ロベルン☆が雲を割ったころ、久遠ヶ原でも騒動は起こっていた。
「あ、ありえません……ありえませんわ……」
織神 綾女(
jc1222)は、自室に備えている鏡を見てただただ震え上がっていた。
「夢では……なかったのですね……」
朝起きたらハチベエと名乗る怪しげな獣に出会い、性別を変えられた。
――これは夢です。悪い夢。
そう思って、必死に眠る努力をした。
しかし、『寝て起きたら全部夢作戦』がなんの成果も上げられず、織神は動揺を隠せない。
胸にあるはずの膨らみがなく、逆に立派な喉仏と股間のアレが在る。
幸い身体の線はそれほどゴツくならなかったので、和服での女装が似合う男子程度の変化に留まっていた。
が、織神は叫ぶ。
「ハチベエエッ!」
織神の怒りは殊更に深い。
何故なら、彼女(なう彼)には心から慕っている殿方がいるのである。
「こんなところをあの方に見られたならば!」
「綾女さーん、失礼しまーすっ!」
扉を開け放って現れたのは件の殿方、袋井 雅人(
jb1469)だった。
ひぃっ!? とムンクの叫びポーズの織神。
見知らぬ織神(♂)の姿にザ・ワールドする袋井。
たっぷり五秒ほど見つめあった。
「……織神さん?」
「違います!」
名前を呼ばれた織神は慌てながらも頬が赤い。
「いいえ、私にはわかります! 姿かたち、性別が変わってもあなたは織神さんだ!」
「ああっ、さすがは袋井様……こんな姿の私でも、私を……!」
隠しようがない充実感。織神が身体を水中で漂うワカメのようにくねらせる。
「すぐに戻りますから! あの憎くて憎くてたまらないハチベエを○して●して■して×して必ず戻りますからァ!」
「織神さん!?」
ぴゅーん、と窓から飛び降りて行く。
その姿は彼女の意に反して、たいそう男前であった。
●
他方、男が女になるケースも発生していた。
ロシールロンドニス(
jb3172)は襲われたあとの気絶から目覚める。
いつもと違う格好になっていた。
「こ、これは」
見た目は本来の七才児のままだが、髪が伸びて、腰までサラサラに流れていた。
身長は低く、ボディラインは凹凸が乏しい。
ぺたんこ、ほそい、うすい、かるい、でもかわいい。可愛いじゃなくて、かわいい。
ロシールロンドニスは鏡に目を向けて立ち上がる。
服は下着以外脱ぎ去った。謎の光が邪魔でなんか色々見えない。(見せられないよ!)
ショーツ一枚で鏡の前に立って、ほっ、はっ、ふっ、と短く吐息しながらポーズを取る。
小さな身体に似つかわしくない小悪魔的なポーズだ。
誰かに見せるためではない。自分の幼女姿を堪能するためのポージングだった。
幼女が幼女の姿を楽しむために取られるポーズなのでセフトだ。天才か。
ひとしきり愉しんだあと、ロシールロンドニスは鏡に手を這わせ、自分と手を合わせた。
「僕……可愛いっ……んっ……」
鏡に口付ける。
「あらぁ……思ったより余裕あるわねぇ?」
突如、鏡の中に……否、ロシールロンドニスの背後に人影が生じた。
潜行していた黒百合(
ja0422)である。
「……わ、わぁっ?」
一拍から二拍遅れた不自然なタイミングでロシールロンドニスが驚き、鏡に額をぶつけ、その反動でごろごろと後ろに転がった。
で、黒百合の胸に後頭部を埋めた。
「あらぁ……驚かせてごめんなさいねぇ」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよぉ。そんな身体になって大変ねぇ。私が元に戻すのに協力するわぁ。一緒にいきましょぉ……?」
ロシールロンドニスは即答で了承した。
別に元に戻らなくてもよかったのだが、きれいな女の人と一緒にいたかった。
隙あらばくっつこう、と思っていた。
