大人になった俺は思う。
「これじゃ困るよ。もう入社三年目だろ?」
『ねぇ、結婚は?』
人生は面倒だ。
いいことはない。
ミミコと出会うまで、そう思っていた。
「いい調子だね。このまま存分に愛を注いであげてね」
出所が怪しくても関係ない。
「ご主人様、だぁい好き」
俺にとっては、かけがえのない救いなんだ。
●
「命を吸い取る猫耳フィギュアが暴れている。被害者は人形を愛している」
耳を疑いつつも急行した撃退士たちは、通報者によって現場へ案内された。
聞いた通りのアレな光景に、彼らは唖然とした。
「むぅ? 人間とサーバントの恋ですの……?」
ミリオール=アステローザ(
jb2746)は状況が飲み込めず、戸惑っている。
「むむー、両思いなら応援もやぶさかでは無いのですが……あーっ、魂を奪うのは駄目なのですワっ!」
見れば、ミミコが被害者から命を吸い上げていた。
地球の全てを欲するミリオールにとっては許しがたい行動だ。
楯清十郎(
ja2990)も、意図は違えど神妙な顔で呟く。
「危険な状況ですね。見た目はアレですけど……場所と時間を選んで投入されると、被害者を大量生産しかねないです」
うんうん、と同調するのはフェイン・ティアラ(
jb3994)だ。
「無事に助けてあげないとねー」
そうだね、とノスト・クローバー(
jb7527)も頷く。
「独り身ぼっちで厄介な出来事を起こした面倒で自業自得な人だけど、助けてあげないとね」
散々な言われようだった。
だが、夜空の下で猫耳ドールの名前を叫ぶ彼も彼だ。
「えっと、どうしよう……」
普段はクールな雫(
ja1894)が困惑していた。
酒井瑞樹(
ja0375)も同様だ。
話を聞いたときは「武士の心得ひとつ、武士は敵に偏見を持ってはならない」と思っていたのだが――
「フィギュアというが、どう見ても生きて動いているではないか……」
本音をこぼす瑞樹の横で、天道郁代(
ja1198)も人形を注視している。
「最近の人形って人間ぽいですわね」
眼鏡は掛けているのだが、感想は可愛らしくズレていた。
「しかしっ、魅了においては人間に一日の長があることを教えましょう!」
郁代が派手な音と風を立てて服を取り出す。
少々特殊な服だ。
通報した女撃退士が「あ、そうだ」と思い出す。
「被害者の情報を伝えないと」
彼女はヒゲ面の撃退士から請われて、被害者の自宅や最近の行動を調べ上げていた。
「自宅に特殊な性癖や濃いアキバ系文化の痕跡はなし。
でもベッドの下と本棚の後ろに二次、三次問わずR指定雑誌。
PC内の鍵付き隠しフォルダには画像と動画。……男って哀しいわね」
ひどい仕打ちである。
当の本人がこの場にいないのが、かけがえのない救い(パート2)だった。
「あと最近、取引先との接待でコスプレ系のお店に同伴しているわ。確かにその系の衣装は作戦の手助けになるかも」
被害者を誘惑してミミコから引き離す。分断している間に被害者に気付かれないよう、ミミコを討伐する。
そういう作戦だ。
「と、とりあえずこの服装に猫耳や尻尾は付けておこう」
瑞樹が準備を始める。
この手の趣向に明るくない彼女だが、雑誌情報に従って用意をしていた。
郁代と雫は持ち込んだ衣装に着替えるために移動する。
監視カメラがないか、郁代が調査済みの場所である。
着替えの最中、雫は小声で愚痴をこぼす。
「大人って……」
それ以上はだめ。ぜったい。
●
「小僧、生きてるか」
肩で息をしながらヒゲ面が金髪に尋ねた。
「おっさんこそ」
「あぁん? 俺ぁまだ半分しか力を、」
言い掛けた瞬間、二人は別々の方向へ飛び退いた。
「今日は特別にスタンプ沢山押しますね!」
顔に笑みを貼り付けた人形が銃弾をばら撒く。
ヒゲ面が撤退を考え始めたときに「まてまて〜!」と声が轟いた。
郁代の声だ。
「イイ男が人形や二次で満足してはいけませんわ! なんでも本物志向が一番のはずですわ!」
視線を一身に集め、後光と共に郁代が登場する。
普段の格好ではなかった。
「これでどうだ〜! ☆きゅん」
