さと向かい合うのも、強い人の証拠なんだよ!」
「俺ってば、刃も銃も、持つのは苦手なのな。何度戦っても慣れねぇ。最初から最後まで、そこんとこは変わらなかったな!」
のとうはけらけらと笑った。大したことじゃない、と笑い飛ばすように。
「成長できたかどーかってのも、分からないのにゃ。でも‥‥」
酒をくいとあおると、幾分か大人びた表情を見せた。
「得たものはある。間違いなく」
眩いほどの宝物。のとうはそう表現した。
「俺はここで、この学園で。沢山『それ』が増えたのだ‥‥剣の重みが背中を押すようになったのは、多分、そーゆーことなんだろうな」
「縁は一人が寂しくてここに来たけど」
手羽先串にかぶりつきつつ縁はもぐもぐ。
「今はもう寂しくないんだよー。友達もいっぱい出来たんだね!」
沢山の人と繋いだ──まさしく『縁』が縁を支えている。
「戦いも、辛いことも、まだまだあるだろうけど、それを乗り越えることもできるって縁はしってるんだね、辛さがあっての幸せ!
うに! 縁は幸せだー!」
縁がグラスを突き出した。
「いえー! ぷろーじっとー! ちあーず!」
本日二度目の乾杯だ。
「ぷはー! おかわりお願いしますなんだね! あ、焼き鳥と天ぷら全種も追加で!」
恋音はそんな会話を聞きつつ、色鮮やかなパプリカを使った炒め物をつまんでいた。
「おぉ‥‥豆乳も頼めるのですねぇ‥‥」
今日はもう少し胃に収められそうだ。店員を呼ぼうかと顔を上げる。
「ああ、月乃宮ちゃんも追加頼む?」
ジェンティアンがすかさず気づいて声をかけてくれたのでお願いした。空になったグラスをテーブルの端にまとめて置いて‥‥ふと、佳澄から声をかけられた。
「恋音ちゃんは、何かある? 学園で変わったこと‥‥成長したこと」
「えぇ‥‥そうですねぇ‥‥」
思案するように首を傾げた。
「客観的に見て、各種技術は上達したと思いますねぇ‥‥精神的な面では‥‥変化はありましたが、それを『成長』と呼んで良いかというとぉ‥‥」
「変化って、どんな?」
「そのぅ‥‥男性とお付き合いする様になるとは、思っておりませんでしたねぇ‥‥」
恋音が顔を赤くしつつそう答えると、周囲が軽くどよめいた。
「いえ、そのぅ‥‥家庭の事情的な意味ではあるのですがぁ‥‥」
恋音の実家では力を拡大するために『血縁』を用いることは当たり前のことである。恋音自身も、いずれその対象になると思っていたのだ‥‥学園に来るまでは。
でも、今は恋人がいる。政治的な意味なんてない、大切な存在が。
「私は‥‥『成長』というより、『本人の目標に合う形に変化出来たか』が重要なのでは、と思いますねぇ‥‥」
「変化‥‥」
佳澄は、恋音の言葉を深く刻むように、深呼吸した。
「変わったことと言えばね」
と、ジェンティアンが死のソースがけチリソースを口に運びながら。
「僕‥‥関西でアイドルデビューしたよ」
「アイドルですか!?」
驚く佳澄に、ジェンティアンは笑いながら頷いた。
「『西方の魔王パイモン』って芸名でね。学園って色々な仕事があるよね」
若干アイドルっぽくない響きだが、そういうコンセプトのグループだったから仕方ない。
「──ので、ここは過去の栄光で一曲披露しようかな?」
「おお? ショータイムなんだね!」
縁たちがやんやと盛り上げると、ジェンティアンははにかみつつ立ち上がった。
「自作だからタイトルは無いんだけどね‥‥」
おっかな吃驚 でもドキドキワクワク
最初の一歩はそんなものだよね
前へ踏み出す度 生まれていく何か
澄んでいるが、根底には力のある歌声が響く。アカペラでも十分に聞かせる声量だ。
佳澄が「わぁ‥‥」と小さく声を上げた。
大きな失敗 けれど小さな大成功
幾つも重ねて出来たこの轍
振返って誇らしく 思ってもいいんだ
明るい曲調に合わせ、身振りやウィンクを混ぜながら歌い上げていく。
‥‥と、皆が歌に集中している隙に、縁が動いていた。佳澄が頼んであったお茶のコップに、お酒を──。
恋音がその様子に気づくと、縁は(しー)と人差し指を唇に当て、にひひと笑った。
