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ぬかるんだ道を進む。召喚したヒリュウで周囲を見回しながらも御影 茉莉(
jb1066)は高鳴る胸を押さえる。淡い紫色の瞳にハッキリと浮かべた緊張。硬直する身体はあまり言う事を聞かず右手と右足が同時に出てしまっていた。
(うぅ……どきどきします……っ)
初めての戦闘となればまだ年若い茉莉が緊張するのも仕方がないことだ。
「さて、仕事をこなしませんとね」
ん、と伸びをして三善 千種(
jb0872)はからからと笑う。アイドルを目指す彼女は、アイドルは仕事を選ばないと聞いたとやる気一杯である。そんな彼女の様子に茉莉も元気づけてもらえた気がして、ほっと一息。
「でも、どろどろだぁ……」
汚れないかなあ、と足元を確認する。ぬかるみによりやや汚れてしまった靴元に眉根を寄せる千種へとそうですね、とカルラ=空木=クローシェ(
ja0471)は小さく笑みを浮かべる。
「何にせよ、早めに確保して安心して歩けるようにしたいですね」
そう言うが彼女の胸中では『くまさん』と名付けられたデアボロがどのような可愛らしさなのかと言う期待が膨らんでいる。何度も何度も依頼には参加している彼女であれど、まだまだ未熟であり、もっと鍛え上げなければという気持ちが強いカルラは先輩にあたる黒百合(
ja0422)の背中を見つめて、クロスファイアを握りしめる。
――羨望の目線を与えられながらも黒百合は常の如く、幼いかんばせに笑みを浮かべてとん、とんと地面を踏みしめる。
「くまさん、くまさん、どこかしらァ……♪ 美味しい美味しい獲物が待ってるわよ……」
あはァ、と吐き出したのは希望、欲望、エトセトラ。
笑みを浮かべて、くるくると。眩い金の瞳に浮かべたのは何なのか。
勿論、『くまさん』を倒す事を目的にしている少女だが、そのくまさんはどの様な外見なのか――想像するにふわふわでもこもこ、可愛らしいもの、と言われがちだが――考えれば考えるほど大澤 秀虎(
ja0206)は苦笑する。
「くまさんか、どうにも可愛らしい名前だが」
人喰い熊、か、と口の中で呟いた。未だ熊を切った事がない彼からすれば、熊殺しと言うのは中々素晴らしいイベントではなかろうか。武道家たる者熊殺しは一度は通る道だろう。まさか、その『一大イベント』の相手が化け物になる等皮肉でしかないのだが――
「さて、ゆきましょうか」
只野黒子(
ja0049)の冷静な一言に仲間は頷きあう。耳朶に響く、ちりんちりんという音。鈴の音が、響き渡った。
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靴や、布切れが散らばっている。――誰か、失われた命の『残滓』なのだろうか。つきりと胸が痛む。
「はぁ……。嗚呼、全く」
犠牲が出なければ発覚しづらいと言え、切ない。麻生 遊夜(
ja1838)の黒い瞳に湛えられた色は悲しみ。黒を基調にした服を身に纏った彼は、周囲を見回す、ぬかるみの少ない場所をしっかりと踏みしめる。
――ちりりん。
鈴の音が聞こえる。耳朶を擽る其れに、誰がつけたのだろうか、と刑部 依里(
jb0969)は首を傾げる。ちりりん。
「ディアボロの趣味なのかね、鈴をつけるのは」
退治するだけだと銜えたたばこ。レインコートを身にまとい、ぬかるみを歩く。滑り難い様にと用意したスニーカーも汚れるものの中々歩きやすくも感じた。
「撤退場所は確保しとこう。ところで――熊の巣を」
其処まで紡いだ後、ちりん、と近くで聞こえる。嗚呼、きた、と感じた。
紡ぐ言葉が、ストレイシオンを呼び出して、じっと見つめる。銀色の瞳を、すぅ、と細めて魅せた。
茉莉が資格を共有したモノが、『くまさん』を見つける。ちりん、ちりんと鳴らしながら大きな体躯をのそのそと動かして。
ここからなら、狙える。じっと待ちかまえて。
「ごめんなさい……」
