●とおりゃんせ
――俺、天魔だって信じてる。
出発前はそう思っていた高樹朔也(
ja4881)だが、しかしその考えも、役場の職員から『奇妙な童歌』を聞くまでだった。
「おいおい、どうなってんだ……?」
「わ、わかっ、わからないです……けど……でも、もしかした、ら……記者の人が……『私の知ってる歌詞じゃない』って言ったのは……このこと……かも……ご、ごめんなさい……僕の、想像ですけど……」
ぽつりとつぶやかれた朔也の言葉に、九十市鉄宇(
ja3050)が応える。自分からしゃべることの少ない鉄宇だが、このときばかりは自然と声が漏れてしまっていた。
撃退士たちは、今し方聞いた童歌を反芻した。
――とおりゃんせ、とおりゃんせ
――ここはどこの細道じゃ? ソトマサマの細道じゃ
――この子の『八つ』の『お祝い』に、お髪を納めに参ります
――行きは良い良い、帰りは『怖い』
――『怖い』ながらも、とおりゃんせ……
「……あの、本当にその歌詞であってるんですか?」
いつもは明るいルーネ(
ja3012)も、このときばかりはおずおずと、
「実は、ちょっと違うってことは……」
「ないですよ。この村に伝わるのはこの歌詞だけです」
役場の職員の男性は、面倒くさそうに言い放つ。
撃退士たちは思わず顔を見合わせた。足下に這い寄ってくる奇妙な感覚を感じながら、同時に思う。
――依頼書と歌詞が違う……!
神隠しの真相に、撃退士たちはどれだけ迫れるのか?
時間を、村到着まで巻き戻す。
●村、入り口
のどかというより静か――それが村の第一印象だった。現実感が薄いと言っても良いだろうか。ここならば神隠しが起こっても不思議ではない。撃退士たちは何となく、そんな気持ちにさせられた。
「へぇ、面白そうさぁぁねぃ。天魔以外の不可思議を経験できるかも……楽しみだよねぇ」
眠そうな表情で、しかし楽しげに九十九(
ja1149)が呟く。事件の奇妙さが、九十九の好奇心をくすぐっていた。
「神隠し、か……ともかく行方不明になった人を見つけないとね」
「とはいえ、娯楽ホラーなら、調査にきた時点で死亡フラグだな」
おっとりと呟く桜木真里(
ja5827)に、亀山絳輝(
ja2258)がぶっきらぼうに応える。
「しかし神隠しですか……日本の民間伝承だそうですが……」
依頼書を片手にフムと考え込むのは、イギリス人のカーディス=キャットフィールド(
ja7927)だ。さすがに着ぐるみは留守番である。
それにしても、と撃退士たちは思う。気味の悪い事件だった。ただの失踪事件では終わらないのではないか? そんな予感が一同の胸にジワリとわき上がっていた。
「はい、はい……そうですか、ありがとうございます! みんな、とりあえず失踪した日の最終バスから翌日の最終バスまでの間、運転手に村出身者はいないみたいです。最終バスの運転手さんも、やっぱり乗せてないって。声を聞く限り、嘘は言ってないかな」
スマホを片手にルーネ。一同は思わず考え込む。
失踪者が残した原稿を読む限り、失踪者はバスに乗っている。しかし、最終バスの運転手は乗せていないという。
これは……いったい……?
違和感を胸に抱え、撃退士たちは役割ごとに分かれる。それぞれの脳裏には、童歌の一節があった。
――行きは良い良い、帰りは『こない』。
果たして自分たちは無事に帰れるのか。そんな思いが、撃退士たちの脳裏をかすめる。
が、しかし――
このわずか1時間後、そもそも歌の歌詞が違うことに全員が困惑するのだが、この時点でそれを知る者はいなかった。
●村・現場調査班(真里・絳輝・九十九)
(分かってはいたけど、良い気分じゃないな……)
ひそひそと囁く村人の様子に、真里は思わずため息を吐いた。耳を澄ませば、村人の声が聞こえてくる。
――さっさと帰れ……
――行きは良いのに帰りは……あんな若い子が気の毒に……
「駄目だ。取り付く島がない」
「そうさぁねぃ」
絳輝と九十九も肩をすくめる。九十九に至っては、中国語でまくし立てた為、余計に村人から怪しまれてしまっていた。計画通りというか、予想通りの展開である。
「しかしソトマサマか……外魔なら余所からやってきた魔物みたいな意味があるかもしれないな。そうするとやはり天魔か」
「それならむしろ楽というか、肩すかしですかねぇ」
絳輝の言葉に、九十九がやる気なさげに応えた。
一行は村人への聞き込みを諦め、公民館に向かった。残念ながら一人歩きをしている村人は見あたらない。というか、そもそも出歩いている村人が極端に少なかった。いたとしても、冷たい無表情で撃退士たちを見るだけである。
しばらくして公民館にたどり着く。幸いにも周囲に人はいない。三人は公民館に入り込もうとして……しかし、そのとき真里の携帯がけたたましく鳴った。役場聞き取り班からだ。
「……え? 歌詞が違う?」
役場聞き取り班からもたらされた情報に、一行は困惑した。
●隠密班(カーディス)
わずかに時を巻き戻す。真里・絳輝・九十九よりも一足早く村を回ったカーディスは、公民館の中に潜入していた。
といっても、残念ながら大した情報はなかった。公民館の中はガランとしており、壁に写真がかけられているくらいである。
「これは……お祭りか何かの写真でしょうか……?」
そこにあったのは、村人の集合写真とおぼしき写真だった。ボロボロの鳥居の前で、村人とおぼしき人々――お年寄りばかりなのは過疎村の宿命だろう――が、並んで写っている。日付は今年のものだ。
「何か違和感があるような……」
写真を見つめ、カーディスは考え込む。そこでふと物音がした。一瞬、隠れようとしたカーディスだが、現場調査班の三名だと気づき、そのまま出迎える。
九十九たちから歌詞が違うことを聞かされ、カーディスは眉をひそめた。
「歌詞が違うと……ふむ、どういうことでしょうか。ちなみにここに特筆したものはありませんね。写真くらいです」
カーディスに言われ、九十九、絳輝、真里も写真を眺めた。誰ともなく、こうして見ると普通の村人だな、と呟く。
はたしてこの村人たちは、いったい何を隠しているのか……?