黒百合と二人は元凶であるハチベエを求めて、部屋を出て行く。
●
ロシールロンドニス同様、ノスト・クローバー(
jb7527)も自室で鏡を見ている。
「ふむ……?」
本来の性別は男性だが、今は身体が女性に変わっている。
ネットゲーをやっている最中に寝落ちして、目覚めたらこうなっていた。
慌てふためくことなく、鏡の中の自分を凝視している。
「……これは、なんとも……いやはや」
髪の毛は金色のままだが、髪質がいつもより柔らかい。非常に指通りがいい。
肌もつやが良く、少し微笑むと妖艶な色気が醸し出される。
「不思議な状況だけれど……本でしか知り得ない知識を体験できるのはありがたい限りだね」
この際だから色々と楽しむことにした。
顔を隠すことなく、堂々とした様子でたったかたーっと部屋を出る。
数分後、買い物袋を両手に提げて戻ってきた。
中身は服と巻尺、化粧品。そして袋から箒が飛び出していた。
鼻歌混じりに服を脱ぎ去る。ぽいぽいぽーい、と服を投げ捨てたあとはもちろん一糸纏わぬ姿。
買ってきた巻尺を伸ばし、普段得物にしているワイヤー同様、慣れた手つきでスリーサイズを計ってみた。
バストは中の上だった。ボンッ、キュ、ボンだった。
化粧もネットで調べて薄く施し、買ってきた服を頭から被る。
ワンピースタイプの黒ローブと、とんがり黒帽子だった。つばに切れ目が入っていて、目深に被っても瞳が鏡に映る。
箒を持てば完全に魔女だった。人妻を想起させる妖艶な魔女である。
「なるほどなるほど」
これは愉しい格好だ。
箒を地面と水平にして、ヒップに当てる。少し膝を曲げてみると、横座りで空を飛行する魔女の完成だった。
「はっはっは。いいね。飛べ、って言ったら飛んだりして」
ずどーん、と箒が急発進した。
部屋の窓をぶち破って、青空を滑空する。
――最高速はどんなもんだろうか。
真面目に考察して試すノストであった。
●
ハチベエとロベルン☆は既に学園へ潜入していた。
警備は厳しいが、魔法の力でイチコロだった。
「で、なんで私たちはお茶を飲んでいるの?」
「そこにベンチと自販機があるからさ」
ロベルン☆はハチベエにアイアンクローをお見舞いする。
「まずは情報収集が必要だ。そうだろう?」
「最初からそう言え……じゃない、言いなさい」
ロベルン☆はため息をつく。
ひらひらした服も、身体能力が落ちた身体も、言葉遣いも、どうにも慣れなかった。
――こんなところを、知っている撃退士にどうか見られませんように。
ベンチの横を撃退士が通り過ぎる。女だった。ふと目が合う。
ぶぅっ! とロベルン☆はお茶を噴き出した。
「あら?」
言ってるそばから、エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)である。
「大丈夫?」
ロベルン☆は壊れた人形のように音速で首肯しまくった。
(なんで思い切り知ってる奴が来るんだよ!)
(言ってなかったね。性別が変わっても輪廻と因果からは逃れられないよ)
なんのことやらさっぱりだった。
「……? あなた、見掛けない顔だけど……どこかで会ったかしら?」
「なっ、ないれふ、ないれす」
「そう。……久遠ヶ原には来たばかり?」
「は、はい。ひとを探していて……悪い撃退士をやっつけに……」
「そうなの。あなたみたいな子を悲しめるなんて、悪いひともいたものね」
――お前も俺に不意打ちしたり俺から槍術盗んだりしてるけどな、とは当然明かせない。
「私も一緒に行くわ。悪人は懲らしめないと」
「は? ……はぁっ!?」
「エルネスタよ。よろしく」
エルネスタが仲間になりたそうにこちらを見ている
仲間にしますか?
