「最悪のタイミングですね‥‥」
雫(
ja1894)は悪魔レガ(jz0135)を見やって顔をしかめた。
撃退士は一戦終えたばかり、負傷の手当もろくにしていない状態だ。
(でも、主力のスキルは十分残っている)
龍崎海(
ja0565)は、冷静であろうと努めた。
(負傷の分は、もっと配下がいた場合を考えれば十分釣り合う。撃退するだけなら十分勝機はある)
「‥‥全く、嫌な奴だな」
冷たい表情で相手を睨めつけ、君田 夢野(
ja0561)は再びその手に武器を顕した。
「嫌だ‥‥こんな嬉しくないクリスマスプレゼント初めて‥‥///」
そして亀山 絳輝(
ja2258)は、圧倒的コレジャナイ感を胸に抱いて泣き笑った。
「わざわざ僕達と戦いにきたの? 悪魔っていうのは暇なのかな」
レガに向けてそう問うたのは、森田良助(
ja9460)。「それとも‥‥実は他に目的があったりして?」
カマをかけてみたが、悪魔は不敵な笑みのまま。
雫が重ねて聞いた。
「此処で私達と会ったのは偶然ですか? それとも、天使勢との戦闘で弱まった所を狙っての行動なのですか?」
「答える必要はないな」レガは取り合わない「さて‥‥」
「まあ待て、お前らしくないな」
仲間の意図を察して、絳輝が割って入った。
「似合わないといえば先日の椿さん擬きもそうだ。情に揺さぶりをかけるのは、定石だけどな」
「情に?」
レガから一瞬だけ剣気が抜け、きょとんとした顔つきになった。
だが絳輝が言葉を続ける前に、山里赤薔薇(
jb4090)がずいとレガの前に立ったことで、そんな気配も消えた。
赤薔薇は顔にこびりついてた血を拭う。
「ねえ、見ての通り皆ボロボロなんだ。一時でいいから回復させろ。これあげるからさ」
と言って懐から取り出したのは、白い小箱。赤薔薇が蓋を開けると中からこの季節らしい曲がぽろぽろと流れ始めた。
「そのオルゴールが鳴り終わるまででいいからさ。それも人間の文化の一つだよ」
半ば強引にレガに小箱を渡した。
(回復します。集まってください)
雫が小声で仲間を呼び寄せ、癒しの風が行き渡るように陣形を組んだ。
オルゴールの優しい音楽が流れる中、回復の波動が彼女を中心に漂う。
──音楽が唐突に途切れた。
「これは後でじっくり聞こう」
レガが小箱の蓋を閉じたのだ。右手の指先がこちらを向いている。
「まずい、散れッ!」
夢野が叫んだ次の瞬間、爆発が起きた。
●
爆発は範囲回復のために集まった撃退士をまとめて薙ぎ払った。
「くっ‥‥」
龍仙 樹(
jb0212)は頭を振って意識をはっきりさせた。とっさの判断でカオスレートを中和していなければ、なにも出来ずに戦線離脱していたかも知れない。
素早く起きあがると目に入ったのは、後退していく狼の姿。
(あの狼を好きにさせておくと不意を突かれて厄介ですね)
姿を消す前に対処しなくてはならない。樹は振り返った。
「森田さん!」
良助はすでに構えていた。【黒鼠】の射程を抜けられる前に決めなければ、不意打ちを防ぐ術がなくなる。
「外さない‥‥!」
小柄な体が痛みに悲鳴を上げている。良助は精神力でそれらを押し殺し、引き金を引いた。
ヴィアは一瞬だけ、立ち止まった。どこにも傷は出来ていない。
だが良助は会心の笑みを浮かべていた。
「マーキング、命中!」
以降、狼がどこへ姿を隠そうが、そこは良助の掌の上となったのだ。
*
撃退士達をまとめて呑み込んだ爆風の中から、光が飛び出し、レガを狙った。
つれて彼の元に向かうのは、鈴代 征治(
ja1305)だ。
(‥‥こんなところで逢えるとはむしろ運がいい)
そう考えたのは、八人の撃退士のうち彼だけだっただろう。
愛用のランスに持ち替えながら征治は気を吐いた。
「この間とは逆とはまた、イイ趣味してる!」
レガとの距離は、それほど離れていない。征治は接近しすぎないように間合いを測った。レガがこちらを見ている。全力の突きが繰り出されるのを、待ち構えているかのように。
「ふっ──」
踏み込み、突き出す。槍先が敵の体に届く直前、征治は力を抜いた。
ぺちん!
