戦場から退却してきた彼女は、作戦に参加する撃退士たちの要望で久遠ヶ原に呼び出されていた。
要救助者の容姿と連絡先を再確認するためだ。
「よくわかりました。協力に感謝します」
情報を得た龍崎海(
ja0565)は彼女に礼を述べた。
話を終えた彼女は転移装置へ目を向ける。
転移装置の向こう側に焦点を合わせた、力の無い遠い目だった。
「ダメージを溜め込むのは敵だけにしましょう」
彼女に声をかけたのは幸広 瑛理(
jb7150)だ。
「爆発しないよう、叫びたい事があれば聞きます」
穏やかな笑みと共に幸広は続ける。
「今、叫んでしまいましょう?」
「いや、私は……」
言い淀んで目を伏せてしまった彼女の頭に、ぽん、と手が乗った。
「逃げたのは悪い事じゃねーのだ」
微笑みかけながら、青空・アルベール(
ja0732)がぽふぽふと彼女の頭を優しく叩く。
「君が君の命を繋いだ。そのおかげで皆が救われるから」
女撃退士の瞳が、かすかに揺れる。
「そうなるように、するのだから! 全部救ってこそのヒーローなのだよ!」
いつの間にか森田良助(
ja9460)とノスト・クローバー(
jb7527)も近くにいた。
「手遅れかどうかはわからない。生きている可能性があるなら救いましょう!」
森田の言葉にノストも首肯する。
ノストは、日暮れ以降の捜索に備えてペンライトを所持していた。
「過度な期待はしないで欲しい。ただ、出来うる限りの最善は尽くすよ」
龍崎も思いは同じだ。
「現場付近に救急車の手配もしてあります。発見したら迅速な処置が必要でしょうから」
そこまでが限界だった。
彼女の目端に大粒の涙が膨らんで、こくこく、と頷いた拍子に頬を流れ落ちた。
切なる祈りを背に、撃退士たちは戦場へ赴く。
●
『今日もソシャゲ課金のためにひとだすけするなう( ´∀`)』
↑ ルーガ・スレイアー(
jb2600)が行った、SNS上での呟き
●
宮路 鈴也(
jb7784)は敵の討伐を目的とした本隊から離れ、黄昏時の無人街を単独で捜索していた。
「では俺は救助に向かいます。ご武運を」
転送直後の、彼の発言である。
未確認の敵と遭遇する可能性もある危険な役目だったが、宮路は行方不明者の生還を願い、救助役を買って出た。
(まだ無事であればいいんですが……)
状況が厳しいことはわかっていた。
行方不明者が亡くなっている場合についても、ある程度の覚悟はしている。
……それでも、依頼者たちが戦った場所に到達した彼は思わず息を呑んだ。
単独行動の彼を心配して、仲間からは頻繁に通信がくる。
今も押し黙ってしまった宮路に状況確認をしてくれた。
「いえ、大丈夫です。現場に到着しました。……地面が、えぐれています」
宮路の言葉通り、道には大穴が開いていた。
アスファルトの道路が途中で欠けていて、壊れた水道管から汚水が噴き出している。
光線の凄まじさを物語る光景だった。
宮路はさらに周囲を見回す。
直後、道に広がる血痕を発見した。
渇いた血だまりにジッポライターが転がっている。
宮路はこれを拾い上げて形状を確認した。
……ヒゲ面が愛用していたものに違いなかった。
しかし宮路に諦めはない。
わずかな可能性を信じて、生命探知で反応を探りながら声を上げて行方不明者を探しはじめた。
本隊から敵発見の知らせが届いたのは、それからすぐのことだ。
●
公園の広間で風船龍が発見されると、本隊の撃退士たちは迅速に集合した。
全員が揃ったあと、彼らは通信で囁き合う。
手筈通りに、と。
まず、阻霊符が使用された。
同時に敵も撃退士たちに気が付く。
構うことなく、龍崎が先陣を切って二体の龍に迫った。
