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マスター:嶋本圭太郎
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2016/02/19


みんなの思い出



オープニング

 神奈川県中南部のある都市。ここより数キロほど郊外へ離れると、唐突に人の気配が薄くなる場所がある。
 かつては畑、あるいは農園であった名残が道の左右には残っている──だが、手を加える物はおらず、雑草にまみれていた。
 そこからさらにしばらくゆけば、人間を拒むかのように、半円上に聳える結界を見ることが出来るだろう。
 それは、悪魔レガ(jz0135)がおよそ二年ほど前にこの地に作り上げたゲートを囲む領域結界。人間を拒むのではなく、人間を中から出さぬように巡らされたいわば牢獄の檻であった。

 その緩衝地帯に引かれたままのアスファルトの道路を、けたたましい爆音が通り過ぎていく。

「ほら、もっと踏めよ! まだ出るだろぉーが!」
「バッカおめぇ、もう二百キロ超えてるっつーの!」
「マジで!? 事故ったら死ぬじゃん俺ラ! ギャッハハハハハ!」
「きゃー! きゃー! アハハハハ!」

 真っ赤なスポーツタイプのオープンカーに、若い男女四人が乗り合わせていた。皆半身を乗り出し、強風にあおられるのを楽しんでいる。
 助手席の男が缶ビールのプルタブを押し開け、勢いよくのどに流し込んだ。
「爆走しながら飲むビール最高! やっぱこれだよなー!」
「この辺ケーサツもいねぇしな! スピード出し放題ジャンな!」
「アハハ! アタシらかっこいーい!? アハハハハ!」
 ドライバーの男が酒を飲んでいるかは‥‥お察しだろう。言うまでもないが、飲酒運転は犯罪である。彼らの場合、それだけの問題ではないが。

 若者たちを乗せた車は道路を疾走する。手入れされていないアスファルトは所々がひび割れたわんでいて、彼らは時に大きく跳ね上げられたが、酔っぱらいどもにとってはそれすらアトラクションの一部だ。

 彼らはレガ・ゲートの方向へ向かっていた。

 もっとも、彼らにゲートへ乗り込んでやろうなどという気概があったはずもない。彼らは皆一般人だ。単に人目を気にしなくても良い暴走に夢中になっていたにすぎなかった。

「アハハ‥‥アハ、ねえ、なんかアンだけど」
 女が道路の先を指さした。何かこんもり盛り上がったような黒い影が見える。
「おー‥‥? 犬か? 犬じゃね?」
 別の男が言った。黒い影はやがて、道路の中央に座す黒い毛並みの犬となる。
「何だワンコロ! ひき殺されてーのか?」
 ドライバーの男がクラクションを連打した。だが、犬はまるで動く気配を見せない。
「犬‥‥犬か、あれ?」
 助手席の男が目を細めた。犬にしては大きい。
「ねえ! ぶつかるよ!」
 女がややヒステリックな声を上げた。
「で、デカくねー!? この車壊すと俺オヤジにボコられるんだけど!」
「犬っていうか、狼じゃね?」
「そんなのどっちでもよくね!?」
「ぶつかるってば!」
 
 ドライバーの男は急ブレーキを踏んだ。車は猛然と白煙を上げて減速し、途中で制御しきれなくなってスピンする。
 黒の犬‥‥狼は、回転しながら車が迫ってきても、全く動じることなくそこにあり続けた。



