●タイムリミットまで――あと15分
高速道路バイパス上は、まさに緊迫した空気に包まれていた。赤色灯の灯り。警官たちの怒号。無線からは、必死に環状線の避難を続けている様子が流れてくる。やはり間に合いそうにない。
「空に上げてくれ。とっとの奴に切符を切ってやろう」
「まるで映画の1シーンね」
完全武装のアリシア・ダガート(
jb1027)と、涼しげな表情のト部紫亞(
ja0256)を乗せたヘリが飛び立つ。同じくパトカー組の3人もそれぞれの車に素早く乗り込み、発車。敵を捕捉するべく猛スピードで走り出す。時間はない。
今ここに、高速道路バイパスを舞台とした一大封鎖作戦が開始された。
●タイムリミットまで――あと12分
バリケードに残った5人の撃退士たちは、準備に余念がなかった。
「このバリケードは絶対に越えさせるわけにはいかないからね」
そう呟くのは、黒髪をポニーテールに結い上げた砥上ゆいか(
ja0230)だ。その呟きに同意するように、月影夕姫(
jb1569)や里見さやか(
jb3097)が頷く。発煙筒を準備しているイリン・フーダット(
jb2959)や、バリケードとなっているパトカーを何度も確認しているイシュタル(
jb2619)も、心の内は同様だ。
5人が守るこの場所こそが、絶対死守ラインだった。ここを突破されれば、どれほどの人命と財産が奪われることになるか。さすがの撃退士たちも、緊張は隠せない。
「それにしても、どうして敵はバイパスを降りないのかしら……?」
翼を背負ったイシュタルは、わずかに黙考する。
「速く走ることに固執していたスピードマニアが材料のディアボロなのではないでしょうか?」
「かもしれませんね」
さやかの言葉に、イリンが同意する。
「悪魔も天使も……意味のないことを続けているのね……」
イシュタルの呟きに、さやかとイリンはわずかに押し黙った。元は天使だった3人だからこそ、思うところがあるのだろう。
「守ろうよ、ここを!」
そんな3人に声をかけるのは夕姫だ。
「夕姫さんの言うとおりですよぉ! 身体張ってでも止めないと! ここがデッドラインですよぉ!」
ゆいかも追従する。
「そうですね。止めましょう、私たちで」
黒一点であるイリンの言葉に、4人の乙女たちも頷く。
守護の想いを胸に、5人は待つ。敵邂逅予定まで――あと10分。
●タイムリミットまで――あと9分
「いたわ!」
真っ先に敵を発見したのは、上空にいる紫亞だった。アリシアは即座に無線機に向かって叫ぶ。
「こちら上空、アリシア! 標的補足! そっちはどうだ、パトカー組!」
「こちらミハイル! こっちも捕らえたぜ!」
地上パトカー組。反対車線を逆送していたミハイル・エッカート(
jb0544)たちも敵を補足する。
Uターンしますよ! とステアリングを握る警官が叫ぶ。中央分離帯の切れ目を見計らい、警官はサイドブレーキを引いた。ポールをなぎ倒しつつUターン。急激な遠心力によって後部座席の静馬源一(
jb2368)が転げ回るが、非常事態なので無視だ。エルレーン・バルハザード(
ja0889)が運転するパトカーも後に続く。
「カ、カーチェイスとか、まるで映画でござるな!」
「おう! 被害者には申し訳ないが、たまんねーな!」
「わ、私は運転でいっぱいだよ!」
無線越しにエルレーン。彼女はなんと、危険だからと警官に頼み込んで運転を代わって貰っていたのだった。
エンジンが唸りを上げ、パトカーは疾走する。敵後方より併走。
タイムリミットまで8分。作戦――開始!
「状況を開始する!」
アリシアは無線に向かって叫びつつ、ヘリのドアを開け放った。パラコードで自分の身体とヘリとを繋ぐ。手際の良さは、海兵隊あがりである彼女ならではだ。
同じく紫亞も異界の呼び手を準備しつつ、
「もっと低く飛べるかしら!」
やってみましょう、とヘリパイロット。道路照明ギリギリまでヘリを降下させる。パイロットもまた、市民の安全を守るために必死だった。
「良い腕だ!」
アリシアは身を乗り出し、スナイパーライフルのスコープを覗いた。狙うは右前方のタイヤ部分にある管だ。息を吸い、吐き出し、止め――今!
(鉛玉のキスだ!)