乾いた軽い音がした。
「なんだね、今のは」
レガの目が冷たさを帯びている。逆に征治は笑って見せた。
「ハハッ! 怪我はもう治ったかな!?」
──肉体自慢の戦闘狂め、お前にはこの程度で十分だ。
挑発するように槍を揺らす。レガの拳に力が入った。
征治に続き、海もレガへと距離を詰めた。
「あの程度の攻撃で俺を沈められはしないぞ」
言い放ち、彼もまた槍をふるう。回復手段は残り少ないが、『神の兵士』の加護は健在だ。想定外の痛撃や集中攻撃を受けない限り、簡単には落ちない自信があった。
「君が頑丈なことはよく知っているよ」
そう答えたレガに、今度は炎の爆発がおそった。
「ずるいぞ! まだ曲の途中だったのに!」
女神の大鎌を構えた赤薔薇だ。
「ふん、了承した覚えはないな」
レガは取り合わない。赤薔薇は塀沿いに走り、レガの側面をとろうと試みる。征治や海よりも距離を取るが、レガを正面に据えるのは同様だ。
「前は内蔵抉られたけど、こんどはそうはいかない! 魔力勝負だ、レガ!」
二発目のファイアワークスを放つと、一気に距離を詰める。
「なるほど? 面白いことを言うな」
征治、海、赤薔薇に囲まれて、レガはいよいよ楽しそうに口の端をつり上げた。拳に淡い緑の光がこもる。
「さあ、まとめてくるといい」
ブラックウルフ・ヴィアはレガの後方。隙あらば襲いかかろうと距離を測っていた。
本来なら、気配を潜めた狼を捕捉するのは至難。
──だが今は、撃退士の攻撃にさらされていた。
「ふふ、私は根に持つタイプだよヴィア!」
絳輝の持つシンボルから照射される光は常にヴィアを捉え続けている。夢野はすぐそばに張り付いて、剣を振るっていた。
そして樹もまた、視界に黒の狼をはっきりと捉える。
「レートを極端に離した一撃です‥‥これを避けられますか?」
ヴィアの躯に魔法の光玉が吸い込まれる様に打ち当たると、厚いはずの毛皮が易々と裂け、鮮血が迸った。
「移動した! 電柱の陰にいる!」
狼の位置を捕捉し、所在を伝えているのはもちろん良助だ。民家の塀の上から電柱へと飛び移って高所を確保しながら、自身もヴィアへ向けてアシッドショットを放つ。
「ふん」
「余所見をしている余裕があるのか?」
レガには征治が間断なく槍を突きだしてくる。それを捌くと、今度は雫だ。
振り下ろした大剣がレガの肉を削り取る。自身の傷も幾ばくか回復したが、すぐに反撃の蹴りが飛んできた。
「せめて、神威が使えれば少しはマシだったのに」
後退し、新たに出来た傷を癒しながら、雫は呻いた。
だが、レガの方にも雫を更に追撃する余裕はない。征治に海に赤薔薇、いずれも人並み外れた耐久力を保持した三人が囲んでいるからだ。
「ヴィアめ、何をやっている」
レガが不満を表した。援護役のはずの狼は自身への攻撃を捌くのに汲々としていた。
後方へ一歩、ジャンプする。
「あれが邪魔なら、落としてやろう」
差し上げられた右手は彼を囲む三人のいずれでもなく、視界の端に捉えていた良助を向いていた。
一瞬も迷う暇はない。良助は即座に飛び降りた。光線は柱を半分ほど砕いただけで空へ消える。
「危なっ──!?」
地面を転がり顔を上げた良助は、レガの指がまだこちらを向いていることに気づく。
爆発が民家の塀ごと彼を吹き飛ばした。
直後にヴィアが動いた。
「──ぐっ!?」
駆け抜けるように、夢野を爪で引っ掻きざま後方へ抜けた。夢野の視界からはヴィアが消失する。
「させるか!」
だが、そのまま気配を消すことは絳輝が許さなかった。思い切って相手の首筋に抱きついたのだ。
ヴィアは激しく抵抗し、首を振って絳輝を地面に叩きつけた。
「うぐっ──なんの」
絳輝は息を詰まらせながらも離れない。
「戦いが下手で嫌いな自分が出来る、せめてもの一撃だ!」
そして懐から取り出したものを、狼の鼻面に叩きつけた!
