「飲み会でござる! 飲むでござる! 食べるでござるよー!!」
「おー!」
エイネ アクライア (
jb6014)と春苑 佳澄(jz0098)が二人して、散歩前の仔犬のように盛り上がっていた。
「お嬢ちゃん、身分証は持ってるかい?」
赭々 燈戴(
jc0703)が佳澄の隣に立って顔を覗きこむ。
「もちろん! 今日は小学生に間違われる訳にはいかないよ!」
「エライエライ。年齢確認ダイジ、ゼッタイ」
燈戴は真顔で頷いた。そう言う彼も、高校生くらいには見られかねない外見だ。
「俺も嬢ちゃんたちと歳の近い孫もいる立派な大人でね」
「えっ、そうなん‥‥ですか?」
「信じて貰えねえ事があるのは身に染みてるワケ。──ま、酒の事なら俺様に任しときな」
自分の胸を指先でさも自信ありげに叩いて見せる燈戴である。
●
「へえ‥‥落ち着いたいい雰囲気じゃないか」
店内を軽く見回して、川内 日菜子(
jb7813)が小さく感想を漏らした。
「綺麗なお店だね〜」
星杜 焔(
ja5378)も目を輝かせて同意した。
通路は広く開放的だが、テーブル席はそれとなく間仕切りが入っており、周りに気兼ねせず楽しめるような配慮がされている辺りは確かに居酒屋という体である。
‥‥もっとも、日菜子はまだ未成年なので、そこまで細かいところはわからないのだが。
「乾杯にはビール、つっても飲んだ事ないんじゃマズく思えるかもな」
梅酒やサングリアみたいな手軽でジュースみたいな酒もあるんだぜ、と隣で解説するのを聞きながら、佳澄は目を輝かせてドリンクメニューを眺めている。
(春苑さんも二十歳か)
月詠 神削(
ja5265)は感慨めいたものを感じていた。
(春苑さんが酒を飲むっていうと──)
何故だろう、そんなはずはないのに、彼女が泥酔した様子をすでにどこかで見たことあるような‥‥。
(‥‥うっ、悪い男に酔い潰されてお持ち帰りされるところを想像してしまった)
まあ、今日の所は大丈夫だろう。ほとんど友人同士だし、護ってくれそうなものも多い。
「よし、飲むぞ!」
気を取り直して、神削もメニューを取り上げるのだった。
「ビールでいいのか?」
「ビールで乾杯! って、あたし一度やってみたかったんです、えへへっ」
一方で日菜子と黄昏ひりょ(
jb3452)は、焔とともに食べ物のメニューを開いている。
「俺たちは未成年だからな‥‥」
佳澄の一年後輩であるひりょが酒を飲めるようになるのは来年だ。
「‥‥ぁ」
日菜子が小さく声を上げたので、ひりょはページをめくる手を止めた。
「川内さん、いいのがあった?」
日菜子はすぐに答えなかったが、焔が彼女の視線を読みとった。
「ポテトサラダか〜。ジャガイモがごろっとしてるやつだね〜美味しそうだね〜」
「お、サラダは酒を飲む前にもいいんだぜ」
燈戴がそこに乗っかった。
「ドレッシングには油が含まれてるよな。脂肪分はアルコールの吸収を抑えるから二日酔い予防になるんだぜ」
「そうなんだ‥‥詳しいんですね!」
「へっ、こちとら酒屋の主だぜ」
佳澄に尊敬のまなざしで見上げられて、燈戴は鼻先をこすり上げた。
「よし、じゃあ注文を‥‥」
「俺が行ってくるよ〜」
神削を制して、焔が立ち上がった。
「料理を持ってきていてね、温めるのにキッチンを使わせてもらいたいから‥‥ついでに注文もお願いしてくるね〜」
「拙者、日本酒をお勧めで宜しくでござる‥‥あ! 辛口でござる!」
エイネたちの希望をさっと取りまとめて、焔はキッチンの方へ消えていった。
*
「しかし、空腹を刺激する匂いだぜ‥‥」
「美味しそうだね!」
テーブルには各自の飲み物と一緒に、焔特製のカレーも並べられていた。