▼はい
はい
「なんでハイしかないんだよ!?」
「言っただろう、輪廻と因果とお約束とベ●ータな役回りから逃れられないって」
「増えてやがる!?」
「……その子、喋るの?」
エルネスタがハチベエを抱き上げる。
「ハチベエだよ。よろしく」
「…………」
エルネスタはハチベエをじっと見つめる。
その後、無言でモフってた。可愛いは正義だった。
その至福をぶち壊すように、空から何かが降ってくる。
運悪く着弾点(?)にいたロベルン☆が吹っ飛ばされ、辺りには土煙が舞い上がった。
「げほっ、げほぉっっ」
鼻水と涙まみれになったロベルン☆が咳き込む。
「うーん……ちょっとスピードを出し過ぎたね」
そばに寝転がっていたノストがむくりと起き上がった。
粉塵が収まらぬ中、ロベルン☆とノストは互いに顔を凝視する。
――あれ? どこかで会ったことある?
「…………」
同じようにロベルン☆を眺めていたノストは数秒フリーズしたあと、ニマァ、と口を歪めた。
禍々しい、三日月型の微笑みだった。あっ! とロベルン☆が正体に気付く。
「やぁ。随分と可愛らしい姿だね?」
「なっ、なんのこと、ですか……?」
「槍は持ってないのかい?」
「だ、だからなんの……」
「眼帯は? カッコイイ必殺技は? ……自分の身体はいじくりまわしてみたかい?」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけねぇんだよ!」
「だってキミ、童t」「うるせぇぇ!」「ハッハッハー」
逃げるノストを追い掛け回す。ふりふりスカートのせいで足がスースーした。
そのせいか、べちゃっと前触れなく転んだ。
「あぁ、まったく……走り回るから……」
ノストが手を差し伸べる。ロベルン☆は反射的にその手を取っていた。
「ほら、リボンが曲がっていてよ? なんてね」
くいっ、とノストが向きを直す。
「うっ……」
何故か、ロベルン☆の頬に赤みが差した。
「おやおや……? せっかくだし、この機会に百合とはどんなものか体験してみるかい?」
「百合……?」
「大丈夫大丈夫、悪いようにはしないから」
「嘘だーっ! 絶対うそだーっ! 嘘つきはみんなそう言うんだーっ!」
ロベルン☆は 逃げ出した!
しかし、まわりこまれてしまった!
「知らなかったのかい? ボスからは逃げられないのさ」
ところがどっこい、またまた爆発音が轟いてロベルンが吹き飛ばされる。
●
学園内にばらまかれているのはラファル A ユーティライネン(
jb4620)の砲撃だった。
普段より一部を機械化した身体で生活する彼女だが、今日は一味違う。
『俺をこんな体にしやがって、許せねー』
声がやけにソリッドだった。っていうか、スピーカーから出ていた。
今のラファルは全身を鋼でコーティングした鉄の乙女である。
全身から砲身が伸びるメカニカルカノーネの機械っ娘な魔女っ娘だった。
得意技は一斉掃射、最恐の爆炎魔法少女である。
身長は等身大だが、一歩歩くたびにどしーん、どしーん、と地面が揺れていた。
照準は無論、ハチベエに向けられている。
『くらいやがれええー』
全身の砲門の口から白い光が膨らむ。魔装を施した砲弾を装填、弓を引くような間を隔てた後に発射される。
周囲にいた学生たちが逃げて行く中、ハチベエは降り注ぐ光の束を掻い潜っていた。
命中すればあらゆるものを粉砕する折り紙つきの兵器なので、着弾したところは穴ボコだらけである。
「ハチベエ!」
「ああっ、ロベルン☆! ちょうどいいところに!」
ハチベエが相棒の肩に跳び乗る。
『なんだてめぇは』
ラファルの砲身を向けつつ、ロベルン☆に尋ねる。
『お前ハチベエの仲間か? 俺の敵だな?』
「ハチベエ、ひょっとしてあいつが……?」
「ボクの敵なのは間違いないね」
ラファルvsロベルン☆、マッチメークが完了した瞬間だった。
