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マスター:扇風気 周
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/12


みんなの思い出



オープニング

 副題:がんばれひなっしー




 少し前のことから語る。
 研究所攻防での出来事だ。


 戦いの最中、功を焦った従士ロベル=リヴルは撃退士との戦いで負傷し、撤退した。
 朱雀に回収されて陣営に戻った直後の話である。

「えらく立派になって帰ってきたものだな、ロベル」

 リネリアの応急処置を受けたロベルは騎士団長オグンへの報告に挑んでいた。
 片翼と片目を負傷した状態だ。
 血の気の失せた青い顔を下向かせて、汗を垂らしている。
 同行したリネリアも震え上がっていた。

「戦いを知ったか?」

 オグンに問われたロベルの目に、凄絶な色が宿る。
 そして顔を上げた。
 言語では形容し難いまでの激情だった。

(ほぅ)

 オグンは、少し考えた後に口を開く。

「リネリア、お前に全部任せる。好きにしろ」
「は、はいっ! ……て、え、ええぇ?」

 ある意味、キツイお咎めを喰らうよりも判断に困る対応だった。
 焦るリネリアには構わず、オグンはさっさと二人を下がらせた。

(毅然と叱れぬようでは、従士に抜かれかねんぞ?)


 報告を済ませたロベルは傷の治療のため、ゲートに戻ることになった。
 顔の半分を包帯で隠したロベルは、大鷲のサーバントの背中に乗っている。

「……で、俺はどうなるんです」

 出発前に、見送りに来ていたリネリアに尋ねる。

「えっ!? え、えーと……」

 実を言うと、リネリアはロベルと接するのが苦手だった。
 性根が「三下」な彼女は、部下に対してどう接すればいいのかよくわかっていない。
 ……誰も見ていないことを確認してから、ロベルは発言する。

「いいから、さっさと言えよ」
「な、何をっすか?」
「勝手に行動して恥を晒したんだ! さっさと従士を解任しやがれ!」

 リネリアは目を丸くして言葉を失う。

「こんなバカ野郎を宛がわれてあんたも大変だな! 帰って来なかった方が良かったろうさ!!」
「そんなわけないじゃないっすか――っっっ!!!!」

 今度は、ロベルが黙る番だった。

「弱いなら強くなればいいじゃないっすか! やり直せばいいじゃないっすか!!」

 ロベルは、リネリアが怒鳴るところを初めて見た。

「生きて帰ってこれない子たちも、いたのに……」

 涙を流すところも、初めて見た。

「……早く、怪我を治して戻ってくるっすよ……話は、それからっす」


 ゲートへ向かう空路の途中、サーバントの背に乗るロベルは負傷した右目を押さえる。
 包帯の下で滲む涙が傷口にしみて、痛くて痛くてしょうがなかった。
 戦場での失態を恥じると同時に、もう一つ思うことが増えていた。

「――怒ることも、あるんだな」

 空が青い。
 オグンが考える方向とは別のルートで、リネリアは部下の心を掴もうとしていた。


 ――の、はずなのだが。

「ぐあああ! 部下の前で泣くとかぁぁぁ……やっちまったっすよぉお!」

 誰もいない部屋でリネリアは人知れず、一人でばたんばたんと悶え苦しんでいた。


 そして現在。
 従士ロベル=リヴルは、リネリアのもとに戻ってきている。
 傷は癒したが、片目と翼の傷痕はそのままにしてある。

 治そうと思えば治せるが、戒めのために、とロベルはリネリアに説明した。

「う、うぅん……い、痛そうっす……で、でも部下の意思を尊重するっす!」

 あと、とリネリアは続けた。

「次は負けないよう、一緒に強くなるっすよ!」

 その場で前回の失態を謝るつもりだったが、笑顔が眩しくて謝れなかった。


 どうにかして謝らないと――と思いつつ日々は過ぎた。
 今日こそは、と意を決して部屋を訪ねると――

(……うぇえ!?)

 そこには装束を手にした、着替え中のリネリアがいた。
 普段見ることのない白い肌が瑞々しい。細身だが、出るところも出てる。

(って、まてまて)

 ていうかなんだこれ。ラッキーじゃねーぞ不運だろこれなんだこれ、大声でもあげられたらもう片方の羽根ももがれてボコボコにされるんじゃねーか。あの人とかあの人とかに。
 どう言い訳すべきか、とか思っていると、

「……見たっすね」

 リネリアが低い声で咎めてきた。

「部屋に入るときはノックするように、って何度も言ってるじゃないっすか!」

 あ、裸よりそっち?