怖い、哀しい、怖い。嗚呼――息を飲む。力をためた強力な一撃が『くまさん』の頭を貫く。だが、それでは『くまさん』は倒れなかった。
中衛地点、ぐっと拳を固める。さて、と息を吸い込んで千種のやる気は十分に漲った。
「さて、いっちょがんばりますか!」
熊が、振り向く。紅葉が舞った。
散る赤い朽葉に唇を寄せて黒百合はくすくすと笑う。
「いいわァ……、素敵だわァ……」
舞う様に、黒髪を揺らして、悪魔の名を冠した大鎌を振るう。黒百合がとん、と跳ね上がる。振るった其れはくまさんの首を狩る死神が如く速さで放たれる。
黒百合の先制攻撃に焦った様にふらつく熊の横から、回り込み、剣を捻る様に入れる。
その動きや正に『剣士』たるもの。秀虎が一閃せしその攻撃は、まぎれもなく熊の肋骨へと打撃を与えた。
――だが、まだ足りない。
手を振るい、秀虎を傷つける其れ。その手の軌跡を追い掛ける様に舞い踊る火の玉が熊さんをも傷つける。
カルラの唇に浮かんだ笑み。召炎霊符から現れたその火の玉に含まれるのは何処となく感じとれる失望だ。
嗚呼、可愛いものだとおもったのに。なんたって『くまさん』だ。その名前の通り可愛らしいのではないかと聊か期待したのだが、実態はといえば中々に図体のでかいぬいぐるみ――とも言えぬ熊。
「ほら『炎』よ。ぬいぐるみみたいな身体には辛いかしら?」
落胆しつつも、其れでも敵だから。逃がさないとばかりに踏み込み、隙をついていく。
じっと周囲を確認していた黒子へとくまさんが不利被る、その腕をシールドで跳ね返しながら、じっくりと戦いへとのめりこんでいく。感情は、生まれない。
前髪で隠れた瞳には何を思うのか。『くまさん』は何とも言えない生物であるけれど、だからこそ、彼女は何を語るのか。
その感情は、現れないままだ。それと比べ、黒百合の瞳には笑みが浮かぶ。くすくすと楽しむ様に、彼女は笑った。
「あらぁ……?」
可愛らしいと、そう語る様に放たれるショットガンM901。弾丸が抉る。くまさん、くまさんと歌う様に紡いで、抉り続ける。さあ、美味しい獲物が待っている。ふわり、スカートを揺らす。
その舞に合わせ歌う様に、紡がれる詠唱。アイドルを目指す千種だからこその、独特な其れは楽しげなテーマソングの様に流れ続ける。
「しっかりきっちりくらってねっ♪ 炸裂符っ」
ふわり、と舞うそれ。彼女の歌に合わせて、彼女『らしさ』を存分に発揮した其れがくまさんの動きを止めた。
――刹那、抉るように入りこむ弾丸。
遊夜が引き金を引く。笑みを浮かべて。
傷つく体を庇うようにし、口に含んだカツサンド。じっと熊の目が向く――されど、にんまりと笑った依里は召雷符から雷の矢を生み出す。全てを穿つ雷光は熊へと突き刺さった。
熊が暴れる事により身体がふっ飛ばされる感覚を覚える。
だが、秀虎は怯まない。ぐ、と踏み込み、そのままに一閃する、その剣鬼たる行動。
突きあげるように切り裂いて、抉るように突く。付着した血は、剣を振るう事で払われる。一連の行動は正に『鬼』である。
熊が轟く、咆哮が響き渡る。
「逃がしはしませんよ」
黒子が囁く。囁きと共に振るわれた糸が肉を切り裂いた。血が滴り散る。ちりりん、ちりりん。鈴の音がなり響く。
只、熊の叫びは寂しげに、そして何かを求める様に。絶叫する、いたい、いたいいたいいたいと――
「苦もなくって訳には行かなくて悪い、こっちも余裕がねぇんだわ」
へらりと笑って、腐爛の懲罰を与える。腐敗するからだ。自身の肉体の違和感に熊がもがく。
――怖い。
ただ、そう思ったのだろうか。熊の想いなど、気持ちなど分からない。ただ、その肉体を、削っていく、勝利への道しるべの為に、立ちはだかって、削って、抉って。何度だって。
可愛いものであれば、とつきりと痛む胸を抑えて。
炎を与える少女は唇をかみしめる。
カルラ、と母の呼び声が聞こえた気がした。辛い、辛い。嗚呼、私はまだまだ経験不足だ。その想いが胸に渦巻く、奔走する想い。交錯する、気持ちが、熊を燃やす。勝たねば、未熟である自分は誰かを失う侭では行けないのだ。勝たねばならぬ――否、自身を鍛えあげねばならぬ。其れこそが彼女としての決意。
