緊急の要請に、急ぎ準備を整えた八人はディメンションサークルを抜け、埼玉の地に降り立った。
「まずは現在地の確認だ」
エカテリーナ・コドロワ(
jc0366)が鋭い目つきで周囲に目を配った。サークルの欠点は、どうしても目的地からは到達点がいくらかずれてしまうことだ。
「目に入る範囲では戦闘は無いようですが‥‥」
「‥‥いや、待て」
若干焦った様子の川澄文歌(
jb7507)がそう言うのを、翡翠 龍斗(
ja7594)が押しとどめる。
「‥‥騒がしいな」
どこか気だるそうに目を閉じたフィオナ・ボールドウィン(
ja2611)はそう言うと、薄目を開けた。「あちらの方だ」
建物に遮られた向こうから、派手な破壊音が漏れ聞こえてきている。
「ずいぶん派手にやってくれているようだな」
向坂 玲治(
ja6214)も音を聞き、舌打ち混じりに同調した。
「‥‥妙ですね」
「ああ」
小さく呟いた狗猫 魅依(
jb6919)に、鳳 静矢(
ja3856)が頷きを返す。
「敵将があの天使だというのに、堕天使も居ないこの土地でこの騒ぎとはな」
「無駄に派手な破壊行動‥‥らしくない動きの様な気がしますね」
雫(
ja1894)もそこに加わった。
敵の行動には何か隠された目的がある‥‥それは接敵前から、メンバーの中で確かな疑念となりつつあった。
「とにかく、急ぎましょう。町の人が集まる場所へたどり着かせるわけにはいきませんっ」
「ああ、そうだな‥‥急ごう」
息巻くような文歌の訴えで、一旦その疑念は棚上げとなった。騒音を道しるべに、一行は急ぎ駆け出す。
フィオナだけは、胡乱げな様子を崩さず、音の方を一度見た。
「‥‥少しは楽しませてくれるのだろうな」
投げ捨てるようにそう言って、一行の後に続くのだった。
●
「いたぞ!」
集団の先頭で静矢が叫んだ。人間が逃げだし無人となった街道を我が物顔に歩き、建物を破壊して回る機械めいたボディの集団。
その奥には唯一の人影──果たして人、と言って良いものか。帽子を目深にかぶり、マフラーで口元を隠しているものの、隙間から覗く垂れ耳はどう見たって人のものではない。
「‥‥目立つな、あの姿は」
豚顔の天使、ギジー・シーイール(jz0353)を目の当たりにし、龍斗はぽつりと呟いた。
「奴ら、まだここに未練があるのか? だとすれば往生際が悪いにも程があるぞ」
「ふん‥‥さて、どうだかな」
憤慨するエカテリーナ。対し、フィオナは同調でも否定でもない言葉を発した。
八月の騒動の地──三峰はここからそう遠くない。(ある天使と)撃退士によって台無しにされた強力な気脈を、何らかの形で利用しようと企んでいる、という可能性は確かに捨てきれない。
(それにしては、な)
今しばし思考を巡らせようとして──。
「なんだ、あの出来損ないは」
動く度騒音を発するサーバント、ロウパイクを見やってフィオナは顔をしかめた。
「よう、随分と団体での観光だな」
玲治はギジーを真っ向から見定めると、気安い調子で声をかけた。無論、相手は返事をしないが、それで態度を変えたりはしない。
「丁重におもてなししてやろう」
薄く笑みを浮かべたまま、長槍を構えて突撃した。雫も愛剣をその手に続く。
「最初から全力で行くぞ」
静矢も二人とともに、最前線を作り敵へ向かう。サーバントの集団は、破壊活動から撃退士の迎撃へと目標を変更し、陣形を構築しつつあった。
ロウパイクの出す騒音にまみれて、こちらは音もなく浮遊する別種のサーバント──ロウスナイプの姿もあった。群れから外れかけた一体を、龍斗はゴーグル越しに視認する。