撃退士たちは、問題の祠に向かうことにした。
●役場・聞き取り班(朔也・ルーネ・鉄宇)
役場での聞き取りを終えた三名もまた、祠へと向かっていた。その胸には、困惑が重くのしかかっている。
その一因として、失踪事件について大した情報が入手できないこともあった。村役場の職員――一応、村人らしい――があまり話したがらなかったのだ。唯一、まともに聞き出せたのは『ソトマサマ』の由来についてだった。
職員の話をまとめるとこうである。
ソトマサマの由来は江戸時代。あるとき、子供たちの間で流行病が広まった。医者もなく困っていると、ふと村の外から乞食がやってきたのだという。この乞食に食べ物を恵んだところ、不思議なことに子供たちの病が治ったのだそうだ。それ以来、この村では外からやってくる者を子供の守り神として歓迎するようになった――というのがソトマサマの由来らしかった。ソトマサマという名前も、『外部から来た人』という意味であり、これについては朔也の推理がズバリ的中していた。
が、しかし――
問題は、失踪した男性の残した歌詞と、村役場の職員が言った歌詞が違うことだった。
「役場のオジサンが歌ってくれた方が本来のだとしたら……じゃあ、失踪した男性が残したのは何なんだろ?」
ルーネは呟く。この歌詞の違いに、何か大きなヒントが隠されているような、そんな気がしてならなかった。
「ち、違ってる、の、のは……『八つ』が『七つ』になっているのと、『祝い』が『呪い』になってるの……あ、あと……『怖い』が『こない』になってる……ことです……い、言わなくてもわかりますよね……ごめんなさい……」
「九十市はおどおどしすぎだぞ。それはともかく、役場の人の話だと、子どもが八歳になると成長のお祝いに髪の毛を納めてたって話だよな? なのになんで『八つの祝い』が『七つの呪い』になってるんだ?」
「あとは、『怖い』が『こない』なんだよね? うーん、どういうことだろ?」
三人は首をひねるが、答えは見つからない。
しばらくして祠の入り口にたどり着く。すでにそこには、現場調査組とカーディスの四人が待っていた。
撃退士たちを、細道が歓迎していた。
●ソトマサマの祠
朽ちかけた鳥居の前に集まった撃退士たちは、おのおの鳥居と石碑を調べた。といっても、手がかりになりそうなものはない。
入り口での調査を切り上げ、いよいよ撃退士たちは細道に足を踏み入れた。グネグネとした木々に挟まれ、薄暗い。
しばらくして、ついに祠が目に入る。とたんに撃退士たちは息をのんだ。
「……雰囲気でてるねぃ」
九十九がニィと口の端をゆがめつつ、索敵。敵性体はいない。
しかしながら不気味な人形だった。おぞましい量の髪の毛が植え付けられた、お地蔵様のような人形。
「髪は神に通じるところがあるってのは有名どころだな」
言いつつ、絳輝はわずかに身構える。同様に緊張感をみなぎらせる撃退士たち。一応、天魔である可能性が残っているからだ。
それぞれ警戒しつつ、祠の周りを調査する。
「髪がもっさりな場所とか……人を埋めたら、こんな感じかもな……」
ぽつりと呟かれた朔也の言葉に、真里などは、
「もしかしたら、人形が動いたのかも……だね」
「もう、そんなわけないです! ……と思うけど」
ルーネの言葉が、尻つぼみになる。
とりあえず、髪が積もった下に何かが埋まっている様子はない。となると……
――人形の髪の下は、どうなっているのか?