「……あぁ、それはわるぅございました」

 眼帯をしている方の顔をリネリアに向けつつ、片目で、できるだけリネリアの顔だけ見るよう努める。
 でもそこは男の性、ちらりとついつい、顔以外にも目がいって――

「って、そうじゃねぇよ! あの痣――」

 確かに見えた。綺麗な肌に似合わない、負傷の痕。

「んじゃ、サーバントの調整してから行かなきゃいけないっすから、これで失礼するっすよ」
「あ、おい!! 待てよ!」

 慌てて追いすがる。
 その途中、リネリアは振り返らずに言ってきた。

「見逃してくれたら初陣のチョンボは不問にするっす! その代わり、誰かに言ったら承知しないっすからね!!」

 ……いやいや、それを今ここで出すのは卑怯だろ。
 思いつつも、ロベルは足を止めた。

(あー……しょうがねぇなぁ……)

 あれでいて、ロベルの上司は頑固だ。もう何を言っても止まるまい。

(……でも、見逃したあとに追いかけるのは別問題だろ)

 ロベルは準備を整えて、単独で飛び出していったリネリアを追う。

「っしゃ、いくぜ!」

 リネリアから借り受けている青龍に騎乗して援護に向かう。
 片翼を失って長時間の飛行ができないロベルからすれば、頼りになる相棒だ。

 その相棒が、がーっ、と鳴いて尋ねる。
 どの方角に? と。

「あ。」

 リネリアがどこへ行くつもりなのか、ロベルは知らなかった。


 ――死にもの狂いで探し当てた。
 主に、青龍が。

「……っつっても、助けなくてもいいくらい大暴れしてやがんなぁ」

 三下な性格でも、実力は相当なモノだ。

「となると、手出ししない方が無難かね。わざわざ怒らせることも――ん?」

 ふと遠くに目を向ければ、リネリアに迫ろうとしている一団が見える。

「新手の撃退士、だな」

 おそらく増援だろう。
 いくらリネリアが強いといっても、全部を相手取るのは少し厳しいはずだ。

「――びびるなよ、俺」

 初陣での失態がかすかに頭をよぎる。
 だが、いつかは乗り切らないといけない場面だ。

「行くぜオラぁッ!」

 気迫のこもった掛け声に青龍が応じる。
 増援の眼前に急降下して、なおかつ途中で青龍の背中から飛び降りる。

 着地と同時に槍を大きく振り払い、撃退士たちを威嚇する。
 常時飛ぶことが叶わなくとも、この槍がある。
 片目がなくとも、代わりに冴えを増した耳と勘がある。

 ――目の前の撃退士は精鋭というほどでもない。
 ――こいつら相手なら切り札を隠したまま、戦えるはずだ。

「来やがれ! てめーら程度なら片目で十分だ!」

 負けを知り、這い上がってきた天使はここで羽ばたくか。
 それとも再び地に堕ちるか。
 正念場である。


「――というわけで、騎士団の連中が暴れています」

 久遠ヶ原の斡旋所で、狩谷つむじ(jz0253)が撃退士に説明する。

「国家撃退士の方々がリネリアと戦っているひとたちの応援に向かいましたが、ロベル=リヴルと上位型サーバントに妨害されています。ロベルを退けるべく、力を貸してほしいそうです」

 言うまでもなく強敵だ。

「危険な任務です……」

 それでも行くと言うのならば。

「これを渡しておきます。必ず、あなたの手で返しに来てくださいね」

 お守りを手渡された撃退士は、静かに頷いた。


リプレイ本文

 腐敗の効果を伴った黒い雨が降りしきる中、上空に龍が飛んでいた。

「ロン、派手にやれェ!」

 ロベルに命じられた青龍は、咆哮と共に魔法攻撃を放つ。
 地上から悲鳴が上がり、流れた血は雨で腐る。
 三度目の突撃が失敗して、撃退士たちは下がり始めた。

(いや、違うな)

