●誕生日パーティー準備
――変態につかまってます たすけて
涙によって滲んでしまった『招待状』。その中に隠された助けを求める必死な声に気付いた6人の撃退士たちは、入念なミーティングを繰り返した。絶対に依頼人を助け出す。それぞれの思いを胸に、撃退士たちは万全に万全を重ねていた。
「必死に取り繕った笑顔ほど、見てて悲しいものは無いんでさァ。アタシも道化の端くれ。花村お嬢様の為なら何だって致しやすよゥ」
白塗りに派手な化粧を施したNinox scutulata(
jb1949)が大仰な仕草で告げる。ふざけた仕草だが、しかし道化師の声色の奥には必勝の思いがあった。道化であるからこそ、花村小鳥という少女の書いた招待状は、ある意味で彼の逆鱗に触れていた。
「必ず成功させないとだの……!」
マンションの図面を見ながら呟くのは橘樹(
jb3833)だ。避難経路の確認に余念がない。
同じく隻眼の樋熊十郎太(
jb4528)も、パーティー出席にあたり事前調査に余念が無かった。狩人の家に育った彼は、事前準備が猟の正否に大きく関わることをよく知っていた。
「依頼人の花村小鳥さんは、しばらく大学に通っていないみたいです。それと、以前花村さんはストーカー被害にあっていたそうです」
十郎太は、その他大学で調べてきた情報を共有する。それらを元に、入念な打ち合わせを繰り返す撃退士たち。そして――
「パーティー……楽しみ……」
(無事に……助ける……!)
楽しげな表情で、しかし内心では依頼人を心配しつつ、霧谷レイラ(
jb4705)が呟く。
少女の救出をかけた楽しい楽しい『誕生日パーティー』が、ついに始まろうとしていた。
●出迎え(玄関先)
一見すればバカップル。それが依頼人である花村小鳥と、その彼氏を見た撃退士たちの第一印象だった。笑顔を浮かべる小鳥と、彼女にぴったりと寄り添った彼氏。しかしよく見れば、小鳥の笑顔は引きつっていた。その目が、必死に訴えている。
――助けて……!
「ふん……君たちが小鳥の友だちかい? まったく、僕と小鳥の二人きりのパーティーを邪魔しようだなんて……小鳥がどうしても友だちを呼びたいとお願いしたからいれてやるんだってのを忘れるなよ。ああ、ちなみに僕は小鳥の彼氏の四谷だ。まあ、そのうち小鳥の夫になる予定だけどね」
嫌味な言葉と薄ら笑いを浮かべ、撃退士たちを迎える彼氏――四谷。見てくれは好青年といった雰囲気だが、沙夜(
jb4635)などは生理的な嫌悪を隠せなかった。薄い笑みを浮かべる四谷の目。その目が、彼女の苦手な虫――あるいはそれ以上――のように無機質で気持ちが悪かったからだ。
しかしそんな内心をおくびにも出さず、沙夜は笑顔を浮かべると、
「あらあら、お二人ったら見るからにラブラブで……まさに絵に描いたような似合いのカップルです」
「……へぇ……見る目があるじゃないか。そうさ、僕と小鳥は本当に愛し合ってるんだからね。そうだろ、小鳥?」
「う、うん! もちろんだよ、四谷くん!」
四谷に肩を抱かれ、笑みを浮かべる小鳥。しかし撃退士たちは見逃さなかった。肩を抱かれたとき、一瞬、少女の顔が泣きそうに歪んだことを……
と、そのときだった。
「Happy birthday, Kotori」
ふいに銀髪の少女が小鳥の正面に躍り出た。レイラだ。自然な仕草で小鳥と握手したかと思うと、そのままハグ。
突然のことに目を白黒させる小鳥。しかし彼女はすぐにあることに気付いた。右手に一枚のカードが握り込まされている。
同時にレイラが耳元で小さく囁いた。
――頷くか、首振るか。
「僕の小鳥になにをするんだ!」
とたんに四谷が醜悪に顔を歪め、小鳥をレイラから引き離した。
「あ……、すみません……。……つい、癖で……日本の常識に……まだ疎くて……」
そう言ってはにかむように笑うと、レイラは小鳥を見つめ、
「カード……、見てくれると……嬉しい……」
「カードだって? み、見せろ、小鳥!」
不自然なくらい焦った様子で、四谷が小鳥にカードを見せるように言った。同時に、パーカーのポケットに突っ込まれている右手に力が込められる。
もしかしたら計画がばれるようなことがカードに書かれているのでは! そう思った小鳥だが――
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HAPPY BIRTHDAY KOTORI
かれし出来たんだ、おめでとう! 頼まれてたプレゼント
全然OKだよ! 手作りだから品質は
安心してね。それにしても、彼氏さん
はいい男の人らしいね。羨ましい。
理科系だけ、かっこいいよね。実験したり資
料を読む姿が目に浮かぶよ!