「ターゲットインサイト」
ライフルからアウルが弾ける。次の瞬間にはサーバントのボディへと弾丸が到達し、オタマジャクシのようなフォルムの一部が砕けた。
「気をつけてください。あの敵はこの位置まで射程が届くはずです」
スナイパーライフルを構える龍斗は敵集団から十分距離をとっていたが、魅依はそう警告すると、彼から離れて自分の気配を隠す。
そして魅依自身もライフルをその手に顕した。
「──っ、く」
武器に大きくリソースをとられ、代償として魅依の生命力は大きく削られた。生気の抜ける感触に、魅依は小さくうめく。だがすぐに呼吸を整えた。
「何が目的なのかにせよこれ以上進ませるわけにはいきませんね」
街道から外れ、物陰に身を隠すようにしながら彼女もロウスナイプを狙う。すぐそばにいたロウパイクが盾を振りかざして間に入り込んできたが、カオスレートによって強化された彼女の狙撃は盾を易々と砕き、パイクの箱のような本体をも穿った。
敵が近づけば近づくほど、ロウパイクの発する音は騒々しく脳を揺らしてくる。忌々しげに顔をゆがめたフィオナは、パイクからまだいくらか距離をとったところで足を止めた。
「‥‥耳障りだ。失せろ」
サーバント集団の動きが、彼女の武威に圧されたかのように凝り固まる。そこへ無数の武器が降りかかり、敵を切り刻んだ。
フィオナのすぐ隣で、文歌が別の集団を狙い定めていた。敵の頭上から無数の彗星が生まれ落ち、炸裂する。サーバントではなく撃退士が生み出す派手な破壊音が響きわたった。
「これで敵の足が少し鈍るはずです!」
フィオナと文歌、二人分の範囲攻撃は広範囲をカバーしていた。文歌の言うとおり、重圧を受けた敵の進行速度は目に見えて遅くなった。
そこへ雫が迫った。共に前衛を担う静矢や玲治より行動速度で一日の長がある。
彼女もサーバントをいち早く排除すべく、範囲攻撃を狙った。ロウパイクが固まっている場所を狙って、三日月の刃を飛ばす。パイクの金属質な固いボディが、たやすく切り刻まれた。
「‥‥」
ギジーはこれまでサーバントの後方からじっと戦況を見守っているようだったが、これを見て初めて動いた。直近にいたロウスナイプに何か指示したような身振りを示すと、スナイプは雫を狙って射撃したのだ。
雫自身にもその動きは見えていたが、敵を撃つためにマイナスのカオスレートは濃くなっていた。躱すことは叶わず、細くしなやかな腕から血しぶきが飛ぶ。
「くっ‥‥」
雫は顔をしかめ、呻いた。
ギジーの口元が動く。なんと言ったかまでは解らないが、サーバントの動きがそれを境に切り替わった。
「こちらを狙ってくる‥‥!?」
雫の攻撃力を警戒し、またレートが操作されていることを好機ととらえたのだろう。周囲のサーバントが一斉に彼女へ向かってきたのだ。
ロウパイクの構えた長槍が立て続けに突き出される。いくつかは大剣で捌いたが、全てではない。
雫の隣に飛び込むようにして立った静矢が紫鳳翔を放つ。もっとも近くにいたスナイプを狙ったが、すぐ脇にいたパイクが盾をかざして庇ってしまった。範囲攻撃に続けてさらされていたパイクは紫鳳のアウルを浴びてすっかり破壊されたが、スナイプはパイクの死骸を超えて静矢たちへと近づく。
その銃口から、広範囲を灼く雷光がほとばしった。
雷光は静矢を灼いたが、雫には届かなかった。
「‥‥魔法攻撃だな、これは。危ないところだったぜ」
すぐ後ろにいた玲治が身を挺して護ったからである。
玲治はそのまま駆け、雫を追い越して前に立つ。彼もまた範囲攻撃を放って前方のロウパイクを薙ぎ払った。