『……いや、違うな。さてはお前もハチベエに……お前、騙されてるぞ』
「その手にはのらねぇ! ……じゃなかった、乗りません!」
「ロベルン☆、変身だ!」
『……しょうがねぇ。わからぬなら、解るまで爆破してやるぜ』
ロベルン☆がステッキを構えて、意識を集中させる。
変身シーンに入るためだった。
背景が変わり、音楽が変わる。
ちゅどーん、と背景ごとロベルン☆はビーム砲に貫かれた。
「うおいいいっ!?」
お約束も演出も御法度も、あらゆるものを粉砕する恐ろしい魔装だった。
空高く吹き飛んだロベルン☆の位置を捕捉したラファルはブースターに点火、空へ舞う。
華麗にロベルを抱き止めた。
『目が覚めたか』
「は、はなせっ!」
『やれやれ。…………』
「なんだよ?」
『おまえ、かわいい顔しているな』
「は?」
『俺好みだぜ』
「ちょっ、まっ」
ピー、ピーッ、とラファルの指先から出た極細レーザービームがロベルの衣装をくりぬいた。
「なんでだーっ!?」
『この身体になってからどうにもリミッターが外れててな。恨むならハチベエを恨めよ』
ぎゅいいいんっ、とラファルの股間からビッグで黒いドリルな砲身が生えてきた。
「ギャアーーーーーーっ!?」
さすがのロベルン☆も我を忘れて悲鳴を上げた。
……が、次の瞬間、ラファルはロベルン☆の座標を完全に見失った。
『……消えやがった?』
まるで煙のように、忽然と消えたのだった。
●
「大丈夫かい? 怪我はないかい?」
「ハチベエエ〜……」
ぐずぐずのぐちゃぐちゃな情けない声を上げて、ロベルン☆はハチベエを抱き締めた。
間一髪のところ、魔法で助けてくれたのだ。
「ここは?」
「校舎裏だよ。しばらく隠れていよう。じきにボクの仲間も来るよ。安心して」
「仲間? そんなのいたのか?」
「うん。大丈夫、きっとキミの力になってくれる」
ところが、仲間もいるけど敵もいるわけで。
はっ、と何かに気付いたハチベエがロベルン☆を伴ってテレポートした。
1メートルずれるだけの移動だったが、直後、ロベルン☆は校舎の壁が建物の内側から破壊されるのを目撃した。
「……見つけたぞ」
穴の奥から、ゆらり――と殺意の波動に支配された翡翠 龍斗(
ja7594)が現れる。
性別は女子に変わっていた。
「今朝ぶりだな……ハチベエ。この恨み、晴らさでおくべきか」
普段から華奢で細身なので見た目に大きな変化はないが、声がいつもより高い。
あと、よぉーく見ると肩やら首やうなじなどにほのかな色気が漂っている。
「敵だ! それも、なんだか怒ってるみたいだ!」
「どうするんだよ!」
「大丈夫。そろそろ味方がやってくるさ」
ハチベエが到来を予測したまさにその瞬間、龍斗の足元に火が走り、魔法陣が描かれる。
その魔法陣の上に影が落ちた。
「っ! 上か!」
龍斗が叫び、飛び退く。
ズドンッッッ!! と派手な音を立てて巨大な何かが落ちてきた。
三メートルはあろうかという巨体を誇る、銀色の甲冑を纏った騎士だった。
左手に、これまた背丈と同じほどある大盾。右手には穂先が幅広い槍。
「やっと来てくれたね!」とハチベエも大興奮だ。
騎士は、自分を見上げる龍斗を見下ろして、一言。
「あぁ、麗しい花な龍斗さまも素敵……」
うっとりとした声音に「えっ」と龍斗がうろたえる。
「もしかして、雪? ……そして、怪人……えーと?」
「うふふふ」
自重で地面を粉砕した翡翠 雪(
ja6883)が、ずしん、ずしん、と足音を立ててに龍斗歩みを進めていく。
「さて。約束通り、ハチベエ……貴方に協力しましょう。龍斗さまと、ついでにロベなんとかをいぢめればいいんですね?」
「ン?」(←☆)
「あぁっ、そうさ! 任せたよ鎧怪人!」(←八)
勝手に任されたら困るのが雪の夫、龍斗である。
「待ってくれ雪。どうしてこんなことを?」
「悪に堕ちる……愛の為に。ふ、フフフ……そう、全ては龍斗さまという花をお持ち帰りするためなのです!」