これからもお幸せにね。Your friend, Reila
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「ふん……まあ、確かに僕はいい男だからな」
醜悪な表情から一転、浮かれたように顔を弛める四谷。
しかし依頼人にはすぐに分かった。このメッセージカードに隠されているもの……それは……
――料理は安全か?
「日本語で……話すの、少し……苦手……。記念に……残したい……から」
恥ずかしそうに言うレイラに、
「そ、そんな気を使わなくていいよ!」
何度も首を横に振る依頼人。それはすなわち――『NO』だ。
――料理は安全じゃない!
笑みを浮かべながら、撃退士たちはいよいよ気を引き締める。依頼人と彼氏に引き連れられ、彼らはマンション内に足を踏み入れた。
●パーティー会場(リビング)
リビングは、まさに誕生日パーティーと呼ぶに相応しい様相だった。テーブルには様々な料理が並べられている。
しかしそれより目につくのは、壁際に並べられた楽器の数々と、所々に置かれたプレゼントと思しき箱だった。
ハッピーバースデー! という唱和と共にパーティーが開始される。参加者の顔には満面の笑みがあったが、しかし本当の意味で笑顔を浮かべている者は誰一人としていない。ここまで作り笑顔に溢れたパーティーも珍しかった。
「今日は招待してもらってありがとうだの!」
樹はそう言いつつ、素早く室内に目を走らせた。プレゼントの箱の中身が危険物である可能性も考慮して、避難経路などを再確認する。
(非常時は花村殿を抱えて窓から飛ぶだの……!)
もちろん、そんな非常事態にならないように万全を期しているのだが。
それぞれテーブルについたメンバーは、設定通りの自己紹介をする。幸い、四谷はさほど疑ってはないようだ。
が、しかし――
「(ぶつぶつ)小鳥との二人きりの時間を邪魔しやがって……さっさとつぶしてやる……」
醜悪な顔で何か呟いたかと思うと、右手をポケットに突っ込んだまま、小鳥の肩を抱き、
「ふん……せっかくだ、僕の作った料理を食べるといい。僕の料理がまずいなんてありえないからね。そうだろう、小鳥?」
「も、もちろんだよ! 四谷君は料理上手だもんね!」
来た……!