「さあ来い、歓迎してやるよ」
攻撃を引きつけようとする玲治もろともに、また複数の雷光が走った。
「まだ立ってるか?」
「私は大丈夫だ」
「こちらも、何とか‥‥」
玲治の声に静矢、雫とも反応した。庇護の翼はすぐ切れてしまったが、それがなければ雫は危なかっただろう。
「一旦立て直します」
自身の傷を癒し、雫は一息つく。
ギジーの口元が動き、サーバントがまた違う行動を取り始めた。
「‥‥サーバントを指揮しているのか? 随分消極的だな」
後方にいる龍斗は敵将の動きに違和を感じた。
「まぁ、そのままじっとしていてくれれば‥‥こちらとしても楽だがね」
少し探ってやろうと、銃口を動かす。射程ギリギリから、ギジーを狙って撃った。
着弾を確認した瞬間──。
「ぐっ!?」
衝撃波が飛んできて龍斗を強かに打った。左肩が切り裂かれて血が滴る。ギジーのカウンター能力だ。
集中を乱したかとも思ったが、サーバントの動きに乱れはない。指揮に影響は無いようだ。
「やれやれ‥‥」
左肩に手を添えて回復のアウルを送り込むと、龍斗はまずスナイプ型の殲滅を優先すべく、ライフルを構えなおした。
*
サーバントはこちらの範囲攻撃を警戒するように分散しながら徐々に左右に割れ、撃退士を包囲するような動きを見せていた。
「こっちにも敵が‥‥!」
「ふん」
前線の雫たちよりやや後方にいる文歌やフィオナの元にもパイクが迫る。フィオナは忍刀に持ち換えると、突き出された槍をかいくぐって盾の隙間に刀身をねじ込んだ。
フィオナが身体を離した直後、後方から飛来したアウルが着弾し、炸裂する。
「我々の目が黒いうちは、この地で勝手な真似は許さん。ここから立ち去れ!」
放ったのはエカテリーナだ。サーバントが破壊した建物の残骸から銃口を覗かせ、援護射撃を行っている。
「‥‥少しは静かになったか」
まだ敵は残っているが、陣形が変わった結果正面に残るギジーの姿はよく見えるようになった。フィオナは彼女独特の見下ろす様な視線でそちらを見やる。
「答えるとも思えんが、あえて聞いてやろう。随分と露骨な釣りだが‥‥何をしに来た」
帽子のつば越しに、ギジーはフィオナを見返した。
「釣りか。そう思いたければ思うがいい」
「‥‥」
「だが、安穏としている暇はないぞ、人間ども。無様に蹂躙されることを望まぬのなら、せいぜい警戒することだな」
それ以上言うことはないとばかり、ギジーはフィオナから視線をはずす。そこへ、玲治が飛び込んできた。
「少し付き合ってもらおうか!」
周囲に残っていたパイクもまとめて、オンスロートで薙ぎ払う。ギジーは納刀したまま一歩後方に下がった。玲治の生み出した黒い刃が消えるかどうかといったところで、玲治に素早い反撃を見舞う。
(疾いな。だが、軽い)
受けの体勢をとる間もなく斬りつけられたが、一撃だけとってみればダメージはそれほどでもない。
もちろん、「軽い」とは玲治の基準である。ここまですでに度重なる攻撃を浴びているが、まだまだ彼が崩れる気配はなかった。
(あの技を使うつもりはないのでしょうか)
気配を潜め、サーバントへの射撃を続けながら、魅依は視界の隅にギジーを捉え続けていた。
前回相対したとき、彼女の技はギジーにほぼ防がれてしまった。そのときの口振りから、あれは奥義と呼べるものだったのだろう。
先ほどの龍斗や、今の玲治の攻撃は、いずれも普通に受けている。
相手が奥義を使ったなら、その直後を狙撃する──そのつもりでいた。
(そこまで気安い技ではない‥‥?)
