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マスター:扇風気 周
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/07


みんなの思い出



オープニング

 ……これは、失敗作だ。

 そのサーバントを見た天使は真っ先にそう思った。

 確かに速い。ものすごく速い。
 だが早い。あまりにも早すぎる。

(だが使いようによっては使える……のか、これは)

 ……考えても仕方あるまい。

 とりあえず解き放ってみることにした。

 脆弱な人間にとっては多少の恐怖にはなるだろう、と。

 特性が知れるまでのわずかな時間。
 流星の如く儚き一瞬だけの恐怖であっても、ないよりはマシだ。
 ……むしろそういう存在だからこそ、大きな恐怖になり得るかもしれない。


 場所はネオンが眩しい夜の、駅前の繁華街だ。
 多くの人が行き交い、居酒屋の客引きがしきりに叫ぶ雑多な大通りで事件は起こった。

「なんだてめぇ! 俺のダチに何しやがった!!」

 突然の大声に多くの通行人が足を止めた。
 見れば男が一人倒れていて、そいつの連れと思しき若い男が、マスクとサングラスを着けた二人組に食って掛かっている。
 コートを着込んだ怪しい二人組だった。

 目撃者は「最初はガラの悪い酔っ払い同士のケンカだと思った」と話している。

 ところが彼らはすぐにそれが間違いだったことを知る。

 食って掛かっていた男がいきなり上空へ吹き飛ばされた。
 同時に聞こえた打撃音はあまりに凶悪だった。
 それこそ金属バッドで思い切り頭をぶん殴ればああいう音がするのではないかと思うほどに耳に残る、本能が身体を震わせてしまうおぞましい音だった。

 殴り飛ばされたと思しき男は近くの居酒屋の看板を突き破り、姿が見えない。
 よく見れば、床に倒れている男の頭から血が流れていた。

「……き、きゃあああああああ!!!!」

 目の前の惨状に気がついてようやく女性の悲鳴が上がった。

 ――あとは結果だけを言う。

 現場に居合わせた民間人と駆けつけた警察官の約三十名近くがその場で殺された。
 男女問わず一方的になぶり殺された。

 運よく生き残った目撃者の男性は細い声で答える。

「……あれは天魔だよ」

 途中、マスクとサングラスが外れて顔が見えたらしい。

「黒いのっぺらぼうが大勢のひとを蹴り殺して殴り殺して、でも突然、立ち去ったんだ」

 目を伏せて、彼は続ける。

「短い時間だったけど、一生忘れられそうにない」


 事件発生から約二時間後の話である。

「応援の要請が来ています。……そうそう。例の、駅前の繁華街で暴れた天魔です」

 久遠ヶ原の女性職員はさっき仕入れてきた情報を撃退士に話していた。

「先発隊は戦闘不能で全滅。
 第二陣は奮闘したそうですが、残念ながら逃げられたそうで。
 ただでさえ強いのに逃げ足まで速いのは本当に厄介ですよねぇ」

 対戦した撃退士曰く、とにかく手がつけられないほど速いらしい。
 速さだけでなく攻撃力も高い。知らずに戦った先発隊はあっという間にやられた。
 だが速攻を警戒して奮闘した第二陣曰く、奴らが戦うのはおよそ1分、約50秒間のみとのこと。

「撃退士が瀕死だろうが、その時間になると決まって撤退するんですって。
 で、数分後に違う場所に出現する……その間、何しているんでしょうねぇ。
 再出現のたびに身体がちょっとずつ縮んでいるみたいですが……。
 ……あ、応援要請は第二陣からきてますよ。どうにか情報を得たものの消耗が激しいそうで。行きます?」


 時刻は、やはり夜。
 終電間近だが、本来なら繁華街の賑わいはここからだ。
 しかし今日に限っては人気がない。
 ネオンばかりがきらめいていて風の冷たい音色だけが耳につく。

