●3B
小振りのかぼちゃ程の大きさがあるサンダーウィスプ、その球体の中心ににアウルの弾丸が命中すると、雷の精霊はゴムボールのようにばちんと爆ぜた。
「残敵なしだ」
拳銃の銃口を上げたまま、エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が告げる。戦いの空気が一時的に遠のいた。
「大丈夫ですか!?」
不知火あけび(
jc1857)が声をかけたのは、武器を構え荒い息をついている少女だった。独りでサーバントに囲まれていたところを彼女と陽波 透次(
ja0280)が見つけ、仲間とともに救出したのだ。
「佳澄ちゃん! 怪我はない?」
少女──春苑 佳澄(jz0098)の名を呼び、やはり銃を構えた星杜 焔(
ja5378)が駆け寄ってくる。
「星杜くん! ‥‥よかったあ」
焔に気づいた佳澄はようやく緊張を解いたのだった。
佳澄が言うには、サーバントの奇襲を受けて、一緒に行動していた部隊からはぐれてしまったらしい。
「独りで行動するのは危険だし‥‥俺たちと一緒にくるかい?」
「それはいいんだけど‥‥あの」
佳澄は、まだ少し焦っているようだった。
「子供たち、見なかった? 途中まで一緒だったの!」
*
「小学生くらいの兄妹か‥‥見てないな」
ミハイル・エッカート(
jb0544)は唸った。
「一緒にいたんですけど、サーバントに見つかって‥‥」
「春苑さんが独りで敵を引きつけてきた‥‥ですか」
逢見仙也(
jc1616)が確認する。
焔が光信機で連絡を取ったが、拠点設営地点でそうした子供は保護していなかった。一方で佳澄がはぐれた部隊とは連絡が付き、そちらは結界の近くまでたどり着いているため、そのまま離脱するとのことだった。
「子供たち‥‥どこかに隠れているのでしょうか」
透次が眉根を寄せると、エカテリーナが周りを鼓舞するように強い声を出した。
「戸惑っている余裕はない。迅速に要救助者を救出し、敵は容赦なく殲滅する」
早いとこカタをつけてやる! と息巻く。
「よし、敵の掃討と並行して、子供の捜索だな」
「はい、偵察は任せてください!」
ミハイルにあけびが元気よく答えた。
●→2B
横浜ゲート、とは言うものの、領域の北側は大部分が川崎市だ。彼らは今、その川崎市内の住宅地を慎重に進んでいた。
先頭は透次、あけび。ともに足音を隠し、物陰に隠れ先を窺う。敵の姿がないことを確認すると、後続に透次が手招きした。
その間にもあけびは周囲を探るが、子供たちは見つかっていない。
民家の塀に身を寄せ、角から先を覗き込んだ透次の肩が一瞬固くこわばった。
*
先行偵察が奏功し、サーバントには気づかれていない。透次たちは後続の合流を待つと、息を合わせて一斉に飛び出した。
大通りの交差点。車の通らなくなったその場所の中心に、魔導士のローブを深く被った敵が二体。
闇色の瞳をたたえた透次が狙い定めたのは、その周囲を飛ぶ雷の精霊だ。帯電し、発光しているそれらを、円陣から放たれたさらに明るい光の柱が呑み込んだ。
「まずは雑魚掃討からだ」
ミハイルは暗闇色の毛並みの狼を、自身からは離れた位置に喚び出した。範囲魔法で敵を一掃するため、ミハイル自身がウィスプの群に飛び込んでいく。
焔は自身の周囲に花畑の結界を発生させた。
「固い人は俺の周りにね」