そう思い、ギジーに目を向けた瞬間。
「──目が合った‥‥?」
「今回は来ないのか、邪槍使い」
魅依がギジーを視界に捉えていたように、ギジーもまた魅依を見ていたのだ。
マフラーに隠され表情は解らないが、その口調は魅依を挑発するようでさえあった。
*
狙撃型のロウスナイプが姿を消し、龍斗はライフルをしまった。
代わりに接近専用のバンカーを装着し、前線へ向かう。負傷のかさむ静矢や雫たちと入れ替わるように前に立つと切っ先の向いた長槍を払いのけ、勢いそのままにパイクの懐に腕をねじ込んだ。
「零距離‥‥貫く」
豪快な音が響いて白い煙が立ち上った。
「このまま押し切るぞ!」
範囲攻撃で敵を削り続けていた静矢が気勢を上げた、その直後。
「‥‥退くぞ」
ギジーが短く呟くと、残ったロウパイクが一斉に槍を立て、そのままの姿勢で後方へ下がり始めた。
「もう撤退‥‥ですか?」
雫は訝しんだ。確かにサーバントの数は半分以下にまで減ったが、要のギジーはまだほとんど攻撃もしていない。
「ギジーさん」
サーバントの後退を優先しているのか、まだその場にとどまっているギジーに、文歌が声を掛けた。
「何だ」
意外と言うべきか、ギジーは返事をした。
「過去の報告書で、貴方は堕天使を専門で狙ってるとありました。今日はなぜ、町で暴れていたんです?」
「堕天使狩りは俺の使命であり、悲願だ」
ギジーは帽子を目深にかぶったまま答える。
「だが、この身この命は我が主のもの。俺は主の命に従う。それだけだ」
「あなたの主というのは‥‥」
文歌はなおも質問を続けようとしたが、ギジーはそれ以上は答えず、踵を返した。
「伏兵がいるかもしれません。深追いは‥‥」
「ああ、そうだな」
雫と玲治の提言もあり、撃退士たちは敵を追うことはせず、ロウパイクの立てる騒音が徐々に遠くなっていくのを聞いたのだった。
●
「建物の被害は激しいが、人的被害はゼロ‥‥結局、連中の目的は何だったのだろうな」
サーバントが荒らした跡を検分したエカテリーナは首をひねった。
「伏兵も結局いなかったようですね」
と、雫。
「或いは、この地の人たちに天使への敵愾心を煽り、亡命者をあぶり出す‥‥といった狙いは考えられるでしょうか」
「堕天使狩りのため、か。手際の良すぎる撤退も、狙っている堕天使を油断させる為とみるべきか‥‥?」
龍斗もそう言ったが、静矢は違う考えを口にした。
「過去の手口からすると、それでは少し違和感がある。あの天使が得意とするのは隠密行動のはずだ」
「では、やはり陽動だと?」
静矢は頷いた。
「敵の進攻方向を考えれば‥‥一度秩父周辺の警戒と調査を撃退庁にかけあってもらってはどうだろう?」
「もっと別の箇所が狙われる可能性はあるでしょうか?」
文歌が言った。
「別の箇所、か‥‥」
「具体的にはどこだ?」
エカテリーナが聞くと、文歌は言葉に詰まった。「それは‥‥」
「ふむ、ではその辺りも含めて斡旋所に報告をあげるとしよう」
いずれにしても、警戒は必要だということだ。今回のギジーの行動に何らかの意図があったのは確かなのだから。
「まったく、もうしばらく落ち着くと思ってたんだがなぁ」
玲治はギジーたちの去った方向を見ながら呟く。フィオナは興味無さげに空を見上げて手を差し出した。
「‥‥ひと雨来そうだな」
いつしか空は濃い曇天となっていたのだった。
「あれの上にいるのは、誰なんでしょうか‥‥」
そして魅依は、ギジーが名を明かさなかった主人の存在に思いを馳せていた。
●
ギジーは帽子とマフラーを外し、恭しく頭を垂れていた。
彼の前には、白と蒼を基調にした服を身に纏った、清廉な男が立っている。
男が口を開いた。
「首尾はどうだった」
「‥‥滞りなく」
口元以外は微動だにせず、ギジーは答えた。
「そうか。ご苦労だったね」
『ネメシス』の実質的な指揮官、聖裁官次長アクラシエルは穏やかな微笑を浮かべ、労いの言葉を述べたのだった。