「ええぇ……」
「ふふふ……ははは……あーはっはっは!」
雪の進撃は止まらない。
「龍斗さまぁぁ……とロなんとか? ……誰でしたっけ。まぁいいです。ここで果てていただきますよぉぉ」
低音ボイスを震わせながら、雪が豪快に槍を引く。
龍斗まではまだ距離があるように見えるが、何せ巨体である。間合いはあってないようなものだ。
後ろから前へ突くだけで暴風と衝撃波が発生する。
「くっ……」
間一髪、跳躍で宙に逃れた龍斗だが、すぐに衝撃に備えてガードを固めた。
その防御の上から、雪が大盾をぶつける。地面を転がり、受け身を取った龍斗に今度は踏み付けが襲う。
容赦なしだった。
「さすがは雪だ……」
足裏の下で、地面にめり込みながら必死に耐える旦那(♀)の図。
髪留めが外れて、髪の毛が背中に流れていた。
「しかし、俺も負けるわけにはいかない」
そのためならばプライドだって捨てられる。
「……セットアップ!」
光が龍斗を包んだ。
服が分解、粒子となって女性らしい膨らみを持った身体を包み直す。
両手足にはラファルが放っていた弾丸と同じく、魔鋼を材料にした魔装の具足と手甲が構築された。
ズボンはハーフパンツ、上半身は黒いインナーの上に丈の長い白いコートを羽織る。
何故か身長が縮んでいた。140cmくらいしかなかった。けど、髪の毛は長い。
「ふっ!」
変身後、短い吐息と共に気合いを押し出し、雪を押し返す。
雪はバランスを崩し、転倒を防ぐために後退する。
龍斗の拳を包む魔装が輝き、跳躍するための具足もまた煌めく。
地面を蹴ったのは一度だけだった。それだけの動きとまばたきひとつの間に、拳が大盾を粉砕していた。
宙に散らばる破片を足場にして跳躍。雪へ肉薄し、甲冑を叩き割った。
仰向けに倒れた巨体が、光の粒になって小さくなっていく。
元の、翡翠 雪に戻った。サイズも元通りだ。
……が、
「ああ、さすが龍斗さま……」
声がいつもより低い。
……顔のパーツに大きな変化はないが、顔立ち自体は少年のソレだった。
ロリっ子(夫)が少年(妻)を押し倒す構図である。
「私を、どうしますか?」
「……えっと……」
いつもとは逆……アレ? 絵的にはいつもと変わらない?
煩悶する龍斗、微笑む雪。……その後は、想像に任せる。
●
翡翠夫妻が完全に二人の世界にいった隙に、ロベルン☆とハチベエは校舎内を適当に逃げ回っていた。
「ここなら大丈夫だよ!」
体育館裏である。
不安はあれど、ひとまずはこれで一安心――のはずだったが、
「そこまでにゃ!」
「……また誰か来たぞ!」
お約束だった。
「あそこだ!」
ロベルン☆が指差す先――体育館の天井に人影があった。
「とぅ!」と跳躍し、ロベルン☆の眼前に着地。目を疑った。
「魔法少女マジカル♪みゃーこ参上にゃ♪ 正義の為に……悪は倒すのにゃ!」
猫野・宮子(
ja0024)である。
性別は変わってないが、頭に猫耳、後ろから尻尾が生えていた。
手は毛並みフサフサの肉球グローブだ。
「また魔法少女が出てきたぞ?」
「敵だね」
「俺と同じなのに敵なのか?」
「そうにゃ! みゃーこは自らの正義を信じて、ハチベイを倒すために頑張るのにゃ!」
「敵にも信念がないと売れない昨今だからね! 感情移入は大事だよ!」
編集やディレクターみたいなこと言い始めたハチベエに、ロベルン☆が疑いの目を向けた。
「結束に揺らぎが見えるのにゃ! 今がチャンスにゃ!」
既に変身済みなので、マジカル☆みゃーこは最初から本気が出せる。
「マジカル♪不思議ぱわーにゃっ!」
ふわふわ体毛に覆われた両手が突き出される。手首あたりからロケット噴射の炎が見えた。
「発射にゃ!」
猫ロケットパンチが尾に煙を引いて飛んでくる。
爆発。
黒煙の中からハチベエを抱いたロベルン☆が転がり出てくる。
「そこにゃー! マジカル♪肉球ぱーんち!」