トリガーを引き絞る。その瞬間、アリシアは見た。敵のボンネットにある単眼が――ギョロリとこっちを見るのを。
マズルフラッシュ。音速で虚空を駆けた弾丸が抉ったのは、アスファルトだった。射線を読んだのか、敵が蛇行し、攻撃を避けたのだった。続けてもう1射してみるが、不規則な蛇行のせいであたらない。
「シット! こちらアリシア、パトカー組、聞こえるか! 動きを制限しないと上空からの狙撃は難しい!」
無線に向かって叫ぶアリシアを横目に、紫亞が慌てて異界の呼び手を発動させた。
●タイムリミットまで――あと6分
バリケード組は、無線ごしに伝わってくる追跡組の様子を、固唾を呑んで見守っていた。
「こ、こっちに来るまでにはスピード落ちてる……よね?」
ゆいかはゴクリと喉を鳴らす。時速120キロ。そんな巨体が突っ込んできたら……
最悪の想像に、撃退士たちの顔に緊張が走る。
今の彼らに出来るのは、仲間の力を信じるだけだった。
●タイムリミットまで――あと5分
狙撃は難しい。そんなアリシアからの通信に、ミハイルはライフルを窓から突き出すことで応えた。
「なら、真後ろから狙ってやるぜ!」
ミハイルは運転手に向かって、
「奴のカマを掘らないように気をつけろよ! 車間距離は20mだ! かなりキツイが、族相手に百戦錬磨の警察官なら出来るだろ! 期待してるぞ!」
「はい、期待しててください!」
警官とミハイルは互いにニッと笑みを浮かべる。蛇行する敵に接近。ミハイルは窓から身を乗り出し、ライフルを構えた。
同時に上空から紫亞が、パトカーから源一とエルレーンが、それぞれ束縛のための術を使う。源一、エルレーンは相手を捕らえることが出来なかったが、紫亞の呼びだした無数の腕の一つが敵を捕らえた。敵の蛇行がわずかにおさまる。
その瞬間を、ミハイルは逃さなかった。
マズルフラッシュ。弾丸が左後方の管を打ち抜いた。ガタンと敵の速度が落ちる。
その一瞬後には、上空のアリシアもトリガーに指をかけていた。ミハイルの攻撃が左後方に当たったことを見るなり、攻撃目標を右後方の管に変更。ロングレンジショット、威力行使。弾丸が右後方の管を打ち抜き、敵の身体が後ろに傾いた。アスファルトと擦れた部分から血が噴き出し、肉片が舞う。
「源一、用意はいいか!」
「とーぜんで御座る!」
パトカーの屋根の上に移動した源一が叫ぶ。万が一、敵内部に要救助者が居た場合を考慮し、スピードが落ちた時点で源一が飛び移ることになっていた。
「さあ、身軽な自分の出番で御座る! あい・きゃん・ふらーい!」
パトカーが敵の真横に付ける。タイミングを見計らい、源一は敵に飛び移った。……が。
「うわわ! 落ちる! 落ちるで御座る!」
ヌルッとした表面に足を滑らせる。慌てて源一は用意していた鉤爪付きのロープを放った。
しかし、それがまずかった。
見た目が車に似ているものの、このディアボロは肉を持った悪魔だ。そして悪魔には、透過能力を無効化するものでなければ触れることが出来ない。
「し、しまったで御座るぅ!」
鉤爪がディアボロの身体をすり抜ける。まずい、このままでは落ちる! 源一はとっさにロープを投げ捨てると、両手を伸ばし、ディアボロの屋根に必死にしがみついた。
とたんに、ディアボロが先ほど以上の蛇行運転を開始する。まるで痛みに身をよじるように、あるいは源一を振り落とすかのように。源一は振り落とされないよう、しがみつくしかない。
「っ! まずいわ!」
その様子を上空のヘリから見ていた紫亞は、慌てて準備していた火の玉を消し去った。メチャクチャな蛇行運転をする敵ディアボロと、その屋根にしがみつく源一。一歩間違えれば、源一に攻撃が当たってしまう位置関係だ。
かといって飛び降りれば――怪我どころではすまない。
「マジか……!」
パトカーを退避させつつ、ミハイルは呻いた。
●タイムリミットまで――あと2分
(まずいで御座る、まずいで御座る、まずいで御座る!)
