撃退士たちが街へはいると、すでに騒ぎが起こっていた。黒井 明斗(
jb0525)がどこかから逃げる市民の一人をつかまえて尋ねる。
「何かあったんですか?」
「サーバントが出たんだ!」
男は人々が離れようとする方角を指し示した。
「いま、あっちで天使様たちが追い払ってくださっている。あんたたちも終わるまでは離れていた方がいいぜ」
「‥‥急ぎましょう」
蓮城 真緋呂(
jb6120)が仲間たちを促す。一行は男の去った方向とは逆へと走った。
●
「あれか」
咲村 氷雅(
jb0731)の視界に、その光景はまもなく飛び込んできた。
巨大な翼を広げた、ホワイトドラゴン。そして十字の仮面をつけ二刀を振りかざす、シルバーダブルクルセイド。いずれも先の横浜を巡る戦いで観測されていたサーバントだ。
それらを抑え込むように周囲を飛び回っているものは三名。大柄小柄それぞれの男性に、後方で弓を引く女性の姿だった。
*
堕天使たちはサーバントたちの進撃をよく抑えていたが、かといって敵を殲滅しきるほどの余裕も持っていなかった。戦況は一進一退、互角といえた。
煮え切らない状況に、ミュゼットは前の二人に叫ぶ。
「私が動きを止めるから、いい? 一気に叩いて!」
「ミュゼット様!?」
「いけません、軽々しく力を使われては──」
「でもぉ、どうしようもないでしょお!」
二人にミュゼットが言い返した、その時。
別の方向から迸った雷光が、彼らの眼前にいた白竜を灼いた。
咆哮をあげ、のたうつ竜。三人の堕天使は何事かと周囲を見回した。
*
山里赤薔薇(
jb4090)は、自身の攻撃が命中したことを確認すると仲間を振り返った。
「このまま、天使たちから距離をとりつつ加勢しましょう」
サーバントと敵対しているように見えるとはいえ、まだ得体の知れない相手だ。
「不用意に近づきすぎるのは危険だな」
氷雅は同意した。
「私は行くわ」
だが、真緋呂はそう言った。
「護られた人がいる‥‥私にはそれで十分だもの」
もちろん、学園が調査依頼を出していることの意図や、赤薔薇たちの懸念は理解できる。それでも‥‥彼女にとって、そうすることに迷いはなかった。
これまで積み重ねた数々の出会いが、真緋呂を導いていく。
「いずれにしても、こちらに堕天使殿を攻撃する意思がないことは伝えなければならんでござるな」
エイネ アクライア (
jb6014)はふわりと空に浮き上がった。
「それからサーバントを協力して倒し、その後は話し合いの機会を‥‥むー、やることいっぱいでござるな」
眉を顰めるのは一瞬。
「忙しいでござるが、気張っていくのでござるよ!」
気合いの一声を発すると、空を滑るように飛び上がっていく。
堕天使たちは戸惑っていた。ミュゼットはあくせくと周囲を見回すが、上空にいるせいで地上の撃退士たちが目に入らないらしい。
「下です、ミュゼット様!」
アルグスが叫んだ。さらに彼女の視線を誘導するように、上空にいたシルバーダブルクルセイドが一体、地上へ引きずり落とされる。明斗が星の鎖でサーバントを絡め落としたのだ。
そして直後、衝撃波が一直線に走った。後方にいた銀十字が巻き込まれて吹き飛ぶ。
ようやくミュゼットの視界に、赤い翼をひらめかせた男が目に入った。
「ど、どちら様でしょお‥‥?」
戸惑いつつも話しかけてきた堕天使の少女に、小田切ルビィ(
ja0841)はつと微笑みだけを返して。
「詳しい話は後だ。──まずは加勢するぜ‥‥!」
その手の大剣を一度持ち直してみせると、ミュゼットを追い抜き、正面のホワイトドラゴンに向け突っ込んでいく。
「堕天使殿、援護するゆえ攻撃は勘弁願いたいのでござる!」