 その寂しい街で息を潜めて座り込む影が二つ。
 建物と建物の間に伸びる小さな路地で、黒いのっぺらぼうたちは痛みに耐えていた。

 キシキシ、と。
 ギリギリ、と。
 身体の内側を引き裂くような鋭い痛みがサーバントたちを苦しめていた。
 傷んだ歯車を体内で無理やり回しているような感覚だった。

 指先からは黒い粉が零れ落ちていた。
 きらきらと――星から落ちる砂のようだった。

 二体のサーバントは寄り添い合って、指先からの流砂に顔を向けている。

 数分待つと流出は止まった。

 影は立ち上がる。
 そして思う。

 ……恐怖を。
 ……けっして忘れることのできない恐怖を。

 二つの影が無人の街をあとにする。
 サーバントが座っている場所には黒い砂の山が残っていた。
 砂山は渇いた風に吹かれて砂埃に混じり、誰の目にも留まることなく、どことも知れぬ場所へと飛んでいく。


「きゃああああああああああ!」

 新たな悲鳴は数キロ離れた隣駅の繁華街で上がった。
 恐怖を与える対象を求めて、のっぺらぼうたちが移動してきたのだ。
 最初に出現したときと同じく、多くの一般人が倒れている。
 
 だが死んではいない。
 被害者たちはかろうじて命を留めていた。
 しかしそれ故に現場は悲鳴と底知れない恐怖に満ちていた。

 時間が来た後、サーバントたちはまた身を潜めた。
 そして数分後、やはり別の大通りに現れた。
 現れただけで現場周辺は大騒ぎになった。

「き、きき、きょきょ、きょうふを」

 騒乱の中心でのっぺらぼうが喋る。
 顔の下半分。口の形をした赤色が見えた。

「いいいっしょう、きえぬぁい、――恐怖ををををおォォ!」

 失敗作の烙印を押された漆黒の化け物は黒い流星となって闇を駆け、血に汚れた拳を振り上げる。
 逃げ遅れていた男の背中を殴ってから、あらん限りの力で吼えた。

「わすゥウゥれるなあアァァ! ぜぇったいにいぃ!」

「ずっとずっとずっとずっとぉぉォォ! わぁぁすうぅれなぃでぇぇええっっ!!」

 その吐き出された欲求こそが闇のようだった。
 天に向けて咆哮するシルエットは天使の創造物でありながら悪魔のようだった。

 ……だからお前たちは失敗作なのだ。醜悪なクズが。

 はるか遠く、高みより落ちてきた呟きは悲鳴にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

 だがのっぺらぼうたちはピタリと動きを止める。
 パニックに陥った繁華街に吹き荒ぶ黒い風――彼らを止めたのは、別の声だ。

 そこまでだ、と。

 その声は、不思議な声だった。
 男の声のようでもあったし、女の声のようでもあった。
 複数のはずなのに、単独の声のようにも聞こえた。
 願いのようにも命令のようにも聞こえたし、怒っているようにも悲しんでいるようにも、無関心にも聞こえた。