無論、固まっていれば、敵魔導士は範囲魔法を撃ってくるだろう。危険ではあるが、逆に相手の行動を制御できるともいえる。
焔のすぐ隣に、仙也が立った。
「二人だと、囮にはちょっと弱いかもしれませんね」
「だったら、もっと接近しよう」
護る戦いを得意とする二人は攻撃しつつ、結界の力も頼みにしてさらに前進する。ついにウォーロックの一体が、焔を中心として炎の魔法を放ってきた。
熱された風が上空へ抜ける、ごう、という音がして、二人を包む。
「‥‥平気かい?」
「平気ですよ、これくらいなら」
炎は広がったが、結界の花々は一本たりとて燃え落ちはしない。二人は敵との距離をさらに詰めた。
エカテリーナは側面へ回りながら、いままさに焔たちを狙った魔導士の頭へと銃口を向ける。だが放たれたのは弾丸ではなく、液体状に変化したアウルである。
水流となって着弾すると、魔導士のローブが瞬く間に朽ち、ぼろぼろと崩れて隠されていた頭部が露わになった。その名の通りの骸骨頭である。
「すぐに粉々に砕いてやるぞ」
エカテリーナは忌々しげに言い放つ。
「やあっ!」
あけびの放った無数の影手裏剣が光体を切り裂き、霧散させる。
最後のウィスプはミハイルの射撃によって消し飛んだ。
「雑魚は片づいたな」
ミハイルは状況を確認すると、口の端を吊り上げた。
「よしフェンリル、出番だぞ!」
待機させていた召喚獣が応え、うなり声を上げながらウォーロックに突撃していく。その直前、炎の中から仙也が放った流星群が、敵の動きを制限していた。
氷の爪がローブを切り裂き、その先の骨を砕いた。魔導士の袖が持ち上がり、裾先から白い煙が立ち上る。
だが氷の杭は、撃ち出されることはなかった。敵に張り付いていた焔が盾で殴りつけ、強引に発動を止めさせたのだ。
そこへ透次が刀を振り抜く。魔具に蓄積したアウルが赤い衝撃波を生み出して、ウォーロックを後方から呑み込んだ。
ローブがぼろぼろに破れ、最早ただの骸骨同然となったそれを見据え、エカテリーナは両足を強く踏みしめる。
「さあ、──叩き潰してやる!」
そして放たれたロケットの如き弾丸が、言葉通りに敵を粉々に叩き潰したのだった。
●→3C
「あー‥‥熱かった」
「仙也君、大丈夫?」
焔とともに、敵の炎を浴び続けていた仙也をあけびが気遣った。
「平気ですよ。回復あるから」
戦いが終わった直後こそふらついていたものの、今は言葉通り平然としている。
「ん‥‥ちょっと待て」
エカテリーナが小声で注意を発した。意識を集中させ、気配を探る。
やがて音もなく歩き向かったのは、マンションの入り口に設置された金属製のゴミ回収ボックスだ。
無造作に蓋を開くと──。
「あっ!」
後ろから覗き込んだ佳澄が叫んだ。
ボックスのすみっこに、小さな女の子と、その肩を抱いて不安そうにこちらを見上げる男の子がしゃがみ込んでいたのだ。
「‥‥佳澄ちゃん?」
あけびはすぐには警戒を解かず、小声で佳澄に問いかけたが、瞳をうるませた彼女が頷くのを見て、二人が間違いなく捜していた兄妹であると確信した。
「──よかった!」
すぐに笑顔をほころばせ、エカテリーナの隣に並ぶ。回収ボックスの中に手をさしのべた。
「怪我はありませんか」
回収ボックスから出てきた二人に、透次が優しく呼びかける。兄の方がこくんと頷いたが、表情はまだこわばっている。
「よく頑張ったね!」