 青龍の背中に立つロベルは、即座に考えを改めた。

「退却を。急いで」

 蓮城 真緋呂(jb6120)が地上で淡々と指示を飛ばしていた。
 その瞳は、光纏発動時の緋色に変わっている。

 誘導を手伝う新井司(ja6034)もまた、光纏時は全身と瞳を燃えるように輝かせる。
 蓮城と新井は、揃って上空を見た。

 アレは私たちがやる、と言外に語っていた。

「ロン、少し降りろ」

 青龍が高度を下げる。
 新井が、一歩前に出た。

「はじめまして。虫と見下ろすヒトに名乗る気があるなら、名乗ってもらえる?」
「ロベル=リヴル」
「ありがとう。私は新井司。今はただの――英雄志願者」
「虫如きが英雄を目指すか。と吼えてェとこだが、知ってる顔もありやがる」

 ロベルは新井の背後に片目を凝らす。

「こないだの槍野郎……刺された分は倍返しにしてやる!!」

 獅堂 武(jb0906)が後ろ髪の、赤い結び紐を締め直す。

「あら。前に見逃した弱虫さんじゃない。ん〜、リネリアちゃんを解体しにいかなきゃいけないから今回も見逃してあげるわ。それとも今度は左目を潰して欲しい?」

 口調は軽いが、雨野 挫斬(ja0919)もリボンで髪を結い、臨戦態勢に入っている。

「やってみやがれ。仮に潰されても負けねェよ。――飛べなくなってもな」

 ロベルは雨野から、自身の片翼を砕いた戸蔵 悠市(jb5251)に視線を移す。

「挑発の台詞は油断でも慢心でもなく己を奮い立たせるため、か。……それもまた面白いと感じるあたり、かなり俺も毒されているな」

 戸蔵が、眼鏡のレンズを光らせながらスレイプニルを召喚する。

「彼が……なるほどね」

 ノスト・クローバー(jb7527)は、ロベルと初めて対峙する。
 敗走時の様子は聞いているが、油断はない。
 負けを知った者は手強くなる。むしろ警戒すべきだ、と気を引き締めていた。

(……敗北で得るもの、か)

 最近、同じように敗北を知った蓮城は密かに思う。
 自分は何を得ただろう。答えはまだ見えないが、護りたいものがあるのは確かだった。おそらく、ロベルも。
 今は、全力を尽くす。

「ロン、飛べ!!」

 ロベルの命令で、青龍が再び空を舞う。
 さらに強く、雨が降り始めた。


 青龍が上昇する寸前、雨野は前方へ駆け出し、跳躍していた。
 青龍には届かなかったが、宙返りの後に放った飛び蹴りが着地点を派手に抉る。

 青龍の目が逸れた瞬間、千葉 真一(ja0070)は光纏を顕現させた。

「変身っ!」

 ヒーローの証である赤いマフラーが、風にはためく。

「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」

 続けて、千葉のヒヒイロカネがライフルに変じる。
 まずは、敵を空から引きずりおろす。

「ゴウライブラスト!」

 青龍の翼に狙いをつけて、弾丸を穿つ。
 蓮城は弓を、獅堂はショットガンを構えて、同様に攻撃を放った。
 命中ダウンを狙った目潰しの矢は外れたが、青龍の怒りを誘う。

「ロン、焦るな! 空にいれば俺たちは負けねェ!」

 青龍が移動すると、雨が降る範囲も移る。

「あの雨には濡れたくないね……」

 範囲ギリギリを移動しつつ、ノストも魔法書の遠距離攻撃を続ける。
 雨野が青龍の攻撃を集めて、他の撃退士は巻き込まれないように方々から攻撃。それが撃退士の作戦のようだ。

(置き撃ちの弾にロンが多少引っ掛かってるが、俺たちの優位は変わらねェ)

 だからこそ、ロベルは次の一手を警戒する。
 その予想通り、ノストが動いた。

「飛ぶのはあまり得意じゃないんだけどね」

 闇の翼が、音もなく開く。
 ノストは助走をつけてから軽やかに地面を蹴り、階段を数段飛ばしで駆け上がるように上昇していく。
 加速するごとに、一度に跳び上がる距離が伸びていった。

「来たな!」
「リヴル君、はじめまして。君らの邪魔を、俺達も邪魔させてもらうよ」

 青龍の上を取ったノストが、魔法書で真空の刃を放つ。

「ロン、避けろ! 高度は下げるな!」

 青龍が身体を巻くようにくねらせる。
 その、青龍に並ぶ竜の影が一つ。
 戸蔵のスレイプニルだ。

「噛み砕け」

 地上で戸蔵が呟いた瞬間、スレイプニルが青龍の翼に接近する。

「させっかよ!」

 片翼の身ながら、ロベルが滑空してスレイプニルに接近した。
 しかしスレイプニルは、すぅ――っと離れていく。

(その手には乗らねェ。俺をロンから引き離すのが目的だろ?)