ディアボロの屋根にしがみつきながら、源一は顔を真っ青にしていた。自分のせいで、味方が攻撃できない。源一は責任を感じざるを得なかった。
「こうなったら……飛び降りるしか……」
中に救助者が居ないことは確認している。飛び降りても問題はないが――
「っ!」
猛スピードで流れるアスファルト。源一の身を恐怖が縛り付ける。受け身をとったところで、怪我ですむかどうか。万が一、防音壁にでもぶつかれば命はない。
しかし、それでも――
「仲間に迷惑をかけるのだけは、嫌で御座るよおおおおおっ!」
屋根から手を離そうとした、その瞬間だった。
「貴方の相手は、このエルレーン・バルハザードだよっ!」
ふいに響く声。同時に、ディアボロの蛇行運転が収まる。
源一は正面を見るなり、思わず目を見開いた。なんと、エルレーンの運転するパトカーが、ディアボロの真っ正面に躍り出ていたのだった。前を走る車を狙うというディアボロの習性を利用し、さらにスキルまで使って敵の目を引きつけているのだ。
「こっ……怖いけど! 仲間が傷つくのは、もっと怖いんだよっ!」
エルレーンは窓から身を乗り出し、叫んだ。
「今だよっ!」
「源一、跳べ!」
見れば、併走するパトカーの屋根の上でミハイルが腕を広げていた。
「うおおおおで御座るうううっ!」
仲間の想いが源一を動かす。源一は立ち上がると、屋根を思い切り蹴り飛ばした。小柄な身体が宙を舞う。それと同時にエルレーンも退避。
そして一瞬後、ミハイルの腕がしっかりと源一を受けとめた。
「要救助者、無しで御座るよっ!」
「よくやった、源一! 聞いたな、ヘリ組!」
「もちろんよ! アリシアさん!」
紫亞の声に、アリシアは声を張り上げた。
「了解した! さあ、撃ちまくるぞ! ウーラァァァ!」
追跡組、総攻撃。アリシアのライフルが、紫亞の火球が、ミハイルの銃が、それぞれ火を噴く。源一とエルレーンの影縛りがそれをサポートする。
そしてついに――バリケードが、見えた。
「敵の速度、かなり遅くなっています!」
光の翼で飛びつつ、イリンが叫んだ。敵の走行速度、約40キロ。撃退士であればギリギリ併走可能な速度だ。
バリケード組が一斉に飛び出した。阻霊符、展開。もはやここまで来ればバリケードなどは必要ない。
追跡組の銃撃の切れ間を狙い、さやかが光の翼による急降下攻撃を敢行した。双剣をかざす。狙うはただ1つ――その単眼だ。
「やああっ!」
ギャアアアア!
敵の悲鳴。まるでクラクションから響くかのようだ。さやかはすばやく退避。入れ替わるように、念のために庇護の翼を準備していたイリンも攻撃に移る。翼を背負い、輝く大太刀を構えた姿は美しいが、狙う場所はえげつなかった。仲間が抉った部分を容赦なく斬りつけてゆく。
響くディアボロの悲鳴。しかし驚くべきは、それでもなお走ろうとしていることだった。すでに全身のほとんどは抉れ、目は潰れているというのに、それでも走り続けようとする。
だが、それももう終わりだった。
「あなたが何者なのかは知らないわ。けれど、私のやることは変わらない」
イシュタルが呟く。自分のすべきことは、この悪魔を止める。それだけだ。
アウルの力によって編み込まれた網が、イシュタルの正面に展開された。四枚の羽を羽ばたかせ、イシュタルは虚空を駆け抜ける。そしてそのまま彼女は悪魔の正面に躍り出ると、光る網と握りしめた双剣をもって――
その巨体を、受けとめた。
少女に受けとめられ、見る間に減速してゆくディアボロ。それでも前に進もうとするが、しかしイシュタルはひるまない。あたかも無理をする幼子を抱き留めるかのように、少女は悪魔を受けとめる。
そしてもはや歩く速度ほどになってしまったディアボロに対し――
「喰らいなさいっ!」
滑るように、ゆいかが真横から踏み込んだ。バリケード組の中で最も高い攻撃力を誇る阿修羅の剣は、誰にも増して鋭い。持ち手の身長を遙かに超える大剣を下段に構え、わずかに身を捻ったかと思うと……
――砥上流剣戟術酉乃型・八咫烏。
振り抜かれた大剣が、敵を横転させた。
まもなくして、総攻撃によってディアボロは殲滅される。こうして、高速道路バイパスを舞台とした撃退士と警官たちによる作戦――『高速道路バイパス封鎖作戦』は、無事に完了したのだった。
●エンディング
「こ、怖かったで御座るうううううううっ!」
泣きべそをかきながら、源一がミハイルに抱きつく。ミハイルは苦笑いを浮かべつつ、
「子供をあやすなんて、俺のキャラじゃねえんだけどな」
「でも、ほんとに良かったんだよぉ」
微妙にもらい泣きをしているのはエルレーンだ。
元天使のイリンやイシュタル、さやかはその様子に笑みを浮かべ、夕姫やゆいかは互いの武器を掲げて労をねぎらう。紫亞もまた、珍しく穏やかな表情だ。
そしてアリシアはというと、
「任務完了だな」
そこでふと、アリシアはあることに気付いた。口の端に笑みを浮かべつつ、仲間たちに向かって、
「皆、見てみろ」
撃退士たちは振り返る。いつの間にか、ヘリのパイロットや交通機動隊の警官たちが、一列に整列してこちらを見つめていた。
一同を代表し、ヘリパイロットが前に出ると、
「あなたがたのおかげで、市民の安全と財産が守れました。感謝します」
そしてパイロットは、声を張り上げた。
「総員、敬礼!」
警官たちが、一糸乱れぬ敬礼をする。アリシアやさやかはそれぞれの答礼を返し、夕姫やゆいか、エルレーンもまたぎこちなく敬礼。天使組と紫亞は微笑を浮かべ、ミハイルはやれやれと頭をふる。
そして源一はミハイルの腕から飛び降りると、
「敬礼で御座る!」
泣き笑いを浮かべながら、様にならない敬礼をした。