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依頼内容を聞いた染 舘羽(
ja3692)は怒っていた。
「あたしの聖地を荒そうとはなんつー不届き!」
聖地、とはもちろんコンビニのことである。彼女はコンビニをこよなく愛する少女だった。
「討ち漏らしがあったとは‥‥今度は逃がさないようにしないとね」
高峰 彩香(
ja5000)が依頼であのコンビニへ向かうのはもうこれで三度目。前回は店内に現れた多数のアメフラシを駆逐する依頼だった。 今回現れたアメフラシも外見特徴はほとんど変わらないようだ。
──大きさを除いては。
今回現れた巨大アメフラシは前回退治しきれなかったアメフラシが何らかの原因で巨大化したと見られている。
「進化ですか? ナントカなモンスターのノリですかコノヤロー」
朱鞠内ホリプパ(
ja6000)はその原因について興味津々だ。コンビニへ向かう道中、早速メモを片手に彩香に前回の状況を質問していた。
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「何これキモい」
コンビニに到着するなり──正確にはその店前に鎮座する巨大生物を目にするなり、伊瀬 篁(
ja7257)が率直な感想を口にした。
店前の駐車スペースをほぼ二台分使いきって、巨大アメフラシは悠然とたたずんでいる。‥‥時折、ぬめぬめとうごめきながら。
「何食べたらこんなでかくなんのかなー。もーちょい小さいとかわいい‥‥かも?」
遠巻きに観察しながら、舘羽が小首を傾げた。
はたして彼女が以前集団で現れたアメフラシ(小)を目撃していたなら、どんな感想を抱いたのだろうか。
「雨か‥‥」
神谷・C・ウォーレン(
ja6775)は今にも降り出しそうな曇天の空を見上げ、淡々とつぶやく。
「どうにも、雨というのは好きになれない」
まして化け物を目の前にしたこの状況が好ましいと思えるものは少数派だろう。
「速攻で方をつける必要がありそうだな」
相手が水を好む性質であることはすでに報告されている。
「そういえば‥‥」
極太ドレッドヘアが天魔に負けない存在感を放っている藪木広彦(
ja0169)が、ふと呟く。
「本物のアメフラシは産卵のために磯へ集まってくる季節。まさか、と思いたいですが」
産卵期を終え産まれた天文学的な数のアメフラシに埋め尽くされる久遠ヶ原──。
その光景を幻視した全員が、討伐への決意を固くする。
‥‥もっとも、天魔である以上卵で繁殖するということはあり得ないのが実際のところではあるのだが。
「出来るだけ、入り口近くの商品は遠ざけておいてほしいにゃー」
「店の外にブルーシート‥‥は危険だから、ドアの隙間に新聞紙でも詰めておいてよ」
ホリプパと舘羽が、店内に残っている店長とモブ子に電話で指示をとばしている。
その間に篁は自分の携帯電話のほか、持ち歩いている電子機器をビニール袋にまとめ、口を厳重に結んで離れた場所に置いてきた。
「別にどうでも良いけど早く帰りたいし、さっさと終われ」
無関心な口調ではあるが、いち早く光纏しリボルバーを顕現させるあたり、やる気がないわけではないようである。
まだ雨は降り出していないが、駐車スペースのアスファルトは巨大アメフラシの吐きだした液体で所々濡れている。メンバーは靴底に貼り付けるタイプの滑り止めで対策を取っていた。簡易的なものなので万全ではないが、ないよりはよほど良いだろう。
光纏したメンバーが駐車スペース内に入っても、アメフラシは気にする様子もない。
「足下が悪くとも、これなら‥‥」
広彦はアメフラシの正面に立ち、ピストルを膝立ちの姿勢で構えた。確かにこれなら、多少足下が滑ろうがしっかりと狙いを付けられる。
アメフラシが頭をコンビニの方へと向ける。それに合わせるように広彦が引鉄を引き、その轟音を合図にメンバーが一斉に行動を開始した。
敵は何しろ巨大で、しかも鈍重だ。広彦の一撃は狙い通り、アメフラシの頭部に命中した。