続いて、大きくミュゼットを回り込むようにしながらエイネが声を張り上げた。
「こちらも攻撃せぬゆえ、ひとまず共闘と行くのでござる!! 後、この後話し合いの機会を設けて頂きたいのでござでやぁーーっ!!」
言い切る前にドラゴンが射程に入ってしまったので、語尾が気合いに食われました。
「護ってくれてありがとう」
緩やかに高度を下げたミュゼットに、真緋呂が声をかけた。光纏の影響で抑揚は薄いが、相手を警戒させないよう、言葉遣いは柔らかい。
「私達も一緒に戦うわ」
言い残すと、ミュゼットに背中を向け、敵の方へと駆けていく。
堕天使の少女はぼうっとその背を見送っていた。
*
エイネの気合いの一撃は、赤薔薇の雷によって躯を灼かれたドラゴンに、さらなる雷光を閃かせていた。
竜は唸る。だが動きを止めることはなく、エイネから逃れるように体を捻った。
「そっちへ行ったでござる!」
エイネの声の先には、ルビィが。
白竜は翼を大きくはためかせ、高度を上げようとした。だがそこへ、三度雷光が走る。赤薔薇の放った二撃目がまたも竜を灼いたのだ。
度重なる雷に翼膜をずたずたにされ、白竜は高度を稼げない。怒りに狂った咆哮を轟かせながら、それでもルビィへと突っ込んできた。
ルビィは中空にありながら、大地を踏んでいるかの様にその場で動かず、竜を待ちかまえている。
剣の腹を右頬に当てるように持ち、雄牛の角の如く構えて切っ先を向ける。竜はルビィを眼前に、その巨大な顎門をばっくり開いた。
食い千切ってやる、という意思。それを感じた瞬間にルビィは風を纏った。飛び上がって攻撃を躱しざま、光闇のオーラを纏わせた渾身の突きで、竜の眉間を刺し貫いた。
「正面から食われてやるほど、甘くはないんでね──!」
もはや咆哮は轟かず、剣を抜かれた竜は地へと墜ちていった。
二刀の銀十字、シルバーダブルクルセイドも当初は空にいたが、明斗と真緋呂が星の鎖で敵を地上へと引きずり降ろしていく。
大地へ落とされたサーバントは彼らを新たな標的として、二本の足で接近する。だがそこへ辿り着くより早く、低空を飛ぶ氷雅が魔剣の射程に捉えた。
十字の仮面を付けた敵を、十字の魔剣が刺し貫く。
地上の仮面は、今は再び空にあがれず、氷雅を攻撃することは出来ない。だが星の鎖の標的から逃れた別の一体が、彼を狙った。
「‥‥っ!」
先手をとれば優位になるレート差が、後手に回れば不利を生む。剣の閃きが氷雅を切り裂いた。間髪入れず、もう一撃。
だがそれは、盾に遮られた。
「気を付けろ」
堕天使の一人、大柄なイングスは銀十字の剣を易々受け止めると、力を込めて敵をはじき返した。
その間に氷雅は距離をとる。明斗が氷雅の足下に寄った。
「治療します」
「ああ、助かる」
ライトヒールの波動を感じながら。
(‥‥大した力だな)
氷雅は冷静な瞳で、堕天使の背を見ていた。
真緋呂は地上へ落とした銀十字へと距離を詰める。
自然を操る力によって生み出された植物が鞭となってサーバントを打つ。そればかりか、絡みついて動きを阻害した。二刀の技もこれでは用いようがなく、サーバントはもがいた。
その様子を冷静に観察しながら、とどめを刺すためさらに接近しようとした真緋呂を、影が覆い隠した。
上空を飛ぶホワイトドラゴン。残り一体は未だ健在。
取り付こうとした堕天使の一人、アルグスを爪弾きにすると、長い尾を振るってルビィを牽制した。
「意外と頭がいいのか?」
先に墜ちた輩の様に、正面から突っ込んでくるつもりはないらしい。
一方エイネは一人、大きく違う動きを見せていた。
「狙うは竜の背でござる!」