「それにしても花村さん、いつの間にこんな格好いい彼氏が出来たのですか〜!」
楽しんでます〜、という雰囲気を振りまきながら、紅葉公(
ja2931)が曰う。
「うむ、彼女の誕生日パーティーに料理を作るなんて、いい彼氏だの!」
「おいしそうな物ばかりで何から食べたらいいのか分からないですね〜。う〜ん、どれから頂きましょう。目移りしてしまいます」
迷うふりをしつつ、引き延ばしにかかる公。が……
「なら、まずそこの唐揚げを食べるといい。……自信作だからな」
まずい、と一同。唐揚げを食べる流れが出来はじめている。
「……ん、どうしたんだい? 食べないなんて……あるはずないだろ?」
「ほ、ほむ! もちろんだの!」
意を決し、樹が唐揚げをわずかに囓った。瞬間、少しだが舌の先が痺れる。しかし樹は笑みを浮かべたまま、
「とても美味しいの! これはどうやって作るのかの!」
「別に作り方なんてどうでもいいだろ。ほら、もっと食べたらどうだ……?」
「うむ、もちろん……」
樹がさらに唐揚げを囓ろうとした、その瞬間だった。
「俺、肉料理には目がないんですよね!」
樹の食べようとしていた唐揚げを横からかっさらい、口に放り込む十郎太。それどころか唐揚げの皿ごと自分の方に引き寄せると、凄まじい勢いで食べ始める。
なんて、勇者……!
安全でないと分かっていながら、料理を食べる。いくら撃退士とはいえ、十郎太の行為はまさに挺身と呼ぶに相応しいものだった。
「あらあら、樋熊さんったら食いしん坊ですね」
内心で十郎太への感謝を述べつつ、沙夜は依頼人たちに向き直ると、
「それにしても、本当にお似合いのカップルです。あ、よかったら花村さんが彼氏さんに『あーん』とかして食べさせてくださいな」
「そいつァ名案ってもんでさァ。よろしけりャ、このアタシがBGMの一つでも口ずさみやすぜ?」
道化師や、他の撃退士たちもそれに追従。徹底的におだてられた為か、四谷の方も悪い気はしていないらしい。得意気に鼻を鳴らすと、
「し、しかたない奴らだな……ほら、小鳥」
「うん、四谷君。はい、あーん」
ぱくり、と彼氏は一口。それを見て、撃退士たちは悟る。
なるほど、安全な料理もあるということか……!
それからしばらくは穏やかにパーティーは進む。もっとも、トイレとリビングとを何度も往復している十郎太を除いて、だが。
撃退士たちは作戦を進める。
「お二人は本当に仲がよいですね〜。花村さんはご存じだと思いますが、私、占いも出来るんです。是非、お二人のこと占わせていただけませんか?」
口火を切ったのは公だった。メンバーにおだてられ、すっかり気を良くした四谷も同意。公は「失礼します〜」と言いつつ、小鳥の額に手を当てた。
シンパシー、発動。
「っ! い、いや〜、お二人の未来は本当に幸せになるって出たのですよ〜!」
言いつつ、しかしわずかに公の顔は引きつっていた。それを見た道化師が、とっさに、
「そいじゃあ、ここいらでアタシが一つ芸でもお見せいたしやしょう! お代は結構ですよゥ」
道化師が四谷と小鳥を引きつけている間に、公はメンバーにそっと耳打ちした。
――緊急時、依頼人と一緒に、壁にあるバイオリンも避難。
メンバーは頷く。
そしていよいよ、作戦は最終局面を迎えつつあった。
最後の口火を切ったのは、まさにうってつけの役所である『道化師』だった。手品のように、どこからともなくペアリングを取り出すと、
「さあさ、ご覧になってくださいやし。このペアリング、実は『幸せを呼ぶ指輪』ってェ、素晴らしい代物なんでさァ。花村お嬢さんと旦那さんに是非ともプレゼントしたいと、遥々ご用意した次第で」
「指輪……結婚式みたい……私、写真とる……」
カメラを持ったレイラの言葉が、一気に流れを作る。道化師が芝居がかった仕草で、
「神父じゃなくて道化師で申し訳ありやせんが……せっかくでさァ。旦那さん、未来の予行演習といきやしょう。ささ、未来の花嫁さんに指輪を填めてやってくだせェ」
「そ、そうだな!」
意気揚々と道化師からペアリングを受け取る四谷。小鳥に指輪を填めるため、わずかに身を離す。
はやし立てつつ、撃退士たちはそれぞれの持ち場につく。
おっとりとした笑みを浮かべつつ、異界の呼び手を準備する―――――公。
芝居がかった笑みを浮かべつつ、彼氏に掴みかかれるようにする――道化師。
中性的な笑みを浮かべつつ、闇の翼を発動できるようにする――――樹。
紳士的な笑みを浮かべつつ、依頼人を庇える位置取りをする――――十郎太。
薔薇のような甘い笑みを浮かべつつ、彼氏確保の用意をする――――沙夜。
はにかむような笑みを浮かべつつ、カメラとスキルの準備をする―――レイラ。
そして彼らの笑みが、一際深くなった……その瞬間だった!