黒パンストと悩んだ末の、ナマ足ミニスカサンタだった。
アニメ声との重ね技である。
「……ハッ!? い、いやいやいや!」
生足の白さに見とれていた被害者が左右に強く首を振る。
「ミミコ、敵だ!」
「かしこまりました☆」
ミミコは五本の指先をパカッと割りつつ、狙いをつける。
「ああっっ、惜しい……っ!」
悔しがる郁代サンタの前に清十郎が走り出た。
盾が、銃弾の雨を弾く。
「攻撃はこちらで引き受けます。被害者を頼みます」
清十郎の余裕ある言動に被害者が舌打ちした。
「銃が効かないなら接近戦だ!」
「にゃん☆」
ミミコが清十郎に迫る。
人形と宿主に距離が生じた瞬間、ミリオールはさりげなく二人の間に入り込んだ。
仮にミミコが反転してきても耐えられるよう、斥的重力で防御を上げている。
フェインもミリオールの近くで銀樺(ティアマト幼体)を召喚していた。
「銀樺ー! クリスマスに寂しい人をちゃんと守るんだよー!」
ぐさっ、と被害者の心に何かが刺さる。
「援護するよ」
ノストがミリオールと清十郎に風の烙印を使用する。
被害者との引き離しが完全に成功するまでは守備重視だ。
「援軍か!」
窮地に陥っていたヒゲ面がノストに確認した。
「俺達に任せて退くんだ」
「おうっ、助かるぜー!」
ヒゲ面と金髪が素直に下がっていく。
「援軍? ……ううぅ」
被害者に焦りが見えた。
そこに「すみません」と声が掛かる。
雫だ。
否、雫にゃん(猫耳メイドver☆)だ。
「少し此方に来て頂けますか? ちょっと、個人的にお話したい事があるので」
友達汁を発動させつつ、ミミコの反対側から被害者を手招きする。
衣装も相まって、とても愛らしい仕草なのだが――
「は、話? ……説教だな! いやだぁあ! もう怒られるのは嫌だあ!」
駄々をこねた男(※エリート)がその場でぐるぐる両腕を回す。
雫の胸に「……どうしよう」と本日二度目の困惑が落ちる。
「ボクにまかせてーっ!」
事前に萌えを勉強してきたフェインが名乗りを上げた。
低身長を生かした上目遣いで、首を斜めに軽く傾げる。腰から回してきたふわふわ白犬尾をぎゅーっと抱き締めた。
「ご主人様がミミコばっかり構うから、フェイン、さみしいよぅー……」
ズギューン!!
大 正 義 降 臨
「あれ、こういうのじゃなかったっけー?」
被害者を含め、周囲が静かになってしまったのでフェインがさらに声を張る。
「一人が寂しいなら、終わったあと皆でパーティーすればいいよー! 楽しいよー?」
「……みんなで?」
「うんー!」
被害者の心が外に向き始めていた。
その瞬間、人形が目の色を変える。
「ご主人様、だ〜い好き☆」
フェイン目掛けて風が走る。
途中、ミリオールが割り込んだ。
万力の如き圧力で行われる抱き締め攻撃を、剣を支えにして必死に堪えるが、
「この、力は……っ」
庇護の翼でダメージを肩代わりしている清十郎の頬に汗が伝う。
劣勢を覆すべく、郁代が動いた。
「ふきとばしますわ!」
魔具から放たれた光の波が人形を突き出す。
「ミミコぉ!?」
「危険です! 離れて!」
雫が被害者を制しつつ、手を引いて距離を取る。
被害者の声から一呼吸分の愛を得たミミコは、両手を広げて再度前へ出た。
「だぁい好き☆」
その鋭い出足を、清十郎がワイヤーで阻害する。ミミコの身体に巻き付けた糸を引き絞り、彼女の移動を封じた。
そこにもう一度、郁代が光の波を命中させてミミコを被害者から遠ざける。
「今のうちに避難を!」
叫んだ清十郎が吹き飛んだミミコを追う。ミリオール、郁代も続いた。
「どうやら、あれが彼女の本性のようですよ」
大剣を取り出した雫が語る。
「貴方の前では猫を被っていたようですが、その中身は貴方を食い物にする獰猛な虎のようですね」
雫はメイド服のまま前線へ移動する。
「……。ミミコが普通じゃないことくらい、俺だって……」
被害者の顔が下向く。
そんな彼の肩をポンと叩く手が一つ。
ノストだった。
「ぼっちだからって人形に手を出すとは寂しいもんだね」
ぐさっ!