 ロベルが青龍の背中に戻ると、再び地上から轟音が響いた。
 雨野が、飛び蹴りで地面を抉る音だった。

「キャハハ! 相変わらず弱虫ねぇ〜! そんなに戦いが怖い?」

 安い挑発だ、とロベルは鼻で笑う。
 このまま撃退士の息切れを待って、一人ずつ上から踏み潰せばいい。

「……で、あいつが叫ぶ隙に攻撃、だろ?」

 頭上から飛んできたノストの魔法攻撃を、ロベルが槍で薙ぎ払う。
 さらに抜け目なくスレイプニルの動向にも気を配る。
 竜の姿を視界に入れて嘲笑した瞬間、視界がズン! と斜めに揺れた。

「なっ!?」

 青龍の身体が傾き、高度が下がる。
 振り返ると、青龍の片翼が何かに束縛されていた。

 蜃気楼で潜行したエルネスタ・ミルドレッド(jb6035)の行動だが、ロベルにはその姿が見えない。
 油断ではなく、経験不足ゆえの穴だった。

「余所見の暇があるのか?」

 スレイプニルがロベルに肉薄していた。
 渾身の力を込めた尻尾ビンタが、ロベルを青龍の背中から弾き飛ばす。

「くそ!」

 ロベルが空中で体勢を立て直し、飛行の姿勢を取る。
 ノストが、青龍との間に割り込んできた。

「どこ行くんだい、相手はこっちだろう?」
「虫がァ!」

 魔法攻撃に備えながら、ロベルが距離を詰める。
 真空の刃は飛んでこない。代わりに、アウルを迸らせた本の角がぶん回された。
 予期せぬ攻撃に、ロベルは「うおっ」とのけぞる。

「手荒く扱わさせないでくれよ……魔具とはいえ気が進まない」
「だ、だったらやるなよ! って、やべェ!?」

 言っている間に青龍の高度がぐんぐん落ちていた。
 これで撃退士の選択肢が増える。
 蓮城がアウルの鞭で翼の拘束に参加して、獅堂は炎陣球を撃ち込んだ。
 さらに「待ってました!」と、大剣を担いだ雨野が青龍の背中に飛び乗っていく。

「くっ!」

 急降下でノストを振り切ったロベルを、今度は千葉の弾幕が妨害する。

「貴様の相手は俺たちだ!」
「邪魔だ!」

 低空飛行に切り替えて強引に突破を図るも、ロベルは黄金のアウルで武装した千葉を抜けない。
 その間に新井にも接近を許し、衝撃波を放たれる。
 身を捩ってかわしたとき、忍び寄っていたスレイプニルに片翼を噛まれた。

「前回と同じ技だ。ただ当てに行ったのでは避けられるだろうから、工夫したぞ」

 落下中、ロベルは一瞬だけ諦めた。
 心折れた瞬間があった。

 彼を現実に引き戻したのは、青龍の咆哮だ。
 自身にトドメを刺そうとしていた千葉に青龍の攻撃が命中した瞬間、ロベルは己を恥じた。

 傷付いた片翼を無理やり広げ、残り飛行回数を全てつぎ込み、限界を超えた速度で青龍に突っ込む。

 動線に割り込もうとした新井が置き去りにされるほどの速度だった。

「危ない!」

 新井の叫びで、青龍に張り付いていた撃退士たちが飛び退く。
 直後、寸前まで彼らがいた場所が槍に襲われた。
 全ての攻撃が同時に行われたと錯覚させるような、神速の一撃だった。

「……今回はもう飛べねェな」

 着地後、ロベルの翼から羽根がごっそりと抜け落ちる。限界を超えた代償だった。

「回復や技の選択が必要なら今のうちに済ませろ。その上で、てめぇらを踏み潰す」

 なけなしの騎士道精神が二割、強がりが八割の発言だった。
 負傷した青龍を背にしながら、ロベルが吼える。

「借りた翼を守れねェほど落ちぶれちゃいねェ!!」

 ――決意の眼光を受けて、撃退士たちは何を思う?