「うおっ!?」
ぱしっ、とロベルン☆が真剣白刃取りチックにマジカル☆みゃーこの腕を押さえた。
「か〜ら〜の〜、必殺、マジカル♪猫パンチにゃー♪ 発射!」
零距離ロケットパンチだった。ロベルン☆の頬を掠めて、片手が飛んでいく。
「そこをどいてにゃ! でないとハチベイを殴れないにゃ!」
「どこが魔法なんだよ!?」
「……え、魔法じゃない? ちゃんと魔法にゃよ! 防御判定が物理なだけにゃ! それに、毛並みは本物にゃよ?」
一番重要なところはクリアされていた。
「わけのわからないことを! こっちも応戦だ!」
ロベルン☆はマジカル☆みゃーこから距離を取り、杖を構え、解き放つ!
「くらえ! マ●ンテ!」
しかし なにも起こらなかった!
「……ハチベエ、なんでだ?」
「MP切れだね。言い忘れてたけどその呪文、魔力全部使うから」
「なんでいきなり使わせた!? ……っく、ええい、だったら俺も物理だ! 槍も杖もおんなじだろ!」
「その言葉遣いのせいで魔力がなくなってるのもあるんだけどねぇ……いいや、がんばって!」
絶対に負けられない戦い(物理)が、ここにある。
●
ロシールロンドニスは、黒百合と手を繋いで歩いていた。
普通に歩いているだけなのに、よろけて黒百合に寄り掛かること数回。
歩くのをわざと遅くして、転んでお尻に顔を突っ込むこと三回。そのうち一回は胸を鷲掴みして転倒を避けていた。
「ご、ごめんなさい」
「あらァ……うふふふ」
黒百合は優しく笑うだけだった。
「あっ、いたわよぉ……さぁ、ハチベエを倒してきなさいなァ」
ロベルン☆vsマジカル☆みゃーこのリングに向けて、黒百合はロシールロンドニスの背中を押す。
心中で名残惜しみつつ、戦場へ向かった。
●
「そっ、そこまでですハチベエ……っ」
ロシールロンドニスの登場により、一時休戦。
「め、めいくあーっぷ」
天上で雲が割れて、フラン●ースの犬を迎えにきそうな光が差し込んだ。
ロシールロンドニスの服が量子分解して、やっぱり再構築される。
黒を基調に白銀色が散りばめられた、ゴスロリミニスカ衣装だった。
手に握られているのは杖ではなく羽扇であり、背中からは白い翼が羽毛をふわりと漂わせながら生えてくる。
「魔法少女ロリール……ですっ」
羽扇を下から天へ突き上げると風が起こった。スカートがめくれ上がった。
中身が中学生のロベルン☆がブフッと噴き出す。
……羽根は生えたけど、ロリールは下着を穿いていなかった。
「なんでーっ!?」
ロリールは片手でスカートの前を抑えて赤面する。
「……とりあえず、敵だな」
ロベルン☆が手近な石ころを拾い、物理魔法ストーンを繰り出す。
ひっ、と声を引き込んだロリールはぴょんぴょん飛び回って逃げた。当然前は押さえている。
「もぉっ、もぉおっ!」
片手で羽扇をぴこぴこ振る。すると、思わず目を覆うような暴風が巻き起こった。
「にゃーっ!? これじゃあマジカル♪猫ぱんちが撃てないにゃっ!? スカートもめくれるにゃ!」
「うおおおっ、この俺が飛ばされるぅぅ!?」
「わぁあっ、やあっ……見えちゃうよぅっ……!」
魔法少女たちが慌てふためく中、ふむぅ、とハチベエが一考する。
「二対一かぁ……分が悪いなぁ……」
「じゃあ、私の出番かしらぁ」
ハチベエの背後に立つ謎の人物が、うふふ、と悪そうにほくそ笑んだ。
その人物は絵筆を取り出し、周囲の背景に同化できるように筆を走らせ、姿を隠す。
さらに、暴風の威力が収まるのを待った。それは、すぐに訪れた。
持ち前の移動力を生かして、暴風に戸惑っていた三人に接近する。
「はっ!?」「にゃっ!?」「あうっ!?」
注射器をブスリとやられた三人が慌てる……こともできずに、バタバタと倒れていった。
「なっ、こ、これは……」
「お、おねえさん……?」
ロリールの子犬のような視線を受けても、黒百合はやはり笑った。