「げほっ、うえ‥‥ぎもちわる‥‥」
 四人の男女は全員車上にあった。誰も振り落とされず、車がひっくり返ることもなかったのは幸運の極みと言えただろう。
「あー、犬、どうなった‥‥?」
 くらくらする頭を押さえつつ、助手席の男が聞いた。女の方を見ると、彼女は「ひっ」と息を呑んだきり、無言で左側を指し示した。
 黒の狼は彼らの眼前にいた。最初にあった場所から一歩も動かず、スピンのあげく横を向いて止まった車体の、左側面にほぼ接するようにしていた。
 男も何も言えなかった。近くで見ればそれほどに、狼の威容は圧倒的だった。
 狼が音もなく腰を上げた。
「三本足‥‥」
 口から漏れ出るように、女が言った。狼の後ろ足は右側が付け根の辺りから切断されており、三本足で立っていたのである。
 狼が小さく唸った後、跳んだ。
「う、うわあああ!」
 助手席の男は恥も外聞もない叫び声を上げたが、狼は彼らに襲いかかることはなく、ただ車を飛び越えて反対側に降りただけだった。そしてそのまま駆けていってしまった。
「た、助かったの‥‥?」
「何だったんだよ、クソッ」
 ドライバーの男が悪態をついたが、それもつかの間。
「うわっ、お‥‥おい!」
 周囲を見回し、男が叫ぶ。低いうなり声が、そこに重なる。複数。
「ま、また狼‥‥!」
 悲鳴に近い声になった。車を取り囲むように現れたのは、先ほどの個体より薄い灰色の毛並みを持つ狼が四体。
「車! 出せよ、早く!」
「ダメだ、動かないよ!」
 ドライバーの男がめいっぱいアクセルを踏み込んでも、車は動かなかった。後輪が道路から外れて空転しているのだ。
「どうすんのよぉ‥‥ネェ、どうすんのよぉ!」
 女のヒステリックな泣き声に男たちは応えられない。白い狼はゆっくりと包囲を狭めつつあった。



「近頃、悪魔レガの動きが活発になってきている」
 久遠ヶ原の斡旋所。職員の牧田が、学生たちに任務の説明をしていた。
「新たなゲートを造ったことはかなり以前から把握していたが‥‥周囲へ攻勢に出ることはこれまで稀だった。ほかの地域との優先順位の兼ね合いもあって、これまでこちらも半ば放置に近い状態だった。だがここしばらく、積極的にゲート外へディアボロを派遣し、一般人を捕獲・拉致しようという姿勢が明確になってきた」
「学園としても、これ以上見過ごすわけにはいかないという判断をしています」
 潮崎 紘乃(jz0117)が後を引き継ぐ。
「対処療法ではなく、元を断つ‥‥レガの動きを止める必要があるということです。でも、レガ・ゲート周辺の情報はまだ少ない。いきなり部隊を出すのは危険が大きい。‥‥皆さんに今回お願いするのは、そのための下準備となる周辺調査です」
 牧田がひとつ頷いた。
「結界周辺のこともそうだが、できれば結界内部の情報がほしい。展開前と比べて建物や地形に変化はあるか、ディアボロの種類や規模。生存者がいるか‥‥おおよそは群馬に展開されていたものと似通っている可能性が高いが、実際にみないと何とも言えない部分もあるからな」
 牧田はそこまでよどみなく言い切った後で、少し言葉を溜めた。
「それから、もしレガに遭遇した場合だが、可能なら‥‥」
 そこまで言って、首を振る。
「いや、それはいい。気にしないでくれ」
「レガは、撃退士と対話ができる悪魔です」
「潮崎」
 牧田が制止しようとしたが、紘乃は聞かなかった。
「言うだけです。‥‥私はもしかしたら、レガとは和解する道があるかも知れないと思っているの。現場にいない人間の妄想かも知れないけれど、言葉が通じるのだから、気持ちも通じる可能性も、あるかも知れない」
「可能性は非常に低い」
 牧田が苦い顔で捕捉した。
「あれは非常に好戦的な悪魔だ。仲良くしましょうと言ってはい分かりましたとあっさり答えるはずがない。だから気にする必要はない」
「もちろん、皆さんの安全が最優先だし、学園はあくまでもレガを討伐する方向で動いているわ。だから‥‥そうね。牧田さんの言うとおり、気にしないで。変なこと言ってごめんなさい」
 紘乃はそう言うと、頭を下げた。

(だが‥‥関東も何かときな臭い。これ以上敵を増やさずにすむなら、それに越したことはない‥‥んだがな)
 牧田はその言葉を飲み込んだ。学生たちに任せる以上、決断するのは彼らなのだ。


リプレイ本文

『進行方向、なんかあるで』
 光信機を通して、龍仙 樹(jb0212)ら地上の仲間に上空から偵察していた蛇蝎神 黒龍(jb3200)の声が届けられた。
「なんか‥‥ですか?」
『まだ遠すぎてよく分からんけど、警戒はした方がよさそうや』
 鳳 静矢(ja3856)が警告を受けて言った。
「道を外れよう。皆、静かに‥‥」

