(なかなかキナ臭そうな案件じゃない)
巫 聖羅(
ja3916)が抱いたその感想は多くのものが共通して抱いていた。
正規のルートではない裏の依頼。その依頼者は恵ヴィヴァルディ(jz0015)だ。
(フリーランスなんて、これぐらいこなせなきゃ務まりはしないだろうしね)
九鬼 龍磨(
jb8028)は己の未来を見据えて。
(──全力で依頼に取り組むわ)
遠石 一千風(
jb3845)は己の信念に従って。
(僕はこの血に懸けて──)
そして浪風 悠人(
ja3452)は、恵への反論を胸に秘めて。
思惑は様々、しかし目的は、まずは敵を倒すこと。その先は──。
「手出し無用、か‥‥」
牙撃鉄鳴(
jb5667)が過ぎた言葉をなぞるように、小さく呟いた。
●
敷地内に入ると、建物までには多少距離があった。
天魔の姿はすぐには目に入ってこない。
「ここが一番広そう‥‥ね?」
注意深く周囲を見渡しながら一千風が言う。
「誘導するなら、もう少し建物の近くがいいかもね」
「だね。こっち側だと僕たちが隠れる場所も限られそうだ」
Robin redbreast(
jb2203)の進言に、龍磨が同意した。一行は極力気配を潜めながら塀際を進み、建物に近づいていく。
「この辺りがいいかな」
大きな建物の横に倉庫のような小さな建物が隣接しているその場所は、庇が出っ張っているところもあって身を隠しやすい。
全員が頷く中、鉄鳴だけは「俺はもう少し距離をとる」と言った。得物がこれなんでな──と手にしたライフルを見せると、一行から離れていく。
鉄鳴が配置についたのを確認すると、Robinがとことこと進み出て見晴らしの良い場所に何かをおいた。
「何を置いてきたの?」
「ゲーム機だよ」
戻ってきたRobinはさらりと答えた。地面に無造作に置かれた携帯ゲーム機は既に電源が入っているらしく、しばらくすると何やら軽薄なBGMが最大音量で流れ始める。
所詮携帯機なのでそれほど大音量という訳ではなかったが、他に音が発生する要素が薄いここでは、少なくとも隠れている彼らに聞こえる程度のボリュームにはなっていた。
「‥‥来たわ!」
聖羅が警告する。
建物の向こう側から現れたのは情報通り、羽を生やした天使の輪っか──エンジェルサークル。数は三。
「あっちからも来る」
反対方向を見て、龍磨。ばらけていた敵が、広場のゲーム機に徐々に集まりだしている。
都合八体のサークルがゲーム機に向かってくるのが見て取れた。
このまま群れたところを一網打尽に──。
と思ったところで、サークルの何体かが淡く発光しだした。そして、
「あっ」
ピュッ、というどこか機械的な音と共に輪の中心から光が走り、ゲーム機を焼いた。囮役を勤めたゲーム機は哀れおしゃかに。
「行こう」
その瞬間、Robinは飛び出した。
──もちろん別にゲーム機が惜しかったわけではない。敵を集めるのはこれが精一杯と判断したからだ。
体を低くしたまま陰から飛び出し敵前へ。サークルの輪の中心が彼女を向こうとするが、構わず集団の中央を狙う。彗星群がそこへ落ちるか落ちないか──Robinは着弾を最後まで確認せず、足下の闇へと身を投じた。そのまま敵集団を飛び越えて、相手を惑わす。
「くらいなさい!」
続いて聖羅。重圧を受け動きを鈍らせた相手に向かって炎を撃ち込み、蹴散らす。
炎の中からふらふらと抜け出てきた瀕死の一体に一千風が突っ込む。体に文様と闘気を漲らせ、真っ向から剣身を叩きつけると敵は真鍮のおもちゃのようにあえなくひしゃげて地面に落ちた。
「とどめは任せて」
「お願いね!」
敵もやられっぱなしというわけではない。敵前に残る聖羅と一千風めがけ、ゲーム機を焼いたものより強烈な光が迸る。
(死角に入ろうにも‥‥そもそも、どっちが正面なのかしら?)