敵の陣形は左右に横一列。
龍崎は右方の敵を槍で突いた。救出活動を行う宮路がいる方角とは逆側の敵だ。
龍は二体とも彼に釣られて向きを変える。
しかし左方の龍の、眼前を横切る影が一つ。
リアナ・アランサバル(
jb5555)である。
龍の気を引くことに成功した彼女は移動後、十字手裏剣を投じた。
左方の龍は咆哮と共にリアナへ顔を向ける。
右方を龍崎が引き付けて、左方を他の全員で攻撃する作戦だ。
「良助! 私が先に撃つのだ!」
アルベールが照準を合わせ、銃弾にアウルを込める。
依頼者に勇気をもたらした指が龍に死を宣告すべく、引き金を絞った。
銃弾は腹に命中し、赤い目の黒犬の紋様を浮かび上がらせる。
龍の皮膚を腐敗させる地獄の犬だ。
「よしっ! いくよっ!」
腐敗の付与を確認した森田は銃撃に移る。
そこへ、空から矢の雨が降り注いだ。
「ずばっとずばっと、やっちゃうんだぞー」
闇の翼で上空を旋回する、ルーガ・スレイアーの攻撃だ。
「うほほー今日はド迫力の戦闘シーンをお届けして、ニッコリ動画サイトのランキング上位狙っちゃうぞー」
彼女はスマートフォンをネックストラップで装着して、戦闘風景をネット上に生中継していた。
龍崎が引き付けている敵と、あまり離れすぎないような位置で滞空している。
「へへへーい! お前のカーチャンでーべーそー! でーっかいでーっかいでーべそー!」
ルーガの挑発を受けて、龍は上空に注意を向けたまま移動する。
その先に待ち構えるノストが見えていない。
ノストと龍の距離はおよそ十四メートル。
……ここだ。
わずか一呼吸の間。
その間に距離を詰めたノストが剣状に練り上げた雷を振り上げ、振り下ろす。
狙い通り、麻痺によって龍の足が鈍った。
だが至近距離ゆえ、敵の攻撃も届く。
針状になっている風船龍の尾が弓を引くようにしなり、ノストへ鋭く突き出された。
事前に情報を得ていた攻撃方法だ。
予測していたノストは回避に成功する。
敵に、隙が出来た。
「少しばかり意識を揺らしていて貰いましょうか」
龍の背後に接近した幸広が意識を集中させる。
念に応じたアウルが無数の妖蝶を形成し、龍の頭部を包み込んだ。
忍法『胡蝶』の効果で龍が朦朧とする間に、幸広とノストは距離を調節しながら敵を包囲する。
追いついたリアナも加わった。
リアナは駆け付けると同時に蒼い稲妻で形成された矢を撃ち出し、龍の視界を阻害するもやを発生させる。
――ここまでは予定通り。
しかし、油断せずにリアナは呟く。
「破裂のタイミングは見極めないとね……」
銃使いのアルベールと森田、上空のルーガも龍を射程圏内に収めている。
包囲はしているが、誰もが龍の正面を避けて散開していた。
通信機で連絡を取り合いながら、それぞれが龍の死角から攻撃を加えていく。
状態異常と攻撃を耐える龍の身体が、急激に膨らみ始めていた。
「むッ」
小さな呻き声が通信機から聞こえた。
発したのは単独で龍を引き付けている龍崎海だ。
幾度となく繰り返される尾針の攻撃を高防御で受け続けた彼に、細かなダメージが蓄積している。
回復のための一瞬が欲しくなる頃合だった。
「海!」
武器を銃からワイヤーに持ち替えたアルベールが駆け付け、龍の頭を絡め取った。
龍崎は回復魔法を使用して、仕切り直しに成功する。
「もう大丈夫だ!」
龍崎の言葉に頷き、アルベールは持ち場に戻る。
その頃には龍が、今にもはち切れんばかりに膨張していた。
大きく膨らんだ腹に太い青筋が浮かび、不気味に脈打っている。
最前線の幸広、リアナ、攻撃を控えて観察に徹するノストはもちろん、遠距離の森田、上空にいるルーガも危機を感じていた。