 静矢達地上のメンバーは、道路と、左右に広がるかつての農園の名残だろう荒れ果てた草木の間に身を潜めて慎重に進む。黒龍は引き続き上空からだ。
「車や」
 道の先の点が赤いオープンカーであることに最初に気づくと同時に、車の停止位置から後方に伸びている、真っ黒なラインにも目を留めた。
「ブレーキ痕‥‥けったいな長さやな。どんだけスピード出しとったんや」
 常識的な速度なら、急ブレーキを踏んだとしてもああはならないはずだ。

「さて‥‥どうする?」
 地上のもの達も、車とそこにいる者らの姿を確認した。気づかれないよう十分距離をとった上で、静矢が全員に問うた。
「一般の方の被害を出すわけにはいきません」
 最初に口を開いたのは木嶋香里(jb7748)。「助けるべきです」
「だが、私たちの任務は調査だぞ」
 亀山 絳輝(ja2258)が言った。
「救援部隊を要請しましょう」
 雫(ja1894)が進言した。
「多数を救うために少数を見殺しにする必要は判りますが、ただ見殺しにするのでは無く助かる可能性を作り出す努力はするべきでしょうね」
「でも、救援はすぐには来られないと思います」
 山里赤薔薇(jb4090)が声を潜めた。
「その間にあの人達が食べられてしまうかも‥‥」
 しばしの沈黙の後で、雫が再び口を開いた。

「私に考えがあります」

   *

 雫は単身、体を伏せて、ディアボロが囲む車へとにじり寄っていた。
(まだ‥‥もう少し)
 『声』を届かせるには、今一息、距離を詰めなければいけない。目安は六メートルだ。
 一般人を取り囲んでいるウルフ達は、幸いにして余所見をする気配はない。

「上手く行ってくれると良いのですが‥‥」
 樹達はその様子を見守っていた。万が一失敗すればすぐに飛び出せるよう、心の準備だけはしっかりと固めておく。

「私は先に行くぞ」
 絳輝が囁いた。
「ええ。ここが片づき次第、私たちも調査に戻ります」
「気をつけてくださいね」
 樹達に頷いて見せると、足音を潜めて彼女はその場を離れていった。


『聞こえますか』
「うひゃあう!?」

 突然聞こえてきた少女の声に、後部座席の男は奇声をあげて背筋を逸らした。
「なに、なんかあったの!?」
「へ? あう、あえ?」
『静かに! 声を出さないでください』
 雫は慌ててそう付け加えなければならなかった。
 用いたのは対象者にのみ声を届ける特殊な技だ。だが相手のリアクションでばれてしまっては元も子もない。

「救援を要請してあります。これから音を立ててディアボロの注意を引きますから、全力で音と反対側へ逃げてください」
 男がおとなしくなったのを確認した後は、一方的に要件のみ伝える。相手の反応を伺い知る手段はない。

 雫はスキルで作り出した鼠のような小動物を草むらに隠し置いた。ゆっくりと立ち上がり、足にアウルの力を込める。
 ガサリッ──。
 音に乏しい緩衝地帯で、草むらが震える音はやけに大きく響いた。雫は体を低くしたまま素早く別の草陰を抜け、距離を離す。一拍あけて、狼達が音の方向を振り向いた。
 四匹のうち、一匹がゆっくりと体を反転させ、雫が音を立てた草むらへ向かう。
 だが、ほかの三匹は動かない。
「‥‥甘かった!?」
 距離を取ってからそちらを見やった雫は唇を噛んだ。このままでは彼らは逃げられない。
 もう一度敵の注意を引くべきか、逡巡したそのとき。
「どうすんだよ、逃げられねぇよ!」
 緊張に耐えかねた後部座席の男が、あられもなく叫び声をあげた。それにつられてほかのものも騒ぎ出す。「何、誰かいるの? いるなら助けて!」
 これを受けて、残った狼も警戒心を露わにうなり声をあげ始める。