「お酒を飲むときはウコンをとるといいと聞くからね〜」
ウコンとはすなわち、カレーに必須の香辛料・ターメリックのことである。焔といえばカレー。カレーといえば焔である。
「まずは乾杯しようぜ」
「はいっ!」
燈戴が言うと、佳澄がすかさず手を挙げた。「あたし、『乾杯』ってしたいです!」
「いいんじゃないか? 元々、春苑が呼びかけた飲み会なんだしな」
日菜子の言葉に、誰も異論は挟まない。佳澄は満面の笑顔でジョッキを差し上げた。
「じゃあ‥‥乾杯っ!」
心地よい、ジョッキやグラスの重なり合う音が響く。
「春苑さん、お酒の味はどう?」
初めてアルコールをまともに口にした佳澄に、未だアルコールとは無縁のひりょが聞いた。
佳澄は難しい顔をして「ん〜〜」としばらくうなった後で、
「変な味!」
と言った。
「その割には、妙に愉しそうだね」
「えへへ」
唇にビールの泡をつけて笑った。
「おっ、このカレー、意外とビールに合うな」
今回のカレーは飲み会仕様ということでライスはなし、さらにスパイスが主張しすぎないよう果物でまろやかさを足しているのが特徴である。
「日本酒とは‥‥う〜む、この銘柄とはいまいちでござるな、いや、もちろん「かれえ」そのものは至極旨いのでござるが」
「ふむふむ‥‥日本酒ならもう少し口当たりが柔らかいものの方が主張し合わなくていいかもね〜」
そんなことを言い合うものの一方で。
「さすが星杜くんのカレーは美味しいね!」
「具がよく煮込まれていて‥‥鶏肉もスプーンでほぐれるくらいだ」
「茸がいろいろ入っているな」
(シイタケは‥‥入っていないか‥‥?)
素直にカレーの味わいを言い合う面々。一部心の声だが。
「ご飯が欲しくなっちゃうね」
と、ひりょ。
「あ、そうだね!」
「春苑は、お酒を飲みに来たんだろう‥‥?」
「あ、そうだった!」
まだ大して飲んでいないのに、佳澄はもうハイテンションで笑っている。
ひりょが改めてこの場の全員を見回し、言った。
「それにしても、アウル覚醒する前は‥‥、こんな波瀾万丈な人生を歩むことになろうとは思わなかったな」
「どうした、急に?」
神削が聞くと、ひりょは頬を掻き、はにかんだ。
「いや、でもそうじゃなかったら、こうして皆と同じ卓を囲むことも無かったかも知れない、と思って」
順風満帆とは言えない人生でも人の縁というものはある。当たり前のように接する彼らともしかしたら出会わなかったかも知れないと考えると、つくづく不思議なものだとひりょは思った。
「‥‥そうだな」
神削もしみじみと同意した。
「ところで、月詠さんも春苑さんも、まだ二十歳になったばかりなんだよな」
「俺もそうだよ〜」
と、焔。
「俺も来年には二十歳になるんだよな。まだ実感は無いけど‥‥ところで、成人式ってどうするんだろう? 久遠ヶ原でもやるのかな?」
「成人式!」
佳澄が今気づいたとばかりに声を上げた。
「そういえばそうだね。あたしはたぶん地元に帰るのかな?」
「久遠ヶ原でも、一応やってるぞ」
と神削。「希望すれば、そっちに出てもいいみたいだ」
「‥‥育った家の方で出ても、周りからは『別世界の人』という感じで見られそうだな」
困ったように笑うひりょ。特別な力を得たことで、望まない苦労を多く背負ってきたことも彼にとっては事実である。
「あっ、注文の品がきたでござる! 「ればあ」はこちらでござるー!」
料理が運ばれてきた。ポテトサラダに、串ものに、野菜スティック、だし巻き卵に‥‥焔が「この店のお勧めも食べてみたい」と言ったので、いろいろ盛りだくさんである。
エイネは早速レバー串にかぶりつくと、その勢いで日本酒をきゅーっと飲み干した。