 いずれにしろ絶対の存在感を伴う制止の声だった。
 サーバントの放つ『奇声』に対して、あまりに強い『輝声』だった。

「撃退士か! たっ、たすけてくれええ!」

 誰かが言った。
 二体のサーバントも悟る。
 また来たのだ。
 恐怖をかき消す、大きな光。

「じじじじじゃまするなぁあああああ!」

「光れるおまえらぁぁあにぃぃいい!!!!」


「 「 わかってたまるかぁぁぁああああああ――――!!!! 」 」


 あまりの声量に周辺一帯のガラスが割れた。一般人たちはうずくまって耳を塞いだ。
 ネオンを照り返す光の雨が降り注ぐ中、戦闘が始まる。


リプレイ本文

「  」と「  」は失敗作だった。
 故に、光に憧れる気持ちは誰よりも強い。

 だから、

「もし願いが一つ叶うとしたら、お前達は何を願う?」

 こう答えたはずだ。

 ――天使に生まれ変わりたい。

 彼らにとって天使とは、そういう存在だった。


 そんな事情を撃退士たちは知らない。
 光れるお前たちにはわからない、と叫ぶサーバントの真意など理解できるはずがない。

「光れるとは何の事だが分かりませんが、他者を傷つける行為を見逃す訳にはいきません」

 即答した雫(ja1894)の声こそが光のようだった。
 他の撃退士が放つ威風も目が眩むほどに明るい。
 持たざる者からすれば、毒以外の何物でもなかった。

「 「 ゲキ、タイシぃぃ! 」 」

 筋肉が隆起してサーバントの肉体が膨らむ。
 撃退士たちは時間を計り始めた。

「長い1分になりそうさね。皆、気張りなよ」

 アサニエル(jb5431)が言った隣で、エミリア リーベル(jb7121)が祈る。

「散り逝く魂には安寧の祈りを……不浄なる魂には断罪を……天使様。お願いしますわ……」

 展開された光纏が今、闇と激突する。


 とはいえ、現場は人通りの多い繁華街だ。

「撃退士とは名前から攻撃的なものだと誤解されがちだが、本質的にその役割は守護にある……と、俺は思っている」

 高名な堕天使・レミエルの言葉である。
 此度の作戦に参加した撃退士たちも、それをよく理解していた。

「通路中央は戦場になります。端に寄ってくださーい」

 叫ばず、落ち着いた大声で避難誘導をしているのは自称『凡人』・間下 慈(jb2391)だ。

「絶対に皆さんの方に天魔は来ません! 落ち着いて避難してくださいねー」

 もう一人、天川 レニ(jb6674)も続く。

「あ、安心してください……! か、必ず無事に避難、出来ますから……!」

 口調は頼りないが、本人の中にはしっかりとした信念がある。

(皆さんの足を引っ張らないように……自分に出来る事の精一杯を……!)

 人々を安心させるために優しい言葉をかけて、レニも避難の流れを作っていく。
 二人は道の左右両端に別れて人々を誘導していたが、中央に倒れている老夫婦を見つけて間下が駆け寄った。
 近くで戦闘担当班がサーバントと戦う、危険な位置だ。

「もう大丈夫です、歩けますか?」
「おおっ……わしは大丈夫なんだけど、婆さんは足が悪くて」
「わかりました、さぁ、僕につかまって」

 間下は通路端まで老婆をおぶっていくつもりだった。
 恐怖に染まっていた老夫婦の顔に安堵の笑みが広がっていく。

「ふ、ふざけるなぁぁああ!!」

 その光景を許せるはずがなく、ドス黒い闇が迫る。
 サーバントの片割れが叫ぶのを見たレニは、間下への接近を防ぐ威嚇射撃を行おうとした。
 だが照準を合わせた瞬間、レニの視界からサーバントが消えた。

 直後、凄まじい音が轟く。
 戦っていた撃退士たちも、レニも、避難をしていた人々も「何事か」と振り返った。

「……大丈夫です」

 そこには老夫婦を庇い、鉄拳を盾で受け止める間下の姿。
 
「皆さんは構わず避難を続けてください。絶対に皆さんには攻撃させません、ご安心を」

 彼は、続けた。

「僕は光れない凡人ですが、貴方達にはもう誰も殺させません。それが僕の……『凡人』の矜持です」

 夜明けのような言葉を紡いだ間下の背後に黄金色が流れる。
 仮に間下が突破されても老夫婦を守れるように移動した、レニの髪だ。

 レニは今度こそ敵に発砲したが、サーバントは弾丸を手で受け止める。
 ギリ、と握り潰された。

「ゲキタイシィィ!」

 サーバントが感情任せに拳を振りかぶった。
 その手を、サーバントの背後からワイヤーが絡め取る。
 戦闘班、ラファル A ユーティライネン(jb4620)の糸だ。

「お前の相手は俺達だろーが!」
「ウ、ぐ、アアア!」

 サーバントは身を翻して戦闘班の方へ戻る。
 間下が老婆を背負った。
 レニは、熱っぽい目を戦闘班へ向けている。

「レニさんー?」
「あっ、な、なんでもないです……」

 慌てつつ、レニも避難誘導に戻る。
 だが戦闘班に憧れの眼差しを送るのを止められない。
 特にラファルを見つめる視線は、熱が強いようにも見える。


 一方、戦闘班。

 戦闘開始時にミリオール=アステローザ(jb2746)は戦場中央に躍り出て、周囲を淡い金色に染めた。
 防御力を高める結界だ。
 さらにアサニエルが、ミリオールと雫にアウルの鎧を身に纏わせた。