「くっ‥‥失敗か!」
 静矢は呻いた。こうなれば、秘密裏に彼らを逃がすことは難しい。
「周囲の敵を眠らせます」
 真っ先に赤薔薇が飛び出し、敵の前に姿をさらした。車に張り付いている二匹を射程に収めて、眠りを誘発する霧を生む。車にもすこし霧がかかったせいで助手席にいた男がその場にひっくり返ったが、眠っただけで問題ないはずだ。
 香里も赤薔薇と並ぶようにして飛び出し、四人組の元へと駆ける。
「気をつけてください」
 樹は二人の防御意識を高めつつ。
 敵のウルフは赤薔薇が霧に巻き込んだ二匹は動きを止めたが、反対側にいた一匹が車を飛び越えるようにして赤薔薇に襲いかかった。
「させません!」
 振り下ろされた爪は樹が身代わりに受け止める。
「助けて、早く! こいつらなんとかしてくれ!」
「落ち着け!」
 体面を失って叫ぶ運転席の男を、静矢が一喝した。車を観察し、後輪が道路から外れて浮いているのを発見する。
「車を動かさないのはこのせいか」
 雫の立てた物音を確認していた狼が舞い戻り、静矢を襲う。その一撃も樹が防いだ。
「今のうちに!」
「よし、手伝ってくれ!」
 赤薔薇と香里に声をかけ、静矢は車の後部に取り付いた。追って二人も並び、三人で力を込めて車を持ち上げる。撃退士の膂力でもって、四人を乗せたまま車の後部が持ち上がり、道路の上へと修正されていく。
 その最中、赤薔薇は座席に散らばるいくつもの空き缶を目に留めた。
(この人達、お酒飲みながら‥‥!?)
 やがて車は完全に道路の上へと戻された。これでいつでも発進出来るはずだ。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
 香里が助手席から乗り込み、ひっくり返っている男が眠っているだけなのを確認しながら他の三人に声をかけた。
「あ、そ、そうだ、車」
 何とか自分を保っている女が、口をぱくぱくさせながらも叫んだ。
「早く、車出して!」
 だが、運転席の男はまだ身をすくませている。
「どいて! 私がやる!」
 その男を強引に後部座席に押しやったのは、運転席から乗り込んだ赤薔薇だった。座席に腰を下ろしたとたん、オープンカーでありながら残り続ける色濃い酒気に顔を歪ませる。
(なんて人達なの!)
 だが、それを問いただしている余裕はなかった。赤薔薇が作り出した霧は晴れ、狼達が意識を取り戻そうとしている。
「掴まってて!」
 乱暴に言い放ち、アクセルを強く踏み込む。タイヤがアスファルトに削れる甲高い音を立てながら車が急発進する。
 だが加速が付ききる前に、二匹の狼が追いすがる。
「これ以上傷つく人は出させません!」
 後ろから追いすがってきた一匹は、香里が盾で押し返した。だがもう一匹が車体に飛び乗り、ボンネットを無惨にへこませる。狼が前肢を振り下ろすと、フロントガラスが飴細工のようにひしゃげた。
「この‥‥落ちろ!」
 赤薔薇が車体を左右に揺らすが、狼は爪を立ててその場に踏ん張った。ハンドルを離せない赤薔薇を打ち据えようと再び前肢を振り上げる──。
「やらせるかっ!」
 空から急降下してきた黒龍が狼を強かに打ち据えた。狼はバランスを失ってその場に転げ落ちる。
「赤薔薇ちゃん、頼んだで!」
 黒龍は走り去る車を見送ると、起きあがった狼相手に刀を構えた

 瞬く間に戦場と化した緩衝地帯のなかで、雫はその動きに加わっていなかった。この隙に先行している絳輝を追い、調査を続行するべきと考えたのだ。
 車を追わなかった狼も静矢と樹が押さえてくれている。雫は彼らから距離を離し、レガの支配領域へと近づいていく。
「──っ!」
 突然殺気を感じた。本能で身を翻したが間に合わず、右胸から肩にかけてを切り裂かれた。
 殺気の主から転がって距離をとり、起きあがった雫は先ほどまでそこにいなかったはずの──気配を潜めていたものの存在を眼前に見る。
「ブラックウルフ‥‥」
 これ以上進ませまいと、雫の進行方向に立ちふさがったブラックウルフ・ヴィアは、右後ろ肢がなくなっていた。
 明らかに人為的に切り落とされ、スパリと三本足になっていたのだ。