(……話に聞いていたのとは雰囲気が違うみたいだけれど……化けたかしらね。まあ何にせよ、気を抜く理由はないけれど)

 新井は吐息一つを挟んで、武器を構えた。


「手負いは厄介か……良くあるパターンではあるけどな」

 獅堂から回復を受けて、千葉も前に出る。
 敗北を知ってなお戦いの場に立つ意気は尊敬に値するが、応援を待つ仲間のため、彼らも負けられなかった。

「私の全力で、護るべきものを護る……今度こそ」

 呟いた蓮城も唇を引き結び、大剣の切っ先を向ける。

「逃げないなら今度こそ解体してあげる! キャハハ!」

 雨野が笑っている間に、ノストと戸蔵も準備を済ませた。

「あと、そこに姿を隠してる奴がいやがるな。出て来いよ」

 ロベルが顔を横向ける。
 すると、エルネスタが蜃気楼を解いて素直に姿を現した。

 一方、ロベルは眼帯を額にずらし、潰れた右目を露出させる。

「来やがれ、『撃退士』!!」


 雨は止んでいる。
 戦いは、続いている。

「ゴウライ、ナッコォ! ゴウライキィィック!」

 千葉の拳を、蹴りを、ロベルは回避できない。
 反撃で押し返すのがやっとだ。

「さすがに一人で出てくるだけはあるな!」

 戸蔵のストレイシオンで防御力を上げている分、千葉には余裕がある。ロベルにはない。

(っ、また、読まれた)

 ロベルの動きを先読みして放った蓮城のワイヤーが命中する。
 アウルの雷を伴う攻撃だ。麻痺や気絶には耐性を持つが、ダメージは蓄積する。

 槍が届く位置に獅堂がいるが、何度かくらったカウンターのせいでロベルは強く踏み込めない。

「そろそろきついんじゃない?」

 またこいつか、とロベルは新井に舌打ちした。
 片目のロベルは、耳と勘を頼りに戦う。
 それを看破してか、新井は毎回動き方を微妙に変えてきた。
 癖を盗まれているのか、新井と斬り合うたびに他の撃退士の攻撃精度、回避精度が上昇していく。