分かりやすい『目』を持っていない相手に聖羅はそんなことを考えたが、その間にも敵はこちらを狙う。しかし発光の直前、敵の体が大きく揺れてバランスを崩し、光はあらぬ方向へ走っていった。
鉄鳴の狙撃である。距離を保ったまま、彼は淡々と次の敵を狙う。
「皆さん、少し下がって!」
警告を発しながら飛び込んで来たのは悠人だ。
(この数なら‥‥)
五体以上の敵が密集している状況は大技のチャンス。一千風が彼の警告を聞いて一歩下がるのを確認し、悠人は意識を集中した。彼女を巻き込まないギリギリの位置を狙う。
群の中心で炎が生まれた。それはすぐさま渦を描きながら広がり、敵を呑み込んでいった。
炎が消えると、おびき寄せられた天魔の大半は動かなくなっていた。
「まだ来ます!」
悠人に油断はない。
戦闘の響きが新たなる敵を呼び寄せていた。金の輪がひらめく。
「任せて!」
龍磨が味方に割り込み、盾を構えた。銀の光が一瞬だけ視界を多い、肘の先がしびれた感覚があった。
同じ方向から来た別のサークルが、一千風を狙っているのに気づく。龍磨はそのまま庇護の翼を発動しようとして──体が動かない事に気がついた。
(これか──!)
エンジェルサークルの特殊能力だ。
一千風も針を受けたらしい。
「私に構わず、攻撃を続けて!」
絞り出すような声で訴える。その脇をすり抜けるように放たれた鉄鳴の銃弾がまた敵を穿った。
「このまま殲滅するぞ」
*
結論からいえば、その判断は正しかった。
最初の集中攻撃で、敵の数をかなり減らせていたことが大きかった。先手を取られていたら、長期戦になっていたかもしれない。
動いているサークルの最後の一体に一千風が斬りかかり、建物の壁際に追いつめる。
「離れてて」
Robinは促すと、ファイアワークスを放った。炎の爆発は天魔と、さして厚そうには見えなかった建物の外壁の一部をまとめて削り取った。
「‥‥終わり、かな」
「見てくるわ」
聖羅が一行から離れた。
「それほど強い相手じゃなかったですね」
「あのビリッと来るのは厄介だったけどねー」
悠人と龍磨の声を、鉄鳴は静かに聞いていた。
(確かにそうだが‥‥あいつなら一人でも対処できそうなものだ)
「ぐるっと見てきたけれど、もうサーバントは残っていないみたいね」
戻ってきた聖羅が一行に告げる。全員の視線が絡み、やがて一点につながった。
すなわち、Robinが最後に空けた大穴である。
「‥‥中に逃げてないとは限らないけどね?」
聖羅がわざわざ念を押すように言った。反論はない。
「皆さん、集まってください」
悠人が全員の傷を癒した。
(この中で‥‥何が行われていたのか)
そして恵の真意はどこにあるのか。
(知らずに悪いことに手を貸したなんて、嫌だもの)
それは知るべき事だと、一千風は感じていた。
●
建物の中は、表から見る荒れた印象とは全く異なり、整然とした空気が残されていた。
人の気配は今のところないが、直近まで使われていたことは通路に埃がほとんど溜まっていない様子からも明らかである。
「ただの工場‥‥なわけはないわよね、それは」
アウルで創り出した光球を左手に乗せて周囲を照らしながら聖羅が言った。
「十分気をつけていきましょう」
悠人が言い、他の四人はは緊張感のある表情で頷きあう。
一人、鉄鳴はここにはいない。「俺は上空から建物を探ってみる」と言い残し、飛び立っていった。連絡をすれば、屋根を突き破ってでも駆けつけるとのことだったが。
*
二階分の空間を使用した広い部屋に入った。工場ならばメインの作業室だろう。だが、作業機械の類は置かれていない。代わりにあるのは壁際に並んだロッカー、一定間隔で並べられたベッドに、備え付けのモニター。