 一人調査を続行した絳輝は首尾良く結界まで辿り着き、支配領域に侵入していた。
 と、そこまでは良かったのだが‥‥。

「さすがに一人で偵察は無謀だったかな!」
 領域に入れば緩衝地帯とは異なり巡回のディアボロがしっかりと配置されていた。もちろん隠密行動を心がけてはいたものの、味方の助けもない状態ではやはり限界があったのだ。
「うわっと!」
 数本の矢が、絳輝に向かって射掛けられる。弓を操っているのはリザードファイター、レガの使役する下級ディアボロは今も昔も変わっていないようだった。
 相手は群で、こちらは一人。絳輝は両腕で頭をガードしながら逃げ回るほか無かった──が、鬼ごっこもやがて終わる。
 やがてリザードに招かれるようにして現れたのは、分厚い金属の盾と、巨木をそのまま引き抜いたような太い杖で武装した、一つ目の巨人。
(こりゃまずいな‥‥)
 冷や汗が伝う。まだ領域のそれほど深い場所ではない。しっぽを巻いて逃げ帰るなら、何とか出来るかも知れないが──。
 ためらっている自分に苦笑いを浮かべながら、一歩後ずさったそのとき。

「侵入者と言うから誰かと思えば、君か」

 ディアボロの動きを止めたその声は、絳輝にとっても馴染み深いものとなっていた。
「一人かね? 用件を聞こう」
 左右に分かれたディアボロ達の間から現れたレガ(jz0135)は、普段通りの調子で訪ねた。
 絳輝も普段通りの、少し斜に構えた笑みで答えた。
「決まってるだろ。──お前に会いに来たんだ」

   *

「一つ、聞きたいことがあってな」
「何かね」
 レガは全く落ち着いた様子で、絳輝を見下ろしていた。
「あの‥‥椿さんを模したディアボロだ。何のために作った? 私たちの情に揺さぶりを掛けるのじゃなければ、私には見当も付かない」
「そんなことか」
 レガは鼻で笑った。
「必要だったから作り、不要になったから外に出しただけだ。どうやら君たちにはあまり受けが良くなかったようだな」
「‥‥そう、だな」
 絳輝が眉尻を下げると、レガは口を曲げた。そして、呟くように。
「ものの価値は、魂で決まるのだ」
 と、言った。
「なんだって?」
「ふん」
 二度は言わぬ、とばかりに顔を背けた。
「話は終わりか? ならば帰りたまえ。悪いが今は忙しいのだ」
「レガ」
 背を向けた赤銅の悪魔に、絳輝は呼びかけた。「あの時のこたえを聞いてない」
 ひとつ、深呼吸して。

「連れて行っては、くれないか」

 レガは振り返った。絳輝に子供のような微笑みを向けた。

 そして、その手が伸ばされた。



 アサシンウルフとともに残った四人は、苦戦していた。
「後ろです!」
 樹の声で、静矢はかろうじて狼のバックアタックに対応した。爪の一撃を左腕で受け止めると、すかさずフェイントを織り交ぜた一撃を叩き込む。狼は呻くような悲鳴を上げたものの、すぐに煙に紛れて姿を消した。
「くっ‥‥厄介ですね」
 ヴィアによって静矢達のところまで引き戻された雫は眉をひそめた。狼達は皆、徹底して一撃離脱戦法だった。それを可能にしているのが、狼自身が生み出す白煙であった。
 香里が一般人の護衛に付いたこともあり、ここには回復手がいなかった。故に彼らは負傷が蓄積しつつもあったのだ。
「こら参ったな。早いとこ赤薔薇ちゃん達戻ってきてくれんかなー」
 黒龍がそう言った、まさにそのとき。甲高い音でクラクションが鳴った。
「あの車、そのまま乗ってきたんか!」
 赤薔薇と香里は、四人組を救援部隊に送り届けると、そのまま車を接収して舞い戻ってきたのだ。
「皆さん、ご無事ですか!」
 香里の声がメンバーを勇気づける。車が急停車するのとほぼ同時に、赤薔薇の魔法が白煙の中で花火となって舞った。
「待ち人が来たな。‥‥蹴散らすぞ!」
 静矢が気勢を上げる。だが仲間が呼応するよりも早く、低い男声が差し挟まれた。