──ギャン!
ヴィアが動物らしい悲鳴を上げた。ガラス瓶が砕けて中の香水がその鼻腔を覆い尽くしたのだ。
「今だ、夢野!」
首を抱え込んだまま、絳輝が叫んだ。「思いっきりやれ!」
「後ろ肢です、君田さん!」
樹が狙いを伝える。ヴィアの右後ろ肢の付け根のあたりは、樹が撃ち込んだ魔法ですでに肉が抉れていた。
至上の好機に、夢野はゆったりと大剣を構え、揺らめかせた──様に見えた。
果たしてその神速の一撃はヴィアの肢深くへ到達し、骨を砕いたのだった。
狼は転がりすぐ起きあがったが、肢の一本が機能していないのは明らかだ。
ヴィアはよろめきながらも三本肢で駆け去っていった。逃げたのだろうか。
地面に転がった絳輝は、夢野を見上げると、言った。
「──私ごとでも良かったんだぞ」
夢野は答えた。
「そんなこと、出来る訳ないだろ」
今は、味方なのだから。
●
「意外と役に立たんな、あれも」
レガは舌打ちしながら、赤薔薇へと魔法の拳を見舞った。赤薔薇は退くことなくその一撃を受け止める。彼女の身体は、絡みつく火竜によって護られていた。
「これが私の龍だ!」
「ふん」
レガは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、翼を広げて飛び上がる。高所から、彼を取り囲むものたちへ向けて爆発の魔法を撃ち込んだ。
地面のアスファルトが砕けて煙が舞い上がるが、その煙を抜けて海がすぐさま彼を追いかけてきた。彼にもハーフ悪魔の力が覚醒している。
「逃がしはしないぞ」
空中で打ち合ったのはほんの数秒、レガはすぐ地面に降り、海も続いた。
「威勢のいいことだが、君たちもずいぶん消耗している様に見えるな」
(確かに‥‥)
顔には出さなかったが、雫は内心で同意せざるを得なかった。皆一様に負傷は蓄積している。慣れない回復役をこなしていた雫の回復スキルは尽きてしまった。
(なんとかしなくては)
残された手は少ない。一か八か──。
そのとき、悪魔の視界の外から彼に取り付くものがあった。接近を許したのは、彼がすでに戦線離脱したと思われていたからに他ならない。
「まだ起きていたのかね!」
「僕にも意地がある‥‥!」
レガの腕を掴み取ったのは、良助だった。すでに意識は朦朧としており、彼に出来たのは掴み続けることだけ。
だが機会を生み出すには十分だった。
「今だ!」
征治が踏み込む。手加減の必要はない、歯の根がなるほどの力と、体重をかけた渾身の突き──!
がつん!