ダメージとしてはどれほどのものだったのだろうか。見た目にはっきりとした損傷は残らない。ひょっとしたら「つつかれた」程度にしか感じなかったのかも知れない。
だが広彦の目的はアメフラシの意識をコンビニから引き離すこと、その点では狙い通り。敵は触覚をこちらに向けると、水を吐き出してきた。十分予想できた反撃を、広彦は転がって回避する。高圧で吐き出された液体が直前まで彼のいた場所を抉り、アスファルトが飛び散った。
「成敗!」
その隙に、背後から舘羽が襲いかかる。ハンドアックスの一撃がアメフラシの背中をとらえ、どこまでも巨大なその背に刃が食い込む。
すると、アメフラシは背中からも液体を吐き出してきた。舘羽はあわてて武器を引き抜くと粘つく液体を回避した。
アメフラシはのそのそと動き、舘羽から逃げるように動く──ように見えたが、どうやら方向転換しようとしているようだ。
作戦としては、コンビニの敷地内で戦うよりも隣の空き地に誘導したい。だが十分な水を得ていないアメフラシの動きは、遅い。
ウォーレンや篁が草の生い茂る空き地に先に入って遠距離攻撃を仕掛けると反応はするものの、背中からでる液体の射程は長くないらしく、反撃もままならないままのたのたと身をくねらせている。
‥‥遠目から眺めれば、ちょっとかわいく見えないこともない。かもしれない。
ようやくアメフラシが反転を終え、触覚を空き地側に向けた。と、とたんに篁に向け高圧の水を吐き出した。
篁は草の中に身を沈めるようにして避ける。
「濡れるとかだるいし、マジやめて」
‥‥そうしていると、髪と服装ががまるで保護色であった。
彩香と舘羽が接近戦を挑みつつアメフラシを空き地側へと誘導し、ウォーレンと篁が援護。どうやら敵は攻撃に反応するらしいということで、広彦も車道を通って空き地側へと移動する。
ホリプパは店側に残っているが、反撃を誘発しないため今は攻撃を控えていた。
万が一にも店に攻撃がいかないように油断なく身構えながら、敵の様子を観察している。
巨大化の理由などについて考察していると、鼻の頭に水滴がぽたり。
「にゃ!?」
雲がますます厚みを増し、暗くなった空から雨の粒が落ち始めていた。
降り出した雨が、まだ濡れていなかったアスファルトをもあっという間に濃く染めあげていく。
「嫌な状況だ」
ウォーレンは呟くと、マグナムをしまい込み護符を顕現させた。
おびき寄せる際にいろいろ試したが、やはりこちらの方がダメージは通りやすいようだ。
彩香が双剣でもって斬りつける。
雨で活気づいたのか、アメフラシの反撃はそれまでよりも素早かった。口から吐き出された高圧水を避けきれずダメージを負う。
「大きくなって強くもなったみたいだね‥‥」
前回とは違い、十分に脅威となる攻撃だ。
「だけど、倒させてもらうよ」
彩香はより攻撃力の高いワイルドハルバードに武器を持ち替え、なお肉薄を続ける。
アメフラシの身体がほぼ空き地側に入ったところで、ホリプパも駐車スペースから攻撃を開始。敵を挟撃状態にする。
銃剣の射程ギリギリから一撃を放ち、すぐに遁甲して気配を殺す。
だが、反撃はやってきた。
アメフラシは敵の気配ではなく、攻撃そのものに反応していたからだ。
「にゃあっ!」
背中の孔から噴出した高圧水をまともに浴びてしまい、ホリプパがはじき飛ばされる。
さらに、雨で動きやすくなったためか、アメフラシは先ほどとは打って変わって素早く方向転換すると、倒れた彼女の方へ向かおうとする。その先にはコンビニが。
「むっ‥‥いけません」
動いたのは広彦だ。
アメフラシの口から液体が吐き出されるのを察知し、あえてその身を投げ出した。
吐き出されたのは謎のネバネバ液体。
とりもちのような強力な粘性に絡め取られて、広彦は身動きがとれなくなる。
「ここは引き受けました。コンビニは逃げて下さい。さあ、早く」
‥‥その割にはなんだか余裕だ。
アメフラシはそのまま広彦に接近すると、回避できないのをいいことに彼にのしかかってきた!