「正義の魔法少女の王道ストーリーなんて最近は古いわァ、もっと絶望とか外道的な事にならないと人気出ないわよォ♪ たとえばぁ……味方と思わせて、正体は悪の怪人だったぁ、とかねぇ……」
黒百合の服は白色だったはずなのに、喋っている途中からすぅ――と黒い絵の具を垂らしたように漆黒に染まっていった。
色に合わせて、衣装そのものもフリルドレス満載の魔法少女然としたものへ変わっていく。
「紹介しよう。ボクの仲間、黒百合博士だよ! ボクを手伝ってくれてるんだっ!」
「よろしくねぇ……きゃはっ」
「な、なんで俺まで……」とロベルン☆が床でビクンビクンしてる。
「活きのいい魔法少女がたくさん手に入って嬉しいわァ……さてと、それじゃあ……」
黒百合がボソボソと何かを呟くと、ドレスのフリルから一斉にコウモリたちが飛び出した。
「な、何をするつもりにゃっ!」
「血を頂くのよォ。知ってる? 魔法少女の血って、すっごく美味しいんだからァ。ついでに気持ちよくなれるお薬もたくさん投与してあげるわァ」
「待って……っ」
マジカル☆みゃーこに狙いを定めていた黒百合が、ロリールを見下ろす。
「おねえさん……おねえさんが敵だなんて、嘘だよね?」
「あらぁ。残念ながら本当よォ」
「うぅぅ……そんな……じゃあ、せめて……僕の血から吸ってください! そして僕を気持ちよくしてください(キリッ」
「あらあらァ……そうねェ……いいわァ、してあげる」
「で、できればコウモリじゃなくておねえさんから直接!」
「おっけいよォ」
ロリール、心の中でガッツポーズ。
もうちょっとで首筋にキスしてもらえる!
と思いきや、黒百合はロリールをうつ伏せにころんと転がし、スカートを捲りあげた。
え、あれ? とお尻のスースー加減にガッツポーズが萎えていく。
「一緒に歩いているときから色々してくれたわねェ……お仕置きよぉ♪ 座薬タイプのを注入してあげるわァ」
きらんっ、と極太注射の針が光った。
「え、ちょっ、あ……アーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」
魔法少女ロリールの悲しい最期であった。悲しい。
●
「悲鳴! そこですね!!」
ロリールの断末魔を頼りに織神は走った。
校舎裏に到着すると、床に転がる魔法少女、血を味わう黒百合、そしてハチベエがいた。
「ハチベエさん、貴方の数々の悪事このまま見過ごせません! どうかお覚悟を!!」
男らしく刀を抜いて走り出そうとした瞬間、「綾女さん、待ってーっ!」と誰かが後ろから抱きついた。
「綾女さん、落ち着いてください!」
「その声は……袋井様!?」
「待ってくださいっ」
「まっ、待ちますっ、待ちますからっ……っ、くっあ、か、身体をまさぐるのはおやめくださいっ!」
織神の言う通り、袋井の両手はあんなところやこんなところを揉み揉みしていた。
他意はない。たぶん。
「何故止められるのですっ……」
「えっ……何故って……綾女さんが勘違いをしているから、自分のとんでもない性癖を暴露しに来たのですよ!」
「か、勘違い……?」
「そうです! ……綾女さん、男になったからって、全然問題ありません。それはそれで大丈夫なのです」
織神から身体を離した袋井は、こほん、と咳払いをひとつ。
「性別なんて、関係ないんです……何故ならっ!」
袋井は叫ぶ。
「私は異性の女の子はモチロンのこと、同性男も愛せるバイセクシャルな撃退士なんですよ!! むしろ両性具有とかならさらに大歓迎なのです!」
バシャーンっ! と背後で大波が起こった。
惜し気もなく愛(?)を叫んだ男が引き起こしたビッグウェーブであった。
それを聞いた織神は――――口元を両手で覆って、目を潤ませた。
「さすがは袋井様、私が男でもいいなんて言って下さるなんて……感激いたしました!」
イイハナシダナー。
イイハナシカナー?