撃退士たちはいよいよゴクリと喉を鳴らした。もしかしたら髪の毛に下に……そんな予感が、歴戦の戦士たちの背筋をわずかに冷たくした。
もちろん、由来からすればこのソトマサマは子どもの守り神なのだろうが……
(……それにしても、『7つのお呪い』がどうしても気になるんだよな……)
仲間が恐る恐る人形に近づくのを見つつ、真里は思考の海に沈んでいた。
どうしても『7つのお呪い』という部分が気になっていた。
7つのお呪い……7つの呪い……7つ……いや、まてよ……?
「そういえば『7つ』のことをずっと『7歳』って意味でとってたけど……別の意味にもとれるよな……7個とか7時とか…………ん?」
その瞬間、真里の脳裏を様々な情報が一気に流れていった。バラバラだった情報の断片が、パズルのように繋がってゆく。
――7つ……7時……
――呪い……のろい……おそい……
――そして……『帰りはこない』……
「っ! もしかしたら!」
急いでメールを飛ばす。そのときだった。
――バサリッ!
撃退士たちの目の前で、突如として人形の髪がうごめいた。頭に生えていた髪が一房抜け落ちる。そしてその下には……
「ぜ、絶対に見ないからな! 見ないから……あ、あれ?」
拍子抜けした声を上げる朔也。抜け落ちた髪の下にあったのは、文字通りの『お地蔵様』だった。だいぶ朽ちているが、柔和な雰囲気が見て取れる。
なんだ、と拍子抜けする撃退士たち。調べてみるが、天魔の反応もない。念のために九十九がマーキングを使ったり、絳輝が自分の髪をお供えしているが……
と、そのときだった。
ふいに真里の携帯がけたたましく鳴った。皆が何事かと振り返る。対して真里は、スマホに映し出された写真――隠密行動をしている仲間に頼んだものだ――を見つめると、
「わかったよ、皆。神隠しの真相が」
え? と目をしばたたかせる一同に対して、真里は確信を込めて言った。
「行きは良い良い、帰りはこない……帰りが『こない』のは、今日で終わらせよう」
●最終バス
午後7時発の最終バスの運転手は、妙な怖気にかられていた。先ほどから、誰かに見られているような気がしてならない。
まもなくしてA村のバス停にさしかかる。お客は7人だ。
ブレーキを踏み、バスを停める。そこでふと、バックミラーに人影が映っていることに気付いた。口元をバンダナで覆った、人形のような少年の姿だ。
少年?
「ッ!」
次の瞬間、運転手は首筋に衝撃を受け意識を失う。その右手から、ガスマスクらしきものがこぼれ落ちるのを、三瀬無銘(
ja1969)は無感動に眺めていた。
●エンディング
「なるほどねぇ……帰りはまさに『こない』ってことだねぇ」
九十九はバス停の時刻表から細いシールをはがした。そこには『19:00発』と記されている。どうやらこれだけ後から付け足されたようだ。
「に、に、偽……最終バス……だったん……で、で、ですね……」
「だからバス会社は乗せてないっていうのに、失踪した人の原稿にはバスの描写があったんだ……そもそも最終バスの認識が違ってたなんてね……」
鉄宇とルーネが呟く。するとそこで、バス内を調べていた絳輝がギリと奥歯を噛みしめながら顔を出した。
「……いたぞ、失踪した記者と、それともう一人、女性の遺体だ。座席の下に荷物みたいに押し込まれてた」
さらに、バス内に排気ガスを充満させる機構などが発見される。他にも、運転手の持ち物からは、過去の殺人の戦利品とおぼしきものも見つかった。
どうやらこの偽運転手が、神隠しの真相のようだった。
「それにしても良く気付きましたね、桜木さん」
「たまたまだよ」
カーディスの問いに、真里はわずかに微笑むと、
「ずっと7つのお呪いのことを考えてて、初めは祈祷か何かだって思ってたけれど、ふと現実的に考えてみて……そしたら、ピンときたんだ。あの歌は、もしかしたら『7時の帰りのバスが本当はこない』ことを暗示してたんじゃないか、って」
あるいは、と真里は思う。村人はこの殺人者のことを知っていて、だからこそ旅行者を早く帰すためにあんな態度をとっていたのではないか、と。
「もしかしたら、子供たちが歌詞を変えて歌っていたのは、記者の人を助けようとしたのかも、って……なんてね」
真里は小さく笑みを浮かべ、しかし次の瞬間だった。
「……あ」
カーディスが、小さく声をあげた。彼はようやく、公民館で見た写真の違和感に思い至った。
「子供……何かおかしいと思ったら、公民館にあった写真に、一人も子供がいなかったんです……」
えっ? と撃退士たちは振り返る。そういえば、村で一度も子供を見た記憶がなかった。そもそもこんな過疎村に子供がいるとは思えない。
それでは、死んだ記者が聞いた『童歌』は誰が歌っていたのだろうか……?
「本当にソトマサマがいても……おかしくないかもな」
絳輝が呟く。
ちなみに偽運転手を捕まえてしまったため、撃退士たちは結局村で一泊することとなる。
しかし、彼らが『とおりゃんせ』の歌声を聞くことは一度もなかった。