頭部を狙った一撃は、硬い手応えがあった。槍先はレガの側頭部を捉え、こめかみ周辺の肉を削った。
雫が機を合わせた。大技を使うのは今しかない。
一気に距離を詰め、大剣を振り下ろす。敵の右肩を、鋭く切り裂く。
だが、二撃目へ移行しようとした瞬間に、バランスを崩した。
「しまっ──」
技が止まる。痛恨のファンブルだ。
レガは──顔面を血だらけにしながら、笑った。「惜しかったな」
右腕を振るい、そこにくっついていた良助を雫に投げ飛ばした。技後の硬直で身動きがとれない彼女は受け止めることも出来ず、諸共に弾き飛ばされる。
間髪を入れず光線に左胸を貫かれ、雫は大剣と意識を手放したのだった。
*
「やれやれ」レガはあくまでも不敵な態度を崩さず、口中で呟いた。「ここまでとはな」
「何ぶつぶつ言ってるんだ!」
赤薔薇が回り込みながら大鎌を振るう。黄金の刃を障壁で防ぐと、レガは距離を詰めた。魔力の光に覆われていない、物理の拳で彼女を殴り飛ばす。
「‥‥ふん、魔法だけで戦っているわけではないのだ」
少しだけ言い訳するようだった。
「さて‥‥まだ続けるかね?」
レガが問うた。ここで切り上げても良い、と言うようであった。
「当たり前だ」
だが、征治がそれを許さなかった。
「前回は見逃してやったが今回はキッチリ仕留めてやる」
油断なく槍を構えたまま、包囲するようにレガの後方へ回る。
「次などない。ここで死ね」
「なるほど」
レガは目を大きく開いて征治をみた。頭の傷が塞がっていく。
「君にはお返しをせねばと思っていたところだ」
レガが低く跳び、征治へと距離を詰めざま強烈な蹴りを放った。征治はワイヤーを繰り出して受け止めたが勢いを殺しきれず、数メートル後退する。
そのままレガはついてきた。征治が態勢を整える前に、続けざまの攻撃を加える。
「まずい‥‥援護だ!」
夢野が言うまでもなく、味方の攻撃がいくつもレガに飛んだが、レガは征治だけを狙った。
「ぐぅっ‥‥」
短時間にいくつもの攻撃を受け、ついにはシールドが切れた。征治の意識は揺らいだが、歯を食いしばって耐える。
「しぶといな、君も!」
「どんなに、意地汚くても‥‥!」
最後まで膝を折らず、敵前に立ち続ける。それこそが己の矜恃。
「いい根性だ!」
レガは征治の顔面を巨大な右手で鷲掴みにすると、締め上げた。そして強引に地面に引き倒すと、翼で滑空しながら征治の顔をアスファルトに押さえつけ、地面を削った。
やがて、レガは征治から手を離し、浮き上がった。征治は起きあがらない。
右手を差し向ける。だが放たれた光線は、直前で射線に割り込んだ樹が受け止めた。
「護る事が私の本道です、その一撃は通しませんよ」
気丈にそう言い放つ。
「まだ続けるのなら‥‥貴方が退くか、私が倒れるか‥‥勝負です!」
するとレガは唐突に動きを緩めて地面に降りた。
「ならば、今日はこれまでだ」
「はぁっ」
絳輝が終わったか、とばかりにため込んでいた息を吐いた。
「この時期だってのに‥‥本当空気を読まないな! 口づけの一つ位貰っても罰は当たらんと思うんだがなー」
「そんなものより戦いの方が楽しかろう」
「私は全く楽しくない!」
そんなやりとりをしていると、赤薔薇が紙になにやら書き付けながら近寄ってきた。
「戦いがしたいなら‥‥ここに連絡すれば私が暇なら相手するから」
「ほう」
レガはメモを受け取った。
「電話番号というヤツだな。知っているぞ」
「私が教えたんだけどな!」
絳輝は唇をとがらせた。
戦いが終わると、空気ががらりと変わる──レガはいつも通りだ。
だが夢野は、硬い表情のまま赤銅の悪魔を見つめていた。
「思い出は思い出のままであるべきだった」
「うん?」
「レガ、お前にとっては一つの気紛れだろう。だがそれは、俺にとってはかけがえのない過去だった」
「何のことかね」
レガは、全く心当たりがない風で夢野に問いかけた。
「本当に──分からないのか?」
これまで失ってきたもの全てが、現在の夢野を形作っている。
失くしたものは二度と戻らない──だからこそ、大事なのだ。
(それが分からないというのなら、俺とお前が再び相容れる日はないだろう)
だから──。
夢野は言った。
「お前もいつか過去の存在に還してやるよ、レガ」
「楽しみにしていよう」
悪魔はただそう応えるのみだった。