そこへ乗ってしまえば、牙や爪は届かない。首筋の辺りなら尾も有効だとなり得ないだろう。うまくすれば、一方的に攻撃が可能だ。
スキルで得た機動力を活かし、大回りに回り込む。巨大な敵をかいくぐり、狙い通りに背後をとった。
「もらった、でござる!」
無防備にさらされた竜の首の付け根に取り付きざま、めいっぱいの雷をたたき込んだ。
白竜は悲鳴をあげるかの如く吼えた。エイネを振り落とそうと、空中で身体を一回転させる。
「なんの!」
だがエイネが離れないと見ると、今度は近くの建物へと背中から突っ込んだ。
「こ、これはさすがにたまらんでござる!」
エイネはいったん離れざるを得ず、崩れ落ちる建物を躱しながら高度をとろうとする。
そこに、竜の顔があった。巣から飛び出す獲物を待ちかまえるように。
「しまっ──」
「──いけない!」
堕天使ミュゼットがそう声を上げた、その瞬間。
大口を開けたまま、竜は動きを止めた。エイネはその隙に高度をとる。
そればかりではない。
「今のは‥‥あの堕天使の力?」
真緋呂が対峙していた銀十字も。「雷に打たれたよう」ではあったが、彼女はまだコレダーを放っていない。
いずれにしても、これは好機。真緋呂は刀を握り直す。
「‥‥眠りなさい」
かつては護るべき存在だった、これも命の成れの果て。
せめてもあるべき所へ還れるようにと、真緋呂は刃を振り下ろした。
●
すべてのサーバントが撃退されると、堕天使たちと撃退士は改めて、正面から向かい合った。
「街の人達を護っていただき、有難う御座いました」
男性の堕天使二人がそれなりの傷を負っているのを見て、明斗は彼らを治療しようと申し出た。すると、二人の奥に半ば隠されるようにしていたミュゼットが歓声を上げた。
「わぁ、だったらねぇ、あなたたちの傷は私が治してあげるねぇ」
「ミュゼット様」
「これくらいなら平気ですぅ」
色をなしたアルグスに言い返すと、ぴょこぴょこと前に出てくる。結局、堕天使の傷を明斗が、撃退士の傷をミュゼットが治すという少々不思議なことになった。
(純粋な厚意と見てよいのでしょうか‥‥)
少なくとも、幼い振る舞いのミュゼットに裏があるようには見えないのだが。
「さてと‥‥」
治療が終わった後で、仕切り直すようにルビィが口を開いた。
「俺達は久遠ヶ原からの使者だ。
アンタ達が此処でサーバントを撃退してるって聞いてな? その事実確認に来た」
「ご助力、感謝する」
イングスは言ったが、あまり感情はこもっていなかった。
「どうして、ここに駐屯しているんですか?」
赤薔薇が聞いた。
「ここはゲートの領域に近いから、離れた方がいいと思いますけど」
「理由を聞かせてもらいてぇな」
ルビィはイングスではなく、あくまでもミュゼットに尋ねた。彼女が三人のリーダー格であることは明らかだったからだ。
「えっとねぇ‥‥」
ミュゼットが口を開くと、イングスの咎めるような視線が彼女に向いた。だが、ミュゼットはそのまま、言葉を選びつつ話す。
「私達は、堕天してしばらく、この近くで人間のお世話になっていたの。でも、ゲートができちゃったでしょぉ。それで、この辺りにもサーバントが出るようになったからぁ‥‥」
「人類の組織が護らねぇものを、俺達が護ってやってるんじゃねぇか」
少々口汚く、もう一人の堕天使アルグスが後を引き継いだ。
「そのことには、改めてお礼を言うわ」
真緋呂は繰り返しとなる感謝の意を述べた後で。
「でも、本来この辺りには避難勧告が出されているの。あなた達が守護していることで、想定外に人が集まってきてしまってもいるわ」
「この街はゲートに近すぎる。今は少数の眷属だけでも、本格的に攻めてくれば守りきれないだろう」