「待ちたまえ」

 ゆっくりと、悪魔レガがこちらに歩いてきていた。

「貴様が戦闘狂の悪魔とやらか」
 抜き身の刀を下げたまま、静矢が問うた。レガは全く動じずに胸を反らせる。
「そう思いたければ思うがいい。‥‥さて、君たちに届け物だ」
「痛い! 痛いって!」
 レガが差し出したのは──首根っこを掴まれた絳輝だった。ぞんざいに放り出されて、尻餅を付く。
「お前なあ、もうちょっとレディの扱い方ってものを」
「絳輝、私と共に来たいのならば──」
 悪態を付く絳輝にズイと顔を寄せ、レガは言った。
「私を屈服させてみせろ。それが出来れば、お前を生涯の伴侶としてやってもいいぞ」
「なっ──」

「‥‥何を企んでいるんですか?」
 言葉を失った絳輝の代わりに、雫が口を開いた。
「最近になって一般人を拉致し始めたと聞きましたが」
「そんなもの決まっているだろう。配下を増やし、私自身の力を増すためだ」
「力を得て、なんとする」
 静矢は眼光鋭くなおも問うと、レガは不敵な笑みを返した。気配がざわつく。
「今日は戦いにきたのではありません」
 それを遮るように、樹が口を挟んだ。迷い込んだ一般人を救うためにきたのだと。結果的にはそれも真実だ。
「そうだろうな。殴り込みをかけるにしては、少なすぎる」
「どうしても戦いたいなら、私達も気兼ね無く戦える時に‥‥その時は、全力でお相手します」

「レガ、あなた上司はいるの」
 赤薔薇は以前手渡したオルゴールの感想を聞いた後で(レガは別なものも聞いてみたいと目を輝かせていた)、そんなことを聞いた。
「上司? 今はいないな。おかげで自由にやっている」
「そう‥‥」
 その言を信用するならば、何かと連携した動きではないと言うことだ。
「ねぇ、ゲート解除して領域を人類に返してくれる?」
 思い切って、そう聞いてみた。
 するとレガは目を輝かせ、こう言ったのだ。
「私を斃した後ならば、どうとでも好きにしたまえ」と。

「私の準備は整っている。いつでもパーティーを始められるぞ」
 レガは両腕を広げた。
「撃退士諸君。君たちの成長ぶりに私は賞賛を惜しまない。そして君たちに釣り合うよう、私も努力を重ねてきた。
 さあ、刻限だ。次は戦力を整えてここへ来たまえ。心ゆくまで戦いという甘き果実を味わおうではないか!」

 それは悪魔からの、極めて個人的な宣戦布告に他ならなかった。

 痛々しく胸を押さえ、香里が口を開く。
「心ゆくまで戦って‥‥貴方が望む先には、何があるんですか?」
「先?」
 レガは水を差されたようにへの字口をした。
「先のことなど知ったことではない。私の悦楽は今まさにここにあるのだ!」

 黒龍は、無表情にレガの言葉を聞いていた。そして。
「己とヴィアにご自愛せぇや」
 それだけ告げて、踵を返す。
 レガによってそうされたに違いない三本足の狼は、以前と変わらず主の傍らに佇んで、その背中を見送っていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 絶望を踏み越えしもの・山里赤薔薇(jb4090)
重体: −
面白かった!:2人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
いつかまた逢う日まで・
亀山 絳輝(ja2258)

大学部6年83組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
鳳 静矢(ja3856)

卒業 男 ルインズブレイド
護楯・
龍仙 樹(jb0212)

卒業 男 ディバインナイト
By Your Side・
蛇蝎神 黒龍(jb3200)

大学部6年4組 男 ナイトウォーカー
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
和風サロン『椿』女将・
木嶋香里(jb7748)

大学部2年5組 女 ルインズブレイド