あけびは妹の頭を優しく撫でてやった。
「そうだ、お腹空いてないかな?」
取り出したのは、おにぎり二つ。ひとつずつ、兄妹に手渡してやる。
「おっと、それなら俺も提供しよう」
様子を見ていたミハイルも荷物を探った。弁当と、甘いプリンだ。
「ふっ、俺の彼女が作ったんだぜ。ありがたく食べるがいい」
聞かれてないのにそう言って、ミハイルは横顔でニヒルに笑う。
「おお、手作りお弁当! すごいですね!」
「すっかりラブラブですね、ミハイルさん」
あけびと仙也にはやし立てられた。
「‥‥ふっ」
ミハイルは片手を上げて応えたが、二人の方は向かないのであった。
「さて‥‥この後、どうしようか〜」
「私たちの任務を考えると、戻るのはまだ早い。接敵した回数も想定からは少ないしな」
焔とエカテリーナは言い合った。保護した子供たちの安全を考えれば無理をするべきではないが、敵を避けるのでは任務の目的からは離れてしまう。
「拠点の設営は万全にしたいですしね」
透次が言った。そのための遊撃任務だ。
「それなら、この子たちは俺が護衛しますよ。戦闘には参加できなくなりますが、護りながら戦うよりはやり易いでしょう」
仙也が子供たちのすぐ側に立った。
「ふむ‥‥そうだな、それが最善の策か」
幸いにして、ここまで重傷者はいない。仙也抜きでも、もう一戦くらいはこなせると一行は判断した。
「よし、俺たちも出来るだけ回復したら、次へ向かうぞ」
ミハイルの言葉に、全員が頷いた。
●→4E
一行は再び透次、あけびを先頭にして先へ進む。
「子供たちを危険にさらさないためにも、僕たちが失敗することは出来ませんね」
透次はあけびに、一言だけそう呟いた。
あけびの小さくとがった顎の先から、汗の滴が落ちた。
サーバントたちを警戒させないために、阻霊符を使用せずの隠密行。敵がどこから出てくるか分からない中での索敵は、重労働だ。
道の先の安全を確認した透次が、後続を呼ぼうと後ろを振り向いた。
「透次さん!」
その瞬間あけびが鋭く叫び、透次は再び首を巡らす。先ほどまでなにもいなかったその場所、壁を背にして、槍を持ったサーバントが佇むように立っている!
気づいたのは同時だ。
半人半獣の敵が槍を構えるのを見ながら、透次は先へ飛び出す。
「こっちですよ!」
体内でアウルを練り上げながら呼ぶと、敵の人の形をした上半身がぐるりとこちらを向いた。
そこへ、あけびの攻撃が決まった。相手の顔周辺を濃い霧が覆い隠す。
「当たった‥‥!」
あけびは透次とは反対方面に回り、サーバント、セントールナイトを包囲しようとする。だがナイトを支援しようと、さらに壁の向こうからウィスプが沸き上がってきた。
そのころには後続ももちろん事態に気づいていた。
「仙也、離れてろ!」
「お願いします、皆さん」
ミハイルが新たな召喚獣を喚び出しながら告げる。仙也は軽く一礼すると、子供たちを促して後方へと下がっていった。
「邪魔する奴は肉骨粉になってもらおうか?」
エカテリーナが再び強酸となったアウルを噴射させる。だがナイトは四足での巧みなステップワークで、それを躱してしまった。
ナイトは視界を覆っていた霧を振り払うと、改めて透次に狙いを定めた。槍を中段に構え、身を屈めて突進する。
「いけない!」
焔はライフルで進行方向を狙ったが、ナイトは足下で爆ぜる銃弾をものともせず、透次へ向かって突撃する──!