氷雅と二人で説明したのは、この地に留まることの危険性。そして、エイネが言った。
「だからこそ、堕天使殿にも市民が避難するよう、説得のお手伝いをお願いしたいのでござる」
人を守るためというのならば当然。この地に留まることに理由があり、そのついでなのだとしても、足かせになりうることを考えれば必然。
この要請を断る理由はどこにもない、とエイネは考えた。
しかし──。
ミュゼットは気まずそうに仲間の堕天使二人を見た。
「避難したいって言う人は、させてあげてほしいけどぉ‥‥」
*
そのころ、明斗と赤薔薇はサーバントを退けた街へ繰り出し、市民達から話を聞いていた。
「天使様かい? あのビルをねぐらにされているよ」
「よく見回りで空を飛んでなさるけど、俺たちの所に降りてくることはあんまりないかなあ」
「どうしてかはわかんねぇけど、俺たちのことはちゃんと護ってくださるし、良い方達なんじゃねぇかな?」
明斗は聞き取った話をメモしつつ、情報毎に確実性などの評価をつけていっていた。
「市民の方も、堕天使がどういう存在なのかはあまり詳しく知らないみたいですね」
「でも、ここから離れたいっていう人はあんまりいない‥‥」
赤薔薇がこの場所の危険性を説いても、避難に積極的な人は多くなかった。以前からこの地に住んでいるという人は特に顕著で、なにがあってもここを離れるつもりはない、と語気を強める人も少なくなかった。
「先祖代々の土地を捨てて逃げて、それで本当に安全な場所ってのは、じゃあどこなんだい?」
*
「天界の動きは明らかに変化しつつある。横浜のゲートに数百万の人間を抱えながら、なお戦力を繰り出す理由を考えてみるといい」
イングスがせせら笑うようにして言った。ミュゼットは仲間のそんな態度に少しだけ頬を膨らませたが、その後を引き継ぐ。
「天界は、もっと多くの人間を必要としているんだよ。だから──ゲートから離れたって安全とは言い切れないの。私達がここを放棄したら、この先にあるもっと大きな都市が狙われる。きっと、そうなっちゃうんだよ」
その言葉に対する反論を、撃退士たちは持っていなかった。
だが住民を避難させるにしろ、この地を護るにしろ、人手は必要だ。学園や撃退庁から人員を送ることを提案すると、「戦力が増えるのはありがたい」とイングスが頷いた。
まずは最低限の協力関係、といったところだ。
「学園に来て力を貸してもらう‥‥と言うわけにはいかないの?」
真緋呂が問うと、ミュゼットは申し訳なさそうに顔を伏せた。
「‥‥ごめんなさい」
この地に留まることに、今の関係では語ることのできない理由があるのだ。
「堕天した、ということは、天界とのリンクはすでにきれているのだよな。それにしては、随分腕が立つようだが」
「元はこんなもんじゃなかったさ」
戦闘中を思い返し、氷雅が言うと、アルグスが憤慨したように言い返した。
「今だって‥‥」
悔しげに己の拳を覗いている。
「こんな所に居て『ネメシス』の連中に狙われたりしないのか?」
ルビィの問いは何気ないものだった。
だが、その言葉を発した瞬間、堕天使達の空気は一変した。ルビィがのぞき込んでいたミュゼットのすみれ色の瞳がきゅわと見開かれた。
その反応に戸惑っていると、ミュゼットはぱちぱちと瞬きを繰り返し、
「ひとつだけ‥‥お願いがあるの」
と、畏まった様子で言った。
「『ネメシス』に関する情報を手に入れたらね‥‥私達に教えてくれないかな」
(そこに、アンタ達が留まる理由がある‥‥ってことなのか?)
彼女たちの目的を知る一つの鍵が、そこにあるのかも知れなかった。