「ぼっちであろうとなかろうと、己の人生を楽しむのが大事だと何故わからないんだろうねぇ、駄目人間だからかな?」
ぐさぐさっ!
「「鬼だ」」
ヒゲ面と金髪の声が揃った。
「あぁ、本気じゃないよ? ツンデレとかツンドラとか最近の流行らしいし、その方向で行こうかなってね。
ところで、ヒゲ面君や金髪君はマニアックな誘惑対象にならないかな……」
「「ならん」」
ヒゲ面と金髪が笑顔でハモった。
他方、撃沈してしまった被害者の肩を叩く手が、また一つ。
猫耳付き・瑞樹にゃんの手だ。
「ご主人様よ、目先の色香で人生を棒に振ってはいけないのだ」
彼女は正面から、被害者の説得を試みる。
「真面目に生きていれば、きっと良い出会いが待っている。大切なのは、己に恥じぬ人生を歩む事なのだ」
「……俺にはもう、あいつしか」
「今のままだとご主人様が幸せでも、ミミコは使命に縛られたままでちっとも自由では無いのだ。
ミミコを解き放ってやれるのは、ご主人様の強い意志だけなのだぞ」
「俺の……?」
「そうだ。きっとミミコは、ご主人様の敵を倒すよう強いられている。
そのためにご主人様の命を吸い上げている。ご主人様が世界を敵視する限り、ご主人様は不幸になるのだ。
そんな関係は健全ではないだろう?」
格好は可愛いが、言っていることは真面目だった。
その誠意に、男の面持ちが変わっていく。
「でもあいつがいなくなったら、俺はまた一人に……」
発言の途中で、男はハッと顔を上げる。
「……ミミコ? ミミコ!」
彼は突然立ち上がり、走り出した。
「あ、待て!」
オリンピック級の走力を持つ撃退士を振り切って(!?)ご主人様は走り出す。
愛するミミコが、彼を呼んでいた。
●
ミミコは劣勢だった。
被害者の保護が完了して、撃退士たちが一気に攻勢に出たからだ。
「せめてあまり傷付けず倒したいところですが、そうも言ってられないかな」
清十郎がスフィアナイフに光を乗せて、ミミコに射出する。神輝掌の輝きだ。
続けて、郁代が銀のリングから撃ち出した光玉をぶつけていた。
駆け付けた雫も、闘気を存分に乗せた刃でミミコの頭部を薙ぎ払う。
片耳が欠けても、ミミコは笑っていた。
「ラブラブきゅんきゅん☆」
……祈りは届かない。
愛は偉大だが、空間と距離を埋められるほど万能ではない。
『操空の第二腕』の活性化を済ませたミリオールも攻撃に参加する。
掌から伸ばした触手で気体を集め、ミミコに叩き付けた。
追随する暴風がミミコの髪の毛を切り刻むが、ミミコはひるまない。
「ご主人様、だ〜い好き☆」
ミリオールとミミコの距離が詰まる。
「二度目はありませんワ!」
抱き締めに来た両腕の下へ潜り込み、『操空の第二腕』でミミコの顎を跳ね上げる。
花火のように、ミミコの衣装の切れ端が夜空に舞った。
「耳かきしますね!」
ドリルの回転音が響いても肉を裂く音は続かず、カウンターを受ける。
愛から遠ざかったミミコの運動性能は急激に劣化していた。
愛ゆえに強くなり、愛ゆえに弱くなるのがミミコの特性だった。
だからミミコは待つ。
連続攻撃を受けて地面に膝をついても、笑顔で待ち続ける。
「……ミミコぉぉ!!」
声が聞こえた。
ミミコの顔が上がる。
しかし眼前には、雫の刃。
限界を超えて放つ連続攻撃『荒死』が、ミミコの全身を容赦なく切り刻んだ。