斬撃時の感触、着弾時の音。何もかもが最初と違う。
敵の足下にいる前衛陣にはもう、膨張のせいで龍の顔が見えなくなっている。
「そろそろ破裂の時間みたいだよ」
声を上げたのはノストだが、思いは全員共通していた。
ノストと幸広が下がると、麻痺から回復していた龍が追いすがった。
その追走を、リアナが十字手裏剣の投擲で止める。時間を稼いでから彼女も後退した。
これで龍に接近している味方は皆無。
時間だ。
「さあーリスナーのみんなー! 今日の見どころだぞー!」
ルーガが画面の向こうに呼び掛ける。
彼女が持つ武器に渾身のエネルギーが集まってゆく。
「たつのおとしごのビッグ★バン、コメント弾幕よろー!!( ´∀`)」
顔文字が目に浮かぶような決め台詞と共に武器を振り払う、その寸前。
すなわち黒い衝撃波が放たれる寸前に、地上でも撃退士が動く。
まずは森田。
「当てて下さいと言ってるような大きさだね。なら、全て当ててあげるよっ!」
両手の甲に赤い光纏を輝かせ、龍の死角から命中無視の三連射を放った。
その隣でアルベールも輝く。
足下で燃える黒いアウルが全身を巡る青い紋様に変わっていき、銃口から巨大な狼を模した弾丸が射出される。
黒と赤と青。
三色の攻撃が龍を喰らう。
衝撃で砂塵が舞い上がった。
――やったか?
「っ! 光です、気をつけて!」
幸広が叫ぶ。
粉塵の中に明滅する光点が見えた。
先ほどよりも一段階――否、二段階膨らんだ龍が頭上のルーガに筒状の口を向け、発射準備に入る。
攻撃をひたすらに耐えて耐え抜いて、そして返す。
ただその一点のみに特化した敵の恐怖が、そこにあった。
だが、事前に情報を得ていた撃退士たちがこの状況を想定しないはずがない。
「避けろおおおおッ!」
アルベールは衝撃波を伴ったアウルを敵の眼前に放ち、照準を乱す。
「頼む、これで外れてくれ!」
森田も祈りと共に、龍の砲口へ回避射撃を放つ。
その銃弾を追うように、龍へ駆ける影が二つ。
片方は幸広。
白く淡い光のアウルを全身に纏い、疾走する。
「それは控えて頂きましょうか!」
名が示す通り『雪』を『広』げるように光纏を舞い散らせ、龍の腹を大鎌で痛打した。
わずか数秒、龍の体勢が乱れる。
その数秒が彼女の攻撃を間に合わせた。
疾走の途中、高く高く跳躍した彼女――リアナ・アランサバルの全体重が乗った蒼い雷を纏う一撃を、だ。
頭部を強打したリアナの一撃は、龍を朦朧状態へ追い込んだ。
「大丈夫かい?」
ノストが手を貸して幸広を龍の近くから連れ出す。
上空から鮮やかな連携を目撃したルーガは、こみ上げる笑みを隠せない。
「うほほー、やっぱり人間界おもしろすぎワロタ!」
ルーガは再度、武器に力を充填する。
黒い衝撃波、封砲を再度放つつもりだ。
「もっかい弾幕よろー!!」
封砲が龍の脳天を斬り込む。
そして龍崎の放ったアウルの槍も見事、同時に龍の腹に突き刺さった。
破裂音と眩い閃光を残して、風船龍がついに四散する。
ルーガが生中継しているニッコリ動画の映像では、歓声と弾幕のせいで状況がまったく見えない。
無論、これで終わりではない。
先ほど龍へ強打を叩き込んだリアナはそのまま、龍崎の方へ走り寄っていた。
開戦時と同じように十字手裏剣を放ち、二戦目を開始させる。
龍崎が与えていたダメージの蓄積と、龍崎自身の加勢もあって膨張の進行が早い。
そして一匹目との戦闘で得た情報が戦局を劇的に変えている。
観察に徹していたノストの目と、鋭敏聴覚を発動していたアルベールの耳が正確な見極めを可能にしたのだ。