「なんの部屋だろうね」
Robinがベッドの手すりにファンデーションの粉をかけた。指紋を採るつもりらしい。そうしながら、傍のモニターを探ってみたが、ケーブルの先はどこにもつながっていなかった。
「これは‥‥?」
聖羅が近づいたモニターには、どこかで見覚えのある器具が取り付けられたままだった。
「これ、アウル適正を測る機械じゃないかな」
電源が入らないため確認できなかったが、龍磨の言うとおりであるように思われた。アウル能力の有無は割と簡単に調査が可能で、そのための機械は学園にもある。
「ここで何か、アウルに関わる研究をしていた‥‥?」
「恵はもともと、ハーフ能力について研究をしていたはずです。おかしくはないですね」
一千風にそう答えながら床へと視線を落とした悠人の顔が険しくなった。そこには何かをぶちまけたように、渇いた茶色の染みが広がっている。
「血痕、かな」
「──恐らくは」
研究、の中身がどんなものであったのかが伺い知れた。
*
恵は事前の宣言通り、ワゴン車の中にいた。
「サーバントの殲滅は終わったぞ」
ドアガラスを叩いてそう告げたのは、鉄鳴であった。恵は窓を下げ、彼の方をみた。
「‥‥お前一人か」
特に驚いているようには見えない。鉄鳴は問いには直接答えず、言った。
「依頼人が手出し無用という以上、俺はそれに従う。それが契約だからな」
「結構だ」
「‥‥追加の契約が必要か?」
納得できる支払いがあれば従う。それがどんな内容であったとしても。
だが恵は、首を振った。
「俺が何かをする必要はない」
鉄鳴の言葉の裏まで読んだ返答だった。鉄鳴は頷き、車から離れた。
*
「だいぶ端の方まで調べたんじゃないかしら?」
だが、決定的なものは見つかっていない。聖羅が扉を開けると、そこは複数のモニターが整然と並ぶ、コンピュータールームのような小部屋だった。ここまで、PCの類は消えているか破壊されているかのどちらかで、成果につながるものはなかったが──。
「ここはどうかしらね」
「危ない!」
部屋へ入ろうとした聖羅を龍磨が押し退けた。金色の光がきらめく。小部屋に浮き上がるように現れたエンジェルサークルが攻撃してきたのだ。
「まだ残ってたのね!」
一千風が剣で斬りつけ押さえつける間に集中攻撃を仕掛けると、天魔はあえなく沈んだ。
「まあこれで、依頼者に何か言われても──」
逃げた敵を追ったと返せば良いわよね、と言い掛けた聖羅だったが、天魔の身柄の先に転がっていたものを見て息を呑んだ。
そこには人の遺体があった。確認するまでもなくそれは遺体だ。肉がそげ落ち、ミイラのようになったその体から生気はかけらも感じられない。
遺体は白衣を身につけていて、胸の辺りが焦げたように焼き切れていた。エンジェルサークルに襲われ、殺されたのだろうか。
「何か持ってるね」
Robinが近づく。彼女の言うとおり、遺体の右手には紙切れが握られていた。握られていた指を解くと、下半分が焼け焦げたそれは、何かのレポートのようであった。Robinが表題を読み上げる。
「被験者Aへの臨床評価に関して」
被験者A・コードネーム:■(掠れて読めない)
評
天魔ハーフとしての力を覚醒し、身体能力、特に反射神経に関しては格段の飛躍を見せた。
だが全体的な能力は自然覚醒による成長範囲に収まっており、必ずしも実験の成果と結びつけることは出来ない──
「これって──」
一千風の声が震えた。悠人の冷静な声が、答える。
「ここで行われていた──人体実験のレポート、でしょうか」
決定的な証拠、とまでは言えない。