「そ、それじゃあ小鳥……薬指を……」
――右手がポケットから出たッ!
「確保だ!」
撃退士たちが一斉に行動を開始する。
もはやそこから先は、語るまでもないだろう。あれだけ入念なミーティングを繰り返し、あらゆる不測の事態に備えて準備を重ねた撃退士たちである。失敗などあるはずがない。
公の異界の呼び手が、道化師の腕が、彼氏の身体を取り押さえる。同時に樹と十郎太が小鳥を引き寄せ、救出。沙夜とレイラは、公が得た情報を元に壁にかかっていたバイオリンを確保する。
「な、何をする……は、はなせ!」
「好きな相手を傷つけて、おぬしは本当に幸せだったのかの。そんな恋は哀しいであるよ」
「うるさい! 僕と小鳥は愛し合ってるんだ! 小鳥! 小鳥!」
醜く叫ぶ四谷を押さえつけながら、樹は溜息を吐く。
こうして、楽しい誕生日パーティーはほぼ被害ゼロで終わりを告げたのだった。
●エンディング
駆けつけた警官に彼氏を引き渡し、撃退士たちはようやく緊張を解いた。
「……やれやれです」
胃の中のものを全て吐き出した十郎太が、青い顔で呟いた。どうやら撃退士にも効くクラスの強力な幻覚剤のような物が入っていたようで、未だに身体が重く、目眩が酷い。
それでも、十郎太の顔は満足そうだった。
「それにしても、まさか本当に爆弾だったとはのう」
「愛は人を狂わせるって言いやすが……それにしたって酷いもんで」
樹が溜息を吐き、道化師が大仰に肩をすくめる。リビングにあったプレゼントの箱。すでに片付けられていたが、その中の幾つかは本当に爆弾だった。彼氏のポケットの中からは、起爆スイッチが応酬されている。
監禁に危険物所持、殺人未遂なども含めれば、あの四谷という男はとうぶん刑務所から出ては来れないだろう。
ちなみにずっと閉じこめられていた少女はというと――
「怖くて……でも、逃げ出せなくて……私、私……」
「もう大丈夫ですよ」
「うん、あいつはもう捕まったですから」
沙夜と公に付き添われ、ひたすら涙を零していた。ずっと張りつめていた緊張が切れたのだろう。
そこでふと、レイラが小鳥に近付いたかと思うと、
「……はい……これ……」
古びたバイオリンを手渡す。
「あ、ありがとうございます!」
小鳥はそれを受け取ると、大事そうに抱きしめた。
「それが、人質だったんですね?」
十郎太の問いに、小鳥は小さく頷くと、
「はい……死んだお父さんが誕生日プレゼントにくれたバイオリンで……私の、宝物なんです……」
小鳥が逃げ出せなかった理由。それがこのバイオリンだった。何かあればこのバイオリンを爆破する――そう、四谷から脅されていたのだった。
「皆さん……本当に、本当にありがとうございます!」
バイオリンを抱え、小鳥は頭を下げる。
その様子に撃退士たちは互いに顔を見合わせると、今度こそ本当の笑顔を浮かべて言い放った。
『ハッピーバースデー!』
「はいっ!」
少女の顔にも、本当の笑顔が戻った。