「これで多少は耐えられるはずさね?」

 防護を受けた二人は、アサニエルに背中を叩かれて送り出された。
 しかし、先手を取ったのは敵だ。

「わすれるなぁぁぁあ!!」

 速い。
 最前列に出ていたミリオールが二体の攻撃を受ける。
 重量感のある一撃だが、防護魔法の効果によって耐えることができた。

「記憶に残りたい?」

 初撃をやり過ごしたミリオールは引き続き、守備を重視して立ち回る。

「……わたしには良く解らないのですワ……」

 天使ミリオールは永い時を生きている。
 彼女には、敵の動機を完全には理解出来ない。
 それでも、

「わすれられたらぁぁあ! うぉれはあああ!」
「ぉれたちはぁぁぁああ!!!!」

 その声には何故か、淡い哀しさを感じてしまう。

 敵の挙動に不思議なものを感じているのは雫も同様だった。
 敵の側面から薙ぎ払いを仕掛けつつ、彼女は思う。

(スピード特化タイプの様ですが、運用の仕方に違和感が……?)

 これほどの敵である。今も気絶することなく、闘気解放の効果を伴う雫の大剣を弾き返した。
 これはもっと、重要な戦局で使われてもおかしくない。

 後方にいる鑑夜 翠月(jb0681)も鬼気迫るサーバントを見て考えを巡らせる。
 ひょっとして、何か事情があるのでしょうか……と。

 そんな中、ラファルだけは純粋にサーバントの身体能力に興味を示していた。

(おもしれ〜じゃねーか)

 避難誘導班の方からサーバントの片割れを引き戻したラファルは、雫の剣を弾いたサーバントを攻撃して牽制する。
 直後、光学迷彩で身を隠した。
 消えたラファルを求めて敵が二体とも足を止める。
 そこにアサニエルが放った光の玉と、鑑夜が放った水の刃が同時に着弾した。

 連続攻撃に動きを制限されてサーバントたちが怯む。

 好機と判断したエミリアが後方から飛び出した。
 普段はしとやかで祈りを欠かさない彼女の背中から、薄っすらと黒い翼が生えている。

「懺悔する時間を十秒あげるわ……い〜ちっ、じゅう! アハハッ♪ 残念でした♪」

 唇が狂気の笑みに歪んでいた。
 アウル発動時の狂人格に身を委ねたエミリアが、尖った口調で叫ぶ。

「懺悔なんていらないからさっさと逝きなさい!」

 エミリアの髪が伸びてサーバントに巻き付く。
 忍法「髪芝居」による幻影だ。
 雫も同様の術でサーバントを縛り上げる。

 敵が束縛された瞬間、間下が用意していた笛を吹いた。

「30秒経過です! スパート!」

 …… ギリギリ ……

 …… キシキシ ……

「 「 ぬぅぅうあぁぁ!! 」 」

 吼えたのは敵だ。
 術を受けて間もないのに幻想の髪を引き千切り、自慢の速度で再び襲い掛かる。

 しかし撃退士たちも、ここから本領を発揮する。

 敵の初撃に対応したのは、やはりミリオールだ。
 前半で敵の速度に眼を慣らした彼女は一転、攻勢に出る。
 一手、二手と打ち合い、三手目で二体とも敵を押し返した。
 敵に哀しさを感じているが、恐怖をばら撒く存在は地球を愛する彼女にとって許容できるものではない。

「ぐ、ううう!」

 ミリオールが掌から撃ち出した黒い触手に貫かれ、敵の片割れがよろめく。
 そこへ背後より、ラファルが間欠的に攻撃を加えて敵を休ませない。
 側面からは雫が斬撃している。