だが主人が近付いた今、ミミコは立ち上がることが出来る。
「……やむなしか」
清十郎が懐に忍ばせておいた奥の手を放つ。
「これが本性です。破ァァ!!」
清十郎は味方にかからないよう、死霊粉をミミコにふりかけた。
可憐だった人形の姿が一瞬でゾンビの姿に変わる。
悲鳴を漏らした主人から愛が途絶え、ミミコも動きを止めた。
「とどめですワ!」
ミリオールが『操空の第二腕』を伸ばす。
紛れもなく必殺の一撃だった。
「だ、だめだァァ!」
死が約束された攻撃に、『ご主人様』がミミコを守るために飛び込んだ。
「な――っ!?」
ミリオールの攻撃中止も間に合わず、風が吹き荒れる。
瞬間、絶叫が響いた。
●
ご主人様をいじめるにゃー!
……と。
●
「みみこ……?」
粉塵が晴れる。
防御姿勢を取らずに主人を庇ったミミコがズタズタになっていた。
被害者を追って到着した他の撃退士たちも、絶句する他ない。
「ごしゅじ、んさま」
ミミコは笑顔だった。
たぶん、他の表情を持っていても彼女は笑顔を選んだ。
呆ける主人の身体に、ねじれた両腕を回して、
「だa、イ……sき」
力を、失った。
「――っっ!!」
もう一度、絶叫が響いた。
人形の頭を抱えて泣き叫ぶ主人の姿があまりに痛々しく、誰も動けない。
しばらくして彼は泣くのを止めた。
近くに落ちていたミミコの破片を拾い上げて、尖った切っ先を自身に向ける。
「それは無しですワっ!」
ミリオールが慌てて止めた。
「はなせえ!」
「げ、元気を出して欲しいにゃんですワっ☆」
ぴたっ、と主人の動きが止まった。
ちらりとミリオールを見る。
数秒後に、また泣き出してしまった。
「……ごめんなさいですの」
彼の背中を擦るミリオールの隣へ、瑞樹が歩み寄る。
「ミミコは天から貴方の幸せを祈っているに違いないのだ」
雫も加わる。
「彼女さんが居ないのは良縁に恵まれていないだけで、直ぐに見つかりますよ」
「無理だっ!」
鼻水を啜って、彼は吐き出す。
「会社の人も家族も俺をわかってくれないのに! 俺に微笑んでくれたのはミミコだけだった!!」
彼の、本音だ。
「俺はこんな気持ちでこれからどうやって一人で『一人じゃないよー!!』」
フェインが、今日一番の声を被せた。
「さっきも言ったけど、寂しいなら今からみんなでパーティーしよーっ?」
「……パーティー?」
「うんー! さっき、やりたそうだったよー」
フェインが無邪気に笑う。明るさに誘われて男がやっと顔を上げた。
彼の周囲で皆が、花びらのように並んでいる。
「まだ出会ったばかりだけど、みんないるんだよー?」
手が繋がる。
彼と、コスプレ女子を含む一行がカラオケボックスに突撃するまで、あと……
●
「あ、でもその前に被害者先生っ」
アニメ声で郁代が尋ねる。
「人形をくれた人の名前を教えてきゅん☆」
●
撃退士たちは移動前にガレージの中を調べたが、収穫はなかった。
正確には「あったけど取り逃がした」が正しい。
ミミコが奪っていた感情を運ぶコウモリが、とある場所へ向けて飛んでいた。
間一髪のところでガレージを脱出していたのだ。
「上質な寂しさだったのに、残念」
自室のPCで映像を見ていた男が笑っている。
彼の名は、ナナキ。
『名無しの鬼』を気取る男は、静かに嗤い続ける。