「‥‥っぷはあ! やっぱりこれでござるー!」
「焼き鳥と日本酒は合うよね〜」
「本当? あたしも試してみたいな」
エイネは串を頬張りながら微かに頬を赤くして言った。
「成人式、でござるか‥‥生憎と、拙者の故郷ではそのようなものは無かったのでござる」
喋りながら日本酒をくいとやる。
「が、知り合い曰く、酒や煙草が合法になるか否かの違い、と言うことでござったな」
「うーん、服装はどうしようとか、気にしてる時点でまだ子供って事なのか‥‥?」
「売りにしているだけあって野菜スティックも旨いでござるな‥‥そうでござる、野菜串も頼むでござるよ!」
含蓄のありすぎる助言にひりょは戸惑ったが、エイネはお構いなしに酒と料理を楽しむのだった。
*
「結構顔赤いけど、大丈夫?」
「えへへ、平気だよー!」
「適度に水も飲んどけよ、佳澄。アルコールの分解に水分が持ってかれるからな」
「さて──春苑さんが潰れる前に、準備するか」
神削が自分のグラスを置き、荷物を広げだした。
「あっ、それ知ってる! シャカシャカするやつ!」
佳澄が大げさな声で言った。神削が取り出したのは、カクテルを作るシェイカーだ。
「折角だし、俺の隠された特技を披露しよう」
神削は思わせぶりな笑みでそう言って、シェイカーに液体を計量しつつ注ぐ。
「これはマラスキーノ。サクランボのリキュールだ」と言って見せたそれを、バースプーン一杯分だけ足した。
そして、お待ちかねのシェイクだ。
「おっ、様になってるな!」
燈戴がやんやと喝采すると、神削はシェイカーを振りながら照れ笑いを浮かべた。
「‥‥まあ、実際には特技というほどのものでもないんだが。
前に、世話になってる奴らに感謝の気持ちをカクテルで伝えたことがあって、その時に必死になって練習しただけなんだけど‥‥『酒言葉』でね」
要は花言葉のようなものが、カクテルにもつけられているのだ。
神削がシェイカーを開けて中身をグラスに注ぐ。佳澄の方につい、とグラスを差し出して、一言。
「『アビエイション』。酒言葉は‥‥『そよ風に吹かれて』だ」
「わあ‥‥」
その手並みと、カクテルを目の前にして、佳澄は感嘆の声を漏らした。
「へえ、春苑さんにぴったりの言葉だね」
「だろう?」
「えへへ‥‥月詠くん、ありがとう!」
佳澄はほんの少しだけはにかみつつ、笑顔で礼を言った。
「飲んでもいいかなあ?」
「いいけど、一気には飲まないように。レモン風味で飲み易いけど、アルコール度数は高いから」
佳澄に注意を与えた後で、神削は自分のカクテルを作り始める。すると、エイネがお猪口を咥えながら呟いた。
「かくてるでござるか‥‥かくてるは拙者、よく分からぬのでござる‥‥」
「そう‥‥か?」
「なんだか甘ったるくて、酒を飲んでいるという気がしないのでござるよ。まるで『じゅーす』を飲んでいるような気分ゆえ‥‥」
「まあ、確かにそういう種類もあるけど‥‥カクテルだって、辛口のは結構辛いぞ。今俺が飲んでるマティーニもそうだし」
「そうでござるか‥‥?」
神削は大きく頷いた。
「春苑さんに作ったアビエイションだって、飲み易さはあるけど甘口って訳じゃないしな」
「うん、美味しかったよ!」
「‥‥って、もう飲んじゃったのか!?」
*
(そろそろスキル頼みも卒業しないとな‥‥)
焔が席に戻ってきて、皆に告げた。
「キッチンを貸して貰えることになったから、なにか作ろうと思うんだけど‥‥希望はあるかな〜」
「おお‥‥では、拙者はげそ天をお願いするでござるよ!」
エイネが早速、焔にリクエストする。
「了解だよ〜佳澄ちゃんは何かあるかな?」
「あっ、じゃあここのお野菜で、天ぷらとか食べてみたいかも! ‥‥日菜子ちゃんは?」