「いくら素早いといっても、時も空間もどちらも限度があるのですワ」

 撃退士たちは先読みして、回避スペースを奪うように攻撃を続ける。

「やややめろおお!!」

 相棒を救うべく敵が叫んだ。
 そちらには大鎌を装備したエミリアがつく。

「ア〜ハハッ♪ さぁいらっしゃい……ジャンクみたいにしてあげるわ……!」

 大鎌に虹色の光を帯びたアウルを纏わせ、エミリアは敵の首を落としにかかる。
 これが、外れた。

「……あらっ?」

 逆にサーバントの拳が、エミリアの額に命中する。

「ふ、ふにゃ……きゅぅ……」

 可愛らしい声を上げてエミリアが目を回す。
 追撃しようとするサーバントを、鑑夜が繰り出した氷の魔法が押しとどめた。
 自身の周囲を凍てつかせる魔法だ。
 猛烈な眠気のせいで数秒、サーバントが止まる。

「まだへこたれるには時間が残ってるよ」

 アサニエルが軽口を叩きながら回復魔法で傷を癒す。
 次いで、鑑夜も自身の生命力をエミリアに与えて気絶を治した。

「はっ……天使様……?」

 サーバントも睡眠から目覚める。
 再び笛の音と、間下の声が響いた。

「まもなく50秒です!」

 …… ギリギリ ……

 …… キシキシ ……

「 「 ああああ、あああああ、あああ!! 」 」

 敵に逃走の兆しが見えた。
 片方は包囲網を強引に抜け出そうとして、もう片方も援護に加わる。

「っ、く!」

 たまたま近くにいた雫が、サーバントの援護で吹き飛ばされた。
 サーバントは互いに腕を伸ばし、手を強く握り合う。

 その瞬間を待っていたのはアサニエルだ。

「そら、逃げるにはまだ早いんじゃないかい?」

 ニヤリと笑いながら範囲魔法を唱える。
 アウルで作り出された無数の彗星がサーバントたちを襲った。
 重圧の効果で移動力を下げるのが狙いだ。

 ラファルも動く。
 義肢や機械化した身体の偽装を限定的に解除し、より戦闘に適したメカボディに身体を変形させる。
 アウルの循環効率を高めた肉体と目が、サーバントの足下に狙いを定めた。
 移動そのものを阻止するため、指先から伸ばしたワイヤーで薙ぎ払う。

 サーバントがよろめいた。

「こちらへ!」

 ミリオールが仲間を呼び寄せる。
 逃がした場合に備えて、味方を可能な限り巻き込むように『韋駄天』で移動力を上げた。

「1分です!」

 時計のアラームと笛が鳴り響いた。
 その音を、悲鳴がかき消す。

「 「 うぎゃあああああああああああ!! 」 」

 サーバントたちが身体を掻きむしる。
 黒い砂が、音を立てて道路に流れ落ちた。

「……もしかして、体が崩壊している?」

 呟いたのは、雫だ。

「 「 やだやだやだやだやだやだぁぁアア!!! 」 」

 サーバントが立ち上がり、渾身の力で跳び上がった。
 包囲網の突破に成功した二体は路地へ逃げていく。

「仕切り直しはもう無しです……さぁ、延長戦といきますワっ!」

 翼を広げたミリオールが空高く飛翔した。


 サーバントたちは手を固く結んだまま、路地を走っていた。
 けっして遅い速度ではない。
 だが、魔法の効果があるにしても出現時の速度と比べると雲泥の差だった。

 彼らの背中を間下、鑑夜、雫の三名が追っている。

 間下の遠距離射撃が命中しても、鑑夜が魔法書の射程を活用して放った忍法「胡蝶」が命中しても、彼らはただただ走り続けた。

 状態異常から無茶な回復をするたびに、攻撃を受けるたびに、身体が急速に縮む。

 一刻も早い休息が必要だった。
 だがどれだけ走っても撃退士たちを振り切れない。

 路地は分かれ道に差し掛かる。
 片方の道を、ミリオールの魔法攻撃による空爆が塞いだ。

 選ばされた道の先で、路地の出口が見えた。

 ラファナ、アサニエル、エミリアの三人が立ち塞がっている。
 後方は追走していた三人が塞いでいる。
 エミリアが事前に地形を調べておいたことと、ミリオールが空から情報を知らせ続けたことが可能にした挟撃だ。