口の光や腹の動きはもちろん、呼吸やその他の筋肉の動作までもが発射時期を計るための基準にされている。
二匹目の龍は既に限界まで膨張していた。
龍崎が、アウルの槍を構えながら呟く。
「俺達も敵の能力を知らなければ、危険ではあっただろう。先発の撃退士らは無意味じゃなかった」
ルーガも三度目の封砲の準備を済ませて、アルベールも青色を輝かせて森田の号令を待っていた。
森田自身も、アウルを集中させて――
「今だよっ!」
光り輝く銃弾を撃ち放つ。龍崎とルーガ、アルベールも続く。
二匹目の龍は危なげなく討伐された。
――あとは、救出を。
誰もがそう思った瞬間に、通信機から宮路の声が聞こえた。
●
少しばかり時間を先に送り、場所を現場近辺の救急病院へ移す。
その病院の中を、依頼者の女撃退士が走っていた。
――仲間が見つかった。
その連絡を聞いて駆けつけたのだ。
生死については言葉を濁された。
悪い考えを何度も振り払って彼女は走り続ける。
そして息を切らせて病室に飛び込んだ。
室内には作戦に参加した撃退士たちがいて、一斉に彼女を見た。
彼女を気の毒に思う視線だった。
ベッドの上で、ヒゲ面と金髪が眠っている。
……嗚呼、駄目、か。
女撃退士が、膝から崩れ落ちる。
「……く、くくく」
唐突に、場違いな笑い声。
「わはは! 引っかかった! 引っかかったぞ!」
……え?
と、女撃退士が顔を上げた。
「ついにあの可愛くねぇ女から一本取ってやったぜ! がははっ、あ、いてて」
彼女を指差して大笑いしたヒゲ面が腹を押さえている。
隣のベッドで金髪も同じように身体を起こし、バツが悪そうに頭を掻いた。
女撃退士は、動けない。
「変な顔すんなバカ! あんな間抜けヅラにやられる俺様じゃねーよ!」
「オイオイおっさん。俺がスタンいれなかったらあんた、ハラ刺されたまま消し飛んでただろ!」
「うるせぇよ小僧! てめぇも俺が逃げろって言ったからギリギリ避けられたんだろうが!」
ヒゲ面と金髪がみっともなく言い争う中、宮路が彼女に説明する。
二人はレーザーの直撃をどうにか避けたが、衝撃に巻き込まれて重傷を負った。
龍から逃げるために物陰に潜んだものの、傷が深くて動けない。携帯も壊れた。救助を待つしかなかった。
意識が朦朧として、いよいよ危ない――。
そこに、宮路が現れた。
彼は回復魔法を使用しながら救急車の到着を待った。
魔法を使い切ったあとも応急手当を続けて二人を励ました。
「死んだら駄目です。あなたたちが死んだら、たぶんあのひとは一生過去を悔やみます」
その発言が効いたらしく、二人はどうにか持ち堪えた。
「助けられて、良かったです」
丁寧に言い結び、宮路が彼女にヒゲ面のジッポライターを握らせた。
「わ、私たちは早く無事を伝えるべきだって言ったのだ!」
「惨事の場合は無駄な慰めをしないつもりだったけど……この悪ふざけには、さすがに同情するよ」
撃退士たちを代表してアルベールとノストが弁明した。
要するに、全部ヒゲ面の差し金だ。
事情を飲み込んだ彼女は憤怒の形相で敢然と立ち上がり、なおも言い争う二人の頭に容赦なく拳骨を見舞った。
「いってぇえ!」
「何しやがる!! ……おっ?」
二人が揃って、彼女の顔を見て驚く。
彼女は背を向けているが、学園の撃退士たちには彼女がどんな顔をしているのか容易に想像がついた。
彼女が大声で泣き出してしまったからだ。
ヒゲ面と金髪が慌てて何か言っているが、さっぱり聞こえない。
それほど大きな泣き声だった。
●
後日、久遠ヶ原に手紙と写真が届く。
差出人は『職場復帰の腐れ縁’s』。
ヒゲ面と金髪に挟まれて肩を組む彼女は世界で一番の、とびっきりの笑顔で写真に映っていた。