「私か? そうだな‥‥」
「逆に食べられないものとかあったらお気軽にね〜」
「いっ、いや‥‥うん、春苑と同じものを頼もうか」
若干口ごもる日菜子であった。
●
「アラヤダおにーさんイイオトコーアタシの注いだ酒も飲んでくれるワヨネ?」
「ちょ‥‥赭々さん!?」
燈戴もすっかり出来上がった──といいつつ、未成年のひりょなどはちゃんと避けて絡んでいるのだが。
「春苑‥‥あれは悪い見本だぞ」
日菜子の声は果たして届いているのだろうか、佳澄は上機嫌にけらけら笑っている。
「このもつ煮も絶品でござる! 星杜殿の腕前は素晴らしいでござるな!」
エイネは日本酒から焼酎に切り替えて、相変わらず食べまくり飲みまくっていた。テーブルの食べ物は途中から大半が焔お手製のメニューになっている。
その焔も料理が一段落すると席で酒を飲み、幸せそうにしていた。
「美味しいお酒に、美味しいお料理に、手料理まで振舞える‥‥ここは楽園か〜」
「だいぶ皆、お酒が進んでるみたいだね」
ひりょが日菜子の隣にやってきて腰を下ろした。アルコールの入っていない二人がほんの一時、騒がしい空間から距離を置いたような気持ちになる。
「‥‥大人とは、何だろうか」
不意に、日菜子の口をついて出たのはそんな言葉だった。
「自制心があるコト? 責任を持つコト? ‥‥であれば、一人前の撃退士として必要な能力かもしれない」
数々の失敗、力不足。克服しきれない過去が、日菜子を苛んでいた。『完璧』でありたいと願うが故に、逆にほど遠い自分を自覚して、苛立ちは募っていく。
もがく自分がいる一方で、周りは確実に成長している。自分より後ろにいると思っていたものが、いつの間にか自分より先のステージへ──。
このささやかな席で引かれた小さなラインが、彼女にそのことをまざまざと自覚させたのだ。
「川内さ──むぐ!?」
「日菜子ちゃん!」
ひりょが声をかけようとしたまさにその時、横から佳澄が飛びかかってきた。勢いがつきすぎて、日菜子とひりょをまとめて押し倒すような格好になった。
「春苑!?」
「日菜子ちゃんは、大人だよー‥‥格好いいもん!」
日菜子のわき腹の辺りから、佳澄は言い切った。
「そういうコトじゃなくてだな‥‥」
「あたしを助けてくれたでしょ?」
もう一度、きっぱりと断言する。
「──ひりょくんも、月詠くんも星杜くんも、赭々さんにアクライアさんだって‥‥」
次々に名前を呼びながら、佳澄は日菜子のお腹に顔を埋めていき──。
「‥‥やれやれ」
あっという間に寝息を立てていたのだった。
●
「拙者、酔ってない、酔ってないでござるよ!」
勘定を済ませて店の外。エイネは酔っぱらいの常套句でアピールしていた。
「だから、飛行とかも全然平気でごz」
言葉途中で唐突に地面に倒れ込む。どうやら制御を誤ったらしい。
「春苑は起きる気配がないし、私が送っていくよ」
「よろしくね〜」
佳澄はと言えば日菜子の背中とひりょの上着をすっかり占領し、今は安らかな顔で眠っていた。
「大人ってのは、成人だとか酒が飲めるとか、それだけじゃねェんだぜ」
不意にそう言ったのは、燈戴だった。先ほどまでの悪酔いっぷりはどこかへ消えている。
「ま、例えば飲んじゃイケナイ奴が飲もうとしたらそれを注意する‥‥とかな。当たり前のようで出来ない奴も多い。
要は、良いお手本になれるかどうかって辺りかね」
そこまで言って、燈戴は日菜子の方を見た。
「この燈戴さんのようにな!」
ぱちんとウインクすると、何事も無かったかのように先を歩き出した。
(手本になれる存在、か)
考え込む日菜子の背中で、佳澄は今日の楽しい思い出を、夢の中で反芻するばかりなのだった。