「‥‥!」
速度を威力に乗せ換えた槍の突撃をぎりぎりまで引きつけて、透次は左へ急加速した。体への負担を軽減するための結界に使われた魔装のみが突撃に吹き飛ばされ、残像のように散った。
数メートル通り過ぎた槍騎士はたたらを踏みながら振り返る。その双眸が見開かれるのを、透次は真っ向から見据えた。
「さあ‥‥僕を捉えられますか?」
*
「ここなら大丈夫かな」
戦場から距離を置き、出来るだけ見晴らしのいい場所で仙也は子供たちを座らせた。
「‥‥それ、食べないんです?」
兄妹は、先ほどあけびやミハイルからもらった食べ物をまだ抱えたままだった。仙也が促しても、口をつけようとはしない。
「ああ、そうか」
戦いから離れても、彼らの肩はよく見れば小さく震えていた。ここは敵地、結界の中である。撃退士に保護されたとはいえ、まだ安全を確信することが出来ないでいるのだ。
仙也は兄妹の前に屈み、意識を集中した。精神をほぐす暖かなアウルの波動が広がる。
「大丈夫ですよ。皆強いですから」
小さな震えは次第に収まっていった。そして代わりに、小さなお腹がぐう、と鳴った。
仙也は微笑んだ。
「それ、食べながらでいいですから。君たちのこと、それからこの周辺が今どうなっているのか、教えてもらえませんか」
「市民が集まっているところが、この先に‥‥」
仙也の表情は知れず固くなったが、今は食事に意識が向いている子供たちには、幸いにして気取られることはなかった。
(話を聞いただけでも、敵の戦力は多そうだな)
解放できるとすれば、これ以上ない成果だ。だが──。
今戦いが繰り広げられている先を、仙也は険しい表情で見通した。
*
セントールナイトの突撃を、透次はその神速に至る業により躱し続けていた。
「その程度じゃ、僕は掴まえられませんよ」
不敵に挑発する。だが一方で敵もさるもの、透次ほどではないにしても高回避を発揮し、撃退士の攻撃を致命的なものとしていなかった。
敵が透次に意識を向けている隙をつき、あけびが側面から炎で薙ぎ払おうとするも、相手は体をくねらせすり抜けるようにして避けてしまった。
「ああっ、惜しい!」
気がつけば、馬の如き大きな後ろ半身が目の前にある。
そう感じた直後、激しい衝撃を受けてあけびは天地が分からなくなった。馬の後ろ足に蹴り飛ばされ、その場から弾き飛ばされたのだ。
「不知火さん!」
透次は叫んだが、敵の目は依然こちらを向いている。幸い、あけびの意識はまだあるようだ。
「雑魚は片づけた──そろそろネンネの時間だぜ!」
ミハイルはスレイプニルに跨がり上空にいた。透次たちが強敵を引きつけている隙にウィスプを一掃し、今銃口をセントールナイトへ向けている。
サーバントを屠る闇の力を込めて放たれた弾丸は──なんと、これも躱されてしまった。
「なんだと!?」
「手を休めるな、畳みかけろ!」
エカテリーナがすかさず炸裂閃光で追撃をかける。焔は距離を詰め、ショットガンに持ち替えて再びナイトの突撃方向を狙った。
今度ばかりはすべてを躱せず、頭部から血を流したセントールナイトは透次へ向けてチャージを敢行する。最早犠牲にする魔装も残っていないが、それでも透次は冷静に槍の穂先を見つめていた。
落ち着いて見切れば、躱せない攻撃はない──!
ナイトの槍はまたしても、獲物を貫くことはなかった。走り抜けながらUターンしようとする。
その瞬間、わずかに速度が落ちた。
「今度こそだ。もう外さんぜ!」
ミハイルのダークショットがその瞬間放たれて、戦いの終わりを告げる号砲となった。
●→5A
仙也たちの元へ戻った一行は、彼からの報告を聞いた。
「救えるのなら、救いたいけど、でも‥‥」
「この戦力じゃ、難しいだろうな」
ミハイルが冷静に言った。
「子供たちは?」
「‥‥寝ちゃいました」
緊張が解け、腹もくちくなった兄妹は、今寄り添うようにして眠っている。
「でも、俺たちと一緒に行くそうです‥‥そこには、両親が残っているそうですけど」
眠る直前、子供たちは仙也に言ったらしい。
母さんが、逃げろ、と言った──だから、一緒に行く、と。
「‥‥連れて、戻ろうか」
焔が静かに言った。拠点の設営は無事完了したと、連絡が入っていた。
眠ったままの子供たちは背負われ、一行は歩き出す。エカテリーナは去り際に、結界の奥、ゲートの方角へ目を向けた。
「人界で好き勝手働く奴には重い罰が待っている。こいつは手始めに過ぎんぞ」
横浜、そしてつくばでも。ゲートの解放という今はまだ遠い目標のため。
ひとつひとつ、歩みが進められていく。