踏み込んで、隙を窺い一気に燃やし尽くす。
耳朶を擽る鈴の音に、問題の解決を最上としていた黒子の前髪の奥で瞳が揺れる。その色は無。唯、目立たぬようにあくまで『黒子』で居れる様にと彼女は願う。補佐を行う少女は幼いが聡明だった。
もしここで熊が『誰かに会いたい』と言語を解してきたら彼女はその為に奔走するだけの優しさと問題提示へのしっかりとした判断力を持っていた。
だが、状況は、そうはいかない、意志疎通が叶わぬ以上倒すしかない。
それは、歯がゆいと思う。レインコートが頭から滑り落ちる。依里は想う。誰が、鈴をつけたのか。
「趣味、かな」
人為的なものであるかそうであるか、其れは分からないけれど、もしそうであれば――誰か、会いたい人が居たのだろうか。
けれど、『くまさん』とは語れない。喋れない。意志は疎通しない。想いが伝われば、その気持ちを少しでも解ってあげれたのだろうか、誰も、理解しようとはしていないけれど、もし、理解出来たら――
揺らぎかける気持ちを振り払う、嗚呼、これでは、駄目だ。
薙刀持ち、振るう。悶絶する『くまさん』へと千種は笑みを浮かべる。
「跳ねる泥なんて、気にしないっ」
歌う様に、踊る様に。アイドル候補はとん、とんとリズムよく攻撃を喰らわせる。その動きは澱みもなく芸術的な域に達している。唯、全てを攫うがごとく彼女の舞台を彩る様に紅葉は舞った。
「私のダンスの様な薙刀の舞、くらいなさいなってね♪」
踊る、歌う。アイドルたるものダンスや芸は『一流』でなければならない。悶絶するクマへと笑みを浮かべて、彼女はその薙刀を深く突き刺した。
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熊が叫ぶ、寂しがりの泣き声が木霊する。呼応するように紅葉を散らし、曇天は雨を齎した。
雨が黒百合の頬にかかる血を流す。「くすくす」と笑みを漏らす。くすくす、くすくす。
「あらぁ」
駄目かしら、良いかしら、失った左手など気にしない。ふわりと舞う様に浮きあがり金色の瞳を細めて魅せる。雨が、彼女を隠す様に、降り注ぐ。
悪魔の名を冠した物が振るわれる。
紅葉が真っ赤だから、彼女の口付けはあくまでも『死』を告げるのみ。
漏れるのはやるせなさ、其れでも只、秀虎は戦士として刀を振るった。目的の為なら殺人も辞さぬその想い。例え熊であれど殺して見せる。
ちりりん。耳朶を擽る鈴の音が、寂しがりの雨が降り注ぐ、その想いを、その気持ちを伝えるように。嗚呼、それでも、寂しがっていても、その鈴がその存在を標す様になり響く限り、攻撃の手は緩めない。
――願わくば、可愛く生まれてもらえれば。
それでも、失われた命には同情と哀悼が胸へとふつふつとわき上がる。母の顔が、浮かんだ気がする。
熊の足元の遺品を見つけ、唇をかみしめて。確実に当てる――!
炎が焦がす、その身を、その心を。カルラの炎は、その哀悼と同情をこめて燃え上る。
ほころびを見つけた。黒子は顔を挙げる。
「そこです」
淡々と、その言葉を吐き出して。リブラシールドを抱えた指先に力を込める。長い金の髪がふわりと揺れた。
どくん、と胸が高鳴る。
走る熊を追い掛けて、緊張に高鳴る胸を押さえて。秋風がその身を晒す。
「ッ――無事に終わるよね」
飲み干す。言葉に込められた期待。何故此処にいるのか、彼女が撃退士として一歩踏み出したから。その一歩が緊張の連続でしかないけれど。
それでも、倒そうと思う。茉莉は拳を固める。
「ッ、そっち!」
言葉を感じとって遊夜は愛銃を構える。矜持。胸に抱いた其れに、うっすらと笑みを浮かべて。
「おやすみなさい、安らかに」
その肉体を、全てを、終わらせる如く。寂しげに、哀しげに泣く熊を眠らせる様に――全ての終わりを告げるが如く。
ドッ――
――引き金を引いた。