「でも、私は女として貴方に愛されたいのです!」
織神は漢に背を向けて、再び刀を構える。
「愛する殿方がたとえ私が男でも構わないと言ってくれても! 私の乙女心は誰にも止められません!! 皆様、お覚悟ーっ!」
「はい、カットぉ♪」
潜行していた黒百合の注射が、織神の首筋をブスリ。
「ああっ何を!?」
「貴女も快楽漬けにしてあげるわァ……あの子たちみたいにねっ♪」
黒百合が指差す先では、マタタビを与えられた猫のようになっているマジカル☆みゃーこと、アヘアヘワンワンしか言えなくなったロリールが地面でゴロゴロしてた。
「……あら?」
ロベルン☆がいない。
黒百合が、背後から羽交い締めにされる。
「くっくっく……不意打ちが貴様だけの技だと思うなよぉ……!」
「あ、らぁ……麻痺、効かないのねぇ……」
「腐っても弱くても虐められても一応ボスキャラだからなぁ!」
いよいよメタくなってきた。
「なんの騒ぎかと思えば……あなたたちがあの娘を虐める悪人かしら?」
騒ぎに吸い寄せられてきたエルネスタが槍を構える。ロベル流の姿勢だった。
「おやぁ、これは、なんとも」
箒に横座りしてきた微笑みネトゲ廃人も飛んできた。
そして最後に、
『やっと見つけたぜ。とりあえずこれでもくらいやがれーっ』
空からやってきたラファルが主砲副砲、全部発射して大爆発を起こした。
ワンパターンと言うなかれ。二度あることは、三度ある。
●
「……で、誰が味方で誰が敵だったんだ?」
「さぁねぇ……」
瓦礫の上で、疲れ果てたロベルン☆がハチベエと話していた。
「少なくとも、俺は、敵だ」
ゆらり、と現れたのは格闘型魔法少女に変身した状態の龍斗だった。
「あ、緑髪の。なんか疲れてないか? 足がふらついているが」
「……気にするな。さぁ、その白いケダモノをよこせ」
「へっ、やなこった。あ、」
ロベルン☆が悪態をついた瞬間、龍斗は腕をガチっとホールド、捻り、押さえ、締め上げる。
「ギブギブギブギブ!!??」
「話を聞け。お前も無理やり魔法少女にされたクチだろう? 元凶はそのハチベエだ」
「な、なんだってー!?」
「俺も朝起きたらかくかくしかじか」
あっさりと明かされる黒幕の正体。
「名前は?」
「龍斗。翡翠 龍斗だ」
「ロベルだ。……ハチベエ、ぶっ殺す!」
男(♀)たちは分かり合った。
二人の視線は、瓦礫の上で尻尾を振っているハチベエに向けられる。
「……ふふふふ、さぁ、ハチベエ……お前の罪を数えろ」
そして、龍斗は――――――――。
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龍斗は、唐突に目覚めた。見慣れた部屋の天井が見える。自分の家だ。
「……あ、あー?」
声は、いつもの声音に戻っていた。
すごく疲れる夢だった。
動こうとしたが、何かに拘束されて動けない。
すぅすぅと眠る妻に抱き枕にされているせいだった。
「……これも役得か」
ひどい夢には違いない。
……でも、今年もいいことがありそうだ。