「もう誰も殺させないと言ったでしょう」

 間下が銃口を向けながら言った。

 サーバントたちの崩壊は止まらない。
 嫌だ、嫌だ、と。
 まるで怯える子供のように呟いている。

「やはり、そうだったのですね」

 鑑夜が口を開いた。

「最初に襲われた方々は皆さん亡くなられてしまいましたけど、いま襲われた方々はまだ生きて下さっています。
 直撃を受けたリーベルさんも気絶で済みました。
 サーバントさんの攻撃力が落ちていたのです。一定時間が経つと撤退する事と、関係があったのです」

 全て正解だ。
 雫の胸に、憐憫の情が湧く。

「自分たちの状況について分かっているのですね……だから、存在の証に恐怖を植え付けて記憶させようと」

 雫は、左右に強く首を振った。

「これまでです。終わりにしましょう……」

 撃退士たちが武器を構える。
 サーバントも手をほどき、背中合わせに拳闘の姿勢を取った。
 わずかな突破の可能性を求め、咆哮と共に撃退士たちへ挑みかかる。

 片方は雫の剣に、片方はラファルの糸に身体を裂かれた。

「俺達に勝つなんて100年早い」

 ラファルの台詞を聞いたサーバントは、彼女の背後に幻影を見た。
 第一陣、第二陣の撃退士たちが並んでいる――そんな錯覚だ。

「 「 うう、うぅぅ…… 」 」

 サーバントは地面を這って相棒との距離を縮めていく。
 手を再び、握り合う。

 雫が、彼らに歩み寄った。

「貴方達の事は忘れません……報告書に名無しとは忍びないですから、餞別として名前を送ります」

 失敗作でもなく、クズでもゴミでもソレでもコレでもなく、
 空白が埋まる。

「さようなら……タナトス、ヒュプノス」

 名前を得た彼らは、生まれて初めて目を開いた。
 瞳孔のない、つぶらな純白の目だった。

「 「 お、おお……おおお……おおぉぉおおっ!! 」 」

 タナトスとヒュプノスは、むせび泣いた。

「あああ、ああ、りがと……ぉぅ」

 彼らは失敗作だった。
 故に、光に憧れる気持ちは誰よりも強い。

 ずっと、ずっとずっと天使に生まれ変わりたいと願っていた。
 彼らにとって光とは、そういう存在だった。
 でも今は違う。

『もし願いが一つ叶うとしたら、お前達は何を願う?』

 今なら、こう答えるはずだ。

 ――撃退士に生まれ変わりたい、と。

 ギリ、……

 キシ、……

「ああ……、ぁ」
「……ぁ……、……」

 空から見届けていたミリオールが降りてきた。
 彼女は黒色の球体を創造して、そっと差し出した。

「一緒に、連れて行ってさしあげますワ……」

 球体は『二人』から命を吸い取り、ミリオールの中へ繋いでいく。
 記憶に刻み、永い時の中で良き世界を知ってくれる事を祈っての行動だった。

 残った黒い砂は風に吹かれて、空へ還っていく。

「……つ、疲れました」

 間下が、地面にへたり込んだ。


 その後、追撃班は救助と避難誘導を続けていたレニと合流した。
 エミリアは犠牲になった人々に祈りを捧げて、他の撃退士は到着した救急隊を手伝った。

 被害者から女神扱いされたレニはマスコミに囲まれている。
 慣れない注目にビクつくレニへ、強引に連絡先を渡してくる男もいた。

 彼らがレニを男と知ったときの反応は、想像に任せる。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 歴戦の戦姫・不破 雫(ja1894)
 夜を紡ぎし翠闇の魔人・鑑夜 翠月(jb0681)
 ファズラに新たな道を示す・ミリオール=アステローザ(jb2746)
重体: −
面白かった!:9人

歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
非凡な凡人・
間下 慈(jb2391)

大学部3年7組 男 インフィルトレイター
ファズラに新たな道を示す・
ミリオール=アステローザ(jb2746)

大学部3年148組 女 陰陽師
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
天川 レニ(jb6674)

大学部1年266組 男 インフィルトレイター
能力者・
エミリア リーベル(jb7121)

大学部7年101組 女 陰陽師