 獅堂から反撃を受けたのも、エルネスタに攻撃が当たらなくなったのも、蓮城に攻撃が当たらなくなったのも、全部新井と斬り合ってからだ。

 加えて、ノストや戸蔵の遠距離攻撃もある。
 リネリア戦を視野に入れて全力を出していないが、雨野も手強い。
 本当に、息をつく暇がなかった。

「ゴウライクロス!」

 千葉の朱華布槍が、ロベルの両足を縛り付ける。

「雑魚扱いしてんじゃねェ!」

 槍を足下に向けて全力で振るい、束縛を断ち切る。

「その槍捌き、良いわね。虫けらと戯れるのも退屈でしょうけれど、もう少し付き合ってちょうだい」

 言いながら、エルネスタが間合いに踏み込んでくる。
 蠍を模した紋章を浮かび上がらせる左目は終始、ロベルの一挙手一投足を観察している。

「強くなりたいのよ。武芸に秀でた者の動きは何でもほしい。……敵でも、味方でも」

 ――すると何か。練習台か? 俺は。
 称賛を浴びたロベルは屈辱を感じて、覚悟を決める。

「だったら、こいつも見ていけよ」

 代価は、命だ。


「捉えた――と思ったんだがな」

 ロベルが、気絶したエルネスタを見て舌打ちする。

「目を開いた瞬間、攻撃を止めて一歩下がりやがった。……バレてたか?」

 両目を開いたロベルが周囲を見回す――その前に、蓮城が肉薄していた。
 ロベルの切り札を正確に把握すべく、大剣での受け防御で備えながら飛び込み――

「遅ェ!」

 あわよくば攻撃を、と動いた瞬間に槍の穂先が飛んできた。
 攻撃の出所を完全に見切られた上でのカウンターだった。

「それがお前の切り札か」

 轟ッ、と千葉を中心に風が起こった。
 補正なしにロベルの回避を上回っていた千葉が、気合いと覚悟と全力を込めて真っ向から勝負を挑む。

「ゴウライ、流星閃光パァァァンチ!!」

 紫焔を纏った拳が風を裂き、視界を灼いた。
 ロベルと交錯した後、千葉は止まりきれずに反転しながら地面を滑る。
 千葉は、腹に刺傷を負っていた。

「……今の彼を本で叩くのは、さすがに無理かなぁ」

 呟いたノストが戸蔵と共に遠距離から牽制を放つが、当たらない。
 カウンターに回避の上昇――だけではない。

「どうした? また見切ってみろよ」

 ロベルに接近された新井が必死に応戦している。
 さっきよりもロベルの動きが鋭く、無駄がない。

「……戦闘能力を上げる効果もあるけど、長時間は続かないんでしょう?」
「まぁな。……だが、その前にてめぇら全員を潰せば関係ねェ!」

 事実、ロベルは新井の防御重視の立ち回りを突破しつつあった。

「だったら近距離まで突っ込んで、範囲攻撃と行こうかね!」

 獅堂が援護に走る。

「突っ込んでくる時点で詰みなんだよ間抜けがァ!」

 技が発動する直前、ロベルは槍の穂先を獅堂の腹にねじ込んだ。
 血を吐いた獅堂はニヤリと笑い、槍を腕で押さえ込んだ。
 ロベルが、全身を粟立たせる。

「こないだのも合わせて倍返しだ!!」

 招来した複数の剣が、ロベルを切り刻む。
 決死の覚悟が、奥の手を使ったロベルに初めて傷を付ける。

(この覚悟が、一番怖ェ……っ)

 負傷はしたが、獅堂は重体に追い込んだ。
 だが、まだ終わらない。

「アハハ!」

 覚悟よりも恐ろしい狂気<トラウマ>が、そこに。

「強くなったみたいね! なら本気で解体してあげる!」

 ロベルは、半ば条件反射で雨野に槍を突き刺した。
 刹那、彼女は悦楽と共に濃紅色の光纏を燃やし、『死活』を発動させる。

「キャハハ!!」
「うおおぉぉ!!」

 攻撃のみに専念した雨野を、ロベルが遮二無二押し返す。
 限界まで目を見開き、苛烈さを増していく攻撃の分だけ反撃するが、雨野は下がらない。

 まもなく、ロベルの視界の右半分が陰った。眼球の毛細血管が破裂するのを感じた。
 返せるのは良くてあと二撃か。

(……負けるのか)

 目の前には雨野の、死の色をした鮮やかな光纏。

「ざ、けんな」

 ロベルは、自ら右目を閉じた。

「てめぇらに出来て俺に出来ねェわけがあるか!!」




 攻撃が届いた瞬間、殺った、と雨野は直感した。
 同時に、盗られた、とも感じた。

「……それ、私の?」

 武器を互いに突き刺した状態で見つめ合う。
 ロベルの左目が血の色に変わっていた。
 覚悟が痛みを忘却させる――撃退士が『死活』と呼ぶ技に違いなかった。



 しかし青龍が咆哮すると、ロベルは驚愕した後、苦渋の表情で雨野から距離を取った。

「逃げるの?」

 青龍の背中に立ったロベルは、吐息する。

「この場にいたらたぶん、止められるからな」

 リネリアの意志を代弁した青龍が翼を広げる。

「あばよ」

 ――帰り道、重体のロベルは青龍の背中で崩れ落ちた。


 ロベルと青龍が去った道を、大勢の撃退士たちが進む。

「お見事でした!」

 狩谷つむじ(jz0253)の声が、通信機から響く。

「リネリアとはまだ戦闘中のようです。吉報を待ちましょう!」

 討伐なるか、ギリギリのところである。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 天拳絶闘ゴウライガ・千葉 真一(ja0070)
 高松紘輝の監視者(終身)・雨野 挫斬(ja0919)
 桜花絢爛・獅堂 武(jb0906)
重体: 高松紘輝の監視者(終身)・雨野 挫斬(ja0919)
   <死活使用後のリバウンドのため。>という理由により『重体』となる
 桜花絢爛・獅堂 武(jb0906)
   <ロベルに槍で刺されたため。>という理由により『重体』となる
面白かった!:7人

天拳絶闘ゴウライガ・
千葉 真一(ja0070)

大学部4年3組 男 阿修羅
高松紘輝の監視者(終身)・
雨野 挫斬(ja0919)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
新井司(ja6034)

大学部4年282組 女 アカシックレコーダー:タイプA
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー
燐光の紅・
エルネスタ・ミルドレッド(jb6035)

大学部5年235組 女 アカシックレコーダー:タイプB
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
【名無輝】輝風の送り手・
ノスト・クローバー(jb7527)

大学部7年299組 男 アカシックレコーダー:タイプB