人間の二倍以上の巨体のプレスはなかなかバカに出来ない。さらに広彦の眼前でアメフラシのグロテスクな口がもごもごと動いているのが見えた。まさか、捕食するつもりなのだろうか。
しかし、ほかのメンバーが総攻撃で広彦からアメフラシを引き剥がしたため、アメフラシがどういうつもりだったのかは分からずじまいである。
「藪木さん、大丈夫?」
「ええ、なんとか」
舘羽が駆けつけて広彦を助け起こす。
なんとか身動きはとれるようになったものの、広彦は全身ネバネバのぬっとぬとになってしまった。立派なドレッドヘアも粘液まみれである。‥‥どうやって洗うのだろうか。
降り出した雨がやむ気配はない。といってアスファルトを汚す粘液を洗い流してくれるほど強くもならない。
アメフラシは濡れた路面を滑るように移動し、なかなか思うようには誘導できなくなっている。
そんな中でも、各員は出来るだけ店舗の敷地にアメフラシの攻撃がいかないように、細心の注意を払っていた。
「あーもう、さっさと終われっての」
篁は不満を隠そうともせずそう言いながら、鋭い一撃を命中させる。
アメフラシが口先を彼に向ける前に、背後に回り込んだ舘羽が追撃。
背中からの高圧水が舘羽を襲うが、そこへウォーレンが炎の霊符で生み出した魔力を、さらには彩香が斧槍を振り抜いた衝撃波を叩きつける。炎のエフェクトの乗った二種類の攻撃を受け、アメフラシはさすがに怯んだ。
続いて広彦、ホリプパが先ほどのお返しとばかりに攻撃を集中させる。アメフラシの反撃はホリプパを襲った。
大学生には見えない華奢な身体を高圧水が貫いた‥‥かに見えたが、それは彼女が創り出した幻、分身の術だった!
六人でアメフラシを取り囲み波状攻撃を仕掛けると、敵の反撃は自ずと制限される。近接して攻撃を仕掛ける彩香、舘羽がもっとも反撃を多く受けることになったが、二人はメンバーの中でも防御力が高い。結果として、全体の負傷を抑えることにも結びついた。
「大きいだけあって、たいした生命力だにゃー」
戦いながらも敵の観察を続けるホリプパが、感心したようにそう言った。
確かに、幾度となく波状攻撃を受けてなお、アメフラシは抵抗を続けている。
だが雨は降り続くのに、その動きは少しずつ、そして確実に弱まりつつあった。大きさも出現当初に比べて、心なしか小さくなったように見える。
ついには、アメフラシはメンバーが多くいる空き地に背を向け、逃げるような姿勢を見せた。
「逃がさないよーん!」
だが、それを素早く察知した舘羽が逃げ道をふさぐ。すでに阻霊符も発動済みだ。
こうなれば、後の展開は一方的。
「‥‥燃え上がれ」
最後はウォーレンの符の一撃によって、巨大アメフラシは活動を停止したのだった。
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「いやぁ、お疲れさま! 店内のものでよかったら飲み物おごるから、一服してよ」
アメフラシが動かなくなったのを確認して、店内の二人も外へ出てきた。
店長は上機嫌だった。メンバーがアメフラシを店から引き離したことで、店内にはほぼ被害がなかったからだ。
駐車スペースは所々アスファルトや車止めが砕けていたり、アメフラシが吐いた粘液が雨に流されずに残ったりしているが、これは仕方のないものだろう。この辺を少し片づければ、営業もすぐに再開できそうだ。
一方、撃退士たちの負傷は軽いとは言えないものであったが、