歌は続く。
自分らしく これからも頑張っていけるから
少しずつ 胸を張っていけばいい
目の前に広がるのは 可能性あふれた未来
歌い終わると、やんやの喝采。周りの席からも拍手が起きた。ジェンティアンは満足そうに息を吐くと、着席する。
辛口一辺倒の酒を一口あおって。
「甘い物苦手、っていうのは変わらなかったな‥‥ていうか克服する気ないから。しようと思ってる春苑ちゃんは偉いよ」
「春苑は頑張り屋だからな。きっと強くなれる。トラウマがあるんだったら、それも乗り越えられるさ」
将太郎はそう言った。
「誰かの為に戦う人は皆ヒーローなんだよ」
と、焔。
「佳澄ちゃんも、今まで守った人たちにとってヒーローなんだよ」
「君も」
言葉をただ受け止めている佳澄の肩を、のとうが軽く叩いた。
「君自身が気付かなくても、君がここで得たものは、しっかり根付いてんじゃねぇかな」
のとうは周りを見て笑った。
「いっししし! ‥‥なぁ、もう一度乾杯しようぜ! いいだろう?」
まだまだこれから沢山あるはずの、ワクワクする事柄に向けて。
グラスを差し上げたら、佳澄がジェンティアンに口を開いた。
「ジェン先輩自身は‥‥何か変わったこと、ないですか?」
ジェンティアンは答えた。
「そうだね‥‥『夢』を持てたよ。僕ドライだったし、ここで天魔と関わらなかったら乾いたままだった、きっと」
「それって‥‥」
「とそんな感じで乾杯ー!」
「俺たちの未来にかんぱーい! にゃはははは!」
強引に音頭をとったジェンティアンにより、本日三度目の乾杯が実行された。
●
「出来るかな‥‥?」
「佳澄ちゃんなら大丈夫だよ〜」
佳澄は焔と一緒に厨房にいた。「佳澄ちゃんの作ったおつまみ食べてみたいな〜」と無茶振りされ、思わず了承したからである。
「俺は学園に来る前何も守れなかったからね‥‥」
佳澄の作業を見守りながら、焔が不意に言った。
「初めての戦闘依頼でも救うことが出来なかったし‥‥成長出来てるといいな」
「星杜くんは、成長できてるよ。だって、あたしのことも助けてくれたし」
今も助けてもらってるし、と佳澄。
「ありがとう〜‥‥それとね」
焔は思い出すように目を閉じた。
「神界で、皆で祈ったとき‥‥光が居たんだ」
「光?」
「うん‥‥懐かしい光が」
撃退士たちを包み込んだ光──そこに焔が感じたものは、かつて己が『守れなかった』ひとびとにほかならなかった。
「見守ってくれてたんだって‥‥恨まれているのではって思い詰めたりもしてたから‥‥嬉しかったな」
いつも笑顔でいる焔の、それはまた違う笑顔を見たように、佳澄には思えた。
*
「お、お待たせしました!」
「お待ちしてたのだ!」
緊張の面もちで戻ってきた佳澄が、テーブルに大皿を置いた。焔お手製の飲み会仕様カレーも添えて。
「クラッカーだね! 挟んであるのは何かな!?」
「何種類かあるよ〜」
焔が簡単に説明した。乗せるだけの物から、ちょっと一手間が入っている物まで、なかなか多彩だ。
「あと、ジェン先輩の死のソースをお借りして‥‥すっごく辛いのがいっこだけ入ってます!」
「まさかのロシアン風なんだね!?」
「佳澄ちゃんがどうしてもやりたいって言ってね‥‥」
「僕はノーダメージだけどねー」
ジェンティアンは涼しい顔で言ったが、
「あ、ちゃんとものすごく甘いのもいっこ入れておきました!」
「誰も幸せにならないやつだこれ!?」
ごくり‥‥と緊張が走る。真っ先に手を伸ばしたのは将太郎だった。
「こういうのは度胸だろ」
ためらわずに一口で。
「ん‥‥チーズに、明太子か?」
「ど、どうですか?」
身を乗りだす佳澄に、「ああ、美味いぜ」と返す。佳澄は「よかったあ」と脱力するように椅子に座り込み、お茶のコップを手に取るとぐーっと飲んだ。
「あ‥‥」
恋音が小さく声を上げたが──。
「あ‥‥れ?」
緊張で高まっていた限界点をちょうど突破したらしい。
佳澄はきゅう、と仰向けに倒れ、眠りに就いたのだった。
●
というわけで、今宵の飲み会、ひとまずここまで。
いつか──またの機会をお楽しみに!