だがそもそも真っ当な研究ならば秘密裏に行う理由もない。それ相応の事が行われていたと考えるのが自然だ。
あぁ、と嘆息するように頷いたのは龍磨。
「人間の所業、って感じだねぇ」
紙をのぞき込んでいた聖羅は顔を上げ、Robinに言った。
「とにかく、これは持って行きましょう」
「そうだね」
「まだそんなものが残っていたか」
──三つ目の声。
「誰っ!?」
声と同時に放たれていた弾丸が聖羅をすり抜け、Robinの手中にあった紙を打ち散らす。弾丸はそのまま、白衣の遺体の左胸を穿った。
「紙は使うなとさんざん注意していたのだが」
ライフルを構えていたのは──。
「恵ヴィヴァルディ!」
それは間違いなく、恵だった。
「車で待っていたんじゃなかった?」
問いには答えず、五人の撃退士に順に視線をやる。
「‥‥なるほどな」
そして小さく頷いた。その行動は、傍目には意図が掴めない。
「恵さん」
一千風が正面から問う。
「この場所で──違法な実験を行っていたの?」
恵は小さく口の端を上げた。
「必要か、不必要かだ。法律など知ったことではない」
「──っ」
一千風は奥歯を噛みしめる。
「さて」
冷笑を浮かべたまま、恵は言った。
「勝手に入ってきた報いは受けるべきだな?」
ライフルの銃口が持ち上げら、即応した悠人が部屋の入り口に立つ恵へ突進する。
アウルの弾丸は容赦なく放たれた。悠人は魔具で受け止め、反撃の衝撃波を扉ごと巻き込む勢いで放つ。
「外へ!」
叫びながら突進を続け、恵を押し込んだ。残りの四人も既に行動に移っている。
Robinが、聖羅が、恵の動きを止めようと相次いでスタンエッジを放つ。だが動きは止まらず、銃口は聖羅に向けられる。
「させない──!」
龍磨が横っ飛びで聖羅をかっさらい、通路へ飛び出す。弾丸が背中に撃ち込まれ、激痛に龍磨の顔は歪む。
一千風は剣を腰溜めに構え、恵の側面へ。
「私たちに悪の片棒を担がせようとしたのなら──あなたこそ報いを受けるべきよ!」
必殺の連撃を叩き込む。恵は勢いに押されるように、一歩後ずさる。
だが一千風が動きを止めても、恵はそこに立っていた。
銃口が向けられる。至近距離だ。龍磨が再び割り込もうと動くが、それよりも早く。
「死を恐れないものから死んでいくのが戦の常だ。覚えておくんだな」
放たれたアウルの奔流が、彼女を撃ち貫いた。
倒れた一千風の元に龍磨が駆け寄る。よもや──と頭を過ぎったが、まだ息はあった。
「あなたは、何を望むのですか?」
それは自然に出た問いだった。声に非難の色もない、純粋な疑問。
「何も変わらん。言葉にすれば陳腐なものだ」
銃口は倒れた一千風ではなく龍磨に向いた。これ以上の言葉はないということだろう。
「‥‥そうですか」
答えざま、懐から取り出した発煙手榴弾を床に叩きつけた。すぐに煙が吹き上がる。
「皆さんは先に!」
煙が満ちるまでの時間を稼ごうと、悠人が恵の正面に入り直した。そして告げる。
「僕はこの血に懸けて、敵が居なくても手を取り合える未来を信じています」
恵の表情は変わらなかった。
「戦いが終われば、敵は居ない──とでも?」
煙が満ちる。「浪風さん!」龍磨の声が呼ぶ。
もはや問答を続ける時間はなく、悠人も後退する他はなかった。
●
先行した聖羅とRobinが建物から出てくると、上空から鉄鳴が降りてきた。
「‥‥何かあったのか?」
「何かも何も、恵が──」
「あいつなら丁度帰ったところだ。『待ちくたびれた』と言ってな」
「──え?」
会話が噛み合わず、互いに首を傾げる。そこに嘘の気配はなかった。
恵ヴィヴァルディは果たして今日──どこにいたのだろうか。