「壊れた品物はなかなか直りませんが、私の身体なら放っておいても治ります。‥‥ある程度までなら」
とは広彦の弁である。
「あー、結局濡れたし‥‥マジ最悪」
篁はアメフラシの攻撃を喰らうことはなかったものの、途中から降り出した雨で結局全員濡れてしまっている。
その雨も、まるで敵を倒したのに合わせるようにして小康状態になっていた。
「店長ー! 買い物してもいい?」
無事聖地(コンビニ)を守りきった舘羽がうずうずしている。
「ああ、もちろんどうぞ。むしろ歓迎するよ」
「イランカラプテ! 店長さん、ちょっと聞きたいことがあるのにゃー」
初対面となる店長にアイヌ語の挨拶をしながら、ホリプパが話しかける。その手にはペンとメモ帳が。
「アメフラシが再出現したことや、巨大化した理由などに思い当たることがあったら教えてほしいのにゃ」
「うーん、そう言われても、そもそもなんでうちに出現したのかもわからないしなぁ‥‥。モブ子はどう?」
「当然、わかりません」
やりとりを聞いていたホリプパは首を傾げる。
「モブ子ってあだ名かにゃ」
「そうです」
「どういう意味か聞いても?」
「私、目立たないので。その他大勢の意味のモブです」
そんなこともないような気がするが、本人がそう言っているからそうなのだろう。
「あと、本名が毛子っていうんだよ」
店長が補足すると、モブ子の目つきが気持ち険しくなった。
「‥‥理由は知らないけど、自分の名前が気に入らないらしくてね。本名で呼ばずにそう呼んでくれっていうんだ」
「なるほどですにゃー‥‥」
うなずきながら、メモ帳に書き込むホリプパである。
「お、新発売のお菓子はっけーん」
舘羽が喜々として商品をかごに突っ込んでいく。
「えっと‥‥おごるのは飲み物だけだから、ね?」
どことなく心配そうな店長。
「にしても、こんなとこにコンビニあったんだ、立地悪すぎじゃね?」
篁も店内を物色しつつ、店長の心にぐさりとくる一言を言い放った。
「ん、このゼリー飲料購買にないやつじゃん。俺のおごりこれでもいーっすか」
一方、ウォーレンはお菓子売場に。
「なにかお探しですか」
モブ子が声をかけると、ウォーレンは淡々と答えた。
「チョコレートバー、一箱貰おうか」
「一つ、ではなく?」
「‥‥好きなんだ」
「じゃ、在庫出してきますねー」
あくまでも淡々としたやりとりであった。
「じゃあ俺帰るんで、お疲れーす」
ゼリー飲料の封を開けながら、篁があっさりとした別れの挨拶をする。
「んー‥‥タイムびみょー、かな」
携帯で計っておいた戦闘時間を確認し、首を傾げつつ。彼からすれば、戦闘もゲーム感覚であった。
「私は、周辺を調べてきます。もし産卵などされていたら大変ですから」
「藪木さん、あたしも手伝うよ!」
一服終えて店を出る広彦に、買い込んだ商品の袋を店に預けた舘羽がついていく。──彼らの懸念は、学園に戻った際に職員から説明を受け、解消されることとなる。
「あたしは、掃除と後かたづけを手伝おうかな」
「君にはいつも、迷惑かけるね‥‥ほんとに助かるよ」
彩香の申し出に、店長が今日も礼を言う、が。
「こら。目線」
前回に引き続き、しっとり濡れた艶姿の彼女に思わず不躾な視線を送ってしまい、彩香からチョップされたのだった。
「やれやれ、これでまた平和な──」
「暇な毎日、ですね」
店舗損壊の危機は去り、店長の心配ごとは今まで通り、売り上げに関することのみが残ったのだった。